特集:変容する捜査環境と警察の取組 

2 客観証拠の確保のための取組

一連の司法制度改革や否認事件の増加を受け、客観証拠の確保が一層重要なものとなっていることを踏まえ、犯行の裏付けとなる客観証拠の収集を徹底し、適正に証拠化するための取組を進めている。

(1)初動捜査における客観証拠の収集

① 初動捜査体制の整備と鑑識活動の徹底

事件発生時には、迅速・的確な初動捜査を行い、犯人を現場やその周辺で逮捕し、又は現場の証拠物や目撃者の証言等を確保することが、犯人の特定や犯罪の立証のために極めて重要である。

警察では、機動力をいかした捜査活動を行うため、警視庁及び道府県警察本部に機動捜査隊を設置し、事件発生時に現場や関係箇所に急行して犯人確保等を行っているほか、機動鑑識隊(班)や現場科学検査班等を編成し、現場鑑識活動を徹底するとともに、より効果的な鑑識活動を行うため、関連技術の研究開発や資機材の開発・整備を推進している。

 
図表-50 初動捜査体制の整備と鑑識活動の徹底
図表-50 初動捜査体制の整備と鑑識活動の徹底

コラム⑥ 夜間等における警察署の鑑識体制の整備

犯人の検挙には証拠物の収集が極めて重要であるが、証拠物の収集・保全が必要となる事件が発生することの多い夜間帯を始め、警察署における鑑識体制は必ずしも十分ではない。そこで、夜間等における事件の発生状況や各都道府県警察の体制に応じ、警察署における鑑識体制の整備を図っている。例えば、26道府県警察では、3交替制勤務の鑑識係員を増員し、夜間等における対処体制を強化している。

 
指掌紋を採取する鑑識係員

指掌紋を採取する鑑識係員

② 死体取扱業務の高度化

警察においては、死体を発見し、又は死体を発見した旨の届出を受けた場合、警察署の刑事課員が当該死体の発見現場に臨場し、死体を観察するとともに、現場に残された資料等を収集するなどして、当該死体が犯罪行為によるものであるか否かを確認している。

平成25年中に警察が取り扱った死体数は約17万体であり、過去10年間で約1.2倍に増加している。死体取扱数が高い水準で推移する中、警察署の刑事課員だけでなく、警察における死体取扱業務の専門家である検視官(注)ができる限り多く臨場して現場や死体の状況を直接調査し、これらの状況と関係者からの聴取内容に矛盾がないか、調査事項に不足がないか確認するなど、現場における指揮を執ることにより、犯罪性の有無を的確に判断することが重要である。

注:原則として、刑事部門における10年以上の捜査経験又は捜査幹部として4年以上の強行犯捜査等の経験を有する警視の階級にある警察官で、警察大学校における法医専門研究科を修了した者から任用される死体取扱業務の専門家

 
検視時の様子

検視時の様子


警察では、死体取扱数の増加に対応し、適正な死体取扱業務を推進するため、21年度から25年度にかけて地方警察官の増員により、検視官及びその補助者の体制を強化した。その結果、図表-51のとおり、25年中の検視官の臨場率は62.7%となり、過去10年間で約5.3倍に向上した。

 
図表-51 死体取扱数、検視官の臨場率及び検死官数の推移(平成16年~平成25年)
図表-51 死体取扱数、検視官の臨場率及び検死官数の推移(平成16年~平成25年)
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また、事件性の判断力の向上を図るため、警察官に対する教育訓練の充実に努めるとともに、検視官が現場に臨場することができない場合であっても、現場の映像と音声を送信し、検視官によるリアルタイムの確認を可能とする資機材の整備を行っている。

さらに、25年4月から、警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律が施行されたことから、警察においては、同法に規定された調査や、体液又は尿を採取して行う薬毒物検査、CT等を用いた死亡時画像診断等の検査、解剖等の措置を的確に実施するなど、同法の適正な運用に努めるとともに、科学的な手法も取り入れながら死体取扱業務の高度化を推進している。

 
図表-52 映像を送信する捜査員・確認する検視官
図表-52 映像を送信する捜査員・確認する検視官
 
図表-53 警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律(概要)
図表-53 警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律(概要)

(2)科学技術の活用

① デジタルフォレンジック

コンピュータ、携帯電話等の電子機器が一般に普及し、あらゆる犯罪に悪用されるようになってきている。犯罪に悪用された電子機器等に保存されている情報は、犯罪捜査において重要な客観証拠となる場合があり、これを適正な手続により解析・証拠化するデジタルフォレンジック(注)の重要性が高まっている。

注:犯罪の立証のための電磁的記録の解析技術及びその手続

ア デジタルフォレンジックの重要性

電子機器等に保存されている、犯罪捜査に必要な情報を証拠化するためには、電子機器等から電磁的記録を抽出した上で、文字や画像等の人が認識できる形に変換するという電磁的記録の解析が必要である。しかし、電磁的記録は消去、改変等が容易であるため、電磁的記録を犯罪捜査に活用するためには、適正な手続により解析・証拠化することが重要である。

このため、警察では、警察庁及び地方機関(注)の情報技術解析課において、都道府県警察が行う犯罪捜査に対し、デジタルフォレンジックを活用した技術支援を行っている。また、電磁的記録の解析に必要な技術情報を得るため、電子機器等の製造業者を始めとする企業との技術協力を推進し、常に最新の技術情報を収集するとともに、国内外の関係機関と解析に係る知識・事例等の共有を図るなど、電磁的記録の解析に係るノウハウや技術を蓄積している。

注:管区警察局情報通信部、東京都警察情報通信部、北海道警察情報通信部、府県情報通信部及び方面情報通信部

 
図表-54 デジタルフォレンジックの概要
図表-54 デジタルフォレンジックの概要
イ 高度情報技術解析センターの設置

情報通信技術の急速な進展により、タブレット端末等の新たな電子機器や情報通信サービスが次々と登場し、電磁的記録の解析が困難化している。

警察庁では、平成 26年4月、特に高度な技術を要する電磁的記録の解析や民間企業等が保有する解析に資する技術情報の収集を行うため、高度情報技術解析センターを設置した。同センターでは、高度で専門的な知識及び技術を有する職員を配置するとともに、高性能な解析用資機材を整備し、破損した電子機器等に記録された情報の抽出・解析等を実施している。

 
高度情報技術解析センターでの解析作業

高度情報技術解析センターでの解析作業


② DNA型鑑定

DNA型鑑定とは、ヒト身体組織の細胞内に存在するDNA(デオキシリボ核酸)(注1)の塩基配列を分析することによって個人を高い精度で識別する鑑定法である。

DNA型は、犯人の特定、犯行状況の解明等に有用な客観証拠であることから、警察では、積極的にDNA型鑑定資料(注2)を採取するとともに、犯罪捜査に効果的に活用している。

注1:細胞核に存在する23対46本の染色体を構成する物質の一つで、長いらせんのはしご状(二重らせん)の構造をしている。

注2:犯罪現場等に遺留された血液・血痕、精液・精液斑、精液及び膣液等の混合液・混合斑、唾液・唾液斑、毛根鞘の付いた毛髪、皮膚、筋、骨、歯、爪、臓器等の組織片のほか、被疑者又は被害者等から提出を受けた口腔内細胞、及び被疑者の身体から採取した血液

ア 警察におけるDNA型鑑定

警察で行っているDNA型鑑定は、主に、STR型検査法と呼ばれるもので、STRと呼ばれる4塩基(注1)を基本単位とする繰り返し配列について、その繰り返し回数に個人差があることを利用し、個人を識別する検査法である(注2)。現在、日本人で最も出現頻度が高いDNA型の組合せの場合でも、約4兆7,000億人に1人という確率で個人識別を行うことが可能となっている。警察で行うDNA型鑑定に使用されるのは、DNAのうち身体的特徴や病気に関する情報が含まれていない部分であり、また、鑑定結果であるDNA型情報からも身体的特徴や病気が判明することはない。

注1:DNAを構成する基本単位を塩基といい、塩基には、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)及びC(シトシン)の4種類がある。

注2:塩基の繰り返し配列について、その反復回数を調べて、その繰り返し回数を「型」として表記して個人識別を行う。現在、警察においては、15座位のSTR型と性別に関するアメロゲニン座位を検査している。

 
図表-55 警察におけるDNA型鑑定の概要
図表-55 警察におけるDNA型鑑定の概要
イ DNA型鑑定の犯罪捜査への活用

DNA型鑑定の実施件数は、図表-56のとおり、年々増加しており、殺人事件等の凶悪事件のほか、窃盗事件等の身近な犯罪の捜査にも活用されている。

また、警察では、被疑者から採取した資料から作成した被疑者DNA型記録と犯人が犯罪現場等に遺留したと認められる資料から作成した遺留DNA型記録をデータベースに登録し、未解決事件の捜査(注)を始めとする様々な事件の捜査において犯人の割り出しや余罪の確認等に活用している。

注:19頁参照

 
図表-56 DNA型鑑定実施件数の推移(平成21~25年)
図表-56 DNA型鑑定実施件数の推移(平成21~25年)
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図表-57 犯罪捜査におけるDNA型鑑定の活用方法
図表-57 犯罪捜査におけるDNA型鑑定の活用方法

事例

25年8月、熊本県において発生した住居侵入・窃盗事件について、DNA型鑑定を実施した結果、無職の男(61)を割り出した。同年10月、同人を住居侵入・窃盗罪で逮捕した(熊本)。

ウ 鑑定体制の強化

警察では、DNA型鑑定のための体制を強化するとともに、DNA型データベースの拡充を図っている。具体的には、DNA型鑑定の各工程での作業の指示、管理及び記録をコンピュータ制御により自動化することで、一度に多数の被疑者資料のDNA型鑑定を集中的に実施し、鑑定の効率化を図っている。

また、科学警察研究所の研修を修了し、DNA型鑑定に必要な知識及び技能を修得した鑑定技術職員を増強している。

 
DNA型鑑定を行うクリーンルーム

DNA型鑑定を行うクリーンルーム


③ 指掌紋自動識別システム

指紋及び掌紋(以下「指掌紋」という。)は、「万人不同」及び「終生不変」の特性を有し、個人を識別するための資料として極めて有用であることから、明治44年に警視庁において指紋制度が導入されて以来、現在に至るまで、犯罪の捜査に欠かせないものになっている。

警察では、被疑者から採取した指掌紋と犯人が犯罪現場等に遺留したと認められる指掌紋をデータベースに登録して自動照合を行う指掌紋自動識別システムを運用し、犯人の割り出し、余罪の確認等に活用している。

 
指掌紋自動識別システム

指掌紋自動識別システム


コラム⑦ 高出力レーザ照射装置の導入

警察では、米国等で既に犯罪捜査に活用されている高出力レーザ照射装置を各都道府県警察に導入している。

高出力レーザ照射装置により、指掌紋等に付着した蛍光物質を検出することが可能となることから、犯罪現場に遺留された指掌紋等の検出が容易になるほか、これまで技術的に検出することができなかった指掌紋等についても検出できるようになり、犯行の裏付け等への活用が期待されている。

 
高出力レーザ照射装置の活用状況

高出力レーザ照射装置の活用状況

④ 三次元顔画像識別システム

三次元顔画像識別システムとは、防犯カメラ等で撮影された人物の顔画像と、別に取得した被疑者の三次元顔画像とを照合し、個人を識別するものである。

 
図表-58 三次元顔画像識別システムによる顔画像照合
図表-58 三次元顔画像識別システムによる顔画像照合

一般に、防犯カメラ等で被疑者の顔が撮影される角度は様々であるため、防犯カメラ等の画像と被疑者写真等を比較するだけでは個人の識別が困難な場合が多いが、このシステムでは、被疑者の三次元顔画像を防犯カメラ等の画像と同じ角度及び大きさに調整し、両画像を重ね合わせることにより、より高い精度で個人を識別することが可能となり、公判における犯人性の立証等に活用されている。


(3)各種捜査手法の活用

① 通信傍受

通信傍受法(注)では、薬物銃器犯罪、組織的殺人及び集団密航の各罪種について、犯罪が行われたと疑うに足りる十分な理由があり、犯人間の相互連絡等に用いられる電話等の傍受を行わなければ事案の真相解明や犯人の特定が著しく困難であること等の厳格な要件の下、裁判官による審査を経て発付される令状に基づき、通信傍受の実施が認められている。通信傍受法の運用状況については、毎年、国会に報告するとともに公表することとされている。

警察では、通信傍受法に基づき、通信事業者施設で、事業者職員等の常時立会いの下、通信傍受を実施している。通信傍受法が施行された平成12年から25年末までの間、通信傍受は88事件において実施されており、当該事件に関し、合計412人が逮捕されている。

注:犯罪捜査のための通信傍受に関する法律

 
図表-59 通信傍受の実施イメージ
図表-59 通信傍受の実施イメージ
② コントロールド・デリバリー

コントロールド・デリバリーとは、取締機関が規制薬物等の禁制品を発見しても、その場で直ちに検挙・押収することなく、十分な監視の下に禁制品の運搬を継続させ、関連する被疑者まで運搬させた上で当該被疑者らを検挙する捜査手法である。

薬物密輸・密売事件の多くは暴力団や外国人犯罪組織等によって組織的に敢行されるため、実行犯を検挙したとしても首謀者等について供述を得られることは少なく、通常の捜査手法では組織の全容解明は困難である。しかし、コントロールド・デリバリーを活用することで、捜査機関の監視の下、組織の中枢に迫ることができる。

警察では、コントロールド・デリバリーを積極的に活用し、薬物密輸・密売事件の検挙及び薬物犯罪組織の壊滅を図っている。

③ 譲受け捜査

譲受け捜査とは、規制薬物等の禁制品に関する犯罪の捜査において、警察官が密売人に接触し、規制薬物を譲り受けるなどする捜査手法をいい、通常の捜査方法のみでは摘発が困難であって、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象に行う場合等に実施されている。

警察では、譲受け捜査を活用し、組織的かつ秘密裏に敢行される薬物密売事件等の検挙を図っている。


 第3節 警察の取組

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