第5節 科学技術を支える機関

1 科学警察研究所

 科学警察研究所は、警察庁の附属機関として置かれ、警察における科学技術の総合研究機関としての役割を果たしている。科学警察研究所の業務は、「研究」、「鑑定」、「研修」の三つに大別される。

(1)研究業務
 科学警察研究所では、科学捜査、少年非行その他犯罪の予防、交通事故の防止等に関する基礎研究のほか、第一線の警察活動に密着した応用研究を行っており、その成果は、広く第一線の警察活動に取り入れられている。これらの研究は数年間にまたがるものが多く、昭和59年度の研究は、58年度からの継続研究51件、新規研究31件の合わせて82件であり、最近5年間の研究課題は192件に及んでいる。 研究の内容も、高度の技術や理論に関するものが多くなっている。最近における研究成果のうち、主なものには、次のようなものがある。
[1] 暴力団社会及び暴力団員の特質に関する研究
 暴力団の根絶を期するためには、取締りに合わせて、その組織実態等について各般からの分析、検討を行い、施策に反映していくことが必要である。暴力団員延べ約5,000人を対象に研究を行った結果、暴力団の特質について以下のことが明らかになった。
○ 新たに暴力団員となる者に共通してみられる特徴は、粗暴な非行歴、非行集団加入歴又は学校への不適応等があることで、その年齢は18歳前後である。
○ 暴力団員の社会復帰に不可欠な条件は、暴力団社会との絶縁と安定した職業への就職である。
○ 資金源の封圧、団員の大量検挙は、解散や壊滅の有効な要因である。また、解散声明を出させることは、解散後の組織の再編成を阻む要因となる。
 これらの研究成果は、暴力団犯罪の捜査、取締り活動や暴力団の人的供給源となりやすい非行少年の発見、補導等の方針決定のための資料として活用されている。
[2] 自動車運転者及び原付初心運転者のための運転適性検査法に関する研究
 交通事故を抑止する方策の一つとして、事故を起こしやすい行動特性を持つ運転者に対し、適切な指導を行うことが挙げられる。このような観点から、事故多発者と無事故者とを対比して交通事故に至る要因を分析したところ、状況判断力や動作機能の良否、精神安定性の度合い等があることが分かったので、心理学的手法により、これらの要因の検査法を開発した。この方法は、交通事故を起こしやすい者の識別に優れた効果を示し、運転適性検査法として、自動車教習所等で広く実用に供されている。また、この方法を、近年急激に増加している原動機付自転車の交通事故の防止対策にも取り入れるため、特に事故の多い原動機付自転車の初心運転者に焦点を当て、事故を起こしやすい心理学的要因の調査、研究を進めている。現在までに、初心の甘え、自己中心性、衝動性等をその要因として抽出できたので、今後は、この結果を基に、「原付初心運転者用検査法」を完成させ、これを原付免許取得時の技能講習カリキュラムに組み込むこととしている。
 また、現在、研究中の主要なものを挙げれば、次のとおりである。
〔研究例1〕 微量体液はんの検出証明法の開発に関する研究
 尿、汗のはんこんは、そこから血液型(ABO式、ルイス式)を知ることができるので、個人識別のための重要な資料となるが、犯行現場に遺留された体液はんが何であるかを明らかにすることがその前提となる。そこで、従来より簡便な検出証明法の研究、開発を進めてきたが、尿、汗にのみそれぞれ含まれるたん白を抽出することに成功し、遺留された体液はんが、尿であるかどうか、汗であるかどうかを簡単に明らかにできるようになった。
〔研究例2〕 「社会的制裁」の非行抑止効果に関する研究
 この研究は、中学生、高校生を対象に、非行の発覚する可能性、発覚した場合に「社会的制裁」を受ける可能性、「社会的制裁」のつらさに関する意識と自分が非行を行うかどうかの判断との関連を明らかにするためのものである。この研究の結果、自分は非行を行うことはないと考えている者は、非行を行った場合は発覚の可能性が高い、また、発覚した場合の「社会的制裁」を受ける可能性が高い、さらに、各種の制裁をつらいとみていることが分かった。また、「社会的制裁」の中では、家人、クラスの友達との関係における制裁及び将来の進路に関する制裁の非行抑止力がかなり強いことが分かった。非行を抑止するためには、これらの制裁が有効に働くよう配慮する必要性が示唆された。
(2)鑑定業務
 科学警察研究所では、都道府県警察をはじめ検察庁や裁判所等から嘱託を受けたとき、ICPO(国際刑事警察機構)を通じて依頼があったときなど、高度の技術を要するものを対象に鑑定を行っている。最近5年間の鑑定処理件数の推移は、表1-7のとおりで、理化学関係の増加が著しい。また、産業災害のように、新しい技法と高度な判断が要求されるものが目立った。

表1-7 鑑定処理件数の推移(昭和55~59年)

〔事例1〕 7月16日から8月9日までの間、山口県において5枚の偽造500円通貨が発見された。科学警察研究所では、これらの通貨を放射化分析し、3対2の割合から成る鉛とすずの合金(正貨は3対1の割合から成る銅とニッケルの合金)であることを明らかにし、事件の解決に寄与した。
〔事例2〕 4月9日、新潟県において、土木現場の作業小屋の爆発事件が発生し、1人が死亡、9人が負傷した。科学警察研究所では、爆発は石油ストーブ内で起きたこと、ダイナマイト等の爆薬が使用されたこと、起爆の原因として雷管の介在の可能性が高いことを明らかにし、事件の解決に寄与した。
〔事例3〕 昭和58年10月9日夜、鳥取県下で、11日朝、島根県下で、銃器を使用する殺人未遂事件が発生し、現場には、それぞれ弾丸1個、2個が遺留されていた。科学警察研究所では、これらの3個の弾丸が同一の銃によって発射されたことを明らかにし、両事件の関連を決定付け、捜査の進展と事件の解決に寄与した。
(3)研修業務
 研修業務は、全国の鑑定技術職員を対象に、法科学研修所で行われており、鑑定技術水準の向上に寄与している。法科学研修所の研修課程は、新採用(配置)者を対象とした「養成科」、現任者の技術の向上を目的とした「現任科」、専攻別に新技術の研修を行う「専攻科」、高度の特別テーマを長期研究する「研究科」に分かれる。また、研修分野は、法医、化学、工学、文書、ポリグラフ、指紋、写真、足こん跡等がある。昭和59年度は、研修生約200人に対して鑑定技術の教養を行った。
 なお、研修業務の一環として、科学警察研究所では、鑑識科学研究発表会を開催している。これには、法医、化学、心理、文書、火災・爆発、機械・物理・音声の6部会が設定され、全国の鑑定技術職員が平素の研究成果を発表、討議している。

2 警察通信学校研究部

 警察通信学校研究部は、警察通信の研究機関として、警察独自の通信機器を研究、開発し、警察業務運営の効率化に寄与してきた。最近では、無線通信の傍受、妨害が不可能なデジタル方式の移動無線通信システムを我が国で初めて開発したほか、高分解能写真電送装置等を開発した。
 最近の研究のうち主なものは、次のとおりである。
〔研究例1〕 移動無線通信によるデータ通信方式に関する研究
 警ら中のパトカーと警察本部等の間でファクシミリ等の画像情報を相互に電送するシステム、あるいはパトカーから警察庁のコンピュータに直接照会するシステムを実現するため、移動無線通信回線を経由するデータ伝送方式や車載用端末装置等について研究を進めている。
〔研究例2〕 ファクシミリ信号変換方式に関する研究
 現在の模写電送装置は、県間模写電送、県内模写電送の2系統で運用されており、装置の機能がそれぞれ異なっている。
 近年、犯罪の広域化、スピード化に伴い、事案現場を管轄する警察署の模写電送装置から直接全国手配を行う必要性が高まってきたので、機能の異なる模写電送装置相互間の通信が行えるよう、デジタル技術、コンピュータ技術を活用したファクシミリ信号変換装置を開発した。


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