第2節 オウム真理教の組織犯罪活動等の実態

 テロ集団化した教団は、松本サリン事件、地下鉄サリン事件等の種々の犯罪等を引き起こしたことが明らかになっているが、本節では、その実態について、お布施の強要等による組織・経済基盤確立行動、教団脱退信者に対するリンチ殺人事件等の内部統制活動、有毒ガス、銃器製造等による武装活動、地下鉄サリン事件等の攻撃活動等に分けて、見ていくこととする。

1 組織・経済基盤確立活動

 教団は、組織基盤を確保するための施設を建設するに当たり、国土利用計画法違反事件を敢行するとともに、活動資金を得るため多額の財産を有している在家信者等を強引に出家させ、その財産を教団に寄附させる目的で、数々の逮捕・監禁事件、営利略取事件等を敢行した。
(1) 波野村における国土利用計画法違反等事件
ア 事件の概要
 教団は、崇拝するシヴァ神が統括する伝説の理想郷建設を目指す「日本シャンバラ化計画」の実践活動の一環として、波野村に教団施設を建設するため、同村内の約15万平方メートルの山林を買収することを計画した。平成2年5月、教団の顧問弁護士らは、建設用地を地権者から買収するに当たって、売買価格が総額5,000万円であるにもかかわらず、価格が著しく適正を欠くとして、熊本県知事から契約の締結を中止すべきであるなどの勧告を受けることをおそれ、同価格を総額3,000万円とする内容虚偽の届出を同知事に対して行った。しかし、その後、早急に施設の建設を進めるため、「土地はお布施である。」として同届出を取り下げ、虚偽の負担付贈与契約書を作成し、県知事への届出を行わないまま贈与を理由として同山林の所有権移転登記を行った上、土地代金の支払事実を隠ぺいするため証拠隠滅工作等を行っていた。これらの行為は、国土利用計画法違反(虚偽届出、届出義務違反)、公正証書原本不実記載・同行使罪及び証拠隠滅罪に当たる。
イ 和解金の獲得
 2年5月、教団が波野村に進出し、同村内で教団施設を建設する計画である旨の新聞記事が掲載されたことを契機として、教団の同村進出に対する地元住民の反対運動が一挙に沸き上がった。教団の波野村進出が具体化する中で、同村へ転居してきた教団信者と地元住民との対立は激化し、両者間の暴力事案に警察官が出動するなど教団の波野村進出問題は一地域の問題にとどまらず全国的に注目を集めるものとなった。
 このような情勢の中で、波野村は、教団の村外への退去を求めて和解交渉を行った結果、6年8月、同村が教団に対し9億2,000万円を支払い、教団は村外へ退去することで和解が成立した。
(2) 宮崎県における旅館経営者被害に係る営利略取事件
 教団幹部らは、教団の在家信者である旅館経営者(63)のもとにまとまった土地売却代金が入ることを知り、その代金をお布施名義で強引に入手することを企てた。そこで、平成6年3月27日、宮崎県小林市内の旅館経営者宅において、睡眠薬入りのお茶を同人に飲ませ、同人が眠ったところを車両で上九一色村の教団施設に連れ込み、強引にお布施の約束を取り付けようとした。同人は、教団が薬物を使用し、自分の意識を失わせて無理やり教団施設に拉(ら)致した上、土地売却代金を狙(ねら)っていることを十分理解していたが、教団に逆らって逃走しようとすれば殺害されるとの危機感を抱き、教団の本やビデオを読むふりをして、熱心な信者を装っていた。その後同人は、教団に対し多額のお布施をすることを約束し、帰宅を許されたが、6年8月21日に帰宅した後、6年9月26日、教団信者らを告訴・告発した。
(3) 公証役場事務長逮捕・監禁致死事件
ア 犯行に至る経緯
 目黒公証役場事務長の妹(62)は在家信者であり、教団幹部の勧めに応じ、お布施と称して教団に対し合計約6,000万円の寄附をしていたが、「イニシエーション」と称する宗教的儀式を2回受けて幻覚を見るなどの異常な体験をしたこと、信者の過激な言動や殺気立った教団の雰囲気等に接したこと、教団による(2)の事件に関する報道に接したことなどから、教団に対する疑いや恐怖感を覚えるようになっていた。
 一方、教団幹部らは、同女が不動産等の多額の財産を所有していることを知り、同女を出家させ全財産を教団に寄附させようと考え、第2サティアンと称する教団施設において、教団代表が同女に薬物混入の飲物を手渡してこれを飲ませ、意識朦朧(もうろう)状態に陥れた上、同女に出家することを約束させた。
 同女は、このままでは教団に全財産を取り上げられてしまうと思い、兄である事務長にこれまでの経緯を話し、教団からの脱会を相談し、その後、教団から身を隠した。
イ 犯行状況
 教団幹部らは、同女の不動産の利用計画を既に進めていたことから、同女を探し出して何としてでも出家させようと考え、同女の居所を聞き出すために事務長の動きを見張っていたが、事務長を拉致し教団施設に連行するのが手っ取り早いと考え、教団代表の了承を受けた上、平成7年2月28日、公証役場から帰宅途中の事務長をあらかじめ準備していた車両に無理やりに連れ込み、同人が抵抗しないように全身麻酔薬を注射した上、麻酔効果を持続させるため、別の全身麻酔薬を点滴ラインで管注した。
 教団幹部らは、事務長を上九一色村の教団施設に連れ込み、全身麻酔

薬を点滴ラインで管注し同人の意識状態を低下させてから、同人の体を揺すって半覚せい状態に戻した上で妹の居所を尋ねたが、事務長が妹の居所を言わなかったので、全身麻酔薬の管注を続けたところ、全身麻酔薬の副作用である呼吸抑制、循環抑制等による心不全により事務長は死亡した。
ウ 死体の損壊状況
 教団幹部らは、教団代表の指示により、事務長の死体を教団第2サティアン地下室に運び、そこに設置してある「マイクロ波加熱装置」を使い焼却した。さらに、焼け残った遺骨を木片で粉々に砕いた上、硝酸で溶解し、近くの湖に遺棄した。
エ 犯行後の教団による罪証隠滅工作

 教団幹部らは、事件について何らかの知識を有していると思われる信者数人に対し、全身麻酔で眠らせた上、頭部に電極をつなぎそれに通電させて記憶を抹消する「ニューナルコ」と呼ばれる処置を施したほか、犯行に使用したレンタカーを借りた際に指紋を残した可能性のある信者らに対し、指紋消去手術及び整形手術を行わせ、これらの信者を各所にかくまった。
(4) 名古屋市内における老女被害に係る営利略取等事件
 教団女性幹部(37)らは、出家信者(46)の母親(76)に対し、同女が所有する土地・建物等をお布施として教団に寄進するよう説得したが、同女がこれに応じなかったことから、平成7年3月20日、名古屋市内の同女宅に押しかけ、同女に薬物を投与し昏睡状態に陥れ、あらかじめ用意していた車両で上九一色村の教団施設に連れ込んだ。 またその際、同女宅から同女名義の定額貯金証書等を強取し、3月23日、同女名義の郵便貯金払戻金受領証等を偽造して、名古屋市内の郵便局において現金約930万円をだまし取った。

2 内部統制活動

 教団では、教団施設から信者を連れ出そうとした元教団信者を殺害したり、信者に対し薬物を投与し、イニシエーションと称する各種宗教的儀式を実施するなどして、信者の獲得や脱会防止、信者の結束を図っていた。
(1) リンチによる殺人事件
ア 富士宮市における信者リンチ殺人事件
 教団代表ほか多数の信者は、教団の修業内容に疑問を抱き、教団脱会の意志を有していた男性信者(21)の殺害を企て、平成元年2月上旬ころ、静岡県富士宮市にある教団施設内に設置されたコンテナ内において、同人の両手両足をロープで縛って監禁し、頸部を絞め付けるなどして殺害した。
イ 第2サティアンにおける元信者リンチ殺人事件
 被害者の男性(29)は2年に出家信者となり、教団附属医院で薬剤師等として働いていたが、その後、「教団が他から弾圧されている」などという教団代表の言動等に不信感を抱くようになり、6年1月22日ころ教団を抜け出した。
 この男性は、かねてから、知り合いである附属医院の入院患者に対する治療方法が適切なものではないとの疑問を抱いていたが、この入院患者が第6サティアンに移った後も、治療等をこのまま続ければむしろ病気は悪化するのではないかと考え、入院患者の夫と教団の在家信者であるその長男とともに、入院患者を第6サティアンから連れ出すことを計画した。6年1月30日、被害者と入院患者の長男は第6サティアンに侵入し入院患者を連れ出そうとしたが、途中で信者らに発見され、第2サティアンに連行された。第2サティアンには教団代表ほか多数の信者が集まっており、その中で教団代表は在家信者である長男に対し、同人を家に帰してやることを条件に被害者の殺害を命じ、長男は数人の信者とともに被害者の首をロープで絞め付け殺害した。
ウ 第2サティアンにおける信者リンチ殺人・死体損壊事件
 教団代表ほか数人の教団信者らは、6年7月中旬ころ、上九一色村にある第2サティアン地下室において、教団信者の男性(27)をスパイと決めつけ、頸部にロープを巻いて締め付けるなどし、同人を窒息させて殺害し、同地下室内のマイクロ波焼却装置を使用して、同人の死体を焼却した。
(2) 信者に対する監禁事件
ア 元看護婦監禁事件
 教団信者らは、平成6年7月28日、山梨県南都留郡にある駐車場において、教団を脱走した元看護婦である信者(29)の背部及び両足を抱き抱えるなどして、普通乗用車の後部座席に連れ込み、同女を上九一色村にある教団施設に連行し、6年10月26日までの間、第5サティアン等に同女を監禁した。
イ 元女優の長女監禁事件
 教団信者らは、信者である元女優と共謀の上、7年2月4日、東京都三鷹市の路上において、同女の長女(19)を車両に押し込み降車できないようにし、第6サティアンに到着するまでの約3時間にわたり同女を監禁した。また、2月5日から同月18日までの間、同女を第6サティアン内の独房に閉じ込めるなどして監禁した。
ウ 大阪における逮捕監禁事件
 教団信者らは、6年12月9日、教団脱会を決意してその話合いのため教団大阪道場を訪れた教団信者(25)の脱会を阻止しようとして、同人を無理やり車両に乗せ、手錠をかけ麻酔薬を注射するなどして意識朦朧状態にし、富士宮市にある教団施設まで移動する間、同人を監禁した。
エ 上九一色村教団施設内における女性信者監禁事件
 教団信者らは、教団脱会を希望した女性信者(23)を監禁して懲罰を加えることを目的として、6年12月下旬ころから7年3月22日の間、第6サティアン及び第10サティアンにおいて、同女に対し頭部を殴打するなどの暴行を加えたほか、全身麻酔薬を注射するなどして意識不明に陥らせ、施錠付きのコンテナに監禁した。
オ 上九一色村教団施設内における教団信者監禁事件
 教団信者らは、7年3月22日第10サティアン礼拝堂3階において、教団信者に対し、薬物を吸引させるなどして意識不明に陥らせ、同人を同所に監禁した。
(3) 薬物乱用
ア 製造の目的
 教団は、武装化の一環として、生物兵器や化学兵器の研究を行っていたが、その際、幻覚剤であるLSDが化学兵器としても使用できることを知り、教団内でLSDの製造を開始した。また、LSDを用いて信者に幻覚症状を体験させ、これを教祖の霊的なエネルギーや経験を授ける儀式であると宣伝することにより、信者の獲得や結束に役立てようとし、信者に秘してLSDを服用させる宗教的儀式を発案し、「キリストのイニシエーション」と称して実行していた。さらに、LSD以外の幻覚作用を有する薬物についても宗教的儀式に使用することを企て、覚せい剤、メスカリン等の薬物を製造した。
イ 製造の状況
 教団は、平成5年暮れから6年にかけ、偽名を用いて、都内の薬品会社からLSDの主原料である酒石酸エルゴタミンを購入したが、国内での大量入手が困難であったため、ロシアから入手することを企て、数キログラムを購入した。その他の薬物原材料は、教団が信者に設立させたダミー会社を通じるなどの方法により購入していた。
 その後、教団は、6年5月ころから、教団施設内において、LSDの製造を開始し、覚せい剤については、覚せい剤原料として規制されているエフェドリンを原料とする方法とは異なる特殊な製造方法を検討した上、6年6月上旬ころから製造に着手した。その他、幻覚作用を有するメスカリン、PCP(フェンシクリジン)や麻酔剤のチオペンタールナトリウムも製造したが、その後の捜索においては、LSD合計約115グラム、覚せい剤合計約227グラム、メスカリン合計約3キログラム、PCP合計約7.86グラム、チオペンタールナトリウム合計約1.7キログラムがそれぞれ教団施設内で押収された。
ウ 使用状況
 教団は、6年6月上旬ころから、LSDを用いた宗教的儀式を開始したが、その後、これに加えて覚せい剤も使用するようになった。また、信者にチオペンタールナトリウム等を用いて、スパイか否かを確かめるなどのため、半覚せい状態にして質問に答えさせるといった「ナルコ」と呼ばれる儀式を行うとともに、意識障害に陥らせて監禁するなどしていた。7年2月に発生した、公証役場事務長逮捕・監禁致死事件においては、被害者に対し、自白させることを目的としてチオペンタールナトリウムを使用していた。

3 武装活動

 教団代表は、かねてから、信者らに対していわゆるハルマゲドンの到来や外国の軍隊等による毒ガス攻撃等の予言・説法を行う一方、人類救済のためには、教団に敵対する者を含め一般人に対する無差別大量殺人の実現と国家権力を攻撃し打倒することが必要であるとして、密かに教団の武装化を計画し、銃器の製造や有毒ガスの大量生産等を行う一方、自衛隊員への接近をも試みた。
(1) 銃器製造
ア 銃器製造の計画及び準備
 教団代表は、教団武装化の一環として、小銃1,000丁とその銃弾約100万発を入手するため、教団信者に小銃等の密造を行わせることを企てた。  教団代表は、平成4年末ころ、教団幹部にロシアで小銃の研究をするように命じた。教団幹部はこの指示に従い、ロシアにおいて、アブトマット・カラシニコフ1974年式(AK-74)と呼ばれる小銃(旧ソ連軍に制式化されていた高性能小銃)の実物及び銃弾を入手し、これを分解するなどしてビデオ録画、写真撮影、図面の作成等を行うとともに、銃弾や一部の部品については帰国の際に工具箱に隠匿して日本に持ちこんだ。
イ 銃器製造体制の確立と小銃の完成
 5年6月ころから、教団幹部は、山梨県南巨摩郡富沢町所在の「清流精舎」と呼ばれる教団施設内において、ロシアで作成した図面等を参考に、本格的な設計作業を進めるとともに、大型工作機械等を用いて部品の製造方法の研究を行った。また、6年4月下旬ころから、上九一色村の教団施設内に大型工作機械を多数設置し、銃器製造工場の整備を行い、7年1月1日、小銃1丁を完成させた。
ウ 警察の強制捜査に備えた証拠隠滅
 教団は、小銃の大量生産、銃弾の製造等を開始していたが、7年3月ころ、教団施設に対し警察の強制捜査が実施されるという情報を入手したため、小銃等の製造を断念し、図面等の焼却、小銃部品等の教団施設の鉄柱の中への隠匿、群馬県内のダムへの廃棄等、組織的な証拠隠滅を図った。

(2) サリン等製造
ア サリン製造等の計画及び準備
 平成5年3月ころ、教団代表は、教団の教義・思想を実現するため、有毒ガスを散布して多数人を殺害することを計画し、大学院で化学を専攻した信者に対し、各種研究及び開発を指示するとともに、大学薬学部出身の信者に、有毒ガス製造用の化学薬品購入のためのダミー会社を設立させた。
 また、教団代表は、別の信者に対し、有毒ガスを空中から散布するために必要なヘリコプターの操縦免許をアメリカ合衆国で取得することや、大型ヘリコプターを購入することを指示した。この信者は、5年12月、旧ソ連製大型ヘリコプター(MIL-17)1台の購入契約を締結し、このヘリコプターは6年6月、日本に持ち込まれた。
イ サリンの毒性
 サリンは、自然界には存在しない人工の有機リン系化合物であり、人の神経の働きを阻害する神経剤である。体表のどこからでも吸収され、身体組織の酵素の作用を阻害することによって、人の神経伝達を妨げる。このため、人は呼吸中枢を麻痺(ひ)させるなどの症状を引き起こし死に至る。
ウ プラントの建設
 教団では、上九一色村に建設されたクシティガルバ棟と称する教団施設内で、繰り返しサリン製造の実験を行い、サリン製造工程を確定し、サリン原料を購入するために設立したダミー会社を通じ、薬品販売会社からサリン生成に必要な三塩化リン、フッ化ナトリウム、インプロピルアルコール等を大量に購入した。
 また、教団代表は、サリンの大量生産のためのプラント建設を指示し、サリンを1日2トン、合計70トン生産することを目標に、第7サティアンと称するプラントを建設した。

エ その他の毒物等
 教団では、サリンのほか、化学兵器用の物質の製造等を行っていたことが明らかとなっている。サリンと同じ神経剤であるVXについては、これを製造し、殺人に使用した。また、同じく神経剤であるタブン、ソマン、皮膚等に強い炎症を起こさせるびらん剤であるイぺリット等の有毒化学物質の研究を行っていたほか、炭疽(そ)菌、ボツリヌス菌等の生物剤の研究を行っていたことも明らかになっている。

4 攻撃活動

 教団は、対立していた弁護士を殺害することによって、教団活動に対する障害を取り除き、また、武装化を図った上、警察の捜査活動に打撃を与えることを企図して、有毒ガスにより多数の人を殺傷する事件を起こすなど、社会に対する攻撃活動を展開した。
(1) 坂本弁護士事件
ア 犯行に至る経緯
 坂本弁護士は、出家信者の親から、子供の教団からの脱会について相談を受けたことがきっかけとなって、教団に対して、出家信者の親元への帰宅及び親との面会を要求するようになった。同弁護士は、教団活動の不正を正すため、平成元年6月22日ころ、他の弁護士2人とともに「オウム真理教被害対策弁護団」を結成するとともに、出家した子供の脱会を希望する親らの組織化を進め、その窓口となって教団との交渉を行っていくことを決めた(なお、この親たちの集まりは、10月21日、「オウム真理教被害者の会」(以下「被害者の会」という。)となった。)。
 坂本弁護士が教団に対し出家信者とその親の面会を要求した結果、8月3日にその面会が実現したが、事態は進展せず、教団が8月25日付けで宗教法人の規則の認証を受けた後は、同弁護士が出家信者とその親との面会を要求しても、教団がこれに全く応じなくなった。その後、坂本弁護士らは、教団活動の不正を法的に追及するなどして、宗教法人の規則の認証の取消しを求めていくことにした。一方、9月中旬、被害者の会の1人は、週刊誌の記者から教団の活動等に関して取材に応じてほしいとの申出があったため、坂本弁護士と相談の上これに応じ、教団の活動実態等の説明をした。また、坂本弁護士は、民間ラジオ局の放送番組に電話で出演し、教団に出家した未成年者が行方不明になっている事例や教団の布施制度の不当性等について話した。さらに、民間放送局の取材に応じ、教団の出家制度及び布施制度について批判したほか、教団の宗教的儀式の効果を否定し、この儀式に関して布施を集めることは詐欺になるとするなど、教団活動に関する批判を述べた。
 教団代表はこのことを聞きつけ、教団幹部らに坂本弁護士の取材での発言を訂正させるように指示した。この結果を受けた教団幹部3人は坂本弁護士が所属する法律事務所に出向き、同弁護士に対し、取材での発言の訂正と謝罪を求めたが、同弁護士から、教団を告訴する旨伝えられるなど、もはや同弁護士の活動を阻止することは困難であった。教団代表は、坂本弁護士の活動をこのまま放置すれば、宗教法人の規則の認証を取り消されるなど、教団活動の大きな障害ともなりかねないと考え、同弁護士の殺害を決意するに至った。
イ 犯行状況
 教団代表は信者6人を選び、富士山総本部において、坂本弁護士の殺害を命じ、殺害方法として、駅から帰宅途中の同弁護士を自動車内に連れ込み塩化カリウムを注射する方法を指示した。6人は教団代表の指示を実行すべく、11月3日午後、同弁護士が利用しているJR根岸線洋光台駅付近において同弁護士の帰りを待ったが、この日は祝日であったため同弁護士が現れなかった。そこで、教団代表の命により、11月4日午前3時ころ、坂本弁護士宅に侵入し、寝室で同弁護士一家が就寝してい

るのを確認した上で、同弁護士及びその妻に襲いかかり、それぞれの首を絞め殺害し、さらに同弁護士の長男についても、鼻口を手で押さえ続け殺害した。
ウ 犯行後の状況
 6人は、犯行を隠ぺいするため、坂本弁護士一家3人の死体を富士山総本部へ運搬することとしたが、殺害の際に布団に付着した坂本弁護士の鼻血を隠すため及び死体を運び出す際に死体を見られないようにするため、同弁護士一家が寝ていた布団等で死体を包んで運び出した。このとき、信者の1人が教団のバッジであるプルシャを坂本弁護士宅に落としていたことには誰も気付いていなかった。
 富士山総本部に着いた6人は、そこで、教団代表から、死体を遠くの山まで運び、そこに深い穴を掘って埋めるよう指示を受けた。6人は、坂本弁護士一家3人の死体を別々の県に埋めておけば、仮に死体が発見されたとしてもそれぞれについて捜査をする県警察が異なるので捜査が進展しにくいのではないかと考え、3人の死体を3県に分けて埋めることとした。そこで6人は坂本弁護士の長男の死体を長野県内の山中に、同弁護士の死体を新潟県内の山中に、その妻の死体を富山県内の山中に、それぞれ埋めて死体を遺棄した。
(2) サリン使用弁護士殺人未遂事件
 教団代表ほか教団幹部らは、教団に反対する立場を取っていた弁護士(37)の存在が教団運営の障害となっていたことから、サリンによって同弁護士を殺害することを企て、平成6年5月9日、山梨県甲府市内の甲府地方裁判所駐車場において、駐車中の同弁護士使用の自動車のフロントガラス付近にサリン若干量を滴下して、同車両に乗車した同弁護士にサリンを吸引させたが、視野狭窄(さく)等の傷害を負わせたにとどまった。
(3) 松本サリン事件
 教団は、平成3年6月ころから、活動拠点の一つとして、長野県松本市内において土地約900平方メートルを購入し、教団道場等を建設しようと計画した。しかし、同土地は長野県知事により国土利用計画法上の監視区域に指定されており、500平方メートル以上の売買の場合、県知事への届出が必要であったことから、教団は県知事への届出を避けるため、土地の一部を売買で取得し、一部を賃貸借で使用しようと考え、教団名で売買契約を、教団関連会社名で賃貸借契約をそれぞれ締結した。その後、地主から、賃貸借契約は本来の借主である教団の名前を隠した上での契約の申込みで、詐欺に当たるとして契約の取消しを通知されたので、教団は、長野地方裁判所松本支部(以下「松本支部」という。)に対し、建築工事妨害禁止の仮処分命令の申立てを行い、これに対し地主も、松本支部に建築工事禁止の仮処分命令を申し立てた。松本支部は、4年1月17日、地主の申立てを認容し教団の申立てを却下する命令を下し、その後、東京高等裁判所も松本支部の結論を是認した。
 教団は当初の計画を縮小し、売買で取得した土地に教団施設を建築しようとしたが、4年5月、地主から教団に対し、建物の建築工事禁止(建物完成後は建物収去請求に変更)と教団が売買により取得した土地及び賃借した土地の明渡し等を求める訴訟が松本支部に提訴された。この訴訟は6年5月10日に結審し、同年7月19日に判決予定であったが、教団代表は、教団弁護士から、教団敗訴の可能性が高い旨の説明を受けていた。
 このような教団と地主との紛争の間に、地元の住民により「オウム真理教松本進出阻止対策委員会」が結成され、多数の松本市民等が教団の松本市への進出に反対する旨の署名活動を行い、最終的には14万人にも及ぶ署名が松本支部に提出されるなど、教団の松本支部開設は社会問題化した。
 これらのことから、教団代表は、教団と対立する立場にあった松本支部の付近で、かねてから研究開発と量産を進めていたサリンを噴霧し、松本支部の裁判官及び付近住民を殺害することを決意し、6月20日ころ、上九一色村にある第6サティアンの自室に4人の教団幹部を集め、犯行を指示した。指示を受けた教団幹部らは、加熱式噴霧器を荷台に設置した噴霧車を使用してサリンを噴霧する計画を立て、教団信者数人の協力を得て噴霧車を製作した。教団幹部ら7人(教団代表から指示を受けた教団幹部4人と教団幹部が指定した警護役の教団信者3人)の実行グループは6月27日の夕方ころになって噴霧車とワゴン車に分乗して松本市に向かった。既に日が暮れかかっていたことから、教団幹部らは裁判所の勤務時間中に松本支部にサリンを噴霧することは不可能と判断し、サリン噴霧の目標を松本支部から約400メートル離れたところにある裁判官の宿舎に変更することとした。

 教団幹部らは、裁判官の宿舎付近において、車両が目撃されても教団の犯行であることが発覚しないように噴霧車とワゴン車のナンバープレートの上に偽造ナンバープレートをはり付け、また、自らがサリンを吸わないようにビニール袋と酸素ボンベをホースで接続した防毒マスクを準備した。その後、教団幹部らは、風向き等を考慮しサリンを噴霧する場所を裁判官の宿舎付近の駐車場に定め、そこに噴霧車とワゴン車を移動させた。教団幹部らは駐車場に到着後直ちにサリン噴霧の準備をし、用意していた防毒ガスを頭にかぶり、約10分間サリンを噴霧した。この結果、この駐車場付近に住む住民7人が死亡し、144人が負傷した。
(4) VX使用事件
ア 大阪におけるVX使用殺人事件
 教団代表ほか教団幹部らは、大阪市在住の会社員(28)を教団破壊を企て在家信者を背後で操っている警察のスパイであると勝手に認定し、平成6年12月12日、大阪市淀川区の路上において、同人の身体に対しVXの液体を注射器を用いて吹きかけ殺害した。
イ VX使用会社役員殺人未遂事件
 教団代表ほか教団幹部らは、東京都中野区在住の男性(82)が教団脱会信者をかくまうなどしたことから、同人を殺害することを企て、6年12月2日、中野区内の路上において、VXの液体を同人の身体に付着させて体内に浸透させ、VX中毒症の傷害を負わせた。
ウ VX使用「オウム真理教被害者の会」会長殺人未遂事件
 教団代表ほか教団幹部らは、「オウム真理教被害者の会」会長(56)を殺害することを企て、7年1月4日、東京都港区内の路上において、VXの液体を同人の身体に付着させて体内に浸透させ、VX中毒症の傷害を負わせた。
(5) オウム真理教東京総本部に対する火炎びん投てき事件等
 教団幹部らは、平成7年2月28日に引き起こした公証役場事務長逮捕・監禁致死事件以降、警察による強制捜査を予期し、様々な対応策を講じるなどしていたが、警察の教団に対する捜査をかく乱するため、教団「諜報省」幹部に命じ、地下鉄サリン事件発生の前日である7年3月19日夜、東京都内で杉並区内のマンション(当該マンションには、オウム真理教を擁護する立場にあると言われていた大学教授が以前居住していた。)1階玄関ドアの前に時限式発火装置を施した爆発物1個を設置し、これを爆発させ、また、港区南青山に所在する教団東京総本部に向けて火炎びんを投てきさせた。
(6) 地下鉄サリン事件
ア 犯行の動機
 教団代表は、教団幹部らに指示し、平成7年2月28日、公証役場事務長逮捕・監禁致死事件を起こしたが、この事件は犯行直後警察に発覚し、新聞、週刊誌等で事件に教団が絡んでいるかのような報道が大々的になされた。
 このような状況から、教団代表は、近く、警察の教団に対する大規模な強制捜査が実施されるという危機感を抱き、警察組織に打撃を与えるとともに、首都中心部を大混乱に陥れるような事件を敢行することにより、教団に対する強制捜査の実施を事実上不可能にさせようと考え、松本サリン事件でその効果を実験済みであったサリンを、警視庁等の所在する霞ヶ関駅を走行する地下鉄列車内でまき、多数の乗客らを殺害することを決意した。
イ サリンの製造
 松本サリン事件後、教団は、警察の捜索に備えて残存サリン全部を処分していた。そこで、急きょ、上九一色村にあるジーヴァカ棟と称する教団施設において、本件犯行に使用するサリンを製造した。
 出来上がったサリンの混合液は、600グラムずつナイロン袋に注入し、運搬途中で袋が破損しないように二重袋にした。サリン入りナイロン袋は合計11袋作られた。
ウ 実行
 教団では、地下鉄内で実際にサリンをまく実行者5人を選定し、第7サティアン内で、先端の金属部分を削り、先をとがらせた傘で、サリンに見立てた水入りナイロン袋を突き刺して、サリンを漏出させる練習が行われた。
 実行者は警視庁に近い場所にある地下鉄霞ヶ関駅を走行する帝都高速度交通営団(以下「営団」という。)日比谷線、営団丸ノ内線、営団千代田線の3つの路線にサリンをまくことを決定し、乗客の多いラッシュ時をねらい、7年3月20日午前8時ころ、上記3路線において、予行演習のとおり、先のとがった傘を使用し、サリン入りのナイロン袋を突き刺し、サリンを複数の地下鉄車両内及び駅構内に漏出させ、その結果、乗客、駅職員等11人を殺害し、多数の人を負傷させた。

エ 犯行後の罪証隠滅工作
 犯行後、実行者は、それぞれあらかじめ手配されていた信者が運転する自動車で都内の教団アジトに戻り、その後、東京都内の河川敷において、犯行に使用した傘、衣類を焼却して罪証隠滅を図った。
 また、上九一色村では、教団代表は、警察が、事件の翌日にも上九一色村の教団施設の捜索を行うことを予期し、教団幹部に命じ、倉庫に保管中の三塩化リン入りのドラム缶多数を、上九一色村教団施設内の治療棟(診療所を開設予定の建物)地下に移動させ、また、第7サティアン内に残っていたサリンプラントに関する書類及び薬品類等を焼却させるなどした。
 さらに、第7サティアンの使用目的が、農薬であるDDVP生成であるかのように説明するために、DDVPに関する書籍等を購入するなどしてDDVPに関する調査を行った。
(7) 地下鉄丸ノ内線新宿駅便所内毒物使用殺人未遂事件
 平成7年5月5日午後4時50分ごろ、教団幹部ら数人が、警察の教団に対する捜査をかく乱するため、東京都新宿区所在の営団丸ノ内線新宿駅東口脇公衆便所の男子大便所内に、時限式発火装置付きのビニール袋入り硫酸とシアン化ナトリウムを設置し、猛毒であるシアン化水素ガス(青酸ガス)を発生させて、不特定多数の者を殺害しようとしたが、出火を目撃した地下鉄職員が消火したことにより、未遂に終わった。
(8) 都庁における郵便物爆発殺人未遂事件
 教団幹部ら数人は、警察の教団に対する捜査をかく乱するため、東京都知事殺害を企て、都知事あてに郵便物を装った爆弾を送付、平成7年5月16日午後6時57分ころ、東京都庁第一庁舎7階の知事秘書室において、同室秘書担当副参事(44)がこの郵便小包を開披したところ、これが爆発し、同副参事が左手全指断列等、全治約2箇月を要する重傷を負った。

5 その他

(1) 児童虐待
 山梨県警察では、上九一色村の教団施設内に、劣悪な環境に置かれ、保護を必要としている児童が多数いるとの情報を得ていたところ、平成7年4月14日、第10サティアンを他の事件の容疑で捜索した際に、この施設内に、適当な保護者がいないのではないかとみられる児童多数を発見した。施設内の児童は、ゴミ等が散乱し、異様な臭いがする衛生状態の良くない部屋で、顔色が悪く、汚い服装をしており、中にはぐったりして横たわった者もいる状況であった。
 警察では、児童福祉法第25条(要保護児童の通告義務)に規定される要保護児童であると判断し、山梨県中央児童相談所に通告し、同児童相談所長から一時保護の委託を受けたため、これらの児童53名(男28名、女25名)を一時保護し、同児童相談所に引き渡した。
 なお、この山梨県での一時保護に引き続き、7年5月16日に、群馬県内の同教団施設内において31名、さらに東京都内の同教団施設内において10名の児童を一時保護するなど、現在までに1都1府6県において1歳から14歳まで(保護時の年齢)の児童、合計107名を警察で一時保護した。
 保護した児童に対し聞き取り調査をした結果、「蜂の巣状の狭くて窮屈なベッドに寝かされていた」、「電気でビリビリするヘッドギアを装着され、寝るときも着けさせられていた」、「毒ガスで死んでしまうからと言われ屋外に出してもらえなかった」、「義務教育を受けていなかった」などの劣悪な養育状況に置かれていたことが判明した。
(2) 自動車運転免許証の偽造・行使等
 教団「諜報省」幹部らは、教団関係者が引き起こす違法行為の発覚を防ぐため、平成7年1月下旬から5月中旬にかけて、組織的に自動車運転免許証を偽造し、これを行使していた。
 偽造された自動車運転免許証は、パソコン、画像スキャナー、カラープリンター、ラミネート加工機等の機器を使用して、外見上のみならず手触りも本物に酷似したものとなっていた。これらの偽造された自動車運転免許証は、レンタカー借用や職務質問の際に使用されていた。
 なお、6年12月に、「諜報省」幹部を中心とした教団関係者が、他人名義の自動車運転免許証データを窃取する目的で警視庁府中運転免許試験場に侵入する事件を引き起こしている。


目次  前ページ  次ページ