2 科学技術の活用
匿名性の高い犯罪の出現や裁判員制度の導入により、従来にも増して客観的証拠の収集が必要とされていることから、警察では科学技術を活用した犯罪捜査を強化している。
(1)捜査における科学の活用のこれまでの歩み
科学技術の急速な発展、情報化社会の著しい進展等は、犯罪の質・量の両面に大きな影響を与えている。このような情勢の変化に的確に対処するためには、捜査における科学の活用を推進し、犯罪捜査を高度化していくことが必要不可欠であり、警察ではこれまで、最先端の科学技術を鑑識技術へ導入するなど、科学捜査力の強化を図ってきた。
その中でも、当初すべて手作業で行っていた指紋業務は、昭和57年に、コンピュータによるパターン認識の技術を応用した指紋自動識別システムを導入し、その後、犯罪現場に遺留された指紋や被疑者から採取した指紋を、データベースに登録した指紋と自動照合する業務の運用を開始した。これにより、指紋照合の迅速化・効率化が図られ、指紋による被疑者の割り出し件数が飛躍的に向上した。警察ではその後も、警察庁、警視庁及び道府県警察本部並びに警察署をそれぞれ通信回線で結ぶなど、指紋の照合作業の迅速化・効率化を図り、さらに、平成19年から、掌紋自動識別システム
(参照)と統合した指掌紋自動識別システムの運用を開始し、犯罪捜査に活用している。
昭和40年ころの指紋照合業務
現在の指掌紋照合業務
最新の科学技術を駆使した捜査が望まれる中、最近では、フラグメントアナライザーと呼ばれる自動分析装置を用いたDNA型検査法や防犯カメラ等で撮影された人物の顔画像を科学的に個人識別する三次元顔画像識別システムを導入し、犯人特定に大きく貢献している。そのほかにも、和歌山毒物混入事件(10年)において、事件解決に大きく貢献したSPring-8(注)による、極めて微量かつ微細な鑑定資料の分析や、被害者と犯人とのつながりが薄い事件等通常の捜査では解決困難な事件でその効果を発揮するプロファイリング等、多種多様な科学技術を犯罪捜査に活用し、多くの事件を解決に導いている。
21年5月には裁判員制度が導入されることとなるが、指掌紋の自動照合やDNA型鑑定等の科学捜査による客観的立証は、裁判員の的確な心証形成にも大きく資することが期待され、今後も科学捜査力の強化を推進していく必要がある。
(2)DNA型鑑定・DNA型記録検索システム
DNA型鑑定とは、一人一人のDNA(デオキシリボ核酸)に異なる部分があることに着目し、その異なる部分を比較することにより、個人を高い精度で識別する鑑定法である(注1)。
現在、警察で行っているDNA型鑑定は、主にSTR型検査法と呼ばれる方法で、STR(注2)と呼ばれる4塩基(注3)を基本単位とする繰り返し配列について、その繰り返し回数に個人差があることを利用し、個人を識別する検査方法である。
図-43 DNA型鑑定(STR型検査法)に使用する部分
平成15年8月から導入した、9座位(注4)のSTR型及び性別に関するアメロゲニン座位(注5)の型を検出するSTR型検査法では、日本人で最も出現頻度が高いDNA型の組合せの場合で、約1,100万人に1人という確率で個人識別を行うことが可能となった。18年11月には、新たに6座位を追加して15座位のSTR型とアメロゲニン座位の型を検出するSTR型検査法を導入し、現在、日本人で最も出現頻度が高いDNA型の組合せの場合で、約4兆7千億人に1人という確率で個人識別を行うことが可能となっている。
図-44 DNA型鑑定(STR型検査法)の流れ
警察では15年から、フラグメントアナライザーと呼ばれる自動分析装置を用いた新たな鑑定法を導入しており、より古く、微細な資料の分析が可能となったほか、検査が自動化されたため、鑑定に要する時間が短縮され、より効果的かつ効率的な鑑定を行うことが可能となった。
図-45 DNA型記録検索システムの活用状況
DNA型鑑定の件数は年々増加しており、殺人事件等の凶悪事件だけでなく、窃盗事件等の身近な犯罪の解決にも多大な効果を上げている。
図-46 DNA型鑑定の活用状況
図-47 DNA型記録検索システムの仕組み
警察庁では、16年12月から、犯罪現場に被疑者が遺留したと認められる血こん等の資料(以下「遺留資料」という。)のDNA型の記録(以下「遺留DNA型記録」という。)を登録し、検索する遺留資料DNA型情報検索システムの運用を開始した。さらに、17年9月には、遺留DNA型記録に加え、犯罪捜査上の必要があって被疑者の身体から採取された資料(以下「被疑者資料」という。)のDNA型の記録(以下「被疑者DNA型記録」という。)も登録・検索の対象とするDNA型記録検索システムの運用を開始し、遺留DNA型記録及び被疑者DNA型記録のデータベース化を図り、犯罪捜査に活用している。
事例1
19年9月に発生した、民家に女性用の下着が投げ込まれた廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)違反(不法投棄)事件において、現場に遺留されていた女性用の下着に血こんが付着していたことから、そのDNA型鑑定結果を遺留DNA型記録としてDNA型記録検索システムに登録し、照会したところ、この遺留DNA型記録が、6年に大阪で発生した強盗殺人事件の現場で押収し、冷凍保管していたタオルに付着していた精液から検出した遺留DNA型記録と一致した。
その後、19年12月に廃棄物処理法違反で逮捕し、起訴した会社員の男(48)に対し、強盗殺人事件についても取り調べたところ、強盗殺人については一貫して否認していたものの、DNA型の一致等の客観的証拠が十分に存在したことから、同月、強盗殺人罪で再逮捕した。なお、この強盗殺人事件については、公訴時効まで1年に迫っていた(大阪)。
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事例2
19年10月、山形県で男性を軽四輪自動車ではねたまま、この男性を救護せずに、走り去った道路交通法違反(ひき逃げ)等で逮捕した会社員の男(36)につき、道路交通法違反等に係る捜査の過程でその同意を得て採取した男の口腔内細胞のDNA型鑑定結果を、被疑者DNA型記録としてDNA型記録検索システムに登録し、照会したところ、17年6月に山形県で発生した強姦致傷事件の遺留DNA型記録と一致したことから、その後所要の捜査を遂げ、19年10月、強姦致傷罪等で逮捕した(山形)。
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コラム6 嫌疑を晴らす意義も有するDNA型鑑定
犯罪捜査において、被疑者が犯人であることを明らかにするための捜査と、当該被疑者以外の者が犯人ではないことを明らかにするための捜査は表裏一体である。したがって、個人識別精度が高く犯人の特定に有効なDNA型鑑定の意義は、被疑者が犯人であることを客観的に裏付けることのみならず、当該被疑者以外の者が犯人ではないことを明らかにすることにもある。
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(3)指掌紋自動識別システム
指紋及び掌紋は、「万人不同」及び「終生不変」の特性を有し、個人を識別するための資料として極めて有用であることから、犯罪捜査で重要な役割を果たしている。
警察庁では、昭和57年に被疑者から採取した指紋をデータベースに登録し、犯罪現場等から採取した指紋と自動照合し、容疑者を割り出す指紋自動識別システムを導入した。
平成10年からは、各都道府県警察のすべての警察署に被疑者の指紋を短時間で採取できるライブスキャナを整備し、警視庁及び道府県警察本部に遺留指紋照会端末装置等を整備するとともに、警察庁、警視庁及び道府県警察本部並びに警察署間をオンラインで結ぶことにより、指紋照合の効率化・迅速化を図った。
また、14年には、指紋と同様に被疑者から採取した掌紋をデータベースに登録し、犯罪現場等から採取した掌紋と自動照合して容疑者を割り出す掌紋自動識別システムの運用を開始した。19年からは、指紋自動識別システムと掌紋自動識別システムを統合した指掌紋自動識別システムの運用を開始し、事件解決に役立てている。
図-48 指掌紋自動識別システムの活用
(4)三次元顔画像識別システム
三次元顔画像識別システムとは、防犯カメラ等で撮影された人物の顔画像と別に取得した被疑者の顔画像とを照合し、両者が同一人物であるかどうかを識別するシステムである。
一般に、金融機関やコンビニエンスストア等に設置された防犯カメラで撮影された被疑者の顔は下を向いていたり、サングラス、マスク、帽子等で顔が隠れていることが少なくなく、被疑者写真等と単に比較するだけでは個人識別が困難である。そこで、このシステムにより、別に撮影した被疑者の三次元顔画像を防犯カメラの画像と同じ角度及び大きさに調整し、両画像を重ね合わせることにより個人識別を行うことが、犯罪捜査上、極めて有効である。このシステムは、各種施設における防犯カメラの設置の増加とあいまって、犯行を証明する有力な証拠を得ることができるシステムとして、一部の道府県警察で活用されている。
図-49 三次元顔画像識別システムによる顔画像照合
(5)自動車ナンバー自動読取システム
自動車盗や自動車を利用した犯罪を検挙するためには、通過する自動車の検問を実施することが有効である。しかし、事件を認知してから検問を開始するまでに時間を要するほか、徹底した検問を行えば交通渋滞を引き起こすおそれがあるなどの問題がある。このため、警察庁では、昭和61年度から、通過する自動車のナンバーを自動的に読み取り、手配車両のナンバーと照合する自動車ナンバー自動読取システムの整備を進めている。
表-2 自動車ナンバー自動読取システムの整備状況
(6)プロファイリング
プロファイリングとは、犯行現場の状況、犯行の手段、被害者等に関する情報や資料を、統計データや心理学的手法等を用いて分析・評価することにより、犯行の連続性の推定や次回の犯行の予測、犯人の年齢層、生活様式、職業、前歴、居住地等の推定を行うものである。
被害者と犯人のつながりが薄い事件や、物証・目撃情報が乏しい事件のように、通常の捜査活動では解決困難な事件の捜査で効果を発揮することが期待されており、警察では、現在、捜査現場での普及に向けた取組みを推進している。平成17年から19年までの都道府県警察での犯罪捜査におけるプロファイリングの実施件数(都道府県警察からの依頼を受けて科学警察研究所が実施したものを除く。)は、着実に増加している。
図-50 プロファイリング実施件数
(7)情報分析支援システムの構築
「人からの捜査」、「物からの捜査」が困難となる中、犯罪の迅速な検挙を確保するためには、捜査現場の体制・執行力の更なる強化に加え、犯罪関連情報の総合的な分析を推進することにより、捜査の方向性や捜査項目の優先順位の判断を支援することが重要である。
警察庁では、現在、犯罪手口、犯罪統計等の捜査管理に関する情報の統合を行っている警察総合捜査情報システムを高度化し、情報分析支援システム(CIS-CATS)(仮称)を構築することとしている。このシステムにより、警察総合捜査情報システムで行っている業務と被疑者写真照会業務及びDNA型照会業務とを統合したり、業務間の連携により重複入力を排除し、横断的検索を可能とするなど、登録・照会の効率化を図ったりするほか、犯罪手口、犯罪統計等の犯罪関連情報を地図上に表示し、他の様々な情報と組み合わせるなどして犯罪の発生場所、時間帯、被疑者の特徴等を総合的に分析することが可能となる。
図-51 情報分析支援システム(CIS-CATS)(仮称)
(8)デジタルフォレンジックの強化
コンピュータ、携帯電話等の電子機器が一般に普及し、あらゆる犯罪に悪用されるようになってきており、その捜査に当たっては、各種電子機器に保存されている電磁的記録の解析が必要不可欠となっている。警察では、消去、改ざん等が容易な電磁的記録を解析するため、デジタルフォレンジック(犯罪の立証のための電磁的記録の解析技術及びその手続)に係る取組みを強化している。
図-52 デジタルフォレンジック
〔1〕 デジタルフォレンジックの活用
警察では、警察庁情報通信局、管区警察局情報通信部及び都道府県(方面)情報通信部に情報技術解析課を設置し、都道府県警察が行う犯罪捜査において、捜索差押え現場でコンピュータ、電磁的記録媒体等を差し押さえるための技術的指導や押収した携帯電話、コンピュータ等から証拠を取り出すための解析等のデジタルフォレンジックを活用した技術支援体制を構築している。
ハードディスク内に保存された電磁的記録の証拠保全
〔2〕 民間企業及び関係機関との連携
警察では、犯罪捜査にデジタルフォレンジックを的確に活用するため、電磁的記録の解析に係る知見の集約・体系化を進めている。特に、電子機器、ソフトウェア等の種類の増加、多様化が進むなどしており、これまで以上に高度かつ多様な解析技術が求められている。そこで、警察庁では、解析に必要な技術情報を得るための企業との技術協力等を推進するとともに、国内捜査関係機関が参加するデジタルフォレンジック連絡会の開催、アジア大洋州地域の捜査関係機関が参加するサイバー犯罪捜査技術会議の開催等を通じ、関係機関とのデジタルフォレンジックに係る情報共有等を推進している。
国内関係機関との連携強化