第1節 サリンを使用した多数殺人事件等特異な事案の発生と警察活動

 平成6年6月27日午後11時ころ、長野県松本市北深志においてサリンが発散され、その結果、付近住民7人が死亡し、約270人が被害を訴えて病院で受診するという事件が発生した。
 また、7年3月20日午前8時ころ、帝都高速度交通営団(以下「営団地下鉄」という。)日比谷線、丸ノ内線、千代田線の3路線において車両内に新聞紙に包んだサリン入りの容器が置き去られ、複数の車両及び築地駅、霞ヶ関駅等駅構内に猛毒ガスが流出し、乗客、駅職員等11人が死亡し、多数の人が負傷するという事件が発生した。
 このほか、4月19日には横浜駅周辺における刺激臭による傷害事件、5月5日には地下鉄丸ノ内線新宿駅公衆便所内における殺人未遂事件が発生するなど有毒ガスを用いた特異な事案の発生が相次いだ。
 サリンは、化学兵器にも用いられるほどに殺傷能力が強く、しかも人の殺傷以外にその用途が認められない反社会的な毒性物質である。これを駅構内等の不特定多数の人が集まる場所で使用し、多数の市民を無差別的に殺傷するという犯罪は、我が国はもとより国際社会においても犯罪史上例をみない残虐極まるものであり、国民に計り知れない衝撃と不安をもたらした。
 警察では、関係機関等と協力しながら総力を挙げて同種事案の再発防止に努めるとともに、強力な捜査を展開し、7年6月30日までのところ、地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件の被疑者38人を逮捕したところであるが、今後も引き続き事案の全容を解決すべく懸命な取組みを行うこととしている。

1 多発する有毒ガス関連事案とその捜査概要

(1) サリンをめぐる事案の概要
ア 松本市内における毒物使用多数殺人事件(「松本サリン事件」)
 平成6年6月27日午後11時ころ、長野県松本市北深志において毒性のガスが発生し、その結果、付近住民7人が死亡し、約270人が被害を訴えて病院で受診するという事件が発生した。
 長野県警察は、事案発生後直ちに約100人の警察官を現場に派遣して負傷者の救出、現場鑑識活動等を行うとともに、翌28日から松本警察署に捜査本部を設置した。また、科学警察研究所から所長以下の化学に関する専門的な知識を有する職員が派遣され、有毒ガスの解明等に当たったところ、本事件の原因物質はサリン(注)であると判明した。

(注) サリン(メチルホスホノフルオリド酸イソプロピル)は、第二次世界大戦前のドイツで、有機リン系殺虫剤を製造する課程で発見された。無色の液体で揮発性が高く気体の比重は空気より重い。人体へは主に呼吸器、皮膚等により吸収され、おう吐、縮瞳(どう)、けいれん、頭痛、めまい、呼吸困難等を引き起こす。持続性と即効性が強く、毒性が著しく強く、人に対する殺傷能力が極めて強い。
イ 山梨県上九一色村におけるサリン分解容疑物質の検出事案
 6年7月9日午前1時ころ、山梨県上九一色村の住民から「異臭がする」との通報がなされた。当時、原因の解明には至らなかったが、その後、科学警察研究所が現場周辺の土砂の鑑定を行った結果、土砂の中から、サリンが分解した際にも発生する有機リン系物質が検出された。
ウ 地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件(「地下鉄サリン事件」)
 7年3月20日午前8時ころ、営団地下鉄日比谷線、丸ノ内線、千代田線の3路線において車両内に新聞紙に包んだ液体入りの容器が置き去られ、複数の車両及び築地駅、霞ヶ関駅等駅構内に猛毒ガスが流出し、乗客、駅職員等11人が死亡し、多数が負傷する事件が発生した。

 警視庁は、事件認知後直ちにレスキュー部隊を含む機動隊員等約1万1,000人を派遣し、負傷者の救出、交通規制等の活動を行うとともに現場鑑識活動を行い遺留物件の確保等に努めた。
 また、同日午前9時、築地警察署に約300人体制の捜査本部を設置し、被害者及び関係者からの目撃情報の収集、駅構内に設置されていた防犯カメラのビデオテープの分析、薬品、容器、新聞紙等遺留物件の入手経路の解明等の捜査を進めた。
 本事件に使用された物質は、遺留された薬品の鑑定結果等から判断して、サリンであることが判明した。

(2) 有毒ガスが関連する疑いがあるその他の主な事案
ア 京浜急行電車内における異臭事案
 平成7年3月5日午後11時50分ころ、京浜急行電鉄株式会社の車両が戸部駅に到着した際、3両目に乗車していた乗客から「頭が痛み、目がチカチカする」との被害の訴えがあったので駅職員等が車両を停車させ、車内を確認したところ、同職員も異臭を感じ、のどや目に痛みを感じるという事案が発生した。神奈川県警察において捜査を行っているところである(6月30日現在)。
イ 横浜駅周辺における刺激臭による傷害事件
 4月19日午後0時45分ころから午後1時ころまでの間、横浜駅に到着した東日本旅客鉄道株式会社京浜東北線下り線車両内や横浜駅構内通路等の計3箇所において異臭ガスが発生し、約600人が被害を訴え病院で手当てを受ける事件が発生した。さらに、21日午後5時20分ころ、横浜駅西口付近店舗内の3箇所で異臭ガスが発生し、約30人が手当てを受ける事件が発生した。
 神奈川県警察は、戸部警察署に約300人体制の捜査本部を設置し、現場鑑識活動を徹底するとともに、被害者や関係者、会社員、学生等の定時通行者から事情聴取を行うなどの捜査活動を行っている(6月30日現在)。
(注) なお、7月6日、神奈川県警察は、4月19日に発生した事件の被疑者として無職の男(29)を傷害罪で逮捕した。
ウ 地下鉄丸ノ内線新宿駅公衆便所内における殺人未遂事件
 5月5日午後7時30分ころ、地下鉄丸ノ内線新宿駅東口わき便所内においてビニール袋が燃えている旨の通報がなされたことから駅職員等が駆けつけ、これを消し止めたが、駅職員4人が被害を訴え、病院で診察を受けるという事件が発生した。警視庁は、捜査の結果、何者かが猛毒のシアン化水素(注)を発生させる目的で、同便所内に2つのビニール袋を置き去ったものと判断し、新宿警察署に捜査本部を設置した。6月30日現在、殺人未遂事件として化学薬品の鑑定や流通ルートの解明、目撃情報の収集等の捜査を行っている。
(注) 「シアン化水素」は、無色の液体で、揮発性が高く、気体の比重は空気よりやや軽い。人体へは肺や皮膚から吸収される。低濃度では、めまい、頭痛、おう吐、けいれん等の症状が表れる。高濃度では、数回の吸入により死に至る。
(3) サリンをめぐる事件の捜査活動
ア 地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件の捜査状況
 平成7年2月28日、東京都品川区上大崎の路上で公証役場事務長(68)が連れ去られる事件が発生した。この事件の捜査を行った警視庁は、当該事件の被疑者としてオウム真理教関係者(29)を特定するに至った。このため、3月22日、山梨県上九一色村に所在する「サティアン」と呼ばれている同教団関係施設や東京都港区南青山に所在する同教団東京総本部等25箇所に対して逮捕、監禁の容疑により一斉捜索を実施した。
 この結果、捜索を実施した一部の施設内でサリンの製造に必要な大量の化学薬品が発見されたため、3月26日から殺人予備の容疑により捜索及び検証を実施した。同施設内から、大量の薬品類及び化学プラント様の設備が発見されたことから、これらの薬品類を押収した上、設備について捜索、検証が行われた。この結果、警視庁は、教団施設内においてサリンが製造された疑いが極めて強いと判断するに至り、証拠保全のた



め、「第7サティアン」わきの実験棟を建物ごと差し押さえた。これらの捜査に際しては、防衛庁から化学防護機材の貸与を受け、また、化学防護専門職員の協力を得るなど、関係機関との連携が図られた。
 警視庁は、上記の捜査結果やオウム真理教関係者の供述等を総合的に分析した上で、地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件に関して、「オウム真理教代表(40)は、多数の者と共謀の上、不特定多数の者を殺害しようと企て、あらかじめ教団施設内でサリンを生成した上、3月20日に東京都の地下鉄車両内や駅構内においてこれを発散させ、乗客駅員等11人を殺害するとともに、乗客、営団地下鉄の職員等多数を負傷させたものである」と判断した。
 この判断に基づき、5月16日以降オウム真理教代表等38人が殺人及び殺人未遂罪で逮捕され、6月6日以降には、同人等12人が殺人及び殺人未遂罪で、1人が殺人幇(ほう)助及び殺人未遂幇助罪で、14人が殺人予備罪で起訴された(6月30日現在)。
 しかし、地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件の被疑者とされている者の中でも、オウム真理教幹部であるH(37)等はいまだ逮捕されていないことから同人等7人を警察庁特別手配の指名手配被疑者としてその行方を追跡している(6月30日現在)。また、警察によるこれらの活動には、国民の協力が不可欠であることにかんがみ、これらの者について公開ポスターを作成し、全国の公共交通機関やレンタカー会社、ガソリンスタンド、宿泊施設等に配布、掲示するなどして幅広く捜査への協力を呼び掛けた。
 さらに、5月1日からは、全国の警察本部に「オウム24時間」と称したフリーダイヤルを設置し、地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件や指名手配被疑者に関する情報の提供を国民に求めている。6月26日までに、警察への激励の電話等を含めて全国で8,199件の電話が寄せられ、うち331件の情報提供があった。
イ 松本市内における毒物使用多数殺人事件の捜査状況
 これまでの長野県警察による捜査及び地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件に関する警視庁の捜査結果を総合した結果、松本市内における毒物使用多数殺人事件は、オウム真理教関係者による犯行である疑いが強まった。このため、長野県警察と警視庁は6月12日から合同捜査本部を設置し、引き続き事件の解決に努めている(6月30日現在)。
(注) なお、7月16日、警視庁と長野県警察の合同捜査本部は、同事件の被疑者としてオウム真理教代表(40)等12人を殺人及び殺人未遂罪で逮捕した。

2 有毒ガス事案への対応

(1) 警戒の強化
ア 公共の場所における警戒警ら活動の強化
 地下鉄駅構内において、サリンを使用して多数の人が殺傷されたことにかんがみ、警察では、駅、ターミナル、デパート、地下街、公共交通機関等不特定多数の人が集まり、事案が発生した場合に甚大な被害が発生するおそれのある場所を中心に、機動隊員、地域警察官、自動車警ら隊員、鉄道警察隊員等による警戒警ら活動を大幅に強化し、同種事案の未然防止に努めた。
 また、全国的に検問を強化し、不審者への職務質問に努めた。
イ 管理者等との緊密な連携
 警察では、同種事件の再発防止のため、不特定多数の人が集まる鉄道、地下鉄等の事業者、地下街の管理者等との連絡協議会を開催し、自動販売機、ごみ箱の撤去等をはじめとする環境整備、関連事業者職員による巡回、点検等自主警備体制の強化、及び防犯カメラの増設等を働き掛けるとともに、不審物件等発見時における警察への迅速な通報連絡、車内、館内放送等による利用者への広報措置、利用者の避難誘導方法の徹底等を図った。
ウ 地域安全活動の推進による同種事案への対応
 警察では、駅、地下街等を中心に、交番速報やミニ広報紙等を活用し、有毒ガスの特性や避難要領等の情報を積極的に提供し、国民の不安感の解消を図るとともに、防犯協会等への情報提供についての促進を呼び掛けた。また、交番等の地域警察官は、巡回連絡、住民による各種会合への参加、交番・駐在所連絡協議会の開催等を通じて、異臭等の住民が不安に感じる問題を把握した場合には、関係機関とも協力の上で、その解決を図った。さらに、警察は、(財)全国防犯協会連合会との協力の下に、関係機関・団体と連携した不審物件に対する注意喚起を行い、同種事案の抑止を目的として広報ポスターを作成し、公共機関等不特定多数の人が集まる場所に掲示した。

エ サリンの原料となり得る物質の管理の強化
 警察では、サリンをめぐる事案が発生したことを踏まえ、同種事案の再発を防止するため、サリンの原料となり得る物質の流通実態の把握に努めるとともに、化学物質の取扱業者に対して、化学物質の管理の強化、譲受人の身元の確認等についての要請を行った。
(2) 法律の制定
ア サリン等による人身被害の防止に関する法律の制定
 サリンによる無差別的な凶悪犯罪が、我が国犯罪史上例をみない残虐なものであり、社会に重大な不安を生じさせること及びサリンが極めて殺傷能力が強く、人を殺傷すること以外にその用途が認められない反社会的な物質であることにかんがみ、サリン等の発散、製造、所持等や製造を目的とした原料物質の所持等を、人の生命及び身体の被害を防止する観点から有効に取り締まるため、サリン等による人身被害の防止に関する法律が平成7年4月21日公布された。同法は、罰則を除き公布の日から施行され、罰則については公布の日から起算して10日を経過した日(5月1日)から施行された。
 同法の概略は、次のとおり、
・ サリン等(サリン及びサリン以上の又はサリンに準ずる強い毒性を有することなどの要件に該当する物質で政令で定めるものをいう。)を発散させて公共の危険を生じさせた場合には無期又は2年以上の懲役を科すこと
・ サリン等の製造、輸入、所持等を禁止し、これに違反した場合には7年以下の懲役を、発散罪の用に供する目的でこれらの罪を犯した場合には10年以下の懲役を科すこと
・ 発散罪を犯す目的でその予備をした場合には5年以下の懲役を、製造罪等を犯す目的でその予備をした場合には3年以下の懲役を科すことにより、サリン等の原料物質の所持等についても一定の場合には処罰することができること
・ 発散予備罪又は発散目的製造罪等を犯した者が発散罪の実行の着手前に自首した場合に刑を減軽し、又は免除することにより、サリン等の発散の未然防止を図ること
・ 発散罪、製造罪又は輸入罪に当たる行為に要する資金、設備、原材料等を提供した場合には3年以下の懲役を科すこと
・ サリン等の発散により人の生命又は身体に被害が生じており、又は生じるおそれがあると認める場合等においては、警察官等は、警察法、警察官職務執行法、道路交通法その他の法令の定めるところにより、直ちに、その被害に係る場所への立入りの禁止、その被害に係る物品の回収又は廃棄等その被害を防止するために必要な措置をとらなければならないこと
・ 警察官等による措置の円滑な実施を確保するため、関係行政機関等及び国民との協力関係について所要の規定を整備すること
とされた。
イ 化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律の制定
 化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律は、7年4月5日公布され、一部の規定を除き、5月5日から施行された。同法は、我が国が化学兵器の開発、生産、貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約(Convention on the Prohibition of the Development、 Production、Stockpiling and Use of Chemical Weapons and on their Destruction)を批准するために、化学兵器の製造、所持、譲渡し及び譲受けを禁止するとともに、サリン等の特定物質の製造、使用を規制するなどの国内法の整備を行う必要があったことから制定されたものである。特定物質の運搬中の盗取等を防止するため、同法により、特定物質を運搬するに当たって、都道府県公安委員会に届け出て運搬証明書の交付を受け、運搬中はこれを携帯し、かつ、これに記載された内容に従って運搬しなければならないこととされている。
 同法は、サリンその他の有毒ガス事案の防止にも効果があるものと考えられることから、警察では、同法の厳正な運用を行っていくこととしている。
(3) サリン問題対策関係省庁連絡会議
 平成7年4月6日、「サリン問題対策関係省庁連絡会議」が内閣に設置された。これは、サリン使用犯罪が社会に重大な不安と脅威を与え、市民生活の安全と平穏の確保に支障を来すものであることから、関係行政機関相互の緊密な連携を確保し、もって同種事案の再発防止を図るとともに、被害の防止に必要な対策を検討するため設置されたものであり、内閣官房及び16省庁(警察庁、防衛庁、科学技術庁、環境庁、法務省、外務省、大蔵省、文部省、厚生省、農林水産省、通商産業省、運輸省、郵政省、労働省、建設省、自治省)で構成されている。
 同会議は、4月19日に、サリン使用犯罪の再発防止、発生時の緊急措置等に係る対策の実施を柱とする「サリン問題対策の推進について」を申し合わせ、4月28日には、ゴールデンウィーク中の対策について申し合わせた。
 また、5月16日には、オウム真理教代表等の一斉逮捕を受けて、首相官邸において「拡大サリン問題対策関係省庁連絡会議」が開かれ、サリン使用によるテロ事件の再発防止とオウム真理教問題について今後の対策が協議された。

3 今後の捜査の展開と課題

(1) 今後の捜査の展開
 警察では、平成6年から7年にかけて発生した有毒ガスを使用した疑いがある事案等について全力を挙げて徹底した捜査を行っており、7年6月30日までのところ、地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件の被疑者としてオウム真理教代表を含む同教団幹部等38人(うち13人は、他の容疑で既に逮捕されているところを再逮捕したもの)を逮捕している。
 このほか、オウム真理教関係者は、上大崎三丁目車両使用による公証役場事務長逮捕・監禁事件、宮崎県内旅館経営者に対する営利略取等事件、山梨県上九一色村における男女6人被害に係る逮捕監禁事件、名古屋市内における老女被害に係る営利略取等事件、大阪市中央区における元自衛官被害に係る逮捕監禁事件及びこれらの犯人を隠避する事件等多数の刑事事件を引き起こしている。また、同教団が組織的に銃器を製造したり、薬物を乱用したりしていた疑いもある。さらに、オウム真理教代表は、他の信者等に命令して、脱会した信者を教団施設内において殺害した容疑で6月14日に再逮捕されている。
 これらの事件をはじめとして、警察では、オウム真理教の教団組織に係る犯罪行為の全容を解明する必要があることから、松本市内における毒物使用多数殺人事件と教団の関連を追及するとともに、地下鉄丸ノ内線新宿駅公衆便所内における殺人未遂事件等の事案についても、教団の関与の有無を含めてその全容解明に努めることとしている(6月30日現在)。
(2) 今後の課題
 今回の事件は、化学はもとより各種の科学的知識・技術が多用されたばかりか、その犯行の形態においても従来の認識の枠を越えるものがあった。また、サリンという極めて毒性の強い物質が市民に対して発散されるという事態が生じ、国民の間に大きな不安を引き起こした。今回の事件の教訓を踏まえ、警察としては科学捜査力の向上をはじめとした次のような課題に取り組む必要がある。
ア 科学捜査力の向上
 今回の事件のような有毒物質を使用した犯罪等の捜査には、化学に関する専門的知識をはじめとする様々な科学的専門知識が不可欠であり、今後警察庁及び都道府県警察では、科学捜査に関する取組みをより一層強化することとしている。また、警察職員についても各種の教養や訓練等を通じて、科学捜査に必要な知識や技術の充実強化に努めるとともに、科学的知識・技能をもった職員の採用に努めることとしている。
 さらに、化学物質の鑑定等の科学的基盤を必要とする事柄に適切に対応できるように、警察において各種の研究等をより一層進める必要がある。
イ 装備資機材の充実
 今回の事件では、的確な捜査や鑑識活動等を行うために必要な装備資機材が不十分であった。こうした事態にかんがみ、緊急犯罪対策として、防毒服及び防毒マスク、サリン中和剤、ガス検知器等の捜査・鑑識機材及び各種の鑑定機材等が整備されることとなった。
 今後とも科学技術や装備資機材の開発動向に目を配り、科学捜査力の強化のために必要な装備資機材の整備を進めるように努めることとしている。
ウ 新しい犯罪への対応
 今回の事件は、我が国の犯罪史上例をみない残虐極まる犯罪であり、犯行の形態も従来にないものであった。このような犯罪に対してより一層適切な取組みができるよう、変化の著しい社会事象や個人あるいは集団の意識、行動様式等を治安の面から総合的に分析するとともに、社会事象等から生じ得る治安かく乱要因とその対策を研究し、これからの警察活動に生かしていく必要がある。
エ 情報の多角的・総合的な分析の強化
 今後この種の重大特異事件の発生を防ぐとともにその早期の検挙・解明を図るためには、あらゆる警察活動を通じて幅広く情報を収集するとともに、個々の事案を多角的かつ総合的に分析し、その全体像を解明するように、より一層努めていく必要がある。
オ 国民の不安感の解消
 地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件や地下鉄丸ノ内線新宿駅公衆便所内における殺人未遂事件のような特異な事件の続発は、国民の不安感の増大を招いている。警察においては、同種事案の徹底防止のため、「生活安全センター」としての役割を担っている交番等を中心として、きめ細かなパトロール等を行い、また、早期に不審物等を発見し、除去できる体制を確立し、国民の不安感を解消する必要がある。


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