はじめに

 昭和60年は、低迷が続く経済情勢に若干の明るさが見えたものの、予想外の事件、事故が多発した波乱の年であった。
 国際情勢は、ソ連首脳の交代を契機として、米ソ間において対話復活の気運が生まれ、6年ぶりに両国間で首脳会談が開催されたが、軍縮問題等をめぐり、依然、米ソの対立が続いた。また、朝鮮半島においては、離散家族の相互訪問等幅広い対話が行われた。一方、中東では、アラブ首脳会議が開催されるなど和平への模索もみられたが、イスラエルによるPLO本部爆撃、イラン・イラク戦争等緊迫した局面が続いた。
 世界経済は、先進諸国で景気が緩やかに拡大したが、欧米諸国の失業率は依然として高く、貿易収支の不均衡、開発途上国の累積債務問題もいまだ解決されていない。
 国内では、衆議院の定数是正、国鉄の分割・民営化及び円高問題等をめぐって与野党の間で活発な攻防が行われた。
 国内経済は、欧米との貿易摩擦問題等により、輸出が伸び悩み状態となったが、個人消費等の内需は着実に増加し、こうした景気動向を反映して、雇用情勢は安定基調に転じた。
 国内の犯罪情勢は、刑法犯の認知件数が160万件を超え、戦後最高を記録した。内容的にも、清涼飲料水等への毒物混入事案や暴力団の対立抗争事件等市民の日常生活の安全を脅かす事件が目立ったほか、コンピュータ犯罪、カード犯罪等も多発した。また、単独機事故としては史上最高の死傷者を出した日航機墜落事故の発生が世間の耳目を集めた。
 少年非行についてみると、刑法犯で補導した少年は、25万132人で、前年に比べ1,592人増加した。内容的には、いじめに起因する事件や自 殺が各地で発生し、大きな社会問題となった。また、万引き等の初発型非行が多発するとともに、無職少年による非行も依然として増加を続けている。一方、少年を取り巻く社会環境については、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律の施行に伴って、風俗環境の浄化についての国民の関心が高まり、55年以降増加を続けていた福祉犯被害少年の数はほぼ横ばいに転じた。
 覚せい剤事犯は、検挙人員が約2万3,000人、押収量が史上最高の約294キログラムを記録するなど極めて高水準で推移した。また、覚せい剤の乱用による殺人、放火等の事件が多発して国民に不安を与えた。
 経済事犯は、豊田商事事件をはじめ、商取引の名の下に高齢者を中心に大きな被害をもたらす悪質な事件が目立った。
 交通事故については、死者数が、2年連続して減少したものの、9,261人と4年連続して9,000人を超えた。また、発生件数、負傷者数は、いずれも大幅に増加し、過去10年間で最高を記録した。死亡事故の中では、特に高齢者、歩行者の死者数の増加が目立ち、また、若者による二輪車事故も依然として多発している。
 警備情勢では、極左暴力集団が、射程距離の長い発射物を使用した事件をはじめ、個人住宅への放火やライフラインの破壊等凶悪な「テロ」、「ゲリラ」事件を引き起こした。一方、右翼は、政府、与党に対する抗議、要請活動を活発に展開するとともに、手製爆弾を使用するなど悪質な事件を敢行した。我が国に対するスパイ活動は、日本人に成り済ました北朝鮮工作員の事件やプレオブラジェンスキー事案にみられるように、我が国を取り巻く複雑な国際情勢を反映して、引き続き巧妙かつ活発に行われている。また、日本共産党は、第17回党大会を開催して綱領の一部を改正したが、綱領の根幹を成す部分には一切手を加えず、現綱領路線を堅持した。
 このような治安情勢を踏まえ、警察としては、当面、次のような施策を重点的に推進することとしている。
○ 長寿社会に対応した警察活動の推進
 近年、急速に長寿社会へと移行しつつある中で、高齢者の自殺や交通事故の多発、悪質な商法の横行等高齢者は種々の問題にさらされている。これらの問題に対処するため、各種防犯対策や困りごと相談等を推進するほか、高齢者にとって安全で住みよい生活環境の実現や高齢者の社会参加の促進等を図る。
○ 犯罪の質的変化と捜査環境の悪化に対応する捜査活動
 社会情勢の変化に伴う犯罪の質的変化と捜査環境の悪化に対応するため、コンピュータの導入等科学捜査力の強化に努めるとともに、広域捜査体制の充実、国際犯罪捜査の強化等の諸施策を推進する。
○ 大規模広域暴力団に対する集中取締りの強化
 大規模広域暴力団、中でも、山口組、稲川会、住吉連合会の3組織による寡占化傾向に対処するため、これらに対する強力な集中取締りを推進する。特に、多発する対立抗争、銃器発砲事件を未然に防止するため、銃器の取締りを徹底する。
○ 少年の健全育成の推進と少年を取り巻く社会環境の浄化
 少年の非行を防止し、その健全な育成を図るため、家庭、学校、地域社会と連携、協力して、非行少年等の補導活動、少年相談活動、少年の規範意識の啓発活動等を一層強力に推進していくとともに、少年を取り巻く社会環境の浄化に努める。
○ 覚せい剤事犯防止対策の推進
 覚せい剤事犯を根絶するため、関係国との国際捜査協力に特に重点を置いて、密輸、密売組織の壊滅に向けた広域的、計画的捜査を推進する。あわせて、覚せい剤の害悪を国民に周知徹底し、覚せい剤乱用を拒 絶する社会環境づくりに努める。
○ 市民生活侵害事犯対策の推進
 悪質な商法による詐欺事犯等市民生活に重大な影響を与える事犯に対し、消費者保護の立場から取締りを強化するとともに、各種防犯対策を通じて被害の発生及び拡大の防止に努める。
○ 総合的な交通事故抑止対策の推進
 交通事故の増加基調に歯止めを掛けるため、交通事故実態と交通状況を一層的確に分析し、これを踏まえて、体系的な交通安全教育、計画的な交通安全施設の整備、危険性、迷惑性の高い違反の重点的な取締りを推進する。また、運転者の特性に応じた各種講習の実施等国民皆免許時代に対応したきめ細かな運転者行政を推進する。
○ 極左暴力集団による違法事案の未然防止と徹底検挙
 極左暴力集団による凶悪な「テロ」、「ゲリラ」事件の未然防止を図るため、その動向を的確に把握し、万全の警戒措置を講ずるとともに、事件が発生した場合には、徹底した捜査を進めてその根絶を図る。
○ スパイ活動の徹底把握と検挙等の推進
 視察体制と資器材を整備、充実してスパイ活動の実態把握に努めるとともに、あらゆる法令を適用してその検挙を図る。また、関係行政機関と緊密な連携を保ち、行政上必要かつ有効な措置が採られるよう努める。

 近年、我が国は、急速に長寿社会へと移行しつつあるが、その一方で、判断力や肉体的機能の低下した高齢者は、様々な問題に直面している。この白書は、第1章において「長寿社会における警察の役割」と題する特集を組み、原則として60歳以上の者を高齢者としてとらえ、高齢者が生きがいを持ちつつ、安心して暮らすことのできる豊かな長寿社会を築くための諸施策について取りまとめることとした。


目次