第2節 国際化の進展に伴う警察事象の変化

1 来日外国人に係る犯罪の増加

(1) 来日外国人による犯罪
 外国からの入国者数の増加に伴い、来日外国人による犯罪も増加している。
 過去10年間の来日外国人の刑法犯検挙状況は、図1-13のとおりで、急激な増加傾向を示している。昭和61年の来日外国人の刑法犯検挙件数は2,537件、検挙人員は1,626人であり、この10年間に、それぞれ約5.9倍、約4.7倍となっている。
 来日外国人の刑法犯包括罪種別検挙状況は、表1-5のとおりで、61年は、窃盗犯が65.3%を占めて最も多く、次いで知能犯28.1%、粗暴犯3.7%の順となっている。また、これを10年前に比べると、知能犯が約17.9倍に、窃盗犯が約6.8倍になっているのが目立つ。
 最近では、外国人の職業的犯罪者グループが、本国において犯行の手口等についてあらかじめ訓練を受けた上、偽造旅券を使用するなどして来日し、短期間に広域的に犯行を繰り返して速やかに国外逃亡する事案が目立つ。

図1-13 来日外国人の刑法犯検挙状況の推移(昭和52~61年)

表1-5 来日外国人の刑法犯包括罪種別検挙状況(昭和51、61年)

〔事例1〕 フィリピン人窃盗グループは、日本を犯行地に選定し、日本の家屋の構造、侵入・逃走方法等を調査するとともに、逮捕された場合には精神障害者のまねをすることなどを打ち合わせた上で来日し、一般住宅を対象に広域的に525件の侵入盗を繰り返して、総額8,200万円余相当を窃取した。58~60年逮捕(大分、千葉)
〔事例2〕 ナイジェリア人詐欺グループは、本国において窃取したクレジットカードを持参して来日し、東京、大阪において5日間で77回にわたり行使し、450万円余相当を詐取した上、国外逃亡をしようとしていたところを大阪国際空港で逮捕された。61年逮捕(大阪)
〔事例3〕 パキスタン人窃盗グループは、外国語を解さない店員に両替を依頼し、店員のすきをみて現金等を窃取するという手口で、3県において2日間で13件、総額207万円余相当の買物盗を繰り返した。61年逮捕(香川)
(2) 来日外国人が被害者となる犯罪
 来日外国人が被害者である刑法犯包括罪種別認知状況は、表1-6のとおりで、その大部分を窃盗犯が占めている。昭和61年の総数は、1,478件で、5年前に比べ238件(19.2%)増加した。

表1-6 来日外国人が被害者である刑法犯包括罪種別認知状況(昭和56、61年)

2 日本人の国外における犯罪の悪質、巧妙化

(1) 日本人の国外における犯罪
 我が国の警察がICPO、外務省等を通じて通報を受けた日本人の国外犯罪者数の推移は、表1-7のとおりである。これらは、外国捜査機関が検挙し、又は捜査中のものであるが、内容的には、関税、為替関係事犯、薬物関係事犯が多い。また、犯罪地国は、韓国、米国、フィリピン等が多い。

表1-7 日本人の国外犯罪者の推移(昭和52~61年)

(2) 国外における保険金目的の殺人事件
 近年は、事前に周到な計画を立てた上で、被害者を国外に連れ出して保険金目的の殺人を敢行する悪質な事件の発生が目立つ。日本人の国外犯の捜査に当たっては、犯行地が国外であるところから、外国捜査機関との緊密な連携が必要となる。
〔事例1〕 酒類販売業者(37)は、暴力団員と共謀し、被害者に多額の保険金を掛けた上、フィリピン人の殺し屋を雇い、昭和54年6月、マニラ市内で殺害した。54年逮捕(神奈川)
〔事例2〕 水産会社社長(48)は、事業の失敗から多額の負債を抱えたため、生命保険金をだまし取る目的で、日本人3人と共謀し、多額の保険金を掛けた上で被害者をフィリピンに誘い出し、53年6月、マニラ北方のサンフェルナンド市内で殺害した。57年逮捕(沖縄)
〔事例3〕 会社役員の男(38)とその愛人(25)は、生命保険金をだまし 取る目的で同役員の妻を殺害しようと企て、56年8月、米国ロス・アンジェルス市所在のホテル内において殺害を図ったが、抵抗されてその目的を遂げなかった。60年逮捕(警視庁)
〔事例4〕 元不動産業者(39)ら2人は、生命保険金をだまし取る目的で、61年2月、フィリピン・マニラ市内のマニラ湾防波堤付近において、金属製凶器で被害者を強打した上、同人を海中に投棄し、殺害した。61年7月逮捕(警視庁)
(3) 暴力団の国際犯罪
 最近、暴力団は、米国、東南アジア諸国等で銃器、覚せい剤等の調達や各種の資金源活動を行っており、このような暴力団の海外における活動に対して関係国が強い関心を示している。このような状況に適切に対処するためには、諸外国の捜査機関との連携を深め、国際的な暴力団対策を更に進めていく必要がある。
ア 銃器等の密輸入
 銃器等の武器の密輸入は、暴力団関係者から押収される外国製真正けん銃の著しい増加が示すように、急激な増加傾向にある。また、外国製機関銃の押収や、昭和61年10月に発生した山口組系暴力団組員によるタイ国際航空機内における手りゅう弾爆発事件にもみられるように、暴力団の重武装化傾向もうかがわれるところであり、暴力団による武器の密輸入に対する取締りの強化が急務となっている。
 暴力団関係者からの真正けん銃の押収数の推移は、表1-8のとおりである。
〔事例〕 瀬戸一家元組員(45)は、知り合いの貿易商らと共謀の上、フィリピンからの籐(とう)製品の輸入を装い、コンテナ内部にベニヤ板で二重壁を作って、けん銃104丁、実包1,794個を隠匿して密輸入した。60年逮捕(愛知)

表1-8 暴力団関係者からの真正けん銃押収数の推移(昭和57~61年)

イ 覚せい剤の密輸入
 覚せい剤の密売は、暴力団の有力な資金源となっているが、密売される覚せい剤のすべてが、海外からの密輸入によるものである。したがって、覚せい剤の密輸入は、暴力団の国際犯罪の中で、銃器の密輸入と並ぶ主要なものと言うことができる。このため、警察では、外国捜査機関等との連携を図りながら、水際での検挙をはじめとする各種の密輸入対策を更に強化することとしている。
〔事例〕 暴力団浜田会組員(22)らは、絵皿を入れた木箱の内部仕切板内に覚せい剤を隠匿する方法により、フィリピンから2回にわたり覚せい剤約24キログラムを新東京国際空港経由で密輸入した。60年逮捕(福岡)
ウ 海外における暴力団の資金源活動
 米国の司法省、FBI等の機関が参画する「組織犯罪に関する大統領諮問委員会」は、61年4月、大統領及び司法長官あてに調査結果報告書を提出したが、その中で、日本の暴力団について言及し、米国マフィアとの結び付きの強化、米国内における一般産業への進出を強調している。
 また、61年5月には、フィリピン政府観光省が「フィリピン国内において、けん銃密輸やじゃぱゆきさんの買い付けといった違法行為を犯し ている日本人ヤクザ組織を主たる対象として、不良外国人に対する一斉摘発、追放を開始した」旨の発表をしたことが報ぜられている。
 このように、銃器、覚せい剤の密輸入に加え、外国における暴力団の資金源活動が活発化している状況がうかがわれる。
 警察としては、外国捜査機関等と密接な連携を取りながら、暴力団の海外における資金源活動に対し、有効な対策を講じていくことが必要である。

3 逃亡犯罪人の増加

(1) 被疑者の国外逃亡事案
 我が国で犯罪を犯し、国外に逃亡したと推定される者の数は、表1-

表1-9 国外逃亡被疑者数の推移と逃亡先国(地域)別状況(昭和57~61年)

9のとおりで、逐年増加の傾向にある。昭和61年12月末現在の国外逃亡被疑者数は、229人で、そのうち日本人は74人であるが、日本人の逃亡先国は、フィリピン15人(20.3%)、米国14人(18.9%)の順となっており、アジアが全体の45.9%を占めている。61年12月末現在の国外逃亡被疑者の罪種別状況は、薬物事犯82人(35.8%)、知能犯65人(28.4%)の順となっている。
 61年12月末現在の国外逃亡被疑者のうち、出国年月日の判明している者は、144人であるが、その犯行から出国までの期間は、表1-10のとおりであり、犯行当日が18人(12.5%)、翌日が15人(10.4%)で、10日以内に73人(50.7%)が出国しており、事前に旅券等を用意して犯行後短期間のうちに出国する計画的な事案が多いことが分かる。

表1-10 国外逃亡被疑者(昭和61年12月末現在)の犯行から出国までの期間

 最近では、日本人被疑者が逃亡先国の永住許可を得たり、現地の有力者に働き掛けて退去強制を免れようとする事案が目立つ。
〔事例〕 けん銃密輸入被疑者(37)は、逃亡先国の女性と結婚し永住許可を得ていたこと、現地の有力者とつながりを有していたことから、一度は現地当局に逮捕されたにもかかわらず釈放され、退去強制を免れた。その後、我が国から逃亡先国に強く働き掛けた結果、退去強制により我が国へ送還された。59年逮捕(警視庁)
(2) 外国において犯罪を犯した者の我が国への逃亡事案
 外国において犯罪を犯した者が我が国へ逃亡してくる事案について、 警察は、逃亡犯罪人の所在確認等の必要な協力を行っている。
〔事例1〕 マレイシア人Y(23)は、昭和58年10月米国ニューヨーク州において発生した誘拐事件の犯人として米国捜査機関が捜査中の者であったが、59年1月末ころから、身の代金要求の電話を東京からかけるようになった。米国からの仮拘禁請求に基づき、Yの仮拘禁許可状が発せられ、所在を追及していたところ、同年2月Yを発見した。Yは、同年5月、米国へ身柄を引き渡された(警視庁)。
〔事例2〕 インド人M(50)は、香港からICPOを通じ詐欺容疑で国際手配されていたが、調査の結果、日本国内にいることが判明した。60年12月、Mが日本から出国した後、直ちにICPOを通じて関係国に対し必要な情報を提供した。その結果、Mは、アンカレッジにおいて米国捜査機関により身柄を拘束された(兵庫)。

4 密輸入事犯の増加

(1) 薬物の密輸入
 現在、我が国は、戦後第2の覚せい剤乱用時代を迎え、その押収量は、著しい増加傾向にある。また、麻薬や大麻についても、乱用が拡大する傾向にあり、昭和61年には、大麻の押収量が史上最高を記録するに至った。さらに、我が国を中継地とするヘロイン密輸事犯が頻発しているほか、米国で乱用が急増しているクラックが我が国に上陸するおそれがあるなど、我が国における薬物問題は、極めて厳しい状況にある。
 我が国で乱用されている覚せい剤等の薬物のほとんどは、台湾、韓国、フィリピン、タイ等の地域から密輸入されたものであり、この流通経路を遮断するためには、密造、密輸入と関係の深い各国との緊密な捜査協力を行うことが極めて重要である。
ア 覚せい剤
 我が国で乱用される覚せい剤は、そのすべてが海外で製造されて我が国に密輸入されるものであるが、その押収量は、著しい増加傾向にあり、59年以降3年連続して史上最高の記録を更新している。最近5年間の1キログラム以上を一度に押収した事例を仕出地別にみると、58年までは韓国からのものが主流を占めていたが、59年以降は台湾からのものが主流を占めている。最近5年間の覚せい剤大量押収事例からみた仕出地別状況は、図1-14のとおりである。

図1-14 覚せい剤大量押収事例からみた仕出地別状況(昭和57~61年)

 最近における密輸入の方法は、魚介類の箱の底部に隠匿して高速漁船で密輸入するもの、洋上において取引し、我が国の漁船に積み込むもの、外交特権享有者を運び屋とするものなど、ますます巧妙化している。
〔事例〕 61年6月、タイ国陸軍大佐が外交旅券を利用し、台湾から旅 行カバンに大量の覚せい剤を隠匿して密輸入した事犯を摘発、同大佐と荷受人の中国(台湾)人ら3人を逮捕するとともに、覚せい剤約42キログラムを押収した。さらに、同年7月、この事件に関連して、台湾から船便のコンテナで別途輸送された覚せい剤約71キログラムを押収した(警視庁)。
イ その他の薬物
 我が国に密輸入されている覚せい剤以外の薬物は、ヘロイン、コカイン、LSD、大麻が主となっているが、このうち、ヘロインのほとんどは、我が国を中継地として東南アジアから米国等へ向けて密輸出される予定のものである。また、コカイン、LSDについては、我が国は現在までのところ比較的汚染されておらず、その押収量は少ない。しかしながら、大麻の乱用は、海外旅行者の増加に伴って海外での大麻吸煙の体験者が増えたことや、大麻吸煙があたかも時代の先端を行くファッションであるかのような風潮が一部の青少年層にまん延していることなどから、増加傾向をみせている。また、その押収量も著しい増加傾向を示し、61年における乾燥大麻の押収量は、約192キログラムと過去最高であった58年の約129キログラムを48.2%上回り、史上最高を記録した。このうち、1キログラム以上を一度に押収した38事例についてみると、押収量(約158キログラム)の82.8%(約131キログラム)は、海外からの密輸入によるものである。最近2年間の乾燥大麻大量押収事例からみた仕出地別押収量の状況は、表1-11のとおりである。
 密輸入の方法は、依然として携帯によるものが多いが、最近、一般商業貨物を装っての大量密輸入事犯が目立っている。
〔事例〕 61年8月、日本人運び屋が航空便を利用してフィリピンから大量の大麻を密輸入した事犯を摘発、暴力団員ら関連被疑者3人を 逮捕するとともに、乾燥大麻約18キログラムを押収した(沖縄)。

表1-11 乾燥大麻大量押収事例からみた仕出地別押収量の状況(昭和60、61年)

(2) けん銃の密輸入
 我が国が先進国の中で有数の治安水準を維持している理由の一つは、けん銃等の銃器の所持に対する規制が厳格に行われていることであり、けん銃等の不法所持は、我が国の治安の根幹にかかわる問題である。けん銃は、我が国では、警察官等が法令に基づいて所持する場合を除き、銃砲刀剣類所持等取締法によりその所持が禁止されているが、最近における暴力団の対立抗争の激化等に伴い、暴力団員等の間にけん銃の不法所持が広まっており、その取締りを更に強化する必要がある。
 押収けん銃総数に占める真正けん銃の割合は、昭和61年には84.3%(1,223丁)と過去最高になっているが、真正けん銃のほとんどは外国製であり、我が国に密輸入されたものと認められる。これは、我が国ではけん銃に対する規制が非常に厳しいのに比べ、外国では一般に規制が緩やかであり、けん銃の入手が比較的容易であるところから、暴力団等 がその入手先を外国に求めているためと考えられる。
 過去10年間におけるけん銃密輸入事犯の検挙状況は、表1-12のとおりで、10年間の合計で、検挙件数が273件、検挙人員が296人、押収けん銃数が1,197丁となっている。
(注) 押収けん銃総数は、表5-8参照

表1-12 けん銃密輸入事犯の検挙状況(昭和52~61年)

図1-15 密輸入けん銃の仕出地別状況(昭和52~61年)

 けん銃の密輸入の方法は、航空機によるものが大半を占め、携帯小荷物の中に隠匿したり、身体にサポーター等で密着させて隠匿するなど携帯によるものが多い。また、通常の貿易品を装い船舶貨物として大量のけん銃を密輸入する事犯も発生している。
 過去10年間に密輸入事犯で押収したけん銃の仕出地別状況は、図1-15のとおりで、我が国へのけん銃の主要仕出地は、タイ、フィリピン及び米国(統治領を含む。)となっている。

5 就労する来日外国人

(1) 来日外国人労働者問題
 最近、東南アジア諸国から我が国に出稼ぎに来て、風俗営業等で稼働したり、建設業や製造業の分野で不熟練単純労働に従事する労働者の増加が社会問題となっている。昭和61年に、出入国管理及び難民認定法の規定に基づき、資格外活動又は不法残留により退去強制を受けた外国人の数は、9,095人で、5年前に比べ7,279人(400.8%)増加している。また、61年に資格外活動又は不法残留により退去強制を受けた者の国籍をみると、フィリピン人が6,738人(74.1%)、タイ人が1,052人(11.6%)で、この両国を合わせると、全体の85.7%に達している。出稼ぎ外国人が急増した原因としては、最近の円高傾向に加え、石油価格の低迷による経済不況によりこれまで彼らの出稼ぎ先であった中近東の産油国から締め出されたことが挙げられている。従来から外国人労働者の受入れを行ってきた西独やフランスでは、外国人労働者の失業その他の問題が大きな社会問題となっていることが指摘されているが、我が国でも、外国人労働者の増加がもたらす様々な社会問題が、これまで他の先進国に比較して良好であると言われてきた我が国の治安に与える影響が懸念され るところである。
(注) 数字は、出入国管理統計年報(法務省入国管理局)による。
(2) 悪質な職業あっせん業者の介入
 現在、我が国は、貿易や特殊な技能を要する労働に従事しようとする者、興行を行おうとする者等についてのみ、外国人の就労を認めている。我が国に出稼ぎに来る労働者の多くは、単純労働に従事する者であるので、彼らは、真の入国目的を秘し、観光や就学を表向きの目的として、そのための在留資格を付与されて入国し、不法に就労することになる。このため、その不法就労に関して暴利を得る悪質な職業あっせん業者が跡を絶たず、その不法な利益が暴力団の資金源となっている例もみられる。また、これまでの検挙事例からみると、彼らの労働条件は、我が国の水準からみれば劣悪なものであるが、出稼ぎ外国人にとっては高収入を得られることが魅力であるため、職を得るために職業あっせん業者に依存することとなる。警察では、職業安定法や労働者派遣事業法を適用して、外国人労働者の就労に介入して暴利を得ている職業あっせん業者の摘発に努めている。
〔事例〕 興信所経営者(45)は、工場、飲食店等に2年間で約50人のフィリピン人労働者(うち、男性約30人)の就職をあっせんし、紹介料として雇用主から労働者1人当たり15~30万円を受け取り、その後も1月に労働者1人当たり3~5万円の報酬を受けていた。昭和61年10月、職業安定法違反で逮捕(愛知)
(3) 風俗営業等に携わる外国人女性
 最近は、じゃぱゆきさんと称される外国人女性が観光ビザで入国し、不法残留を続けながら風俗営業等で稼働したり、売春等の風俗関係事犯に関与する事案が増加しており、風俗環境に少なからぬ影響を及ぼしている。最近5年間の風俗関係事犯関与外国人女性数の推移は、表1-13

表1-13 風俗関係事犯関与外国人女性数の推移(昭和57~61年)

表1-14 風俗関係事犯関与外国人女性の状況(昭和61年)

のとおりで、その増加傾向が著しい。昭和61年における風俗関係事犯関与外国人女性の状況は、表1-14のとおりで、売春事犯579人(39.9%)、猥褻(わいせつ)事犯60人(4.1%)、風営適正化法違反812人(56.0%)となっており、これらの外国人女性のうち945人(全体の65.1%)を検挙し、また、1,210人(同83.4%)を入国管理局に引き渡した。61年における風俗関係事犯関与外国人女性の国籍別状況については、フィリピン人が925人(63.7%)と最も多く、次いで中国(台湾)人276人(19.0%)、タイ人217人(15.0%)の順となっている。
 最近は、フィリピン人の増加が著しく、60年以降は、全体の過半数を占めるに至っている。また、暴力団等による職業あっせん事犯や在留期間延長をねらった偽装結婚事犯、偽造旅券事犯等悪質、巧妙な事犯も見受けられる。
〔事例〕 偽装結婚ブローカー(37)らは、ホステスとして稼働している 中国(台湾)人女性が在留期間が切れる寸前であることに目を付け、日本人男性と偽装結婚させるという方法により在留期間延長許可を受けさせていた。61年5月、同グループ構成員、中国(台湾)人女性ら26人を公正証書原本不実記載、同行使で検挙(神奈川)

6 国際化と経済事犯

(1) 不正商品の取締り
 我が国では、海外の有名ブランド商品や外国映画のビデオ等が広く出回っているが、これらの偽物や無断複製品もまた少なくない。これらの不正商品については、諸外国からも取締りの要望が寄せられており、昭和60年7月に政府・与党対外経済対策推進本部において策定された「市場アクセス改善のためのアクション・プログラムの骨格」等においても、不正商品の取締りの強化が取り上げられている。
 61年における不正商品事犯の検挙状況は、件数が1,689件、人員が1,061人であり、前年に比べ、件数は483件(40.0%)、人員は294人(38.3%)それぞれ増加した。最近5年間の不正商品事犯の法令別検挙状況は、表1-15のとおりである。その内容をみると、一般家庭へのビデオ機器の急速な普及に伴い、外国映画ビデオの無断複製等に係る著作権法違反事件の増加が目立っている。商標法等に違反する海外有名ブランド商品の偽造については、以前のような大規模な製造、販売事犯は少なく、概して規模が小さくなってきている。また、これらとは逆に、日本製商品を偽造して、品質の劣る偽物を外国に輸出していた商標法違反事件も発生している。
〔事例1〕 元ホンコンフラワー販売業者(42)は、国内未発売の外国映画ビデオに対するレンタルビデオ店からの要望が高いことに目を付 け、その海賊版の製造を企て、ビデオデッキ15台を購入して、59年3月から61年6月ころまでの間に、自宅で約160作品、約1万4,000巻の海賊版を製造、販売して、約5,000万円の利益を得ていた。61年9月、著作権法違反で逮捕(警視庁)
〔事例2〕 自動車部品製造会社の役員(60)らは、日本製オートバイの模造部品を製造し、51年から61年にかけて、中南米諸国等の54箇国に約1,800万個、約150億円分を輸出して、約45億円の利益を得ていた。この模造部品は、品質が粗悪で、放置しておけば人身事故にもつながる危険のあるものであった。61年8月、商標法違反等で39法人55人を検挙(愛知)

表1-15 不正商品事犯の法令別検挙状況(昭和57~61年)

(2) 海外取引と経済事犯
ア 海外先物取引に絡む悪質な商法
 海外先物取引については、消費者被害が相次いだため、昭和57年、「海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律」が制定された。しかし、その後も、この法律による規制が及ばない市場や取引を中心 に、悪質な詐欺事件が跡を絶たない状況にある。特に、最近は、米国市場における株価指数や国際通貨等による金融先物取引の活発化を受けて、これらの金融先物取引を利用した悪質商法事犯の発生、検挙がみられ、61年には6業者を詐欺で摘発した。また、現物まがい商法や抵当証券の売買を仮装した商法が社会問題化したため、これらの業者が、手口を変えて、海外先物取引を利用した悪質商法に移行する可能性も高いところから、警察では、これらの業者に対する監視を強化し、先制的な取締りに努めることとしている。
〔事例〕 豊田商事の元社員であった海外先物取引会社の社長(36)らは、顧客に対し、シカゴ・マーカンタイル取引所に上場されているS&P500株価指数や日本円等の先物取引への投資を勧め、保証金等の名目で、59年10月ころから61年1月ころまでの間に、357人の顧客から約13億5,000万円の現金や株券をだまし取った。61年11月、詐欺で7人を逮捕(警視庁)
イ 不正決済事犯の目立つ国際経済事犯
 61年の国際経済事犯の検挙状況は、件数が472件、人員が169人であった。最近5年間の国際経済事犯の法令別検挙状況は、表1-16のとおりである。61年の国際経済事犯の内容をみると、輸出入の際に貨物の価格を実際よりも安く申告する低価申告に係る関税法違反や、小切手等の支

表1-16 国際経済事犯の法令別検挙状況(昭和57~61年)

払手段を無届けで持ち出し、又は持ち込む外為法違反が多い。
〔事例〕 東京都中央区に本社を置く大手商社の取締役(55)らは、台湾に合成紙等を輸出するに際し、台湾側業者の関税の負担を軽くするため、輸出の際に、税関長に対し実際の輸出契約価格より約50%低価とした虚偽の輸出申告を行い、また、その差額の決済として、大蔵大臣の許可を受けずに台湾から円表示自己宛小切手を携帯し、輸入した。61年6月、関税法違反等で1法人8人を検挙(兵庫)

7 国際舞台で暗躍するテロ集団

(1) 日本赤軍の動向
ア 日本赤軍の結成
 日本赤軍は、極左暴力集団の一セクトである共産主義者同盟赤軍派(以下「赤軍派」という。)の「国際根拠地建設」構想に基づき、昭和46年2月、レバノンに出国した重信房子、Aによって組織された。当時、赤軍派の幹部であった重信房子は、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)と接触し、その支援を受けて、赤軍派の国際根拠地としての「赤軍派アラブ支部」を設立した。
 その後、重信ら「赤軍派アラブ支部」は、46年11月、日本国内の赤軍派と決別し、独立の組織として「アラブ赤軍」と名のり、独自の行動を取り始めた。
イ 日本赤軍による国際テロ事件
 「アラブ赤軍」は、47年5月30日、A、B、岡本公三の3人で、イスラエル・テルアビブのロッド空港を襲撃して、死者24人、重軽傷者76人を出すという事件を敢行し、A、Bはその場で死亡、岡本は逮捕された。
 その後、「アラブ赤軍」は、活動資金獲得のため、在ヨーロッパの日本商社の幹部等を誘拐し、身の代金を強奪する計画を立て、同計画を「翻訳作戦」と名付けて、49年初めころから、調査活動、旅券偽造、武器の調達等の準備を進めた。しかし、同年7月26日、フランス・パリのオルリー空港で、メンバーの1人であるCが偽造旅券、偽造米ドル所持で逮捕されたのを端緒に、関係者が逮捕、国外追放されるという「パリ事件」が起こり、この作戦は失敗に終わった。
 49年11月、「アラブ赤軍」は、それまで日本国内に対しては「アラブ赤軍」、国外に対しては「日本赤軍」と使い分けていた名称を「日本赤軍」に統一した。そして、引き続き「在マレイシア米国大使館占拠事件」(クアラルンプール事件、50年8月)や「インド・ボンベイ上空日航機乗っ取り事件」(ダッカ事件、52年9月)を敢行して、人質と交換に我が国で在監、勾留中の日本赤軍や赤軍派の関係者等11人を釈放させるなど、武装闘争を繰り広げた。
ウ 日本赤軍の最近の動向
 日本赤軍は、現在、レバノンのべカー高原を本拠としている模様であり、PFLPをはじめとするパレスチナ・ゲリラや日本国内の支援組織と連携しながら、武装闘争路線を堅持し、反帝国主義闘争やパレスチナ人民解放闘争に取り組んでいる。
 61年2月には、「パリ事件」でフランス当局に逮捕されたが、「在オランダ・フランス大使館占拠事件」(ハーグ事件、49年9月)によって「奪還」され、その後日本赤軍に合流していたCが、警視庁に逮捕された。また、61年5月に発生した在インドネシア日本大使館等に対する砲撃等の同時多発事件に関連して、犯行に使われたホテルの部屋から日本赤軍の城崎勉の指紋が検出されている。
(2) 国際テロの現状
ア 最近の国際テロ情勢
 従来の国際テロは、一握りのテログループによる比較的限定された地域での散発的な破壊活動が主であった。これに対して、最近の国際テロは、事件数の増加に加えて、昭和61年のギリシャ上空におけるTWA機爆破事件(4月2日)、西独のディスコ爆破事件(4月5日)、フランスにおける連続爆弾テロ事件(9月)等にみられるように、事件の広域化、攻撃対象の無差別化、手段の悪質、巧妙化の傾向が顕著になるなど質的にも変化してきている。
 こうした背景には、特定の国の意向と支援を受けているとみられるテロ勢力の台頭、中東、中南米、南西アジア等におけるテロを生み出す政治的緊張、経済的混乱の増大、米国、EC諸国対リビアの対立激化という情勢が加わったことなどがある。
イ 我が国に関連したテロ情勢
 我が国は、これまで国際テロとは比較的無縁であるとみられていたが、最近では、海外において日本人がテロ事件の被害者になったり、国内で国際テロ関連事件が発生するなど、国際テロとの関連を無視できない情勢となっている。また、国際社会における我が国の政治的、経済的地位の向上に伴い、一部の国際テログループが我が国をテロの対象とするなどの動向がみられ、我が国を取り巻くテロ情勢は、一層厳しいものになることが予想される。
 我が国に関連した最近の主なテロ事件等は、次のとおりである。
○ 60年1月15日、西独とフランスのテログループが、我が国を「打倒すべき帝国主義体制の経済的枢軸」と位置付ける共同声明を発した。
○ 60年6月23日、新東京国際空港において、国際テログループの犯行とみられる「カナダ太平洋航空機積載貨物爆破事件」が発生した。
○ 61年5月3日、スリ・ランカのコロンボ空港において発生した「エアランカ航空機爆破事件」で、日本人乗客4人を含む62人が死傷した。
○ 61年5月14日、インドネシア・ジャカルタにおいて、日本、米国、カナダの各国大使館に対する砲撃等のテロ事件が発生した。

8 スパイ活動等の外事犯罪の実態

 我が国に対するスパイ活動は、我が国の置かれた国際的、地理的環境から、共産圏諸国であるソ連、北朝鮮等によるものが多く、また、複雑な国際情勢を反映して、我が国を場とした第三国に対するスパイ活動等も、ますます巧妙、活発に展開されている。
 従来のスパイ活動は、我が国の政治、経済、外交、防衛に関する各種情報、在日米軍基地情報を不法に入手するものや、我が国を中継地として、韓国の政治、軍事等に関する情報を入手するものが中心であった。
 しかし、最近のスパイ活動は、それらに加えて、我が国の各界に対する謀略性の強い政治工作活動や我が国の高度科学技術に重点を置いた情報収集活動のほか、我が国を場とした韓国に対する政治宣伝工作等の各種工作、東南アジア等を各種諜報連絡の拠点とした対日情報収集活動等、様々な目的や方法により行われている。
 スパイ活動は、国家機関が関与して組織的かつ計画的に行われるため、潜在性が強く、その実態把握は極めて困難である。また、我が国にはスパイ活動を直接取り締まる一般法規がないことから、スパイ活動を 摘発できるのは、その活動が各種の現行刑罰法令に触れた場合に限られている。
 このような条件の下で、終戦から昭和61年12月末までに、61件のスパイ事件(ソ連関係14件、中国関係2件、北朝鮮関係45件)や4件のココム違反事件等を検挙している。こうして明るみに出たものは、氷山の一角にすぎないと考えられ、今後とも、我が国の国益と国民の平穏な生活を守るため、スパイ活動等に対し徹底した取締りに努めることとしている。
(1) ソ連・東欧関係スパイ活動の実態
 戦後、我が国において検挙したソ連・東欧関係スパイ事件は、昭和27年12月の「三橋事件」から60年9月のレポ船「第五日東丸事件」まで14件を数えている。摘発されたスパイのエージェント(手先)には、ソ連抑留者やカラフト居住者、さらには国家公務員、米軍基地出入業者等多数の日本人のほか、外国人も多く利用されている。
 我が国における最近のソ連・東欧による諜報謀略活動は、各界に対する謀略性の強い政治工作活動や高度科学技術に重点を置いた情報収集活動等、極めて広範囲のものとなっている。
〔事例1〕 レフチェンコ証言問題
 54年10月、我が国から米国へ亡命したソ連の「新時代」(ノーボエ・プレーミヤ)誌東京支局長S.A.レフチェンコ(当時KGB少佐)は、在任中、我が国の各界に対して、日・米・中の離間、親ソ・ロビーの扶植、日ソ善隣協力条約の締結、北方領土返還運動の鎮静化等をねらいとした政治工作を行うことを任務として活動していたと証言し、「ソ連のアクティブ・メジャーズ(政治工作)」の実態を明らかにしている。
 また、レフチェンコは、「日本におけるKGBは、レジデントと 呼ばれる在日KGB機関長の下に、ラインX(科学技術情報収集担当)、ラインN(イリーガル支援担当)、ラインKR(防諜担当)、ラインPR(政治情報担当)と呼ばれる各ラインが組織されている。ラインPRは、アクティブ・メジャーズ班、アメリカを担当するいわゆる主敵班及び中国班から成っていた」などと述べ、我が国におけるKGBの活動実態を明らかにしている。
〔事例2〕 ビノグラードフ事案
 駐日ソ連大使館一等書記官A.A.ビノグラードフは、我が国の高度科学技術情報の入手を企て、コンピュータ関連企業の幹部社員である日本人から産業秘密情報の収集を行ったほか、産業スパイ会社の設立を迫るなどのスパイ活動を行っていた。58年6月、ビノグラードフは、ソ連外交官としては初の国外退去要請に基づき出国した。
〔事例3〕 ポピバノフ事案
 在日ブルガリア大使館二等書記官O.ポピバノフは、バイオテクノロジーを中心とする我が国の高度科学技術情報の入手を企て、複数の日本人専門家に接近し、極秘資料の提供を執拗(よう)に要求するなどのスパイ活動を行っていた。警視庁は、59年7月10日、事情聴取のため外務省を通じポピバノフの任意出頭を要請したが、同人は、事情聴取に応じないまま、同年7月15日急きょ出国した。
(2) 北朝鮮関係スパイ活動の実態
 戦後、我が国において検挙した北朝鮮関係スパイ事件は、昭和25年9月の「第一次朝鮮スパイ事件」から60年3月の「西新井事件」まで45件を数えている。
 北朝鮮工作員は、我が国と北朝鮮に国交がないため、不法な手段により我が国に密入国し、在日韓国・朝鮮人に成り代わり、あるいは無断で 日本人戸籍を盗用して日本人に成り代わってスパイ活動に従事するなど、その手口も悪質化の度を一層深めてきている。
〔事例〕 西新井事件
 自称小住健蔵こと朴某は、スパイ活動のため北朝鮮から我が国に密入国して以来、約15年間にわたり、実在する日本人2人の戸籍を不正に入手して日本人に成り代わり、その名義で自動車運転免許証や旅券を取得して、海外渡航を繰り返しながらスパイ活動を行っていた。警視庁では、60年3月1日、旅券法違反等で朴を指名手配するとともに、朴の指示で北朝鮮に密出国してスパイに仕立て上げられた在日韓国人1人を外国人登録法違反で逮捕した。
(3) ココム違反事件等の検挙
 ソ連、中国、北朝鮮等共産圏諸国による高度科学技術情報の収集は、それぞれの国の情報機関員による直接的スパイ活動により行われるもののほか、貿易、経済活動にしゃ口した戦略物資の輸出という形態を取るものも多く、その背後に国家あるいはその情報機関員の存在がうかがえる場合もみられる。
 ココム(対共産圏戦略物資輸出調整委員会)は、共産圏諸国向け戦略物資の輸出規制を効果的なものとするため、米国の提案で設立され、我が国を含む16箇国で構成されているものであるが、我が国では、外為法に基づく輸出貿易管理令等によってココムで決定された規制対象を規定している。
 ココム違反事件をはじめとする共産圏諸国に対する輸出規制違反事件としては、「進展ココム事件」(昭和41年10月検挙)、「兵庫県貿易事件」(44年7月検挙)、「ゼネラル産業事件」(58年7月検挙)、「富士産業事件」(59年2月検挙)があるが、このような事件は、企業ぐるみで組織的、計画的に敢行されること、その検挙のためには関係行政機関の 連携が特に強く求められること、未遂罪を罰する規定がないことなどから、捜査は必ずしも容易ではないが、警察としては、このような事件を積極的に検挙し、国民の前にその実態を明らかにすべく努めている。
(4) 密入国事件
 昭和61年に検挙した密入国者数は、180人で、前年に比べ93人減少した。最近5年間の密入国者の検挙人員の推移は、表1-17のとおりである。

表1-17 密入国者の検挙人員の推移(昭和57~61年)

 最近の密入国者の国籍は、韓国籍がほとんどであり、その密航目的も、本国における生活苦から逃れて我が国で就職したいとするものが大半である。また、ここ一、二年は、韓国密航ブローカーと我が国の密航ブローカー(暴力団関係者等)が結託し、密航者を洋上で積み替えるなどの方法により計画的に敢行する悪質な事犯の発生が目立つ。
〔事例〕 博多港集団密航事件
 61年2月、韓国密航ブローカーと我が国の密航ブローカーが結託の上、密航者の洋上積替え等の方法を駆使して敢行された巧妙かつ悪質な密入国事件を博多港において水際検挙し、密航者15人(男10人、女5人)及び日本人密航ブローカー3人を現行犯逮捕した。その後も、数府県と連携して追及捜査した結果、日本人密航ブローカー、密航者等多数を検挙した(福岡)。

9 要人の警護と在日施設の警備

(1) 国、公賓等来日する外国要人の警護
 国際化の進展に伴い、国、公賓等来日する外国要人は、逐年増加の傾向にある。また、国際テロの風潮が世界的にも広まっている中で、我が国における外国要人の警護に関する当該国警護機関等からの要望は、従来に比べ増大し、多様化している。
 このため、警察としては、警護員に対する実践的訓練を強化し、警護技術の向上に努めるなど精強な警護体制を確立するとともに、外国語に堪(たん)能な者を外国要人の身辺警護に当て、国際礼譲にも配意しつつ、これら外国要人の身辺の絶対安全を確保することとしている。
(2) 外国を訪問する要人の警護
 我が国首相の外国訪問に当たっては、首相に同行する身辺警護員(SP)が、訪問国警護機関と協力して身辺の警護に当たっているが、訪問に先立ち、先遣警護員を訪問国に派遣し、現地警護機関等との事前折衝や実地踏査等の事前措置を講じている。
 また、閣僚等の外国訪問についても、訪問国の治安情勢等を総合的に勘案して、身辺警護員の同行派遣等を行っている。
 我が国の首相、閣僚等の外国訪問は今後ますます増加するものとみられるため、警察では、外務省等関係機関との連携を密にするとともに、訪問国の警護機関等と良好な関係をつくり、外国におけるこれら要人の警護に万全を期することとしている。
(3) 外国政府等の在日施設の警備
 大使館、領事館をはじめとする外国政府等の在日施設の警備については、常に国際情勢及び国内情勢に注意を払い、諸情勢を正しく把握して所要の警戒警備を実施している。
 最近は、これら在日施設に対して、極左暴力集団による「ゲリラ」事件が発生し、また、右翼による街宣、抗議活動が活発化していることなどのため、外国政府等からの警備要請が増加している。
 このため、警察では、外務省等関係機関との連携を保ちつつ、大使館等に対する常駐警備や重点警らを行うとともに、これらの施設を訪問して意見を交換し、相互の連絡通報体制を確立するなど、警備の万全を期している。

10 国際化と運転免許行政

(1) 外国運転免許保有者に対する運転免許試験の一部の免除状況
 外国の運転免許を保有する者(運転免許を取得した後その国に滞在していた期間が通算して3月以上の者に限る。)が我が国の運転免許を取得する場合には、適性試験以外の運転免許試験が免除される。
 我が国に入国する外国人の数が増加するのに伴い、この制度を利用して我が国の運転免許を取得する外国人の数は、年々増加しており、昭和61年の外国人の申請件数は、9,552件で、前年に比べ730件(8.3%)増加し、10年前(3,810件)の約2.5倍になっている。
 61年の申請件数をその保有する外国の運転免許の国別にみると、米国が2,818件で最も多く、次いで中国(台湾)1,190件、韓国799件等となっている。
 また、外国の運転免許を保有する日本人が帰国後この制度を利用して我が国の運転免許を申請した件数は、61年は1万1,768件で、最近5年間は連続して1万件を超えている。
(2) 国外運転免許証発給数の増大
 我が国から海外へ出国する者の数が増加するのに伴い、国外運転免許証の発給件数は、年々増加しており、昭和61年は、過去最高の17万8,775件と、前年に比べ2万4,240件(15.7%)増加した。このうち、男性は14万3,570件、女性は3万5,205件で、男性については1万8,015件(14.3%)、女性については6,225件(21.5%)それぞれ増加した。最近では、女性の運転免許保有者数の増加と海外旅行ブームを反映して、女性に対する発給件数は、10年前に比べ約3.0倍に増加しており、男性の約2.2倍を上回っている。
(3) 国際運転免許証不正取得、行使事件
 国際化の進展に伴い、外国の国際運転免許証を不正に取得し、実際には無免許であるにもかかわらず、この免許証を使用して車両を運転する事件が多発している。昭和61年には、44件の国際運転免許証不正取得、行使事件が検挙された。
〔事例〕 無免許運転及び酒気帯び運転で現行犯逮捕された暴力団員(48)は、不動産業者(33)らを介してフィリピンの偽造国際運転免許証を取得し、これを所持して自動車を運転していた。61年9月、不動産業者ら2人を無免許運転幇(ほう)助で逮捕(警視庁)
 国際運転免許証不正取得、行使事件の捜査に当たっては、外国政府等の国際運転免許証発給権者に対して発給事実の有無を照会する必要があるが、回答までにはかなりの時間を要することが多い。また、不正取得の場所が外国であることから、その立証には困難も多く、外国の運転免許行政当局及び捜査機関との協力体制の確立、強化が必要である。


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