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第4章 支援等のための体制整備への取組

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1 相談及び情報の提供等(基本法第11条関係)

コラム14 警察職員による被害者支援手記

警察においては、毎年、犯罪被害者支援に関する警察職員の意識の向上と国民の理解促進を図ることを目的に、犯罪被害者支援活動に当たる警察職員の体験記を広く募集し、優秀な作品を称揚するとともに、優秀作品を編集した「警察職員による被害者支援手記」を刊行し、これを広く公開している(警察庁ウェブサイト「被害者支援への理解を深めるために」:http://www.npa.go.jp/higaisya/home.htm参照)。

平成28年度優秀作品の一つを紹介する。

「道標」

警察署勤務 巡査部長 女性

「遺族調書」を頼む。上司からの一声。

当時、発生した死亡ひき逃げ事件の捜査に従事している中でのことだった。

死亡ひき逃げ事件は発生当時から被疑者を特定する手掛かりが少なく、捜査に要する時間も人員も膨大なものである。

被疑者が判明しても逮捕までの捜査、逮捕後の被疑者の供述等に対する裏付け捜査、検証など、捜査事項は山積みで事件終結までの道のりは長く、捜査員は一丸となりこの長い道のりを限られた時間の中で走り続ける。

私もこの道のりを走っている一員であった。

そんな中、上司からの任務分担の一声で、亡くなった被害者のことについて、被害者の家族から聞いた内容を供述調書として記録する作業、つまり遺族調書を担当することとなった。

私は交通課員としての勤務が長かったものの、遺族調書を作成したことがなかった。

初めての遺族調書を任され、私の頭の中は

「捜査に必要なことをもれなく聴取する」

ということだけに支配されていた。

私はベテランの交通捜査員に遺族調書に必要な聴取事項を確認したのみで、遺族からの調書作成に臨んだ。

遺族調書作成開始後、前日の様子、当日の行動等、聴取事項を聞き進めていき、「予定時間より早く終わるな」と考えながら、被害者の生前の人柄を尋ねたときである。

それまで私の目を見て質問に迅速に答えていた遺族が突然うつむき、黙り込んだ。

私は何かと思い、その様子を黙って見ていると、遺族が握りしめていた「被害者の手引」と呼んでいる制度等が記されている冊子の上にポタポタと水滴が落ちた。

先ほど私が遺族に交付した冊子である。

私はハッとし、「しまった」と思い、手を止めた。

私は警察官としていつも誰かの大切なもの、だれかの大切な人のために仕事をするように心がけていたはずなのに、このときは時間に追われる捜査の中で、遺族からの調書作成を「捜査に必要な書類作成という一つの作業」として臨んでいたことに気が付いた。

それまで矢継ぎ早に質問していく私に対して迅速に答えていた遺族は、気丈に振る舞っていただけだったのである。

遺族は肩を振るわせ、うわずった声で

「すみません、ちょっと待ってください。すぐにお答えしますから。忙しい中、時間取らせてしまいますよね。すみません。」

と言った。

私は少し考え、

「時間は気にしないでください。お話しするのがつらければ、日を改めてもかまいません。」

と答えた。

それから約十分間、部屋の中には冊子に落ちる水滴のポタポタという音と涙をすすり上げる声、こらえきれず漏れる嗚咽だけが響いていた。

私はこの間、

「目の前にいる人は大切な人を不慮の事故で亡くしてしまい、これから、前を向いて歩いていくための道標をなくしてしまったのだ。警察官として、今この瞬間が大切な人を亡くした人のために私ができる最大限の努力をすることが私の仕事だ。今、この瞬間も単なる書類作成の時間ではないんだ。私の行動、言動がこの人が今後前を向いて歩いていけるほんの少しの道標となるかもしれない。遺族の気持ちにできる限り寄り添っていこう。」

と今までの考えを改めていた。

その後、真っ赤になった目をハンカチで押さえながら

「心優しい人でした・・・」

と口を開いた。

私は先ほどまでの自分を恥じながら、調書の作成を再開した。

遺族調書を書き終え、私はおそるおそる

「これから捜査はまだまだ続きます。もしも良ければ今後、警察との調整窓口として私が担当したいと思いますがよろしいでしょうか。」

と尋ねた。

遺族は私の予想とは裏腹に

「はい、よろしくお願いします。」

と答えた。

その後、遺族から確認する事項が発生するたび、私は連絡を取った。

何度遺族の家に行っただろうか。

その度、仏前に飾られた被害者の遺影に手を合わせ、心の中で現在の捜査の進捗を伝える。

立ち上る線香の煙の中で被害者の遺影がその都度悲しんだり安堵したように見えたりした。

そのうち、私の家族の話等も聞きたいと言われ世間話をするようになった。

お互いの仕事の話、家族の話、女性同士、洋服や髪型の話・・・

少しずつ笑顔を見せる時間が増えてきた遺族に

「できることは少ないですが、何かあったら遠慮なく連絡をください。」

と告げ玄関を出ることが繰り返された。

捜査も終結間際、遺族の家に被害者の衣服を返還しに訪問したときである。

いつもの様に線香を上げ、心の中で

「遅くなりましたが、御家族の元に衣類を返しにきました。」

と謝罪する。

すると、遺族が

「コーヒーをいれるので、是非飲んでいってください。」

と言い、席を外し、台所へ向かった。

線香の香りが漂う居間で一人で待つ。

そのとき、ペットであろうか、猫が一匹、床に広げた被害者の衣服に近づいて臭いを嗅いでいた。

私は思わず

「お帰りと言ってあげてね。」

とつぶやきながら頭をなでた。

台所から遺族がコーヒーを持ってきて私の前に座り、ぽつりと尋ねた。

「今回、なぜあなたが私たち遺族の担当になったのですか?」

と。

私は、最初の遺族調書のときに、自分の気持ちが態度に出ており、それを非難されると思った。

私は覚悟を決め、

「実は、最初はたまたま私になっただけでした。これまでの対応で、不満だった点を遠慮なくおっしゃってください。」

と答えた。

しかし、その答えは意外なものであった。

「最初から最後まで、あなたが担当してくれて本当に良かった。十分すぎるほど色々気を遣っていただきました。忙しいだろうに、たわいもないおしゃべりにつきあっていただいた時間が楽しかったです。主人を亡くし、話す人がいないと言うことは、こんなにつらいことだと思いませんでしたが、あなたと話すだけで心が軽くなっていきました。正直、警察官には怖いイメージしかなかったのですが、あなたは家に来るたび、仏壇に線香を上げ、長い時間手を合わせていました。先ほど、衣類に近づく猫に『お帰りと言ってあげてね』と言ってくださいましたね。あなたにしてみれば他人のボロボロの洋服なのに、人として扱っていただいて感謝します。」

と答えたのだ。

私は意外な答えに驚くとともに胸が熱くなり

「こちらこそ、こちらこそありがとうございます。」

と答えるだけで精一杯だった。

こんな未熟な私でも、遺族が前を向いて歩いていく道標を作る手伝いができたのかもしれないと感じた。

被害者支援に対応する警察官は、被害者遺族にとっては良くも悪くも全ての警察の代表となる。

自分の他に幾らでも優秀な警察官はいるが被害者遺族にとっては知るよしもない。

そんな中で、自分ができることは、何でもしていく。ただ話し相手になるだけで、被害者支援になることを知った。

被害者の気持ちに寄り添っていくことさえ忘れなければ、話を聞くだけでも立派な被害者支援となることを胸に自信と誠意を持って進んでいこうと思う。

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