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第4章 支援等のための体制整備への取組

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3 民間の団体に対する援助(基本法第22条関係)

コラム7 警察職員による被害者支援手記

警察においては、毎年、犯罪被害者支援に関する警察職員の意識の向上と国民の理解促進を図ることを目的に、犯罪被害者支援活動に当たる警察職員の体験記を広く募集し、優秀な作品を称揚するとともに、優秀作品を編集した「警察職員による被害者支援手記」を刊行し、これを広く公開している(警察庁ウェブサイト「警察職員による被害者支援手記」:https://www.npa.go.jp/higaisya/syuki/index.html参照)。

令和元年度優秀作品の中の一つを紹介する。

「アルバム」~家族を救う青年が生きた証

警察署勤務 警部補

「交通事故」それは、これまでの何気ない日常を一瞬にして地獄の底に突き落とす、私たちのごく身近にある犯罪です。

大切な家族が笑顔で「行ってきます」と言って出かけた数時間後に、体温のない冷たい身体になって帰ってくる。

いくら呼んでも、何度叫んでも、今まで当たり前のように返ってきた元気な声は聞こえない。

そんな非現実的な世界に直面している遺族に自分が警察官としてどう接していけばいいのか、正しい被害者支援とは何だろうと、今でも正解が見つかりません。

ただ、何となく自分の中で「これも心の支援になっていたのか」と少し感じた経験がありますのでお話しさせていただきます。

あれは、空がどんよりとした雲に覆われた、底冷えのきつい朝のことでした。

交通捜査係の執務室に一本の電話が鳴り響き、「バイクと軽四の人身事故。バイクの20代男性意識なし」との通報。

私はすぐさま部下に現場急行を命じ、自らもパトカーに乗り込み現場指揮に向かいました。

現場は幹線道路で、道路上には割れたヘッドライトやバイクの部品が飛び散り、躍動感を失ったスポーツタイプのバイクが無残な姿で横たわっていました。その傍らには真っ赤な血に染まったヘルメット。

既に周囲は野次馬が集まって騒然としており、軽四の運転手は、顔面蒼白のまま立ち尽くし、ストレッチャーで運ばれていくバイクの青年を力なく眺めているだけでした。

その後バイクの青年は、救急救命センター医師の懸命な治療の甲斐もなく、わずか20歳の人生に幕を下ろし、両親の元から静かに逝ってしまいました。

静まりかえった病室で、真っ白いシーツに身を包まれ静かに眠るように横たわる息子。その姿を呆然と見下ろす父。まだわずかに温もりがある我が子の顔を優しく撫でながら「痛かったね。はやく帰ろうね」と小さくつぶやく母の姿。

これまで何度も経験してきた、自分の職務がつくづく嫌になる光景でしたが、その度に目頭が熱くなっても、捜査員という立場上、毅然とした態度で振る舞ってきました。

でも、それは少し間違っているかもしれないと気付かせてもらったのです。

警察での交通事故処理は、被疑者の逮捕、取調べ、現場の見分等必要な捜査がどんどん進み、気付けば被害者遺族の遺族調書の作成を残すのみとなります。

それまで、当然のように「被害者の手引」を手渡し、捜査の進捗状況などを説明する家族への連絡を「被害者支援活動」として行っていました。しかし捜査員の数も少なく、私は、被害者支援担当者でかつ捜査主任官でもある立場でしたので、遺族調書の作成に携わりました。

捜査が終結に近づいたある日、私は、被害者の両親に遺族調書作成の協力と、バイクの返還を連絡しました。その時、被害者の父親が家族の心の一端を話してくれました。

「私たちは、相手に極刑を望んでいる訳ではありません。ただ家族の光のような存在だった息子を失ったことがつらくて、悔しくて、この気持ちをどう表現していいのか分からないんです。ですからうまく話せないかも知れません。」と。

この言葉を聞いて、私の頭にある思いがよぎりました。

最愛の息子を亡くした人が相手を恨む心よりも、家族の光を失ったつらさの方が絶大なのだということが、父親の弱々しい言葉から伝わってきたのです。

その時、自分が警察官としてこの被害者家族にできることは何だろうと改めて考えさせられました。

自分は警察官で、交通事故は日常茶飯事のこと。ただその日常茶飯事の裏に、人の悲しみや苦しみがあり、そして恨みよりも自分の人生の光を失った家族がいるということを司法の場に反映させることができるのは自分しかいないと改めて思ったのです。

それならと思い、「自分はこの事故で亡くなった青年のことを何も知らない。この青年のことを知らずに、本当の遺族の心情なんて伝えられない」と思い、無理を承知で遺族である父親に、あるお願いをしました。今思い返すと、とんでもないお願いでした。

それは、「亡くなった息子さんの幼い頃からのアルバムを見せてもらえないか」というお願いでした。

私は父親に「私は息子さんのことを何一つ知りません。ですから、息子さんがこれまでどんな人生を送って来られたのかを知った上で事情聴取させてほしいのです。事情聴取の日、息子さんのアルバムを見せてくださいませんか」とお願いしました。

すると青年の父親は電話の向こうで少し考えた後、「持って行きます。是非見てください」と応えてくれました。これは私の思い過ごしかもしれませんが、少し嬉しそうな返事に聞こえました。

事情聴取の当日、署内の応接室で御両親と対面しました。

父親の手には、真新しい風呂敷2つに包まれた古びたアルバムが5冊ありました。

そのアルバムが、父親の手によって一枚一枚めくられていきます。御両親は、一枚一枚めくりながら、産湯につかる生まれたばかりの我が子、遠足に行った時に笑顔ではしゃぐ我が子、中学の修学旅行で仲間と一緒の我が子を慈愛に満ちた顔で見られ、とても息子を失った悲しみの中にいるお二人とは思えないくらい、時折お互いの顔を見つめ合いながら、そのときのことを嬉しそうに話し出されたのです。

この日の事情聴取は午後から始まって、半日を要しました。

しかし、御両親は事情聴取を終えると私に、「アルバム、見てもらってよかったです。あの子が亡くなって、私も家内も泣いてばかりでした。あの子の遺影はつらかったです。だから、お巡りさんがあの子のアルバムを見たいと言われた時、正直戸惑いました。でも、今日あの子の笑っている顔を見ることができました。これで少し前に進めるかも知れません。ありがとうございました」と仰ったのです。

遺族調書の作成は、処罰意思を尋ねることはもちろんです。ですが、私はこの言葉を聞いて、被害者の心情に寄り添いながらの事情聴取も決して悪いことではなく、むしろ大切なことだと考えるようになりました。

そして、いよいよ最後に青年が運転していたバイクを返還させてもらうことになりました。

既に夕刻で、雪がちらほら降り始めていましたが、暗い証拠品置き場からバイクを運び出しました。とても死亡事故を起こしたようには思えないくらい、損傷が少ないバイクでした。

うっすらと雪が降り積もるバイクのタンクに、お父さんはそっと手を伸ばし、「ようやったな。がんばったよ」と静かにつぶやかれました。

その声がだんだん大きくなり、とうとうオートバイに跨がってタンクにしがみつき、周囲の目をはばかることなく、大声で泣かれたのです。その姿を見て、私も涙を拭うこともできず、お父さんと一緒にバイクを軽トラに積み込ませていただきました。

こうして全ての捜査を終え、遺品であるバイクを御両親の元にお返しし、警察署の駐車場から帰っていく御両親とバイクを積んだ軽トラを、挙手敬礼で見送らせていただきました。

その私の姿に、お母さんが助手席の窓を開け、ずっと私の方を向いていてくれました。

それから数年経ち、偶然私は自分の母から、交通事故で息子さんを亡くしたある家族の話を聞いたのです。

ある方の息子さんがバイクで亡くなり、その事故を取り扱ってくれた警察官のことが今でも忘れられず、息子のことを考える時、決まってその警察官のことを思い出すという話でした。

その警察官は、事情聴取の時に息子のアルバムを見たいと言われ、息子のことや私たち家族のことを本当に分かった上で話を聞いてくれた。息子のオートバイを取りに警察署へ行った時、私たち家族と同じように涙を流してバイクを運んでくれた。軽トラにバイクを積んで警察署から出る時に、きちんと敬礼をしていつまでも見送ってくれた姿が今でも忘れられないという話でした。

その話をされた方は、亡くなった息子さんの母親だったそうですが、事故を処理した警察署名を尋ねると、まさに私が数年前に勤務していた警察署だったのです。

私にとっては、年間数百件扱う事故のうちの1件でしたが、偶然にも私の母から、私が対応した遺族のその後や人生を一歩前に進めるために役立ったことを知ることができ、嬉しい思いと、その家族が今後も幸せに暮らしてほしいという思いがして、自分自身の今後の職務に大きな励みになりました。

被害者支援は心の支援であり、成果が目に見えないことがほとんどだと思います。

昨今、凄惨な交通事故が頻発し、幼い命を含む尊い人命が失われ、その失われた命の数だけ悲しみに暮れる遺族が生まれている現状があります。

私も交通警察の最前線で勤務する警察官として、日々発生する交通事故の被害者やその家族に思いを寄せながら、人間味のある警察官を志していきたいと思います。

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