第5章 公安の維持と災害対策

第2節 外事情勢と諸対策

1 対日有害活動の動向と対策

北朝鮮、中国及びロシアは、様々な形で対日有害活動を行っており、警察では、平素からその動向を注視し、情報収集・分析等を行っている。

(1)北朝鮮の動向

① 核・ミサイル開発をめぐる動向と対外情勢

北朝鮮は、核開発と経済建設を同時に行う「並進路線」を堅持し、平成28年(2016年)中には、核実験や弾道ミサイル発射を繰り返し行うなど、軍事力を誇示する姿勢を見せており、その核・ミサイル開発及び運用能力の向上は、我が国に対する新たな段階の脅威となっている。

北朝鮮は、同年1月に核実験、同年2月に「人工衛星」と称する長距離弾道ミサイルの発射をそれぞれ強行した。これに対し、同年3月、国際連合安全保障理事会(以下「国連安保理」という。)は、北朝鮮に対する新たな制裁を盛り込んだ決議を採択し、核実験や弾道ミサイル発射の自制を求めたが、北朝鮮は、同月以降も繰り返し弾道ミサイルを発射し、同年8月及び9月に発射された弾道ミサイルは、我が国の排他的経済水域に着弾した。

また、同月には、北朝鮮が新たに核実験を実施したことから、同年11月、国連安保理は、北朝鮮に対する更なる制裁を盛り込んだ決議を採択したが、北朝鮮は、平成29年(2017年)に入ってからも、2月以降、複数回にわたって弾道ミサイルを発射するなど、核・ミサイル開発を継続する姿勢を見せており、国際社会への対決姿勢を強めている。さらに、同月に金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄である金正男(キムジョンナム)氏がマレーシアにおいて殺害された事件では、北朝鮮の関与が指摘されており、国際社会からの孤立を深めている。

こうした中、軍事・経済両面で北朝鮮に影響力を有する中国は、米国からの批判等を受け、同月に北朝鮮産石炭の輸入の一時停止を発表するなど、国連安保理決議に基づく制裁を履行する姿勢を見せている。また、同年4月に行われた米中首脳会談においては北朝鮮に対する対応が協議され、米国は、北朝鮮に対する圧力を強めているが、北朝鮮は、核・ミサイル開発を継続する姿勢を示しており、朝鮮半島をめぐる情勢は緊迫感を増している。

 
故金日成主席の生誕105周年を祝賀する軍事パレード(29年4月)(SPUTNIK=時事通信フォト)
故金日成主席の生誕105周年を祝賀する軍事パレード(29年4月)(SPUTNIK=時事通信フォト)
② 我が国における諸工作

北朝鮮は、我が国においても、潜伏する工作員等を通じて活発に各種情報収集活動を行っているとみられるほか、訪朝団の受入れ等、我が国における親朝世論を形成するための活動を活発化させている。

朝鮮総聯(れん)(注)は、28年2月、外為法違反事件に係る警察による朝鮮商工会館に対する強制捜査に関連し、機関誌への批判文の掲載等の抗議・けん制活動を行った。また、各種行事等に我が国の国会議員、著名人等を招待し、北朝鮮及び朝鮮総聯の活動に対する理解を得るとともに、支援等を行うよう働き掛けるなど、我が国の各界関係者に対して、諸工作を展開している。

警察では、北朝鮮による我が国における諸工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしており、28年までに53件の北朝鮮関係の諜報事件を検挙している。

注:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。

(2)中国の動向

① 中国国内の情勢等

平成28年(2016年)10月に北京で開催された中国共産党第18期中央委員会第6回全体会議(六中全会)においては、「習近平(しゅうきんぺい)同志を核心とする党中央」と明記した声明が採択された。中国共産党の歴代指導者のうち、毛沢東(もうたくとう)、鄧小平(とうしょうへい)及び江沢民(こうたくみん)の3人にのみ用いられた呼称である「核心」が習近平総書記にも用いられたことは、同人への権力集中が進んでいることを示すとみられる。

経済面では、同年3月に開催された第12期全国人民代表大会第4回会議において、同年からの5年間の国民経済や社会発展の中期目標を定めた「第13次5カ年計画」が公表され、今後5年間の国内総生産(GDP)成長率の目標が「第12次5カ年計画」の年平均7%から6.5%以上に引き下げられるとともに、鉄鋼や石炭等の産業分野において利益を出せない「ゾンビ企業」を淘(とう)汰し、国有企業改革を強力に推進する方針が示された。

外交面では、同年1月、習近平国家主席が設立を提唱し、中国が資本金の約3割を負担する新たな国際金融機関であるアジアインフラ投資銀行(AIIB)が開業した。同銀行の初めての融資は、4件中3件がアジア開発銀行(ADB)等と共同で行ったものであり、融資対象の4か国はいずれも「一帯一路」構想(注1)において中国との関係強化がうたわれた国であった。また、平成28年(2016年)7月、南シナ海の領有権をめぐり、フィリピンの提訴を受けたオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が、中国が領有権主張の根拠としてきた「九段線」(注2)を否定し、「資源について中国が主張する歴史的権利には法的根拠はない」などの仲裁判断を示した。南シナ海の領有権に関する中国の主張について、国際法に基づく仲裁判断が示されたのは初めてであり、同判断に関して、中国政府は、「中国が南シナ海の領有権を有している」などと改めて主張する声明を発表するとともに、習近平国家主席が、「中国は、仲裁判断に基づくいかなる主張及び行動も受け入れない」などと反発した。このほか、同年9月、浙江(せっこう)省杭州(こうしゅう)市でG20サミットが開催され、中国が初めて議長国を務めるとともに、習近平国家主席が日本、米国、ロシア等の首脳と会談した。

軍事面では、同年1月に人民解放軍全体の指導機構である「四総部」(注3)が、中央軍事委員会を頂点とする15部門へ改編されるなど、建国以来最大規模と評される人民解放軍の改革が進められている。また、同年の国防費が9,543億5,400万元(前年比7.6%増加)と公表され、増加率は6年ぶりに10%を下回ったが、依然として増加を続けており、軍事力の増強が図られている。

注1:平成25年(2013年)9月に習近平国家主席がカザフスタンを訪問した際に提唱した、中国から中央アジアを経由して欧州を結ぶ「シルクロード経済ベルト(一帯)」と、同年10月に同人がインドネシアを訪問した際に提唱した、中国から東南アジア、南アジア、中東、アフリカを経由して欧州を結ぶ「21世紀海上シルクロード(一路)」の2つから成る、中国と関係国との経済・貿易関係等を拡大・強化する構想
注2:中国が南シナ海のほぼ全域にわたる海域の領有権を主張するため、地図上に引いた9本の境界線
注3:人民解放軍の改編前に設置されていた総参謀部、総政治部、総後勤部及び総装備部の4部門
 
中国が一方的に開発を進める南シナ海のミスチーフ礁(28年5月)(デジタルグローブ・ゲッティ=共同通信イメージズ)
中国が一方的に開発を進める南シナ海のミスチーフ礁(28年5月)(デジタルグローブ・ゲッティ=共同通信イメージズ)
② 我が国との関係をめぐる動向

28年7月、李克強(りこくきょう)首相は、モンゴル・ウランバートルで安倍首相と首脳会談を行い、「戦略的互恵関係」の原点に立ち、日中関係を前進させていくことで一致した。また、同年9月には、習近平国家主席が、G20サミットに出席するために浙江省杭州市を訪問した安倍首相と首脳会談を行い、「戦略的互恵関係」の考え方に基づき、日中両国が直面する共通課題に関する対話や協力、各種交流を進めることで一致するなど、日中関係の改善に向けた動向がみられた。

一方、24年9月、日本政府が尖閣諸島の一部の島について所有権を取得して以降、尖閣諸島周辺海域で中国公船の出現が常態化するとともに、28年8月上旬には、約200隻から300隻の中国漁船が同海域に出現する中、中国公船が中国漁船に続いて我が国の領海に侵入を繰り返すなど、同時期には、最大15隻の中国公船が同時に接続水域に入域した。警察では、同海域において、関係機関と連携しつつ、情勢に応じて部隊を編成するなどして、不測の事態に備えている。

③ 我が国における諸工作等

中国は、我が国において、先端技術保有企業、防衛関連企業、研究機関等に研究者、技術者、留学生等を派遣するなどして、巧妙かつ多様な手段で各種情報収集活動を行っているほか、政財官学等、各界関係者に対して積極的に働き掛けを行うなどの対日諸工作を行っているものとみられる。警察では、我が国の国益が損なわれることがないよう、こうした工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。

(3)ロシアの動向

平成28年(2016年)中、ロシアは、北方領土をめぐり引き続き強硬な姿勢を示し、同年11月、プーチン大統領は、北方領土について「第二次世界大戦後、国際文書でロシアに主権があると承認された領土だ」と明言するなど、日本をけん制した。また、同月、ロシア軍は、国後島及び択捉島に移動式の最新型の地対艦ミサイルシステムを配備したと発表した。

一方、日露間の対話は継続しており、同年5月にはロシア・ソチ、同年9月にはロシア・ウラジオストク及び同年11月にはペルー・リマと相次いで日露首脳会談を行ったほか、同年12月にはプーチン大統領が7年ぶりに来日し、我が国での首脳会談が実現した。この結果、両首脳は、北方四島において共同経済活動を行うための特別な制度に関する協議を開始することに合意したほか、「8項目の協力プラン」に沿って、両国政府間及び民間で合計80件の協力を進めていくことで一致した。

ロシア国内では、欧米諸国による経済制裁や原油価格の下落等により経済状況が悪化したが、プーチン大統領は、平成26年(2014年)3月のウクライナのクリミア自治共和国及びセヴァストーポリ特別市の「併合」以後、愛国主義的傾向を強める国民世論の支持を背景として高い支持率を維持しており、平成28年(2016年)9月の下院議員選挙では与党「統一ロシア」が圧勝した。また、大統領直属の治安部隊組織「国家親衛隊」を創設したほか、長年の側近として仕えた大統領府長官を交替させるなど、政権基盤の強化と刷新を図った。

一方、同年5月、イタリアでロシア対外情報庁(SVR)の情報機関員が摘発されるなど、ロシア情報機関は世界各地において依然として活発に活動しており、我が国においても活発に情報収集活動を行っている。警察では、ソ連崩壊以降、これまでに9件の違法行為を摘発しており、今後もロシアの違法な情報収集活動により我が国の国益が損なわれることのないよう、厳正な取締りを行うこととしている。



前の項目に戻る     次の項目に進む