第2節 薬物問題の現状

1 乱用される薬物

 現在、我が国でその乱用が問題となっている主な薬物の特徴は、以下のとおりである。
(1) 覚せい剤
 覚せい剤とは、一般的には、眠気を覚まし、疲労感を除去する目的で用いられる中枢神経興奮剤の総称である。ここでは、そのうち覚せい剤取締法第2条に定められているフエニルアミノプロパン(一般名アンフェタミン)及びフエニルメチルアミノプロパン(一般名メタンフェタミン)について述べる。アンフェタミンとメタンフェタミンは、非常に類似した化学構造を有し、同様の薬理効果を発現する。現在、我が国で乱用が問題となっている覚せい剤は、ほとんどがメタンフェタミンであり、通常、塩酸塩の状態で密売、乱用されている。

 覚せい剤には、中枢神経興奮作用があり、健康な人が塩酸メタンフェタミン1ミリグラムから5ミリグラムを摂取した場合、眠気が覚め、気分が壮快となり、疲労感がなくなる。さらに、思考力、判断力が高まり、多弁になり、多幸感を覚えるようになる。また、食欲減退作用が強く、欧米ではやせ薬として用いられていたこともある。
 一度に大量(個人差もあるが、初めての摂取者で20ミリグラムから50ミリグラムを超える量)の塩酸メタンフェタミンを摂取すると、軽度の場合には食欲不振、心悸亢(きこう)進等の症状が現れ、重度の場合には不眠、身体の震え、更には錯乱、幻覚等の症状が現れる。更に重度の場合には、高熱、けいれん、昏(こん)睡から虚脱状態に陥り、最後には脳出血から死に至る。致死量は、0.5グラムから1.0グラム程度と考えられている。
 覚せい剤は強い精神的依存性を有するため、乱用者は連用に陥る場合が多い。また、耐性が生じやすいため、連用した場合には摂取量が急激に増加して、慢性中毒に至る。慢性中毒の初期症状としては、多弁で落ち着きがなくなり、怒りやすく、凶暴な行動をとるようになり、また、注意力、集中力、記憶力が減退し、意味のない単調な行動を繰り返すようになることが挙げられる。更に中毒が進むと、幻覚、妄想等の症状が現れることから、凶暴な行為や威嚇的な行動に走り、傷害、殺人等の犯罪を引き起こす場合がある。
 覚せい剤の乱用を開始してから慢性中毒の症状の発現に至るまでの期間は、覚せい剤の摂取量、摂取の頻度、摂取方法等によって異なり、また、個人差も大きいことから、一概に述べることはできないが、30ミリグラムから100ミリグラムの塩酸メタンフェタミンを2箇月から1年間程度連用すると、多くの人は慢性中毒に陥ると言われている。
 慢性中毒者が覚せい剤の継続的な乱用を中断すると、1箇月以内に幻覚、妄想等の症状は軽減するが、その後の回復は遅く、無気力、落ち着きのなさ、自己中心的な傾向等の症状はなかなか消滅しない。そのため、再び継続的な乱用に陥ってしまう者が多く、この場合には、非常に早く慢性中毒の状態に戻る。また、覚せい剤については、フラッシュ・バック(注)がみられることが知られている。
(注) フラッシュ・バックとは、薬物の継続的な摂取を中断した後、心理的なストレス、睡眠不足、飲酒、他の薬物の乱用等をきっかけとして、突然、慢性中毒と同様の症状が現れることをいう。
 我が国における覚せい剤乱用者は、そのほとんどが静脈注射によって乱用を行っており、1回の摂取量は、通常、30ミリグラムから50ミリグラム程度と言われている。静脈注射をした直後には、経口摂取の場合と比べて極めて強い快感が得られるが、注射痕(こん)が残ることから、最近では、経口摂取のほか、鼻からの吸引、たばこの葉に混ぜて吸うなどの方法で乱用する例も報告されている。覚せい剤を内服した場合には、15分から30分後に薬理作用が現れ、これが数時間持続すると言われている。
(2) コカイン
 コカインは、コカの葉からとれる薬物であり、通常、塩酸コカインの状態で密売、乱用されている。塩酸コカインは、鼻から吸引する方法で乱用されることが多いが、揮発性が低く、吸煙による摂取にはなじまない。

 コカインには、局所麻酔作用があり、粘膜から吸収されると、その部位の知覚神経末梢(しょう)を麻痺(ひ)させるが、中枢神経系に対しては覚せい剤と同様な興奮作用を有し、その中毒症状も類似している。しかし、作用の持続時間は覚せい剤と比べると短く、塩酸コカインを鼻から吸引した場合には20分から30分間である。乱用者が1回に摂取する塩酸コカインの量は、通常15ミリグラムから30ミリグラムである。致死量は個人差が大きく、100ミリグラムから300ミリグラムで死亡した例もあるが、通常1.2グラム程度と言われている。なお、過敏な人は、中枢系の興奮状態を起こすことなく、急激なショック症状を来し、血圧低下、呼吸困難により死亡することがある。

 塩酸と結合していない遊離型のコカインは、コカインフリーベースと呼ばれ、水には溶けにくいが、揮発性が高いことから、吸煙による乱用に供せられることが多い。最近、米国では、「クラック」、「ロック」と呼ばれる安価なコカインフリーベースが出回り、爆発的に流行している。吸煙されたコカインは、数秒で中枢神経系に作用し、6分から8分間持続する極めて強い興奮作用をもたらす。吸煙によりコカインを摂取した場合は、吸引の場合に比べ薬理作用がより強く現れ、過度の摂取による死亡のおそれも高い。また、作用の持続時間が短いことから、乱用回数が多くなり、慢性中毒に陥りやすい。
(3) ヘロイン等のあへん系薬物
 パパヴエル・ソムニフエルム・エル及びパパヴエル・セテイゲルム・デイーシー種のけしの未熟な果皮に傷をつけ、流れ出る液汁を集めて乾燥させたものが生あへんである。

 あへんに含有される成分で最も量が多く、人体に対する作用の点で重要なものがあへんアルカロイドである。現在、モルヒネ、コデイン等20種以上が知られており、モルヒネによる薬理作用があへんの薬理作用の中心である。
 ヘロイン(ジアセチルモルヒネ)は、モルヒネから合成される薬物であり、モルヒネより強い薬理作用を持つ。密売、乱用されている塩酸ジアセチルモルヒネの形状は、その純度等により、赤色をしたものから白色粉末状のものまで様々である。
 ヘロインは、中枢神経系の活動を抑制し、特有の鎮痛、麻酔作用を持つ。通常1ミリグラムから3ミリグラムを摂取すると速やかに効果が現れ、強い陶酔感がもたらされる。その効果は2時間から3時間持続し、乱用者は、その陶酔感を「雲の上をふわふわと歩いているような気分」、「全身の力が抜け、ふわふわと真綿に包まれたような陶酔の極致」、「身体が暖かくなり、日だまりで昼寝をしているような気分」等と表現している。この陶酔感は、乱用者に強い精神的な依存を生じさせる。
 ヘロインを大量に摂取すると強い眠気に襲われることが多く、昏(こん)睡状態に陥り、呼吸中枢の麻痺(ひ)を来す。致死量は、経口摂取の場合、100ミリグラムから300ミリグラムと言われているが、ヘロインは非常に耐性が生じやすく、一度に通常人の致死量を超える量を摂取する重度の中毒者の例も報告されている。
 ヘロインの乱用を中断すると、激しい禁断症状が現れる。乱用者は、この禁断症状のために乱用を中止することができないという悪循環にとらわれ、重い慢性中毒に陥る。乱用者は、その禁断症状を「全身の骨が砕けるように痛くなる」、「寒気がして鳥肌が立ち、身体の骨そのものが痛く感じる」、「背中や腰の骨が砕けるように痛み、座ることもできなくなる」などと表現している。
 ヘロインは、通常、静脈注射によって乱用されており、1回に摂取する量は初めての摂取者で2ミリグラムから3ミリグラムである。そのほか、鼻からの吸引、経口摂取、吸煙などの乱用方法も知られている。

(4) 大麻
 大麻は、アサ科の1年草である大麻草(カンナビス・サティバ・エル)から作られる。大麻の幻覚作用は、テトラヒドロカンナピノール(THC)によってもたらされると言われており、大麻草中のTHCの含有量は、成育地の環境、栽培方法等により異なるが、多いもので8%、平均1%から3%程度である。

 乱用される大麻は、その形状、製法、生産地によって様々な名称で呼ばれている。乾燥した大麻草を砕いたいわゆる乾燥大麻は、マリファナ、カンナビス等、大麻草の花穂や葉を樹脂で固めたいわゆる大麻樹脂は、ハッシシュ、チャラス等、大麻樹脂から有効成分を抽出した油状物質は、ハッシシュオイル、ハシュオイル等の名で呼ばれている。



 大麻は、経口摂取により乱用される場合もあるが、最も一般的であるのは、吸煙による乱用である。吸煙による乱用の場合、その薬理作用は吸煙の数分後に現れ、3時間から5時間持続するが、経口摂取による場合には、30分から1時間後に現れ、7時間から8時間持続する。一般に、同じ量のTHCを摂取した場合、吸煙による方が経口摂取によるよりも3倍から5倍作用が強いと言われている。
 大麻の薬理作用は、摂取方法、摂取量、摂取時の環境、乱用者の性格、気分、薬理作用に対する不安感等によって大きく異なる。吸煙による場合、通常2ミリグラムから3ミリグラムのTHCを摂取すると陶酔感を覚えるようになる。5ミリグラム程度を摂取すると聴覚、視覚の鋭敏化、時間、空間に関する感覚のゆがみ等知覚、感覚の異常が現れるとともに、心拍数の増加、眼球の充血、気管支の拡張等がみられるようになる。更に10ミリグラムから20ミリグラムのTHCを摂取すると、判断力、思考力に障害が生じ、時間の流れに関する感覚が混乱するほか、幻覚が起こる場合がある。更に多くの量を摂取した場合には、幻覚、妄想が生じる状態を経て偏執狂的な興奮状態に陥り、意識障害を伴う症状を呈することがある。
 従来、大麻については、耐性は形成されないと言われてきたが、最近、耐性を生じるという学説も唱えられつつある。なお、精神的依存は形成されるが、身体的依存性はほとんどない。
 慢性中毒に陥った乱用者は、判断力、記憶力、集中力が低下し、無感動、無気力となる。また、大麻の継続的な乱用を原因とする判断力障害、妄想、不安、不眠等の症状が、継続的な乱用を中止した後も数週間から半年間続いた例が報告されており、フラッシュ・バックのあることも知られている。
(5) その他の乱用薬物
ア LSD
 LSDとは、リゼルギン酸ジエチルアミド(Lysergic acid diethylsmide)の略称であり、1938年にライ麦に寄生する麦角菌の作り出す麦角アルカロイドから分離合成された代表的な幻覚剤である。
 LSDは薬理作用が強く、極めて微量(0.05ミリグラム程度)の摂取でも30分から1時間後に主として色彩に富んだ幻覚が現れ、その状態が8時間から12時間持続する。この間、不安感、恐怖感を伴ううつ状態又は陽気な陶酔状態になり、さらに、集中力がなくなり、距離や時間に関する感覚が乱れることもある。また、心拍数と体温が上昇し、おう吐、筋肉のけいれん等が起こることがある。精神的依存性、身体的依存性及び耐性は他の薬物のように強くはないが、人によっては1回の摂取でも長期にわたって精神異常を来すことがあり、現在のところ最も強烈な作用を有する幻覚剤である。
 LSDは、極めて微量で強い薬理作用を生ずるため、ろ紙等に溶液を染み込ませて売買されるなど、その密売の形態は他の薬物と比べて多様なものとなっている。

イ 有機溶剤
 有機溶剤は、常温常圧で揮発性のある脂溶性に富んだ液体であり、通常は油性塗料の粘度を下げるなどの目的で使用されている。代表的なものとして、トルエン、酢酸エチル、メタノール等が挙げられる。
 有機溶剤は、中枢神経系に対する強い抑制作用を持ち、吸引によって肺から吸収されると容易に脳に達し、アルコールによる酩酊(めいてい)と類似した感覚が生ずるとともに、歩行失調、言語の不明りょう化等の症状が引き起こされる。この酩酊(めいてい)と類似した感覚は、反復によって、より快く感じられるようになることから、強い精神的な依存を乱用者に生じさせる。

表1-26 薬物の種類、薬理作用、規制法律の一覧表

 更に乱用を継続すると、幻覚、妄想の症状が現れ、場合によっては脳の萎(い)縮のほか、生殖器官の機能障害等が生じることがある。
 継続的な乱用を中断すれば、中毒症状は次第に回復する場合が多いが、完治には2年から3年もかかることがある。また、再度の1回の吸引、強いストレス、不眠等が原因で、幻覚、妄想の症状が再発することもある。
ウ その他
 世界各国において乱用が問題になっている薬物としては、これまで挙げたもののほか、MDA(3、4-methylenedioxyamphetamine、通称ラブドラッグ)、MDMA(3、4-methylenedioxymethamphetamine、通称エクスタシー)、PCP(Phencyclidinc、通称エンジェルダスト)等があり、いずれも幻覚作用を持つ。

2 世界の薬物情勢

(1) 薬物と人間のかかわり
ア 覚せい剤
 1887年に初めて合成されたアンフェタミンは、1927年になって覚せい作用があることが確認され、イギリスではベンゼドリン、ドイツではエラストン等の名称で市販された。一方、1888年に我が国で発見されたメタンフェタミンは、1930年代になって中枢神経系に対する特異な興奮作用のあることが明らかになり、ドイツでは1937年にペルヴェチンの名称で市販が開始され、我が国では1940年代にヒロポン、ホスピタン等の名称で市販された。
 覚せい剤は、当初、睡眠発作等を治療する目的で使用されていたが、その後、その覚せい作用から広く一般に乱用されるようになった。欧米では、第二次世界大戦中にパイロットの間で広く流行し、その後、トラック運転手、運動選手、学生等の間に広まった。また、1960年代後半からは、若者の間でメタンフェタミンの注射による乱用が流行し、大きな社会問題となった。
イ コカイン
 南米のアンデス地方では、少なくとも1200年以上も前からコカの葉の咀嚼(そしゃく)の習慣があったことが、考古学的な調査から明らかになっている。
 いわゆるインカ帝国時代には、コカインの局所麻酔作用を用いて、高度な外科手術が行われていたことが知られている。
 コカの木は16世紀末にヨーロッパに持ち込まれたが、1860年代にドイツで純粋なコカインが分離されると、その後20年ほどの間に、欧米で局所麻酔等の医療上の用途に用いられるようになり、また、コカインを添加した菓子、飲料水等が疲労軽減効果や鎮痛効果を売り物として販売されるようになった。
 その後、コカインが強い依存性を持ち、大量に摂取した場合には異常行動の誘因となるなどの危険性を有することが明らかになり、20世紀初頭には、欧米各国でその規制がなされるようになった。例えば、米国においては、1903年にコカインのコーラへの添加が中止され、その3年後に、コカの葉及びコカインを含有した食物や飲料の輸入が禁止された。こうした各国における規制の強化に伴い、欧米におけるコカインの乱用は大幅に減少した。
 しかし、1960年代からコカインの乱用が再び流行し始め、現在では、乱用される代表的な薬物の一つとなっている。
ウ あへん系薬物
 あへんの陶酔性と鎮痛効果は古くから知られており、数千年前から人類に用いられてきた。既に、紀元前4,000年のシュメール人の記録において、けしは「喜びの樹」として言及されており、古代ギリシアの文献においても、あへんの陶酔性、鎮痛効果、依存性等について、多くの記述が見られる。
 ヨーロッパにおいては、ルネッサンス期にあへんが鎮静剤として用いられるようになり、16世紀になると、様々な身体的、精神的疾病の治療薬としてヨーロッパ中に広まった。
 一方、中国においては、清代に入ってから、し好品としてのあへんの吸煙が広まり、刑罰による禁止にもかかわらず、1838年には2,400トンを超えるあへんが国内に持ち込まれた。あへんの密輸をめぐる清と英国の紛争は、いわゆるあへん戦争に発展した。その後、中国国内ではけしの栽培が広がり、20世紀の初頭には、年間2万2,000トンを超えるあへんの収穫があったと言われている。
 1803年にドイツであへんから抽出されたモルヒネは、その後、皮下注射により、速やか、かつ、強力な鎮痛効果が得られることが知られるようになり、南北戦争、普仏戦争において負傷兵の治療に広く用いられた。その結果、多くの兵士が中毒者となり、モルヒネへの依存症に苦しんだ。
 一方、ヘロインは1874年にドイツで初めて合成され、モルヒネに代わる鎮痛剤として19世紀後半の一時期に広く普及した。しかし、その後、その高い危険性、有害性が明らかになり、医療目的で用いられることはほとんどなくなった。
 20世紀の初頭には欧米諸国においてこうした薬物の有害性と中毒者の増加が大きな問題となり、その生産、取引、使用等に関して厳しい規制が課せられるようになった。
エ 大麻
 大麻は、古代から宗教上の儀式、あるいは医療のために用いられてきた。紀元前5世紀のギリシアのヘロドトスの著作には、大麻の陶酔作用や幻覚作用に関する記述が見られる。また、中国、インド、中近東においても、早くからその作用が知られていたと言われている。
 欧米においては、1960年代以降、青少年の間で、LSD等の幻覚剤とともに大麻が広く乱用されるようになったが、多くの音楽家や知識人が、大麻や幻覚剤の乱用を支持したことも、その流行に拍車をかける一因となったと考えられる。
(2) 薬物の生産地
ア コカ葉、コカイン
 コカの葉の主要な生産地のある国としては、ペルー、ボリビア、コロンビアが挙げられることが多い。1989年には、これら3箇国において、それぞれ、12万420ヘクタール、5万3,920ヘクタール、4万2,500ヘクタールの規模で合法、非合法のコカの葉が栽培されたものと推定されている。
 また、コロンビアは、世界最大の塩酸コカインの生産国であり、同国のコカイン密造者らは主にペルー、ボリビア産のコカ葉から作られた粗製コカインを使って塩酸コカインを製造している。1989年には、ペルー、ボリビア、コロンビアの3箇国で栽培されたコカ葉から、約700トンの塩酸コカインが生産されたものと推定されている。
イ あへん系薬物
 あへんの主要な非合法生産地としては、ミャンマー、ラオス及びタイにまたがるいわゆるゴールデン・トライアングル、アフガニスタン、パキスタン及びイランにまたがる地域並びにレバノンのいわゆるゴールデン・クレッセント及びメキシコの3つの地域が挙げられることが多い。1989年のこれら3地域における不正なあへんの生産量の推定値は、それぞれ、2,520トンから3,000トン、810トンから1,310トン、90トンである。
 生産されたあへんは、それぞれの地域の密造所でヘロインに精製される。また、粗製モルヒネの状態で生産地から密輸出され、他国でヘロインに精製されることも多い。

図1-4 世界の不正な薬物生産地

ウ 大麻
 乾燥大麻の主要な生産地のある国としては、メキシコ、コロンビア及びジャマイカが挙げられることが多い。1989年のこれら3箇国における不正な乾燥大麻の生産量の推定値は、それぞれ、4万2,280トン、2,300トン、140トンである。この外、北米、中南米、東南アジア等においても不正な栽培が行われている。
 大麻樹脂の主要な生産地のある国としては、レバノン、アフガニスタン及びパキスタンが挙げられることが多い。1989年のこれら3箇国における不正な大麻樹脂の生産量の推定値は、それぞれ、800トン、200トンから400トン、200トンである。
(3) 諸外国の薬物問題の現状
ア 米国
 米国では、1960年代後半から薬物乱用が問題化し、1970年代には乱用が急速に拡大した。1990年には、12歳以上の米国民の33%が大麻の、11%がコカインの乱用経験を持ち、6%が大麻を、1%がコカインを現に乱用していると推定されている(表1-27)。

表1-27 12歳以上の米国民の薬物乱用者数(1990年)

 最近の資料では、全米で81万1,400人の薬物乱用事犯の検挙者があったことが報告されており(1985年)、また、薬物の押収量については、乾燥大麻が約524.9トン、大麻樹脂が約36.9トン、コカインが約102.4トン、ヘロインが約0.7トン、覚せい剤等の興奮剤が約1億946万ユニット(注)と報告されている(1988年)。
(注) この場合の1ユニットとは、当該薬物の1回当たりの摂取量に相当する量をいう。錠剤、アンプル等の形態で押収された薬物については、その最小の1単位を1回当たりの摂取量とし、その他の形態で押収された薬物については、当該薬物の通常の摂取量をもって1回当たりの摂取量とし、これらの1回当たりの摂取量を基準として、総押収量が何回分の摂取量に相当するかを換算して押収量を示している。
 連邦司法省の1988年の報告は、こうした薬物乱用の拡大が、薬理作用を原因とした犯罪や薬物入手目的の犯罪の増加をもたらしていると指摘している(図1-5)。

図1-5 米国内の受刑者の犯罪時における薬物の影響(1979年)

 また、薬物乱用が原因となって救急治療を受ける事例や、薬物乱用に起因する死亡事故なども跡を絶たない状況にある (表1-28、表1-29)。

表1-28 薬物関連救急治療報告事例(1988年)

表1-29 薬物乱用に起因する死亡事例(1988年)

 さらに、薬物乱用の際の注射器の共用によるエイズ(AIDS、後天性免疫不全症候群)の感染や、妊娠中の母親の薬物乱用が胎児に与える悪影響なども大きな社会問題となっている。
 薬物乱用の拡大は、経済的にも大きな影響をもたらしており、最近の調査によると、乱用の拡大に伴う生産性の低下、労働力の減少、犯罪被害の拡大、乱用者の更生等の社会福祉費用の増大等により米国社会が被った損失は、1983年には597億ドルに上ったものと見積もられている。
 このように薬物乱用のもたらす害悪が明らかになるにつれて、国民の薬物問題に関する意識も高まりつつあり、1988年に民間の調査機関が実施した世論調査によれば、「米国の安全保障にとり極めて深刻な脅威」として薬物問題を挙げた者が54%に上っており、同調査においてその他の選択肢を挙げた者の割合(テロ43%、イラン・イラク戦争32%等)をいずれも上回った。
イ 英国
 英国では、1980年代になって、薬物乱用が急速に拡大したと言われている。1979年には1万4,339人であった薬物犯罪者は、1989年には3万8,415人に増加している(図1-6)。こうした薬物乱用の拡大の原因としては、1970年代末から純度が高く、かつ、安価なヘロインが大量に国内に流入するようになったこと、1980年代後半からコカイン・カルテルが英国を含む欧州を新たな市場として開拓し始め、コカインの国内への流入量が急激に増加したことなどが挙げられている。
 薬物犯罪者の年齢層別構成をみると、10歳代後半から20歳代にかけての層が多数を占めていることが注目される(図1-7)。
 押収量は、各薬物とも1980年代を通じて大きく増加しており、中でも、大麻及びコカインの増加が著しい(図1-8)。

図1-6 英国における薬物犯罪者数の推移(1979~1989年)

図1-7 英国における薬物犯罪者の年齢層別人口の推移(1979~1989年)

図1-8 英国における薬物の押収量の推移(1979~1989年)

ウ 香港
 香港において、1985年から1989年までの5年間に取締機関、医療機関からの通報により把握された薬物乱用者の数は、全人口の0.8%に当たる3万9,100人である。
 1989年に新たに薬物乱用者として報告された2,196人のうち、乱用した薬物の種別が判明した1,367人についてみると、ヘロインの乱用者が60.1%、大麻の乱用者が27.3%である。この1,367人のうち、21歳未満の者501人についてみると、大麻の乱用者は48.3%に上るが、ヘロインの乱用者は39.3%にとどまっている。香港では、1980年以降、ヘロインの乱用が主流であり、コカイン及び覚せい剤の乱用者は極めて少数である(図1-9)。

図1-9 香港における新規把握薬物乱用者の乱用薬物の推移(1980~1989年)

 1989年の薬物事犯の検挙人員は、あへん系薬物事犯が9,529人、大麻事犯が557人であり(図1-10)、押収量はあへん系薬物が1,191キログラム、大麻が445キログラムであった(図1-11)。

図1-10 香港における薬物事犯の検挙人員の推移(1980~1989年)

図1-11 香港における薬物の押収量の推移(1980~1989年)

 香港は、北米、欧州、オーストラリアへのヘロイン密輸の中継地と言われており、いわゆるゴールデン・トライアングルにおいて生産された粗製ヘロインが香港に持ち込まれ、より純度の高いヘロインに精製された後、消費国へ密輸されることが多い。

3 我が国の薬物情勢

(1)我が国の薬物問題の歴史
 戦前の我が国においては、薬物乱用が社会問題化することはほとんどなかった。
 我が国で薬物乱用が初めて社会問題化したのは、「ヒロポン」等の覚せい剤の乱用が流行した終戦直後から昭和30年代初めにかけての時期であり、この時期には戦時中に軍事用として製造された大量の覚せい剤が民間に流出したため、乱用が一挙に拡大したと言われている。
 こうした事態に対処するため、26年に覚せい剤取締法が制定され、その後も逐次罰則が強化されるとともに、密造工場の摘発、末端乱用者の徹底的な取締り等が進められ、29年には5万5,664人が覚せい剤取締法違反で検挙されたが、32年ごろから乱用は鎮静化に向かった。これがいわゆる第1次覚せい剤乱用期である。
 その後、45年ごろから、覚せい剤取締法違反による検挙者が再び急増し、いわゆる第2次覚せい剤乱用期を迎えた。検挙人員は、56年には2万人を突破し、59年には2万4,022人に達した。その後、若干減少傾向にはあるものの、依然として高水準で推移して現在に至っている(図1-12)。

図1-12 薬物事犯の検挙人員の推移(昭和25~平成2年)

 一方、ヘロインについても、第1次覚せい剤乱用期と同時期にその乱用が初めて大きな問題となった。30年代に入っても、乱用は鎮静化せず、37年には麻薬取締法違反で2,349人が検挙された。こうした事態に対処するため、38年に同法が改正され、罰則が強化されたほか、強制入院の制度等が設けられたため、39年以降、検挙人員は大幅に減少した。
(2) 我が国の薬物問題の現状
ア 覚せい剤取締法違反事件
(ア) 検挙件数等
 平成2年の覚せい剤事犯の検挙件数は1万9,765件、検挙人員は1万5,038人であり、前年に比べ、件数は3,531件(15.2%)、人員は1,575人(9.5%)それぞれ減少したが、押収量は275.8キログラムで、前年に比べ58.3キログラム(26.8%)増加した。しかし、密売価格はやや値上がり気味であることなどからみると、覚せい剤の需要は依然として高水準で推移しているものとみられ、乱用者数は減少していないものと推測される(図1-13)。

図1-13 覚せい剤取締法違反事件の検挙状況(昭和56~平成2年)

 また、覚せい剤事犯で検挙された者の年齢層別人口比率をみると、20歳代が最も多く、この傾向はここ10年以上変わっていない(図1-14)。

図1-14 覚せい剤取締法違反事件の検挙者の年齢層別人口比率(昭和60、平成2年)

(イ) 密輸入事犯
 我が国で乱用されている覚せい剤は、そのほとんどすべてが国外から密輸入されたものであり、2年の密輸入事犯の検挙件数は122件、検挙人員は124人に上っている。
 2年において1キログラム以上の覚せい剤を一度に押収した事例は20件、その押収量は249.0キログラムに上った。これを仕出地別にみると、台湾が11件、227.6キログラムで、押収量で全体の91.4%を占めている。なお、2年中は、元年において総押収量の12%を占めていた韓国を仕出地とする密輸入事犯の摘発はなかった。
〔事例〕 2年2月、台湾から輸入された冷凍まぐろの箱の中に隠匿した60.7キログラムの覚せい剤を大阪国際空港で押収し、被疑者3人を検挙した(大阪)。
(ウ) 再犯者率
 2年に覚せい剤取締法違反で検挙された者のうち、再犯者は8,577人であり、総検挙人員に占める割合は57.0%と、引き続き高い再犯者率を示している(表1-30)。

表1-30 覚せい剤事犯の再犯者の状況(昭和61~平成2年)

イ 麻薬及び向精神薬取締法、あへん法違反事件
 2年の麻薬及び向精神薬取締法、あへん法違反事件の検挙件数は358件、検挙人員は277人で、前年に比べ、件数は89件(19.9%)、人員は75人(21.3%)それぞれ減少した(図1-15、表1-31)。

図1-15 麻薬及び向精神薬取締法、あへん法違反事件の検挙人員の推移(昭和56~平成2年)

表1-31 麻薬及び向精神薬取締法、あへん法違反事件の薬物の種類別押収の推移(昭和61~平成2年)

(ア) コカイン事犯
 2年のコカイン事犯の検挙件数は140件、検挙人員は93人であり、過去最高であった前年に比べ、件数は2件(1.4%)、人員は5人(5.7%)それぞれ増加し、史上最高を記録した。
 また、押収量は68.8キログラムで、前年に比べ55.1キログラム(402.2%)増加し、これも史上最高を記録した。これは、海外の薬物犯罪組織が我が国を欧米に次ぐ新たな市場として開拓しようとしていること、こうした動きに伴い、国内のコカインの乱用が拡大しつつあることの現れと考えられる。
〔事例〕 2年5月、横浜港に接岸中のコロンビア船籍の貨物船を捜索し、機関室内に隠匿されていたコカイン33.4キログラムを押収するとともに、コロンビア国籍の船員を検挙した(警視庁)。
 コカイン事犯で検挙された者を年齢層別にみると、20歳代が37人、30歳代が39人であり、合わせて全体の81.7%を占めている。
(イ) ヘロイン事犯
 2年のヘロイン事犯の検挙件数は72件、検挙人員は54人であり、前年に比べ、件数は38件(34.5%)、人員は36人(40.0%)それぞれ減少した。 押収量は9.4キログラムであり、前年に比べ18.3キログラム(66.1%)減少した。
 欧米諸国と比較した場合、我が国のヘロインの乱用事犯は覚せい剤等の他の薬物と比べて少ないが、我が国を中継地として欧米諸国にヘロインを密輸出しようとする事犯は依然として発生している。
〔事例〕 2年5月、タイ人2人が、ヘロイン6.7キログラムをスーツケース等に隠匿し、バンコクから成田空港に到着したところを発見、検挙した。同人らは、このヘロインを米国まで運ぶ予定であった(千葉)。
(ウ) その他の麻薬及び向精神薬取締法違反事件
 2年のLSD事犯の検挙件数は31件、検挙人員は16人、押収量は579ユニットであり、前年に比べ、件数及び人員は若干減少したものの、押収量は約3.2倍と大幅に増加した。
 また、MDA、MDMAの密輸入事犯が散見され、コデインも5年ぶりに押収された。
ウ 大麻取締法違反事件
 2年の大麻事犯の検挙件数は1,972件、検挙人員は1,512人であり、前年に比べ、件数は287件(17.0%)、人員は168人(12.5%)それぞれ増加し、史上最高を記録した。また、押収量は乾燥大麻が139.5キログラム、大麻樹脂が14.1キログラムであり、前年に比べ、乾燥大麻は減少したが、大麻樹脂は増加した(図1-16)。
 また、大麻事犯で検挙された者の年齢層別人口比率をみると、覚せい剤と同様に20歳代の割合が極めて高い(図1-17)。
 2年において1キログラム以上の乾燥大麻又は大麻樹脂を一度に押収した事例は23件、その押収量は119.1キログラムに上った。その押収量を仕出地別にみると、タイが91件、57.0キログラムで、押収量全体の37.1%

図1-16 大麻取締法違反事件の検挙状況(昭和56~平成2年)

図1-17 大麻取締法違反事件の検挙者の年齢層別人口比率(昭和60、平成2年)

を占めている。次いでフィリピンが5件、42.8キログラムで、押収量全体の27.9%を占めている。
 大麻事犯で検挙された者の職業別内訳をみると、自営業者と被雇用者が全体の67.0%を占めており、覚せい剤と比べた場合に、有職者の割合が高いことが注目される(表1-32)。

表1-32 大麻事犯の職業別検挙人員(平成2年)

エ 毒物及び劇物取締法違反事件
 2年にシンナー等の有機溶剤の吸引等で検挙、補導された者は2万6,242人であり、前年に比べ717人(2.8%)増加した。このうち、少年は2万2,695人(86.5%)であり、依然として少年層が乱用の中心になっている状況にある(表1-33)。

表1-33 有機溶剤乱用者の検挙人員の推移(昭和61~平成2年)


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