はじめに

 昭和58年は、内外とも経済情勢に明るさがみえたものの、予想外の事件が多発した緊張と波乱の年であった。
 国際情勢は、米国による中距離核ミサイルの欧州配備をめぐるINF交渉中断、大韓航空機撃墜事件等米ソの厳しい対立関係を軸に推移した。朝鮮半島では、ラングーン爆弾テロ事件の発生から南北の緊張関係が高まった。一方、中東情勢は、レバノンからのイスラエル軍の撤退問題、PLOの内紛、イラン・イラク戦争を軸に複雑な展開をみせた。
 世界経済は、米国を中心とした先進諸国の景気回復を原動力に不況から脱却の兆しがみえたが、一方、インフレが依然高水準を続ける国々、累積債務を抱える国々等は、引き続き景気不振から抜け出せない状況にあった。
 我が国では、厳しさを増す国際環境のなかで、米国を中心とする諸外国から防衛力増強、貿易摩擦解消等に積極的な対応を迫られる一方、国会では、行政改革、減税、人事院勧告、政治倫理問題等をめぐって与野党間で厳しい攻防が続いた。このようななかで、12月、第2次中曾根内閣が発足した。
 国内経済は、OPECの原油価格の値下げ、米国の景気回復等から輸出が回復し景気に明るさがみえてきたものの、雇用情勢は依然厳しく推移した。
 また、津波災害を伴った「昭和58年日本海中部地震」、21年ぶりの三宅島大噴火等近年にない多様な大規模災害の発生がみられた。

 国内の犯罪情勢は、刑法犯の認知件数が約154万1,000件を記録し、23、24年に次いで戦後3番目となったほか、質的にも現代社会を反映して、コンビュータ犯罪、クレジット・カードを利用した詐欺、サラ金やスーパー・マ-ケットを対象とした強盗等が目立った。
 また、暴力団については、山口組の動揺による暴力団情勢の不安定化を背景として、対立抗争事件、銃器発砲事件がかなりの増加をみた。
 少年非行は、戦後第3の波が更に続き、刑法犯で補導した少年は、約26万2,000人となり、戦後最高を記録した前年を更に上回った。特に、中学生が刑法犯で補導した少年の過半数を占めるとともに、シンナー、覚せい剤等の薬物の乱用や女子の性非行が目立った。また、少年の福祉を害する犯罪の被害を受けた少年も1万9,507人と戦後最高を記録した。
 覚せい剤事犯は、その検挙人員が約2万3,000人と前年とほぼ同水準であった。しかし、覚せい剤の乱用は、一般市民層、特に、女子少年へ更に広がりをみせた。
 交通事故は、死者数が6年ぶりで9,000人を超えた前年を大幅に上回って9,520人に達し、死者数については2年連続、発生件数、負傷者数については6年連続の増加となった。特に、若者による二輪車の事故が前年に続いて増加していることが日立った。
 警備情勢では、「レフチェンコ証言」、「ピノグラードフ国外退去事案」が我が国に対するスパイ活動事案として大きな反響を呼んだ。極左暴力集団は、成田闘争、反戦・反安保闘争の過程でゲリラ事件を引き起こした。右翼は、政府、与党に対する批判抗議活動や左翼諸勢力との対決活動を活発化し、その検挙件数、人員は戦後最高となった。日本共産党は、58年の一連の選挙を最大の眼目として取り組んだが、不振に終わり、革命党としての体質強化を目指す思想建設を進めることを強調した。
 58年は、都市化の進展、経済の仕組みの多様化、複雑化、さらに、これらに伴う家庭、地域社会の機能の変化等を背景に、以上で述べたような犯罪、交通事故の増加、少年非行情勢の悪化等がみられたほか、カラオケ、拡声機等による騒音問題、あるいは、いわゆるサラ金地獄といわれるような消費生活問題等日常生活の場において様々なトラブルが多発するとともに、それらを原因とした家出や自殺、さらには、凶悪犯罪が多発するなど社会情勢の不安定化が目立った。
 このような情勢を踏まえ、警察としては、当面次のような施策を重点的に推進することとしている。
○ 地域社会に密着した警察活動の展開
 都市化の進展、さらに、家庭、地域社会の機能の変化等に伴い、騒音問題、サラ金問題をはじめとする日常生活の場における様々なトラブルのひん発、それらを原因とする家出や自殺、さらに、凶悪犯罪の多発等に対応するため、派出所、駐在所を拠点とした警察活動の強化、相談業務の整備、充実、地域コミニティ活動への支援等の施策を推進し、地域住民とともに安全で住みよいまちづくりを進める。
○ 犯罪の質的変化、捜査環境の悪化に対応する捜査活動
 社会の変化に伴う犯罪の質的変化と捜査環境の悪化に対応するため、コンピュータを用いたシステムを開発して捜査に活用するなど科学捜査力の強化に努めるとともに、管区警察局や都道府県警察間の連絡体制を整備するなど広域捜査体制の充実を図る。
○ 大規模広域暴力団に対する集中取締りの強化
 大規模広域暴力団による寡占化傾向に対処するため、組織の動揺が目立つ山口組を最重点に集中取締りを推進する。特に、多発する対立抗争、銃器発砲事件を未然に防止するため、銃器の取締りを徹底する。
○ 少年を取り巻く社会環境の浄化と少年の健全育成の推進
 少年の健全な育成を図るため、法制の整備を含め少年を取り巻く社会環境の浄化に努める。また、家庭、学校、地域社会等との連携の下に、少年補導活動、少年の福祉を害する犯罪の取締り等に努めるとともに、少年の社会参加活動その他の規範意識啓発活動等の諸対策を積極的に推進する。
○ 覚せい剤事犯防止対策
 覚せい剤事犯を根絶するため、関係国との連携を強め、密輸入事犯の水際検挙と、密輸、密売組織の壊滅に向けた広域的、組織的捜査を推進する。あわせて、覚せい剤の害悪を周知徹底し、覚せい剤乱用を拒絶する社会環境づくりに努める。
○ 総合的な交通事故抑止対策の強化
 交通事故の増加傾向に歯止めを掛けるため、一層的確な交通事故分析に基づき、体系的な交通安全教育、シートベルト、ヘルメット着用の推進、交通環境の改善、重点的な指導取締りを推進する。また、運転者の特性に応じた各種講習の実施等国民皆免許時代に対応したきめ細かな運転者行政を進める。
○ スパイ活動の実態把握と検挙等の推進
 スパイ活動に対処するため、視察体制と資器材を一層整備、充実し、スパイ活動の実態把握に努めるとともに、その検挙を推進する一方、関係機関と連携して行政上必要な措置が採られるよう努める。
○ 極左暴力集団による違法事案の未然防止と徹底検挙
 極左暴力集団による「テロ」事件や、「成田二期工事粉砕」、「関西新空港粉砕」等を呼号した「ゲリラ」事件の未然防止を図るため、その動向を的確に把握し、万全の警戒措置を採るとともに、事件が発生した場合には、徹底した捜査を進めてその根絶を図る。

 この白書は、第1章において、「変ぼうする地域社会と警察の対応」と題し、特集を組んだ。前述のとおり、58年は、騒音問題、サラ金問題等地域住民の日常生活の場において様々なトラブルが多発したが、ここ数年をみると、このほか、少年を取り巻く社会環境の急速な悪化、暴力団の市民生活への一層の介入等がみられ、さらに、交通事故が再び増加傾向に転ずるなど社会情勢は不安定の度を増し、地域住民の不安感は増大傾向にある。これらの問題は、このまま放置すれば、社会情勢の一層の悪化を招くおそれもある。このため、これらの地域社会の抱える問題、住民の困りごとの実態を分析するとともに、それらを解決して、安全で住みよいまちづくりを進めるための諸施策を取りまとめることとした。


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