はじめに

 昭和57年は、国内外ともに経済不況が深刻化するなかで、予想外の出来事が続発した低迷と混乱の年であった。
 国際情勢は、前年に引き続き米ソの厳しい対立関係を基軸に、中ソ関係改善の動き等が絡んで複雑に推移した。米ソ関係は、戦略兵器削減交渉の開始等対話を継続させたが、進展がないまま、ブレジネフ書記長の死によって、新たな局面を迎えた。一方、中ソ両国は、人事交流の拡大等、関係改善に向け注目すべき動きを見せた。中東では、イスラエルのレバノン侵攻によるパレスチナ・ゲリラのアラブ周辺諸国への退去、その直後のパレスチナ難民虐殺等によって一層混迷の度を深めた。
 世界経済は、欧米のインフレーションに、ようやく好転の兆しがみえたものの、同時不況の長期化のため、先進諸国の失業は戦後最高の水準に達した。
 国内では、国会内外で、防衛、行政改革、財政再建、減税等の問題をめぐって与野党の攻防が展開された。財政再建問題では、景気の停滞から大幅な税収不足となり、人事院勧告の凍結と赤字国債の増発を余儀なくされることとなった。このようななかで、鈴木首相は突然退陣を表明、新たに中曽根内閣が誕生した。
 国内経済は、内需の不振が続く一方、輸出までも後退したため、低迷から抜け出すことはできなかった。また、欧米との貿易摩擦問題は、一層深刻な政治課題となり関係各国と活発な折衝が行われたが、根本的な解決をみなかった。

 国内の治安情勢は、全刑法犯の認知件数が約152万9,000件に上り、23、24年に次いで戦後3番目となったほか、質的にも社会の変化を反映して、コンピュータ犯罪、クレジット・カードを利用した詐欺、サラ金やスーパー・マーケットを対象とした強盗、国際的常習犯罪者による犯罪等新しい形態の犯罪の発生が顕著であった。
 少年非行は、戦後第3の波が更に続き、警察が補導した刑法犯少年は、約19万2,000人となり、戦後最高を記録した前年を更に上回った。特に、中学生の非行が増加したほか、教師に対する暴力事件等の粗暴犯やシンナー、覚せい剤等の薬物の乱用が目立った。
 覚せい剤事犯については、検挙人員が約2万3,000人となり、前年に比べ約6%の増加となった。覚せい剤の乱用は、一般市民層の間に更に広がるとともに、覚せい剤乱用者による無差別殺人事件等の凶悪犯罪が続発した。
 交通事故は、死者数が前年に続いて増加し、9,073人となって、6年ぶりに9,000人を突破したほか、発生件数、負傷者数ともに5年連続の増加となった。特に、若者による二輪車の事故が目立った。
 警備情勢では、極左暴力集団が「成田闘争」、「反戦・反安保闘争」等をめぐり悪質な「ゲリラ」事件を多発させたほか、凶悪な内ゲバ事件を引き起こした。右翼は、政府、与党に対する批判抗議活動や左翼諸勢力との対決活動を活発化し、不法事案を多発させた。日本共産党は、第16回党大会を開催し、「敵の出方」論に立った暴力革命の方針をとる現綱領路線の堅持を明らかにした。
 暴力団については、山口組の組織弱体化の影響を受け、依然として不安定かつ流動的に推移したなかで、対立抗争事件、銃器発砲事件が増加した。
 知能犯事件では、贈収賄事件の検挙事件数が大幅に増加したほか、公共工事の受注等をめぐる談合事件の検挙が増加した。

 このような治安情勢を踏まえ、警察としては、当面次のような施策を重点的に推進することとしている。
○ 社会の変化に対応した犯罪対策
 科学技術の進歩、経済社会の仕組みの多様化、複雑化、さらに、都市化、国際交流の活発化等の社会の変化に対応するため、科学捜査力の強化、初動捜査活動の徹底、広域犯罪捜査体制の確立、国際捜査協力の緊密化、犯罪を行いにくい環境作り等の施策を推進する。特に、新しい形態の犯罪に対処するため、犯罪実態の分析に努め、さらに、将来を見通して、総合的な対策を樹立することに努める。
○ 少年非行防止対策
 少年非行を防止するため、家庭、学校、地域社会等との連携の下に、補導活動、相談活動、少年の福祉を害する犯罪の取締り等の対策を一層強化するとともに、少年の社会参加活動等の規範意識啓発活動、少年を取り巻く社会環境の整備等の施策を推進する。
○ 覚せい剤事犯防止対策
 覚せい剤事犯を根絶するため、関係国との連携を強め、密輸入事犯の水際検挙と、密輸、密売組織の壊滅に向けた広域的、組織的捜査を推進する。あわせて、覚せい剤の害悪を周知徹底し、覚せい剤乱用を拒絶する社会環境作りに努める。
○ 交通事故抑止対策ときめ細かな運転者対策
 交通事故の増加傾向に歯止めをかけるため、交通事故の一層的確な分析に基づいて、交通環境の改善、体系的な交通安全教育、重点的な指導取締りを推進する。また、それぞれの運転者の特性に応じた更新時講習を行うなど、きめ細かな運転者行政を更に進める。
○ 極左暴力集団による違法事案の未然防止と徹底検挙
 極左暴力集団による凶悪な「テロ」事件、空港施設、官公庁等に対する悪質な「ゲリラ」事件を未然に防止するため、極左暴力集団の動向を的確に把握し、分析するとともに、適切な警戒措置を採るよう努める。また、事件が発生した場合には徹底した捜査を進めて、その根絶を図る。
○ 大規模広域暴力団に対する集中取締り
 大規模広域暴力団、なかでも山口組、稲川会、住吉連合会等による寡占化が進んでいる現状に対処するため、全国の警察が連携して、これらの大規模広域暴力団に対する強力な集中取締りを推進する。特に、組織の動揺が目立つ山口組を最重点とする。

 この白書は、第1章において、「犯罪の質的変化と警察の対応」について特集した。前述のとおり、57年は、コンピュータ犯罪、サラ金やスーパー・マーケットを対象とした強盗事件等新しい形態の犯罪の発生が目立ったが、ここ数年間をみると、このほか、保険金目的犯罪、通り魔殺人事件等も急増傾向にある。従来の犯罪と質的に異なるこれらの犯罪は、その増加の原因が一過性のものではなく、社会の変化に深く根ざしているため、今後も更に増加を続け、我が国の治安に重大な影響を及ぼすおそれがある。このため、これらの犯罪の実態を分析するとともに、犯罪の未然防止と捜査活動の両面にわたる諸施策を取りまとめることとした。


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