3 我が国に関連した主なテロ事件等
(1)日本赤軍・「よど号」グループ
① 日本赤軍
ア 沿革
日本赤軍は、その前身の極左暴力集団である共産主義者同盟赤軍派(赤軍派)の「国際根拠地建設」構想(注1)に基づき、昭和46年、レバノンに向け出国した重信房子(注2)らによって組織された。
赤軍派の幹部であった重信房子は、当時、盛んにテロ事件を起こしていたテロ組織であるパレスチナ解放人民戦線(PFLP)と接触し、その支援を受けて、赤軍派の国際根拠地として、赤軍派アラブ支部を設立した。
注2:平成12年11月に潜伏先の大阪府内で逮捕され、22年8月、懲役20年の刑が確定した。
国際手配中の日本赤軍
その後、赤軍派アラブ支部は、日本国内の赤軍派と決別し、独立の組織として、日本国内に対してアラブ赤軍を、国外に対して日本赤軍をそれぞれ名乗り、テルアビブ・ロッド空港における銃乱射事件(昭和47年5月)を皮切りに、ドバイ事件(48年7月)、ハーグ事件(49年9月)、クアラルンプール事件(50年8月)といった在外公館占拠やハイジャックによるテロ事件を引き起こした。クアラルンプール事件及びダッカ事件(52年9月)では、人質と交換に、我が国で服役、勾留中の日本赤軍や赤軍派の関係者を始めとする合計11人を釈放させるなど、武装闘争を繰り広げた。この間、49年には、名称を日本赤軍と統一した。ダッカ事件以降、日本赤軍は表面的には武装闘争を差し控えていたが、60年代に入って再び活動を活発化させ、「反帝国主義国際旅団」等の名の下に、ジャカルタ事件(61年5月)、ローマ事件(62年6月)、ナポリ事件(63年4月)等のテロ事件を相次いで引き起こした。その後、62年11月、国内に潜入していたメンバー1人の逮捕を皮切りに、世界各国で複数のメンバーが発見、逮捕され、日本赤軍が中東地域以外の地域に新たな拠点を構築することを目指し、活動を展開していたことが判明した。
イ 近年の動向
平成9年2月、メンバー5人がレバノンにおいて一斉検挙され、日本赤軍はレバノンという最重要拠点を失った。その後、メンバーの1人である岡本公三はレバノンに政治亡命を認められたが、他の4人については、12年3月に国外退去となり、帰国した際に警察が身柄を確保した。
さらに、警察は、12年11月、国内に潜伏していた日本赤軍最高幹部である重信房子を逮捕し、27年2月には、ジャカルタ事件の被疑者である日本赤軍メンバーの城﨑勉を逮捕した。
13年4月、重信房子が日本赤軍の「解散」を宣言し、後に組織も「解散」を表明した。しかし、未だに、過去に引き起こした数々のテロ事件を称賛していること、現在も7人の構成員が逃亡中であることなどから、「解散」はテロ組織としての本質の隠蔽を狙った形だけのものに過ぎず、テロ組織としての危険性がなくなったとみることはできない。
警察では、国内外の関係機関と連携を強化し、逃亡中の構成員の検挙及び組織の活動実態の解明に向けた取組を推進している。
逮捕された城﨑勉(Rex Features/アフロ)
② 「よど号」グループ
ア 「よど号」ハイジャック事件
昭和45年3月31日、故田宮高麿ら9人が、東京発福岡行き日本航空351便、通称「よど号」をハイジャックし、北朝鮮に入境した。現在、ハイジャックに関与した被疑者5人及びその妻3人が北朝鮮にとどまっているとみられており(注)、このうち3人に対し、日本人を拉致した容疑で逮捕状が発せられている。
国際手配中の「よど号」グループ
「よど号」ハイジャック事件(時事)
イ 「よど号」グループの動向
63年に欧州で北朝鮮工作員と接触したとして旅券返納命令を受けていた日本人女性6人が「よど号」事件の犯人の妻(1人は元妻)であることが、平成4年になって判明した。このうち、日本に潜伏中に逮捕された元妻を除く5人が返納命令に違反したため、警察は、同人らについて旅券法違反容疑で逮捕状を取得するとともに、ICPO(注)を通じて国際手配を行った。これまでに、4人が帰国し、旅券法違反等で逮捕され、いずれも有罪が確定している。
依然として北朝鮮に滞在している「よど号」グループは、北朝鮮当局との密接な関係を基盤に、グループ全員の帰国を目指して、機関誌、インターネット等を通じ、盛んに自己の主張を訴えているが、現時点、帰国について具体的な動きはみられない。
ウ 日本人拉致容疑事案への関与
14年、かつて「よど号」グループと行動を共にしていた「よど号」事件の犯人の元妻の供述により、「よど号」グループが、朝鮮労働党の指導の下、金日成主義に基づいた日本における革命を目指して、日本人の拉致に深く関与していたことが明らかになった。
警察は、「よど号」事件の犯人である魚本(旧姓:安部)公博については、有本恵子さんに対する結婚目的誘拐容疑で、「よど号」事件の犯人の妻である森順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子については、石岡亨さん及び松木薰さん両名に対する結婚目的誘拐容疑で、それぞれ逮捕状を取得し、国際手配を行っている。
「よど号」グループは、マスコミ報道や声明文等を通じて拉致容疑事案への関与を否定し続けており、日本政府に対しては、拉致容疑事案の被疑者としての引渡し要求を撤回するとともに、帰国をめぐる話し合いに応じるよう要求している。また、25年4月、同グループの魚本公博、森順子及び若林佐喜子は、結婚目的誘拐容疑の逮捕状の請求は違法であるとして、国家賠償請求を提訴したが、27年2月、最高裁において原告の敗訴が確定した。
(2) 北朝鮮
① 北朝鮮による拉致容疑事案
ア 拉致容疑事案等の捜査・調査状況
警察では、平成27年12月31日現在、日本人が被害者である拉致容疑事案12件(被害者17人)及び朝鮮籍の姉弟が日本国内から拉致された事案1件(被害者2人)の合計13件(被害者19人)を北朝鮮による拉致容疑事案と判断している。このうち、北朝鮮工作員等拉致に関与したとして8件に係る11人について逮捕状の発付を得て国際手配を行っている。
また、これらの事案以外にも、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案(注)について、関係機関と緊密な連携を図りつつ、全国警察において徹底した捜査や調査を進めている。
イ 日朝協議
26年5月にスウェーデン・ストックホルムで開催された日朝政府間協議において、北朝鮮が拉致被害者及び行方不明者を含む全ての日本人に関する包括的かつ全面的な調査を行うことで合意(以下「ストックホルム合意」という。)し、同年7月、北朝鮮が特別調査委員会を立ち上げ、調査を開始したことから、日本政府は、同月、日本が独自に講じている対北朝鮮措置の一部を解除した。
しかし、北朝鮮は、27年7月、「包括的調査を誠実に行ってきているが、今しばらく時間がかかる」旨を日本政府に連絡し、その後拉致問題に何ら進展がない中、28年1月に核実験を行ったほか、2月には弾道ミサイルの発射を強行した。こうした状況を踏まえ、日本政府は、同月、26年7月に一部解除した対北朝鮮措置の復活を含む独自の対北朝鮮措置の実施を決定したが、これに対して北朝鮮は、ストックホルム合意に基づく調査の全面的中止及び特別調査委員会の解体を表明した。
日本政府は北朝鮮に対し、ストックホルム合意を破棄する考えはないことを伝え、引き続き全ての拉致被害者の一日も早い帰国を強く求めているところであるが、現在までのところ、拉致被害者等の帰国は実現していない。
ウ 拉致の目的
北朝鮮の故金正日(キムジヨンイル)国防委員長は、14年9月に行われた日朝首脳会談において、日本人拉致の目的について、「一つ目は、特殊機関で日本語の学習ができるようにするため、二つ目は、他人の身分を利用して南(韓国)に入るためである」と説明した。また、「よど号」事件犯人の元妻は、故金日成(キムイルソン)主席から「革命のためには、日本で指導的役割を果たす党を創建せよ。党の創建には、革命の中核となる日本人を発掘、獲得、育成しなければならない」との教示を受けた故田宮高麿から、日本人獲得を指示された旨を証言している。
これらを含め、諸情報を分析すると、拉致の主要な目的は、北朝鮮工作員が日本人のごとく振る舞うことができるようにするための教育を行わせることや、北朝鮮工作員が日本に潜入して、拉致した者になりすまして活動できるようにすることなどであるとみられる。
エ 拉致容疑事案等に関する取組
警察では、拉致容疑事案等に対する的確な捜査等を推進しているところであり、これらの事案等の真相を解明するために警察庁に設置されている特別指導班が、都道府県警察を巡回・招致して、捜査・調査の担当官への具体的な指導や同事案の現場の実地調査、都道府県警察間の協力体制の構築等を行っている。また、将来、北朝鮮から拉致被害者に関連する資料が出てきた場合に、本人確認に役立ち得るなどの観点から、家族の意向等を勘案しつつ、積極的にDNA型鑑定資料の採取を実施しているほか、広く国民から情報提供を求めるため、家族の同意を得られたものについては、事案の概要等を各都道府県警察のウェブサイトに掲載している。
警察では、今後とも、拉致容疑事案等の全容解明に向けて、関係機関と緊密に連携を図り、関連情報の収集、捜査・調査に取り組むこととしている。
② 北朝鮮による主なテロ事件
北朝鮮は、朝鮮戦争以降、南北軍事境界線を挟んで韓国と軍事的に対峙(じ)しており、これまで、韓国に対するテロ活動の一環として、工作員等によるテロ事件を世界各地で引き起こしている。中でも、昭和62年に発生した大韓航空機爆破事件は、日本人を装った工作員により敢行された。
(3)日本国内における国際テロ事件等
① 日本国内において発生した国際テロ事件
我が国において発生した国際テロ事件としては、新東京国際空港(注)におけるカナダ太平洋航空機積載貨物爆破事件がある。昭和60年6月23日、新東京国際空港の手荷物仕分場において預けられていた手荷物が爆発し、作業員の邦人2人が死亡したほか、4人が負傷した。63年、この事件の被疑者として、シーク教徒過激派の男1人が英国において逮捕され、平成3年、カナダにおいて有罪判決を受けた。
カナダ太平洋航空機積載貨物爆破事件(時事)
② 日本国内で発生した国際テロリストの関与が疑われる事件
ア 千代田区内同時爆弾事件
昭和63年3月21日、東京都千代田区内のビル前において時限式の爆発物が爆発し、同ビル1階に所在するサウジアラビア航空事務所の看板、窓ガラス等が破損した。また、この爆発と同時刻頃、同区内に所在するイスラエル大使館付近の駐車場においても、時限式の爆発物が爆発した。同事件発生の前後には、シンガポール、ドイツ等において、サウジアラビア権益等を狙ったとみられる爆破事件が多数発生していた。
イ 「悪魔の詩」邦訳者殺害事件
平成3年7月12日、茨城県つくば市内の筑波大学構内において、小説「悪魔の詩」(サルマン・ラシュディ著)の邦訳者であり、同大学の助教授であった男性が、刃物で切り付けられるなどして殺害された。「悪魔の詩」をめぐっては、イスラム教を冒とくする内容であるとの批判があり、イタリア語版の翻訳者が襲撃されるなどしていた。
コラム 「ボジンカ計画」の発覚とフィリピン航空機内爆破テロ事件
平成7年2月、5年2月に発生したニューヨーク世界貿易センタービル爆破事件の主犯格とみられるAQ幹部のラムジ・アハメド・ユセフがパキスタンで逮捕され、同人らが、東京を経由する便を含む米国旅客機12機を同時に爆破する計画である「ボジンカ計画」を企てていたことが明らかになった。計画者の一人であるハリド・シェイク・モハメドは、13年9月に発生した米国における同時多発テロ事件で中心的な役割を果たしたとされる。
さらに、6年12月11日にマニラ発セブ経由成田行きのフィリピン航空機内において、座席下に設置された爆発物が沖縄県大東島沖上空の公海上で爆発し、乗客の邦人1人が死亡した爆破テロ事件も、同計画のテストとして同人らによって敢行されていたことが判明した。
ハリド・シェイク・モハメド(AFP=時事)
(4)日本人が海外で被害に遭った主なテロ事件等
① 日本に関連する主な国際テロ事件の年表(平成24年以前)
② 近年、海外において邦人が被害に遭った主なテロ事件等(25年以降)
ア 在アルジェリア邦人に対するテロ事件
25年1月16日、アルジェリア東部のイナメナスにおいてガスプラント等が襲撃され、邦人を含む同プラントの職員多数が人質として拘束された。同月19日までにアルジェリア軍による制圧作戦により事件は収束したが、邦人10人を含む40人が死亡した。
本件犯行について、警察は、イスラム武装組織「覆面部隊」の指導者である被疑者モフタール・ベルモフタールについて、人質による強要行為等の処罰に関する法律違反(加重人質強要、人質目的監禁、人質殺害)容疑等で逮捕状を取得し、ICPOを通じて国際手配を行っている。
在アルジェリア邦人に対するテロ事件(Photoshot/時事通信フォト)
モフタール・ベルモフタール(AFP=時事)
コラム 国際テロ事件における被害者支援
国外において邦人がテロ事件の被害に遭った場合、警察では、外務省と連携し、邦人の被害に関する情報の収集に努めるとともに、関係機関・団体と連携し、帰国する犯罪被害者やその家族、犯罪被害者の遺族等に対し、帰国時の空港等における出迎え支援や帰国後の国内での支援に関する情報提供等の活動を行うこととしている。
コラム TRT-2(注1)
警察では、邦人や我が国の権益に関係する重大テロが国外で発生した場合には、情報収集や現地治安機関に対する捜査支援等を任務とするTRT-2を派遣することとしている。シリアにおける邦人殺害テロ事件、チュニジアにおけるテロ事件等の発生に際しても、TRT-2として、外事特殊事案対策官(注2)等を現地等に派遣し、関係国の治安情報機関との情報交換等を行った。
注2:平成25年1月に発生した在アルジェリア邦人に対するテロ事件を受け、国外における邦人や我が国の権益に関係するテロ事件等の重大突発事案に対処するために設置された。
イ シリアにおける邦人殺害テロ事件
27年1月20日、26年中にシリアにおいて行方不明となっていた邦人2人とみられる人物の動画がISILによりインターネット上に配信され、この動画の中でISILの構成員とみられる男が拘束された2邦人の身代金として2億ドルの支払いを要求した。ISILは、その後要求内容を変遷させたが、27年1月24日に拘束された邦人のうち1人が殺害されたとみられる画像を、同年2月1日にもう1人が殺害されたとみられる動画をそれぞれインターネット上に公開した。
ISILは、2月1日に配信した動画の中で、日本政府を名指しして、今後も邦人をテロの標的とすることを示唆したほか、その後、同組織のオンライン機関誌「ダービク」において、同様に邦人への攻撃を示唆した。
ウ チュニジアにおけるテロ事件
27年3月18日、チュニジアの首都チュニスに所在するバルドー国立博物館において、武装グループが観光客を人質に立てこもる事件が発生した。発生から約3時間後に治安部隊の鎮圧により人質が解放されたが、邦人3人を含む22人が死亡したほか、邦人3人を含む42人が負傷した。この事件について、チュニジア政府がAQ関連組織の犯行であるとの見方を示す一方、ISILは、本件犯行がISILによるものであるという犯行声明を発出したほか、同組織のオンライン機関誌「ダービク」において、日本を含む「対ISIL有志連合」に参加している多くの国の国民を殺害し、苦しみを与えたことは成功であったと述べている。
チュニジアにおけるテロ事件で襲撃された博物館(EPA=時事)
エ バングラデシュにおける邦人殺害事件
27年10月3日、バングラデシュのロングプールにおいて、人力車に乗車していた邦人1人が銃撃を受けて死亡した。この事件については、「ISILバングラデシュ」を名のる者が、インターネット上で犯行声明を発出した。
なお、バングラデシュでは、同年9月にも、首都ダッカでイタリア人男性がオートバイに乗った者らによって射殺される事件が発生しており、その際にも「ISILバングラデシュ」を名のる者が声明を発出していた。
バングラデシュにおける邦人殺害事件の現場(Photoshot/時事通信フォト)