はじめに

 昭和61年は、不安定な国際情勢と深刻化する経済情勢の中で、予想外の事件が多発した波乱の年であった。
 国際情勢は、アイスランドにおける首脳予備会談の決裂等米ソの対立が続く中で、国際緊張緩和に向けた模索が続けられた。朝鮮半島においては、軍事境界線付近での発砲事件、北朝鮮のアジア競技大会参加ボイコット等厳しい緊張と対立が続いた。また、フィリピンでは、政変によりアキノ政権が誕生したが、共産ゲリラ対策等をめぐって閣内対立が表面化するなど不安定な情勢が続いた。一方、中東では、イスラエル首相が対アラブ強硬派に交代し、また、イラン・イラク戦争は、長期消耗戦の様相を深めた。
 世界経済は、欧米諸国の景気が緩やかな拡大を続けたものの、米国の財政赤字、欧米諸国の高い失業率、開発途上国の累積債務問題等は、いまだ解決されていない。
 国内では、5月に東京で主要国首脳会議が開催され、内外の関心を集めた。また、違憲状態の解消を理由に、6月、衆議院が解散されたが、衆、参同日選挙の結果、自民党が圧勝し、これを背景として、国鉄改革関連法、円高対策や内需拡大のための大型補正予算等が成立した。
 国内経済は、急速な円高による輸出の不振等により、景気は3年ぶりに後退局面に入り、これを反映して雇用情勢も悪化した。
 国内の犯罪情勢は、刑法犯の認知件数が、158万1,141件と前年に比べやや減少した。内容的には、食品企業等恐喝事件、コンピュータ犯罪、深夜スーパーマーケット対象強盗事件等の社会情勢を反映した事件が多発した。また、暴力団については、山口組対一和会の抗争は鎮静化した ものの、依然として対立抗争事件及び銃器発砲事件が多発した。
 少年非行についてみると、刑法犯で補導した少年が、23万5,176人と前年に比べ1万4,956人減少したものの、依然として高水準で推移した。内容的には、一昨年に大きな社会問題となったいじめに起因する事件や校内暴力等は減少したが、悪性の強い凶悪犯、粗暴犯が増加した。
 覚せい剤事犯は、検挙人員が2万1,052人と56年以降6年連続して2万人を超えるとともに、押収量が史上最高の約350キログラムを記録するなど、極めて高い水準で推移した。また、覚せい剤乱用者による殺人や強盗といった凶悪犯罪が増加し、国民に不安を与えた。
 生活経済事犯については、資産形成や健康に対する国民の高い関心を反映して、抵当証券や偽薬に係る悪質な事件が発生し、大きな社会問題となった。
 交通事故については、発生件数、死者数、負傷者数とも前年に比べ増加し、特に、死者数は、5年連続して9,000人を超えた。死亡事故の中では、高齢者の死者数の増加が目立ち、また、若者による交通事故も依然として多発した。
 警備情勢では、極左暴力集団が、射程距離の長い発射弾を使用したり、国鉄の信号ケーブルを焼毀(き)するなど、凶悪な「テロ」、「ゲリラ」事件を引き起こしたほか、大量殺りくを目的とする新型爆弾を開発した。  一方、右翼は、政府、与党に対する抗議、要請活動を活発に展開するとともに、爆発物を使用するなど悪質な事件を敢行した。我が国に対するスパイ活動は、我が国を取り巻く複雑な国際情勢を反映して、引き続き巧妙かつ活発に行われた。日本共産党は、衆、参同日選挙を最大の眼目として取り組むとともに、機関紙の拡大、党の体質強化に全力を挙げた。また、11月には、伊豆大島において島民等約1万人が島外避難するという大規模な噴火災害が発生した。
 このような治安情勢を踏まえ、警察としては、当面、次のような施策を重点的に推進することとしている。
○ 国際化の進展に対応する警察活動の推進
 近年、国際化が進展し、社会のあらゆる分野でその対応が迫られているが、こうした国際化の波は、犯罪捜査をはじめ警察活動にも大きな影響を及ぼしている。これらの情勢に対処するため、外国警察との捜査協力、国際捜査官の育成等に努めるとともに、諸外国への技術協力の強化、人的交流の推進等を図る。
○ 刑事警察充実強化対策の推進
 社会経済情勢の変化に伴う犯罪の質的変化、捜査を取り巻く環境の悪化等に対応するため、科学捜査力の強化、広域捜査力の強化、優秀な捜査官の育成、ち密な捜査推進体制の強化等の諸対策を推進する。
○ 暴力団に対する総合対策の推進
 暴力団犯罪の悪質、巧妙化に対処し、暴力団の壊滅を図るため、暴力団員の大量検挙、資金源の封圧、武器の摘発等の取締りを徹底するとともに、国民と一体となった各種暴力団排除活動を強力に推進する。
○ 少年の健全育成の推進と少年を取り巻く環境の浄化
 少年の非行を防止し、その健全な育成を図るため、家庭、学校、地域社会と連携、協力して、非行少年等の補導活動、少年相談活動、少年の規範意識の啓発活動等の施策を一層強力に推進するとともに、少年を取り巻く社会環境の浄化に努める。
○ 総合的な覚せい剤等薬物乱用防止対策の推進
 覚せい剤等薬物の乱用を根絶するため、関係国との国際捜査協力に重点を置いて、密輸、密売組織の壊滅に向けた広域的、計画的取締りを推進する。あわせて、覚せい剤等薬物乱用の害悪を国民に周知徹底し、覚せい剤等薬物の乱用を拒絶する社会環境づくりに努める。
○ 市民生活侵害事犯対策の推進
 悪質な商法による詐欺事件等市民生活に重大な影響を与える事犯に対し、消費者保護の立場から、取締りを強化するとともに、関係行政機関との連携を密にして被害の発生及び拡大の防止に努める。
○ 総合的な交通事故抑止対策の推進
 交通事故の増加傾向に歯止めを掛けるため、交通事故実態と交通状況を的確に分析し、これを踏まえて、体系的な交通安全教育の実施、交通安全施設の計画的な整備を図るとともに、危険性、迷惑性の高い違反の重点的な取締りを推進する。また、運転者の特性に応じた各種講習の実施等国民皆免許時代に対応したきめ細かな運転者行政を推進する。
○ 極左暴力集団による違法事案の未然防圧と徹底検挙
 極左暴力集団による凶悪な「テロ」、「ゲリラ」事件の未然防圧を図るため、その動向を的確に把握し、万全の警戒措置を講ずるとともに、事件が発生した場合には、徹底した捜査を進めてその根絶を図る。
○ スパイ活動の把握と検挙等の推進
 視察体制と資機材を整備、充実させてスパイ活動の実態把握に努めるとともに、あらゆる法令を適用してその検挙を図る。また、関係行政機関と緊密な連携を保ち、行政上必要かつ有効な措置が採られるよう努める。

 近年における急速な国際化の進展により、警察は、これがもたらす様様な事象への対応を迫られているほか、国際化社会において、我が国の国際的地位に見合う役割を果たすことが強く求められている。この白書では、第1章において「国際化社会における警察の役割」と題する特集を組み、国際化の進展とこれに対する警察の施策について取りまとめることとした。


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