第3節 社会的な区別の消滅等に伴う犯罪の変容

 第2節では、人の活動範囲の拡大による地理的な境界の消滅等についてみたが、現代社会においては、これと並行して、個人や企業の活動の多様化が進行し、社会的な区別や従来の固定観念が消滅しつつある。そして、このような傾向を反映して、犯罪も質的な変容を遂げつつある。

1 男性と女性の間の区別の不分明化

 近年の女性の社会進出の増加は、我が国の社会のボーダーレス化の一つの特徴を形成している。
 このような傾向は、犯罪の側面においてもうかがうことができる。
(1) 女性による犯罪の状況
 犯罪を犯す主体についての男性、女性の区別は徐々に不分明化しつつある。
 刑法犯の検挙人員に占める女性の割合は、昭和47年に13.6%であったものが、平成3年には19.3%に上昇している。
 このような傾向は、多くの罪種でうかがうことができ、特に、粗暴犯や知能犯といったこれまでは女性が行うことの少なかった犯罪における女性の占める割合の上昇がみられる(図1-25)。
(2) 女性が被害者となる犯罪の状況
 全刑法犯についてみると、被害者数の中に占める女性の割合は、昭和47年の21.3%から、平成3年の33.4%に上昇している。これは、主として、窃盗犯に係る女性の被害の増大によるものである(図1-26)。

図1-25 刑法犯検挙人員に占める女性の割合の推移(昭和47~平成3年)

図1-26 刑法犯認知件数に占める女性を被害者とするものの割合の推移(昭和47~平成3年)

表1-5 女性を被害者とする捜査本部設置事件の数の推移(昭和62~平成3年)

 凶悪犯の被害者の中に占める女性の割合は、近年においては横ばいとなっているが、2年以降についてみると、女性の被害に係る殺人、強盗殺人等のうち捜査本部を設置した事件の件数は、増勢に転じる傾向がうかがわれる(表1-5)。
(3) 警察活動に与える影響
 犯罪の面において男性と女性の間の区別が不分明化しつつあることは、警察活動に次のような影響を与えている。
 すなわち、女性が被害者となったり被疑者となる犯罪については、被害状況の聴取等に複数の捜査員を充てるなど、各種の配慮が必要となる。また、捜査体制の面でも、従来、「刑事は男の社会」という考え方が強かったが、女性が犯罪捜査に携わる方が効率的な場面が増加していることから、最近では、少しずつではあるものの、婦人警察官が刑事として登用されるようになっている。
 また、犯罪捜査以外の警察活動の面では、保護施設、留置施設等における女性用の設備を今まで以上に拡充するなどの必要が生じている。

2 年齢層の区別の不分明化

(1) 少年と高齢者による犯罪の状況
ア 少年犯罪の状況

図1-27 刑法犯検挙人員に占める少年の割合の推移(昭和47~平成3年)

 少年犯罪についてみると、刑法犯の検挙人員のうち、少年の検挙人員は、昭和47年に10万851人であったものが、平成3年には14万9,663人と、1.5倍になっている。
 少年による刑法犯の検挙人員は、戦後第3のピークといわれた昭和58年に19万6,783人を記録したが、その後は増減を繰り返しつつ推移している。しかしながら、全刑法犯の検挙人員に占める少年の割合は一貫して増加傾向にあり、特に平成元年以降は過半数を占めるに至っている (図1-27)。
 なお、少年犯罪については第3章1参照。
イ 高齢者犯罪の状況
 高齢者犯罪についてみると、刑法犯の検挙人員のうち、高齢者(60歳以上)は、昭和47年には7,934人(2.3%)であったが、平成3年には1万2,651人(4.3%)となっており、過去20年間に、人数で4,717人(59.5%)、構成比で2.0ポイント増加している(図1-28)。

図1-28 刑法犯検挙人員に占める高齢者の割合の推移(昭和47~平成3年)

 高齢者の犯罪は、窃盗、横領等が多いが、凶悪犯、粗暴犯等も近年増加傾向にある。
〔事例〕 無職の男(75)は、借金をめぐるトラブルから、知人の腹部を柳刃包丁で突き刺し、殺害した。8月逮捕(長崎)
(2) 少年や高齢者が被害者となる犯罪の状況
ア 少年が被害者となる犯罪の増加
 平成3年における刑法犯被害者のうち少年が占める割合を昭和47年と比べると、9.5%から25.1%に急増しており、件数も約27万件増加している。
 これは、主として、少年が所有する自転車、オートバイ等の乗り物の盗難被害の増加によるものと考えられるが、その他の罪種では、少年が粗暴犯の被害者となる割合は増加、凶悪犯の被害者となる割合は横ばいの傾向にある(図1-29)。

図1-29 刑法犯認知件数に占める少年を被害者とするものの割合の推移(昭和47~平成3年)

図1-30 幼児等対象誘拐事件の認知、検挙件数の推移(昭和60~平成3年)

 また、最近は幼児を対象にした誘拐事案が増加傾向を示しており、大きな社会問題となっている(図1-30)。
イ 高齢者が被害者となる犯罪の状況
 刑法犯被害者の中で、60歳以上の高齢者が占める割合は、過去20年間では横ばいの傾向にある(図1-31)。
 しかし、これを罪種別にみると、窃盗犯の分野では、漸減ないし横ばいの傾向がうかがわれるものの、直接身体に対する危険の及ぶ凶悪犯や粗暴犯の分野では、高齢者が被害者となる割合が増加傾向にある。
 また、昭和62年に大阪府警により検挙された「豊田商事事件」以降も、高齢者を対象とした悪質商法事件が跡を絶たない。
(3) 警察活動に与える影響
 年齢層の区別が不分明化しつつあることは、犯罪捜査等の警察活動に次のような影響を与えている。
 少年や高齢者が被疑者となる場合には、その年齢等に特別の配慮をした捜査活動が必要であり、特に少年の場合については、少年法等の規定に基づいた特別の措置が必要となる。このため、警察としても、今まで

図1-31 刑法犯認知件数に占める高齢者を被害者とするものの割合の推移(昭和47~平成3年)

高齢者を除く成人に係る犯罪を専ら念頭に置いて蓄積してきた捜査活動上のノウハウ等について必要な見直しを行い、少年や高齢者による犯罪の増加に対応するためのきめ細かな捜査活動の展開に努めている。
 また、少年や高齢者が被害者となる犯罪については、捜査に特別の配慮を要する場合が多く、特に少年の場合には、成人と比べて心理的なダメージが大きく、捜査活動その他の面において様々な配慮が必要となるなど、犯罪発生時の状況の聴取等の面で、成人が被害者となる事件に比べ多くの業務量を必要とされるのが通例である。

3 「生活のための犯罪」の減少

 従来、犯罪は、生活苦や生活費目当てで敢行されるというイメージが強かったが、最近では、このような犯罪が減少傾向を示す一方、その他の多様な利欲を目的とした犯罪が増加傾向を示しており、これまでの「犯罪者」の属性についての固定観念は徐々に変化しつつある。
(1) 生活費目当ての犯罪の減少
 昭和57年に検挙した刑法犯のうち、生活費目当ての犯罪は6.7%、事業資金目当ての犯罪は0.8%であったが、平成3年には、それぞれ4.3%、0.3%に減少している。
 その一方で、生活費充当以外の財産的利欲を目的とした犯罪の割合が増加するなど、使途先は多様化する傾向にある。例えば、犯罪により得た利得を遊興費に充当した事件の割合は、昭和57年には4.5%であったものが、平成3年には6.1%に急増している(図1-32)。
 なお、市民に大きな不安感を与える財産犯である侵入盗、強盗についてその動機の推移をみると、図1-33及び図1-34のとおりである。

図1-32 利欲目的犯罪の状況(昭和54~平成3年)

図1-33 侵入盗の検挙事例における利欲目的のものの占める割合の推移(昭和54~平成3年)

図1-34 強盗の検挙事例における利欲目的のものの占める割合の推移(昭和54~平成3年)

(2) 生活苦による犯罪の減少
 犯罪により得た利得を生活費に充当したものの割合が減少していることと軌を一にするように、検挙された者のうち、自らが生活苦の状況にあることを訴えた者の割合も減少している。
 刑法犯の検挙人員のうち、検挙時に、自らの生活状況が失業、破産等の理由により生活困窮の状況にあると訴えたものの割合は、昭和57年には22.4%であったものが、平成3年には17.4%に減少している(図1-35)。この傾向は、罪種を問わずにみられるものであるが、特に凶悪犯において著しい。

図1-35 検挙者に占める生活困窮者の割合の推移(昭和54~平成3年)

(3) 警察活動に与える影響
 生活資金欲しさの犯罪や生活苦による犯罪の減少は、一面で従来「犯罪」という言葉の持っていた陰湿なイメージを希薄化させているようにもみえる。
 警察では、犯人を検挙した場合、犯人と犯行を結び付ける証拠として犯罪により得た金品の使途についての捜査を行っているが、獲得した金品を遊興費に充当する者が増加し、また、多種多様な娯楽サービスが提供されている結果、金品を費消する対象が多岐にわたっていることから、金品の使途についての捜査はますます困難化する傾向にある。

4 「物」の価値の変化に伴う犯罪の変容

 国民1人当たりの所得に比較した耐久消費財の価格の低廉化、あるいは「使い捨て時代」という言葉に象徴されるように、現代社会において は、「物」の価値が低下してきている。
 これに伴い、犯罪の分野においても、家財道具を盗み出し、これを処分するといった、従来のイメージどおりの「泥棒」が次第に姿を消しつつある。
(1) 「家財道具」を盗む泥棒の減少
 空き巣、忍び込み等の侵入窃盗による被害品別認知状況の推移は、図1-36のとおりである。
 これを財物についてみると、昭和47年には、家庭電化製品が1万9,654件、時計、貴金属、カメラが3万6,399件であったが、平成3年には、それぞれ1万381件、1万4,163件に減少している。こうした減少傾向は、この20年間を通じて一貫しており、しかも、その減少の割合は、侵入窃盗の総件数の減少率よりも大きい。
 一方、現金等についてみると、現金、カード、有価証券とも、増加傾

図1-36 侵入盗の被害品別認知状況(昭和47~平成3年)

向にある。
 このように、侵入窃盗においては、家財道具を盗む形態が減少している。
(2) 「使い捨て型犯罪」の増加
 ぞう品(注)の多くは廃棄、放置されるが、検挙事件のうちに占めるぞう品が廃棄、放置されるものの割合は、年々増加している。また、逆に、ぞう品が質屋、故買屋等に売却される割合は、減少傾向にある。
(注) ぞう品とは、窃盗、強盗その他の財産犯に係る被害品をいう。
 警察の検挙によって判明したぞう品の処分先の推移は、図1-37のとおりであり、使い捨て型の犯罪が増加している傾向をうかがうことができる。
 なお、3年においては、検挙件数に占める廃棄、放置の割合(46.1%)は、質屋、故買屋等に売却した割合(5.5%)を大きく上回っている。
 乗物盗は、ぞう品が廃棄、放置される場合が多いが、自転車盗については、「検挙」よりも「被害回復」に施策の重点を移した結果、検挙に占める「廃棄、放置」の割合はむしろ減少傾向にある。また、自動車につ

図1-37 ぞう品の処分先別構成比の推移(昭和54~平成3年)

図1-38 自動車、オートバイ、自転車の処分先の状況(昭和54~平成3年)

いては、廃棄、放置されるものの割合は約7割を占めており、一方、質屋、故買屋等に売却されたものの件数は減少傾向にあり、3年には昭和60年の約5分の1になっている。
 警察の検挙によって判明したぞう品である自動車、オートバイ及び自転車の処分先の推移は、図1-38のとおりである。
(3) 警察活動に与える影響
 (1)及び(2)に述べた傾向を反映して、窃盗犯の検挙のうち、ぞう品を端緒に被疑者を特定したものの件数は減少している (図1-39)。
 従来、窃盗犯については、ぞう品を手掛かりとした捜査が一つの有力な方法であったが、侵入盗、乗物盗及び非侵入盗のいずれにおいても、ぞう品により被疑者を特定し、検挙した件数は減少している。
 これは、大量生産、大量流通の一般化により物自体の個性が喪失する傾向にあることに加え、(1)で述べたように、窃盗の目的物としていわゆる家財道具が減少し、それ自体は個性を有することの少ない有価証券

図1-39 ぞう品により被疑者を特定した事件の数の推移(昭和47~平成3年)

類が増加したこと、(2)で述べたように、ぞう品が質屋等に売却されず廃棄、放置される割合が増加したことなどにより、ぞう品と被疑者を結ぶつながりが希薄化していることなどが原因と考えられる。
 なお、従来、質屋、古物商と警察の間には、ぞう品の流通防止等に関して制度的な協力関係が構築されていたが、このような社会変化に対応していくため、金券等の発行元や取扱店等との協力関係を構築することが課題となっている。

5 「犯人の心当たりのない犯罪」の増加

 現代は、何が起こっても不思議ではない時代といわれることがあるが、このような傾向は、犯罪の側面でも看取することができ、犯罪を、被害者とあらかじめ何らかの関連があるものとしてとらえることは、ますます困難になりつつある。すなわち、被害者の側からみて「犯人の心当たりのない犯罪」が増加してきており、昭和47年と平成3年とを比べると、ほとんどの罪種において「面識なし」の者による犯罪の割合が増加している。
 「面識なし」の者による犯罪の割合の推移を罪種別にみると、図1-40のとおりであり、殺人の場合、何らかの人間関係がある者から被害を受けることが多いのに対し、窃盗、強盗、強姦(かん)は「面識なし」の者から被害を受けることが多い。
 殺人については、その被疑者が被害者と一定の人間関係を有するケースが多いが、中には、さしたる原因もなく、見知らぬ者を殺害するケースも相当数存在する。このようないわば通りすがりの凶悪事件は、動機の不可解さやその残忍さ等のために、社会の注目を集め、かつ、不安感をかき立てることとなる。

図1-40 「面識なし」の者による犯行の割合の推移(昭和54~平成3年)

 一定の人間関係に根ざしたえん恨等を原因とした犯罪であれば、これをたどっていくことによって犯人に到達できるが、通りすがりの犯罪の場合にはこのような手法が使えず、犯人に到達する証拠を得るため、例えば、犯罪の現場等に残された証拠資料を徹底的に収集したり、犯行時等における犯罪現場周辺の状況について徹底的な聞き込み捜査を実施するなど、あらゆる角度から膨大な量の捜査を行うことを強いられることとなる。

6 犯罪の変容と捜査の困難化

 第2節及び第3節にみたような犯罪のボーダーレス化は、それぞれの項目において触れたように捜査活動をより困難なものとしており、広域捜査体制や国際犯罪捜査体制の確立のほか、徹底的な聞き込み捜査を行う必要性等を増大させている。
 第1節でその一端について触れたような個人の生活範囲の拡大、就業構造の変化、地域社会における住民のつながりの希薄化等の現象は、こうした聞き込み捜査等の犯罪捜査に次のような影響をもたらしている。
(1) 聞き込み捜査の困難化
 聞き込み捜査を取り巻く環境は悪化している。
 第1節で述べたように、最近の社会経済情勢の変化により、昼間不在の世帯が増加していることに加え、人と人との関係が希薄化し、隣人の名前はおろか顔さえも知らないといったことが珍しくなくなってきている。
 こういったことは、聞き込み捜査をますます困難なものにさせており、図1-41のとおり、各罪種において、聞き込みを端緒として被疑者を割り出した事件数は減少している。

図1-41 刑法犯検挙件数に占める聞き込みを端緒としたものの割合の推移(昭和47~平成3年)

(2) 第三者の協力の減少
 被害者やその関係者等以外の第三者の協力によって検挙に至った件数は、図1-42のとおりである。
 (1)で述べた聞き込み捜査の困難化の原因が、そのまま第三者の協力による犯罪の検挙の減少につながっていると考えられ、また、窃盗犯のように、もともと捜査に当たって第三者の協力が得にくい犯罪が増加している点も見逃せない。

図1-42 刑法犯検挙件数に占める第三者の協力により被疑者を特定したものの割合の推移(昭和54~平成3年)

(3) 捜査期間の長期化
 犯罪の早期検挙は、地域住民の不安を解消し、第2、第3の犯罪の発生を防止する意味からも、また、犯罪の目撃者等の記憶ができるだけ新鮮なうちに聞き込みを行うなど、捜査の確実性、効率性の観点からも極めて重要である。
 しかし、凶悪犯、粗暴犯及び窃盗犯について発生から検挙までの期間

図1-43 凶悪犯、粗暴犯、窃盗犯の発生から検挙までの期間別検挙状況(昭和47~平成3年)

をみると、図1-43のとおりであり、いずれも長期化を余儀なくされており、中でも、窃盗犯の捜査期間の長期化が目立っている。
(4) 深夜に発生する強盗事件等の検挙の困難化
 国民生活の24時間化を反映して、深夜スーパーを対象とした強盗事件が増加傾向にある(図1-44)。
 しかしながら、深夜に発生する犯罪は、目撃者等が少ないこと、警察の警戒力の集中的な投入が難しいことなどから捜査に困難が伴うのが通常である。
 このため、平成3年中の一般の強盗事件の検挙率は71.9%と比較的高いにもかかわらず、深夜スーパー対象の強盗事件の検挙率は53.8%と、低くなっている。
 警察では、深夜帯における捜査体制の見直しを進めるほか、深夜スーパーの自主的な防犯体制の確立に努めている(なお、第2章4(3)オ参照)。

図1-44 深夜スーパー対象強盗事件の認知件数の推移(昭和58~平成3年)


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