第1章 組織犯罪との闘い 

ウ 海外輸出目的の高級自動車窃盗における役割分担と収益の配分

 暴力団員等は,豊富な情報収集力と動員力を利用して,国内において海外輸出目的の高級自動車窃盗グループを形成し,他方,来日外国人は,母国出身者の人脈と既存の海外輸出ルートを利用して,暴力団員等から盗難自動車を買い取り,海外に輸出,販売する役割を担っている(典型的な共犯形態に関して図1-64参照)。

 
図1-64 海外輸出目的の自動車窃盗事件における共犯形態の例

図1-64 海外輸出目的の自動車窃盗事件における共犯形態の例

 この種の犯罪においては,盗難自動車の輸出,販売ルートを確立することが必要不可欠であること,窃盗の実行犯である暴力団員等は,盗難車を長期間にわたって国内で保管すれば,警察に検挙される危険が高まり,保管経費もかさむため,なるべく早く来日外国人に販売することを望むことなどから,輸出,販売を担当する来日外国人側が,犯行全般において主導的な立場に立っている。
 例えば,11年から13年ころにかけて,日本で窃取されたRV車を北海道の港湾施設からロシアに輸出し,ロシアにおいて販売する事件が多発したが,これらの事件では,輸出を担当するロシア人らが,盗難車を運ぶ船舶入港の日時及び場所,ロシアで高額で売れる車種等を暴力団員らに対して指示し,暴力団員らは,その指示に従って犯行日時,窃取車両を決定し,指定された港湾施設に盗難自動車を運搬するシステムとなっていた。ロシアでは,ディーゼルエンジンで,雪道でも走行に支障がない四輪駆動のRV車の需要が高いため,指示される車種は,この種のものに集中した。反対に,日本においては高級車であっても,ロシアの道路事情等に適合しない車両は,取引を拒否されるか,安い値段で取引されていた。
 また,盗難車両の輸出を行う来日外国人を中心とした車両窃盗・不正輸出のネットワークが広範囲に及んだため,窃盗グループを形成している暴力団員が,ネットワークに組み込まれているにもかかわらず,暴力団員と来日外国人との間に面識がない場合もある。
 パキスタン人中古車販売業者が,アラブ首長国連邦に所在する販売会社に大量の盗難自動車を輸出していた事件では,輸出を担当するパキスタン人に収斂(れん)する複数の盗難車流通ルートが確立し,その流通ルートの末端に,指定暴力団員が形成する複数の窃盗グループが組み込まれていたものの,当該暴力団員らとパキスタン人の間には,多数の仲介ブローカーが介在しているため,暴力団員らは窃取した自動車が最終的に誰の手で輸出されるかを知らず,また,パキスタン人も誰が窃取した盗難車であるかを知らなかった。
 また,この種の事犯では,自動車窃盗,密輸出のネットワークが,大きくなるほど,相互の関係があたかも正当な商取引のようなものとなっており,密輸を担当する来日外国人にも,盗難車を売り渡す暴力団員らにも,犯罪を敢行しているという意識が希薄な者が多い。
 この種の犯罪において,暴力団員らを始めとする自動車窃盗グループに対して支払われる報酬額は比較的安価で,例えば,共犯事件に関する調査においては,暴力団員から来日外国人に対しては,一台当たり10万円から100万円で販売され,来日外国人はこれを海外において200万円から700万円で販売していたとする供述が見受けられた(図1-64)。

事例1
 指定暴力団四次組織の組員甲は,飲食店において,ロシア人Aらと知り合い,何度か飲食を共にするうちに,Aらが日本で高級自動車を窃取し,ロシアに密輸出していることを知り,報酬を得て,甲の配下組員3人と共に自動車窃盗の手伝いをするようになった。
 しかし,甲らが自動車窃盗に習熟するに伴い,甲らとAの関係は,甲らがAの手伝いをするものから,甲らが窃取した車両をAが買い取り,ロシアに輸出する形態に変化した。
 甲らは,ロシアでの需要が高い一定車種の高級RV車のみを効率よく窃取するため,一般人のガソリンスタンド店員乙を窃盗グループに取り込み,乙は,ガソリンスタンドの顧客の車両のうち,一定の車種の高級RV車に絞って車両の保管場所,鍵番号を記録し,甲の配下組員に伝える役割を担っていた。甲の配下組員は,鍵番号から当該車両の合い鍵(かぎ)を作成し,保管場所を確認していた。
 Aは,盗難車をロシアに運ぶ船舶の船長との交渉及びロシアでの販売の一切を取り仕切っており,船舶が入港する日時,場所が確定するとそれを甲に知らせており,また,ロシアで販売する車両の車種についても,甲に指定していた。
 Aから連絡を受けた甲は,乙から入手したリストをもとに,あらかじめ作成していた合い鍵を利用して車両を窃取し,Aから指定された日時,場所に,指定された車種の盗難車を届け,Aがこれを買い取っていた。
 甲は,自らの報酬は一台当たりの買取価格である10万円で,甲が4万円を受け取り,残りの6万円を配下組員3人に2万円ずつ分割したと主張したが,同種の事案における同種の盗難車の買取価格と比較すると,極端に低額であり,その真偽は定かではない。
 北海道警察では,13年7月,甲ら日本人被疑者6名,ロシア人被疑者2名を検挙したが,ロシア人主犯格のAは逃亡中であることから,ロシアでの盗難車の販売価格は判明していない(北海道)。

事例2
 指定暴力団三次組織の組員乙は,パキスタン人の中古車買取り・輸出代行業者Aから,「ランドクルーザーをロシア,イギリス,ドバイ等に輸出販売するルートがある。乙さんが,盗難車を用意できれば買い取る」などと持ちかけられた。乙からこの話を聞いた同三次組織幹部の甲は,乙を含む配下指定暴力団員乙,丙,丁,戊,己をリーダーとし,不良少年らを構成員とする5つの自動車窃盗グループを組織し,Aから注文を受けた車種の高級自動車を本格的に窃取し始めた。
 12年4月,甲らは,盗難車をAのほか,パキスタン人ブローカーB,日本人ブローカーCの3者を経由して,ロシア,イギリス,ミャンマー,中近東各国に輸出するとともに,「ロシアマフィアの国内エージェント」を自称する日本人にも販売していた。販売価格は,1台60万円程度であった。甲は,これらの国外販売ルートとは別に,国内販売ルートをも構築していた。
 盗難車の販売代金は,窃盗の実行行為者に半額,各窃盗グループのリーダーである乙,丙,丁,戊,己に半額とされ,各窃盗グループのリーダーから,甲に対して販売代金の数%が上納されていた。
 これらの被害は,1都1道9府県にわたり,被害車両626台,被害総額23億6,200万円に及んだ(神奈川,富山)。

 

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