特集 国際テロ対策

2 世界の国際テロ情勢

(1)ISIL(注)の台頭と世界各地への影響

① ISILの台頭

ISILは、AQ関連組織であったが、AQとの方針の違いから平成26年にAQ中枢と決別した後、同年6月にイラク北部の都市モスルを制圧するなど、次々とその支配地域を広げ、イラクの首都バグダッドにも迫る勢いを見せた。さらに、ISIL指導者のアブ・バクル・バグダディがイスラム教の預言者ムハンマドの代理人(後継者)を意味するカリフを自称するとともに、イラクとシリアにまたがる地域に「イスラム国」の樹立を宣言した。

ISILは、「イスラム国」樹立を宣言した後、同組織のオンライン機関誌「ダービク」等の各種メディアを通じて、イラク及びシリアにまたがる広大な地域を支配していると主張するとともに、アブ・バクル・バグダディに忠誠を誓うこと及びISILが支配する地域に移住(ヒジュラ)することは全てのイスラム教徒にとっての義務であると主張した。

注:Islamic State of Iraq and the Levantの頭字語
 
ISILの戦闘員(AFP=時事)
ISILの戦闘員(AFP=時事)

また、ISILは、イラク及びシリアにまたがる地域において、イスラムの教えを独自に解釈し、これに基づき、ISILに反対の立場をとる勢力や異なる宗派・宗教の人々を処刑したり、奴隷にしたりするなどの残虐な行為を繰り返している。

このようなISILの台頭を受けて、米国の呼び掛けにより、26年9月、欧米諸国等から成る「対ISIL有志連合」が結成された。また、同年8月から欧米や中東諸国がイラク、シリアのISILの拠点に対する空爆等を継続して行っている。さらに、27年11月にISILによるテロを非難する国際連合安全保障理事会決議が採択されるなど、国際社会による取組も強化されている。

 
ISILによるテロを非難する決議を採択する国際連合安全保障理事会(AA/時事通信フォト)
ISILによるテロを非難する決議を採択する国際連合安全保障理事会(AA/時事通信フォト)
② 世界各地への影響

ISILの台頭を受けて、北・西アフリカ、東南アジア等世界各地の多数のイスラム過激派組織が、ISILに対する忠誠や支持を表明した。こうした組織の中には、かつてはAQへの支持を表明していた組織も含まれており、その後ISILが、自らの「州」だと主張している組織もある。28年2月現在、ISILの「州」とされた組織は、サウジアラビア、イエメン、エジプトのシナイ半島、リビア、アルジェリア、アフガニスタン及びパキスタン、ナイジェリア、ロシアのコーカサス地方に存在し、治安機関、シーア派住民、同派施設等を標的としたテロを行っている。

また、ISILは、インターネットを通じて、世界のイスラム教徒に向けて「対ISIL有志連合」に参加する欧米諸国等の市民を殺害するよう呼び掛けており、これに呼応して実行された可能性のあるテロ事件も発生している。

 
図表特-1 世界各地のISIL・AQの関連組織
図表特-1 世界各地のISIL・AQの関連組織
③ ISILとAQの対立

ISILとAQは、それぞれを非難するプロパガンダを展開している。ISILは、機関誌等において、イスラム教のシーア派等を攻撃しないAQを、真のイスラムの教えを実践していないなどと糾弾している。一方で、AQの指導者であるアイマン・アル・ザワヒリは、ISILがシーア派を含む同じイスラム教の他の宗派を攻撃及び弾圧していることを非難し、アブ・バクル・バグダディをカリフと認めないとして、ISILに対する否定的な見方を示している。ただし、アイマン・アル・ザワヒリは、ISILがAQに敵対することで、AQが唱導してきた米国及びその同盟国に対する戦いが妨げられていると指摘した上で、ISILとの敵対をやめるよう呼び掛け、共通の敵である米国及びその同盟国と戦うためならば、ISILと協力できるとも述べており、ISILとの対立を解消しようとする意図もうかがわれる。

 
アブ・バクル・バグダディ(AA/時事通信フォト)
アブ・バクル・バグダディ(AA/時事通信フォト)

(2)外国人戦闘員の問題

テロ行為を準備・計画・実行することやそのための訓練を受けることなどを目的として、居住国又は国籍国以外の国や地域に渡航するいわゆる外国人戦闘員の増加は、各国にとって重大な懸念となっている。世界100か国以上から2万5千人以上の外国人戦闘員がISILやAQ関連組織等に参加しているとされており、その多くがイラク及びシリアに渡航しているものとみられる。外国人戦闘員については、渡航先の国において紛争を激化・長期化させる要因となることや、出身国等においてテロを引き起こす危険性が懸念されている。

実際に、平成26年5月、ベルギーのブリュッセルにおいてユダヤ博物館を襲撃し4人を殺害した犯人や、27年11月、フランス・パリにおいて発生した同時多発テロ事件の実行犯の一部は、シリアに渡航してISIL等に参加していた外国人戦闘員であったとされている。

また、紛争地域にいる外国人戦闘員が、インターネット等を通じ、母国のイスラム教徒に向けて母語を使用して紛争地域への移住や国内でのテロの実行を呼び掛ける例もみられる。

(3)平成27年以降に発生した主なテロ事件等

平成27年中には、図表特-2のとおり、世界各地でテロ事件等が相次いで発生している。また、28年に入ってからも、いずれも3月に発生したトルコ・アンカラにおける爆弾テロ事件、ベルギー・ブリュッセルにおける連続テロ事件、パキスタン・ラホールにおける爆弾テロ事件等、テロ事件が相次いで発生している。

 
図表特-2 平成27年に発生した主な国際テロ事件等
図表特-2 平成27年に発生した主な国際テロ事件等
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イエメン・サヌアのモスクにおける連続爆弾テロ事件(ロイター/アフロ)
イエメン・サヌアのモスクにおける連続爆弾テロ事件(ロイター/アフロ)
 
エジプトにおけるロシア旅客機墜落事件(TASS/アフロ)
エジプトにおけるロシア旅客機墜落事件(TASS/アフロ)

コラム ホームグローン・テロリスト

ISILやAQ関連組織を始めとするテロ組織や過激主義者らは、インターネット上の各種メディアやSNSを利用したプロパガンダを通じて、過激思想を広め、構成員を勧誘するなどしている。また、ISILやAQ関連組織は、世界各地のイスラム教徒に、自国で独自にテロを行うよう呼び掛けている。

欧米等の非イスラム諸国で生まれ又は育ちながら、こうしたテロ組織等による扇動等に影響を受けて過激化し、自らが居住する国やイスラム過激派が標的とする諸国の権益を狙ってテロを敢行する、いわゆるホームグローン・テロリスト(国内育ちのテロリスト)の危険性が各国で指摘されている。

平成27年12月に発生した米国・カリフォルニア州における銃乱射事件も、テロ組織等の扇動の影響を受けて過激化した者が自国内において引き起こしたテロ事件であるとみられている。

 
米国・カリフォルニア州における銃乱射事件で避難する人々(AFP=時事)
米国・カリフォルニア州における銃乱射事件で避難する人々(AFP=時事)

コラム フランス・パリにおける同時多発テロ事件及びベルギー・ブリュッセルにおける連続テロ事件

平成27年11月13日(現地時間)、フランス・パリにおいて、劇場やレストラン等複数の場所を狙った同時多発テロ事件が発生した。この事件全体で、130人(実行犯を除く。)が死亡、351人が負傷した。

同事件に対しては、「ISILフランス」を名のる者が、インターネット上にアラビア語、フランス語等で犯行声明を配信した。この事件は、ISILによって組織的に行われたとされ、複数の実行犯がシリアにおいてISILに参加していたとされている。

また、28年3月22日、ベルギー・ブリュッセルの空港及び地下鉄において爆発物を使用した連続テロ事件が発生した。この事件では、32人(実行犯を除く。)が死亡、邦人2人を含む約340人が負傷した。

同事件に対しては、「ISILベルギー」を名のる者が犯行声明を発出した。

 
フランス・パリにおける同時多発テロ事件(ロイター/アフロ)
フランス・パリにおける同時多発テロ事件(ロイター/アフロ)
 
ベルギー・ブリュッセルにおける連続テロ事件(AP/アフロ)
ベルギー・ブリュッセルにおける連続テロ事件(AP/アフロ)


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