第5章 公安の維持と災害対策

4 対日有害活動の動向と対策

(1)北朝鮮による対日諸工作
 北朝鮮は、我が国に対する非難を繰り返しつつ、我が国の各層に対して「過去の清算」を最優先させた早期の国交正常化への協力や朝鮮総聯(注)の活動に対する理解を求めて、直接に、又は朝鮮総聯を介した諸工作を展開している。
 北朝鮮は、我が国の対北朝鮮政策について、「過去の清算を回避し、再侵略の口実を設けることを目的として、一貫して反北朝鮮敵視政策を行ってきた」などとして非難を繰り返している。
 特に、拉致問題への北朝鮮側の積極的対応を促すために経済制裁発動を求める声が高まっている状況に関し、「日本政府が極右勢力に踊らされて、旧態依然として朝鮮に対する敵視政策にしがみつくなら、それは朝日間の関係正常化の雰囲気を曇らせ、現在の対決状態を爆発のラインへと導く結果のみをもたらすことになるだろう」と述べるなど、こうした動きをけん制している。この一方で、「日本は、下心を持って「拉致問題」を政治的駆け引きに利用し、自分らの利益をはかろうとしてはならない」、「日本が過去の清算を先送りすればするほど、罪悪は一層大きくなる」などと指摘し、「過去の清算」を最優先させる主張を行っている。
 また、北朝鮮は、朝鮮総聯に関連する犯罪の捜査を「妄動」ととらえ、朝鮮総聯施設に対する固定資産税課税の動向と併せて非難し、「万一、日本が反朝鮮総聯策動に引き続き執着すれば、そこから生じる重大な結果について全責任を負うことになるであろう」などと述べている。
 一方で、朝鮮総聯は、各界関係者に対し、北朝鮮の各種記念日に際して開催する祝宴等への参加を呼び掛けている。これは、拉致問題等で膠着する日朝関係や朝鮮総聯を取り巻く厳しい現状を背景に、朝鮮総聯の活動に対する理解を求め、親朝世論を醸成することで、こうした局面を打開する意図があったとみられる。
 警察は、こうした諸工作に関する情報収集活動を強化するとともに、関連して行われる違法行為に対しては厳正な取締りを行うこととしている。

注:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。


 
 捜索に対して抗議する在日本朝鮮人科学技術協会の関係者(時事)
写真 捜索に対して抗議する在日本朝鮮科学技術協会の関係者(時事)

事例
 朝鮮総聯傘下団体である在日本朝鮮人科学技術協会の幹部(69)は、平成16年5月ころから17年4月ころにかけて、薬局の開設又は医薬品の販売業の許可を受けずに医薬品を販売し、同協会の幹部(53)は、同年4月ころから同年9月ころにかけて、厚生労働大臣の承認を受けていない医薬品の名称等を広告した。17年10月、薬事法違反(医薬品無許可販売・承認前医薬品広告)で逮捕した(警視庁)。

(2)中国による対日諸工作
 中国は、各種の手段を用いて我が国の国際連合安全保障理事会の常任理事国入り等の動きについて、けん制する動きをみせている。
 中国国内では、我が国の国際連合安全保障理事会の常任理事国入りに反対する動きが高まったのをきっかけとして、2005年(平成17年)4月、各地で大規模な反日デモが続発し、投石等により日本の在外公館や日系企業に大きな被害が発生した。また、中国は、同年を抗日戦争勝利60周年と位置付け、我が国の「軍国主義」を批判する各種の行事を開催した。さらに、同年10月、中国は、小泉首相による靖国神社参拝に反発し、同年11月に韓国の釜山で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)での日中首脳会談を事実上拒否するなどした。
 また、東シナ海の日中中間線周辺で中国が開発を行っている油ガス田において、我が国が開発中止を要請したにもかかわらず、同年9月、生産開始の兆候がみられたほか、ガス田付近において中国海軍の軍艦5隻が航行していることが確認された。これは、我が国に対する示威行動ととらえることもできる。
 このような情勢の下、中国は、我が国に対する情報収集活動を強化しているものとみられる。同年10月、中国は、有人宇宙船「神舟6号」の打ち上げに成功した。中国の宇宙開発は、人民解放軍の傘下機関において進められており、これに関する情報は公表されていないが、打ち上げられた「神舟6号」は、高度約300キロメートルの周回軌道から、高精度カメラで、自衛隊、在日米軍基地、米国及び台湾の軍事施設の偵察を行っているとの指摘がある。
 特に、中国は、我が国の先端科学技術に依然高い関心を有し、
情報収集活動を強化するとともに、我が国からの技術移転の拡大を図っている。
 中国は、同年10月に開催された中国共産党第16期中央委員会第5回全体会議において採択された、「新五カ年計画」と題する今後5年間の国民経済と社会発展に関する基本方針の中で、科学技術教育の発展を国の競争力向上の決定的要素と位置付けており、更に高水準の科学立国を目指しているものと考えられる。
 中国は、先端科学技術の習得のため、多数の学者、技術者、留学生、代表団等を我が国に派遣し、活発な情報収集活動を行うとともに、このような派遣者や在日中国大使館員等を介し、我が国の先端科学技術関係者に対し働き掛けを強め、我が国からの技術移転の拡大を図っている。こうした活動に関連して違法行為が行われる可能性が否定できないことから、警察としては平素から情報収集に努めるとともに、違法行為に対しては厳正な取締りを行うこととしている。
 
 中国の有人宇宙船「神舟6号」の打ち上げ(時事)
写真 中国の有人宇宙船「神舟6号」の打ち上げ(時事)

(3)ロシアによる対日諸工作
 ロシアは、ロシア内外に「強いロシア」を顕示し、特に領土問題については、我が国に対し強硬な姿勢を示すとともに、我が国の先端科学技術に依然強い関心を有し、これに関する各種工作活動を現在も継続して行っている。
 平成17年11月、プーチン大統領が5年ぶりに来日したが、日ロ間の最大の懸案である北方領土問題の解決に向けた道筋は示されず、むしろロシアは、領土問題に関して我が国を激しくけん制し、我が国の世論を抑え込もうとする意思を明確にした。
 また、ロシアは、ソ連崩壊後も各国において外交官等による諜報活動を活発に展開していることが明らかになっているが、我が国においても2005年(17年)10月、ロシアの情報機関員とみられる在日ロシア通商代表部員が、先端技術を保有する企業から機密情報を不正に入手する事件が明らかとなった。この事件は、我が国においてロシアの情報機関員が関与したと認められるものとして、ソ連崩壊後6件目の事件である。
 プーチン大統領は、同年12月、旧ソ連国家保安委員会(KGB)を改組して、設置した機関である対外情報庁(SVR)において、SVRは世界で最も有効に機能している機関であると指摘して、「最も重要な政治的決定をとる際に、あなた方の情報を当てに出来る」と発言するなど、政策決定の過程における諜報活動の重要性を強調している。
 警察では、ロシアによる対日有害活動の実態を明らかにするため、情報収集・分析能力の強化を図るとともに、違法行為に対しては厳正な取締りを行うこととしている。

事例
 ロシアの情報機関員とみられる在日ロシア通商代表部員(35)は、16年9月ころから17年5月ころにかけて、日本人会社員(30)から、その勤務する会社の先端技術に関する機密情報等を不正に入手し、その報酬として日本人会社員に約100万円を支払っていた。17年10月、在日ロシア通商代表部員及び日本人会社員を背任罪で検挙した(警視庁)。

(4)大量破壊兵器関連物資等の不正輸出対策
〔1〕 大量破壊兵器関連物資等の拡散動向
 2005年(平成17年)5月、ライス米国国務長官は、拡散に対する安全保障構想(PSI)(注)発足2周年記念式典で演説し、PSI参加国の相互連携により、過去9か月間で11件の大量破壊兵器関連物資の密輸が阻止されたことを明らかにした。これに関連して、米国国務省は、このうち2件が北朝鮮向けの密輸であり、また、イランに関連した密輸も2件以上含まれていると発表した。
 同年6月、ブッシュ米国大統領は、大量破壊兵器の拡散に関与・協力した個人や企業に対し、在米国資産の凍結、米国での経済活動の禁止を行うことを内容とする大統領令に署名し、北朝鮮、イラン、シリアの計8企業・機関をその対象に指定した。同年10月、米国財務省は、同大統領令に基づき、大量破壊兵器やその運搬手段の拡散に関与したとして、新たに北朝鮮の8企業を資産凍結の対象に指定したと発表した。
 同年8月には、ムシャラフ・パキスタン大統領は、いわゆる核の闇市場を構築したとされる同国の科学者アブドル・カディル・カーンが、1990年代初めから北朝鮮に核兵器の製造に転用可能な遠心分離機本体や関連部品、設計図を送っていたことを明らかにした。

注:Proliferation Security Initiativeの略。国際社会の平和と安定に対する脅威である大量破壊兵器、ミサイル及びそれらの関連物資の拡散を阻止するために、国際法・各国国内法の範囲内で、参加国が共同してとり得る移転及び輸送の阻止のための措置を検討・実践する取組み


 また、同年9月、国際原子力機関(IAEA)が発表した核物質や放射性物質等の違法取引等に関する報告書(NTLS)(注1)は、1993年(5年)から2004年(16年)末までに同機関に報告があった違法又は不適切な取引662件のうち220件が核物質の取引であり、18件が軍事転用可能な高濃縮ウランやプルトニウムであったとしている。

注1:Nuclear Trafficking Latest Statistics


〔2〕 オーストラリア政府主催のPSI航空阻止訓練への参加
 2006年(18年)4月、オーストラリアのダーウィンで実施されたPSIの航空阻止に係る実動訓練に、日本の警察職員として初めて、警視庁のNBCテロ捜査隊員等が参加した。
 この訓練は、核関連の大量破壊兵器関連物資等を積載している疑いのある民間航空機を空港に着陸させた後、同航空機内を捜索し、大量破壊兵器関連物資等の安全化措置を講ずるとの想定に基づき実施されたものであり、警視庁のNBCテロ捜査隊員は、オーストラリアの税関職員等と共同して、同航空機内における大量破壊兵器関連物資等の検知等を行った。
 
 オーストラリア政府主催のPSI航空阻止訓練
写真 オーストラリア政府主催のPSI航空阻止訓練

〔3〕 不正輸出防止対策
 2005年(17年)7月に英国で開催されたグレンイーグルズ・サミットでは、「不拡散に関するグレンイーグルズ声明」が発出され、不拡散体制の普遍化及び強化が確認されたほか、北朝鮮及びイランによる拡散の問題への取組みを強化していくことなどが合意された。
 警察は、大量破壊兵器の拡散が国際安全保障上の懸念事項となっている状況を踏まえ、大量破壊兵器関連物資等の不正輸出事案に対し、所要の対策を講じている。従来の規制を更に強化するため、国際的な合意に基づくリスト規制に加え、14年4月にいわゆるキャッチオール規制(注2)が導入されて以降、同規制に係る違反を2件検挙している。また、18年1月には、軍事転用のおそれがあるとして輸出が規制されている無人ヘリコプターを中国に不正に輸出しようとしたとして、静岡県内の企業等関係先を外国為替及び外国貿易法違反容疑で捜索するなど、大量破壊兵器関連物資等の不正輸出の取締りを強化している。
 警察は、引き続き、国内関係機関等との連携を強化するとともに、外国治安情報機関とのハイレベルかつ緊密な関係を構築し、これらの機関との活発な情報交換を通じて、大量破壊兵器関連物資等の不正輸出の取締りを一層強化していくこととしている。

注2:輸出規制貨物をあらかじめ特定することなく、大量破壊兵器の開発等に用いられるおそれがあれば、すべての輸出される貨物又は提供される技術等が対象になる規制のことで、14年4月に導入された。大量破壊兵器の開発等に用いられるおそれがある場合とは、輸出者が
 〔1〕輸出しようとしている貨物が大量破壊兵器の開発等に使用されるおそれがあることを知っている場合
 〔2〕輸出しようとしている貨物が大量破壊兵器の開発等に用いられるおそれがあるとして、経済産業大臣から通知を受けた場合
があり、これらに該当すれば、当該輸出者は、貨物の輸出に当たり経済産業大臣の許可を受けなければならない。


 4 不法入国・不法滞在者対策

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