第5節 薬物乱用の現状と対策

1 我が国の薬物乱用の現況

(1) 覚せい剤事犯
 平成6年の覚せい剤事犯の検挙件数は1万9,730件(前年比1,612件(7.6%減)、検挙人員は1万4,655人(597人(3.9%)減)であり、5年に比べ、それぞれ減少したが、依然として高い水準で推移している。また、

図2-15 覚せい剤事犯の検挙状況(昭和60~平成6年)

6年の覚せい剤の押収量は313.3キログラムであり、5年に比べ217.1キログラム(225.7%)の増加となっており、大量の覚せい剤が国内に持ち込まれている状況がうかがわれる。過去10年間の覚せい剤事犯の検挙状況は、図2-15のとおりである。
ア 不正取引に深くかかわる暴力団
 6年に覚せい剤事犯で検挙された暴力団勢力は6,329人で、覚せい剤事犯の総検挙人員の43.2%(前年比1.2ポイント増)を占めている。また、6年中の覚せい剤の大量押収事例(1キログラム以上を一度に押収した事例をいう。)10件、288.0キログラム(総押収量の91.9%)のうち、暴力団の関与したものは6件、200.0キログラム(同63.8%)で、依然として暴力団が覚せい剤の不正取引に深く関与していることがうかがわれる。過去10年間の暴力団による覚せい剤事犯の検挙状況は、図2-16のとおりである。

図2-16 暴力団による覚せい剤事犯の検挙状況(昭和60~平成6年)

〔事例〕 11月、暴力団幹部及びフィリピン人女性等13人を、覚せい剤取締法違反で逮捕するとともに、覚せい剤60グラムを押収した。取調べの結果、暴力団幹部は、フィリピン人を使って同国人に覚せい剤を密売させていたことが判明(警視庁)
イ 来日外国人による覚せい剤事犯の増加
 6年に覚せい剤で検挙された来日外国人は338人(薬物四法全検挙人員の42.0%)で、5年に比べ50人(17.4%)増加した。
 国籍別検挙状況は、フィリピンが175人(51.8%)で最も多く、次いでイラン85人(25.1%)、韓国21人(6.2%)、タイ12人(3.6%)の順となっている。特に、イラン人の増加が顕著で、5年に比べ80人大幅に増加した。
〔事例〕 8月、覚せい剤所持被疑者の突き上げ捜査から、名古屋市内のイラン人による覚せい剤密売事犯を掘り起こし、同市内でイラン人2人を逮捕するとともに、ズボンのポケットから覚せい剤1グラムを押収(富山)
ウ 密輸入の状況
 我が国で不正に取引されている覚せい剤は、そのほとんどが海外から密輸入されたものであるが、6年の大量押収事例は10件、288.0キログラム(総押収量の91.9%)であり、これを仕出地別にみると、中国が2件、154.5キログラム(同53.6%)、タイが1件、1.9キログラム(同0.6%)、仕出地不明が7件、131.7キログラム(同45.7%)で、中国が過半数を占めている。
〔事例〕 6月、福岡県警は海上保安庁の協力を得て、鹿児島県下において、容疑船舶を捜索し、覚せい剤152.5キログラムを押収するとともに、暴力団幹部等5人を逮捕した。その後の取調べにより、押収した覚せい剤は、東シナ海の台湾沖洋上において台湾船から受け取ったことが判明(福岡)

(2) 大麻事犯
 平成6年の大麻事犯の検挙件数は2,578件(前年比173件(6.3%)減)、検挙人員は2,003人(70人(3.6%)増)である。6年の大麻の押収量は、乾燥大麻が93.8キログラム(前年比513.2キログラム(84.6%)減)、大麻樹脂が95.3キログラム(65.8キログラム(222.7%)・増)である。検挙人員、大麻樹脂の押収量が過去最高を記録し、検挙人員が初めて2,000人の大台を超え、大麻事犯が一段と拡大していることがうかがわれる。過去10年間の大麻事犯の検挙状況は、図2-17のとおりである。
ア 青少年を中心とする乱用の拡大
 6年に大麻事犯で検挙された者のうち、30歳未満の青少年の検挙人員は1,463人で5年に比べ133人(10%)増加しており、全検挙人員の73.0%を占めている。特に、中学生、高校生等の学生、生徒による検挙人員の増加が顕著にみられ、外国人から大麻を購入した高校生が逮捕されるなど、大麻事犯の青少年層への広がりが、より一層顕著になってきている。

図2-17 大麻事犯の検挙状況(昭和60~平成6年)

〔事例〕 3月、上野公園をはいかいしていた挙動不審な高校生(18)を職務質問した結果、ズボンのポケット内から大麻樹脂0.7グラムを発見。同人を逮捕するとともに、大麻樹脂を押収した。取調べの結果、同公園にたむろするイラン人から購入したことが判明(警視庁)
イ 来日外国人による大麻の密輸・密売事犯の多発
 6年に大麻事犯で検挙された来日外国人は258人(薬物四法全検挙人員の32.1%)で、5年に比べ13人(5.3%)増加した。
 国籍別検挙状況は、イランが96人(37.2%)で最も多く、次いでアメリカ27人(10.5%)、イギリス18人(7.0%)、ドイツ15人(5.8%)の順となっており、イギリス人、ドイツ人等ヨーロッパ人の検挙人員の増加が顕著であり、5年に比べ34人(154.5%)増加している。
 また、ドイツ人を主犯格とする欧州麻薬シンジケートによるフィリピン、タイ、香港等からの組織的な大麻樹脂密輸入事犯や、飲み込みによる体内隠匿の大麻樹脂密輸入事犯が多発した。
〔事例〕 愛知県警は、缶詰内に大麻樹脂7.3キログラムを隠匿し、香港から空港に入国した外国人2人を逮捕するとともに、同大麻樹脂を押収した。一方、千葉県警においても、缶詰内に大麻樹脂4.3キログラムを隠匿し、フィリピンから空港に入国したスイス人を逮捕するとともに、同大麻樹脂を押収した。両県警が押収した大麻樹脂の形状及び隠匿容器が一致したことから、両県警合同による捜査を推進した。
 その結果、12月末までに名古屋空港、新東京国際空港に大麻樹脂を携帯、あるいは体内に飲み込んで密輸入したドイツ12人、イギリス6人、イラン4人、スイス3人、アメリカ2人、フランス2人等外国人34人を逮捕するとともに、大麻樹脂43.8キログラム、あへん183グラム、覚せい剤17グラムを押収(愛知、千葉)

ウ 密輸入の状況
 6年の密輸入に係る大麻の大量押収事例は24件であり、これを仕出地別にみると、タイ9件、フィリピン6件、香港3件、シンガポール2件、その他4件で、依然として、東南アジアからの密輸入が大半を占めている。
〔事例1〕 8月、日系航空会社のシンガポール人スチュワーデス2人を職務質問した結果、大麻樹脂約1.8キログラムを発見し、両名を逮捕するとともに、同大麻樹脂を押収(警視庁)
〔事例2〕 11月、香港から大麻樹脂約4.2キログラムを自己の身体に巻き付け隠匿し、空港に密輸入したイギリス人男性を逮捕するとともに、同大麻樹脂を押収(千葉)
(3) 麻薬等事犯
 平成6年の麻薬等事犯の検挙件数は751件(前年比149件(24.8%)増)、検挙人員は517人(79人(18.0%)増)であり、特に、あへん事犯の検挙人員が5年に比べ88人(69.8%)大幅に増加している。過去10年間の麻薬等事犯の検挙状況及び最近5年間の麻薬等の種類別押収状況は、それぞれ図2-18、表2-43のとおりである。
ア コカイン事犯
 6年のコカイン事犯の検挙件数は215件(前年比36件(20.1%)増)、検挙人員は130人(14人(12.1%)増)である。また、押収量は20.0キログラム(前年比5.7キログラム(22.3%)減)である。
 6年にコカイン事犯で検挙された来日外国人は67人(前年比19人(39.6%)増)で、このうち、コロンビア人は28人で最も多く、次いでイラン人16人、ペルー人9人等の順であるが、特にコロンビア人の検挙人員は来日外国人による検挙人員の41.8%を占めている。我が国に密輸入されるコカインの仕出地は、そのほとんどが中南米であり、南米のコカイン・カルテルは、市場の開拓や拡大を求めて国内での密売活動を一層活発化させている。

図2-18 麻薬等事犯の検挙状況(昭和60~平成6年)

表2-43 麻薬等の種類別押収状況(平成2~6年)

〔事例〕 10月、情報に基づき税関と協力し、コカイン約2.2キログラムをスーツケース内のジャンパーに縫い付け隠匿し、新東京国際空港に入国したコロンビア人を逮捕(千葉)
イ ヘロイン事犯
 6年のヘロイン事犯の検挙件数は117件(前年比14件(10.7%)減)、検挙人員は72人(29人(28.7%)減)であり、また、ヘロインの押収量は10.2キログラム(前年比3.9キログラム(27.7%)減)である。6年中の大量押収事例は4件、8.2キログラムで、仕出地をみると、タイが3件、マレイシアが1件であった。特に、台湾出身者によるタイルートの大量密輸入事犯が目立ち、押収量の82.6%を占めている。
 また、架空の名あて人、他人名義等国際郵便を悪用した巧妙な手段による密輸入事犯が目立った。
〔事例〕 1月、「マレイシアから発送された国際郵便小包の中にへロインが隠匿されている」との情報を入手し、捜査した結果、名あて人は架空名義人であったが、過去にも同架空名義で郵便小包を受け取ったマレイシア人を割り出し、この男を逮捕するとともに、ヘロイン約81グラムを押収(警視庁)
ウ 向精神薬事犯
 6年の向精神薬事犯の検挙件数は116件(前年比15件(14.9%)増)で、検挙人員は77人(2人(2.7%)増)であった。押収量は、鎮静剤13万7,816錠(2万8,901錠(26.5%)増)、興奮剤5,434錠(4,125錠(315.1%)増)であり、興奮剤の押収量の増加が顕著である。
 また、6年は、向精神薬の大量密輸入事犯が相次ぎ、中でもタイからの密輸入事犯が多発したほか、密売手口も巧妙化している。
〔事例〕 9月、京都府警は、パソコン通信の「電子掲示板」に睡眠導入剤の販売に関する広告を発見したことから捜査を進め、販売目的で向精神薬のハルシオンを所持していたテレビディレクター等2人を逮捕するとともに、ハルシオン122錠、及びパソコン通信に使用していたパソコン機器を押収した。また、その後の捜査により、反復継続してハルシオンを密売していた事実を裏付け、麻薬特例法の「業として行う不法輸入等」の罪で検挙(京都)
エ あへん事犯
 6年のあへん事犯の検挙件数は247件(前年比90件(57.3%)増)、検挙人員は214人(88人(69.8%)増)である。このうち栽培事犯を除いた所持、密輸入等の事犯は、2年には検挙人員がなかったにもかかわらず、6年では86人(116件)となっており、最近来日外国人を中心として急増している。また、けし(けしがら)8,655本(1,758本(25.5%)増)、生あへん30.6キログラム(17.8キログラム(139.1%)増)を押収し、大量(1キログラム以上)押収事犯は8件で、合計16.7キログラムを押収した。
 また、来日外国人の検挙人員は78人(前年比16人(25.8%増)で、増加が著しく、イラン人の検挙人員は65人で、来日外国人の83.3%を占めている。さらに、イラン人による大量密輸入事犯が多発し、大量押収事犯8件のうち、6件はイラン人による密輸入事犯である。
〔事例〕 4月、情報に基づき、ロシアのモスクワから送られてきた国際郵便小包に巧妙に隠匿されたあへん約1.9キログラムについて、コントロールド・デリバリーを実施し、イラン人2人を逮捕(秋田)
(4) シンナー等有機溶剤の乱用
 平成6年のシンナー等有機溶剤事犯の検挙人員は1万2,947人(前年比2,074人(13.8%)減)であり、5年に比べ減少しているものの、5年同様1万人台を超えた。このうち、乱用者(摂取又は使用目的の所持で検挙された者をいう。)の検挙人員は1万471人で、その中心は少年であり、7,344人と全体の70.1%を占めている。
 また、暴力団が資金源として組織的にシンナー、トルエンを密売する事犯が後を絶たない。最近5年間のシンナー等有機溶剤乱用者の検挙人員の推移は、表2-44のとおりである。

表2-44 シンナー等有機溶剤乱用者の検挙人員の推移(平成2~6年)

(5) 薬物乱用に起因する事件、事故
 覚せい剤、大麻等の習慣性薬物は、幻覚、妄想等の精神障害をもたらすとともに、使用をやめた後も、少量の再使用や疲労をきっかけに乱用時と同様の精神障害を突然起こすことがあり(フラッシュバック現象)、悲惨な事件、事故を引き起こすことが少なくない。
 平成6年の習慣性薬物の乱用に起因する事件、事故の発生状況は表2-45のとおりであり、殺人、放火、強盗、及び強姦の凶悪犯罪が26件、暴行及び障害が15件、購入代金欲しさ等による窃盗が76件、乱用による中毒死及び自殺が33人である。6年は、特に、5年にみられなかったシンナーに起因する殺人が7件発生するなど、凶悪犯罪が後を絶たない。

表2-45 習慣性薬物に係る事件、事故の発生状況(平成6年)

2 総合的な薬物乱用防止対策の推進

 警察では、薬物対策を平穏な社会生活や治安の根幹にかかわる重要な課題ととらえ、薬物の供給ルートの遮断と乱用の根絶を2本柱として、総合的な対策を推進している。
(1) 供給ルートの遮断
 我が国で乱用されている薬物のほとんどは海外から密輸入されるものであることから、警察では、これを水際で阻止するため、税関、入国管理局等の関係機関と緊密に連携して、密輸入関係者の発見と動向の監視に努めているほか、薬物の生産国や密輸入中継国の取締り当局等との連携を強化し、薬物の供給源や供給ルートの解明、壊滅に努めている。平成6年には11件のコントロールド・デリバリーを実施し、薬物の密輸入事犯の検挙を行った。
 また、薬物の密輸・密売は、暴力団等の犯罪組織が行っているケースが多いことから、あらゆる捜査手法を駆使して、これらの犯罪組織の壊滅を図っている。
 さらに、薬物の密売によるばくだいな不法収益が、犯罪の誘因となり、かつ、暴力団等の主要な活動資金にもなっていることから、不法収益のはく奪に努めている。
(2) 乱用の根絶
 警察では、薬物乱用の根絶を図るため、末端乱用者の検挙を徹底するとともに、乱用がもたらす様々な害悪についての広報啓発活動を活発に展開し、薬物問題に関する国民の理解を高めるなど、薬物乱用を根絶する社会環境づくりに努めている。平成6年には、啓発用資料「ドラッグ」を作成し、全国の職場、学校等に配布したほか、薬物乱用相談、再乱用防止のための指導、教育等にも積極的に取り組んでいる。
(3) 国際協力の推進
 薬物は、依然として多くの国で乱用されており、世界的にも深刻な問題となっている。覚せい剤は、台湾、中国で密造されたものが日本に密輸されるケースが多発しているが、東南アジア、ヨーロッパ、米国等でも密造されており、大麻は世界各国で栽培されている。また、コカインは、主要密造国の一つであるコロンビアの薬物密売組織(いわゆるコカイン・カルテル)により世界各国に乱用が広がっており、ヘロインは、タイ、ミャンマー及びラオスにまたがる「黄金の三角地帯」、アフガニスタン、パキスタン及びイランにまたがる「黄金の三日月地帯」を中心に組織的に密造されている状況にある。
 このように薬物の不正取引は、国際的な薬物犯罪組織により国境を越えて行われており、一国だけでは解決することができないことから、警察では、外国捜査機関との国際捜査協力を一層推進するとともに、各種国際会議等における情報交換や関係国との捜査員の相互派遣等による国際捜査協力の推進を図っている。また、生産国等における薬物問題への取組みを支援することを目的として、セミナーの開催、途上国への技術援助を行っている。


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