第1章 国境を越える犯罪との闘い

 近年、来日外国人(注1)による悪質かつ組織的な犯罪が急増している。警察庁が来日外国人による犯罪(刑法犯)について統計を取り始めた昭和55年における検挙件数及び検挙人員は867件782人であったのに対し、平成10年中の検挙件数及び検挙人員は2万1,689件5,382人で昭和55年当時に比べ件数で約25倍、人員で約7倍となるに至っている。
 犯罪の内容については、組織的な窃盗・強盗事件、国内外の密航請負組織が連携する集団密航事件、国境を越えて身の代金の要求が行われる外国人同士の誘拐事件、青少年に対する薬物密売事件等、組織性が高く悪質なものが目立っている。また、我が国で違法に使用される銃器・薬物の大部分は海外から流入したものとみられるほか、犯罪や不法就労によって得た資金を不正に海外へ送金する手段として「地下銀行」を利用するなど、国際犯罪(注2)、そしてこれを引き起こしている国際犯罪組織(注3)は、今や我が国の治安に対する重大な脅威となっている。
 我が国における国際犯罪の深刻化の背景には、第一に、国境を越える交通輸送手段、金融決済手段、情報・通信手段等の発展という世界的な社会システムの変化がある。ヒト、モノ、カネ及び情報の国際的な流通の飛躍的な発展は、社会・経済の豊かさをもたらすものである反面、犯罪者、禁制品、不正な資金及び犯罪に係る情報の国境を越えた移動をも容易にしており、近年特に国際組織犯罪(注4)の深刻化という新たな地球規模の問題を生じさせている。第二に、我が国と近隣諸国との賃金格差を背景として流入した多数の不法就労を目的とした外国人の定着化がある。近年における我が国の厳しい経済情勢にもかかわらず、我が国と近隣諸国との賃金格差は依然として大きく、このことが我が国に不法滞在しようとする外国人への強い誘引となっている。これらの不法滞在者(注5)のほとんどは不法就労(注6)をしているとみられているが、不法就労よりも効率的に利益を得る手段として犯罪に手を染め、さらに、地縁、血縁等によって我が国国内で犯罪グループを形成し、あるいは我が国の暴力団や外国に本拠を置く国際犯罪組織と連携をとるものが現れている。
 このように量的にも質的にも悪化の一途をたどっている国際犯罪に対して、警察では、取締りはもとより、より根本的な解決を目指した総合的な対策に取り組んでいる。
(注1) 来日外国人とは、我が国にいる外国人から定着居住者(永住者等)、在日米軍関係者及び在留資格不明の者を除いた者をいう。
(注2) 国際犯罪とは、外国人による犯罪、国民の外国における犯罪その他外国に係る犯罪をいう。国際的には、これに相当するTransnational Crimeに確たる定義はないが、ほぼ同様の意味で用いられている。
 なお、国際テロについては、従来、国連、サミット等の場において、他の犯罪とは別の取扱いがなされてきた経緯にかんがみ、第1章においては取り扱わない(第6章9参照)。
(注3) 国際犯罪組織とは、その明確な定義は確定されていないが、本白書では、国際犯罪を行う多数人の集合体のことをいい、外国に本拠を置く犯罪組織や不法滞在外国人等によって構成された外国人犯罪グループ等がこれに当たる。
(注4) 国際組織犯罪とは、国際的には、国・地域や手段を問わず国境を越えて組織的に行われる犯罪全般を指すことが多い。なお、現在国際連合の場で、2000年(平成12年)の策定を目標に国連国際組織犯罪対策条約(United Nations Convention against Transnational Organized Crime)が議論されているほか、様々な国際会議等の場で国際組織犯罪に対する諸対策が検討されている(第2節2参照)。
(注5) 不法滞在者とは、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)第3条違反の不法入国者、同法第9条違反の不法上陸者及び適法に入国した後在留期間を経過して残留している不法残留者をいう。
 なお、法務省の推計によれば平成11年1月1日現在の不法残留者数は27万1,048人とされている。
(注6) 不法就労とは、正規在留者による無許可の資格外活動、又は不法滞在者が行う報酬その他の収入を伴う活動をいう。


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