被害者等の方々の手記

 

 犯罪被害者と支援者

矢野 啓司

 私は平成17年12月6日に息子(享年28歳)がショッピングセンターで通り魔で殺害されて、自分の人生ではあり得ないことと考えていた、犯罪被害者遺族になりました。犯人は近隣の精神科病院に入院していた統合失調症の患者で、病院から外出許可をもらって社会復帰訓練の外出をしている間に「誰でも良いから、人を殺したい」として100円ショップで万能包丁を購入して引き起こした犯行でした。

 夫婦で事件の一週間後の同じ曜日の同じ時間に現場を訪問しました。その時、「精神障害者の自立支援活動に貢献しています」と自己紹介をした人に、「あなたの息子さんは死んだので、人権はありません。犯人は生きており、人権があります。精神障害者ですから当然罪はありません。あなたは犯人の社会復帰を邪魔してはなりません。犯人の人権を尊重しなさい。」と言われました。その後に訪問した弁護士も異口同音で「統合失調症の患者は自動的に心神喪失で、罪には問えない。人道を侵害してはならない。」と門前払いしました。犯罪被害者支援活動をしている精神科医師は「外出許可を与えた病院の責任を問うなどとは、とんでもない。提訴することは日本の精神医学会全体を敵に回すことだ。素人の分際でゆるさん。」と強硬でした。

 精神障害者が引き起こした犯罪では、例え殺人や放火などの重大犯罪でも、犯人が不起訴になる可能性が高いので事件の詳細や犯人に関する情報は被害者には伝えられません。殺されなければならない理由もなく理不尽に殺された息子の遺体を前にして、遺族はこれまで暖かいと考えていた社会が急に冷たくなり、被害者を阻害している現実に気付かされました。理由もわからず、突然命を絶たれた息子の葬儀は執り行われました。

 友人や親類も親しければ親しいほど「早く忘れなさい」また「相手が精神障害者なら仕方がありません。あきらめなさい。」と親切心からの助言をしてくれます。これこそ「ありがた迷惑、大きなお世話」ですが、言っている本人は親切と善意の協力者であると確信しており、始末に負えません。

 出版社を経営している友人に勧められて、息子の人物像と事件直後の状況を記述した著書『凶刃:ISBN4-947767-04-9』を出版しました。すると多くの友人から「裁判は困難を伴うでしょうが、勇気を出して頑張ってください」というお手紙をいただきました。またそれまで知遇がなかった、精神障害者の治療や社会参加支援を専門職としている方々からも連絡をいただきました。

 事件当時の私たちは、刑法第39条の条文を読んだことがなく、精神障害者と健常者の違いについて知識がなく、ましてや統合失調症がどのような病気であるかまるで見当がつきませんでした。「犯人は反社会性人格障害者」と言われても、「他人の不幸を楽しむ性質の人格像」であるとは想像もせず、「政治犯や反体制思想の活動家だろうか?」と考えたほどです。このような私たちの無知を、義憤を感じて協力者になってくれた精神障害者治療の専門家が一つ一つ詳しく説明してくれました。苦境の時に勇気を出した協力者が現れなかったら、私たちは何もできませんでした。支援者のありがたさを心から感じています。

 事件から3年を経て、刑事裁判で犯人には「統合失調症の患者であると認定した上で、懲役25年が確定」しました。またその日は異常な興奮状態であった犯人に外出許可を与えていた病院を被告として争っている民事裁判は2年半を経過して、犯人の両親が息子が殺した被害者の両親である私たちの主張に賛同して、民事裁判を提訴しました。現在では、被害者遺族と加害者両親が共に病院の社会的責任を日本の精神医療の課題と考えて、法廷で論戦をしています。

 突然命を絶たれた「息子が生きた意味は何か、生きた記録は何か」を考えます。殺人は最大の人権侵害です。他人の命を絶つ行為に社会が合理的理由を与えてはなりません。

 

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