第1節 国境を越える犯罪の現状

1 グローバリゼーションの治安への影響

 近年、ヒト、モノ、カネが国境を越えて自由かつ迅速に移動することが一層可能になり、また、インターネットをはじめとする情報通信ネットワークの急速な発達により、国境のないサイバー・スペースが出現し、世界中の情報を居ながらにして容易に入手できるなど、社会・経済のグローバリゼーションが進んでいる。
 これらヒト、モノ、カネ及び情報の国境を越えた自由かつ迅速な移動は、世界中の人々の活動に多くの利便をもたらした反面、犯罪活動も容易に国境を越えることが可能になるという、いわば影の部分をもたらしている。犯罪組織は、現代の社会・経済システムを悪用して、犯罪者、禁制品、不正な資金及び犯罪に係る情報を国際的に移動させて暗躍している。言い換えれば、各国の法規制や法執行体制の間隙(げき)を突いて、摘発と没収のリスクを最小化しつつ犯罪収益を最大化するように地球的規模で犯罪活動を展開する事態が出現している。これは、いわば犯罪のグローバリゼーションともいうべき状況である(図1-1)。
 このような状況の下では、たとえ四方を海に囲まれた我が国であっても、外国の治安情勢の影響を受けやすくなっている。警察は、これまでにも、警察事象の国際化に的確に対応するため、それぞれの時代の状況に応じた対策を講じてきたところであるが、近年のかつてな

図1-1 国境を越える犯罪の諸要素

く急速なグローバリゼーションに対応するためには、主として日本人によって国内で行われる犯罪を想定してきた取締り体制、法制等を再検討していくことが必要となっている。
(1) グローバリゼーションの諸要素と治安との関係
ア ヒトの移動
 近年、我が国の国境を越えた日本人及び外国人の数は、格段に増加している。
 平成10年における外国人入国者数は455万6,845人であったが、これは昭和55年の129万5,866人に比べて約3.5倍、平成元年の298万5,764人に比べても約1.5倍となっている(図1-2)。また、10年中の日本人出国者数は1,580万6,218人で、昭和55年の約4.0倍、平成元年の約1.6倍となっている(図1-3)。
 このようなヒトの国境移動は、合法的なものに限らず、不法なものも同様に増加している。退去強制された不法入国者の数は、図1-4のとおりで、10年には7,472人であり、昭和55年の597人の約12.5倍、平成元年の2,349人の約3.2倍と急増している。また、近年は集団

図1-2 外国人入国者数の推移(昭和55~平成10年)

図1-3 日本人出国者数の推移(昭和55~平成10年)

図1-4 退去強制された不法入国者数の推移(昭和55~平成10年)

密航事件が多発していることから、潜在している不法入国者数は相当数に上るとみられる。
 国境を越えた不法なヒトの移動の増加は、世界的にみられる現象である。欧州では、1995年(平成7年)に相互間の国境の管理撤廃を基本的目的としたシェンゲン協定が全面的に適用され域内の国境管理が一部撤廃されているが、従来から中東や東欧からの不法移民が大量流入し、これが雇用問題や治安問題に発展している。また、北米においても、中南米やアジアからの不法移民が社会問題化している。
 国境は、一般的に各国の捜査機関の捜査権限の及ぶ範囲を画するものであるばかりでなく、従来は、犯罪者にとっても、その活動範囲を物理的にも心理的にも事実上制限する機能を有していたが、ヒトの国境移動の増大に伴って、国境の有していた犯罪者の活動範囲を制限する機能が低下してきている。
イ モノの移動
 戦後日本経済の成長とともに、対外貿易は大幅に拡大を続けた。貿易の自由化、税関手続の簡素化に伴い、海外の産品を容易に入手、消費することができるようになった。平成10年の輸出入貨物トン量は、海運及び航空合わせて8億6,586万トンであるが、昭和55年の6億9,685万トンに比べ約1.2倍、平成元年の約7億8,588万トンに比べても約1.1倍となっている(図1-5)。また、国際郵便物数についても、10年度は3億9,436万通であったが、これは、昭和55年度の2億2,919万通の約1.7倍、平成元年度の2億9,164万通の約1.4倍となっており、国境を越えたモノの移動が顕著に増加していることが分かる(図1-6)。
 しかし、同時に、銃器や薬物といった輸入禁制品の国内への流入も続いている。国内において不法に所持されている銃器・薬物のほとんどは密輸入されたものとみられるが、国内で押収されたけん銃の数は、過去10年間、毎年ほぼ1,000丁台に達しており、薬物についても、大量薬物密輸入事件が相次ぎ、覚せい剤押収量が急増するなど「第三次覚せい剤乱用期」という深刻な状況にある。

図1-5 輸出入貨物トン量の推移(昭和55~平成10年)

図1-6 国際郵便物数の推移(昭和55~平成10年度)

ウ カネの移動
 我が国は、貿易や投資を通じて対外的な資本取引を拡大してきた。また、金融ネットワークの発達と規制緩和により、企業や個人が銀行等を通じて海外へ資金を容易に移動させることができるようになった。1997年(平成9年)中の全世界における資本移動額(国際収支ベース)は合計2兆5,332億ドルであり、これは、1984年(昭和59年)中の2,434億ドルの約10倍である(図1-7)。さらに、個人レベルでの国際的な支払いについても、国際的に利用可能なクレジットカードによる決済が一般的になるとともに、電子マネーのような新たな決済システムの導入も試みられている。
 しかしながら、こうした国際的な金融決済における利便性の向上は、犯罪者に対しても大きな「恩恵」を与えている。第一に、近年、対外資本取引の自由化、電子送金等の手続の容易化により、犯罪のための資金や犯罪によって得た収益を、国境を越えて瞬時に移動することが可能となり、捜査当局がこうした資金の国境移動を捕捉(そく)することは非常に困難となっている。第二に、犯罪収益が、銀行における顧客秘密の保護が厳格な国や地域に送られた場合、捜査当局がその海外送金先を追跡し、没収することが極めて困難となっている。第三に、国際的なクレジットカード決済や電子マネー・電子決済ネットワーク化の進展に伴い、電子データの偽変造、データの盗用等の金融システムを悪用した犯罪を、世界中のあらゆる地域から迅速かつ容易に行うことができるようになっている。
 なお、犯罪収益を隠匿、収受し又は合法に得た利益に仮装することはマネー・ローンダリ

図1-7 全世界における資本移動額の推移(84~97年)

ング(資金洗浄)といわれるが、IMF(国際通貨基金)によれば、こうしたマネー・ローンダリングの規模は、「世界のGDP(国内総生産)の2~5%(注)にも達し、マクロ経済上の危険をもたらす。」とされている。
(注) 1ドル120円で換算すると70~174兆円にも達している。
エ 情報の移動
 情報は、最も迅速に国境間を移動することが可能である。近年における情報通信技術の発達とインターネットをはじめとする国際的なコンピュータ・ネットワークの展開により、世界中から必要な情報を容易に収集したり、世界中に自ら情報を発信することが可能なサイバー・スペースが現実のものとなっている。例えば、平成10年の我が国における電子ネットワーク加入者数は957万人であり、3年の115万人に比べて約8倍である(図1-8)。また、1999年(平成11年)1月現在、全世界においてインターネットに接続されているホストコンピュータ数は4,323万台で、1991年(平成3年)1月当時の37万6,000台に比べて飛躍的に増加している(図1-9)。このことは、同時に、ネットワークを使ったハイテク犯罪、サイバーテロ、違法・有害コンテンツ(注)の流入等の脅威に世界中がさらされていることを意味している(第3章第3節1参照)。
(注) 現行法で違法とされているわいせつ映像等の情報や、違法ではないが少年の健全育成に悪影響を与えるような性的、暴力的シーンの映像等の情報のことをいう。

図1-8 電子ネットワーク加入者数の推移(平成3年6月~10年6月)

図1-9 全世界においてインターネットに接続されているホストコンピュータの数の推移(91~99年)

(2) 治安への影響
 以上みてきたヒト、モノ、カネ及び情報というグローバリゼーションの諸要素と治安との関係を整理すると、表1-1のとおりとなる。これら諸要素は、それぞれ独立に治安事象に作用しているのではなく、国際犯罪組織や単独で犯行に及ぶ者が国際犯罪を引き起こすための各種の手段として相互に密接な関係を持って作用している。こうした社会・経済のグローバリゼーションの「恩恵」を受けて、国際犯罪組織等は、犯罪にとって最も有利な場所を選択して移動することができ、“相対的”に取締りの弱い国を「抜け穴(ループホール)」として活動することができることとなる。また、国際犯罪組織等は、全世界を結ぶ基礎的産業基盤(インフラストラクチャー)となっている情報通信ネットワーク、金融・商取引システム等の全世界的システムに対し、そのセキュリティの最も弱い場所を攻撃することによって、社会・経済に大きな損害を与えることが可能となる。
 このようにグローバリゼーションの影の部分である国際犯罪を看過し、国際犯罪組織等の暗躍を放置しておけば、やがて合法的な国際取引や移動に対しても悪影響を与え、グローバリゼーションそのもののメリットを減殺してしまうおそれがある。こうした犯罪に立ち向かうため、国内において国際犯罪捜査体制の確立、関係法制の整備等を検討するとともに、諸外国と協力して21世紀にふさわしい新たな国際捜査協力等の枠組みの構築を図っていくことが急務となっている。

表1-1 グローバリゼーションの諸要素と治安への影響

2 警察事象の国際化の概況

(1) 来日外国人による刑法犯
ア 刑法犯の推移
 警察庁が来日外国人犯罪について統計を取り始めた昭和55年における刑法犯の検挙件数は867件、検挙人員は782人であり、その後若干上下をしつつも徐々に増加する傾向にあったが、平成2年ころから増加率が一挙に高まり、10年中の検挙件数は2万1,689件、検挙人員は5,382人で昭和55年に比べ件数で約25倍、人員で約7倍、平成元年と比べても件数で約6倍、人員で約2倍になっている(図1-10)。
 検挙人員を国籍別にみると、昭和55年には、アジア地域が553人(全体の70.7%)を占めており、平成10年でも同地域が4,043人(全体の75.1%)と依然として高い割合を占めている。
 その内訳をみると、昭和55年には、韓国・北朝鮮が310人(アジア地域の56.1%)、次いで中国が121人(アジア地域の21.9%)となっていたが、平成10年には、韓国・北朝鮮が548人(アジア地域の13.6%)、中国が2,401人(アジア地域の59.4%)と中国人による犯罪が増加している。
イ 平成10年の刑法犯の特徴
 10年における来日外国人による刑法犯の検挙件数は2万1,689件(前年比19件(0.1%)増)、検挙人員は5,382人(53人(1.0%)減)である(表1-2)。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯(第3章第2節2(3)参照)の検挙状況をみると、重要犯罪については、検挙件数は315件(前年比81件(34.6%)増)、検挙人員は310人(31人(11.1%)増)、重要窃盗犯については、検挙件数は5,444件(714件(15.1%)増)、検挙人員は655人(84人(14.7%)増)となっている。

図1-10 外国人入国者数及び来日外国人刑法犯検挙状況(昭和55~平成10年)

(ア) 凶悪犯
 来日外国人犯罪の検挙状況を包括罪種別にみると、表1-2のとおりで、10年中の凶悪犯の検挙件数は228件(前年比41件(21.9%)増)、検挙人員は251人(38人(17.8%)増)となっている。
 罪名別でみると、殺人の検挙件数は52件(前年比17件(24.6%)減)、検挙人員は62人(21人(25.3%)減)であり、過去最高であった9年と比べると若干減少してはいるものの、過去10年間で検挙件数は2.6倍、検挙人員で約2.3倍となっている。強盗の検挙件数及び検挙人員は、統計を取り始めた昭和55年以降で最高を記録しており、検挙件数が130件(前年比43件(49.4%)増)、検挙人員が160人(57人(55.3%)増)となっている。また、強姦の検挙件数も55年以降で最高の43件(前年比26件(152.9%)増)となっている。
 平成10年中の来日外国人による刑法犯の検挙人員5,382人のうち不法滞在者1,302人が占め

表1-2 来日外国人刑法犯の包活罪種別検挙状況(平成元~10年)

る割合は24.2%であるのに対し、来日外国人による凶悪犯の検挙人員251人に占める不法滞在者137人の割合は54.6%と高く、不法滞在者の存在が治安への脅威になっているといえる。
[事例] 中国人の男(27)ら不法入国者3人は、9月、中国人男性2人を品川区内の公園及びアパート内においてそれぞれ殺害し、1人の死体を同公園に、他の死体を同区内の駐車場に遺棄した。10月、殺人罪及び死体遺棄罪で検挙した(警視庁)。
(イ) 窃盗犯
 10年中の窃盗犯の検挙件数は1万9,078件(前年比50件(0.3%)減)、検挙人員は3,098人(57人(1.8%)減)であった。
 このような中で、10人以上の共犯者のいる窃盗犯の検挙は、元年以降ほとんどなかったが、8年中には431件、9年中には935件と増加し、さらに10年中には2,485件となり、10年中の来日外国人による共犯者のいる窃盗犯の27.9%を占めることとなった。これは、我が国の共犯者のいる窃盗犯の検挙全体をみたとき、そのうち10人以上の共犯者によるものの割合が3.1%であることと比べると非常に高いものとなっている。また、我が国全体の窃盗犯の被疑者一人当たりの平均検挙件数は元年以降3.0件前後で推移しているが、このうち来日外国人による窃盗犯の被疑者一人当たりの平均検挙件数は6.2件で元年中の1.3件に比べると急増している。これらのことから、近年、来日外国人による組織的に反復して行われる窃盗事件の増加がうかがわれる。
[事例] 中国人の男(42)らは、8年1月ころから、ワゴン車を利用して、東北地方や関東地方の幹線道路沿いにある貴金属店、衣料品店対象の出店荒しや会社事務所等に対する金庫破り事件を組織的に行っていた。10年9月までに、1都15県下において203件、被害総額5億7,819万円相当の犯行を確認し、中国人40人及び日本人4人を窃盗罪等で検挙した(埼玉、群馬、警視庁、宮城、長野、島根、新潟)。
(ウ) 知能犯
 10年中の知能犯の検挙件数は740件(前年比60件(8.8%)増)、検挙人員は319人(14人(4.6%)増)であった。その多くは、偽造クレジットカードを使用した詐欺事件や身分を証明するための旅券、外国人登録証明書等の公文書を偽造・行使した事件となっている。
[事例] 中国人の男(35)ら14人は、テレホンカード約25万枚を変造・販売したほか、外国人登録証明書約1,000枚を偽造し、中国旅券(日本国査証、上陸許可印及び在留期間更新許可証を含む。)7通を偽造した。3月、有印公文書偽造罪等で検挙した(警視庁)。
ウ 来日外国人犯罪の国籍別検挙状況
 10年中の来日外国人の刑法犯の国籍別検挙状況は、図1-11及び表1-3のとおりで、アジア地域が4,043人(全体の75.1%)で高い割合を占めており、中国が全体の44.6%を占めている。次いで中南米地域が903人(全体の16.8%)を占めており、ブラジルが全体の10.0

図1-11 来日外国人刑法犯の国籍、地域別検挙状況(平成10年)

表1-3 来日外国人刑法犯の国籍、地域別検挙状況(平成6~10年)

%を占めている。
 近年は、中国人同士の身の代金目的誘拐事件や強盗事件等が多発しており、10年も9年に続いて、国内から中国在住の被害者家族に対して身の代金要求が行われた事件が発生した。このような事件の背景には、集団密航において、「蛇頭」への請負料の支払いを一部後払いにする形態があり、支払いをめぐるトラブルがしばしば発生するようになったこと、同国人同士の方が所持金に関する情報が入りやすいことなどの事情があるものと考えられる。
[事例] 3月、都内において中国人女性が誘拐され、中国に居住する被害者の家族に対して身の代金要求があった。家族が身の代金198万円を支払ったものの被害者は解放されなかったため、家族から相談を受けた千葉県在住の知人の通報を基に捜査を開始し、同月、被害者を保護するとともに被疑者の中国人の男(28)及び暴力団員ら日本人3人を身の代金目的誘拐罪等で検挙した(警視庁)。
エ 大都市圏以外の地域への拡散
 来日外国人による刑法犯の地域別検挙状況は、図1-12のとおりで、昭和60年では東京を除き来日外国人犯罪は目立たなかったものの、平成3年には神奈川、大阪等の大都市圏においても多発する一方、地方へも拡散している状況がみられるようになった。10年には関東から近畿地方にかけて増加するとともに、来日外国人犯罪の問題が全国的な問題となっている。

図1-12 都道府県別来日外国人刑法犯検挙件数の推移(昭和60、平成3、10年)

(昭和60年)


(平成3年)


(平成10年)

(2) 来日外国人による特別法犯
 来日外国人による特別法犯の送致状況は、図1-13のとおりである。平成2年ころから急激に増加し、その後若干上下してはいるものの10年中の送致件数は1万90件(前年比273件(2.6%)減)、送致人員は8,036人(412人(4.9%)減)であり、元年に比べ件数で約4.6倍、人員で約4.9倍となっている。

図1-13 来日外国人特別法犯送致状況(昭和55~平成10年)

 特別法犯の送致状況を法令違反別にみると、覚せい剤取締法違反や入管法違反の急増がみられる。
(3) 薬物問題
ア 来日外国人による薬物事犯
 来日外国人による薬物事犯の検挙状況は、図1-14のとおりであり、平成4年ころから急増し始め、10年中の検挙件数は1,293件(前年比72件(5.9%)増)、検挙人員は873人(増減なし)で、統計を取り始めた昭和60年に比べ件数で約5倍、人員で約4倍となっている。国籍別にみると、表1-4のとおりイラン人の検挙人員が依然として目立っており、イラン人薬物密売組織による携帯電話を利用した密売事犯が増加し、薬物密売によって得られた不法収益を海外へ送金している事例もみられた(3(2)エ参照)。

図1-14 来日外国人薬物事犯検挙状況(昭和60~平成10年)

表1-4 来日外国人による薬物事犯の国籍別検挙状況(平成6~10年)

イ 薬物の密輸入事犯の推移
 我が国で乱用されている薬物のほとんどは、国際的な薬物犯罪組織の関与の下に海外から密輸入されている。
 我が国で最も多く乱用されている覚せい剤は、29年を検挙人員のピークとする「第一次覚せい剤乱用期」には、我が国で密造されていたが、取締りと法規制の強化により、国内における密造は30年代にほぼ途絶し、これ以後は、ほとんど海外から流入している。59年を検挙人員のピークとする「第二次覚せい剤乱用期」においては、主として韓国及び台湾で密造され、我が国に持ち込まれていたとみられるが、現在の「第三次覚せい剤乱用期」においては、我が国で乱用されているもののほとんどが中国で密造されているとみられる。
 最近5年間の覚せい剤の大量押収事件(注)について、仕出国(積出地)別にみると、63事件のうちの10事件、総押収量1,602.8キログラムのうちの1,010.2キログラム(63.0%)が中国仕出しに係るものとなっている(表1-5)。
 最近、ミャンマー、タイ、ラオスにまたがる「黄金の三角地帯」及びその周辺地域においても、従来のヘロインの密造に加えて、覚せい剤の密造が急増しており、これらの地域から我が国への覚せい剤の密輸入事犯の増大が懸念される。
(注) 大量押収事件とは、一度に1キログラム(コカインは500グラム)以上押収した事件をいう。

表1-5 覚せい剤の仕出国別大量押収事件数・押収量(平成6~10年)

ウ 平成10年の薬物の密輸入
 10年中の薬物の大量押収事件58事件のうち、仕出国が明らかになっている大量押収事件は46事件であった。これらの事件における仕出国を薬物の種類別でみると、覚せい剤は中国(5件)、乾燥大麻はタイ(2件)、フィリピン(1件)、大麻樹脂はタイ(11件)、インド(2件)、コカインはペルー(4件)、コロンビア(3件)、ヘロインはタイ(1件)、あへんはインド(1件)、シンガポール(1件)等となっている。
 密輸入の手口としては、船舶での洋上取引、航空貨物、コンテナ貨物等への偽装隠匿、スーツケースの二重底等手荷物への隠匿、体内への嚥(えん)下等が目立っている。
 薬物の流入を阻止するため、警察では、関係機関との連携による水際対策の強化、関係諸国の取締機関との協力関係の緊密化等、薬物の密輸・密売組織の壊滅に向けた強力な取締りを推進しており、特に10年中は、大型の覚せい剤密輸入事件を相次いで摘発した(第2章第4節2(1)イ参照)。
[事例1] 海上コンテナを利用して大量の覚せい剤を密輸入しているとの情報に基づき捜査を行い、8月、香港から到着した金属加工用ボール盤に覚せい剤を隠匿し、密輸入した中国人(24)ら3人を覚せい剤取締法違反により検挙するとともに、覚せい剤約312.0キログラムを押収した(千葉)。
[事例2] 8月、自己着用のサンダル底部、キャスターのパイプ内等に大麻樹脂約1.0キログラム及びあへん約261.2グラムを隠匿し、タイから密輸入したドイツ人の男(49)を大麻取締法違反(輸入)で検挙した(大阪)。
(4) 外国人犯罪グループによる「地下銀行」及びマネー・ローンダリング
 依頼者の金をその本人に代わって国外に不正に送金する業務を行う「地下銀行」が摘発されている。その態様は、我が国に不法滞在する外国人が、旅券等による本人確認を求められる正規の海外送金システムを避け、「地下銀行」を利用し、不正な遊技によるぱちんこ玉の窃盗等の犯罪や不法就労で得た収益等を本国へ送金していたものであった。
 このような「地下銀行」の事件については、平成9年6月以降11年5月までに合計19件を検挙し、約1,800億円の海外送金が把握されている。
[事例] イラン人の男(36)ら2人は、銀行業の免許を受けないで、9年7月から10年2月までの間に、薬物密売人を含む5人から5回にわたり合計約367万円を受領し、イラン国内に送金していた。4月、銀行法違反(無免許銀行業)で検挙した(神奈川)。
 薬物売買等の犯罪行為により得た不法収益をマネー・ローンダリングのため海外に不正送金する場合が少なくない。この薬物犯罪に係るマネー・ローンダリングは、4年に施行された、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)に規定する不法収益等隠匿罪(第9条)又は不法収益等収受罪(第10条)として処罰されるとともに、不法収益等が没収されることとなっている。同法施行以降10年末までに、第9条違反により7事件(うち来日外国人によるものは3事件)、第10条違反により2事件を検挙しており、なかでも10年には、薬物不法収益の海外送金を初めて第9条違反で検挙した。
[事例] 1月、覚せい剤等所持の現行犯で逮捕したイラン人薬物密売グループの首領であるイラン人の男(31)について、麻薬特例法第8条(業として行う薬物密売)を適用するなど捜査を進めていたが、不法収益の一部(約5,200万円)を海外へ送金していた事実を突き止め、9月、麻薬特例法第9条(不法収益の隠匿)違反で検挙した(警視庁)。
(5) 不法入国・不法滞在者問題
 昭和60年代から始まるいわゆるバブル経済期において、国内における労働市場の逼(ひっ)迫とそれに伴う国内賃金の上昇を背景として、多数の外国人が就労を目的として来日した。近年の我が国の厳しい経済情勢にもかかわらず、依然として就労を目的として来日する外国人は後を絶たず、これらの中には、観光等の在留資格で入国したにもかかわらず就労をし、また、在留期間の経過後に不法残留をしながら就労するなどの不法就労者もいる。これらは、主として、就労の在留資格として入管法に設けられている「興行」、「技術」、「人文知識・国際業務」等以外のいわゆる単純労働に従事している。
 不法就労者の大半は不法滞在者であるとみられ、これら不法滞在者のうち、法務省の推計による不法残留者数の推移は、図1-15のとおりで、ピーク時の平成5年には30万人近くに達し、その後徐々に減少する傾向にあるものの、11年1月1日現在で27万1,048人と依然として大量の不法残留者が存在している。また、集団密航事件の多発の状況からみても潜在的な不法滞在者は相当な数に上るとみられている。
 もともと就労目的で来日した不法滞在者の中には、不法就労よりも効率的に利益を得る手段として犯罪に手を染める者も多く、大量の不法滞在者の存在は来日外国人による犯罪の温床となっている。

図1-15 不法残留者数の推移(平成2年7月~11年1月)

ア 国籍、地域別の不法残留者及び不法入国者の状況
 法務省の推計による不法残留者数は、11年1月1日現在で27万1,048人である。これを国籍、地域別にみると表1-6のとおりであり、韓国が6万2,577人(構成比23.1%)と最も多く、次いでフィリピンの4万420人(14.9%)、中国の3万4,800人(12.8%)、タイの3万65人(11.1%)となっている。
 また、10年中、警察及び海上保安庁が検挙した不法入国者は合計して1,483人(前年比268人減)であり、これを国籍、地域別にみると、中国が1,136人と最も多く、次いでバングラデシュの102人、フィリピンの61人となっている。

表1-6 国籍、地域別の不法残留者数(平成11年)

イ 集団密航事件の多発と悪質化
 10年中に警察及び海上保安庁が検挙した集団密航事件は64件1,023人で、9年中の73件1,360人と比べると、件数で9件(12.3%)、人員で337人(24.7%)それぞれ減少した。しかし、人員は9年に引き続き1,000人を超えるなど、依然として多発傾向が続いている(表1-7)。また、集団密航者(注)の国籍別では、中国が824人を数え(件数は48件)、全検挙人員の約8割を占めた。
(注) 集団密航者とは、「入国審査官から上陸の許可等を受けないで、又は偽りその他不正の手段により入国審査官から上陸の許可等を受けて本邦に上陸する目的を有する集合した外国人」(入管法)であり、「集合した」とは2人以上の者が集まっている状態をいう。
 警察庁では、従来統計上5人以上で船を仕立てて密航してきた場合及び10人以上で貨物船等に潜伏して密航してきた場合を「集団密航事件」としており、表1-7中の数値もその例によるが、9年の改正入管法の施行以降は、2人以上の密航者による密航を集団密航事件として計上している。
 このように集団密航事件が多発している背景には、外国で密航者を勧誘し、相当の請負料を条件に我が国への輸送、密航後の隠匿、船舶・車両あるいは偽造旅券等の調達・提供等を行う国際的な密航請負組織の関与があり、特に中国からの密航にかかわるものとして「蛇頭」と呼ばれる国際犯罪組織がある(3(1)ア参照)。「蛇頭」は、従来のように中国の港を出た貨物船等で直接我が国に向かうにとどまらず、洋上で韓国籍の漁船等に密航者を乗り換えさせて、韓国人船員に密航者の輸送を手引きさせ、また、貨物船内に隠れ部屋を設けて密航者を隠匿するなど、取締りを免れることを目的に種々の巧妙な手口を用いている。また、請負料の取立てをめぐって殺人等の凶悪事件を引き起こすとともに、受入れ組織を国内に構築して広域的に活動し、一部では暴力団員との連携もみられた。
 警察としては、内外の関係機関と連携をとって集団密航事件とりわけ密航請負組織の摘発に努めており、これらの請負行為に適用するため9年に入管法に新設されたいわゆる集団密航に係る罪等で10年中153人を検挙した。10年中の集団密航事件において特に集団密航者の検挙人員が減少したのはこうした対策の効果が一部表れたものとみることもできるが、集団密航事件は依然として多発し、かつ悪質化していることから、引き続き強力に対策を推進していく必要がある。

表1-7 集団密航事件の推移(平成2~10年)

[事例1] 6月、漁業関係者からの110番通報により島根県益田港に上陸した中国人密航者64人を入管法違反(旅券不携帯等)で検挙した。警察からの通報を受けた海上保安庁は、中国人密航者を運搬した韓国籍漁船を発見し、船長(46)ら4人の乗組員全員を入管法違反(集団密航者を本邦に入らせ又は上陸させる罪)で検挙した。その後の捜査により、中国人密航者は、中国籍船2隻に分乗して中国大連・丹東付近の港を出港し、途中、韓国済州島の南の洋上で韓国籍漁船に乗り換えていたことが明らかになった(島根)。
[事例2] 8月、新潟県下において警察及び海上保安庁が密航者等46人を入管法違反(旅券不携帯等)で検挙した中国人集団密航事件では、中国人船長らは船首倉庫下の部分を密航者の隠れ部屋に改造し、通路となるマンホールの上に総重量約1トンの係留ロープを積み上げ、密航者を隠匿していた(新潟)。



ウ 不法滞在を助長する文書偽造事件等の多発
 10年中も合法的な入国・在留を装うための文書偽造事件が多発し、偽造旅券を使用した不法入国事件の検挙件数は258件、国籍別では中国(164件)、フィリピン(28件)、タイ(20件)の順であった。また、日本人配偶者として在留資格を不正に取得する偽装結婚事件も検挙している。ほかにも、外国人登録証明書や正規在留者を装うための在留資格認定証明書の交付申請書類偽造事件や不法滞在外国人が我が国の旅券を不正に取得する事件も摘発されている。こうした各種偽造事件は、多くが偽造ブローカーにより組織的に引き起こされており、不法収益につながるとともに不法滞在を助長するものであり、関係機関と協力して取締りに当たっている。
[事例] 日本人の男(44)ら暴力団員を含む3人は、中国人女性の入国を目的とした日本人男性との偽装結婚をあっせんし、自らも中国人女性と偽装結婚をしていた。5月、日本人、中国人計13人を公正証書原本不実記載・同行使罪、入管法違反(旅券不携帯)等で検挙した(警視庁)。
エ 雇用関係事犯
 就労を目的として入国する外国人の数は、我が国の景気が厳しい情勢であるにもかかわらず、依然として高水準にある。その原因の一つとして、外国人労働者を雇用しようとする者や就労あっせんブローカーの存在が挙げられ、一部暴力団の関与するケースもみられる。外国人労働者の雇用主の中には、彼らを低賃金で雇用する者がみられ、就労あっせんブローカーは、外国人労働者と雇用主との間に介在して不当な利益を得るなどしている。
 そのため、警察では、入管法に規定するいわゆる不法就労助長罪のほか、職業安定法、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)、労働基準法等の雇用関係法令を適用して、外国人の不法就労を助長する悪質雇用主、暴力団等に対する取締りとともに、ブローカーへの突き上げ捜査、国際協力及び関係機関との連携の強化により不法就労外国人の供給の遮断を図っている。
 最近5年間の外国人労働者に係る雇用関係事犯の法令別検挙状況は、表1-8のとおりである。また、10年中に検挙した就労あっせんブローカーは39人(前年比1人減)となっており、その中には、外国人ブローカーが日本人ブローカーと結び付いて外国人労働者をあっせんするケースがみられる。就労あっせんブローカー39人のうち外国人ブローカーを国籍、地域別にみると、韓国7人、中国4人、台湾1人の計12人であり、関東地方を中心に5都県で検挙されている。
 また、雇用関係事犯として検挙した事務所等に雇用されていた外国人の国籍、地域別状況は、表1-9のとおりである。
[事例] 9年8月に発生した食料品・日用雑貨販売スーパーでのフィリピン人による傷害事件を端緒として、10年5月までに同スーパーの経営者(53)ら3人を入管法違反(不法就労助長)で検挙した。同スーパーは、系列店を含め、6年2月以降、延べ約200人の外国人を不法就労させていた(大阪)。

表1-8 外国人労働者に係る雇用関係事犯の法令別検挙状況(平成6~10年)

表1-9 雇用関係事犯として検挙した事務所等に雇用されていた外国人の国籍、地域別状況(平成6~10年)

(6) 女性・児童の性的搾取問題
 短期滞在、興行等の在留資格で入国し、風俗関係事犯に関与する外国人女性は依然として多いが、これら外国人女性は、深夜飲食店等における接待行為、さらに、売春、わいせつ事犯等にまで関与しており、地域的にも大都市圏以外の地域にまで広がりをみせている。
 風俗営業、店舗型性風俗特殊営業、酒類提供飲食店営業等に従事する外国人女性の中には、現地のブローカー及びこれと結び付いた国内のブローカーにだまされて我が国に連れてこられ、ブローカーや経営者等に入国費用等の名目で多額の借金を背負わされた上、旅券を取り上げられ、売春を強要され、また、賃金を搾取されるなどの被害に遭う事案が目立っている。このような事犯の対策は、国際的にも重要課題となってきていることから、背後組織の摘発に重点を指向した取締りを強化している。
[事例] 11月、15歳から19歳までのタイ人少女5人を1人当たり200万円で買い取り、更に200万円を上乗せして、いわれのない400万円の債務を背負わせ、その返済名下に売春婦兼ホステスとして売春を強要していたスナック経営者の日本人の男(38)ら2人を売春防止法違反等で検挙した(千葉)。
 平成10年中に風俗関係事犯において被疑者又は参考人として取り扱った外国人女性は1,522人である。国籍、地域別では、韓国が497人と最も多いほか、タイ、フィリピン等東南アジア諸国の女性が依然として多くなっている(表1-10)。
 一方、2年ころから新宿・池袋地区において外国人による街娼(しょう)型の売春が目立ち始めたが、最近では、首都圏以外の都市にまで広がりをみせ、これらに対する売春防止法違反(勧誘等)による検挙が多くみられる。
 また、我が国の国民による海外での児童買春行為や、我が国から発信される児童ポルノのインターネット上での氾(はん)濫が、国際会議や海外のマスコミ等で取り上げられるなど、児童買春・児童ポルノ問題は国際的に関心を集めているところである。

表1-10 風俗関係事犯において被疑者又は参考人として取り扱った外国人女性の国籍、地域別状況(平成6~10年)

(7) 銃器の流入
ア 銃器の密輸入事犯の推移
 最近における日本人の海外渡航や来日外国人の増加により、海外からけん銃が持ち込まれる機会も増えており、警察では、けん銃の国内流入を阻止するため、水際検挙と密輸・密売組織の壊滅に向けて強力な取締りを推進している。
 統計を取り始めた昭和50年以降のけん銃密輸入事犯の検挙状況は、図1-16のとおりであり、密輸入事犯によるけん銃の押収丁数は、59年に419丁と急増し、その後減少したものの、平成元年までは6年連続して100丁を超えた。この時期は、昭和59年から平成元年まで続いた暴力団山口組と一和会とのいわゆる山一抗争をはじめ、山口組を中心とする対立抗争事件が激化した時期であり、暴力団が抗争に備えて真正けん銃を海外から密輸入する動きが顕著にみられた。
 2年以降は、検挙件数、人員、押収丁数ともに一時的な増減はあるもののけん銃密輸入事件の摘発は減少している。
 これまでのけん銃密輸入事犯の摘発事例をみると、航空貨物や国際郵便を利用するものが多くみられるが、大量に密輸入される場合には、貨物船や漁船が利用されている。その手口

図1-16 けん銃密輸入事犯の推移(昭和50~平成10年)

については、最近では、密輸を小口化したり、けん銃を分解したりするなど巧妙化している。仕出国についても、従来の米国、フィリピン、タイに、ロシア、中国等が加わるなど多様化しており、密輸情報の収集や国内外の関係機関との連携強化による水際監視の徹底等が一層重要となっている。
イ 平成10年の銃器の密輸入
 10年中に押収された真正けん銃は929丁(前年比135丁(12.7%)減)であり、その製造国は米国が270丁(29.1%)と最も多く、続いて中国の100丁(10.8%)、フィリピンの75丁(8.1%)の順となっている。過去の事例からみても、これら真正けん銃の相当数は犯罪組織により密輸入されたものと考えられる。
 10年中のけん銃密輸入事犯の検挙件数は4件、検挙人員は11人、押収丁数は9丁であり、押収したけん銃の仕出国は、フィリピン、タイのほか、ロシア、韓国となっている。
[事例1] 3月、貨物船のフィリピン人船員(31)ら2人が機関室内にけん銃5丁、実包81個を隠匿していたのを発見し、両人を銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)違反により検挙した。逮捕後の取調べにより、被疑者は船室内に大麻(約20キログラム)も隠匿しており、けん銃等と共にフィリピンから持ち込んでいたことが判明した(岩手、警視庁、熊本)。
[事例2] 9月、タイから帰国した無職の男(63)の機内預託荷物にけん銃1丁、実包5個が隠匿されているのを発見し、同人を銃刀法違反により検挙した。10月、同人にけん銃の密輸入を依頼した暴力団幹部(53)を銃刀法違反等で検挙した(千葉)。
(8) 被疑者の国外逃亡事案等
 犯罪を引き起こした後国外へ逃亡する者の数は、平成9年以降再び増加に転じ、10年末現在では381人と、過去10年間で最も多い(表1-11)。そのうち93人が日本人であり、フィリピン、米国に多く逃亡しているとみられる。外国人の国外逃亡被疑者を国籍、地域別でみると、中国が145人と最も多く、次に韓国で20人となっている。
 10年末現在の日本人を含む国外逃亡被疑者のうち、出国年月日の判明している110人について、その犯行から出国までの期間をみると、犯行当日に出国した者が5人、翌日出国した者が13人いるように、犯行から10日以内の短期間のうちに44人の者が出国している。
 警察では、被疑者が国外に逃亡するおそれがある場合は、港や空港に手配するなどしてその出国前の検挙に努めており、出国した場合でも、関係国の捜査機関等の協力を得ながら、被疑者の所在を確認し、また、国際刑事警察機構(ICPO)に対し、国際手配書の発行を請求するなど、被疑者の発見及び検挙に努めている。
[事例] 6月、コロンビア人の男(29)ら4人によって荒川区内に駐車中の自動車からダイヤの指輪等約2,000点(卸値約1億8,000万円相当)在中のかばん2個が盗まれる事件が発生した。3日後、被疑者らが関西国際空港から出国しようとする事実を確認し、出国直前に窃盗罪で検挙した(警視庁)。
 日本人の逃亡被疑者が発見されたときは、逃亡先国において不法滞在等により身柄拘束され、強制退去処分に付された被疑者の身柄を公海上の航空機内において引き取るなど、逃亡犯罪人引渡しに関する条約又は相手国の国内法、国外退去処分等により、その者の身柄の引取りを行っている。10年中には、11人の身柄を引き取っており、うち6人は、フィリピンへ逃亡していたものである。
 なお、日本人が外国においてその国の法令に触れる行為をした場合、我が国の警察が外務省等を通じて通報を受けることがある。外務省で把握した国外で犯罪を行った日本人の数は、10年中391人で、最近5年間ほぼ横ばい状態で推移している。

表1-11 国外逃亡中の被疑者数の推移(平成元~10年)

3 我が国における国際犯罪組織の活動状況

 近年、外国に本拠を置く国際犯罪組織の我が国への進出が顕著である。特に国際的な密航請負組織である「蛇頭」が暗躍しており、中国人による集団密航のほとんどに関与している。また、香港の国際犯罪組織「香港三合会」の構成員が日本国内で凶悪事件を引き起こしているほか、韓国人すりグループによる暴力的なすり事件も発生している。
 他方、国内に根付いた不法滞在者等が犯罪グループを形成し、犯罪組織化の傾向を強めており、特に中国人犯罪グループによる身の代金目的誘拐事件、広域多額窃盗事件、イラン人密売組織による薬物事犯、ベトナム人グループの広域オートバイ盗事件等悪質かつ組織性の高い犯罪が目立っている。
 これら外国に本拠を置く国際犯罪組織と国内に根付いた犯罪グループは、我が国国内の地理に不案内であることや盗品の国内外での処分等の理由から互いに協力するなど、両者が連携して犯罪を引き起こしているものもみられる。
 そのほか、暴力団員等日本人と結び付いて犯罪を引き起こしている事例もみられる。
(1) 外国に本拠を置く国際犯罪組織
 近年、外国に本拠を置く国際犯罪組織の活動が全国的にみられるようになった。
 現在、我が国に進出しているとみられる国際犯罪組織と主な検挙事例を挙げれば、次のようなものがある。
ア 蛇頭
 平成10年中の集団密航事件に係る全検挙人員の約8割を中国人が占めるが、中国人による集団密航事件の多くには、「蛇頭」と呼ばれる国際的な密航請負組織の介在がみられる(2(5)イ参照)。
 一般に、集団密航事件の背後には、相当の請負料を目的として、送り出し国での密航者の勧誘、引率、搬送、船舶や偽造旅券の調達、行き先国での密航者の隠匿、不法就労のあっせん等を分業により行う密航請負組織の関与がみられ、集団密航事件多発の大きな原因となっている(図1-17)。「蛇頭」とは、こうした密航請負組織のうち中国から日本等への密航を請け負う組織の総称であり、本来は、中国本土から香港への水路による密航を取り仕切る者を意味する広東地方の方言に由来するとされる。最近では、暴力団員とも連携して、我が国に進出し、請負料の取立てをめぐる監禁、誘拐、殺人等の凶悪事件を引き起こす例もみられる。
[事例] 7月、千葉県松戸市内において中国人密航者及び密航を手引きした「蛇頭」の構成員計56人を入管法違反(旅券不携帯等)で検挙し、捜査した結果、「蛇頭」構成員の中国人の男(29)ら9人が、密航の請負料を支払えない密航者に対し「金の払えない者は殺されても仕方がない」などと脅迫、さらには鉄パイプ、バット等で殴打するなどの暴行を加え殺害していたことが判明した。12月、入管法違反で既に検挙していた中国人5人を殺人罪、死体遺棄罪等で検挙し、11年6月現在、他の逃走中の中国人4人を捜査中である(千葉)。

図1-17 「蛇頭」による組織的、計画的な密航助長の流れ



イ 香港三合会
 「香港三合会」とは、中国の伝統的秘密結社を源流とする香港の犯罪組織の総称であり、「和勝和」、「新義安」、「14K」等15~20の組織が活発に活動し、その構成員数は約3万5,000人に上るといわれている。
 我が国では、貴金属店における強盗・窃盗事件や広域にわたる偽造クレジットカード使用詐欺事件等の犯罪を引き起こしている。
[事例1] 5月、香港三合会の構成員である中国人の男(37)らのグループは、大阪市内の宝石店においてけん銃様のものや大型ナイフ等を従業員に突き付け、腕時計やネックレス等198点、被害総額3億8,779万円相当を奪って逃走した。11月までに、6人を強盗罪等で検挙した(愛知、大阪、警視庁)。
[事例2] 香港三合会の構成員である中国人の男(28)らのグループは、偽造クレジットカードを使用してカメラ、衣料品等をだまし取るなど、978件、被害総額1億437万円相当の犯行を行っていた。この犯罪グループは、香港で犯行を計画し、東京、千葉及び大阪にクレジットカード偽造工場を設け、クレジットカードの偽造役、カードを使用して商品をだまし取る買い回り役、だまし取った品の管理役、運搬役等の役割分担をしていたことが判明した。10年1月までに7人を詐欺罪等で検挙した(大阪)。
ウ 韓国人すりグループ
 韓国人によるすりは、4、5人がグループを組んで、短期滞在の在留資格等により短期間滞在して広域にわたりすりを行うものであり、犯行が発覚すると、刃物や催涙スプレー等を用いて警察官や被害者に抵抗し、逮捕を免れようとするところに特徴がある。
[事例] 10月中旬以降、カミソリ等で背広やバックを切り裂き、金品を抜き取るいわゆる断ち切りすりが激増したため、特別な捜査体制をとっていたところ、12月、鉄道警察隊員が不審な行動をする韓国人の男2人を発見、電車内において1人が見張り役、もう1人が抜取り役となって、女性が肩に掛けていたショルダーバッグを縦に切り裂き、現金をすり取ろうとしたので、両人を窃盗(すり)未遂罪で検挙した(警視庁)。
(2) 国内に居住する外国人犯罪者のグループ化
 我が国において不法滞在者等が、より効率的な利益の獲得を目的として、国籍、出身地等の別によりグループ化し、悪質かつ組織的な犯罪を引き起こしている。最近では、盗んだ自動車をミャンマー、バングラデシュ等に輸出する目的でミャンマー人、パキスタン人、スリ・ランカ人らのグループが自動車盗の実行から輸出までの一連の流れを分担して行ったり、台湾出身者の窃盗グループに中国本土出身者が加わったりするなど外国人犯罪グループが国籍や出身地の別を越えて連携する事件もみられる。
ア 中国人犯罪グループ
 中国人犯罪グループ間の利権争いを原因とする殺人事件等の凶悪事件のほか、貴金属店、衣料品店、家電量販店等を対象とする広域窃盗事件、変造通貨を利用した自動販売機荒らし事件、集団すり事件等が検挙されている。また、最近では、大規模な薬物の密輸入に受け手として介在するものもみられる。
[事例1] 偽造旅券で日本に入国した中国人の男(42)は、自らの経営する上海料理店を不良中国人らのたまり場にし、日本人配偶者や留学生等正規に在留資格を持つ者を含むグループで盗品売買、ぱちんこロム交換等を行っていた。12月までに28人を窃盗罪、盗品等有償譲受け罪等で検挙した(大阪、滋賀、愛媛)。
[事例2] 平成9年1月以降、大阪市内の繁華街の居酒屋、まあじゃん店等で飲食、遊戯中の客が壁や椅子の背もたれに掛けていた背広上着から金品が抜き取られる、いわゆるブランコすり事件が頻発した。10年3月までに、中国人グループら12人を検挙し、すり事件等392件、被害総額3,000万円相当を確認した(大阪)。
イ ベトナム人犯罪グループ
 一般住宅の駐車場や家の倉庫に駐車してあったオートバイや農耕用トラクター、店内に陳列してあった電気製品、日本製の化粧品等を大量に盗み、組織的に海外輸出する事案等が検挙されている。
[事例] ベトナム人の男(51)らは、組織ぐるみで米穀や家庭用電気製品等生活必需品を大量に万引きし、私設市場に盗品を流し販売し、海外輸出向けにオートバイを盗み、また、ヘロインを密売するなどしていた。11年1月までに、万引き事件等402件、被害総額3,600万円相当を確認し、ベトナム人27人を窃盗罪、盗品等有償譲受け罪等で検挙した(神奈川、岩手、長野、栃木、群馬)。
ウ ブラジル人犯罪グループ
 ブラジル人による犯罪の中では、日系ブラジル人グループによる広域にわたる自動車盗、侵入盗等の窃盗事件や凶器を使用しての強盗事件が検挙されている。また、ブラジル人少年が関与する犯罪の増加がみられる。
[事例1] 日系ブラジル人の男(24)ほか少年2人を含む日系ブラジル人グループは、8年12月以降、愛知県を中心に7県内で、自動車からタイヤやカーステレオ等を盗み売却処分していた。10年7月までに923件、被害総額2億7,194万円相当を確認し、日系ブラジル人11人を窃盗罪等で検挙した(愛知)。
[事例2] 10月、日系ブラジル人の男(27)ほか少女(15)を含む日系ブラジル人グループは、客を装って質店内に入り、店主に対しスタンガンを突き付け、ガムテープで口を塞(ふさ)ぎ、手足を縛るなどした上、店内から現金等を盗んで逃走した。11年2月までに5人を強盗罪等で検挙した(岐阜)。
エ イラン人薬物密売組織
 来日イラン人による薬物事犯は、4年に検挙人員38人であったものが、5年には195人に急増し、10年も289人と引き続き高水準で推移しており、その多くは不法滞在者によって敢行されている。また、10年中のイラン人による覚せい剤事犯の検挙人員のうち営利犯(営利目的所持犯及び営利目的譲渡犯)が占める割合は30.0%で、来日外国人による覚せい剤事犯の検挙人員全体のうち営利犯の占める割合が13.3%であることと比較すると、イラン人による薬物事犯は、単純な自己使用等の目的ではなく密売目的で敢行される傾向が強い。
 このように、イラン人密売組織は、覚せい剤ほか複数の薬物を街頭で無差別に売りさばくという密売形態を通じて、少年等一般市民にも容易に薬物を入手できる状況を作り出し、「第三次覚せい剤乱用期」における薬物乱用拡大の要因となった。最近では、携帯電話等を利用して巧妙に密売を行う事例が急増しており、密売によって得られた不法収益を海外へ送金していた事例もみられるなど、イラン人薬物事犯は潜在化・巧妙化の傾向を強めている(第2章第4節2(1)ウ参照)。
[事例] 2月、都内におけるイラン人組織による薬物密売事件を捜査し、覚せい剤約574.9グラム、コカイン約150.6グラム、乾燥大麻約361.7グラム、あへん約106.4グラム等複数の薬物を押収するとともに、イラン人11人のほかコロンビア人等の外国人4人を含む26人を覚せい剤取締法違反(営利目的所持)等で検挙した(警視庁)。
(3) 我が国暴力団とのかかわり
 近年は、「蛇頭」と暴力団員が連携した中国人の集団密航事件や中国人女性の不法入国を目的とする偽装結婚事件等が相次いで検挙され、国際犯罪組織と暴力団員が手を組んで不法入国に係る犯罪を敢行している状況が見受けられた。また、暴力団員らが、来日外国人の組織窃盗事件に関与したり、中国人グループを使った強盗等の凶悪事件を引き起こしたりしていることから、今後、暴力団と国際犯罪組織の結び付きには十分に注意を払っていく必要がある。
[事例1] 極東会傘下組織幹部(41)ら3人は、中国人ら2人と共謀の上、4月、島根県益田市の岸壁において、中国人らから、上陸した中国人密航者31人の引渡しを受けた上、普通貨物自動車の荷台等に乗車させ、長野県茅野市内の駐車場等まで輸送した。同月、入管法違反で検挙した(島根、長野)。
[事例2] 中国人の男(48)らは、住吉会傘下組織幹部(48)らとともに、7月ころから、関東を中心とした1都7府県にわたり、化粧品、衣料品、電気製品等の量販店や専門店を対象に出店荒らし事件等を組織的に行っていた。11年5月までに、64件、被害総額4億7,000万円相当を確認し、中国人7人、暴力団員ら日本人3人、韓国人1人を窃盗罪等で検挙した(埼玉)。


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