第4節 国際化社会への対応と今後の課題

1 質的、量的に変化する国際犯罪への対応

(1) 優れた捜査官の育成と捜査体制の充実強化
ア 実務能力と語学力を兼ね備えた警察官の育成
 警察事象の国際化に的確に対応し、治安維持の責務を果たしていくためには、語学力はもとより、国際法や外国法制等に関する知識と国際犯罪捜査等に関する技能を併せ持つ警察官を養成することが極めて重要である。
(ア) 国際捜査研修所における国際捜査官の育成
 警察庁では、警察事象の国際化に対処するため、昭和48年からは、それまで部外に委託してきた外国語教養を関東管区警察学校で行うこととし、以後その拡充を図るとともに、国際捜査実務に関する教養を警察大学校の専科教養として実施するなど、国際捜査を行うために必要な教養の充実に努めてきたが、さらに、60年には、近年の急速な国際化の進展に対処し、国際捜査官の体系的な養成を図ることを目的として、警察大学校の附置機関として国際捜査研修所を設立した。
 国際捜査研修所は、国際捜査実務能力と語学力の双方を兼ね備えた各級捜査官を養成するとともに、外国との協力関係の基盤を構築するため、外国からの研修員に対する研修を行い、併せてこれらの研修を実施する上で必要な調査研究を行うことを任務とする機関であり、大別して次の3種類の教養を実施している。
○ 国際捜査実務に関する研修
 国際法、外国法制等のほか、国際捜査実務に必要な専門的事項についての研修を行うもので、国際捜査、覚せい剤・麻薬事犯捜査、けん銃密輸入事犯捜査等の課程がある。
○ 外国語に関する研修
 国際捜査等に必要な英語、韓国語、中国語等の外国語の研修を行うものである。
○ 外国からの研修員に対する研修
 外国からの研修員に対し、国際捜査等に関する専門的事項について研修を行うもので、現在、国際捜査セミナー、麻薬犯罪取締りセミナー、交通警察行政セミナーにおける外国研修員の受入れを行っている。
 国際捜査研修所では、今後とも、研修課程の拡大及びこれに合わせた施設の整備を行うとともに、研修スタッフ、調査研究スタッフ等の充実を図り、中長期的な展望の下に、国際捜査実務能力と語学力を兼ね備えた国際捜査官の計画的育成を図ることとしている。
(イ) 都道府県警察における語学研修の推進
 警察事象の国際化に対応するための基盤は、語学力である。都道府県警察では、特に、世界の共通語ともいえる英語の教養を警察学校の教科やクラブ活動に採り入れるとともに、英会話講習会の開催、民間英会話学校への委託教養、英語技能検定の受験勧奨等に積極的に取り組み、語学力を有する警察官の育成に努めている。
(ウ) 海外研修の充実
 警察職員の国際的視野を広め、実務能力と語学力を兼ね備えた警察職員の育成を図るため、今後とも、青年警察官海外研修や外国関係機関等が行う研修への派遣を行うとともに、外国警察への長期留学等の海外研修制度の一層の充実を図るほか、総務庁や都道府県等の主催する青年国 際交流事業への参加を積極的に推進していくこととしている。
a 青年警察官海外研修
 警察庁では、将来の警察を担う前途有望な青年警察官に国際感覚を身に付けさせ、その視野を広めることを目的として、48年から青年警察官海外研修を実施しており、61年までに、北米、西ヨーロッパ等に923人を派遣している。派遣される者は、皇宮警察及び都道府県警察の第一線で勤務する年齢30歳未満の巡査又は巡査部長の階級にある青年警察官で、毎年、約70人が数グループに分かれ、11月初旬から4週間程度、外国警察の警察本部、警察署、警察学校等において、警察制度や警察活動について視察や実習を行っている。
 このほか、都道府県警察においても、独自に2~3箇月の長期研修を実施したり、また、総務庁や都道府県の主催する青年の船等の青年国際交流事業に参加させるなどして、国際感覚を有する青年警察職員の育成に努めている。

b FBIナショナル・アカデミーへの派遣
 FBIナショナル・アカデミーは、1930年代初頭の米国における治安情勢の悪化を背景として、昭和10年に開校された市、郡、州警察の警察官等の幹部養成のための全国規模の教育センターである。同校は、37年以降、国際交流の一環として、諸外国の警察官等を受け入れており、諸外国からの研修生は、米国の各警察の幹部候補生とともに、バージニア大学の法執行課程のカリキュラムに沿った管理学、行動学、法学等の研修を受けている。
 我が国の警察官の入校は、41年に警察庁から2人の警察官を派遣したのが最初であり、それ以来、来たるべき国際化時代に対応できる語学力と国際感覚を兼ね備えた優秀な警察官の養成を図るため、警察庁、警視庁等から派遣が行われ、61年度までに合計33人の警察官が入校している。
c 極東上級薬物取締官研修会への派遣
 極東上級薬物取締官研修会は、麻薬等の薬物の供給地における薬物の生産の防止や薬物の不正流通ルートの遮断等の薬物乱用防止対策に資するため、国際協力や取締り手法等に関する情報交換の重要性を各国が共通して認識することを目的に、毎年1回、米国司法省麻薬取締局(DEA)が開催しているものであり、薬物事犯の捜査に従事する上級取締官に対するセミナー形式で行われるものである。61年の研修会は、7月、我が国を含む東南アジア等の10箇国から52人が参加して、フィリピンで開催された。
イ 捜査推進体制の充実強化
 犯罪の国際化に適切に対応するため、都道府県警察では、国際捜査係を設置、拡充し、実務能力と語学力を兼ね備えた捜査官を重点的に配置している。また、警察における通訳体制を補完するため、民間の通訳を あらかじめ選定、委嘱しておくなどの措置を講じている。警察庁においても、外国捜査機関との打合せや交渉を行わせるため、国際捜査官を配置し、これを増員するなどして体制の強化を図っている。
 そのほか、国外逃亡被疑者、日本人国外犯被疑者及び国際的常習犯罪者に関する情報収集とその実態把握の徹底を図るとともに、外務省、入国管理局等の関係行政機関との連携を強化し、また、事件を担当する警察と海空港所在地を管轄する警察との協力体制を充実するなど、国際犯罪捜査体制の確立に努めている。
 なお、61年10月制定した「刑事警察充実強化対策要綱」においても、国際捜査力の強化を今後の重点課題として取り上げ、中長期的展望に立った国際犯罪対策を積極的に推進していくこととしている。
(2) 国際捜査協力の推進
ア ICPO等を通じた外国捜査機関との情報、資料の交換
(ア) 国際捜査協力
 国際犯罪の増加に伴い、個々の事件の捜査に関し、証拠資料の送付、外国捜査官の受入れ等の国際協力を行うことが一層重要となってきている。捜査に必要な情報、資料の交換を外国捜査機関と行うには、ICPOルート、外交ルート等があるが、ICPOルートは、専用無線通信網の整備が図られており、迅速、簡便であるため、日常的かつ頻繁に利用されている。
 過去10年間に警察庁が行った国際犯罪に関する情報の発信、受信の状況は、表1-20のとおりであり、その総数は、10年間で約1.7倍となっている。
 国際捜査共助法に基づく外国からの協力要請に対し、警察が調査を実施した件数は、表1-21のとおりである。昭和61年は、外交ルートによるものが14件、ICPOルートによるものが329件であった。

表1-20 国際犯罪に関する情報の発信、受信状況(昭和52~61年)

表1-21 外国からの依頼に基づき捜査共助を実施した件数(昭和56~61年)

(イ) ICPO
a ICPOの沿革
 国際犯罪の捜査に当たっては、世界各国の警察の国際協力が不可欠である。ICPOは、国際犯罪捜査に関する情報交換、犯人の逮捕と引渡しに関する円滑な協力の確保等国際的な捜査協力を迅速、的確に行うための国際機関である。ICPOは、その前身である国際刑事警察委員会(ICPC)が発展的に解消され、31年に創設されたものであり、61年12月末現在、142箇国が加盟し、国際連合により政府間機関とみなされている。我が国は、27年に加盟して以来、警察庁を国家中央事務局として、国際的な捜査協力を積極的に実施している。
b ICPOの組織及び機能
 ICPOは、最高の意思決定機関としての総会、監督機関としての執行委員会、フランスに置かれている事務総局、各加盟国に置かれている国 家中央事務局等から構成されている。

 ICPOの主な活動には、次のものがある。
(a) 犯罪情報の交換
 各加盟国に置かれている国家中央事務局が国際犯罪に関する情報、資料の交換を日常的に行っているほか、事務総局においても、国際犯罪及び国際犯罪者に関する情報を集積し、資料化している。
(b) 国際手配
 事務総局が各加盟国の依頼等に基づいて国際手配書を発行することにより、又は各加盟国国家中央事務局相互間における通報により、逃亡犯罪人の所在確認及び身柄の確保等について協力を行っている。
 国際手配書には、逃亡犯罪人引渡しを前提に被手配者の身柄の確保を求める「赤手配書」、被手配者の所在確認等を求める「青手配書」、国際的な常習犯罪者を各加盟国に通報する「緑手配書」等の種類がある。
(c) 国際会議の開催
 総会、地域会議等の会議において、薬物取引、国際テロ等の犯罪や地域内における各加盟国間の協力等の問題について討議を行っている。また、各種シンポジウムを開催し、警察の当面する諸問題について率直な意見交換を行っている。
c 情報通信ネットワーク
 ICPOが犯罪情報の収集、交換、国際手配書の発行等の活動を行い、その機能を果たす上で、迅速な通信手段は、必要不可欠である。このため、ICPOでは、[1]事務総局にある中央無線局、[2]世界を7つに分けた地域通信網(北ヨーロッパ地域、中部ヨーロッパ地域、地中海地域、南アメリカ地域、東・西アフリカ地域、北アメリカ地域、東南アジア地域)にある地域無線局、[3]各加盟国国家中央事務局にある国家無線局3種類の無線局を設置し、ICPO専用無線通信網を張りめぐらしている。
 この通信網は、昭和4年に創設され、現在、72箇国が加入し、年間約64万通の電報を取り扱っている。
 このほか、ICPOでは、国際電話回線等を利用して、世界116箇所との間でテレックス通信を、27箇所との間でファクシミリ通信を、また、26箇所との間で手配写真等の写真電送を行っている。

d 我が国の警察とICPO
 我が国は、警察庁に置かれたICPO東京無線局が東南アジア地域通信ネットワークの地域中央局となっているほか、事務総局への警察庁職員の派遣、最高額の分担金の拠出、ICPO情報通信ネットワークの近代化のための技術提供等、ICPOの機能強化に多大の貢献を果たしている。
 外国警察との捜査協力のほとんどがICPOを介して行われており、我が国の警察にとって、ICPOは、極めて重要な存在となっている。今後とも、ICPOの発展のため、可能な限り貢献するとともに、国際犯罪を防止するため、ICPOのより積極的な活用を図り、外国警察との捜査協力を推進していく必要がある。
イ 逃亡犯罪人の所在確認、引渡しに関する国際捜査協力
 警察では、国外逃亡を企てるおそれのある被疑者については、国際海空港における重点的な捜査等を通じ、出国前の検挙を図っているが、出国した後は、ICPO等を通じて外国捜査機関にその所在確認を依頼し、所在が判明した場合には、逃亡先国の法制等に応じて、各種の方法により身柄の確保に努めている。最近4年間の国外逃亡被疑者の検挙状況は、表1-22のとおりである。

表1-22 国外逃亡被疑者の検挙状況(昭和58~61年)

 一方、警察では、国内関係機関の協力を得て、ICPO国際手配者その他の外国において犯罪を犯した者の発見に努めているが、これらの逃亡犯罪人が我が国に所在することが判明した場合は、直ちに関係国への情報提供を行っているほか、外国からの要請に基づく身柄の引渡し等につ いて必要な協力を行っている。
ウ 薬物の密輸入事犯対策
 今日、覚せい剤、コカイン、ヘロイン、大麻等の薬物の乱用は、先進国、発展途上国を問わず急増する傾向にあり、世界各国で直面している共通の深刻な問題となっている。国際的な広がりを持つこの問題を解決するためには、一国内の取締りを強化することのみならず、国際協力を推進することが不可欠である。
 現在、我が国で乱用されている覚せい剤等の薬物のほとんどは、外国から密輸入されたものであり、警察では、ICPOを通じ、あるいは捜査官を派遣するなどして、薬物の仕出国等の関係国との情報交換や捜査協力を積極的に行っている。さらに、毎年、「麻薬犯罪取締りセミナー」を開催し、関係国の捜査官を招いて情報交換や取締りのための具体的国際協力方策について協議しているほか、国際連合主催の各種麻薬関係会議等にも積極的に参加し、より一層の国際捜査協力の推進に努めている。
 また、警察では、税関等の関係行政機関と密接に連携し、海空港における監視体制の強化を図るとともに、全都道府県警察が情報交換を積極的に行って、密輸入事犯の水際検挙に向けて一体となった捜査を推進している。
エ 暴力団の国際犯罪対策
 暴力団の国際犯罪に対処するためには、外国捜査機関との緊密な連携が不可欠である。このため、警察では、暴力団が進出している米国、東南アジア諸国等の捜査機関との情報交換をはじめ、各種の捜査協力に努めている。
 米国との間においては、55年以降4回にわたり「日米暴力団対策会議」を開催し、各種情報交換に努めているところであり、日本からは、警察庁をはじめ主要都道府県警察、大蔵省(税関)、法務省(入国管理局)等 が出席し、米国からも、FBI、DEAをはじめとする連邦捜査機関や地方警察が多数参加して、それぞれの機関の持つ情報を相互に提供し合い、今後の捜査協力の在り方等について検討している。
 このほか、61年10月には、米国の捜査機関の合同会議である「アジア系組織暴力犯罪会議」に初めて警察庁から担当官を派遣し、米国における日本の暴力団による犯罪やアジア系組織暴力犯罪に関して情報を交換するとともに、今後の連携強化等について協議したが、今後もこの種の会議に出席し、必要な協力を行うこととしている。
 また、銃器、薬物等の密輸入主要関係国であるフィリピンの捜査機関との間では、日本の暴力団の動向に関する情報交換を行うとともに、今後の暴力団対策について協議している。
 今後、警察庁では、より日常的かつ詳細にわたる情報交換を行うため、関係国捜査機関との間における恒常的な情報交換システムを確立し、そのシステム等を通じて入手された情報及び国内で収集された情報を集中的に分析、管理し、関係都道府県警察に提供することとしている。
オ 国際テロ対策
 警察では、国際テロを未然に防止するため、外務省、ICPO等を通じ、海外から国際テロ情報を収集するなど外国捜査機関との緊密な連携を図るとともに、関係機関との緊密な協力の下に、テロリストの入国、武器搬入の阻止を中心とした水際対策を強力に推進している。
(3) 各種国際機関への参加
 警察では、各国の犯罪情勢等について情報を交換し、国際的な対応を必要とする警察事象について対策等を討議し、また、人的交流を通じて外国警察機関との国際協力を推進するため、次のような国際機関に参加しているが、今後とも、各種国際機関に積極的に参加することにより、 国際化の進展に伴う警察事象の変化に対応するとともに、治安問題に関する国際協力を推進することとしている。
ア IACP
 国際警察長協会(IACP)は、元来、米国における各市、郡、州警察の間の質の不均衡を是正することを目的として、明治26年に各警察組織の代表者により設立された団体であるが、その後、米国以外の国の警察組織からの会員が増加するにつれて、国際機関としての性格を強め、昭和49年には、国際連合の公式の諮問機関として認められた。現在は、世界67箇国の様々な警察組織を代表する者が会員として加入しており、我が国からも、警察庁長官等が加入している。
 ICPOがヨーロッパ各国の警察の捜査協力を目的として生成、発展してきたのに対し、IACPは、環太平洋各国を中心とした警察の教養、装備の充実を目的とした機関であることから、その地域的基盤及び目的においてICPOを補完する役割が期待されている。
 現在、IACPは、警察管理者の間での職務協力、情報交換及び経験の交流を促進するために、各国警察の教養、装備等に関する援助、セミナー等の実施による意見交換、管理者研修の実施、各種刊行物の発行等の活動を行っているが、これらの活動を更に広範に行っていくため、アジアにおける拠点としての我が国の役割が重視されてきており、我が国での各種セミナーの開催等が求められている。
イ 国際連合麻薬委員会
 国際連合麻薬委員会は、薬物に関する国際条約案の作成、経済社会理事会に対する助言等を行うため、21年に設立された経済社会理事会の機能委員会の一つで、国際連合における薬物問題に関する事実上の政策決定機関としての役割を果たしているものである。61年現在、40箇国が委員国となっているが、我が国は、世界的な広がりを有する薬物乱用問題 の解決に向けた国際協力を行うため、我が国においてヘロインがまん延した36年から、委員国になっている。
ウ IAASP
 国際海空港警察協会(IAASP)は、海空港、運輸機関、貨物、船員、乗客の安全確保をはじめ、国際貿易に関する犯罪の未然防止と捜査共助の推進のため、海空港を管轄する各国の捜査機関が相互に協力し合うことを目的として、45年に設立された国際機関であり、61年現在、36箇国の捜査機関又はその幹部職員が加入している。警察庁からは、53年の正式加入以降、毎年幹部が年次総会に出席し、諸外国の捜査機関との連携による水際対策等に役立てている。
(4) 海空港における水際対策
 我が国は、その国土を海に囲まれており、諸外国との交流は、海空港を通じて行われている。 したがって、犯罪者等の出入国やけん銃、覚せい剤等の不法物件の流出入を防止するためには、国際交流の接点である海空港における水際対策が極めて重要である。
 警察では、全国の主要な海空港に水上警察署や空港警察署等を設置して、海港においては水上パトロールや訪船活動による警戒警備活動等により、空港においてはボディ・チェックや手荷物検査機周辺での監視警戒活動等により、不審人物や不審物件の発見に努めている。また、水際対策を効果的に行うには、関係機関、団体等との緊密な連携、協調が不可欠であり、このため、警察では、入国管理局、税関、海空港管理者等との間において、犯罪者等の出入国事実の通知や照会、不審情報の交換、手荷物や貨物の検査の徹底の要請等を行うとともに、これらの関係機関、団体等と「密輸出入取締り対策協議会」や「空港保安委員会」等を組織して、けん銃や覚せい剤の密輸入、ハイジャックの発生の防止等に当たっている。
 今後、水際対策を徹底するためには、海空港警察の組織、体制を整備するとともに、通信資機材、金属探知機等の整備、取締り技術の向上、関係機関、団体等との一層の関係緊密化等に努める必要がある。
〔事例〕 5月10日、山口県警察は、韓国人(41)による覚せい剤の密売事実を認知したが、その時は、同人が貨物船により韓国に向けて出航した直後であった。このため、山口県警察では、直ちに税関及び海上保安庁に連絡するとともに、下関水上警察署の警察船舶2隻を関門海峡に出動させ、同人が乗船した貨物船を捜索していたところ、海上保安庁から当該貨物船が関門橋を通過中であるとの通報を受けた。そこで、警察船舶を関門橋に向けて急派したところ、これを発見したため、税関の監視艇と協力して停船を求め、同人を緊急逮捕した。その後、同人の自供等に基づき捜査を続けた結果、在日韓国人と暴力団員等による韓国からの大量覚せい剤の密輸、密売事件を検挙した。

2 増加する来日外国人の安全を守るための活動

(1) 犯罪による被害の防止
 警察では、来日外国人が我が国で犯罪の被害に遭うことがないよう、海空港や観光地、外国人が多数居住している地域等において、外国人に対する防犯指導や防犯診断等を実施している。今後、国際化の進展に伴い、来日外国人はますます増加するものと予想され、その犯罪による被害の防止については、更に有効な施策を講ずることが必要である。
ア 海空港における防犯指導等の実施
 警察では、入港した外国船に対する訪船活動を行い、チラシ等を配布することによって、外国人が上陸後に犯罪の被害に遭わないよう防犯指 導を実施しているほか、来日外国人に目を付けた置引きやひったくりが発生したり、悪質な白タク営業が目立つ国際空港において、外国人に対し、この種の犯罪に注意するよう構内放送等を利用した呼び掛けをおこなっている。また、外国人が多数訪れる観光地等では、外国語に堪(たん)能な警察官を配置し、各種事件、事故の防止について指導している。
〔事例〕 大阪水上警察署では、大阪港に入港する外国船を警察官が訪れ、防犯上の諸注意や非常の場合の110番通報要領等の内容を盛り込んだ署長名の英文チラシを船長に手渡し、乗組員等の上陸後における被害防止を呼び掛けている(大阪)。
イ 外国人居住者に対する防犯指導等の実施
 警察では、外国人が多数居住している地域において、外国人居住者が犯罪の被害に遭わないよう、防犯講習会を開催して防犯指導を行うなどの対策を講じている。また、外国人の留学生、会社員等に対しては、巡回連絡等の際に防犯上の留意事項を教示するなどの防犯指導を実施しているほか、その受入れ先に対しても、留学生等の被害の防止について協力を依頼している。
〔事例1〕 三沢警察署では、外国人居住地域において公然猥褻(わいせつ)事犯が多発したことから、同地域の外国人居住者を警察署に集め、警察への通報要領、事件発生に際しての注意事項等に関する講習会を開催した(青森)。
〔事例2〕 在日米軍家族が多数居住する山手警察署管内では、車上ねらいをはじめとする盗犯が増加したことから、同署防犯課員らと米軍関係者による合同パトロールを実施し、犯罪の予防に効果を上げている(神奈川)。
(2) 交通事故による被害の防止
 来日外国人の増加に伴い、我が国の交通事情に不慣れな外国人が交通 事故の被害者となる例も多くなることが危ぐされる。
 来日外国人にとって、本国の交通事情、交通ルール等は我が国と必ずしも同じでなく、本国の交通社会における行動様式をそのまま我が国に持ち込んでは危険な場合もあることから、国際化がますます進む今日、来日外国人の交通事故被害の防止については、早急に有効な施策を講ずることが必要である。
 このため、警察では、来日外国人が多い地域の道路標識に外国語の補助板を取り付けて外国人が理解しやすいようにしたり、大使館や外国人の多い施設等で交通安全指導を行うなどの活動を行っている。また、来日外国人に我が国の交通ルール及び交通の状況を理解させるため、(財)全日本交通安全協会が道路交通法の英訳版を、(社)日本自動車連盟(JAF)が交通の教則(普及版)の英訳版を、(財)国際交通安全学会が交通統計の英訳版をそれぞれ発行し、希望者等に配布している。
 しかし、来日外国人の交通事故を防止する活動はまだ十分であるとはいえず、今後一層このような活動を強化充実する必要がある。

3 対外協力を中心とした外国警察との国際交流の推進

(1) 各分野における国際協力の推進
 警察行政の分野における我が国の諸外国に対する国際協力については、従来、鑑識技術、交通管制技術、情報通信技術等の技術面での協力が中心であったが、最近では、運転者教育、交通安全教育等幅広い分野での協力にまで拡大する傾向がみられる。また、国際協力の相手国も、これまでは東南アジア諸国が多かったが、アジア.太平洋地域からアフリカ、中南米等の世界各国に広がりつつある。
 国際化が進展していく中で、今後ますます増加し、多様化することが 予想される諸外国の要望に的確に対応していくため、警察としては、警察庁等の組織、体制を一層整備し、犯罪鑑識、交通、情報通信等の各分野において、専門技術職員等の派遣、技術資料等の提供、研修員の受入れ等の協力、援助を積極的に推進するとともに、民間レベルの国際交流についても十分な支援を行っていくことが必要である。
(2) ICPO情報通信ネットワークに対する技術協力
ア ICPO情報通信ネットワークの現状
 警察庁は、東南アジア地域通信ネットワークの地域中央局として東京無線局を設置し、パリの国際中央局や地域内無線局11局との交信を行っているほか、地域内各国に対する技術指導に当たっている。東京無線局の昭和61年の取扱い電報数は、約1万7,500通であり、10年前に比べ約4.0倍になっている。
イ ICPO情報通信ネットワークの近代化
 ICPO加盟国間の電報は、従来はオペレータを介して中継してきたが、ICPO事務総局では、各国の事情により通信手段が異なっている場合でも、コンピュータを利用して大量の電報を迅速、確実かつ自動的に処理することができるAMSS(自動メッセージ・スイッチング・システム)を設置し、62年春に運用を開始した。我が国も、このシステムの導入に当たり検討及び開発に参画してきたところであるが、AMSSをアジア地域内各国が利用できるようにするためには、早急に警察庁に地域中央局用AMSSを設置する必要があり、システムの設計を進めている。
 アジア地域内のICPO加盟国の中には、専門通信ネットワーク未加入の国が多く、情報交換を効率的に実施できない実情にある。このため、ICPO事務総局は、各加盟国の通信事情に柔軟に対応できるように、ICPO情報通信メディアとして、AMSSを核としたテレテックス通信 の導入を計画している。我が国においても、早急にこの通信方式を追加導入し、ICPO情報通信ネットワークの充実、強化に寄与することを計画している。
 今後、我が国としては、警察庁の国際通信体制の技術部門の一層の充実、強化を図り、ICPO情報通信ネットワークの近代化に関する技術的諸問題について、ICPO事務総局及び関係各国に対する技術的提言及び職員の派遣等による指導、協力を積極的に推進していく必要がある。

ウ ICPO情報通信ネットワークの将来構想
 衛星通信は、地球上の任意の地点間の通信が確保でき、映像、音声、データ等のあらゆる国際通信に利用されている。ICPO事務総局は、衛星通信によるICPO情報通信ネットワークの構築を計画しており、過去のICPO国際会議等で検討が重ねられてきた。警察庁では、衛星通信を利用した国際間における高度通信ネットワークの構築についての検討に参画してきたところであるが、災害時の応急通信や沖縄等の離島との間 の通信に衛星通信を利用した実績を踏まえ、引き続き積極的に参画していく予定である。

4 海外における大規模災害時の国際協力

 海外、特に開発途上国において地震、火山噴火等の大規模な災害が発生した場合、被災国のみでは十分な救助活動や応急復旧活動等が困難な場合がある。このような場合には、我が国としても、国際協力の一環として、迅速かつ効果的な救助活動を行う必要がある。このような観点から、警察庁においては、昭和60年9月19日に発生したメキシコ地震災害に際し、地震発生時の交通対策、避難対策等の防災計画の整備に関する技術協力のため、専門家を派遣するなどの諸活動を行ってきたところである。政府は、メキシコ地震災害を契機に、我が国の国力にふさわしい国際的責務をより一層果たすため、開発途上国において大規模な災害が発生した場合には、相手国の要請を受けて、警察をはじめとする関係行政機関から成る国際緊急援助隊(仮称)を、編成、派遣することとし、そのために必要な法的整備を行うこととしている。警察としても、この体制整備に積極的に協力することとし、国外において救助活動等に従事する援助隊の編成や携行資機材の整備、輸送等について諸準備を進めている。


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