特集II:安全・安心で責任あるサイバー市民社会の実現を目指して

3 サイバー犯罪捜査の環境整備

サイバー犯罪を抑止するためには、サイバー犯罪が認知された場合に速やかに捜査され、その被疑者が迅速に検挙されることが必要である。このようなサイバー犯罪捜査の環境を整備するためには、サイバー犯罪における事後追跡可能性、すなわち、被疑者が被害者のコンピュータに接続した際の接続ログ、インターネットに接続した際の認証ログ、契約者情報等の被疑者を特定するために必要なデータが確保される状態にあるかという視点が必要であり、現在、この確保を行う上での支障となっている犯罪インフラ(注1)等について対策を行う必要がある。

注1:2章3節2項(6) 参照

(1)海外の捜査機関との連携強化と海外の企業との協力関係の構築

世界規模のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)やインターネット・ショッピング等の利用者の増加、クラウド・コンピューティング(注2)の普及等今後ますますサイバー犯罪の捜査環境が悪化することが予想される。このような情勢に的確に対処するためには、外国捜査機関とより緊密な協力体制を確立し、事案によっては、二国間又は多国間で並行して捜査を行うことが必要である。

また、サイバー犯罪を捜査するために必要となる通信ログや契約者情報等が海外事業者等で管理されており、日本に照会の窓口が設置されていない場合、当該情報の入手を外交ルート等を通じて当該国の法執行機関に対して要請しているところであるが、要請した情報を入手するために長期間を要することもある。このため、捜査に必要な情報を迅速に入手できるよう、警察庁から海外の企業に対して日本での照会窓口の設置を働き掛けるなど海外の企業との連携を強化する必要がある。

注2:データサービス等がネットワーク上にあるサーバ群(クラウド(雲))にあり、ユーザのコンピュータでデータを加工・保存することなく、「どこからでも、必要な時に、必要な機能だけ」を利用することができる新しいコンピュータネットワークの利用形態。

(2)インターネットカフェにおける利用者の匿名性排除に向けた対策

インターネットカフェについては、インターネットカフェにおいて敢行される犯罪の抑止対策として、利用者の匿名性排除が必要不可欠である。警察庁では、平成19年から、日本複合カフェ協会に対し、利用者の本人確認や使用する端末の記録、防犯カメラの設置等、匿名性を排除するための諸対策を申し入れるとともに、各都道府県警察におけるインターネットカフェ連絡協議会設置の推進等の諸対策を行ってきた。

警察庁においては、インターネットカフェに係る条例を制定しようとする道府県に対する支援の実施や、東京都における条例の制定後の犯罪の発生状況の推移を踏まえ、引き続き諸対策を推進することとしている。

インターネットカフェ店内

インターネットカフェ店内

インターネットカフェ個室

インターネットカフェ個室

(3)無線LAN、データ通信カードの悪用防止に係る対策

無線LAN については、他人の無線LAN を無断で介した他人名義によるインターネットの接続が問題となっている。警察庁ではこの問題に対処するため、暗号化を初期設定とした無線LAN 機器の販売についての事業者等への協力要請や、利用者に対しセキュリティ設定に関する広報啓発を行っていく必要がある。

また、データ通信カードについても、本人確認を受けることなく購入できるデータ通信カードの利用者の匿名性が問題となっているため、事業者等に対し、販売時における本人確認の実施を要請し、事業者等の自主的な取組を促進していく必要がある。

今後は、警察庁において事業者等と共に、無線LAN やデータ通信カードの匿名性対策の在り方を検討していくこととしている。

事例

電気店の店長の男(42)らは、電波法が定めた上限の数十倍の電波を出力できる無線LAN アダプターを「無銭LAN」と称して販売することにより、購入者がこれを利用して他人の無線LAN を介してインターネットに接続できるようにした。平成22年9月、電波法違反(無線局の無免許開設)、同ほう助で合計11人を検挙した(大阪)。

(4)通信記録(ログ)の保存に向けて

サイバー犯罪の捜査では、使用されたコンピュータを特定するとともに、そのコンピュータを誰が使用したのかを特定する必要があり、そのためには通信記録が不可欠であるところ、この通信記録が保存されていないために犯人の特定に至らない事件がしばしば見受けられる。昨今の高度化・多様化が進むサイバー犯罪に係る対策において、通信記録の重要性はますます高まっている。

また、通信記録は、犯罪捜査のみならず民事上の紛争における相手方の発見や証拠の確保、セキュリティサービス事業者等によるネットワーク障害の原因究明等においても必要不可欠なものとなっている。通信事業者等による通信記録の保存は、電磁的記録媒体の容量が少なく、容量当たりの価格も高価だった時代に比べ、技術の進歩等により容量が増大し、価格も安価になった今日では、必ずしも大きな負担ではなくなってきていると考えられる。

こうしたことから、通信記録の保存の必要性について、捜査の円滑化以外の観点からも、国民全体に議論を広げ、国民の理解を深めていく必要がある。

事例

平成21年4月、オンラインゲームの利用者から「オンラインゲームに不正アクセスされ、ゲーム上の仮想通貨等を盗まれた」との相談を受けたことから、不正アクセスに係るIP アドレスを特定し家宅捜索を実施したところ、同所にはオンラインゲームへのアクセスを中継するウェブサーバが設置されていた。しかし同ウェブサーバはいずれかの場所からのオンラインゲームに対する接続を中継しているだけであったことから、真の不正アクセスの発信元を特定すべく、同ウェブサーバの解析を行ったが、ログが保存されていなかったことから、不正アクセスの発信元の特定には至らなかった。

同ウェブサーバを設置していた者については、無届で電気通信事業を行っていたことから、22年2月、電気通信事業法違反(届出義務違反)で逮捕した(山口)。


第3節 サイバー犯罪対策の抜本的強化に向けて

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