長崎大会:基調講演

「精神科医としての被害者支援と二次被害について」

 高橋幸夫 (精神科医、NPO法人おかやま犯罪被害者サポート・ファミリーズ副理事長)

皆さん、どうも今日はお休みの日に、たくさんお集まりいただきまして、ありがとうございます。先ほど、人形劇をしていただいたメンバーは、僕たちと一緒に大阪で毎月会合しています「あすの会」の関西集会の方で、司法について話をしながら、その矛盾をいろいろ話しながら、法改正に向けて動いております。

今日は、僕の体験ですが、「それでも生きて往かねばならない」。非常に皆さんにとっては重たい話ですけど、これが現実なのです。8人、ここで人形劇をしていただきました。僕も被害者そのもので、被害に1度遭うと死ぬまで被害を背負って生きていかなければならないのですね。その辺り、とてもつらい。今日は、いろいろな問題があるなかで、3つだけど上げます。罪を償うとはどういうことかという事と、社会の安全と個人の安全とはどうことなのかという事と、3つ目に人権侵害と遺族の問題、これは僕の体験談を話させていただきます。1と2は、皆さんと一緒に考えていただきたい。3番目は感じていただきたい。これが被害者なのだと。僕の体験を通じて、皆さんに感じていただきたい。じゃあ、どうしたら良いかということを、皆さんと共に感じ、そして考えていただきたい。そういう時間にさせていただきたいと思っています。僕の持ち時間は40分で、3時30分までだそうですが、それまでには終わります。

最初の罪を償うとはどういうことか、罪を償えるなら、どう償うのかということです。これは実例なのですが、男性30代で、無職、人格障害、薬物依存。十数年前に殺人を犯し、刑務所で十数年間過ごした。そして満期出所して1週間後にデパートの女性店員に言いがかりをつけて刺殺した。こういうパターンなのですね。これを皆さん、どう考えるかということ。

ちょっとすみません。僕、犯罪被害に遭ってから、皆さんの前で話をすると、唾液が出なくなってしまうのですね。今までそういうことはなかったのですが。年を取ったからということもあるのでしょうけども。学会でこういうふうに大勢の前で、話をすることは今まであったのですが、そんなことは全然なかったのですが。犯罪に遭ってから、大勢の前で話をすると、唾液が出なくなって、ろれつが回らなくなる。唾液の代わりにちょっと水を飲ませていただきます。

それからもう1つ。僕は10年間、睡眠薬を飲み続けています。これも僕、後遺症だと思っているのですが、飲まないと寝られない。未だに悪夢にうなされて、目が覚めますから。自分で調合しまして、無理やり寝させているということが10年間続いています。昨日も飲みましたが、この量を皆さんが、健康な皆さんが飲まれたら、今頃、うとうとしておられる、1日中うとうとした状況で過ごされると思います。僕はそれを10年間やって、こういう活動をさせてもらっています。やはり僕自身、薬の量からいって、ずっと興奮しているのだなということ。それからもう1つ、睡眠薬というのは安全だなということですね。患者さんの前で言うんですけれども、僕、10年間、睡眠薬を飲みつづけているよと。僕、ちょっと横になっていい、と患者さんに冗談を言いながら話しているのですが。そういうふうに唾液が出なくなるとか、睡眠薬で未だに眠っているというのは、後遺症だと思っております。これは死ぬまで続くのだろうと、僕は思っています。

話がちょっと飛びましたが、十数年間、刑務所生活をしたこの人が満期で出所して、また殺害したのですね。このデパートの女性店員は全く悪いことをしたわけでもなく、何の関係もない。ここで皆さん、考えていただきたい。この男性の十数年間の刑務所生活とは一体何だったのだろうということ。それから殺害された2人はこの犯罪をどういうふうに思うでしょうね、天国で。この加害者を、僕たちはどうしたら良いのだろう。ちょっと考えていただきたい。それから安心、安全な社会はどうしたらできるのだろう。相手もありますしね。これ、僕、またやると思うのです、絶対。だって、人格障害だから。反論があるかも知れませんけれど、人格障害は、僕は治らないと思っています。人間の皮をかぶった動物のような感じだと思っていただいければ良い。薬では治らないですね。これ矯正医学の仲間の人から言えば、猛反対を食らうと思います。じゃあ、矯正医学の人はこういう人を治して、ちゃんとできるかというと、できないですね。できてから言えよ、と僕は言うのですけれども、猛反対であります。僕は安全な社会を作りたいために今日、お話しさせていただいております。皆さん、これはどういうふうにしたら良いか。

それからもう1つ。NHKスペシャルで、岡本真寿美さんですね、長崎県でも御覧になられたかと思うのですが。2000年にNHKスペシャルで「犯罪被害者はなぜ救われないか」という番組だったのですが。彼女は決して悪いことも何もしていない。にもかかわらず、ガソリンをある男性から引っ掛けられて、火をつけられて、重症の火傷。全身火傷を負わされて、助けてもらった。助かった。けれども、じゃあ医者からはどうか。460万円の請求書が来た。全身火傷を負って、苦しんで、仕事もできない状況で。にもかかわらず、これだけ払いなさいと。できるでしょうか。到底できない。

そして、これだけではないのです。彼女は20歳代だったですかね。それで重症で、見目麗しき女性がこういう全身火傷を負って、仕事ができる状態ではない。皮膚の移植をしなくてはいけない。次から次へと移植術をうけていくのです。皮膚がつる。汗が出なくなる。だから体温の調整ができなくなる。そういう中で彼女は生きていかなくてはいけない。仕事もできない状態になって、生活費なんてどうするのですか。彼女はとても気の毒だが、死ぬまで続く。でも彼女はがんばっている。こういう矛盾。

それからもう1つ。少年の集団暴行によって2年間、意識不明になった少年の事ですが、医療費、介護費で1000万円の請求がかかった。これ、どうでしょうね。こういうふうに、生きていても、これだけのことが一生続くわけです。これだけのお金をかけなくてはいけない。しかも、これは全て被害家族の負担なのですね。

これだけのことをされながら、加害者は出てくる。真寿美さんの加害者も出所されていると聞いております。本当か嘘か分かりませんけれども、結婚までされて、幸せな家庭を築いておられると、僕はお聞きしております。彼女はこれらからもずっと死ぬまで悩み続けると思います。意識不明になった少年は、片方の親が亡くなられ、もう1人の方、恐らくお母さんが全部背負っていかなくてはいけない。これ、どうするか。仕事はできない。一生このままですね。もう命がなくなるまで。僕が言いたいことは、犯罪というものは、そのときだけではなくて、一生その後も続くということです。死ぬまで犯罪の中にさらされ続ける苦しみを理解していただきたいのです。

その上で、裁きをちゃんとして欲しい。本当に今の日本というのは、罪の重さと罰の重さがイコールなのか。法には「罪刑均衡の原則」がある。法の前には平等です。ちゃんと憲法に謳ってあります。しかし今、2例ほど話をしましたが、加害者は十数年務めたら、天下晴れて、自立した中で生きていける。被害者はどうか。一生駄目になる。これが本当に一平等なのだろうか。これは、テーミスといって、ギリシア神話の中の正義の女神です。今日、出島に行きまして、天びんのはかりがありました。これで砂糖を量るのだそうです。こちらに罪を乗せ、こちらに罰を乗せて、平等につる。これは弁護士さんのバッジですね。弁護士バッジの中を見てみると、やはり天びんが描いてある。罪と罰とは、やはりイコールでしょう。これを文書では「罪刑均衡の原則」と言って、そうすべきとなっている。やり得を許さない。これが、僕は原則だと思う。これが破れると、やり得社会になって、生きた者が勝ち、やった者が勝ち。そういうのは不平等なことです。社会の安全を、僕は脅かすと思う。憲法にも書いてあるように、法の前に平等を、やはりあくまでも平等にやってほしい。

先ほど、人形劇でありましたが、「犯罪被害者も人間だ」と、僕は叫びたいですね。基本法が出来る前は、犯罪被害者は蚊帳の外です。被害者は別だという形だったのです。人間扱いしていない。被害者だって人間なのだから、人権をちゃんと守ってよと。被害に遭った途端に剥奪されてしまう。加害者重視の裁判になっていたわけですね。僕は今でもそうだと思っています。

そして、司法制度に忘れられた存在、被害者遺族の権利を守ろうということで、先ほどの岡村弁護士と林良平君とが立ち上げた「あすの会」。全国犯罪被害者の会です。立ち上げても、とても苦しいですね。奥さんを亡くされてダウン寸前。でも、このまま被害者が泣き寝入りしていたのでは、世の中が良くならない。自分たちはもう駄目なのだけれども、自分たちが声を上げなければ、誰が上げるのだ。裁判でも、被害者のためにあるのではないのだと言われて、被害者は泣き寝入りのまま一生を過ごすのか、おかしいではないか。「被害者だって人間なのだ」ということで、長崎県にも署名活動にお伺いして、皆さんの御協力を得たと思うのです。全国を回りました。56万の署名を集めて。ここは理解ある弁護士さんが協力してくださいました。本当に寒い中を、オーバーを着ながら、一人一人集めてくれた。熱心に、本当に応えてくださった。本当にありがたい、皆さんの御協力は。そして出来たのが犯罪被害者等基本法であります。署名活動を、北海道から大阪、それから日本だけではいかんだろうということで、ヨーロッパ調査、これは弁護士さんたちが行ってくださいました。ヨーロッパのいろいろな所へ行って、司法制度はどうなっているのだということを調査して、そして出来たのです。それが犯罪被害者等基本法であります。平成16年に出来まして、17年の4月1日から施行されました。

この意味はどういうことかと言いますと、「犯罪被害者は個人の尊厳を重んぜられ、受けた被害を回復し、再び平穏な生活を営むことができるように支援を受けることができる」当たり前のことですよね。被害者だって人間なのだから。被害に遭う前は人間だったのです。ちゃんとして税金を払った日本国民だったのです。ちゃんと義務を果たした。守ってくれるはずであった国が被害者をやっかい者扱いにしてしまう。被害者は泣き寝入りのままで、ずっと一生を送る。おかしいじゃないか。だから、こういうことを、僕たちが署名活動をお願いしたら、やっとこさできたのです。

かつては裁判官、検察官がいて、被害者と被告人の弁護士がこういう形で、今さっきの人形劇みたいに、被害者はここのバーの外にいて、法廷の中に入れない。被告人は勝手放題のことを言う。自分に有利なことを言う。黙秘権も認められます。自分の都合の悪いことは言わない。僕らは真実がわかり、この中で裁きに遭うものだと期待している。被害に遭う前はそう思っていました。しかし被害に遭って、実際に法廷の中に入ってみると、被害者は法廷の外なのですね。加害者と被害者とがあって事件があるにも関わらず、この主役の片一方をのけ者にしておいて、これが裁判なのでしょうかね。真実は分かるのでしょうかね。加害者側弁護士が言うのには、いやいや、こちらに検察官がいるから、代弁しているから大丈夫だと。しかし、検察官は被害者ではない。だから被害者の人生なんて分からない。調書を作っていてもそれ以上のことは分からない。それ以上のことを知っているのは被害者ですね。被害者を法廷に入れなくて何の裁判か。被害者参加制度が出来てから初めてここのバーの中に入ることができた。そして支援の弁護士さんも付いてくれることができる。法廷の中で話ができる。しかし、それでもうそだということを直接言えない。被害者から検察官に言って、「はい、どうですか。聞いてもよろしいか」「うん、うん、そうだな」と検察官が言って、「うん、うん、そうだね」と検察官と裁判官が話し合って、「じゃあ、聞きなさい」と裁判官が許可を出す。こういうふうに戻って、初めて裁判官の許可をもらって被害者は聞くことができる。まだまだ、まどろっこしいですよね。いろいろと日弁連はそれに対してガタガタ言っていますが、僕は、まだまだ本当に真実をこの場で現すならば、嘘を隠すのではなく、本当のことをお互いに話し合って、そしてやはりそれに対して平等な、公平な裁判、裁決がなされていく。それが裁きだろうと僕は思っております。それでやっとこさ、均衡が取れる形になります。

ここからは僕の体験談ですが、ちょっと聞いてくださいね。

(テープ音声)
 --もしもし。
 --もしもし。
 --妙子ですけど。
 --ああ、どうしたの。
 --身に危険はないから心配しないでください。
 --どうしたの。
 --車でグルグル連れ回されて、今どこにいるかよくわからないけれど……。
 --誘拐されたの。誰に。
 --警察に言わないでください。お願いします。
 --どこに……。
 (テープ音声終わり)

これが僕と妻との最後の電話でした。これはたまたま録音していたのですが。警察に言わないでくれ、車でグルグル連れ回されて、と言ったり、監禁だと、そして「言わないでください」と。妻はそんなことを犯人に言わされたのだと思っています。でも僕の心の中には、僕の耳の中に「言わないでください」と。電話を置いたとたんに僕は警察に「大変だ、お願いします」と電話した。だから妻との約束を破ってしまったのですね。警察がまどろっこしくて、僕はイライラした。当時はまだメディアを信じていました。じゃあ、警察がちゃんとここまで情報を集められないのだったら、見つからなかったら、ともかくメディアにお願いして、メディアが情報を集めてくれるものと信じ僕は思っていた。しかし、勘違いでした。メディアはそうではなかった。

劇場型、要するに見世物ですね、商売の。そこで僕はこういう約束をしました。ちょっと待ってよと、申込みをしたのですね。いぶきクラブという県警の記者クラブなのですが、ちょっと読んでみますね。(読上げ)「妻の妙子さんが行方不明という状況の中、幸夫さんの肉体的精神的疲労はピークに達していて、度重なる疲労に対し、これ以上の取材はやめて欲しいと悲痛な声を上げている」。これは僕が直接、とにかくこんな報道や取材はやめてよ、あれはおかしいじゃないか、こんな報道があるのか、と言ったのです。そうしたら、「こうした状況を受けて、岡山県警記者クラブ、いぶきクラブは加盟社全社出席の総会を開き、クラブとして以下のことを申し合わせた」と、申し合わせてくれたのですね。「事件当事者の痛み、苦痛に心を配り、良識と節度ある取材を行う」という約束をしてくれたのです。

だけどこれがそうではなかった。これは表面上だけです。メディアの記者は裏側で犯人に直接取材攻勢をかけていた。どういうことをやったか。(新聞記事読上げ)「無関係と言ったのか。それなら、こちらにも話して、すっきりした方が良いのではないか」。これ、どういうことかと言いますと、自殺する前日に、元運転手が23日に電話してきて。23日の暮れに自殺したのですが。津山署を訪れ、身の潔白を訴えたという情報をつかんで、そして、「無関係と言ったのか、それなら、わしに言ってすっきりしろ」と。こんな取材があるのでしょうかね。新聞記者に言ってもすっきりする筈がない。新聞は、わしはこんなこともできるのだぞと、3面記事に大々的に書いた。そして結局、犯人は追い詰められて運転手は自殺して未解決。僕は手がかりを無くしてしまって、自殺されてしまった。

僕は腹が立って、こんなことが世の中にあって良いのか。メディアというのを僕は信用していた。監禁だと、危ない事件だということを知っておきながら、こんなことをする。道徳的にどうなのか。僕は取材記者の皆の前で言った。「確かにそうだ、申し訳なかった」とおわびを言ったのは1社だけですね。「報道は何のため、誰のためにするのか改めて考えさせられる」と、「申し訳なかった」とおわびを言ったのはたった1社だけ。真剣に聞いているというが本当かどうか疑わしい限りだ。

基本的人権についてちょっと考えてみたいと思います。僕らは何で生まれたのかよく分からない。しかし気が付いてみたら生まれていた。生まれて来ようと思って生まれた人はいない。でもやはり生まれて来た以上は命を大切に生きていきたい。そして生きていく以上は幸せに生きていきたい。これ、当たり前ですね。これは憲法の13条にちゃんと書いてあります。僕はこれが基本的人権だろうと思う。これがもう根本だろうと思うのです。何で生まれたのか、良く分からない。でも生まれて来てしまった。生まれた以上、命を大切にする。そして幸せに生きていきたい。それが憲法にちゃんと書いてある。そのために法の下の平等だとか、思想の自由、信仰の自由、学問の自由、表現の自由だとか、そのほか諸々の権利とか自由とかいうものが定められている。これ、僕、義務教育の間に教わったことです。

しかし表現の自由だと言って、13条の「幸福の追求の権利」までやっつけてしまう、人を不幸にしてしまう。そんなことをしてはいけないよと憲法12条には書いてある。ここら辺は義務教育の段階で教えてくれることですから。この自由かと権利というものは、憲法13条を守るためのものにすぎない。そこを間違って、「表現の自由だ」と言って、こんなことをいい加減にやってしまう。これは憲法違反だろうとすら思うわけです。

カッカカッカして申し訳ありません。次になぜ、人は人の不幸を他人事として済まそうとするか。安全、安心な生活をしたい。これはそうですよね。皆さんも、そうですよね。一方、犯罪というようなものは考えたくない。つらい。もうひどいこともよく分かっているから。本当に気の毒。だからちょっと犯罪被害というものを外に置いておこう。実際に被害に遭わないからよく分からない。だから外に置くことができる。だけど、その置き方なのですが、どうやって、ちょっと外に置いておくかというと、「犯罪に遭う人にも理由が多分あるに違いない」と言って、レッテルを貼って、他人事にして、ちょっと外に置く。そしてレッテルのない自分は大丈夫だと安心しています。

しかしどうでしょうか。池田小学校事件や秋葉原事件ですね。「誰でも良かった」むしゃくしゃしていた。だから殺したかった。殺してスカッとした。この様に自分は大丈夫だというのは願望にしかすぎず、そして考えたくないために想定外にしているのです。誰でも良かったというのは、いつでも誰でも被害にあうという事なのですね。僕もまさかと思っておりました。

ここでちょっと「事件前の世界」と「事件後の世界」を考えてみたいと思います。「事件前の世界」の精神活動はどのようになっているか、ザクッと言います。ある出来事がありますと、我々は頭の中にはいろいろな知識とか経験がストックしてあります。そしてこのある出来事と知識を照らし合わせる。これを認識と言います。こういう認識行動をやります。これを鋳型構造と言わせていただきます。そして、鋳型に合った出来事はストックした知識と紹合して理解をして、それに適合した行動を取る。これが普通のパターンですよね。しかし事件を体験してしまった側の世界というのが、この「事件後の世界」なのです。事件によって、特殊な鋳型が出来てしまう。どんな鋳型かと言いますと、皆さん、小さい子どもにストーブなど、火傷するような物を持たせるとき、「危ないからね、火傷するからね」と必ず母親が言いますよね。「危ないから、火傷するから」。子どもは、「ああ、そうか、こんなものは危なくて火傷するのだな。あまり良いものではないのだな」と知識がつきます。しかし、あの火傷のヒリヒリしたことは分からないですね。体験しないと。一度火傷したら、2度と。あの痛み、ヒリヒリする、水ぶくれも出来る。時には皮がむけてしまって、そこにばい菌が付けば、ジュクジュクして治らないですね。時にひきつってしまいますね。そういうふうな、もう元には戻らないという体験がある。そしてそれで納得した。

納得したとはどういう意味かと申しますと、北朝鮮の拉致、誘拐拉致というのがずっと35年間、僕はずっと聞いていた。「北朝鮮」、「拉致」そういう言葉が刷り込まれていた。大変だよなと。知識は入っていた。しかしそれが、僕自身が拉致、誘拐、そして帰ってこないという事件に遭ってからは、その「拉致、誘拐」という言葉を聞いた途端に、その言葉は僕を過去に引き戻す、フラッシュバックしてしまう。そして苦しみにつながってしまいます。こうした反応パターンが取られてきます。これが一生続くのですね。じゃあ、「事件前の世界」と「事件後の世界」とはどうなのか。皆さんが支援してくださる、犯罪被害者支援という形で応援してくださる、本当に誠実な思いやりがあって、初めて救われるのです。ここでちょっと嫌なことがありますと、傷つくのですね。二次被害になります。だから、どうかこちらの世界に来ないでくださいね。1度、「被害後の世界」の方に入ると、もう元に戻れません。一生続きます。だから、こんな苦しいことは、皆さん、ならないようにお願いしますねと、今日の人形劇も、僕も、ここで話させていただいております。

次に僕らは人生の再スタート台に立ちたい。それを願っています。それには真実を明らかに、公平で平等な裁判をしてもらって、真実がはっきりして、初めてそこで過去を受け入れることができる。そして、「ああ、仕方ないな」と思うか、思わないかは別として、過去を受け入れる。そして人生の再スタート台に立てられるのですね。これが中々難しい。で、立ったとしましょう。今度は未来を考える。じゃあ、どうしようかと、先が見えない場合、もういいやと自殺する。それでもやはり命を大切にしていこう、がんばって生きていこう。どちらへも行かない場合は虚無的な生活となる。さっきの人形劇の場合は、アルコール浸りになって最後は死んじゃったんですよね。お母さんはそれでも生きている。でも、決して元気ではないと僕は思いますね。どうにかして被害者は立ちたい。生きていきたい。それにはやはり平等な裁判をして欲しいのですね。「罪刑均衡の原則」をちゃんと守っていただきたい。

次に僕がお話するのは、「遺族の生きる意義」とはどういうことかと言いますと、傍観者、自分は関係ないと思っている人が少しでも犯罪というものを理解者として分かっていただくこと、それが犯罪のない社会になってくるのではないか。それはすなわち安心、安全な社会であり、そんなことでしか被害者を救う他ないのです。それが出来上がると救いとなるのですね。被害者そのものが、自分の命が無くなったらいいか、いや、家族や大切な人を亡くしたけれども、社会の皆さんのために、犠牲になったと思えば救われるか、後者の形で、生きていってもよい気がするのですね。だから、皆さん傍観者から、理解者になっていただきたい。みんなが理解者になったら、安心、安全な社会ができるのだと。だけど、まだ他人事ですね。所詮自分とは関係ないと思っている方達が多いですよね。

それでは僕の今の気持ちを話させていただきますね。

それでも生きて往かねばならない。高橋幸夫。

10年前、妻はこの世から行方も知れず消えてしまいました。その日から、僕の生活は一変してしまいました。四季は移り変わるも、心の季節は当時のまま。まったくちぐはぐです。あの真夏の暑い日に、落とし物でも探すかのように、黙々と草を分けながら、妻を探した情景や、ダムに潜って妻を探している風景がつい目に浮かんできます。それは遠い過去のようでもあり、昨日のようにも感じるのです。暦をめくる度に、孤独感、無力感、哀れさに襲われます。いくら時が過ぎても、心の痛みは和らぎません。浜辺に打ち寄せる波のように、静かな時もありますが、うねりの時もあります。でも、そんな赤裸々な気持ちをむきだして、現実の生活は送れません。胸の内に仕舞い込んでいるだけなのです。周囲の人たちは元気になったと思うかもしれませんが、生活するために仕舞い込むほかに仕方ないのです。心を押し殺しているだけなのです。

住み慣れた土地を離れ、転居してみました。妻に法名を授かることもしてみました。でも、苦しみや心のしんどさは変わりません。僕の心の中で妻は生きているのです。こんなちぐはぐをどうすることもできません。僕は2つの犯罪に遭ったと思っています。妻を誘拐した犯人は逮捕寸前でした。しかしメディアは国民の知る権利と言って、犯人をしつこく追い掛け回し、自殺させてしまったのです。僕は妻を探す手掛かりを失くしてしまいました。妻はきっと帰りたかった筈です。帰れる筈の妻を帰れなくしたのはメディアなのです。僕は、妻の居所を知りたいのです。事件の真相を知りたいのです。せめて僕の手で妻を弔ってやりたいのです。

でも、どこに居るのか分かりません。こんな願いをもメディアは奪ってしまったのです。表現の自由、知る権利がこんなに乱用されて良いものでしょうか。我々国民の生きる権利まで侵害していると思うのです。この10年間は妻を探す人生でした。これからは新たな自分の人生を探さなければなりません。「散る桜、残る桜も散る桜」前向きに生きて行こうと思うのですが、散った桜が心に残り、前を向いたり、振り返ったり、無念でなりません。でも、これからは前向きに生きて行こうと思っています。

どうも、ご清聴ありがとうございました。

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