第4節 銃器・薬物問題の現状と対策

1 銃器犯罪の現状と対策

(1) 平成10年の銃器情勢
ア 銃器発砲事件の発生状況
 過去10年間の銃器発砲件数、死者数の状況は、図2-11のとおりである。
 平成10年中の銃器発砲件数は154件(前年比6件増)であり、9年に引き続きやや増加した。

図2-11 銃器発砲件数と死者数・負傷者数の推移(平成元~10年)

 個々の事件の内容をみると、東京都新宿区内の繁華街の路上で会社役員がけん銃で射殺され(11年2月検挙)、また、福島県内で高校教諭がけん銃で撃たれ重傷を負う(10年6月検挙)など、依然として一般市民を対象とした銃器発砲事件が発生しており、国民に不安と脅威を与えている状況がうかがわれる。
イ 発砲による死者・負傷者数
 10年中の銃器発砲による死者数は19人(前年比3人減)、負傷者数は35人(4人増)であった。このうち、暴力団の構成員及び準構成員以外の一般の死者数は8人(前年比1人減)、負傷者は13人(3人増)であった。
ウ けん銃を使用した凶悪事件の発生状況
 10年中は、けん銃(けん銃様のものを含む。)を使用した凶悪事件が158件発生し、9年と比べてやや増加(8件(5.3%))した。内訳では、殺人が49件(前年比9件増)、強盗が92件(2件増)、傷害、恐喝が合わせて17件(3件減)であった。また、けん銃発砲を伴う強盗事件は10件発生し、9年と比べ7件減少したが、そのうち、けん銃の発砲により被害者が負傷した事件は4件(前年比2件減)であり、依然として予断を許さない状況にある。
[事例1] 5月、足立区内の路上で、ぱちんこ景品買取り業者がワゴン車で信号待ち中、けん銃を所持した男に右足を撃たれて負傷し、現金約2,500万円入りのバッグを強奪された。11年6月現在、捜査中である(警視庁)。
[事例2] 5月、伊勢原市内のぱちんこ店駐車場で、ぱちんこ景品買取り業者が、集金した現金を車両に積み込んでいたところ、3人組にけん銃を突き付けられ現金約760万円入りのバッグを奪われた後、けん銃で右肩を撃たれ負傷した。11年6月現在、捜査中である(神奈川)。
(2) 銃器摘発の現状
ア 銃器の押収状況
(ア) けん銃の押収状況
 平成10年中のけん銃の押収丁数は1,104丁であり、前年に比べ121丁(9.9%)減少し、特に暴力団からの押収丁数は576丁と前年に比べ185丁(24.3%)減少した。押収したけん銃のうち真正けん銃は929丁(84.1%)であり、なかでもトカレフ型けん銃が115丁と4年以降連続して最も多く押収されている。
 なお、過去10年間のけん銃押収丁数の推移については、図2-12のとおりである。
(イ) けん銃以外の銃器の押収状況
 10年中におけるけん銃以外の銃器の押収状況は、小銃、機関銃、砲が合わせて29丁(前年比18丁(163.6%)増)であった。また、ライフル銃が27丁(前年比8丁(42.1%)増)、散弾銃が149丁(4丁(2.8%)増)、その他の装薬銃砲が39丁(8丁(25.8%)増)、空気銃が63丁(30丁(90.9%)増)であった。
(ウ) 違法古式銃砲の押収状況
 登録後の改造、すり替え等により、登録証は交付されているが銃砲刀剣類登録規則に定める鑑定の基準に合わず、かつ現代の実包を発射することができる違法な古式銃砲の押収丁数は75丁(前年比48丁(39.0%)減)であった。
イ 武器庫の摘発状況
 暴力団の武器庫(組織管理の下に3丁以上の銃器が隠匿されている場所)の摘発は20件、112丁であった。最近摘発した暴力団の武器庫の実態をみると、特に8年以降、人の居住し

図2-12 けん銃押収丁数の推移(平成元~10年)

ていない場所を武器庫とする事件の摘発が目立ってきている。10年中に摘発した武器庫のうち、人の居住していない場所の占める割合は約43%に達した。さらに、その約8割は、被疑者本人や親族以外の者が所有等している場所であり、銃器の所持者をより特定しにくい場所を武器庫に選定する傾向が強まっている。
[事例1] 4月、暴力団事務所等の一斉捜索を行い、暴力団幹部(48)の知人が所有する資材置場のコンテナ内からけん銃13丁、実包150個を押収し、同暴力団幹部を銃刀法違反で検挙した。5月には、同暴力団幹部にけん銃等を預けた暴力団組長(50)を同法違反で検挙した(茨城)。
[事例2] 6月、大阪府内に居住する元暴力団幹部の身体を捜索し、けん銃1丁(実包5発装填(てん))を発見し、銃刀法違反で検挙するとともに、同人宅の玄関先に設置されたキャビネット内からけん銃6丁、実包165個を発見、押収した(石川)。
ウ 暴力団の構成員及び準構成員以外の者によるけん銃所持事件等の摘発状況
 10年中の暴力団の構成員及び準構成員以外の者からのけん銃の押収は528丁であり、前年に比べ64丁(13.8%)増加した。押収けん銃の内訳は、真正けん銃が435丁(82.4%)、改造けん銃が93丁(17.6%)であり、真正けん銃のうち115丁(26.4%)は旧日本軍の軍用けん銃であった。この中では、ガンマニアからの押収が目立っている。
[事例1] 7月、モデルガンショップ店の捜索を行い、改造けん銃2丁を発見、押収し、経営者(57)を銃刀法違反で検挙するとともに、関係者らの自宅等から改造けん銃35丁等を押収し、会社員、自営業者ら9名を銃刀法違反等により検挙した(警視庁)。
[事例2] 4月、会社経営者(50)らによるけん銃密造工場を割り出して捜索を行い、密造けん銃33丁、実包29個を押収して、同人ら4人を銃刀法違反等で検挙し、さらに、被疑者の自宅等から同種の密造けん銃7丁、実包443個を発見、押収した(神奈川)。
エ 密輸入事件の摘発状況
 10年中は、フィリピンルート等によるけん銃等の密輸入事件を4件(前年比5件減)、米国やフィリピンルートによる実包密輸入事件を8件(6件増)を検挙し、けん銃9丁(29丁減)、実包251個(243個減)を押収した。なお、詳細については、第1章第1節2(7)参照。
(3) 我が国の銃器規制
ア 規制の概要
 銃器を規制する法律には、銃砲の所持、輸入、発射等を規制する銃刀法と、銃砲の製造、販売等を規制する武器等製造法がある。銃刀法が規制の対象としている銃砲とは、けん銃等(けん銃、小銃、機関銃及び砲)、猟銃(ライフル銃及び散弾銃)、その他の装薬銃砲及び空気銃であるが、このほか、模造けん銃や模擬銃器も規制の対象としている。けん銃等は本来的に対人殺傷の用に供されるものであり、警察官、自衛官等を除き一般の所持は禁止されているが、猟銃、空気銃、産業用銃等については、その社会的有用性から都道府県公安委員会の許可を受けて所持することが認められている。
 平成10年末における都道府県公安委員会の所持許可を受けた銃砲の数は46万4,037丁であった。このうち猟銃及び空気銃は41万7,609丁と全体の90%を占めているが、その数は20年連続して減少している。
イ 最近における銃刀法の一部改正とその効果
 けん銃等については、5年及び7年の銃刀法の一部改正をはじめ、数次の改正によりその規制の強化等が行われた。
 5年の一部改正により、けん銃を提出して自首した者については刑を必要的に減軽又は免除することとされているが、押収けん銃のうちその適用を受けたけん銃の丁数の推移は、表2-12のとおりであり、同規定は国内に潜在しているけん銃の回収に成果を上げている。
 また、7年の一部改正により新設された発射罪については、10年中の発砲事件154件のうち、同罪による検挙件数は31件、検挙人員は36人であった。この検挙人員のうち33人は、暴力団の構成員及び準構成員であった。7年以降の発射罪の適用は累計で110件である。
 10年中の実包所持罪による検挙件数は43件(前年比10件増)、検挙人員は47人(14人増)であり、押収された実包全体の6.3%を占める1,049個に同罪が適用されている。

表2-12 押収けん銃のうち自首減免規定の対象となったもの(平成6~10年)

(4) 総合的な銃器対策の推進
ア 政府における諸対策の推進
 厳しい銃器情勢に対処するため、平成7年9月、内閣官房長官を本部長とする「銃器対策推進本部」(内閣官房、警察庁、環境庁、法務省、外務省、大蔵省、水産庁、通商産業省、運輸省、海上保安庁、郵政省及び自治省で構成。)が、閣議決定により設置された。同年12月に同本部において決定された「銃器対策推進要綱」に基づき、各省庁においては毎年度「銃器対策推進計画」を策定し、相互に緊密な連携を図りながらその諸対策を推進している。
イ 銃器摘発の推進
(ア) 取締りの徹底強化
 警察は、発砲事件の検挙に全力を挙げることはもとより、組織犯罪としての性格を一段と強めつつある暴力団等によるけん銃密輸・密売事犯や武器庫等の摘発を重点とした取締りを行っている。このため、情報収集活動の強化、捜査手法の高度化、銃器捜査専門捜査員の育成、高性能捜査機材の整備、活用等に努めている。
 また、4年以降、「けん銃取締り特別強化月間」を設けて全国一斉のけん銃特別取締りを実施しており、10年は5月と10月に実施し、期間中にけん銃不法所持事件等265件、271人を検挙するとともに、暴力団の武器庫を摘発するなどして、けん銃403丁を押収した。
(イ) 水際対策の強化
 警察では、水際での銃器の取締りを強化するため、税関、海上保安庁等との共同摘発班の編成、合同訓練の実施、連絡協議会の開催等関係機関との連携を推進している。10年は、税関及び海上保安庁と銃器密輸入事件を想定した合同訓練を、1管区警察局、10都道府県警察において実施した。
ウ 国際的な銃器対策の推進
(ア) 国際会議の開催
 国際的な銃器の不正流通は、もはや一国だけの努力によって阻止できるものではなくなっており、我が国における銃器対策を実効あるものにするためには、捜査、銃器管理の両面にわたり、国際的な協力体制を構築する必要がある。このため、警察庁では、国際会議の開催のほか国際連合やG8における様々な取組みを通じて、銃器問題に関する国際世論の喚起を

図るとともに、国際的な共通認識の形成に努めている。
 6月には、銃器取締りに関する国際協力の円滑化を図るとともに、関係国における適切な銃器規制の推進に寄与するため、ODA事業の一環として、アジアを中心に4箇国の銃器管理担当者を東京に招き、「第4回銃器管理行政セミナー」を開催した。また、12月には、リヨン・グループが取りまとめた、銃器の密造及び不正取引と闘うための「G8原則声明及び行動計画」((ウ)参照)が求めている国際銃器捜査の進展を図ることを目的として、8箇国・2国際機関の銃器専門家等による「銃器対策国際ワークショップ」を東京において開催した。
(イ) 国際連合における取組み
 国際連合では、1995年(平成7年)の第9回犯罪防止会議で、我が国が提案した銃器規制決議が採択されたことを契機に、「加盟国が共通に採用し得る銃器規制の方策」を検討するための国連銃器規制プロジェクト(以下「プロジェクト」という。)が推進されている。
 1998年(平成10年)4月の国連犯罪防止刑事司法委員会には、プロジェクトが行った銃器使用犯罪や銃器規制の現状に関する国際調査の結果を取りまとめた報告書が事務局から提出された。また、同委員会では、我が国、ブラジル、カナダ及び米国の主導により、プロジェクトの成果の総括を行うとともに、今後、国連国際組織犯罪対策条約作成の一環として、銃器の不正取引対策に関する国際文書の作成に向けた作業を提案することを内容とする経済社会理事会決議案が提出され、G8諸国を含め57箇国が共同提案国となって全会一致で採択された。
 この決議に盛り込まれた国際組織犯罪対策条約の一環としての国際文書の作成については、銃器の密造及び不正取引に関する議定書として起草作業が開始されている。
 また、我が国は、プロジェクトに対して、約50万ドルの資金拠出を行ったほか、プロジェクトに置かれた専門家会合に警察庁及び法務省(国連アジア極東犯罪防止研修所)から専門家を派遣するなど、積極的な人的・物的貢献を行っている。
(ウ) G8における取組み
 G8では、ハリファクス・サミット(1995年)の議長声明に基づいて設けられた「G8国際組織犯罪対策上級専門家会合」(リヨン・グループ)において、銃器の不正取引対策についても検討を行っている。1997年(平成9年)は、この会合の都度、我が国を議長国とする銃器サブグループを開催し、関係国の法執行機関の捜査協力の強化等に関する施策を取りまとめ、デンヴァー・サミットに報告した。同サミットでは、これを受け、「新たな国際文書について検討を行うことにより、銃器の違法取引と闘うこと」及び「銃器の特定のための標準化されたシステムと、銃器の輸出入の許認可のためのより強力な国際的体制を採用すること」が新たに決定され、政治宣言に盛り込まれた。
 リヨン・グループでは、その後の会合において、この政治宣言を具体化するための協議を行った結果、銃器の密造及び不正取引と闘うための「G8原則声明及び行動計画」を取りまとめ、1998年(平成10年)5月のバーミンガム・サミットにおいて報告し、各国首脳の支持を得た。
 この文書は、[1]密造及び不正取引を各国で犯罪とし、間隙(げき)のない処罰体制を作ること、[2]不正取引された銃器の出所の追跡調査(トレーシング)を可能にするための仕組み(銃器の刻印、記録保管等)を各国で整備すること、[3]ダイバージョン(正規国際取引からの不正流出)の防止のため、銃器の輸出入及び通過輸送を各国で規制すること、[4]情報交換や捜査共助の迅速化、技術・訓練に関する交流の実施等、捜査・訴追に関する国際協力を強化することなど、G8としての決意表明と他の諸国に対し同様の措置の実施を勧告することを主な内容とするものである。また、今後、国連国際組織犯罪対策条約作成の一環として、銃器の不正取引に関する法的拘束力のある国際文書の作成に向けた作業を行っていくことも盛り込まれ、国連犯罪防止刑事司法委員会における経済社会理事会決議案採択の基礎を築いた。
 なお、この「G8原則声明及び行動計画」に関しては、7月に「銃器対策推進本部」の幹事会が開催され、同本部の枠組みを活用して、政府として誠実な履行に努めることが確認された。
エ 違法銃器の根絶に向けた国民等の理解と協力の確保
 違法銃器の根絶のためには、銃器問題に対する国民一人一人の理解と協力が必要不可欠である。平成10年中は、違法銃器に関する積極的な情報提供を呼び掛けるため、全国の警察本部に「けん銃110番」を整備したほか、銃器犯罪根絶に向けた広報用ビデオの作成、税関、海上保安庁等関係機関との合同キャンペーンの実施等、違法銃器の根絶に向けた広報啓発活動を積極的に推進した。警察庁は、7年から銃器犯罪の根絶を国民に呼び掛ける集いを開催しているが、11年2月には、こうした動きを地方にも広げ、定着させることを目的として神奈川県で「違法銃器根絶の集い・神奈川大会」を開催した。今回は、銃器問題をテーマとした同県内の高校生による舞台劇等を行い、銃器に対する拒絶感が希薄な青少年層を主たる対象として、銃器犯罪のない社会を築くことの重要性を訴えた。
 各都道府県においても、知事を本部長とする「銃器対策推進本部」の設置が進められており、10年は新たに11県で同本部が設置され、全国で32道府県となった。このほか、都道府県議会における違法銃器根絶決議の採択も進められている。
 また、猟銃等の盗難が増加し、猟銃を使用した犯罪や第三者を巻き込んだ猟銃事故が多発する中、猟銃、射撃競技の関係団体と協力し、10年4月の全国銃砲一斉検査や関係団体の会合等の際に、猟銃等の所有者に対し、猟銃等の盗難及び事故防止を図るよう指導した。

2 薬物犯罪の現状と対策

(1) 深刻な覚せい剤情勢
ア 「第三次覚せい剤乱用期」下の深刻な情勢が継続
 平成10年中の覚せい剤の押収量は549.0キログラムで、9年1年間の押収量171.9キログラムの3倍を超え、過去3番目の大量押収となった(図2-13)。また、覚せい剤事犯の検挙人員は1万6,888人(前年比2,834人(14.4%)減)と減少したものの、これまでの覚せい剤押収量の推移を5年単位でみると、最近5年間(6~10年)の押収量は1,770.1キログラム

図2-13 覚せい剤事犯の検挙状況の推移(平成元~10年)

に達し、過去最高となるなど(図2-14)、長期的な傾向として覚せい剤の押収量は増大している。さらに、10年も引き続き初犯者(初めて覚せい剤取締法違反により検挙された者)が全検挙人員の半数を超えるなど(表2-13)、覚せい剤乱用のすそ野が拡大していることから、「第三次覚せい剤乱用期」の深刻な情勢が継続しているとみられる。

図2-14 5年単位の覚せい剤押収量(昭和29~平成10年)

表2-13 覚せい剤事犯の初犯者率の推移(平成元~10年)

イ 相次いだ覚せい剤の大量密輸入事件
 10年は、過去最大級の覚せい剤密輸入事件の摘発が相次いだ。8月検挙の「中国人による大量覚せい剤密輸入事件」における覚せい剤の押収量は3120キログラム、同月検挙の「住吉会傘下組織組長らによる大量覚せい剤密輸入事件」における覚せい剤の押収量は202.6キログラムで、それぞれ、覚せい剤押収量は、過去第2位、第4位であった。
 覚せい剤をはじめとする薬物の密輸入の手口は、GPS装備の漁船等を利用した「瀬取り」、航空貨物、コンテナ貨物等に隠匿する方法、身体巻き付け、嚥(えん)下等多種多様にわたっており、ますます巧妙化している(第1章第1節2(3)ウ参照)。
[事例] 8月、高知県興津沖海上で発見された覚せい剤が暴力団組長(51)らによる密輸入事件にかかわるものであることを突き止め、その後、海上保安庁、税関等関係機関と の連携の下、11月までに、同組長ら6人を覚せい剤取締法違反で検挙するとともに、高知県沖等で覚せい剤合計約202.6キログラムを押収した(警視庁、埼玉、三重、高知、鹿児島)。

ウ イラン人密売組織による薬物事犯の潜在化・巧妙化
 9年中に300人を超えた来日イラン人による薬物事犯の検挙人員は、10年中も289人と引き続き高水準で推移している(表2-14)。薬物の種類別検挙状況では、覚せい剤事犯の検挙人員が最も多く、全体の75.1%に当たる217人となっている。違反態様別にみると、依然として、営利犯(営利目的所持及び営利目的譲渡)の占める割合が高く(65人で全体の30.0%)、来日イラン人による薬物密売が活発であることを示している。

表2-14 イラン人による薬物事犯の検挙人員の推移(平成6~10年)

 また、密売方法は、以前の街頭における無差別密売が影を潜めているが、10年中の来日イラン人薬物密売事犯に係る携帯電話の押収台数は351台と9年中の押収台数の255台を大きく上回るなど、携帯電話を利用した個別継続的な密売に変わってきており、また、組織的な薬物密売によって得られた不法収益を巧妙に海外へ送金している事例もみられるなど、その活動が潜在化・巧妙化の傾向を強めている(第1章第1節3(2)エ参照)。
エ 不正取引に深くかかわる暴力団
 10年中に覚せい剤事犯で検挙された暴力団の構成員及び準構成員は7,204人(前年比613人(7.8%)減)であったが、総検挙人員に占める割合は42.7%(3.1ポイント増)で、暴力団からの覚せい剤押収量が466.0キログラム(84.9%)に上り、依然として暴力団が不正取引に深く関与していることがうかがわれる(表2-15)。

表2-15 暴力団による覚せい剤事犯の検挙人員の推移(平成元~10年)

(2) 社会を汚染し続ける薬物乱用
ア 大麻事犯
 平成10年中の大麻事犯は、検挙件数は2,021件(前年比227件(12.7%)増)、検挙人員は1,236人(132人(12.0%)増)とそれぞれ増加した。押収量は、乾燥大麻が99.2キログラム(36.3キログラム(26.8%)減)、大麻樹脂が205.8キログラム(100.4キログラム(95.3%)増)であった。
 年間の大麻樹脂の押収量は、それまでの最多を記録した8年の144.5キログラムを更に61.3キログラム上回り、過去最多の押収量となったほか、10月には、大麻樹脂の1回の押収量としては過去最多の101.0キログラムを押収した。また、その押収量の推移を5年単位でみると、最近5年間(6~10年)の押収量(676.0キログラム)は、その直前の5年間(元~5年)の押収量(84.2キログラム)の8倍強に当たるなど、急増傾向を示している。
[事例] 10月、インドネシアから横浜港への貨物船を利用して、座卓等の家具類、壷(つぼ)の木枠等に大麻樹脂を隠匿して密輸入した日本人男性(30)ら4人を大麻取締法違反により検挙するとともに、大麻樹脂101.0キログラムを押収した(神奈川)。
イ 麻薬等事犯
 10年中の麻薬等事犯(麻薬及び向精神薬取締法違反及びあへん法違反をいう。)の検挙件数は702件(前年比129件(22.5%)増)、検挙人員は375人(66人(21.4%)増)であった(図2-15)。
(ア) コカイン事犯
 10年中のコカイン事犯の検挙件数は200件(前年比65件(48.1%)増)、検挙人員は93人(34人(57.6%)増)で、20.4キログラム(4.9キログラム(19.4%)減)を押収した。全検挙人員のうち来日外国人が45人と半数に上り、国籍別にみるとイラン人が14人、コロンビア人が13人と両者でその約60%を占めている。また、大量押収事例(1度に500グラム以上押収した事例をいう。)8件のうち7件までがペルーやコロンビアからの航空小包郵便等を利用した大量密輸入事犯であるなど、依然として南米の薬物犯罪組織の活発な活動がみられる。

図2-15 大麻、麻薬等事犯の検挙人員の推移(平成元~10年)

(イ) ヘロイン事犯
 10年中のヘロイン事犯の検挙件数は110件(前年比27件(32.5%)増)、検挙人員は61人(17人(38.6%)増)で、3.6キログラム(2.4キログラム(40.0%)減)を押収した。全検挙人員のうち来日外国人が32人と半数に上り、国籍別にみるとベトナム人が21人で、その65.6%を占めている。
(ウ) 向精神薬事犯
 10年中の向精神薬事犯の検挙件数は46件(前年比9件(16.4%)減)、検挙人員は31人(5人(13.9%)減)、押収量は鎮静剤が2万7,032錠(5,826錠(27.5%)増)、興奮剤が1万2,425錠(前年押収なし。)であった。
(エ) あへん事犯
 10年中のあへん事犯の検挙件数は180件(前年比21件(10.4%)減)、検挙人員は132人(8人(5.7%)減)、押収量は11キログラム(28キログラム(71.8%)減)であった。イラン人による事犯は23人(23人(50%)減)と減少しているものの、依然、来日外国人による事犯の74.2%(31人中23人)と高い割合を占めている。
ウ シンナー等有機溶剤事犯
 10年中のシンナー等有機溶剤の乱用者(摂取し、若しくは吸入し、又はその目的の所持により毒物及び劇物取締法違反で検挙された者をいう。)の検挙人員は6,611人(前年比646人(10.8%)増)であり、うち少年が4,496人と68.0%を占めている(表2-16)。

表2-16 シンナー等有機溶剤乱用者の検挙人員の推移(平成6~10年)

(3) 薬物乱用に起因する事件、事故
 覚せい剤、シンナー等の薬物の乱用は、急性中毒により死に至ることがあるほか、幻覚、妄想等により、殺人、強盗等の凶悪事件や交通事故等を引き起こすことがあるなど、乱用者自身の精神、身体を蝕むばかりでなく、社会の安全を脅かすものである。
 平成10年の薬物乱用に起因する事件の検挙人員は、表2-17のとおりであり、うち凶悪犯の検挙人員は前年の15人から23人に急増した。凶悪犯が20人を超えたのは、元年以来である。
 また、薬物に起因する事故として、乱用による中毒死18人、自殺及び自傷10人、交通事故22人を認知した。

表2-17 薬物乱用に起因する事件の検挙人員(平成10年)

(4) 薬物対策の推進
ア 政府の薬物対策
 内閣総理大臣を本部長とする「薬物乱用対策推進本部」は、平成10年5月、「第三次覚せい剤乱用期」の早期終息と世界的な薬物問題解決のための国際貢献を基本目標とした「薬物乱用防止五か年戦略(以下「五か年戦略」という。)」を策定した。
 この中では、具体的な目標として、[1]青少年の薬物乱用傾向の阻止、[2]密売組織の取締りの徹底、[3]密輸の水際阻止と密造地域における対策の支援、[4]薬物依存・中毒者の治療と社会復帰の支援の4つが掲げられている。
イ 警察の薬物対策
 警察では、政府の薬物対策の中枢を担う機関として、これを治安の根幹にかかわる重要な問題ととらえ、薬物の供給の遮断、需要の根絶及び不法収益対策を三本の柱として、総合的な対策を推進している。
(ア) 供給の遮断
 我が国で乱用されている薬物のほとんどが海外から密輸入されたものであることから、これを水際で阻止するため、海上保安庁、麻薬取締官事務所、入国管理局、税関等の関係機関及び外国の取締当局等との連携を強化し、薬物の供給源や供給ルートの解明、壊滅に努めている。
 また、薬物の密輸・密売に深く関与する薬物犯罪組織の壊滅に向けて、コントロールド・デリバリー等の効果的な捜査手法を積極的に活用した取締りを行っており、10年には29件のコントロールド・デリバリーを実施した。
(イ) 需要の根絶
 薬物の需要の根絶を図るためには、社会全体に薬物を拒否する規範意識が堅持されていることが極めて重要である。このため、警察では、末端乱用者の検挙を徹底するとともに、関係機関等と協力して、薬物乱用相談、薬物乱用防止教室等を実施するなど、広報啓発活動を活発に展開して、薬物乱用に対する抵抗感や薬物の危険性、有害性についての正しい認識の醸成、維持に努めている。10年には、五か年戦略の策定を受けて、6月に「薬物乱用問題に関するシンポジウム」を後援するなど、薬物乱用防止に向けた国民の意識の高揚に努めたほか、啓発用資料「ドラッグ」等を作成し、全国において薬物乱用防止に係る様々な会合、キャンペーン等での意識啓発に活用した。

(ウ) 不法収益対策
 薬物の密輸・密売により得られるば〈だいな不法収益が、これら薬物犯罪の誘因となり、また、薬物犯罪組織の存立・拡大の基盤となっていることから、組織の壊滅のためには、不法収益をはく奪することによって、資金面からの打撃を与えるとともに、薬物犯罪の動機を失わせることが必要である。
 麻薬特例法により、不法収益の隠匿、収受及び仮装(マネー・ローンダリング)の犯罪化、不法収益の没収・追徴・保全の強化等不法収益対策が強化されたことから、警察では、同法を積極的に活用した不法収益対策を推進しており(表2-18)、10年には、同法第9条(不法収益の隠匿等)を適用して、薬物犯罪による不法収益の海外送金についてマネー・ローンダリングを行っていた事犯を初めて検挙した(第1章第1節2(4)参照)。

表2-18 麻薬特例法違反事件数の推移(平成4年7月1日施行~10年)

ウ 薬物対策における国際協力の推進
(ア) 薬物対策に関する国際協力の枠組み
 薬物の不正取引は、国際的な薬物犯罪組織により国境を越えて行われており、一国のみでは解決できない問題である。サミット、国際連合等の国際的枠組みの中でも、地球規模の重大な問題として、その解決に向けた取組みがなされている。
 10年には、薬物問題を取り扱う重要な会議が相次ぎ、薬物対策に係る国際協力の気運が大きな盛り上がりをみせた。
a 国際連合における取組み
 国際連合においては、経済社会理事会に麻薬委員会が置かれており、その下で国連薬物統制計画(UNDCP)が薬物問題全般にわたって幅広い活動を行っている。
 世界的に薬物情勢が深刻化する中で、1998年(平成10年)6月、ニューヨークの国連本部において、「国連総会麻薬特別会期」が開催され、150箇国以上の首脳、関係閣僚等が参加した。同会期では、21世紀の国際的な薬物乱用防止戦略について討議され、政治宣言を含め、覚せい剤対策に関する行動計画等、今後の世界の薬物対策の指針となる7つの文書が採択された。同会期には、政府代表の一員として、警察庁長官が参加し、各国の取締機関幹部と国際的な捜査協力の強化について協議を行った。
 また、10月には、マレーシアのクアラルンプールにおいて、UNDCPの主催で「第22回アジア・太平洋薬物取締機関長会議」が開催され、26箇国の薬物取締機関の長が参加して、薬物の不正取引対策等に係る国際協力の在り方について協議を行った。
b サミットにおける取組み
 1985年(昭和60年)のボン・サミット以来、経済宣言、政治宣言、議長声明において薬物対策に関する国際協力の強化が取り上げられている。
 1998年(平成10年)5月に開催されたバーミンガム・サミットでは、「薬物取引と国際犯罪に関する特別声明」が発表され、薬物については、薬物不正取引阻止のための国際協力の強化、薬物の需要削減、不正薬物栽培根絶等に関して一致がみられた。
c ASEAN等における取組み
 11月、江沢民・中国国家主席が来日した際の小渕首相との首脳会談において、薬物等国際犯罪一掃のための国際協力の重要性が確認された。また、12月、ベトナムのハノイで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)との首脳会議等に出席した小渕首相は、政策演説において、薬物、国際組織犯罪等といった人間の生存、生活、尊厳を守るために対応が不可欠な中・長期的問題について「人間の安全保障(ヒューマン・セキュリティ)」という視点で包括的にとらえ、その解決のためのアジア各国の取組みの協力を訴えた。
(ウ) 国際協力の推進
 警察では、関係国との捜査員の相互派遣、各種国際会議への参加等を通じた情報交換等により国際捜査協力の推進を図っており、3月には、アジア・太平洋地域の各国及びヨーロッパ諸国(26箇国2地域)並びに国際刑事警察機構(ICPO)の参加を得て「第4回アジア・太平洋薬物取締会議」を主催し、各国の薬物情勢、法制度や捜査手法に関する相互理解と協力関係を一層強化したほか、生産国等における薬物問題への取組みを支援することを目的として、薬物犯罪取締セミナー等の開催、途上国への技術援助のための調査等を行っている。
 また、平成11年2月には、ミャンマー、タイ、ラオスにまたがる「黄金の三角地帯」及びその周辺の国々との協力関係を強化するため、UNDCPと協力して、外務省と共催で、「1999アジア薬物対策東京会議(ADLEC Tokyo)」を開催した(第1章第2節1(5)参照)。


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