特集:変容する捜査環境と警察の取組 |
第2節及び第3節で述べたように、社会情勢の変化や制度の変革は、警察捜査における業務の増加につながっている側面もあり、警察捜査の在り方は変革を迫られている。こうした中、限られた体制で、国民の治安に対する期待に応えていくために、どのような取組を進めていくべきか。今後の警察捜査を展望する。
近年の捜査においては、通信履歴や防犯カメラ画像等の捜査に必要な情報を民間事業者等から入手することや犯罪の情勢や手口を高度に分析することが、迅速かつ的確な捜査を行うためにますます重要になっている。
そこで、警察庁においては、こうした取組を更に強化するため、平成26年4月、刑事局に捜査支援分析管理官を設置した。
捜査支援分析管理官においては、関係事業者・省庁と連携して、犯罪の捜査に必要な情報の適時・円滑な確保を可能にする取組を行っていくとともに、携帯電話、預貯金口座等のほか、技術の発展等に伴う新たな制度・サービスが犯罪に悪用されることを防止・解消するための取組を推進することとしている。また、部門の垣根を越えて犯罪関連情報を収集・分析することで、情報分析の更なる効率化を実現し、犯罪組織を含めた犯罪者のネットワークの壊滅を図っていくこととしている。
警察では、公判を見据えた取調べの録音・録画の在り方と共に、客観証拠を収集するための新たな方策について検討を進めている。
警察では、公判における供述の任意性、信用性等の効果的・効率的な立証に資する方策について検討するため、裁判員裁判対象事件及び知的障害を有する被疑者に係る事件について、弁解録取(注)を行う場面、否認する被疑者が自白に転じた後の供述内容やその変遷の理由を確認する場合等の捜査上又は立証上相当と認められる場面を適切に選択し、録音・録画の試行を実施している。
試行に従事した取調べ官2,155人に対し、試行した録音・録画が捜査上、有効に機能するかどうかについて意見を聴取した結果、図表-68のとおり、9割を超える取調べ官が録音・録画の有効性について「被疑者の供述の任意性・信用性の判断が容易」、「取調べが適正に行われたことが分かる」等の理由から「大きな効果がある」又は「ある程度の効果がある」と回答している。
注: 司法警察員は、逮捕された被疑者に対し、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与えなければならないこととなっている。
他方で、取調べの録音・録画の義務付けについては、図表-69のとおり、約9割の取調べ官が、「常に被疑者が緊張した状態で取調べを受けることになり、被疑者の真の供述が得られにくくなる」等の理由から「個別の事件ごとに録音・録画の実施を判断するべきであり、一律に義務付けるべきではない」と回答しており、捜査現場では、取調べの録音・録画の一律の義務付けを否定的に考えていることが分かる。また、取調べの全過程を録音・録画することについては、図表-70のとおり、約5割の取調べ官が、「形式的な取調べとなり、事件の全容解明が困難となる」等の理由から「そうすべきでない」と回答し、約4割の取調べ官が「事件によっては全過程を録音・録画した方が良い場合がある」と回答している。
このように、捜査現場では、取調べの一部を録音・録画することは、公判における供述の任意性、信用性等の立証上有効な面がある一方、事件の性質や取調べの場面を問わず録音・録画を義務付けることについては、否定的に考えていることが分かる。
警察では、取調べの録音・録画は、公判における供述の任意性、信用性等の立証に有用であることを踏まえ、裁判員裁判の対象事件のうち、捜査段階における被告人の供述の任意性、信用性等について争いが生じるおそれがあるものについては、一層積極的な取調べの録音・録画を実施していくこととしている。
ただし、試行においては、取調べの録音・録画を実施した場合に、報復のおそれや羞しゅう恥心、嫌悪感から被疑者が供述しなくなることもあり、取調べの録音・録画にはこのような弊害が生じ得るということにも留意する必要がある。
警察では、日々進歩する科学技術を活用して、客観証拠を収集するための新たな方策について研究開発を行っている。ここでは、現在、科学警察研究所において研究開発を進めているものについて紹介する。
警察で現在実施しているDNA型鑑定は、STR型検査と呼ばれ、個人の識別精度が高く、複数人の体液が混合した現場資料についても検査が可能である。しかし、DNAは時間の経過とともに分解され、断片化してしまうため、古い資料等ではSTR型検査が行えないことがある。
そこで、断片化したDNAからでも個人識別を可能とするため、劣化した複数人の体液が混合している現場資料についてもDNA型鑑定を可能とする検査方法の開発を行っている。
DNA型検出装置
DNA型検査は、微量の資料から極めて高い精度で個人識別ができる技術であるが、ヒト以外の生物に由来する物質についても、DNA解析技術を活用して特定を行うことを目指している。
犯行現場で採取された花粉・木材等の植物、大麻等の違法薬物を産する植物(大麻草等)、テトロドトキシン(ふぐ毒)等の天然毒を産する動植物を特定するとともに、微量の資料からその異同識別を行う方法の開発を行っている。
防犯カメラ画像は、犯人の追跡に重要な役割を果たしているが、サングラスやマスクによって顔が隠されていたり、撮影された顔が不鮮明である場合には、個人識別が困難となる可能性がある。
そこで、身長、体型、歩容(歩幅、姿勢、腕の振り方等の歩行時の身体運動の様子)等の特徴を複合して個人識別を可能とする技術の開発を行っている。この技術によって、個人の識別精度を向上させたり、顔が判別できない映像から個人識別が可能とすることが期待される。
ポリグラフ検査は、ある事実を認識しているかどうかを、検査を受ける者の身体の反応(心拍や血管の収縮等の生理反応)の違いを手掛かりに調べる技術である。
現在、ある事実を認識していると認められるかどうかの判定は、専門的知識を持った者が検査結果を目視で確認して行っているが、ポリグラフ装置の改良や統計学に基づき、生理反応を数量的に判定する手法の確立に向けて取り組んでいる。また、近年、ポリグラフ検査の実施件数が増加傾向にあり、迅速かつ適切な捜査の推進のための一層の活用も見込まれることから、より精度を高めるための研究を進めている。
開発中の次世代ポリグラフ装置
警察庁では、捜査環境の変容を受けて、通信傍受の拡大等について法務省等と連携して検討を進めるとともに、諸外国で既に活用されている捜査手法のうち、我が国の警察捜査においても導入が有効と考えられる、会話傍受及び仮装身分捜査について研究を進めている。
暴力団のように秘密保持が徹底されて、犯罪の痕跡を極力残さない組織や、特殊詐欺グループのように互いに面識もなく電話が唯一の連絡手段であるような組織を一網打尽にするためには、通信傍受を行うことにより、暴力団事件であれば対立抗争における襲撃計画の事前謀議や実行の指示等を、特殊詐欺事件であればメンバー間の指示連絡等をそれぞれ傍受することにより、組織実態を解明することが期待される。
また、現行法の下での通信傍受は、その適正性の担保という趣旨から、通信事業者の施設において通信事業者等による常時立会いの下に行われているが、これは通信事業者と捜査機関双方にとって大きな負担となっており、通信傍受の十分な活用がなされているとは言い難い。現在は、最新の暗号技術等の活用により、現行法の下で立会い等が果たしている機能を、技術的に代替することができるため、立会いを置かずに捜査機関の施設で傍受を行ったとしても、その適正性を担保することが十分に可能となっており、そうした方法を可能とすることにより、通信傍受のより一層の活用が期待できる。
例えば、特殊詐欺の犯行拠点の内偵捜査に、会話傍受を活用することができれば、犯行グループの具体的な役割分担やリーダーの特定等が可能となる。特に、組織的な犯罪の捜査に効果を発揮することが期待できる。
捜査員が身分を仮装して、被疑者を始めとする捜査対象者と接触し、情報収集等をすることによって、犯罪組織の内部情報や事件の立件に資する証拠を収集し、首謀者を含め組織を一網打尽にすることが期待できる。
いずれの捜査手法についても、図表-73のとおり、国民から一定の理解が得られていることがうかがわれるが、警察では、今後とも国民の理解を得ながら、検討を進めていくこととしている。
第5節 今後の展望 |
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