3.犯罪被害者等基本計画 (平成17年12月27日閣議決定)

III 重点課題

 基本計画は、I、3.で述べたように犯罪被害者等及びその支援に携わる者の具体的な要望を基に策定されるものであるが、広範囲・多岐にわたるそれらの要望を総覧し整理する中で、大局的な課題として浮かび上がってくるものとして、以下に掲げる5つの課題を指摘できる。これらの課題は、関係府省庁がそれぞれに対応していくのみならず、各府省庁が、有機的な施策体系の一部を担っているという意識の下で横断的に取り組んでいく必要のあるものである。各府省庁は、個々の施策の実施に当たっては、各課題に対する当該施策の位置付けを明確に認識し、各課題ごとに府省庁横断的かつ総合的な施策の推進・展開が図られるよう努める必要があり、それによって、一層効果的な取組が可能となるものである。

[5つの重点課題]

《1》 損害回復・経済的支援等への取組

 犯罪被害者等は、犯罪等により、生命を奪われ、家族を失い、傷害を負わされ、財産を奪われる。そうした損害に加え、高額な医療費の負担や収入の途絶などにより、被害者本人はもとより、遺族や家族についても、経済的に困窮することが少なくない。また、犯罪被害者等は、自宅が事件現場になったことで居住ができなくなったり、加害者から逃れるために住居を移す必要が生じたりするが、経済的困窮などともあいまって、新たな住居の確保に困難を伴う場合が少なくない。さらに、犯罪等による被害の実相や刑事手続等による負担に対する無理解等により、雇用の維持に困難を来すことも少なくない。犯罪被害者等が直面するこうした経済的困難は、それ自体重大であるだけでなく、精神的・身体的被害の回復に悪影響を与えたり、刑事手続等への十分な関与の障害ともなるなど、他の重点課題とも密接に関係する面がある。

 もとより、犯罪等による被害については、その被害が加害者の犯罪行為等によるものであることからすれば、加害者に対する損害賠償の請求により被害の回復を図ることは当然であるが、犯罪等により精神的・身体的に大きな負担を負っている犯罪被害者等にとって、更に大きな負担となったり、民事訴訟遂行上様々な困難を生じたり、さらには、加害者の賠償能力が欠如していることなどにより実効的な賠償を期待できないことが相当多いと指摘されている。また、国等による積極的な救済制度についても、現行の制度では、犯罪被害者等が直面する経済的困難全体から見ると不十分であると指摘されている。こうした点に関し、犯罪被害者等からは、加害者に対しては多額の国費を投入して更生や社会復帰に向けた様々な施策が行われているのに比べ、犯罪被害者等に対する国からの直接の援助は極めて乏しいとの批判もある。

 このような犯罪被害者等が直面している困難な状況を打開するため、犯罪被害者等の損害を回復し、経済的に支援するための取組を行わなければならない。

《2》 精神的・身体的被害の回復・防止への取組

 多くの犯罪被害者等は、犯罪等により、その生命・身体に重大な被害を受ける。一刻を争う救命救急医療から後遺障害に対する長期にわたる治療や介護等の援助まで、身体的被害の回復・軽減のための支援が必要であり、犯罪被害者等がいつでもどこでも適切な支援を受けられるようにする必要がある。また、多くの犯罪被害者等は、当該犯罪等が意図した直接的な精神的・身体的・財産的被害を受けるのみならず、自分自身や家族が犯罪等という攻撃(あるいは悪質な行為)の対象にされた(あるいは巻き込まれた)ということ自体から精神的被害を受ける。こうした精神的被害によって著しい苦痛を受け、身体的被害を受けた場合と同様に日常生活や社会生活のための機能に障害が生じる場合が少なくない。このような精神的被害に対する適切な介入や支援が行われないことが症状の重症化や慢性化をもたらすことから、身体に関する救急医療と同様に被害直後から適切な診療や援助を受けられるようにする必要がある。

 しかしながら、犯罪被害者等の治療を行える専門家・施設が不足しており、身近な地域で適切な医療や福祉サービスを受けられないとの指摘がある。特に、精神的被害に関しては、一般的に、ほとんどが治療や支援がなくとも自然に回復するものである、回復は個人の資質の問題であるなどの誤った認識から見過ごされやすいだけでなく、医療関係者においても理解が十分とは言えず、その診療やケアに関する研究の遅れや、専門家・施設の不足により、多くの犯罪被害者等が精神面の重い症状を負いながら、適切な診療やケアを受けられず、社会から孤立していると指摘されている。

 また、犯罪被害者等が受ける精神的・身体的被害には、当該犯罪等によって直接もたらされるもの以外に、再被害によるもの、ないしは再被害を受けることに対する恐怖・不安によるものや、保護、捜査、公判等の犯罪被害者等が必要的にかかわらざるを得ない手続の過程で、また治療や回復の過程でかかわらざるを得ない関係機関において、配慮に欠けた対応をされることによって受ける二次的被害がある。こうした再被害や二次的被害への恐怖・不安により、被害の申告をためらう犯罪被害者等もいると考えられる。

 このような犯罪被害者等の精神的・身体的被害に対し、これを回復・軽減し、又は防止するための取組を行わなければならない。

《3》 刑事手続への関与拡充への取組

 犯罪被害者等が、捜査や刑事裁判等に対し、「事件の当事者」として、事件の真相を知りたい、善悪と責任を明らかにしてもらい、自己の、あるいは家族の名誉を回復したい、適正な処罰により自らの正義を回復してほしいなどと願うことは当然である。事件の正当な解決は、犯罪被害者等にとって最大の希望であり、その回復にとって不可欠であるともいえる。また、解決に至る過程についても、遺族がこれに関与することでその責任を果たせたと感じるなど、犯罪被害者等の精神的被害の回復に資する面もある。

 しかしながら、現状について、犯罪被害者等からは、捜査や刑事裁判等は、加害者及び弁護士と、警察、検察、裁判所のみを主体として行われ、犯罪被害者等に認められた権利は貧弱であり、十分な情報も与えられず疎外され、証拠として扱われているに過ぎないという批判があり、刑事司法について社会の秩序維持という公益を図る目的が強調され過ぎているという指摘や、犯罪被害者等に信頼されない刑事司法は国民全体から信頼されないという指摘もなされている。

 犯罪等には、社会の秩序を侵害するという面と個人の具体的な権利利益を侵害するという面があるが、人が被害者となる犯罪等の場合、一般的な感覚からは、両者は截然と区別されるものではない。社会が個人によって成り立っているように個人もまた社会の中にあるのであって、刑事裁判等において違法性と責任が明らかになり、適正な処罰が行われることは、社会の秩序を回復するというだけでなく、当該犯罪等による被害を受けた個人の社会における正当な立場を回復する意味も持ち、このことは、現実の問題として、個人の権利利益の回復に重要な意義を有している。刑事司法は、社会の秩序の維持を図るという目的に加え、それが「事件の当事者」である生身の犯罪被害者等の権利利益の回復に重要な意義を有することも認識された上で、その手続が進められるべきである。この意味において、「刑事司法は犯罪被害者等のためにもある」ということもできよう。また、このことは、少年保護事件であっても何ら変わりはない。

 もとより、刑事に関する手続や少年保護事件に関する手続は、国家、社会、個人に関する様々な価値観の相克・変化を踏まえた歴史の所産でもあり、国家及び社会の秩序維持、個人の人権の保障、少年の健全育成等の時として衝突し、考量困難な種々の要請に応えるものでなければならない。そのことを前提としつつ、「事件の当事者」である犯罪被害者等が、刑事に関する手続や少年保護事件に関する手続に適切に関与できるよう、その機会を拡充する取組を行わなけれ ばならない。

《4》 支援等のための体制整備への取組

 思いがけず被害に見舞われた犯罪被害者等は、精神的被害により、自分の身の回りのことすら満足にできない状態に陥る。その一方で、診療を受けたり、捜査・公判等に協力したり、損害回復のための請求を行うなど、次々に新たな対応を迫られ、再び平穏な生活を営むことができるようになるためには、様々な困難に立ち向かうことを余儀なくされる。犯罪被害者等に対しては、被害直後から、犯罪被害者等が直面している各般の問題について、相談に応じ、必要な情報の提供等を行うことが必要となり、さらに損害賠償の請求、経済的支援、精神的ケア、医療・福祉サービス、刑事手続等への関与など種々の場面での支援を様々な機関が行っていく必要がある。しかしこのことは、犯罪被害者等から見ると、相手方機関が次々と替わるということにもなる。様々な機関がそれぞれの役割を果たすべきであることは当然であるが、異なる制度や機関の継ぎ目を橋渡しする横断的なシステムがなければ、継ぎ目に当たる度に犯罪被害者等を制度や組織の谷間に陥らせ、さらには、時間の経過とともに支援が次第に弱まる感を抱かせることにもなる。したがって、継ぎ目のない支援体制を構築する必要がある。

 犯罪被害者等に対する支援においては、支援に資する様々な制度に関する知識に加え、犯罪被害者等の心身の健康を回復させるための知識・技能が求められる。現状については、そうした知識・技能を十分に持った人材の不足が指摘されており、人材の養成に加え、専門的な知識・技能に関する調査研究や、その基となる犯罪被害の実態等に関する調査研究も求められている。

 さらに、犯罪被害者等が望む場所で、ニーズに応じた支援を受けられるようにする必要があり、そのためには、民間の支援団体の存在と地域ネットワークの形成が重要である。民間の支援団体は、支援の提供者として不可欠の存在であるが、そのほとんどが財政面の脆弱さ、人材育成の面での問題を抱えており、また、他の機関・団体等との連携不足や、活動の地域的な格差などの問題点もあり、援助が求められている。

 これらの現状を乗り越えて、犯罪被害者等の誰もが、望む場所で、必要なときにいつでも、情報の入手や相談ができ、専門的知識と技能に裏付けられた支援が受けられる継ぎ目のない支援体制を民間の支援団体とともに構築していかなければならない。

《5》 国民の理解の増進と配慮・協力の確保への取組

 基本方針《4》が示すように、犯罪被害者等が再び平穏な生活を営むことができるようにするためには、国民の期待に応え得る十分な施策を実施する必要があるが、施策が措置されても国民の理解と協力がなければその効果は十分には発揮されない。また、犯罪被害者等は、地域社会において、配慮され、尊重され、支えられてこそ、平穏な生活を回復できるのであり、施策の実施と国民の理解・協力はまさに「車の両輪」である。しかし、現状は、犯罪被害者等は、受ける被害の実相を理解されず、配慮のない対応をされ、疎外され、孤立することが少なくなく、二次的被害を与えられることもある。また、例外的な存在と誤解され、軽視・無視されることもある。

 犯罪被害者等を理解することは、犯罪被害者等への配慮を可能にし、二次的被害を防止するのみならず、犯罪被害者等が我々の大切な隣人であることを改めて想起させ、隣人と共に生きる健全な社会をつくることを可能にする。また、犯罪被害者等への支援に協力することは、自己や周囲の者が犯罪被害者等となった場合に対処できる知識・能力を身に付けることにもなるとともに、犯罪等に対し、地域社会が一丸となって対決し、安全で安心な社会をつくることを可能にする。

 広く国民の理解と協力を得るための取組は、目に見える効果を直ちに期待できるものではないが、国民一人ひとりに深く届くよう着実に進められなくてはならない。様々な分野・場面で、教育活動や広報・啓発活動等による息の長い取組を行い、犯罪被害者等が置かれている状況、犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏への配慮の重要性等についての国民の理解を深め、犯罪被害者等への配慮と犯罪被害者等のための施策への協力を確保していかなければならない。


<< 前頁   [目次]   次頁 >>