特集 組織犯罪を許さない社会を目指して ~資金獲得活動との対決~ 

第1節 不透明化する資金獲得活動の脅威

1 企業活動を仮装・悪用する資金獲得活動

 暴力団は、組織的に行使する暴力とその威力を最大限利用しつつ、取り締まられる危険性の少ない領域を探し当て、より大きな資金を獲得することを企図しており、経済社会の変化に対応して、その資金獲得活動の態様を変化させ続けてきた。
 最近では、我が国の経済社会の一角に入り込み、必ずしも被害者を特定することができないような不透明な資金獲得活動を行う傾向が顕著であり、その主なものの一つとして、暴力団による企業活動を仮装・悪用した資金獲得活動が挙げられる。

(1)企業活動への進出

 山口組は、幹部を港湾荷役、土木建築等の各種事業に関与させるなど、安定した資金源として企業活動を利用しており、昭和30年代には、山口組に限らず、暴力団の幹部や構成員が自ら又は親族の名義で興行、建設業、金融業等の企業活動に進出する動きが多くみられるようになった。こうした暴力団の幹部等が実質的に深く関与する暴力団関係企業は、企業活動を仮装しつつ、その背後で脅迫等を行っていたものとみられる。
 
 図-1 幹部等が企業活動に関与していた暴力団関係企業
図-1 幹部等が企業活動に関与していた暴力団関係企業

 40年代から50年代にかけても、暴力団による企業活動への進出は続いていたが、60年代になり、いわゆるバブル経済期を迎えたころ、不動産業と建設業を中心に、表向きには暴力団と無関係な企業を元構成員等に経営させ、その収益から暴力団に資金を提供させる動きが強まった。そのような暴力団関係企業は、金融機関から多額の融資を受け、不動産業では「地上げ」や「土地転がし」を行うとともに、建設業ではリゾート、ゴルフ場等の開発工事に介入し、巨額の資金獲得に成功したとみられている。
 
 図-2 元構成員等に経営させる暴力団関係企業
図-2 元構成員等に経営させる暴力団関係企業

(2)暴力団対策法の影響

 平成4年3月、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴力団対策法」という。)が施行され、一定の要件を満たす暴力団を指定暴力団として指定し、指定暴力団の構成員が暴力団対策法第9条に定められた暴力的要求行為を行うことが規制された。そして、指定暴力団の構成員が暴力的要求行為を行い、その相手方の生活の平穏等が害されている場合には、都道府県公安委員会が中止命令を発出することができるほか、類似の暴力的要求行為を反復するおそれがある場合には、再発防止命令を発出することができることとされた。
 暴力団対策法の制定により、我が国に存在する大規模な暴力団はすべて指定暴力団として指定されることとなり、指定暴力団の構成員は、取締りを受ける可能性が高くなり、暴力的要求行為による資金獲得活動を継続することが困難となった。このため、暴力団は、検挙や暴力団対策法の規制を逃れるべく、暴力的要求行為を必ずしも伴う必要のない企業活動へ一層進出したほか、そうした暴力団関係企業を尖兵として、一般企業に暴力団に資金を提供させるように仕向けるなどし、暴力団の維持・運営に協力する暴力団関係企業を確保していった。
 当初、暴力団は、主に不動産業、建設業、金融業、飲食業、風俗営業等への進出が目立ったが、近年では、産業廃棄物処理業、人材派遣業、警備業等への進出もみられる。
 
 図-3 暴力団対策法の暴力的要求行為
図-3 暴力団対策法の暴力的要求行為


コラム1  暴力団対策法の概要

 暴力団対策関係の法整備としては、昭和28年及び33年の2回にわたる刑事訴訟法改正、33年の刑法改正、39年の暴力行為等処罰ニ関スル法律改正、37年、40年及び41年の3回にわたる銃砲刀剣類所持等取締法改正、37年以降の都道府県におけるいわゆる愚連隊防止条例制定、56年の商法改正があるが、暴力団対策法が制定されるまで、暴力団だけを対象とする取締りのための立法はなされてこなかった。これは、法規制の対象となる暴力団を法律で明確に限定することが立法技術上極めて困難と考えられていたこと、暴力団を規制すること自体について憲法で保障される基本的人権(結社の自由、法の下の平等)との関係で一部に懸念が示されていたことなどが理由であった。しかし、平成に入り、暴力団の資金獲得活動や対立抗争事件への効果的な対策が強く求められた社会情勢を背景に、警察庁では、米国等の法令を参考にしつつ暴力団対策のための立法化作業を本格化し、平成3年、暴力団を「その団体の構成員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体」と定義するとともに、一定の厳格な要件と手続による暴力団の指定という手法を採用することなどにより、我が国の法律として初めて指定暴力団の構成員による不当な行為のみを規制することを可能とした暴力団対策法が制定された。
 暴力団対策法は、指定暴力団に係る暴力的要求行為を規制するほか、対立抗争事件に伴う事務所の使用の制限、少年に対する加入強要の禁止等も規定しており、暴力団の活動を多面的に抑止することが可能となっている。また、暴力団対策法は、都道府県暴力追放運動推進センターの指定、暴力的要求行為の被害者に対する援助、不当要求の被害を防止する責任者(以下「不当要求防止責任者」という。)を選任する事業者への援助等を規定することにより、その後、我が国において暴力団排除活動を活発化させる原動力となった。
 
 図-4 暴力団対策法の概要
図-4 暴力団対策法の概要

 
(3)暴力団関係企業の実態

 一部の暴力団は、その構成員に建設業を直接行わせるなど、建設業者の経営を露骨に支配しており、とりわけ、いわゆるバブル経済期には、元構成員等に建設業を行わせる例が顕著になったほか、近年、暴力団と一定の関係を意図的に継続する建設業者もみられる。このように、暴力団は建設業において一定数の暴力団関係企業を確保していると推定される。
 そこで、建設業への暴力団の浸透の実態を明らかにするため、本年2月、暴力団対策法に定める不当要求防止責任者を選任した建設業者3,000社に対し、建設業における暴力団等(注)の資金獲得活動の実態に関するアンケート調査(以下「建設業アンケート」という。)を実施した。これらに勤務する不当要求防止責任者又は暴力団等の資金獲得活動に知見のある現場担当者1,820人(回収率60.2%)から回答を得ることができた。
 建設業アンケートにおいて、「この5年くらいの間に、暴力団等と何らかの関係を有する建設業者がいると聞いたことがある」と回答した者は回答者全体の33.8%(615人)であり、暴力団等と関係を有する建設業者が少なからず存在することが分かった。これを地域別にみると、近畿地方の54.2%(160人)を筆頭に、中部地方の38.7%(86人)、中国地方の38.2%(42人)、四国地方の46.9%(23人)、九州地方の36.8%(75人)が回答者全体の平均である33.8%を上回っており、いわば西高東低の傾向にあることがうかがわれる。

注:建設業アンケートでは、資金獲得活動を行う者が暴力団であるかどうかを正確に知ることができない場合もあることを踏まえ、「暴力団等」と呼称している。

 
 図-5 暴力団等と関係を有する建設業者の存在
図-5 暴力団等と関係を有する建設業者の存在

 暴力団等と関係を有する建設業者がいると聞いたことがある旨回答した者に対し、その建設業者と暴力団等との関係について質問したところ、「役員又は従業員が暴力団等と個人的な付き合いをしている」が37.7%(232人)と最も多く、暴力団等は周辺者を通じて関係を構築していることが分かった。ただし、「役員又は従業員が暴力団等の構成員である」が15.1%(93人)、「役員又は従業員が暴力団等の構成員の親族である」が12.4%(76人)であり、いまだに暴力団等が直接に支配を行う傾向も色濃く残存していることが分かった。
 
 図-6 当該建設業者と暴力団等との関係
図-6 当該建設業者と暴力団等との関係

 また、「複数の建設業者が、昔から暗黙の了解の下、慣習として暴力団等に資金を提供しているという話を聞いたことがある」と回答した者は14.4%(262人)であり、建設業界の一部に構造的な資金提供の仕組みが存在していることが分かった。
 
 図-7 建設業者が暗黙の了解の下で暴力団等に資金を提供する慣習の存在
図-7 建設業者が暗黙の了解の下で暴力団等に資金を提供する慣習の存在

 さらに、そのような慣習があると聞いたことがある旨回答した者に対し、資金提供が行われる趣旨について質問したところ、「建設工事に関するトラブルを解決する見返りとして」と回答した者が59.5%(156人)と過半数を占め、暴力団等を積極的に利用しようとする建設業者が少なからず存在することが分かった。また、「建設工事の受注を建設業者に割り振る見返りとして」と回答した者が13.0%(34人)、「建設業者による談合を維持・容認する見返りとして」と回答した者が12.6%(33人)であり、暴力団等が威力を背景に利権構造に食い込んでいる実態がうかがわれた。
 
 図-8 建設業者により資金提供が行われる趣旨
図-8 建設業者により資金提供が行われる趣旨

(4)暴力団関係企業の問題点

 暴力団関係企業は、暴力団との関係を隠すことにより、暴力団が取締りを逃れてひそかに、かつ、安定的に資金を獲得する手段となり得るほか、企業活動を通じて他の個人や企業を取り込む手段ともなり得る。また、資金を企業活動に投資するとともに、暴力、威力又は違法行為を駆使するなどして事業を拡大すれば、暴力団の有力な資金源に育てることが可能である。さらに、暴力団関係企業は、暴力団が違法又は不当に獲得した資金について、暴力団関係企業を通じて新たな事業に運用する、金融機関に移すなどといった方法で隠匿し、蓄積するための手段として利用され得る。そのほか、暴力団関係企業は、表向きは暴力団と無関係であることから、他の暴力団の縄張内に事務所を設置したとしても、直ちに対立抗争が発生するものではないため、暴力団が他の暴力団を刺激しないようにしつつ、水面下で地元暴力団の切り崩し工作を行い、これを吸収する形で勢力を拡大しようとする場合の手段として利用されることがある。
 こうした暴力団関係企業の特徴により、例えば、暴力団関係企業への適正な課税が困難になる、暴力団関係企業の公共工事への下請参入が容易になるなど、暴力団関係企業を一般企業より経済取引上優位な立場に立たせることが可能となるため、これを放置すれば、企業間の公正な競争が阻害され、我が国における経済活動に悪影響を与えるおそれがある。

事 例
 共政会会長(61)は、共政会傘下組織組長であった平成11年12月、広島市内の解体業者(62)が公共工事を受注し、既に着工していることを知ると、同傘下組織幹部に同解体業者へ電話をかけさせ、「お前のところの会社が工事をしているようじゃが、工事をするときには、うちの組にあいさつをしてもらわないといけん」などと暴力団の威力を示しつつ申し向けさせた。電話を受けた同解体業者が、同傘下組織の事務所を訪れ、工事受注額の10%に当たる195万円を封筒に入れて手渡すと、「どうも、すみませんね」と言って受け取ったことから、16年6月、恐喝罪で逮捕した。また、同会長は、解体業者に対する同様の恐喝を繰り返したため、18年5月までに他の事件に関する恐喝罪でも計7回逮捕した(19年5月現在、捜査中)。
 広島県の解体業界の一部では、9年ころから、解体に係る公共工事について、同解体業者ら3名を調整役として落札業者を決定する談合を行うようになり、業界内で定着していた。ところが、11年11月、談合の存在を認知した同傘下組織幹部が、同解体業者を呼び出し、「これからは、お前ら管理する者が、自分らの筋の業者から落札した公共工事の請負金額の一割をまとめて持ってこい。家族も会社もあろうが、仕事ができんようになるど」などと家族に対する危害や受注した解体工事の妨害を示しつつ恫喝した結果、以後、解体業界では工事受注額の10%を調整役を通じて共政会に上納することが慣例化した。
 なお、談合の調整役であり、共政会に上納金を持参する役割を果たしていた同解体業者らは、自らが金銭を喝取された被害者である一方で、共政会に対する上納が開始された後には、他の解体業者に対し、暴力団の威力を背景として、「次の工事は、○○さんで行くけえ」などと自らの調整に従うよう圧力をかけたり、「山、すなわち共政会に持っていく銭じゃけえ、わしの銭じゃない。1割と決まっとる。早いほうがいい」などと常習的に申し向けるなどしていたことから、15年11月から17年10月にかけて、恐喝罪、競売入札妨害罪等で逮捕した(広島)。
 
事件の概要

 第1節 不透明化する資金獲得活動の脅威

前の項目に戻る     次の項目に進む