第4節 英国及び米国の被害者対策

 前節まで、我が国における被害者対策について紹介してきたが、諸外国においても、それぞれの社会文化や治安情勢に応じて、各種施策が実施されている。
 なかでも、英国及び米国は、犯罪被害者補償制度、警察における被害者対策、民間の被害者援助団体の活動等において最も先進的な施策を行っていると言えることから、以下、両国における被害者対策を概観することとする。

1 英国

(1) 概要
 英国は、被害者対策の最先進国の一つであるが、現在に至るまでの被害者対策の流れは、次のように分けることができる。
 まず、1960年代に、被害者に対する国家的な補償の必要性が叫ばれ、犯罪被害補償制度が創設され、金銭的な援助が行われるようになった。
 次に、1970年代に入り、被害者への精神的な支援の必要性が認識されるようになり、ボランティアを中心とする支援活動が開始された。このうち、代表的な民間の被害者援助団体としては、現在、英国全域で活動を展開しているVS(Victim Support:被害者援護協会)が挙げられる。
 その後、1980年代には、刑事手続における被害者の法的地位の向上について活発に論議されるようになり、全国的な被害者の実態調査の結果等を踏まえて、被害者の処遇に関する全般的な見直しが行われた。警察においても、被害者に対する情報提供をはじめとする各種サービスが積極的に行われるようになった。
 さらに、1990年代に入り、これまでの被害者対策の流れを国家的取組みとして充実・発展させるべきであるとの認識から、1990年(平成2年)、政府が、「被害者憲章」(Victim's Charter)を発表し、各機関が行うべき被害者支援活動の指針を定めたほか、1996年(平成8年)には、これを更に進め、
○ 刑事手続の概要
○ 各機関の行う支援活動の内容
○ 各機関の活動に対する苦情の申立ての方法
○ 各機関の所在地及び連絡先
等の被害者が必要とする具体的な情報を盛り込んだ「新被害者憲章」を発表した。
(2) 犯罪被害者補償制度
 英国の犯罪被害者補償制度は、1964年(昭和39年)に定められた「犯罪被害補償要綱」(Criminal Injuries Compensation scheme)に基づき、その運用が開始されたが、現在と比べて、当初は補償の対象となる被害が限定され、また、個々の被害者ごとに詳細に損害額を算定するなど、支給の手続も必ずしも迅速なものではなかった。
 しかし、これらの問題点の改善が提唱され、これを受けて、1995年(平成7年)、「犯罪被害補償法」(Criminal Injuries Compensation Act 1995)が制定され、凶悪犯罪のみならず家庭内暴力等による身体的被害に対しても対象とされたほか、身体的被害に加えて精神的被害も補償の対象とされた。また、補償額についても、25段階の障害等級表を作成し、それに応じて算定することとなり、個々に損害賠償額を算定する必要のあった当初と比べて迅速な算定、支給が可能となった。
 1997年(平成9年)現在、補償額の上限は、約50万ポンドとなっている。
(3) 警察における被害者対策
 英国警察が行っている被害者対策の目的は、
○ 被害者の心情、要望に配意した捜査活動を行うこと
○ 被害者が警察に対する届出をためらうことのないような環境を整備し、捜査により被害者が受ける二次的被害を可能な限り軽減すること
○ 警察において捜査の進行状況等やサービスを可能な限り提供すること
○ 警察では提供することが困難なサービスや情報等を必要とする被害者に対して、VS等の適切な関係機関を紹介すること
などであり、これに基づき、刑事手続や関係機関の情報等が盛り込まれた小冊子の交付、捜査の進行状況の連絡、被害者や証人に対する保護措置等を行う刑事司法保護連絡官の設置等のきめ細かい被害者対策が行われている。
 特に、殺人事件の遺族に対しては、事件捜査を担当する特捜班の中から1人を家族連絡官として指定し、遺族の事情聴取や情報提供を一手に引き受けるシステムがとられている。また、遺族に対しては、捜査幹部からのお見舞いの手紙や家族連絡官の氏名、電話番号、今後なすべきこと、犯罪被害者補償委員会に対する補償の申請用紙等が入った「情報パック」が提供されている。
 また、性犯罪の被害者に対しては、警察内部に強姦被害者専用の事情聴取室及び医師による診断が可能な施設が設置されているほか、事情聴取には被害者の希望する性別の捜査官が当たることとされている。また、ロンドン警視庁においては、1984年(昭和59年)より、強姦の届出を受理したときには「シャペローン」(Chaperone:「付添人」の意味)と呼ばれる被害者に対する支援活動を行う警察官を指定し、一定期間、被害者の総合的な 支援に専従させる制度が導入されている(他のいくつかの警察においても、同様の制度が導入されてい る。)。
シャペローンは、
○ 刑事手続、法律上の救済制度等に関する情報をまとめた小冊子の交付
○ 捜査の進展状況等についての情報提供
○ VSへの連絡、手配
○ 病院、法廷等への付添い
○ 事情聴取、証拠採取等の立会い等捜査の補助
等を行うこととされ、被害者が被害直後から捜査を経て、公判に至るまで適切な処遇を受けることができるよう、被害者と捜査官及び他の関係機関とをつなぐ連絡官として極めて重要な役割を担っている。
 シャペローンに指定されるのは、通常、警察署の制服部門に所属する比較的若い警察官であり、その特性や希望等を踏まえ、シャペローンに指定される者のリストに登載される。
 シャペローンは非常にストレスの多い任務であると認識されており、シャペローンとして被害者を担当するのは年に2~3回程度にとどめることが理想とされ、本人の希望がない限り、3年でその任務が解除されることとなっている。このようなシャペローンの経験は、性犯罪に限らずあらゆる犯罪捜査に従事する捜査官にとって有益であるとされており、シャペローンは、捜査部門での勤務を希望する制服警察官にとって、経験しておくべき重要な任務として位置付けられている。
(4) VSによる被害者支援活動
 VSは、1974年(昭和49年)に地域社会に基盤をおいた草の根運動としてブリストル市で設立され、その後徐々に警察の協力を得て英国全土にその組織及び活動を拡大し、1979年(昭和54年)に全英的なネットワーク組織へと成長した。
 1997年(平成9年)現在、本部及び470の地方組織を有し、約900人の有給スタッフ及び約1万6,000人の研修を受けたボランティアにより運営されている。運営費は、現在、内務省から、毎年1,200万ポンド以上の補助金が交付されており、VSの予算全体の95%以上を占めている。
 VSは、主に警察の紹介に基づき、年間100万人以上の被害者に対し、ボランティアによる相談の受理、精神科医等の専門家の紹介、防犯上のアドバイス、刑事司法制度や事件の進捗(ちょく)状況等についての情報提供、被害者が証人として法廷へ出廷するときの付添い等総合的な支援活動を行っている。

2 米国

(1) 概要
 米国は、英国と並ぶ被害者対策の最先進国の一つである。
 犯罪被害者補償制度については、1965年(昭和40年)にカリフォルニア州で導入されたのを最初に、各州とも導入を図ってきたが、1984年(昭和59年)のVOCA(Victims of Crime Act:連邦犯罪被害者法)が制定されたことにより、各種被害者救済制度の財政的基盤が整備された。
 また、民間の被害者援助団体は全米で大小1万近く存在し、その団体の規模、提供するサービスの内容も多岐にわたっている。その中の代表的なものが、NOVA(National Organization for Victim Assistance:全米被害者援助機構)であり、被害者の立場を代弁する様々な活動を行っている。
(2) 犯罪被害者補償制度
 犯罪被害者に対する補償制度が、多くの国で中央政府により統一的に運用されているのに対し、米国では、各州が運用の主体となっており、その内容も州によって異なっている。
 しかし、VOCAの成立により、一定の要件を満たした州に対して連邦から補助金が交付されることとなり、各州とも安定した財政の下で運用されている。
 具体的には、医療費、カウンセリングに要した費用、犯罪の被害によって働くことができなかった期間の損失賃金、葬祭費等が被害者に補償される。補償額は各州で異なるが、1997年(平成9年)現在、補償額合計の上限は、多くの州で1万5,000ドルから2万5,000ドルの間となっている。
(3) 警察における被害者対策
 米国では、市や町の警察から郡警察、州警察等と様々な警察組織があるため、米国の警察全体の統一的な被害者支援プログラムは存在せず、それぞれの警察における被害者対策も多岐にわたっている。
 しかし、機動性が高く、24時間対応が可能であるなどの理由で、警察による被害者対策の必要性、有効性が広く認識されてきており、現在急速に発展している。
 例えば、全米の警察の被害者援助のモデルとして評価されているロチェスター市警察では、被害者対策が警察の業務の重要な一部と位置付けられ、市警察本部の家庭及び被害者サービス課に設置された被害者援助班、家庭援助班及び少年対策班の三つの班が、それぞれ犯罪被害者一般に対する各種援助活動、家庭内暴力や児童虐待等への対応、少年の保護等を担当している。なかでも、被害者援助班の活動は多岐にわたっており、被害直後のカウンセリング、刑事手続や犯罪被害者補償制度等についての情報提供、民間の被害者援助団体の紹介、病院や裁判所等への付添い等を行っている。
(4) NOVAによる被害者支援活動
 NOVAは、1975年(昭和50年)、非営利の民間団体として設立された。設立当初、その活動は創設者やボランティアからの寄付等により支えられていたが、1979年(昭和54年)に初めて連邦政府から補助金を得たことを契機に、ワシントンD.C.に全国本部を設置するなど全国的なネットワーク組織に成長した。 1990年代には、約3,600の団体、個人が会員となっている。
 NOVAは、被害者の立場を代弁することを目的としており、これに基づき、

○ ボランティアによる電話相談の受理、医師、カウンセラー、弁護士等相談内容に応じた適切な機関等の紹介、被害者の法廷への付添い等の直接的な支援活動
○ 被害者援助プログラムの作成、ボランティア等に対する教育、訓練
○ 各州の犯罪被害者補償制度、VOCA等様々な被害者支援制度の整備への働き掛け
等を行っている。


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