第3節 暴力団対策法施行後の情勢の変化

1 市民、企業等の意識と暴力団排除活動の展開

(1) 市民の意識
ア 暴力団に関する相談の受理状況
 警察では、市民から暴力団の民事介入暴力に関する相談を受け付け、

図1-20 民事介入暴力相談の類型別受理状況(昭和63~平成4年)

助言、指導を行っている。
 平成4年には、全国で2万4,567件の相談を受け付け、相談数は、前年に比べ3,583件(17.1%)増加している。その内容別の件数は図1-20のとおりで、相談内容は、金銭貸借に絡むものが最も多く、次いで売買代金その他日常生活に絡むもの、交通事故の示談等に絡むもの、家屋賃貸借等不動産問題に絡むものの順になっている。
イ 暴力団に関する市民の意識
 暴力団や暴力団員についての認識等に関する世論調査の結果は、次のとおりである。
(ア) 暴力団はなぜなくならないのか
 暴力団がなくならないと言われている原因は何だと思うか聞いたところ、「問題の解決に暴力団を利用する人がいる」(49.3%)、「暴力団の仕

図1-21 暴力団がなくならないと言われている原因(3項目回答)

返しが怖いために警察に届けをしない人が多い」(49.1%)、「暴力団の要求に屈して資金を提供する人がいる」(47.9%)の順となっている (図1-21)。
 そこで、暴力団を利用することについての認識及び暴力団の不当な金品等の要求行為に応じることについての認識を聞いたところ、「良くないことてありしてもいけない」と思う者が、それぞれ全体の81.0%、81.7%を占めている。
 これに対し、暴力団を利用することについて、「良くないことだが仕方がない」又は「悪くない」と答えた者は12.9%いるが、その者に理由を聞いたところ、「裁判などで処理しようとしても日数が掛かるから」(41.4%)、「警察に頼むといろいろ調べられて面倒だから」(37.5%)、「警察に相談すると事が大きくなるから」(31.4%)、「弁護士に頼むとお金が掛かるから」(27.5%)、「問題がうまく解決するから」(25.0%)の順となっている。
(イ) 暴力団排除に対する取組み
 自分の住んでいる所で暴力団排除の住民運動が起きたらどうするか、及び警察から証人として協力を頼まれたらどうするか聞いたところ、「協力したい」とする者がいずれについても70%を超え(図1-22、図1-23)、暴力団排除意識の高まっていることがうかがわれる。また、それぞれの問いについて「協力しない」と答えた者にその理由を聞いたところ表1-20、表1-21のとおりで、いずれについても「暴力団の嫌がらせや仕返しが怖い」を挙げる者が最も多い。
(ウ) 暴力団対策として望むこと
 暴力団対策としてどのようなことを望むか聞いたところ、暴力団の資金源犯罪の取締り、けん銃等の武器の取締りのほか、暴力団利用者に対する取締りを望む者が多くなっている(表1-22)。

図1-22 自分の住んでいる所で暴力団排除の住民運動が起きたときの対応

図1-23 警察から証人として恵まれたときの対応

表1-20 暴力団排除の住民運動に協力したくない理由(複数回答)

表1-21 警察から証人として頼まれたときの協力したくない理由(複数回答)

表1-22 暴力団対策として望むこと(複数回答)

(2) 国民的な暴力団排除活動の盛り上がり
 近年の暴力団の活動に対する国民の強い危機感を背景として、暴力団対策法の制定、施行を契機に、国民の暴力団排除気運はかつてない盛り上がりをみせており、全国47都道府県で暴力団排除活動の中核である都道府県センターが発足し、業務を開始したほか、国及び地方公共団体において暴力団排除のための施策が講じられるとともに、各種業界における暴力団との決別宣言の発表や地域住民による暴力団事務所の建設阻止運動等が推進された。
ア 国における暴力団排除活動
 暴力団対策法の施行に先立ち平成4年2月27日の事務次官等会議において各省庁間の連携の強化、関係業界等における暴力団排除活動の推進等の申合せがなされ、翌28日の閣議においても官房長官からこの申合せの内容を確認する旨の発言がなされた。建設省は、この申合せを受け、昭和61年以降進めてきた建設業及び不動産業からの暴力団排除の一層の徹底を図るため、4月、暴力団対策法の施行に伴う建設業及び不動産業からの暴力団排除について都道府県に対して通達を発出した。
 また、6月には、山口組等の3団体が指定暴力団として指定されたのを契機に、警察庁は、事務次官等会議において各省庁に対し、暴力団対策法の周知徹底と暴力団排除に関する関係業界への指導等について要請を行った。
イ 地方公共団体における暴力団排除活動
 暴力団対策法の制定、施行を機に、都道府県等の地方議会が相次いで暴力団排除に関する決議を行ったのをはじめ、暴力追放基金条例(熊本県本渡市)等の暴力団排除のための条例の制定、公共工事からの暴力団及び暴力団利用企業の排除等、地方公共団体においても暴力団排除活動が積極的に展開された。
〔事例1〕 2年7月、地元の暴力団が長崎県島原市から進出した暴力団との間でけん銃発砲を伴う対立抗争事件を起こしたことに端を発して、当事者である地元の暴力団が、退去した暴力団の事務所を買い取ろうとした。これを知った熊本県本渡市と本渡市防犯協会は、同年9月暴力追放実行委員会を開催し、暴力団の壊滅と勢力拡大防止を目的として、同事務所の買取りを決定し、本渡市暴力追放市民集会等を開催し、市民に事務所買取りのための募金協力を呼び掛ける一方、同年12月、本渡市と組長との間で売買契約が成立、本渡市が事務所を買い取った。その際、市民から寄せられた浄財を基に、3年6月、基金総額の目標を5,000万円とする暴力追放基金条例を制定し、これを暴力団追放活動に運用することとなった。
〔事例2〕 茨城県では、暴力団員が少年組員に入れ墨を施し、その結果、少年組員の暴力団からの脱退が困難になっている実態にかんがみ、4年6月、茨城県青少年のための環境整備条例が改正され、少年に対して入れ墨を施す行為、少年に対して入れ墨が施されることを知りながらそのための場所を提供する行為等を禁止する条項が追加された。
〔事例3〕 公共工事からの暴力団排除
[1] 4年8月、福岡県警察は、大手建設会社が指定暴力団工藤連合草野一家と親交のある建設業関係者を地元対策等に利用して石油備蓄基地建設プロジェクトの推進を図っていた実態を解明し、これを福岡県下の全自治体等に通報して同社の公共工事からの排除を要請した。この要請を受けた福岡県、福岡市、北九州市等は、同社に対する6箇月の公共工事入札指名停止等の措置を行った。
[2] 4年12月、兵庫県警察は、山口組の傘下組織の暴力団員が、偽造した知事公印を使用して国土利用計画法に基づく不勧告通知書を偽造し、行使した有印公文書偽造・同行使事件に大手建設会社が関与していたことを解明し、兵庫県に通報して公共工事からの排除を要請したところ、兵庫県は、同建設会社に対する3箇月間の公共工事入札指名停止処分を行った。
ウ 経済界における暴力団排除活動
 暴力団対策法の成立に前後して、バブル経済の崩壊に伴い、暴力団が大企業の関連会社から数百億円にも上る巨額の融資を受けていたことや、一部上場企業の株式を大量に取得していた実態が明らかになったことなどから、警察庁では、3年6月に経団連等に対して企業活動からの暴力団排除について、さらに8月には日本証券業協会等に対して証券、金融取引からの暴力団排除について、それぞれ要請を行った。
 これを受けて、経団連においては「社会秩序や安全に悪影響を与える団体の活動に関わるなど、社会的常識に反する行為は、断固として行わない」との定めを盛り込んだ企業行動憲章を制定し(3年9月)、臨時行政改革推進審議会の答申においても、証券、金融の不公正取引の是正策に関して、「早急に暴力団の不当な介入を排除するための自主的な対策が確立され、自主規制ルールに盛り込む等、業界内部に徹底されるよう期待する」旨が盛り込まれた(同年9月)。
 また、全国銀行協会連合会も金融取引における暴力団の不当な介入の排除と暴力団の反社会的活動を助長する取引を防止するために、加盟金融機関の部長クラスをメンバーとする「暴力団介入排除特別専門委員会」を設置するとともに、都道府県等各地区ごとに「連絡協議会」を設立した(同年10月)ほか、証券業協会にあっても暴力団対策法並びに警察庁刑事局長通達及び大蔵省証券局長通達の趣旨に沿い、暴力団員及び暴力団関係者との取引の抑制に関する理事会決議を行う(同年11月)など、経済界における暴力団排除活動は急速な盛り上がりをみせた。
 これらの動向を踏まえ、経済界と警察庁との連絡を緊密にするため、警察庁と経団連により暴力団対策連絡協議会が設置された(4年7月)。
エ 職域における暴力団排除活動
 暴力団対策法の制定、施行を契機に、各地域で、遊技業業界が暴力団によるみかじめ料、景品買い等の要求を拒否する決議を行った事例をはじめ、暴力団からの年末におけるしめ飾り、門松等の購入の強要を受けていた飲食店業界が今後の付き合いを拒否する旨の通告を暴力団に対して行った事例、暴力団の資金源にされたり、暴力団の不当介入を受けることの少なくなかった運転代行事業において暴力団排除組織が結成された事例等、職域における暴力団排除活動が活発に展開された。
〔事例1〕 栃木県遊技業協同組合は、4年5月、栃木県遊技業暴力排除総決起大会を開催して、暴力団対策法の施行を契機に、全組合員が団結して積極的な暴力団排除活動を推進することを宣言するとともに、組合に加盟するすべての事業者において「暴力団とのかかわりを一切拒否し、みかじめ料の要求には応じない」旨を決議し、同決議文を所轄警察署長あて送付した。
〔事例2〕 4年6月、住吉会の傘下組織が発行していた広告紙の広告料として月5,000円から2万円の付き合いを強いられていた飲食店等213店舗が、暴力団対策法の施行を契機に一致団結を図り、広告料支払拒否のため、「広告掲載お断り通告書」を同傘下組織の暴力団員に対して手交した(群馬)。
〔事例3〕 栃木県においては、3年12月、運転代行業者が(財)栃木県暴力追放県民センターに相談し助言を受けたことを契機として暴力団排除組織の結成が進められ、4年11月、県内運転代行業者45業者が参加する栃木県運転代行暴力追放連絡協議会が設立された。同協議会は、暴力団関係事業者には会員資格を与えないこととするとともに、会員事業者に対して営業車に掲示する会員証(ステッカー)を交付することにより、会員証を掲示している営業車を運行する事業者が暴力団に関係していないことを明らかにしている。
オ 暴力団事務所の建設阻止及び撤去活動
 暴力団事務所は、対立抗争時の拠点となることなどから周辺住民に大きな危険や不安を与えており、暴力団対策法の制定、施行を契機に暴力団排除気運が著しく高まる中で、各地において地域住民、警察、関係行政機関が一体となった暴力団事務所の建設阻止及び撤去活動が推進された。この結果、4年中においては、227箇所において暴力団事務所が建設を阻止され、又は撤去された。
(3) 暴力団員を相手取った民事訴訟の動向
 平成3年は、暴力団事務所に対する使用禁止の仮処分と同事務所の執行官保管の仮処分が認められた(11月、秋田)のをはじめ、三代目旭琉会の内部分裂に伴う対立抗争事件の巻き添えとなった被害者や被害者の遺族が、実行行為者を民法第709条の不法行為責任があるとして訴えたことに加え、その者の所属する暴力団の組長に対しても民法第715条による使用者責任があるとして損害賠償請求訴訟を提起する(9月、沖縄)など、暴力団対策法の制定を契機として、対立抗争の被害者や事務所周辺の住民等が民事訴訟により暴力団から自らの権利や生活を守ろうという気運が盛り上がった。
 この気運は4年においては更に大きな盛り上がりをみせ、山口組が麻薬撲滅を名目に結成した全国国土浄化同盟の事務所開設予定場所に対する事務所使用禁止の仮処分が認められ(1月、神戸地裁)、具体的被害が生ずる以前の段階で人格権に基づき事務所の使用を禁止する旨の本案判決が出される(5月、大阪地裁堺支部)など、対立抗争の被害者や事務所周辺の住民が立ち上がる事例が増えるとともに、裁判所の判断においても住民側の主張が認められるなど、暴力団排除の流れに大きく寄与する傾向がみられた。
〔事例〕 4年7月、昭和60年9月に発生した暴力団のけん銃発砲事件の巻き添えとなり死亡した被害者の遺族が、けん銃を発砲した暴力団員の所属する暴力団の組長を相手取り民法第719条(共同不法行為)に基づき1億1,000万円の損害賠償請求訴訟を神戸地裁に提起するとともに、5年2月には上部組織の組長にも民法第715条の使用者責任があるとして新たに1億1,000万円の損害賠償請求訴訟を提起した(兵庫)。

2 暴力団情勢の変化

 暴力団対策法が成立し、施行されてから、暴力団の組織、活動の状況には、大きな変化が生じている。被疑者調査において、暴力団対策法ができてから感じた変化について聞いたところ、図1-24のとおり、暴力団員が市民の暴力団排除意識が高まっていること、資金獲得活動が困難化し、組織の勢いが低下していることなどを実感している状況がうかがわれる。
(1) 暴力団の組織状況の変化
 暴力団勢力は約9万600人で、前年に比べほぼ横ばいであるが、暴力団の構成員は約5万6,600人で、前年に比べ約7,200人(11.3%)の減少となった。これは、警察の暴力団対策の徹底により暴力団の組織内部に動揺が生じ、暴力団の構成員の組織離脱が進んだことのほか、一部暴力団にあっては、組織防衛ないしフロント企業強化のために構成員を破門、絶縁するなどの動きがみられたことなどによるものと考えられる。被疑者調査においては、23.1%の者が、暴力団対策法ができたことにより、

図1-24 暴力団対策法成立後の変化の実感

所属する組において組織から外すなど組員の整理が行われたと答えている(表1-23)。
 重点対象3団体の構成員は約3万7,100人で、前年に比べ約1,400人(3.6%)減少した。また、これら3団体の暴力団勢力の全暴力団勢力に占める比率(寡占率)は64.5%(3年61.6%)で、寡占化傾向が依然として進展した(図1-25)が、4年中の寡占率の伸びは2.9ポイントにと

図1-25 重点対象3団体勢力が全暴力団勢力に占める都道府県別構成比の推移(昭和59年1月~平成5年1月)

第1-23 暴力団の暴力団対策法「対策」の状況

どまり、前年の13.3ポイントに比べて鈍化の兆しがみられた。
 また、組織の解散、壊滅は158組織(構成員数2,051人)であり、前年に比べ20.6%(構成員数43.4%)増加した。このうち、重点対象3団体の傘下組織の解散は104組織(構成員数1,220人)で、全体の65.8%(構成員数59.5%)を占めている。
(2) 暴力団の活動状況の変化
ア 暴力団の資金獲得活動の変化
 被疑者調査によると、暴力団員は最近1年間で「シノギがやりづらくなった」(62.9%)、「市民からの頼みごとが減った」(41.7%)、「一般市民が暴力団を怖がらなくなった」(41.2%)、「企業の金の出し方が渋くなった」(38.8%)など、資金獲得活動が困難になっていることを実感している (図1-24)。また、最近1年間の収入変化について聞いたところ、非合法資金源がなくなったとする者が9.7%、非合法資金源の種類、収入について減ったとする者がそれぞれ44.9%、46.2%に上っている。
 また、国内企業調査において、暴力団、社会運動等標ぼうゴロ等から金品の要求、契約締結の強要等を受けたことのある993社に最近1年間の変化を聞いたところ、「減っている」が50.9%、「全くなくなった」が27.0%で、合わせて77.9%を占めており、また、歓楽街調査において、暴力団員からお金や取引の要求を受けたことのある375店を対象にその要求を受けた時期について聞いたところ、「最近1年間にはないが以前にはあった」が75.7%、「以前はないが最近1年間にあった」が2.7%、「以前も最近1年間にもあった」が19.5%となっている。
イ 対立抗争及び銃器発砲事件の減少
 暴力団の対立抗争は、単に対立関係にある暴力団同士の問題にとどまらず、善良な市民が巻き添えになる事案の発生をみるなど、従来から治安上重大な問題となっていた。
 暴力団対策法成立前には、毎年百数十回の対立抗争の発生をみてきたところであるが、同法の成立した平成3年は47回、4年は39回といずれも法成立前の3分の1以下に激減している。
 また、4年の暴力団員による銃器発砲事件は174回で、前年に比べ8件(4.4%)減少しており、死者、負傷者もそれぞれ6人(26.1%)、13人(28.9%)減少している。
ウ 暴力団側の暴力団対策法「対策」と暴力団の実態
 暴力団は、暴力団対策法により指定暴力団として指定を受けると、構成員が暴力的要求行為を行うことが禁止されるなど、大きな打撃を受けるため、事務所の看板や代紋、組員の名札を外したり、会社組織を作ったり、また、「任侠(きょう)団体であって暴力団ではない」と主張するなど、同法の適用を逃れるための様々な対策を講じるとともに、暴力団排除の世論の批判をかわし、その犯罪組織としての性格を隠ぺいするため、過激な対立抗争事件等の行動を控えている(表1-23)。
 被疑者調査において今後5年間に暴力団対策法が与える影響について聞いたところ(複数回答)、「組への加入者が減る」(76.4%)、「組をやめる者が増える」(75.4%)、「これまでのシノギができなくなる」(74.2%)、「カタギの商売を地道にやっていく者が増える」(73.5%)など暴力団対策法により組織が打撃を受けると予想する者が多い反面、「組を会社組織に変えるところが増える」(74.0%)、「組を政治組織に変えるところが増える」(50.1%)、「組が秘密結社になり世間からみえなくなる」(53.7%)と考える者も多く、暴力団の組織実態の隠ぺいが今後も進むと考えられる。
 しかしながら、暴力団は、暴力団対策法施行後、暴力団排除の世論の象徴たる報道機関等を襲撃する事件を引き起こすなど、依然として市民生活の安全と平穏を脅かしている(第2節5参照)ことから、暴力団の組織実態の隠ぺいが進んだとしても、その実態に大きな変化はないものと考えられる。


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