第3節 被害者対策の推進

1 被害者の現状と警察の基本方針

 犯罪(犯罪に類する行為を含む。)の被害者は、その直接的な被害だけではなく、その結果として生じる精神的被害、経済的被害等多くの被害を受けている。なかでも、精神的被害の問題は極めて深刻であり、犯罪により著しいストレス障害を抱え、精神的な援助を必要としている被害者が多数認められるところである。しかし、これらの被害者側の事情や心情に配慮した対応は、個々の捜査員等にゆだねられてきた。
 こうした現状に加え、いわゆる地下鉄サリン事件等をきっかけとする被害者の問題についての社会的関心の高まり、被害者の権利を重視する近年の国際的潮流、捜査活動が被害者に精神的負担等を与えているとの指摘等にかんがみ、警察では、被害者にとって最も身近な機関であることから、平成8年より、被害者の視点に立った各種の施策を組織的に推進・強化している。
 警察庁では、8年1月に「被害者対策に関する基本方針」をまとめ、また、5月11日には、長官官房給与厚生課に犯罪被害者対策室を設置するなど体制の強化に取り組んでいる。
 各都道府県警察においては、被害者の置かれた状況を踏まえ、
○ 被害者に対して敬意と同情をもって接し、その尊厳を傷つけない対応を行うこと
○ 被害者の視点に立ち、被害者のニーズに対応するよう心掛けること
○ 特に深刻な被害を受けている性犯罪等身体犯の被害者、殺人事件・死亡ひき逃げ事件の遺族及び少年の被害者に重点を置くこと
を基本方針として、被害者対策推進委員会等を設置し、組織を挙げて各種被害者対策を推進している。

2 警察における被害者対策

(1) 被害者への対応の改善
ア 被害者に対する情報提供等
 一般市民が被害者となった場合、刑事手続や法律上の救済制度等になじみが薄いことから、都道府県警察では、殺人、傷害、強姦等の身体犯及び交通事故の被害者・遺族を対象として、被害者・遺族が必要とする情報を取りまとめたパンフレット「被害者の手引」を作成し、配布している。
 また、身体犯やひき逃げ事件の被害者・遺族は、捜査の状況や加害者が受けた処分等について非常に関心が高いことから、警察では、事件に関する情報をより適切に被害者に連絡し、また被害者からの照会に対して確実に対応するため、被害者連絡制度の整備を推進している。具体的には、捜査状況のほか、被疑者を検挙した場合には、被疑者検挙の旨、被疑者の氏名・年齢、送致先検察庁等について、さらに、被疑者を逮捕した場合には、起訴、不起訴等の処分結果、起訴された裁判所等についても連絡を行っている。
 また、被害者が再び被害に遭うことを予防するとともに、その不安感を解消することを目的として、被害者の要望に基づき、交番等の地域警察官による被害者訪問・連絡活動を実施している。
イ 相談・カウンセリング体制の整備
 警察では、被害者の抱える精神的被害等様々な問題についてアドバイスを与えるとともに、潜在化しがちな犯罪に関する被害申告を促すことを目的として、性犯罪被害相談、少年相談、暴力団関係相談、消費者被害相談等の各種相談業務を行っている。
 相談者の利便を図るため、従来から警察総合相談室を警察本部に設置し、電話による相談については、全国統一番号の相談専用電話「#9110番」を設置するなど、総合的な相談業務を行ってきている。
 こうした中で、犯罪により精神的被害を受けた被害者に対しては、被害者のカウンセリングを行う部外の機関・民間団体と十分な連携を図りつつ、その相談窓口の紹介等を通じて被害者のニーズにこたえるとともに、一部の都道府県警察では、心理学等の専門的知識やカウンセリング技術を有する心理カウンセラーを部内に配置し、被害者の精神的被害の軽減に努めている。
ウ 犯罪被害給付制度の拡充
 犯罪被害給付制度は、通り魔殺人や爆弾事件等故意の犯罪行為により不慮の死を遂げた被害者の遺族又は身体に重大な障害を負った被害者に対して、社会の連帯共助の精神に基づき、国が遺族給付金又は障害給付金を支給し、その精神的、経済的打撃の緩和を図ることを目的として創設されたものであり、昭和56年1月1日から実施されている。
 制度発足以来16年間に3,503人に対して、総額約80億7,304万円の給付金が支給されている。
 また、発足以来、障害給付金の支給対象者は、障害等級第1級から第3級に該当する被害者とされていたが、平成9年4月に、政令の一部改正により、新たに第4級が創設され、これに該当する障害を受けた被害者にまで支給対象が拡充された。
エ 捜査過程における被害者の負担の軽減
(ア) 被害者の心情に配意した捜査活動の推進
 捜査過程における捜査官の言動や捜査の方法が被害者の心理状況に及ぼす影響は大きい。そこで、被害届の受理に当たっては、被害者に精神的負担を与えないように配意して事情聴取を行うほか、被害届の受理に関連して各種相談を受けた場合は誠意をもって対応し、適切な措置を採ることとしている。
 また、被害を認知し、被害者の自宅等に急行する場合においても、捜査に支障のない限り、必要により私服の警察官が一般車両と見分けのつきにくい車両で赴くようにしているほか、性犯罪、少年が被害者となる犯罪等については、捜査段階において被害者、被害内容等が公にならないように特に留意するなど、被害者のプライバシーに配意した捜査を行っている。
(イ) 施設の改善
 被害者及び参考人の事情聴取に当たっては、その心情に配意し、被害者の立場にふさわしい施設で行うことが望ましい。特に、被疑者の取調室と同じ部屋を用いないようにしてほしいという要望がみられたことから、警察では、応接セット等を備え、被害者等が安心して事情聴取に応じられるような部屋の確保等、施設の改善に努めているところである。
(2) 被害者の特性に応じた施策の推進
ア 性犯罪の被害者
 強姦や強制わいせつ等の性犯罪は、身体的な被害にとどまらず精神的にも極めて重い被害を与える犯罪であるが、しゅう恥心等から被害者が警察に対して被害申告をためらいがちになるため、被害が潜在化する傾向がある。
 そこで、平成8年以来、性犯罪被害者の立場に立った適切な対応により、被害者の精神的負担の軽減を図るとともに、従来以上に適正かつ強力な性犯罪捜査を推進するため、各都道府県警察の警察本部に「性犯罪捜査指導官」及び「性犯罪捜査指導係」を設置したほか、同性の警察官による事情聴取や鑑識活動、病院への付添い等被害者の精神的負担を緩和する施策を進めている。
 また、女性が痴漢等の性犯罪の被害の届出や相談を行いやすいよう、女性相談交番の指定や鉄道警察隊における女性被害相談所等の設置を行い、女性の警察官が届出の受理に当たるなどの対策を推進している。
イ 被害少年
 犯罪による被害は、心身ともに未成熟な少年にとって、その後の健全な育成に与える影響が大きく、最近、犯罪やいじめ等の被害に関する少年相談が増加するなど警察が被害少年の保護を行うことについてのニーズが高まりをみせている。
 そこで、警察庁では、8年5月の警察庁組織令の一部改正、10月の少年警察活動要綱の改正により、被害少年の保護を少年警察活動として明確に位置付けることとし、これを踏まえ、都道府県警察においては、少年補導職員、少年相談専門職員等が保護者等と連携して被害少年に対するカウンセリングを実施するなど、継続的な支援を開始している。
 また、被害少年の支援を実施していく上で、警察部内の職員のみでは対応が困難なケースもあることから、臨床心理学、精神医学等の高度な知識・技能や豊富な経験を有する部外の専門家を「被害少年カウンセリングアドバイザー」として委嘱し、適切な指導・助言を受けることとしている。
 さらに、モデル県として指定された府県警察においては、それぞれの地域において、保護者等との緊密な連携の下に、日常の少年を取り巻く環境の変化や生活状況を把握しつつきめ細かな訪問活動等を行うボランティアを「被害少年サポーター」として委嘱し、これらの者と連携した支援活動を行うこととしている。
ウ 暴力団犯罪等の被害者
 暴力団犯罪等の被害者は、暴力団の組織の威力に不安を感じ、警察等に相談することによって暴力団員から「お礼参り」や嫌がらせを受けるのではないかとの不安を抱いている場合が少なくない。
 警察では、こうした被害者からの積極的な被害の申告を促すため、専用電話を開設するなどして暴力団関係相談の受理体制を整備し、相談者の不安感が払しょくされるよう適切な助言を行うとともに、事件検挙、暴力団対策法の規定に基づく中止命令等の発出、警告等の措置を講じているほか、都道府県暴力追放運動推進センター(第5章4(1)参照)等とも連携しつつ、事案の内容に応じて適切な解決がなされるよう努めている。
 また、中止命令等が発出された事案については、暴力的要求行為の被害者からの申出に基づいて、「被害回復アドバイザー」が中心となって当該指定暴力団員の連絡先の教示、被害回復交渉を行う場所としての警察施設の供用等の援助を行っており、これにより暴力的要求行為の被害者の被害の回復が図られている。
 さらに、これらの暴力団犯罪等の被害者や参考人の安全を確保するため、被害者等との連絡を密にし、状況に応じて自宅や勤務先における身辺警戒やパトロールを強化するなどして、これらの者に対する危害を未然に防止するよう努めている。

3 関係機関・団体等との連携

 犯罪の被害者のニーズは生活上の支援をはじめ、医療、公判に関すること、取材・報道上の取扱い等極めて多岐にわたっており、警察において、そのすべてに対応することはできないことから、効果的・総合的な被害者対策を実施するためには、関係機関・団体との連携が重要である。
 そこで、警察において相談を行った被害者の中で重い精神的被害を受けている者や長期にわたるカウンセリングが必要な者については、カウンセリングを実施している行政機関や被害者に対する精神的なケアを行う医療機関・ボランティア団体等との連携を図り、これらの機関に引き継ぐことにより被害者のニーズにこたえる体制を整備している。
 また、被害少年対策として、警察のほか、医療、教育、福祉等に携わる関係機関の実務担当者によるチームを編成し、関係機関のノウハウを結集させながら個々具体的な被害少年の支援を実施していこうという新たな試みが開始されているほか、総合的な被害者支援活動を目的として行政機関、民間団体等が連絡協議会を設置したり、被害者支援団体等が被害者支援の重要性等をアピールするためのフォーラムを共催するなど、全国的な相互協力と連携の動きも始まっている。
〔事例1〕 10月に、警察本部長を会長とし、警察のほか、検察庁、知事部局の担当部、医師会、臨床心理士会、県や市の相談機関等26機関・団体により「広島県被害者対策連絡協議会」を結成し、相互に連携を図り情報交換を行うとともに、精神的な援助を必要とする被害者に対して、必要に応じて適切な機関等を紹介することとしている。また、「性犯罪」「少年」「交通事故」等の分科会を設置して、被害者紹介システムの構築等今後の取り組むべき施策を検討することとしている(広島)。
〔事例2〕 11月に、(財)犯罪被害救援基金、日本被害者学会及び東京医科歯科大学犯罪被害者相談室の共催の下、「被害者支援の新たな展開に向けて」のテーマで犯罪被害者支援フォーラムが開催され、被害者支援団体や被害者問題に関する有識者等のほか、アメリカ合衆国や英国の被害者支援団体の責任者も交え、今後の被害者対策の在り方等について意見交換が行われた。
 今後は、このような先進的事例の成果を踏まえながら、関係機関・団体等との有機的な連携を一層強化するためのネットワークの構築を図り、総合的な被害者対策を推進することとしている。なお、被害者支援を行っている主な民間ボランティア団体は、表9-2のとおりである。

表9-2 被害者支援を行っている主な民間ボランティア団体


目次  前ページ