第1節 迅速な初動警察活動と通信指令システム

 犯罪、事故等の発生の通報を受けた場合には、警察はできるだけ迅速に現場に急行して、犯人を検挙し、あるいは被害者の保護や被害の拡大防止措置をとらなければならない。特に、近年における犯罪のスピード化等に伴い、初動措置の迅速性が事案の早期処理の成否を左右するキーポイントとなっている。
 このような要求にこたえるためには、
○ 犯罪等の発生通報の受理と警察官の出動指令のための中枢としての役割を果たす通信指令室の指令、統制機能を充実させること
○ 臨場する警察官が的確な措置をとれるよう、通信指令室との間で必要な情報を送受するための十分な通信連絡手段を確保すること
○ 犯人が逃走した場合、素早く捕そくできるよう、強力な緊急配備システムを確立すること
が重要である。
 このため、初動警察活動の運営にコンピュータと電子通信機器を積極的に導入している。

1 初動警察活動の中枢、通信指令室

(1)現場検挙は早期臨場から
 110番通報のうち刑法犯関係の事件で、パトカーが出動した場合のリスポンス・タイム(通信指令室で110番通報を受理してから、パトカー等が目的地に到着するまでの所要時間をいう。)と現場における検挙との関係をみると、表1-1のとおりで、110番通報を受けてからパトカーが

表1-1 110番集中地域におけるリスポンス・タイムと検挙状況(昭和59年)

現場に到着するまでの時間が短ければ短いほど、現場で犯人を検挙する確率は高くなる。
 警察では、迅速、的確な初動警察活動を行うため、110番通報の受理とパトカー等に対する指令のセンターとして24時間体制で活動する通信指令室を全国の警察本部等に設置している。通信指令室では、犯罪、事故等の発生通報を受けると、直ちにパトカーや派出所勤務員等に指令を発し、現場へ急行させるとともに、重要あるいは広域的な事案に対しては、緊急配備の発令や隣接都道府県又は全国の警察本部への通報を行い、警察力を緊急かつ組織的に動員して犯人の早期検挙等に努めている。また、交通渋滞が激しくなる中で、110番通報の受理から無線指令に至るまでの業務の迅速化、確実化を図り、リスポンス・タイムを短縮するため、コンピュータ等の電子技術を活用した最新の通信指令システムの整備を進めている。

(2)最新の通信指令システム
 最新の通信指令システムは、次のような仕組みから成っている。
ア 110番受付台
 110番通報は、コンピュータ制御により、受理担当者が待機している受付台に着信する。受理担当者が聴取した110番通報の内容は、キーボード又は特殊ペンの操作により、受付台のディスプレーに表示されるとともに、関連無線指令台等のディスプレーにも直ちに表示されるので、無線指令担当者は迅速、的確に指令することができる。
 また、受付台のディスプレーには、110番通報者の所在位置や事件発生場所を正確に把握できるよう、公衆電話設置場所リスト、地理目標物リスト等の支援情報も表示される。
イ 無線指令台
 無線指令台は、無線指令担当者が110番通報内容を基に、無線による出動指令等を行うための装置である。これには、110番通報の着信と同時にその内容が表示されるディスプレーとパトカーの動態を表示するディスプレーが装備されているので、現場近くにいるパトカーをより早く臨場させることができる。
ウ 有線指令台
 有線指令台は、ワンタッチ電話、模写電送等により、警察署、派出所、駐在所に対して同時一斉の指令や連絡を行うための装置である。
エ 総合指令台
 総合指令台は、幹部が事件発生時に総合指揮を行うための装置であり、110番受付台と無線指令台の双方に指示を行うこと、110番通報に割り込み通話をすること、直接パトカー等に無線指令をすることなどができるようになっている。


オ 地図自動現示装置
 地図自動現示装置は、現場付近の詳細な地図をボタン操作によりディスプレーやスクリーンに映し出す装置である。これによって、110番通報の受理担当者及び無線指令担当者は、通報者の現在位置、事件、事故現場付近の地理状況等を的確に掌握することができるので、110番通報受理や無線指令が効率的に行える。
カ カーロケー夕
 カーロケータは、パトカーの所在位置等の活動実態を常時コンピュー夕に記憶させ、必要に応じてその内容を無線指令台のディスプレーに表示するものである。これにより、無線指令担当者は、事件、事故発生の際、現場に最も近いパトカーを確認して現場に急行させることができる。
 昭和58年以前に一括してこのシステムを導入した5道県警察について、導入前後のリスポンス・タイムを比較してみると、表1-2のとおりで、導入後のリスポンス・タイムは著しく短縮されている。

表1-2 最新の通信指令システムの導入前後のリスポンス・タイムの短縮状況

 現在、このような最新の通信指令システムが導入されているのは、警視庁をはじめ全国8都道県(方面)警察であり、今後、大都市を持つ府県を重点に逐次整備を進める必要がある。また、システムの機能を更に向 上させるため、地図自動現示装置については、音声入力により地図が自動的に表示される方式の研究を進めている。
 さらに、道路交通状況を初動措置に反映させるなどのため、通信指令システムと交通管制システムとの機能的な結合について検討する必要がある。
(3)通信指令室と現場を結ぶ移動無線通信
 移動無線通信は、時と場所を選ばず発生する各種事案に応じ、機動的、組織的な第一線警察活動を展開するため、不可欠の役割を担っている。特に、110番通報に基づく現場への急行、緊急配備等の寸秒を争う初動警察活動に際しては、最も有力な情報通信手段として活用されている。
ア 移動無線通信の種類
(ア) 車載無線通信
 車載無線通信は、警察本部等の通信指令室を核として、パトカー、白バイ、ヘリコプター、警備艇、警察署等が相互に無線通話するシステムで、全国に約9,400台無線機が整備されており、主として各都道府県警察単位に、県下一円の広い地域を通信エリアとして運用されている。
 また、警察活動の広域化に対応するため、複数の都府県にわたって無線通話のできる広域共通通信系及び高速道路通信系も整備されている。
(イ)携帯無線通信
 携帯無線通信は、犯罪捜査や警備活動等集団で局地的な警察活動を機動的に行うため、個人携帯用として使用されており、全国で約3万5,000台無線機が整備されている。
 なかでも、警察署ごとに通信系を構成している署活系は、街頭でパトロール活動中の警察官がいつでも警察署や他の警察官と連絡を取り、組織的な活動を行うことができるようにしている。

イ 移動無線通信のデジタル化
 無線マニアの増加等により、警察無線を傍受し、不法に警察の通話に割り込み、妨害する事案が増加しており、昭和59年度には、約1万7,000回にも達している。こうした電波妨害により警察活動は大きな支障を受けており、警察では、各種の探索用電子装置を駆使して、妨害電波発射源の探索、検挙を行っている。
〔事例1〕 9月19日午後7時30分ころ、千代田区の自由民主党本部が 極左暴力集団により放火された際、警視庁の複数の車載無線通信系 の電波が約40分間妨害された(警視庁)。
〔事例2〕 7月ころ、滋賀、京都、奈良、和歌山の各府県警察の車載無線通信系が日を変え時間を変えて電波妨害される悪質な事案が発生した。犯人は、探索を逃れるため、妨害電波の発射場所を移しながら妨害を繰り返していたが、警察の妨害電波発射源探索により、自宅において検挙された(兵庫)。
 警察庁では、警察活動における通信の秘匿性を高めるとともに電波妨害を防止するため、我が国で初めてのデジタル移動無線通信方式を開発したが、この方式は、音質や秘匿性の点で国際的にも最高水準にある。57年度に警察移動無線にこの方式を導入して以来、拡充整備を進めており、早期に全国整備を完了させる予定である。
ウ 移動無線通信のマルチメディア化
 パトカーの活動機能を一層高めるため、デジタル移動無線通信方式を利用した「パトカー緊急照会指令システム」を開発し、近く導入を計画している。このシステムは、警察本部の通信指令室からパトカーへ事件、事故発生現場の略図等を画像伝送したり、あるいはパトカーから警察庁のコンピュータへ指名手配者照会等が直接行えるようにするためのものである。
 また、現場の警察官と通信指令室等とを画像通信で結ぶため、現在、可搬型の超小型ファクシミリの開発を進めている。

2 重要事件に対処する緊急配備システム

(1)通信指令室を中心とする緊急配備の指揮システム
 通信指令室で重要事件を認知した場合には、迅速に緊急配備(犯人の早期検挙のため、多数の警察官を緊急かつ集中的に動員して、あらかじめ指定された要点で検問、張り込み等に当たらせることをいう。)を発令し、無線、有線通信網をフルに活用して、事案の概要、犯人の特徴、逃走手段等各種の情報をパトカー、警察署等に伝達するとともに、的確な指揮、指令を行っている。
 しかし、自動車利用犯罪の増加に伴い、犯罪はますますスピード化している。図1-1は、自動車利用の窃盗犯の検挙状況を最近5年間にわたってみたものであるが、検挙件数及び窃盗犯検挙総数に対する構成比は、共に大幅に上昇している。また、高速道路を利用した広域にわたる凶悪犯罪も目立っている。

図1-1 自動車利用の窃盗犯の検挙状況(昭和55~59年)

 このような傾向に対処するためには、緊急配備の運用の中に最新の科学技術を組み入れ、犯人の逃走のスピード化に対応できるような方策を推進する必要がある。
 例えば、
○ 過去の重要事件発生時における犯人の逃走状況のデータをコンピュータに蓄積しておき、これを詳細に分析して、事件発生の際には、これを基にした犯人の逃走行動の予測により、緊急配備の範囲、箇所、方法をより合理的に決定できるようにすること
○ 検問、張り込み等の必要な場所に警察官が適正に配置されたかどうかを、最新の電子技術を活用して、通信指令室で、視覚により早期かつ効果的に把握できるようにすること
が必要である。
 このような試みの一つとして、警視庁においては、警視庁本部の大型コンピュータと警察署等に置かれたパーソナルコンピュータとを通信回線で結んだ「新システム」を開発し、昭和60年4月から運用を開始する予定である。このシステムの中心は、警視庁本部内の通信指令センターに設置された大型地図表示盤で、この表示盤には、事件の発生場所、高速道路のランプや駅の所在地等交通の要所、検問や張り込み完了場所等が発光ダイオードによってカラーで表示される。これにより、通信指令

センターでは、配備状況等が一目で分かるため、迅速、的確な緊急配備の指揮、指令ができるようになる。
(2)自動車ナンバー自動読取りシステム
 自動車利用犯罪については、緊急配備による検問を実施する場合でも、実際に検問が開始されるまでに時間を要すること、交通量が非常に多い場所では検問の効果的実施が困難であること、徹底した検問を行うには交通渋滞を覚悟しなければならないことなどの問題がある。
 警察庁では、これらの問題を解決するため、道路上のカメラと路側のコンピュータによって、走行中の自動車のナンバーを自動的に読み取り、手配車両のナンバーと照合するシステム(自動車ナンバー自動読取りシステム)を開発中である。

このシステムは、
○ 事件認知後直ちに、通過する車両のナンバーを読み取って照合すること
○ 検問中に手配車両が通過することを現場の警察官に速報すること
などを主な目的としており、端末装置と中央装置とから構成されている。
 端末装置は、位置センサー部、撮像部、信号処理部、警報表示部とから成り、それぞれの機能は次のとおりである。[1] 位置センサー部及び撮像部においては、通過する自動車を感知してそのナンバープレートをTVカメラで撮像する。[2] 信号処理部においては、コンピュータが、撮像されたナンバープレートの画像を高速処理して漢字、平仮名、数字等を読み取る。[3] 読み取られた情報は中央装置に送られ、手配車両と照合される。[4] 両者が一致した場合、その旨が警報表示部に表示される。
 このシステムは、昭和56年度から開発を進めており、59年度には試作した端末装置による構内実験を行った。60年度には路上実験等各種実験を重ね、早期に実用化を図る予定である。


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