第2節 警察における被害者対策

1 警察における被害者対策の開始

 このように、被害者の置かれている現状が非常に深刻であるにもかかわらず、被害者を支援するシステムは十分には整っておらず、そのための体制の確立が求められている。
 なかでも、警察は、被害の届出、被疑者の検挙、被害の回復、軽減、再発防止等の面で被害者と密接な関係を有することから、被害者の視点に立った、被害者のための各種施策を強化することが緊急の課題となっている。
 このため、警察庁では、平成8年2月、被害者対策に関する基本方針を取りまとめた「被害者対策要綱」を制定し、これを受けた各都道府県警察では、組織を挙げて被害者対策に取り組んでいる。さらに、警察庁では、同年5月、長官官房給与厚生課に犯罪被害者対策室を設置し、各種施策の企画・調査のほか、被害者対策全般の取りまとめを行っている。

2 基本的な施策の推進

(1) 被害者に対する情報提供等
ア 「被害者の手引」の配布
 被害者やその遺族は、刑事手続、法律上の救済制度等についてなじみが薄いことが多いが、特に殺人、傷害、強姦、ひき逃げ事件等の被害者等の受ける精神的苦痛は極めて大きく、困惑の度合いも強いことから、これらの制度等に関する情報を提供する必要性が高い。
 そこで、各都道府県警察では、被害者等が必要とする情報を早期かつ包括的に提供し、あわせて捜査活動についての協力を得るため、刑事手続、法律上の救済手続等に関する情報をパンフレットに取りまとめた「被害者の手引」を作成し、被害者等から事情聴取を行った捜査官等が、これを配布するとともに、その内容についての説明を行っている。
 身体犯の被害者等に配布する「被害者の手引」には、刑事手続、民事上の損害賠償請求制度のほか、被害者連絡制度、犯罪被害給付制度その他の救済制度の概要、各種相談窓口の案内等が記載されている。また、ひき逃げ事件をはじめとする交通事故の被害者等に配布する「交通事故被害者の手引」には、自動車損害賠償責任保険等の自動車保険制度や自動車損害賠償補償事業等に関する情報も盛り込まれている。

イ 被害者連絡の実施
 被害者等の多くは、捜査の進行状況や被疑者が受けた処分等について非常に高い関心を持っている。特に、身体犯やひき逃げ事件の被害者等は、事件に関する情報提供を強く求めている。
 そこで、警察では、被害者連絡制度を導入し、被害者が望む場合には、事件に関する情報を警察から連絡することとしている。
 被害者連絡は、原則として、被害者から事情聴取を行った捜査官等が行う。連絡を行うのは、具体的には、捜査の進行状況のほか、被疑者を検挙した場合には、その旨及び被疑者の氏名・年齢、送致先検察庁等(被疑者を逮捕した場合には、さらに、起訴、不起訴等の処分結果、起訴された裁判所等)に関する事項である。
 また、被疑者の検挙に至らない場合でも、身体犯の被害者等に対しては被害申告の受理後約2箇月、ひき逃げ事件の被害者等に対しては約2週間を経過した時点で捜査状況等について連絡を行うこととしている。
 なお、事件のことを思い出したくないため情報提供を望まない被害者等もいることにかんがみ、被害者連絡は、あくまで被害者等の意向を酌んで行うこととしている。
ウ 地域警察官による被害者訪問・連絡活動
 交番等の地域警察官は、その受持ち区域に居住する被害者の再被害を予防し、その不安感を解消するため、被害者の要望に基づき訪問・連絡活動を実施しており、平成9年中は、延べ3,560回の訪問・連絡活動を行っている。
 この訪問・連絡活動では、被害の回復、拡大防止等に関する情報の提供、防犯上の指導連絡、警察に対する要望等の聴取、被害者等からの相談への対応等を行っている。また、被害の態様等によっては、必要に応じて、女性の警察官による訪問・連絡活動やパトロール等を行っている。
エ 広報活動の推進
 被害者は、被害について必ず警察への届出を行うわけではなく、「警察に行きづらい」、「他人に知られたくない」といった理由から届出を行わない場合もある。なかでも、性犯罪の被害者は、被害に遭った事実を他人に知られたくないという思いが特に強く、これが届出

がなかなか行われない要因の一つとなっている。
 そこで、各都道府県警察では、被害者が届出を行いやすいように配意しつつ、テレビ、ラジオ、新聞、ホームページ等の多種多様なメディアを通じて、警察本部等に設置している各種の被害相談電話や相談コーナーに関する広報を積極的に実施している。
 特に、9年7月には、都道府県警察で「被害相談窓口の設置の周知徹底と積極的な利用の促進」を広報重点に掲げ、被害相談窓口を紹介するポスターやリーフレットを作成、配布するなど、被害の届出を呼び掛けるキャンペーン月間を実施した。
(2) 相談・カウンセリング体制の整備
ア 被害者等のためのカウンセリング体制の整備
 被害者等が犯罪により大きな精神的被害を受けている場合には、心理学的立場からの専門的なカウンセリングが必要となることがある。また、特に、重大事件の発生直後に被害者に対して適切な心理的ケアを行うことは、結果として被害者の精神的被害を軽減させるのに非常に効果的であると言われている。
 警察では、これまでも少年部門においてカウンセリング技術を用いた相談活動を進めてきたが、今後は、より様々な被害者の精神的被害を軽減していくため、心理学等の専門的知識やカウンセリング技術を有する心理カウンセラーを配置したり、精神科医や民間のカウンセラーと連携したりするなど、被害者の相談・カウンセリング体制の整備を進めていくこととしている。平成9年12月末現在、15都道県で心理カウンセラーを採用しているほか、21府県において精神科医や民間のカウンセラーを委嘱している。
イ 各種被害相談窓口の充実
 警察では、被害者等の利便を図るため、元年から都道府県警察に警察総合相談室の設置を進めるとともに、全国統一番号の相談専用電話「#(シャープ)9110番」を設置し、電話に

よる総合的な相談を受け付けている。
 また、このような総合的な相談に加え、性犯罪相談、少年相談、消費者被害相談等については、被害者のニーズに応じて、個別の相談窓口を設けている(なお、性犯罪相談、少年相談及び暴力団関係相談については、3参照)。
(3) 被害回復
ア 犯罪被害給付制度
(ア) 制度の趣旨と創設の経緯
 犯罪被害給付制度とは、通り魔殺人等の故意の犯罪行為により不慮の死を遂げた被害者の遺族又は身体に重大な障害を負った被害者に対して、社会の連帯共助の精神に基づき、国が犯罪被害者等給付金(以下「給付金」という。)を支給し、その精神的・経済的打撃の緩和を図ろうとするものである。
 本制度は、「犯罪被害者等給付金支給法」に基づくものである。この法律は、昭和49年8月30日に発生した、極左暴力集団による三菱重工ビル爆破事件(死者8人、負傷者380人)をめぐり、公的な犯罪被害補償制度の確立の必要性が国会、マスコミ等で大きく議論されたこと、通り魔殺人事件の被害者の遺族、被害者補償制度の研究者、弁護士会等からもこの制度の確立を求める声が高まったことを踏まえ、55年の第91回国会で制定され、翌年1月1日から施行されたものである。

(イ) 対象となる犯罪被害
 本制度による支給の対象となる犯罪被害は、日本国内又は日本国外にある日本船舶若しくは日本航空機内において行われた人の生命又は身体を害する罪に当たる行為(過失を除く。)による死亡又は重障害であり、緊急避難による行為、心神喪失者又は刑事未成年者の行為で

あるために刑法上加害者が罰せられない場合も、対象に含まれる。
 なお、重障害とは、制度発足以来、犯罪被害者等給付金支給法施行令に定める障害等級第1級から第3級に該当するもの、すなわち労働能力を完全に喪失する程度の障害とされていたが、平成9年4月の同令の一部改正により、新たに障害等級第4級が創設され、労働能力を完全に喪失していないが、日常生活に著しく制限を受ける被害者に対しても給付金が支給できるように支給対象が拡充された。
(ウ) 給付金の種類と額
 給付金には、死亡した被害者の遺族に対し支給される「遺族給付金」と、重障害を受けた本人に対し支給される「障害給付金」の2種類があり、いずれも一時金として支給される。
 給付金の額は、被害者の年齢や勤労による収入額等に基づいて算定され、遺族給付金は最低額220万円、最高額1,079万円、障害給付金は最低額230万円、最高額1,273万円の間で決定される。
 なお、犯罪行為によって被害を受けた場合でも、
○ 親族の間で行われた犯罪
○ 犯罪被害の原因が被害者にもあるような場合
○ 労災保険等他の公的給付や損害賠償を受けた場合
等については、都道府県公安委員会の裁定により、給付金の全部又は一部が支給されないことがある。
(エ) 制度の運用状況
 本制度の制度発足以来の運用状況は、表2-1のとおりである。9年中には、259人の遺族等に対し約6億3,500万円の給付金の支給裁定がされている。また、制度発足以来17年間で、3,749人の遺族等に対し総額約86億9,300万円の給付金の支給裁定がなされている。
イ 盗難被害品等の早期回復システムの確立
 窃盗、強盗等の財産犯の被害者は、被疑者の検挙はもちろんであるが、奪われた自己の財産が手元に戻るかどうかについても大きな関心を寄せている。

表2-1 犯罪被害給付制度の運用状況(制度発足~平成9年)

 このため、警察では、古物営業法及び質屋営業法に基づく活動等を通じ、市場における盗難被害品等の売買の防止と速やかな発見を図り、その迅速な回復に取り組んでいる。なかでも、発生件数の多い自転車盗等に関しては、その早期回復のため、自転車の防犯登録加入率の更なる向上を図るとともに、オートバイの全国的な防犯登録制度を推進し、盗難オートバイの売買等を防止するための盗難情報提供制度の検討を行っている。
(4) 捜査過程における被害者の負担の軽減
ア 被害者の心情に配意した捜査活動の推進
(ア) 捜査一般
 犯罪の捜査においては、被害者等からの綿密な事情聴取等が不可欠であり、時として被害者等が話したくない事柄についてあえて聞かざるを得ないことがある。このような捜査過程における警察官の言動や捜査の方法が被害者等の心理に及ぼす影響は大きいことから、できる限りその心情に配慮した対応を行う必要がある。
 そこで、被害届を受理するに当たっては、被害者等に更に精神的な苦痛を与えないように配意して事情聴取を行うほか、被害届の受理に関連して各種相談を受けたときは、誠意をもって対応し、必要な措置をとることとしている。
 また、被害者の自宅等に急行する場合においても、必要により私服の警察官が一般車両と見分けのつきにくい車両で赴くようにしているほか、性犯罪、少年が被害者となる犯罪等については、捜査段階において被害者の氏名や被害内容等が公にならないように特に留意するなど、被害者等のプライバシーに配意した捜査を行っている。
 さらに、被害者等の協力が必要な事情聴取、実況見分等においては、その都合をできるだけ考慮して日時を選定するなど、被害者等の心情、便宜に配意した捜査を行っている。
(イ) 遺族への対応
 殺人等により突然訪れた肉親の死は、遺族にとって計り知れない精神的な衝撃を与えるものであり、これらの遺族には他の犯罪の被害者とは異なる配意が必要である。
 このため、遺族への対応に当たっては、
○ 被害者の死亡を通知する際、言動に細心の注意を払うこと
○ 遺体解剖の必要性について十分な説明を行うこと
○ 礼を尽くした遺体の取扱いを行うこと
などに特に留意している。
イ 施設の改善
 被害者及び参考人の事情聴取に当たっては、その心情に配意し、被害者等の立場にふさわしい施設で行うことが望ましい。このため、警察では、従来から、警察署等における専用の施設等の整備や、自宅、車内等の被害者等が落ち着いて話ができる場所での事情聴取を推進

してきたところであるが、現実には被害者用の事情聴取室が整備されている警察署等は少なく、被疑者用の取調室を使わざるを得ないことも少なくなかったため、「犯人扱いされた気分だった」等の被害者の声も少なからず存在した。
 そこで、各都道府県警察においては、今後新築される警察署に被害者用の事情聴取室を設置することとしているほか、既存の警察署等であっても、応接セットを備えたり、照明や内装を改善したりするなどして、被害者が安心して事情聴取に応じられるよう、施設の改善に努めている。
(5) 被害者の安全の確保
ア 緊急時の通報装置の整備等
 被害者は、加害者から再び危害を加えられるのではないかという不安や恐怖感を抱いている。特に、暴力団犯罪の被害者の中には、加害者からの仕返しを恐れて届出をためらい、そのため事件が潜在化するケースも存在する。
 自らの安全が確保されることは、このような被害者にとって最も基本的な要望であり、かつ警察が捜査において様々な協力を得る上でも不可欠である。このため、警察では、暴力団犯罪の被害者を中心に、その保護措置、特に非常時に被害者の安全を確保するための緊急通報装置等の整備に努めている。
イ 再被害の防止
 警察では、被害者が加害者から再被害を受けることを防止するためのシステムの整備を進めてきたが、平成9年、刑務所から出所したばかりの加害者の「お礼参り」により被害者が殺害されるという凶悪事件が発生したことなどから、被害者の再被害防止のための取組みを 更に強化することとした。
 具体的には、殺人予備、殺人未遂、性犯罪等の凶悪事件の検挙の都度、その発生経緯等を分析して再被害のおそれについて総合的に検討を加え、緊密な被害者連絡、関係警察署等の連携による防犯指導、警戒活動等の措置を継続的かつ組織的に実施することとしている。

3 被害者の特性に応じた施策の推進

(1) 性犯罪の被害者
 強姦、強制わいせつ等の性犯罪は、被害者の尊厳を踏みにじり、身体的のみならず精神的にも極めて重い被害を与える犯罪である。このため、警察では、従来から殺人、強盗等と並んで強姦及び強制わいせつを重要犯罪としてとらえ、その捜査に力を入れてきた。
 しかし、性犯罪の被害者は精神的なショック、しゅう恥心等から、警察に対する被害申告をためらうことも多く、そのことが被害を潜在化させる大きな要因となっている。また、捜査の過程における被害者に対する警察官等の言動等によっては、被害者に二次的被害を与えかねない。また、性犯罪を犯した者は、再び類似の事件を起こす傾向が強く、こうした二次的被害が生じることによる被害の潜在化は、同様な被害の拡大、場合によっては、更に重大な犯罪の発生の要因ともなりかねない。
 そこで、警察では、被害者の精神的負担の軽減、性犯罪の被害の潜在化の防止を図るため、次のような各種施策を推進している。
ア 性犯罪捜査指導官等の設置
 都道府県警察では、警察本部に「性犯罪捜査指導官」及び「性犯罪捜査指導係」を設置し、性犯罪の捜査の指導・調整、発生状況等の集約、専門捜査官の育成等を行っている。
イ 女性の警察官による捜査
 性犯罪の被害者が捜査の過程において受ける精神的負担を少しでも緩和するためには、被害者の望む性別の警察官による対応が望ましい。
 このため、各都道府県警察では、警察本部の性犯罪捜査指導係や主要警察署の性犯罪捜査を担当する係への女性の警察官の配置を進めるとともに、性犯罪が発生した場合に捜査に当たる性犯罪捜査員として女性の警察官を指定している。平成10年4月現在、性犯罪捜査員として指定された女性の警察官は、41都道府県において1,759人に上っている。
 これらの女性の警察官は、主に被害者からの事情聴取、証拠採取、証拠品の受領、病院等への付添い、捜査状況の連絡等性犯罪の被害者にかかわる様々な業務に従事している。


コラム[4] 「女性捜査員の重要性」 警察官体験論文集より

 近年、被害者対策が叫ばれるようになり、私自身、性犯罪捜査に携わる機会が非常に多くなりました。まだまだ経験不足のため手探りの状態ではありますが、事件に携わる回数を重ねるごとに女性捜査員の重要性を感じています。
 受験シーズン真盛りの時期に、留守番中の予備校生が強盗目的で押し入った男に強姦されるという悲しい事件がありました。被害者は非常に真面目で純粋な女性であり、私もこの時ほど被疑者を憎み、被害者に同情したことはありませんでした。
 被疑者は盗難車で逃走したのですが、その後の追跡捜査から居場所を突き止め、逮捕することができました。私は最初の事情聴取からずっと被害者に付き添って供述調書の作成を行い、彼女とともに被疑者を捜し、一緒に逮捕の瞬間も見届けました。その間も彼女の気持ちを理解しようと努めたせいか、次第に彼女の表情から硬さがとれ、無理に聞き出さなくても事件直後の心境などを話してくれるようになったのです。犯人が逮捕されたからかもしれませんが、最後に自宅まで送っていった時の彼女の安心した表情は今でも忘れることができません。
 経験不足で調書の作成などに時間がかかり、彼女も「男性でもいいからベテランの刑事さんの方が…。」と思ったこともあったかもしれません。うまく調書がまとまらずイライラしていた時は自分でもそう思い、ふがいなさを感じることもありました。しかし、調書を上手に早く書くことだけが被害者対策ではありません。なぜ被害者と接するのが私という女性でなければならないのかという理由を自分なりに考え、彼女に対して一所懸命親身に接したことは、彼女にとっても、そして私にとっても、決して無駄なことではなかったと思っています。
 性犯罪の被害者に対して「女性の警察官の方がいいですか。」と尋ねたら、きっと多くの方が「はい。」と答えると思います。その期待にこたえ、被害者の心の傷を少しでも癒(いや)せるよう、今後も頑張っていきたいと思います。


ウ 性犯罪被害相談窓口の設置
 各都道府県警察では、表2-2とおり、性犯罪に係る被害や捜査に関する相談を受け付ける「性犯罪被害110番」等の相談電話や「性犯罪被害者相談コーナー」等の相談室を設置し、女性の警察官等が相談に応じている。9年中にこれらの相談電話に寄せられた相談は延べ1万18件で、これらを端緒に強姦事件等379件を検挙している。
[事例] 神奈川県警察が8年4月に開設した「性犯罪被害110番」には、被害の届出をはじめ、過去の被害の悩み、セクシュアル・ハラスメント、悪質な付きまとい等に関する

表2-2 性犯罪被害者相談窓口(平成10年6月1日現在)



様々な相談が寄せられている。9年中は合計2,252件の相談を受理した。
エ 証拠採取における配慮
 性犯罪被害の場合、証拠が被害者の身体、着衣等に残されていることが多いが、その採取はこれが失われないよう被害直後に行うことが必要である。
 しかし、被害直後のショックやしゅう恥心から証拠採取を負担に感じる被害者も少なくないことから、各都道府県警察では、被害者にそのような負担をかけずに採取を行えるよう、採取要領を定めるほか、採取に必要な用具、被害者の衣類を預かる際の着替え等を整備している。
 また、実況見分の際にもダミー人形を用いるなど、事件の再現により被害者が感じる精神的負担の軽減を図っている。
オ 交番における女性の安全対策の実施
 性犯罪の被害に遭いやすく、これに対する不安感の強い一人暮らしの女性等の安全対策を推進するため、地域の特性、犯罪発生状況等を勘案して「女性相談交番」を指定し、女性の警察官が性犯罪等に関する相談や被害の届出に対応している。9年末現在、全国で194の交番が女性相談交番に指定されている。
 女性相談交番の女性の警察官は、来訪、電話等による女性からの相談への対応を行うほか、相談者の要望に応じた家庭訪問、相談者の居住地周辺のパトロール等を実施している。
 また、女性相談交番では、相談者のプライバシーを保護するため、外部からの視線や防音に配慮した相談室の設置等を行い、女性が安心して相談できる環境の整備に努めているほか、相談日や相談時間帯を分かりやすく表示することなどにより、相談者の利便を図っている。
力 鉄道警察隊における女性被害相談所の設置
 女性が被害者となりやすい列車内における性犯罪等についての女性からの相談、被害の届出に適切に対応するため、鉄道警察隊に「女性被害相談所」が、9年末現在、全国で76箇所設けられている。
 女性被害相談所においては、女性の警察官が、来訪、電話等による女性からの相談への対応、被害の届出の受理を行うとともに、被害の実態や発生状況に応じ、被害者に同行しての通勤電車等への警乗を行っている。このほか、女性被害相談所では、痴漢等の多発時期や多発日時等を踏まえた取締り強化月間や警乗強化日等を設定し、性犯罪等の防止、被疑者の検挙に努めている。
 また、女性被害相談所では、電話番号、相談時間等を明示した掲示板の掲出、専用の相談室の設置等、相談者の利便、心情等に配意した環境の整備に努めている。

(2) 犯罪等による少年の被害者
 少年(女子少年を含む。以下同じ。)が犯罪等により被害を受けるケースは、小学生や中学生を中心に増加傾向にあり、なかでも、凶悪犯、粗暴犯、強制わいせつといったり身に直接に打撃を与える犯罪による被害の増加が著しい。
 このような被害は、人格形成の途上にある少年の心身に極めて有害な影響を与え、その後の健全育成に障害を及ぼすおそれが大きく、なかには、家に引きこもったり、非行に走ったりするなどの問題行動の引き金になるものもみられるところである。
 このため、警察では、犯罪等により被害を受けた少年(以下「被害少年」という。)の精神的負担を軽減し、その立ち直りを支援するため、平成8年の少年警察活動要綱の改正において、被害少年の保護活動を非行少年や不良行為少年の補導活動と並ぶ重要な活動として位置付け、次のような施策を積極的に推進している。
ア カウンセリング等の継続的支援の実施
 少年は、成人と比較すると、心身ともに未成熟である。そのため、犯罪等による被害が大きな精神的打撃につながりやすく、周囲が対応を誤るとこれが更に拡大するおそれも大きい。
 被害少年の精神的打撃の軽減を図るためには、こうした少年の特性に対する十分な配意が必要であり、カウンセリング等の心理学的な手法の活用、保護者等と連携しながらの家庭等の環境調整等により、精神面や環境面の障害要因を除去しつつ継続的な支援を行っていかなければならない。
 現在、各都道府県警察の少年警察部門には、少年の特性やその取扱いについての知識や技能を有する少年補導職員、少年相談専門職員が配置されており、これらの職員等がこれまで培ってきた経験を基に、個々の被害少年の特質を踏まえたきめ細かな支援を行っている。
[事例] 9年1月、同級生から長期間にわたり暴行等の被害を受け、不登校に陥っていた被害少年に対して、少年補導職員によるカウンセリング、学校や保護者と連携した環境調整等の支援を3箇月にわたって継続的に実施した結果、被害少年も元気に登校するようになった(北海道)。
イ 支援体制の整備・充実
 被害少年に対しては、長期にわたる継続的な支援が要求されることから、これを効果的に進めていくためには、そのための体制の整備が不可欠である。
 都道府県警察では、支援の中心的な担い手である少年補導職員等が被害少年の要望に的確に対応できるようにするため、その増員や拠点警察署を中心とした集中運用を行うとともに、被害少年対策係の設置を進めるなど、体制の整備に努めている。
 また、少年補導職員等の能力の向上を図るため、被害少年の心理等に関する知識やカウンセリング技術の習得・向上に向けた各種部内教育を実施するとともに、部外で実施されている各種の専門講座等を積極的に受講させている。
 さらに、被害少年の支援に当たって、心理学等の専門的知識やカウンセリング等の専門的技術を活用するため、都道府県警察では、臨床心理学、精神医学等の知識・技能を有する大学の研究者、精神科医、臨床心理士等を「被害少年カウンセリングアドバイザー」として委嘱し、少年補導職員等がカウンセリング等の継続的支援を行うに当たって、必要な助言を受けることとしている。
 また、被害少年を支援する上では、保護者等との緊密な連携の下、これを取り巻く環境の変化や生活状況を平素から把握し、きめ細かな訪問活動等を行うボランティアとの連携を図ることも効果的である。そこで、現在、モデル県として指定された9都道府県警察では、地域においてこうした活動を行う者を「被害少年サポーター」として委嘱し、これらの者と連携した支援活動を行っている。
[事例] 愛媛県警察では、少年補導職員等の警察職員の集中運用や、被害少年カウンセリングアドバイザー及び被害少年サポーターの委嘱により、被害少年の支援体制を整備し、管内で発生した強制わいせつ事件の被害少女に対し、少年補導職員が被害少年カウンセリングアドバイザーと連携してカウンセリング等の継続的支援を実施し、その精神的打撃を軽減するなどの効果を上げている。
(3) 暴力団犯罪等の被害者
ア 暴力団に関する相談への対応
 暴力団犯罪等の被害者は、警察に相談するなどによって暴力団員から嫌がらせを受けるのではないかなど、暴力団の威力を不安に感じている場合が少なくない。
 そこで、警察では、こうした暴力団犯罪等の被害者から被害の届出を受理する専用電話を開設するなど、暴力団に関する相談の受理体制を整備し(暴力団に関する相談の受理件数等については、第5章4(1)参照)、相談者の不安感が払しょくされるように配意しつつ、相談に応じている。こうした相談に基づき、事件検挙、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律の規定に基づく中止命令の発出等の措置を講じているほか、都道府県暴力追放運動推進センター(以下「都道府県センター」という。)等とも連携しつつ、事案の内容に応じた適切な対応に努めている。
イ 暴力的要求行為の相手方に対する援助の措置
 警察では、中止命令等を発出した事案のうち、暴力的要求行為の相手方からの申出があり、その申出が相当と認められるときは、
○ その相手方が被害回復交渉を行うことを求めている旨を当該暴力団員に対して連絡すること
○ 当該暴力的要求行為をした者の連絡先等を教示すること
○ 被害回復交渉を行う際の心構え、交渉方法その他の被害回復交渉に関する助言をすること
○ 被害回復交渉を行う場所として警察施設を利用させること
などの援助の措置をとり、これにより暴力的要求行為の相手方の被害の回復を図っている。
ウ 都道府県センターとの連携
 都道府県センターでは、警察その他の関係機関等との連携の下、暴力追放相談委員として委嘱された弁護士、少年指導委員、保護司、元警察職員等がそれぞれの専門的知識、経験をいかして暴力団員による不当な行為に関する相談に当たるとともに、暴力団員による不当な行為の被害者に対する見舞金の支給、暴力団員を相手取った民事訴訟の費用の貸付け等の事業を行っている(第5章4(4)参照)。
[事例] 平成9年11月、稲川会傘下組織幹部(37)が、飲食店において同店の経営者に対し因縁をつけ、椅子(いす)を投げ付けるなどして店内のウイスキーボトル、水差し等を損壊した上、経営者に対して暴行を加えた事件に関し、同月、都道府県センターとして指定されている(財)暴力追放青森県民会議がその経営者に見舞金を支給した(青森)。
 また、警察においては、都道府県センターがその業務の円滑な運営を図るため援助を受けたい旨の申出を行った場合には、その申出の内容に応じて、相談に係る事項の迅速かつ適切 な解決に資するため、暴力団員に対する警告、相談の申出人等の保護その他の措置を講じるほか、暴力団員による不当な行為の実態等に関する情報の提供等を行っている。
エ 暴力団犯罪の被害者等の安全の確保
 暴力団犯罪の被害者や参考人は、暴力団からの「お礼参り」等の危害を加えられることを恐れて警察への届出をためらうことが少なくないが、こうしたことによる被害の潜在化を防ぎ、暴力団犯罪の摘発、根絶を図るためには、「お礼参り」等の発生を防止し、被害者や参考人の安全を確保することにより、これらの者の積極的な協力を得ることが極めて重要である。
 警察では、被害者との連絡を密にして必要な指導、助言を行うとともに、状況に応じて、緊急時の通報装置や監視カメラ等の装備資機材の活用、自宅や勤務先における身辺警戒やパトロールの強化等を行い、被害者への危害の未然防止に努めている。
(4) 交通事故の被害者
 都道府県警察では、警察本部及び警察署において交通課員が被害者をはじめとする交通事故の当事者から相談を受けた場合は、調停、訴訟等による解決のための基本的な制度、手続等の一般的な事項について教示を行っている。
 また、平成9年の道路交通法の一部改正により、都道府県道路使用適正化センターを都道府県交通安全活動推進センターに改組し、交通事故に関する相談等をその事業に加えることとした。同センターは、交通事故に係る保険請求、損害賠償請求、示談等の経済的な被害の回復に関する相談、交通事故による精神的な被害の回復に関する相談に応じ、必要な助言を行うこととしている。
 これらの事故相談においては、交通事故の被害者やその遺族の要望にできる限りこたえるために、関係機関とも緊密な連携を図っている。


コラム[5] 「交通事故における被害者対策とは?」 警察官体験論文より

 第一線で交通事故捜査を担当していると、日々様々な交通事故に遭遇します。私は以前、ある男性が道路を横断中に自動車にはねられ大けがをするという事故の捜査に携わったことがありました。事故の直後の実況見分では、運転者も自己の過失を素直に認め、捜査も速やかに進みました。
 しかし、数日経って被害者の年老いた母親が、私が事故直後に渡した「事故担当者連絡票」を持って来署し、「相手の運転手が事故の数日後に見舞いに来てくれたが、『酔っぱらって国道をフラフラ横断する方が悪い。自分は悪くないから保険は使いたくない』と言って話し合いになりません。病院から治療費を請求されてもお金がなく、このようなことを相談できる知り合いもいないので弱っています。」と 困り切った様子で話されました。そこで、私は、その母親に対して自動車損害賠償責任保険の窓口や請求方法を説明するとともに、交通事故相談所等の関係機関の所在地、連絡先等を教えました。
 そして数週間後、被害者調書を作成するため被害者が入院している病院に行ったところ、被害者のベッドに寄り添っていた母親が私の姿を見るなり、「その節は大変お世話になりました。教えていただいた相談所で相談に乗ってもらい、示談もうまく進んでいます。」と何度も深々と頭を下げたのです。ちょっとしたアドバイスをすることがいかに重要であるかを再認識させられた出来事でした。
 今回の件で、被害者の多くは初めて事故に遭い、精神的、経済的に重大な被害を受けていることを改めて認識しました。これからも、被害者には出来る限りの誠意をもって対応をしようと決意を新たにしています。



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