第1章 組織犯罪との闘い 

ウ 第一線の声

 次に,回答者に今後の来日外国人犯罪の防止又は捜査に必要なものはどのようなものが考えられるかについて,自由に回答を求めたところ,「捜査員の不足の解消」,「捜査員の語学能力向上を含めた通訳人の確保」等の捜査体制の強化を求める声,「留置場の増設」,「凶悪な外国人被疑者の攻撃に対処するための装備資機材の開発・配備」等の捜査関係施設や装備の増強等を求める声,「入国管理局を始めとする関係行政機関との連携強化」,「海外捜査機関との連携強化」等,警察のみの力では,この問題の解決が難しいとの声,「入管法違反に対する罰則の強化」,「簡易書式例の導入等による事件送致手続の簡素合理化」等,思い切った制度改正により大量の事件処理を迅速的確にできるようにすることを求める声等真剣な提案がみられ,増加傾向にある来日外国人犯罪に対峙(じ)する第一線の苦悩がうかがわれる結果であった。

コラム1 「簡易書式例~捜査に用いられる書式の簡素合理化」
 来日外国人犯罪の検挙件数の増加に伴い,第一線では,その限られた体制の下,最大限の努力でこれに対峙しているところであるが,(2)におけるアンケート結果にみるとおり,第一線の苦悩が垣間見られた。
 そのなかに挙げられた,「簡易書式例の導入等による事件送致手続の簡素合理化等思い切った制度改正による事件処理の迅速化」にいう簡易書式例を紹介する。
 簡易書式例とは,刑事訴訟法第193条第1項の規定による一般的指示として,検事総長からなされた司法警察職員捜査書類簡易書式例のことをいう。警察官は,被疑者を検挙した後,捜査を完結させ,検察庁に事件送致を行うまでに供述調書や実況見分調書を始めとして,様々な書類を作成するが,その様式は,同法を受け,基本書式例として定められている。従前は,すべての事件について,基本書式例が用いられていたが,基本書式例は,極めて緻密な捜査の記録を行うことができるよう,その様式は詳細な内容の記載を求めるものとなっており,事件の性質によっては,必ずしも基本書式例によらなくても立件・送致に耐えられるものもある。簡易書式例は,こうしたことを背景に,作成する書類の記載内容を必要最小限度にとどめることにより,書類作成上の負担を軽減することを目的として制定され,昭和38年から施行されているものである。
 簡易書式例により定められた書式は,基本書式例に比べて記載欄が縮減され,定型的な記載が予定される欄にはチェック方式を採り入れるなど,すべての書式にわたり簡素合理化が図られており,書類作成に要する時間が短縮される結果,より迅速に的確な事件送致が可能となる。
 簡易書式例の対象事件は「犯行の形態が単純であり,かつ,証拠が明らかである事件」のうち,その適用対象として指定されたあらかじめ定められた事件であり(ただし,適用対象事件であっても,現行犯逮捕以外の逮捕事件や否認事件等のように,より緻密な捜査が求められる事件は除かれる。),例えば,詐欺事件のうちいわゆる寸借詐欺や無銭飲食のようなものが簡易書式例の適用対象となっている。

コラム2 部外の通訳人に対するアンケートの結果
 警察庁においては,来日外国人犯罪について,捜査員とは異なる観点からの知見を収集するため,都道府県警察の来日外国人犯罪捜査における通訳業務に従事する日本国籍以外の通訳人に対するアンケート調査(注1)を実施した。


(注1)アンケート調査は,平成15年3月,都道府県警察において来日外国人犯罪捜査における通訳業務に従事する日本国籍以外の通訳人786人に対し,匿名性・任意性を確保することを説明した上でアンケート表を配布し,来日外国人犯罪捜査に通訳として従事した経験から得た率直な感想を回答していただくよう依頼したものである。これに対し,596人から回答を得た(回収率75.8%)。

○ 通訳人の出身国・地域,業務経験等
 出身国・地域については,全40か国・地域のうち,最も多かったのは中国で全体の25.2%,次いで多かった台湾(11.4%)を合わせると全体の4割近くを中国語を母国語とする者が占めた。以下,ブラジル(10.1%),韓国(8.1%),フィリピン(7.7%)の出身者が上位を占めた。
 同様に,通訳を担当する言語については,延べ33か国語(注2)のうち,最も多かったのは中国語(注3)で全体の39.2%,次いで多かったのはポルトガル語(11.5%)で,過半数をこの両国語で占めた。以下,韓国語(9.4%),英語(9.0%),タガログ語(7.5%)が上位を占めた。


(注2)複数の言語の通訳を担当していると答えた者が全体の19.5%,なかでも最も多くの言語の通訳を担当していると答えた者は4か国語を挙げた。
(注3)中国語の方言(北京語,上海語,福建語等)を回答した者についてはすべて中国語1か国語として計上した。

○ どのような犯罪の通訳に携わることが多いか
 扱う事件は,どのような犯罪が多いかについて質問したところ(複数回答),「入管法違反事犯,偽造旅券,偽装結婚」(77.5%)が最も多く,「窃盗犯」(57.7%),「薬物関係事犯」(23.2%)が続いた。

○ 業務上の不安点等
 来日外国人犯罪が,年々凶悪化の傾向にあることは統計面からも触れたところであるが,通訳人は,こうした凶悪な来日外国人被疑者と対峙することから,その業務中に不安を感じることがあるのではないかとの懸念が生じる。
 この観点から,今まで,通訳をしている最中に,被疑者に脅迫されたことはあるかとの質問を行ったところ,これに対し,「ある」と回答した者が1.3%,「脅迫ではないかと思われる言動を受けたことがある」と回答した者が3.0%であり,一部に脅迫又は脅迫ではないかと思われる言動を受けたことがある者がいることが判明した。
 なお,「ある」又は「脅迫ではないかと思われる言動を受けたことがある」と回答した者に対し,それは誰に対するものかとの質問をしたところ,無回答を除く全員が「自身が被害を受けるようなことを言われた」(92.3%)と回答しており,このなかでは「殺人をほのめかされた」と回答した者が23.1%,「傷害をほのめかされた」と回答した者が7.7%で,身体に危害が及ぶとの脅迫を受けた者もいた。
 また,「脅迫を受けて,恐怖心を抱きましたか」との質問には,「はい」が23.1%「いいえ」が76.9%であり,一部には,こうした不安とともに業務に従事している状況があることが判明した。

○ 通訳人から見た被疑者の事情
 「あなたの出身国・地域の人で,日本で犯罪に関与した人は,当初はどのような理由で来日したと思いますか」との質問に対しては「就労目的」との回答が75.8%で最も多く,「当初から犯罪目的」と答えた者は5.7%であった(図1-16)。

 
図1-16 犯罪に関与した人が当初来日した理由

図1-16 犯罪に関与した人が当初来日した理由
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 通訳業務において,通訳人は,被疑者の身上についての取調べにも立ち会うことから,多くの来日外国人被疑者が就労のために来日し,徐々に犯罪を敢行するようになるパターンを多く見ていると考えられる。
 また,これらの者に「なぜ,日本に就労や観光を目的に来日した外国人が,結果として犯罪に関与したと思いますか」との質問をしたところ,「暴力団等の日本の犯罪組織に誘われたから」(10.9%),「同じ国の犯罪グループに誘われたから」(28.7%),「まじめに働くよりも,犯罪を行った方がお金が儲(もう)かるから」(30.8%)との回答がみられた(図1-17)。

 
図1-17 結果として犯罪に関与した理由

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