第3節 銃器・薬物問題の現状と対策

1 銃器犯罪の現状と対策

(1) 平成9年の銃器情勢
ア 概要
 過去10年間の銃器発砲件数、死傷者数は、図3-11のとおりであり、平成9年中の銃器発砲件数は、ここ3年間の減少傾向から一転して増加に転じた。

図3-11 銃器発砲件数と死者数・負傷者数の推移(昭和63~平成9年)

 個々の事件の内容をみても、一般市民が暴力団の対立抗争の巻き添えで射殺されたり、暴力団員と間違えられけん銃で撃たれて重傷を負ったりするなど、依然として銃器が市民生活に対する直接の脅威となっている状況がうかがわれる。
 このため、警察では、今後とも総力を挙げて所要の捜査活動に取り組むとともに、関係機関等と連携して総合的な銃器対策を進めることとしている。
イ 銃器発砲事件の発生状況
  9年中は銃器発砲事件が148件(前年比20件(15.6%)増)発生し、3年間の減少傾向から一転して増加に転じた。これは、主として8月に兵庫県で発生した山口組「若頭」等射殺事件を契機とする一連のけん銃発砲事件が26件と多発したこと、けん銃発砲を伴う強盗事件が17件(14件(466.7%)増)、猟銃又は空気銃を使用した発砲件数が3件(10件(76.9%)増)とそれぞれ増加したことによるものである。
ウ 発砲による死者・負傷者数
 9年中の銃器発砲による死者数は22人(前年比5人(29.4%)増)、負傷者数は31人(4人(11.4%)減)であり、死者数は、ここ3年間の減少傾向から一転して増加に転じた。このうち、暴力団の構成員及び準構成員以外の一般の死者数は9人(3人(50.0%)増)であった。
エ 銃器を使用した凶悪事件の発生状況
 9年中は、けん銃発砲を伴う強盗事件が17件(前年比14件(466.7%)増)発生し、前年と比べ大幅な増加となった。特に、現金輸送車を対象とした強盗事件は、最近5年間で1~2件であったものが5件と増加しており、そのうち被害者にけん銃を発砲した事件が4件発生するなど、悪質、凶悪化の様相を呈している。
[事例1] 8月、豊田市内の路上において、2人組の犯人が、銀行員3人が乗車する現金輸送車を軽自動車等でその前後を挟むようにして停車させ、けん銃を発砲するなどして、現金9,000万円を奪って逃走した。その際、銀行員のうち1人は、頭部を銃弾がかすめ負傷した。10年5月現在捜査中である(愛知)。
[事例2] 11月、信用金庫支店において、無職の男(25)がけん銃を天井等に発砲するなどし、現金500万円を奪って逃走した。2月、強盗罪及び銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)違反により検挙(山口)
(2) 銃器摘発の現状
ア 銃器の押収状況
(ア) けん銃の押収状況
 平成9年中のけん銃の押収丁数は1,225丁であり、前年に比べ324丁(20.9%)減少し、特に暴力団からの押収丁数は761丁と前年に比べ274丁(26.5%)減少した。7年の銃刀法の一部改正による銃器犯罪の重罰化と警察の取締りの徹底により、暴力団による組織的なけん銃の隠匿方法は、事情を知らない一般人に預けたり、子供部屋のぬいぐるみやテレビの中に隠したりするなど、従前以上に巧妙化している。また、暴力団の武器庫(組織管理の下に3丁以上隠匿されている場所)の摘発は31事件、157丁であるが、9年中に摘発した武器庫の1件当たりの平均けん銃押収丁数は5丁と、一昨年(8丁)以降減少傾向にあり、暴力団が組織防衛のためにけん銃を小口分散して隠匿している状況が見られる。
[事例1] 9月、武器庫管理者と思われる元暴力団員(58)を職務質問した際、所持品検査をしたところ、けん銃1丁(実包5個装填(てん))を発見、同人を銃刀法違反により検挙するとともに、同人宅の冷蔵庫下の床下に隠匿していたけん銃15丁、実包82個を発見押収

図3-12 けん銃押収丁数の推移(昭和63~平成9年)

した(兵庫)。
[事例2] 9月、暴力団事務所等関係箇所の一斉捜索を行い、同事務所2階の天袋内からけん銃13丁、実包478個を発見押収した。同月、暴力団組長(51)ら2人を銃刀法違反により検挙(愛知)
[事例3] 暴力団幹部(47)は、顔見知りのコンビニエンスストア店長に、タオルに包むなどして外見上それとは分からなくした上で、けん銃1丁、実包46個を預けていた。10年1月、店舗の事務所内より発見押収し、同人を銃刀法違反により検挙(栃木)
(イ) けん銃以外の銃砲の押収状況
 9年中におけるけん銃以外の銃器の押収状況は、小銃、機関銃、砲が合わせて11丁(前年比4丁(57.1%)増)であった。また、ライフル銃が19丁(13丁(40.6%)減)、散弾銃が145丁(9丁(6.6%)増)、その他の装薬銃砲が31丁(21丁(40.4%)減)、空気銃が3丁(2丁(5.7%)減)であった。
(ウ) 違法古式銃等の押収状況
 9年中に押収された銃器1,236丁のうち、ガンマニアによる違法な古式銃の大量所持事件やミリタリーショップ経営者らによる無可動銃の改造、密売事件等の摘発により、違法古式銃123丁(前年比63丁(105.0%)増)、改造された無可動銃6丁(1丁(20%)増)を押収した。
[事例] 5月、情報に基づき、歯科医師(68)宅の捜索を行い、居間の金庫及び天井裏のロッカーの中から古式銃砲35丁、実包404個を発見押収した。同人を銃刀法違反等で検挙(警視庁)
イ 密輸事件の摘発状況
 9年に押収された真正けん銃は1,064丁(前年比336丁(24.0%)減)であるが、その大半が外国製であり、海外から密輸されたものである。新たなけん銃の供給を遮断するためには、密輸入を水際で阻止する必要がある。
 最近5年間のけん銃密輸入事犯の検挙件数の推移は、表3-14のとおりである。

表3-14 けん銃密輸入事犯の検挙状況(平成5~9年)

[事例1] 2月、元暴力団幹部(52)と交友関係のあった無職の男性宅の捜索を行い、けん銃2丁、けん銃部品20丁分及び実包401個を発見押収し、元暴力団幹部ら4人を銃刀法違反等により検挙した。なお、被疑者らは、けん銃を分解するなどして、航空機の預託荷物としてフィリピンから密輸入したことが判明した(神奈川)。
[事例2] 2月、ガンマニアの不動産業者(56)あての外国郵便物内にけん銃の銃身があるとの情報により、同人宅の捜索を行い、けん銃1丁、けん銃部品5丁分等を発見押収した。同月、銃刀法違反により検挙(福岡)
[事例3] 9月、前月に発生した信用金庫理事長誘拐事件の被疑者(50)を身の代金目的略取罪により検挙し、取り調べたところ、犯行に使用したけん銃等は、同人が米国から航空機を利用して密輸入したものであることが判明した(大阪)。
(3) 我が国の銃器規制
ア 規制の概要
 我が国においては、銃砲の所持、輸入等は銃刀法により、また銃砲の製造、販売等は武器等製造法により、それぞれ規制されている。
 銃刀法は、本来的に対人殺傷の用に供されるけん銃等(けん銃、小銃、機関銃及び砲)については、警察官、自衛官等を除き一般の所持を禁止しているが、猟銃、空気銃、産業用銃等については、その社会的有用性に着目して、都道府県公安委員会の許可を受けて所持する ことを認めている。
 平成9年末における都道府県公安委員会の所持許可を受けた銃砲の数は47万4,150丁であり、このうち猟銃及び空気銃は42万7,198丁で、全体の90.1%を占めているが、その数は19年連続して減少している。
イ 最近における銃刀法の一部改正とその効果
 けん銃等については、5年及び7年の銃刀法の一部改正をはじめ、数次の改正によりその規制の強化等が行われた。
 5年の一部改正により、けん銃を提出して自首した者については刑を必要的に減軽又は免除することとされているが、押収けん銃のうちその適用を受けたけん銃の丁数の推移は、表3-15のとおりであり、同規定は国内に潜在しているけん銃の回収に成果を上げている。

表3-15 押収けん銃のうち自首減免規定の対象となったもの(平成5~9年)

 また、7年の一部改正により新設された発射罪については、9年中の発砲事件148件のうち、同罪による検挙件数は30件、検挙人員は46人であった。この検挙人員のうち41人は暴力団関係者であった。7年以降の発射罪の適用は、累計で79件であり、うち21件は暴力団事務所等へのけん銃発砲事件であった。
 9年の実包所持罪による検挙件数は33件、検挙人員は33人であり、押収された実包全体の5.9%を占める921個に同罪が適用されている。また、これを端緒として、けん銃の密輸入事件等の検挙につながった事例もみられた。
(4) 総合的な銃器対策の推進
ア 政府における諸対策の推進
 昨今の厳しい情勢を踏まえ、平成7年9月、内閣官房長官を本部長とする「銃器対策推進本部」(内閣官房、警察庁、環境庁、法務省、外務省、大蔵省、水産庁、通商産業省、運輸省、海上保安庁、郵政省及び自治省で構成。)が閣議決定により設置された。9年5月には、同本部の第3回会合が開催され、「平成9年度銃器対策推進計画」が決定された。これに基づき、関係省庁が緊密な連携を図りながら諸対策を推進している。
イ 銃器摘発の推進
(ア) 摘発体制の強化
 各都道府県警察では、銃器対策課(室)の設置等専従捜査体制を強化するとともに、関係各部門が参画した「銃器取締り総合対策本部」の下、組織の総合力を発揮できる体制を確立した。また、銃器捜査に関する専門的技能・ノウハウを有する専門捜査員の計画的育成を図るとともに、変化する銃器情勢に対応した各種装備資機材等の整備・活用に努めている。
(イ) 取締りの徹底強化
 警察は、発砲事件の検挙に全力を挙げることはもとより、国内に流入、潜在しているけん銃を摘発するため、密輸・密売事件の摘発や暴力団の武器庫の摘発等根源的事犯の取締りに重点を置き、計画的な内偵捜査の推進、銃器情報の収集体制の確立、高度な捜査手法の導入等に努めている。
 また、水際でのけん銃等の取締りと水際監視力強化のため、税関、海上保安庁等との共同摘発班の編成、合同訓練の実施、連絡協議会の積極的な開催等関係機関との連携を強化しており、9年には、税関及び海上保安庁と銃器密輸入事件を想定した合同訓練を、5管区警察局、12都道府県警察において実施した。
 また、4年以降、「けん銃取締り特別強化月間」を設けて全国一斉のけん銃特別取締りを実施しており、9年は5月と10月に実施し、期間中に428丁を押収した。
ウ 国際的な銃器対策の推進
(ア) 銃器規制等に関する国際協力
 国際的な銃器の不正流通は、もはや一国だけの努力によって阻止できるものではなくなっており、我が国における銃器対策を実効あるものにするためには、捜査、銃器管理の両面にわたり、国際的な協力体制を構築する必要がある。このため、警察庁では、国際会議の開催のほか国際連合やG8における様々な取組みを通じて、銃器問題に関する国際世論の喚起を図るとともに国際的な共通認識の形成に努めている。

[事例1] 11月、銃器問題に取り組んでいるG8諸国、アジア太平洋諸国及び関係国際機関の上級専門家の間の情報交換と相互交流を促進するため、8箇国・3国際機関の関係者による「銃器対策国際ワークショップ」を東京において開催した。
[事例2] 6月、銃器取締りに関する国際協力の円滑化を図るとともに関係国における適切な銃器規制の推進に寄与するため、ODA事業の一環として、アジアを中心に4箇国の銃器管理担当者を東京に招き、「第3回国際銃器管理セミナー」を開催した。
(イ) 国際連合における取組み
 国際連合では、1995年(平成7年)の第9回犯罪防止会議で、我が国が提案した銃器規制決議が採択されたことを契機に、「加盟国が共通に採用し得る銃器規制の方策」を検討するための国連銃器規制プロジェクト(以下「プロジェクト」という。)が推進されている。
 1998年(平成10年)4月の犯罪防止刑事司法委員会には、プロジェクトが行った銃器使用犯罪や銃器規制の現状に関する国際調査の結果を取りまとめた報告書(以下「国連銃器規制国際調査報告書」という。)が事務局から提出された。また、同委員会では、我が国、ブラジル、カナダ及び米国の主導により、プロジェクトの成果の総括を行うとともに、今後、国連国際組織犯罪対策条約作成の一環として、銃器の不正取引対策に関する国際文書の作成に向けた作業を提案することを内容とする経済社会理事会決議案が提出され、G8諸国を含め57箇国が共同提案国となって、全会一致で採択された。
 我が国は、プロジェクトに対して、約50万ドルの資金拠出を行ったほか、プロジェクトに置かれた専門家会合に警察庁及び法務省(国連アジア極東犯罪防止研修所)から専門家を派遣するなど、積極的に人的・物的貢献を行っている。
(ウ) G8における取組み
 G8では、ハリファクス・サミット(1995年)の議長声明に基づいて設けられた「G8国際組織犯罪対策上級専門家会合」(リヨングループ)において、銃器の不正取引対策についても検討を行っている。 1997年(平成9年)は、この会合の都度、我が国を議長国とする銃器サブグループを開催し、関係国の法執行機関の捜査協力の強化等に関する施策を取りまとめ、デンヴァー・サミットに報告した。同サミットでは、これを受け、「新たな国際文書について検討を行うことにより、銃器の違法取引と闘う」こと及び「銃器の特定のための標準化されたシステムと、銃器の輸出入の許認可のためのより強力な国際的体制とを採用すること」が新たに決定され、政治宣言に盛り込まれた。
 リヨングループでは、その後の会合において、この政治宣言を具体化するための協議を行った結果、銃器の密造及び不正取引と闘うための「原則声明及び行動計画」を取りまとめ、1998年(平成10年)5月のバーミンガム・サミットにおいて報告し、各国首脳の支持を得た。
 この文書は、[1]密造及び不正取引を各国で犯罪とし、間隙のない処罰体制を作ること、[2] 不正取引された銃器の出所の追跡調査(トレーシング)を可能にするための仕組み(銃器の刻印、記録保管等)を各国で整備すること、[3]ダイバージョン(正規国際取引からの不正流出)の防止のため、銃器の輸出入及び通過輸送を各国で規制すること、[4]情報交換や捜査共助の迅速化、技術・訓練に関する交流の実施等、捜査・訴追に関する国際協力を強化することなど、G8としての決意表明と他の諸国への同様の措置の実施を勧告することを主な内容とするものである。また、今後、国連国際組織犯罪対策条約作成の一環として、銃器の不正取引に関する条約の作成に向けた作業を行っていくことも盛り込まれ、国連犯罪防止刑事司法委員会における経済社会理事会決議案採択の基礎を築いた。
(エ) 諸外国における銃器規制の動向
 近時世界各地で発生している銃器の乱射事件等を契機として、諸外国において銃器規制を強化する法改正が行われている。1993年(平成5年)、米国では、けん銃の購入に5日間の待機期間を設け、法執行機関が事前に資格調査を行うことができるようにしたほか、1995年(平成7年)、カナダでは、銃器所有についての統一許可制度を設けるとともに、すべての銃器の登録を実施することとした。さらに、1996年(平成8年)、オーストラリアでは、申請者が正当な理由を示すことを銃器の所有免許の付与の条件とすることとした。このほか、英国では、1997年(平成9年)の二度にわたる銃器法改正により、一般人によるけん銃所持を全面的に禁止した。
 なお、国連銃器規制国際調査報告書によれば、調査回答国の69箇国のうち過去5年以内に銃器の所有に関する法律や制度を改正し、規制の強化を行った国は、29箇国であり、このほかに25箇国が改正を検討中となっており、銃器規制の強化は、世界的なすう勢となっている。
(オ) 外国との捜査協力体制の強化
 警察庁では、我が国で押収された外国製真正けん銃の流入ルートの解明、海外からの密輸入阻止のための情報交換等を目的として、職員の海外派遣等により、関係諸外国との緊密な情報交換及び捜査協力体制の強化を推進している。
エ 違法銃器の根絶に向けた国民等の理解と協力の確保
 違法銃器の根絶のためには、この問題に対する国民一人一人の理解と協力が必要不可欠であることから、警察では、新聞、テレビ、ラジオ等の従来のメディアに加え、インターネット、CATV等の新たなメディアの活用を図るとともに、5月及び10月の「けん銃取締り特別強化月間」に際し税関、海上保安庁等と合同キャンペーン活動を行うなどして違法銃器根絶に向けた広報啓発活動を積極的に推進した。
 また、10年2月に開催した第3回銃器犯罪根絶に向けたシンポジウムのプログラムの一環として、高校生を対象にした銃器問題に関するリーフレットを22万部作成し、全国の高等学校に配布して銃器問題に関する主張を募集するとともに、銃器犯罪の危険性、反社会性を訴 えた。
 各都道府県においても、知事を本部長とする「銃器対策推進本部」の設置が進められており、9年末現在、21道府県で設置されている。都道府県議会等での違法銃器根絶決議の採択も進んでおり、都道府県を挙げての活動が積極的に推進された。
 さらに、猟銃等の盗難及び発砲事件が増加する中で、10年2月に長野オリンピック冬季競技大会の開催が予定されていたことから、銃猟、射撃競技の関係団体とも連携を図りつつ、9年4月の全国銃砲一斉検査の際に、猟銃等の保有者に対し猟銃等の適正使用、管理や事件、事故防止を呼び掛けるチラシを配付した。
 このほか、7月及び10月の2回にわたり(社)全日本指定射撃場協会等銃器関係7団体と連絡会議を開催し、猟銃等の適正な管理及び事件、事故防止等の各種対策について協議を行うとともに、広報啓発活動について協力を要請するなどの諸対策を進めている。

2 薬物犯罪の現状と対策

(1) 「第3次覚せい剤乱用期」の到来
 覚せい剤事犯の検挙人員は、平成に入って毎年1万5,000人前後で推移してきたが、平成7年に大幅な増加に転じた(図3-13)。9年には1万9,722人(前年比302人(1.6%)増)と増加に歯止めが掛からず、昭和29年をピークとする「第1次覚せい剤乱用期」、59年をピークとする「第2次覚せい剤乱用期」に続く「第3次覚せい剤乱用期」に入ったものとみられる。特に、中・高校生をはじめとする少年の検挙人員が急増しているほか、初犯者(初め

図3-13 覚せい剤事犯の検挙状況の推移(昭和63~平成9年)

て覚せい剤取締法違反により検挙された者)の占める割合が増加傾向にあるなど、覚せい剤乱用のすそ野が拡大し、深刻な情勢となってきている。
 また、覚せい剤の押収量は171.9キログラムであり、大量押収事例(1度に1キログラム以上を押収した事例をいう。)は、前年を1件上回る15件に上った。
[事例] 4月、税関からの通報により、密輸入された覚せい剤約58.6キログラムを発見押収した。その後の捜査により、北朝鮮から貨物船を利用して覚せい剤を密輸入した大阪の暴力団幹部(54)らを覚せい剤取締法違反により検挙した(宮崎、大阪)。
ア 中・高校生等少年による覚せい剤事犯の急増
 9年に覚せい剤事犯で検挙された少年は、1,596人(前年比160人(11.1%)増)で、特に中学生の検挙人員は43人(22人(104.8%)増)と8年に比べてほぼ倍増するなど、少年の薬物乱用問題が更に深刻化している(第3章第2節参照)。

イ 初犯者率の上昇
 覚せい剤事犯は再犯率の高い犯罪であるが、初犯者率が2年以降増加傾向にあり、7年には50.9%と初犯者が全検挙人員の半数を超えた。9年には53.3%にまで上昇しており(表3-16)、乱用者のすそ野が急速に拡大している。

 表3-16 覚せい剤事犯の初犯者率の推移(昭和63~平成9年)

ウ イラン人密売組織による薬物事犯の増加
 9年に覚せい剤事犯で検挙された来日外国人は596人で、8年に比べて38人(6.8%)増加した。国籍別検挙状況は、フィリピン人226人(37.9%)が最も多く、次いでイラン人22。人(36.9%)となっており、両者で全体の74.8%を占めている。一方、違反態様別にみると、フィリピン人の多く(175人(77.4%))が単純な使用、所持事犯であるのに対し、イラン人は営利目的の所持・譲渡事犯が64人で来日外国人による同事犯の82.1%を占めるなど、悪質性が際立っている。
 特に、9年には、これまでみられなかったイラン人による大量押収事例が2件あったほか、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)第8条(注)違反事件が9件摘発されるなど、組織化が急激に進んでいる。
 イラン人密売人は、覚せい剤のほか複数の薬物を街頭等で無差別に、かつ携帯電話等を利用して巧妙に売りさばいており、こうした密売方法が少年等一般市民にも容易に薬物を入手できる状況を作り出し、薬物乱用の拡大の要因となるなど、重大な問題となっている。イラン人による薬物事犯の検挙人員の推移は、表3-17のとおりである。
(注) 麻薬特例法第8条は、薬物の不正取引が薬物犯罪組織により組織的かつ継続的に行われている現状を踏まえ、これら組織を効果的に取り締まるため、薬物の密輸・密売等を「業として」行った者を重く処罰する規定である。

表3-17 イラン人による薬物事犯の検挙人員の推移(平成5~9年)

[事例] 8月、「渋谷等を拠点に、携帯電話を利用して複数の薬物を密売しているイラン  人グループがいる」との情報に基づき、関係箇所を一斉捜索し、薬物密売組織のイラン人(28)らをあへん法違反等により検挙するとともに、覚せい剤約2.4キログラム、大麻樹脂約4.9キログラム、ヘロイン約1.7キログラム、あへん約0.5グラム、コカイン約0.4キログラム等を押収した。さらに、11月、8年12月ころから9年7月ころまでの間、覚せい剤等を業として密売したことにより、麻薬特例法第8条違反により再逮捕した(警視庁)。
エ 不正取引に深く かかわる暴力団
 9年に覚せい剤事犯で検挙さ れた暴力団の構成員及び準構成員(注)は7,817人(前年比 95人(1.2%)減)、総検挙人員に占める割合が39.6%(1.1ポイント減)であったが、暴力団からの覚せい剤押収量が144.9キログラム(84.3%)に上り、依然として暴力団が不正取引に深く関与していることがうかがわれる(表3-18)。
(注) 暴力団の準構成員とは、構成員ではないが、暴力団と関係をもちながら、その組織の威力を背景として暴力的不法行為等を行う者、又は暴力団に資金や武器を供給するなどして、その組織の維持、運営に協力し若しくは関与する者をいう。

表3-18 暴力団による覚せい剤事犯の検挙人員の推移(昭和63~平成9年)

[事例] 11月、全国規模で覚せい剤を密売していた大物密売人の暴力団幹部(51)らを覚せい剤取締法違反により検挙するとともに、覚せい剤約13キログラムを押収した(警視庁、静岡、愛知、福岡、沖縄)。
(2) 社会を汚染し続ける薬物乱用
ア 大麻事犯
 平成9年の大麻事犯の検挙件数は1,794件(前年比225件(11.1%)減)、検挙人員は1,104人(124人(10.1%)減)とそれぞれ減少した(図3-14)。押収量は、乾燥大麻が135.5キログラム(17.6キログラム(11.5%)減)、大麻樹脂が105.4キログラム(39.1キログラム(27.1%)減)であり、大量押収事例32件のうち11件が来日外国人による大麻樹脂の密輸入事犯であった。
[事例] 3月、「ネパールからの航空貨物のプラスチック製仏像内に大麻樹脂が隠匿されている。」旨の情報に基づき捜査を行い、受取人の英国人(26)ら4人を大麻取締法違反により検挙するとともに、大麻樹脂約39.7キログラムを押収した(千葉)。
イ 麻薬等事犯
 9年の麻薬等事犯(麻薬及び向精神薬取締法違反及びあへん法違反をいう。)の検挙件数は573件(前年比89件(13.4%)減)、検挙人員は309人(52人(14.4%)減)であった(図3-14)。
(ア) コカイン事犯
 9年のコカイン事犯の検挙件数は135件(前年比40件(22.9%)減)、検挙人員は59人(19人(24.4%)減)で、25.3キログラム(4.7キログラム(15.7%)減)を押収した。ブラジルからの大量密輸入事犯が相次ぐなど、依然として南米の薬物犯罪組織の活発な活動がみら

図3-14 大麻、麻薬等事犯の検挙人員の推移(昭和63~平成9年)

れたほか、日本人による大量密輸入事犯も摘発した。
[事例] 2月、ブラジルからコーヒー入り紙箱内に隠匿してコカインを密輸入した貴金属商(38)らを麻薬及び向精神薬取締法違反により検挙するとともに、コカイン約10キログラムを押収した。さらに、捜査により判明した隠匿用倉庫から、コカイン約8キログラム等を発見、押収した(警視庁)。
(イ) ヘロイン事犯
 9年のヘロイン事犯の検挙件数は83件(前年比11件(15.3%)増)、検挙人員は44人(8人(22.2%)増)で、6.0キログラム(2.0キログラム(50.0%)増)を押収した。全検挙人員のうち来日外国人が3人と半数に上り、国籍別にみるとベトナム人が17人でその73.9%を占めている。
(ウ) 向精神薬事犯
 9年の向精神薬事犯の検挙件数は55件(前年比36件(39.6%)減)、検挙人員は36人(26人(41.9%)減)、押収量は鎮静剤2万1,206錠(5万4,552錠(72.0%)減)で、興奮剤の押収はなく、それぞれ大幅に減少した。
(エ) あへん事犯
 9年のあへん事犯の検挙件数は201件(前年比18件(9.8%)増)、検挙人員は140人(5人(3.7%)増)、押収量は39.0キログラム(7.9キログラム(25.4%)増)であった。特にイラン人による事犯が46人(26人(130.0%)増)に急増し、来日外国人による事犯の85.2% を占めている。
ウ シンナー等有機溶剤事犯
 9年のシンナー等有機溶剤の乱用者(摂取、吸入又はこれらの目的の所持で検挙された者をいう。)の検挙人員は5,965人(前年比824人(12.1%)減)であり、うち少年が4,157人と69.7%を占めている(表3-19)。

表3-19 シンナー専有機溶剤乱用者の検挙人員の推移(平成5~9年)

(3) 覚せい剤等薬物に起因する事件、事故
 覚せい剤、シンナー等の薬物の乱用は、急性中毒により死に至ることがあるほか、幻覚、妄想等により、殺人、強盗等の凶悪事件や交通事故等を引き起こすことがあるなど、乱用者自身の精神、身体を蝕(むしば)むばかりでなく、社会の安全を脅かすものである。
 平成9年の薬物に起因する事件の検挙人員は表3-20のとおりであり、また、薬物に起因する事故として、乱用による中毒死35人、自殺及び自傷18人、交通事故32人を認知した。

表3-20 薬物に起因する事件の検挙人員(平成9年)

[事例] 6月、無職の男性(56)は、覚せい剤による幻覚から、地下鉄の駅構内において、通行人に刃物を突き付けるなどして暴れた上、駅員等に傷害を負わせた。同月、傷害及び銃刀法違反により検挙(警視庁)
(4) 薬物対策の推進
ア 政府における対策
 内閣官房長官を本部長として総理府に設置されていた「薬物乱用対策推進本部」(昭和45年設置)が、最近の厳しい薬物情勢にかんがみ、平成9年1月、閣議決定により内閣総理大臣を本部長とする本部(副本部長:内閣官房長官、国家公安委員会委員長、総務庁長官、法務・大蔵・文部・厚生・運輸の各大臣、本部員:外務・通商産業・郵政・労働・建設・自治の各大臣)に格上げされ、内閣に設置された。
 10年5月には、同本部において、今後5年間に我が国が取り組むべき目標を示した「薬物乱用防止五か年戦略」が策定されたが、この中では、第3次覚せい剤乱用期の早期終息、と世界的な薬物問題解決のための国際貢献が基本目標とされているほか、さらに、具体的な目標として、[1]青少年の薬物乱用傾向の阻止、[2]密売組織の取締りの徹底、[3]密輸の水際阻止と密造地域における対策の支援、[4]薬物依存・中毒者の治療と社会復帰の支援の4項目が掲げられている。
イ 総合的な薬物対策
 警察では、政府の薬物対策の中枢を担う機関として、これを治安の根幹にかかわる重要な問題ととらえ、薬物の供給の遮断と需要の根絶の両面から、総合的な対策を推進している。
(ア) 供給の遮断
 我が国で乱用されている薬物のほとんどが海外から密輸入されたものであることから、これを水際で阻止するため、海上保安庁、麻薬取締官事務所、入国管理局、税関等の関係機関及び薬物の生産国や密輸入中継国の取締り当局等との連携を強化し、薬物の供給源や供給ルートの解明、壊滅に努めている。
 また、薬物の密輸・密売に深く関与する薬物犯罪組織の壊滅に向けて、コントロールド・デリバリー(注)等の効果的な捜査手法を積極的に活用した取締りを行っており、9年には19件のコントロールド・デリバリーを実施した。
(注) コントロールド・デリバリーとは、捜査機関が規制薬物等の禁制品を発見しても、その場で直ちに検挙することなく、十分な監視の下にその運搬を継続させ、関連被疑者に到達させてその者らを検挙する捜査手法をいう。
(イ) 不法収益対策
 薬物の密輸・密売がもたらすばくだいな不法収益が、犯罪の誘因となり、また薬物犯罪組織の存立・拡大の基盤となっていることから、これら組織の壊滅のためには、不法収益をはく奪することによって、資金面からの打撃を与えるとともに、薬物犯罪の動機を失わせることが必要である。
 麻薬特例法により、不法収益の隠匿・仮装及び収受(マネー・ローンダリング)の犯罪化、不法収益の没収・追徴・保全の強化など不法収益対策が強化されたことから、警察では、同法を積極的に活用した不法収益対策を推進しており、表3一21のとおり進展がみられている。
[事例] 暴力団組長(54)ら5人は、自己の縄張内において他の暴力団に覚せい剤を密売させ、これによって得た不法収益であることを知りながら、約1年4箇月にわたって、場所代名目で合計1億4,790万円を収受していた。9月、麻薬特例法第10条(不法収益等収受)違反で検挙(大阪)

表3-21 麻薬特例法違反事件数の推移(平成4年7月1日施行~9年)

(ウ) 需要の根絶
 薬物の需要の根絶を図るためには、社会全体に薬物を拒否する規範意識が堅持されていることが極めて重要である。このため、警察では、末端乱用者の検挙を徹底するとともに、広報啓発活動を活発に展開して、薬物に対する抵抗感や薬物の危険性、有害性についての正しい認識の醸成、維持に努めている。9年には、啓発用資料「ドラッグ」等を作成し、全国において薬物乱用防止に係る様々な会合、キャンペーン等での活用に供したほか、関係機関等と協力して、薬物乱用相談、薬物乱用防止教室等を実施した。
ウ 薬物対策における国際協力の推進
(ア) 薬物をめぐる国際情勢
 薬物の乱用とその密輸・密売は、世界的に拡大して深刻な問題となっている。 1995年(平成7年)の国際連合の資料によれば、年間の薬物不正取引額は、約4,000億米ドルに上ると推計され、石油・天然ガスの取引額に匹敵するほどの規模である。
 国際的な薬物情勢について、主な薬物別にみると、我が国で最も多く乱用されている覚せい剤は、アジアではそのほとんどが中国で密造されているものとみられているが、近年、タイ、ミャンマー、ラオスにまたがる「黄金の三角地帯」でも密造が行われている。日本が乱用の中心となっているが、韓国、台湾、フィリピン、タイ等のアジア諸国のほか、欧米等世界各国において乱用が拡大している。
 乾燥大麻や大麻樹脂は、大麻草がほとんどの地域で生産され、又は自生していることから、世界で広く乱用されている。
 コカインは、南米で密造され、コロンビア、メキシコ等の薬物犯罪組織が世界各国に密輸出を行っている。主な乱用地域は欧米で、米国は最大の消費地となっている。
 ヘロイン、あへんは、「黄金の三角地帯」のほか、アフガニスタン、パキスタン、イランにまたがる「黄金の三日月地帯」等で密造され、アジア、ヨーロッパ地域を中心に多くの国で乱用されている。
(イ) 薬物対策に関する国際協力の枠組み
 薬物の不正取引は、国際的な薬物犯罪組織により国境を越えて行われており、一国のみでは解決できない問題であることから、地球規模の重大な問題として、国際連合サミット等の国際的枠組みでその解決に向けた取組みがなされている。
a 国際連合における取組み
 国際連合においては、経済社会理事会の下に麻薬委員会が置かれ、さらに、国連薬物統制計画(UNDCP)が薬物問題全般にわたって幅広い活動を行っている。近年、国際社会における覚せい剤対策強化への認識が高まっていることから、長年にわたって覚せい剤対策に取り組んできた我が国は、1996年(平成8年)の覚せい剤専門家会合の開催(UNDCP主催)、1997年(平成9年)の覚せい剤対策に関する国連決議等に当たって積極的にこれをリードするなど、薬物対策における国際貢献に努めている。
 また、1998年(平成10年)6月8日から10日までの間、ニュー・ヨークの国連本部において、21世紀の国際的な薬物乱用防止戦略について討議するための「国連麻薬特別総会」が開催され、政治宣言のほか、覚せい剤対策に関する行動計画等が採択された。同総会には、政府代表の一員として警察庁長官が出席し、各国の取締機関幹部と国際捜査協力の強化等について協議を行った。
b サミットにおける薬物問題の重要性
 1985年(昭和60年)のボン・サミット以来、経済宣言、政治宣言、議長声明において薬物対策に関する国際協力の強化が取り上げられている。 1998年(平成10年)5月に開催されたバーミンガム・サミットにおいても、薬物の不正取引をはじめとする国際犯罪が主要議題の一つとなり、このような犯罪が世界的な脅威となっている事態に対応するため、国際的な協力を強化する旨の「コミュニケ」が採択された。
(ウ) 国際協力の推進
 警察では、関係国との捜査員の相互派遣、各種国際会議への参加等を通じた情報交換等により国際捜査協力の推進を図っており、3月には、アジア太平洋地域各国及びヨーロッパ諸国(27箇国2地域)並びに国際刑事警察機構(ICPO)の参加を得て「第3回アジア・太平洋薬物取締会議」を主催し、各国の薬物情勢、法制度や捜査手法に関する相互理解と協力関係を一層強化した。さらに、生産国等における薬物問題への取組みを支援することを目的として、薬物犯罪取締セミナー等の開催、途上国への技術援助のための調査を行っている。


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