第5章 生活の安全の確保と環境の浄化

1 薬物事犯の取締り

(1) 増加の一途をたどる覚せい剤事犯
 昭和57年の覚せい剤事犯の検挙件数は3万7,739件、検挙人員は2万3,365人で、前年に比べ検挙件数が1,342件(3.7%)、検挙人員が1,341人(6.1%)それぞれ増加した。過去10年間の覚せい剤事犯の検挙状況は、図5-1のとおりである。

図5-1 覚せい剤事犯検挙状況(昭和48~57年)

ア 香港ルートの復活と大規模密輸の減少
 57年の覚せい剤粉末の押収量は、106.9キログラムで、前年に比べ全体の押収量は減少したが、1キログラム以上の押収事例は増加している。密輸手口をみると、携帯品の中や着衣の下に隠匿して1~2キログラム位を持ち込んだり、国際郵便を利用するものが目立った。また、覚せい剤1キログラム

以上を一度に押収した28事例のうち、供給地の判明した26事例の内訳をみると、韓国からのものが23事例と依然として主流を占めているが、54年以降摘発のなかった香港からのものが復活し、3事例みられた。
〔事例〕 都内の覚せい剤卸元グループと中国人運び屋グループが結託し、3月9日と30日の2回にわたり香港から成田空港へ覚せい剤を密輸入したところを摘発し、関連被疑者6人を検挙するとともに、覚せい剤約2キログラムを押収した(警視庁)。
イ 巧妙化、広域化を強める密売事犯
 密売事犯は、マンション等の密売所にモニターテレビや外部を監視できるミラーを設置したり、1~2週間で密売場所を転々と変えたり、あるいは警察の捜索に備えて自宅から離れた物置小屋や墓地等に覚せい剤を隠匿するなど、ますます巧妙化している。また、沖縄と東京の暴力団が手を組み、航空便を利用して取引したり、九州の暴力団がいわゆる宅急便を利用して全国各地の密売人と取引する事犯が増加するなど、密売ルートの広域化が一層進んでいる。
ウ 覚せい剤に執着する暴力団
 57年の暴力団員による覚せい剤事犯の検挙件数は1万8,747件、検挙人員は1万1,096人で、前年に比べ検挙件数が171件(0.9%)、検挙人員が161人(1.5%)それぞれ増加した。過去10年間の暴力団員による覚せい剤事犯の検挙状況は、図5-2のとおりであるが、55年以降覚せい剤犯罪が暴力団犯罪の中での第1位を占め、その比率も年々増加している。

図5-2 暴力団員による覚せい剤事犯の検挙状況(昭和48~57年)

 暴力団は、その組織力を利用して、覚せい剤の密売ルートを支配し、そこからあがる利益を最大の資金源としており、覚せい剤の取引については組織系列を超えて結び付く反面、覚せい剤をめぐって同一組内でもリンチ殺人事件を引き起こすなど、覚せい剤に対する執着をますます強めている。
〔事例〕 暴力団九州侠(きょう)友連合会定岡組が韓国から覚せい剤を密輸入して宅急便等により全国的に密売していた事犯を摘発し、同組幹部7人を含む関連被疑者80人を検挙するとともに、覚せい剤約14.4キログラム、改造けん銃3丁等を押収し、同組を壊滅状態に追い込んだ(福岡)。
エ 乱用の拡大
(ア) 都市部から農漁村、離島にまで波及
 47年当時は、覚せい剤の乱用は西日本が中心であったが、現在では全国の主要都市を中心として覚せい剤の汚染が拡大しており、農漁村や離島にまで波及している。47年と57年の人口10万人当たりの都道府県別覚せい剤事犯の 検挙状況は、図5-3のとおりである。

図5-3 人口10万人当たりの都道府県別覚せい剤事犯の検挙状況(昭和47、57年)

(イ) 憂慮される少年等の増加
 57年に覚せい剤事犯で検挙された少年は、全検挙者の11.8%に当たる2,750人で、前年に比べ175人(6.8%)増加している。また、市、町議会議員、小学校の教頭、高校の女教師等が検挙されるなど、従来覚せい剤とは無縁だと考えられていた層にまで浸透している。
(ウ) 覚せい剤乱用者による事件、事故状況
 覚せい剤を使用すると、その薬理作用から、幻覚、幻聴、妄想等を来すこ とが多く、その結果、殺人や放火等の凶悪な犯罪や交通事故を引き起こすことにもなる。さらに、覚せい剤の使用をやめても、少量の再使用や不眠、精神的疲労等をきっかけに、乱用時の症状が突然現れるフラッシュ・バック現象も起きるといわれ、覚せい剤が社会に及ぼす危険性は極めて強い。また、覚せい剤は使用し始めるとやめられなくなることが多く、覚せい剤を買うため家財道具を売り払ったり、サラ金等から借金を重ね、そのため家庭が崩壊したり、さらには、買う金欲しさに強盗、窃盗等の犯罪を引き起こす者もいる。
 57年に発生した覚せい剤に係る事件、事故の発生状況は、表5-1のとおりである。

表5-1 覚せい剤に係る事件、事故の発生状況(昭和57年)

〔事例1〕 覚せい剤乱用者T(47)は、妻子が自分を馬鹿にしていると邪推し、自宅において刺身包丁で妻子を殺傷した後、家を飛び出し、手当たり次第に近隣の住民に襲い掛かり、4人を刺殺、3人に重軽傷を負わせた。2月7日現行犯逮捕(大阪)
〔事例2〕 理容店を経営していたK夫婦は、母親及び3人の子供達と幸福な生活を送っていたが、客として出入りしていた暴力団員から、「肩凝りや疲れがとれる薬」と覚せい剤を勧められ、一度使用したことから病み付きとなった。覚せい剤を買うため借金を重ね、遂に理容店は廃業となった。10月5日使用事犯で逮捕(警視庁)
(2) 麻薬事犯の取締り
ア 麻薬事犯の概況
 昭和57年の麻薬事犯の検挙人員は1,400人で、前年に比べ13人(0.9%)減少した。これを法令別にみると、大麻取締法違反が全体の77.4%を占めて最も多く、次いであへん法違反の18.0%、麻薬取締法違反の4.6%となっている。
 過去10年間の麻薬事犯の検挙人員の推移は、図5-4のとおりである。

図5-4 麻薬事犯の検挙人員の推移(昭和48~57年)

イ 青少年に多い大麻の乱用
 57年には、大麻取締法違反で1,083人を検挙したが、10代と20代の検挙者が全体の76.7%を占めている。大麻はマリファナ・パーティーと呼ばれる集まりで乱用されたり、海外旅行で大麻を吸煙し、病み付きとなって帰国後も吸煙を続けるケースが多い。
 なお、乱用される大麻は、主として海外から密輸入されたものである。
(3) その他の薬物事犯
ア 増加を続けるシンナー等乱用事犯
 シンナー等の有機溶剤は、依然として青少年が乱用している。昭和57年のシンナー等乱用者の検挙、補導人員は5万7,280人で、前年に比べ6,629人(13.1%)増加した。また、成人、少年別にみると、少年が全体の86.0%を占めている。
イ 毒物及び劇物取締法等の改正による規制の強化
 従来、毒物及び劇物取締法施行令による規制の対象となっていなかったいわゆる充てん料の乱用が増加してきたため、57年4月の同令の改正により、トルエン等を含有する「閉そく用又はシーリング用の充てん料」が新たに乱用規制対象物に追加された。また、シンナー等の摂取、吸入等の禁止の規定に違反した者に対しては、法定刑は従来罰金刑のみであったが、最近の乱用増加傾向にかんがみ、57年9月の毒物及び劇物取締法の改正により新たに懲役刑が加えられた。
〔事例〕 店員(29)は、シンナーの乱用により過去9年間に22回の罰金刑を受けていたが、10月9日、シンナーをマスクのガーゼに浸み込ませ、これを吸いながら自宅近くの路上を歩いているところを毒物及び劇物取締法違反の現行犯で逮捕された。12月15日懲役3月の実刑判決(警視庁)
(4) 総合的な薬物乱用防止対策の推進
ア 薬物対策室の新設
 警察庁では、昭和57年4月、覚せい剤、麻薬、シンナー等の薬物事犯の取締りに関する事務を一元的に所掌する「薬物対策室」を新設し、薬物乱用防 止対策の推進に努めている。
イ 国際捜査協力の推進
 警察では、覚せい剤の需要と供給を絶つために、密輸入事犯の水際検挙、暴力団を中心とした密売組織の壊滅、末端乱用者の検挙を強力に推進しているが、特に大規模密輸、密売事犯については、その規模に応じて警察庁又は管区警察局登録事件に指定し、全国警察と協力して関係情報の入手を図るなど、その摘発の強化を図っている。
 また、覚せい剤等は、その生産、流通が国際的に行われていることから、警察庁では、57年9月、25箇国の参加を得て「第21回麻薬犯罪取締りセミナー」(東京)を開催したほか、7月には、覚せい剤問題について政府レベルでの「日韓連絡会議」(ソウル)を開催し、また、11月には、「極東麻薬法執行機関長会議」(マニラ)に参加するなど、関係各国の捜査機関との相互協力を緊密化し、覚せい剤等の我が国に対する持込みの防圧や海外密輸基地の壊滅に努めている。
ウ 乱用防止対策の強化
 覚せい剤取締法違反で検挙された者のうち再犯者の占める割合は表5-2のとおりで、再犯率が年々高くなっており、中毒者の増加をうかがわせる。警察では、覚せい剤の慢性中毒のため自傷他害のおそれがあるものについて、精神衛生法に基づき都道府県知事に通報することにより、本人に対する必要な医療及び保護が加えられ、あわせて、自傷及び他人に対する危害の防止が図られるように努めている。57年の通報数は345人であった。

表5-2 覚せい剤取締法違反者の再犯状況(昭和53~57年)

 また、覚せい剤の乱用を防止するため、新聞、テレビ、ミニ広報紙等を活用して啓発活動を推進しているほか、覚せい剤乱用者を抱えて悩む家族等が気軽に相談できるように、都道府県警察本部に覚せい剤相談電話を設置するなど、相談体制の充実を図り、その解決に努めている。

2 銃砲、火薬類の適正管理と取締り

(1) 銃砲、火薬類の適正管理
ア 減少を続ける許可銃砲
 昭和57年12月末現在、都道府県公安委員会が許可している銃砲は71万8,474丁で、そのうち猟銃が60万9,887丁、空気銃が5万8,531丁である。前年に比べ、猟銃は4万2,212丁(6.5%)、空気銃は1万1,694丁(16.7%)それぞれ減少した。最近5年間の許可を受けた猟銃、空気銃(以下「猟銃等」という。)の数は、表5-3のとおり53年をピークとして減少傾向にある。

表5-3 許可を受けた猟銃等の数の推移(昭和53~57年)

 これは、猟銃等を使用した重大な犯罪や事故が発生したため、数次の銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)の改正により、猟銃等の所持許可基準の厳格化、保管に関する規制の強化等を図るとともに、猟銃等所持不適格者の排除や許可の用途に供していない眠り銃等の譲渡、廃棄の指導を積極的に行ってきたためである。
イ 2年連続減少した猟銃等による事故
 57年の猟銃等による事故の発生件数は144件、死傷者数は151人で、前年に 比べ発生件数は19件(11.7%)、死傷者数は21人(12.2%)それぞれ減少し、発生件数、死傷者数とも2年連続の減少となった。最近5年間の猟銃等による事故の発生状況は表5-4のとおりである。

表5-4 猟銃等による事故の発生状況(昭和53~57年)

 また、57年の許可猟銃等を使用した犯罪の検挙件数は34件で、このうち散弾銃によるものが32件と全体の94.1%を占めており、罪種別にみると脅迫が11件、殺人が6件、傷害が5件等となっている。一方、57年の猟銃等の盗難被害は34丁で、前年に比べ14丁(29.2%)減少し、最近5年間で最低の発生となった。これらの盗難被害に遭った猟銃等について被害時の保管状況をみると、全体の55.9%に当たる19丁は、銃刀法の保管義務違反となる自宅居室内や自動車の座席、トランク等に不用意に放置していたものであった。
 これらの事件、事故を起こした者や銃刀法違反を犯した者について、57年は722丁の猟銃等の所持許可を取り消した。
ウ 経験者講習会の充実
 猟銃等許可所持者を対象とする経験者講習会を56年から実施しているが、57年には13万5,733人がこの講習会に出席した。この2年間で全所持者の65.7%に当たる29万1,178人が受講したことになる。警察では、猟銃等による事件、事故の実態を踏まえ、視聴覚教材を導入するなどして講習内容の充実、強化を図っている。
エ 減少する猟銃用火薬類等の許可件数
 57年の猟銃用火薬類等(実包、銃用雷管、無煙火薬等であって、猟銃等にもっぱら使用されるもの)の譲渡、譲受等の許可件数は、11万5,304件で、前年に比べ7,293件(5.9%)減少した。
 また、猟銃用火薬類等に係る違反の検挙件数は1,465件で、前年に比べ167件(10.2%)減少した。これを違反態様別にみると、実包の不法所持が794件で、全体の54.2%を占めて最も多く、次いで無許可消費140件、貯蔵の技術上の基準違反100件等となっている。
(2) けん銃等の取締り
ア 暴力団によるけん銃使用犯罪の多発
 昭和57年のけん銃等の銃砲を使用した犯罪の検挙件数は194件で、前年に比べ4件(2.0%)減少した。最近5年間の銃砲使用犯罪の状況は、表5-5のとおりである。

表5-5 銃砲使用犯罪の状況(昭和53~57年)

 このうち、暴力団関係者による銃砲使用犯罪の検挙件数は150件で、全体の77.3%を占めており、けん銃を使用した犯罪についてみると、全体の96.1 %が暴力団関係者によるものである。
イ 過去最高となった密輸入けん銃の押収
 57年のけん銃の押収丁数は1,245丁で、前年に比べ285丁(29.7%)の増加となった。最近5年間のけん銃の押収状況は表5-6のとおりで、これまで減少傾向にあったものが2年連続増加し、最近5年間で最高の押収丁数となった。

表5-6 けん銃の押収状況(昭和53~57年)

 押収したけん銃を銃種別にみると、改造けん銃はほぼ前年並みとなっているが、真正けん銃は53年以降増加傾向にあり、57年は53年に比べ2倍以上の押収数となった。これは、暴力団等が東南アジアやアメリカ等から真正けん銃を組織的に密輸入したためとみられる。

 警察では、けん銃の国内流入を阻止するため空海港等水際での検挙活動を進め、57年はけん銃密輸入事犯として35件、37人を検挙し、145丁のけん銃を押収した。これを前年と比べると検挙件数が14件(66.7%)、検挙人員が18人(94.7%)、押収数が93丁(178.8%)それぞれ増加した。最近5年間のけん銃密輸入事犯検挙状況は表5-7のとおりで、57年は、40年に銃刀法を改正し、けん銃等の輸入禁止罪を新設して以来、本罪を適用したものとしては過去最高の押収数となった。

表5-7 けん銃密輸入事犯検挙状況(昭和53~57年)

 密輸入の手段方法をみると、57年は貿易業者や暴力団関係者等が航空貨物等の別送便を利用し、輸入商品等の中にけん銃を巧みに隠匿し、一度に多数のけん銃を輸入するという事案が目立った。
〔事例〕 貿易業者(47)は、会社の経営状態が思わしくないことから、けん銃を密輸入して暴力団に売りさばくことを企て、アメリカからけん銃40丁、実包973個をコーヒー缶内に偽装隠匿して、前後7回にわたって輸入した。3月24日逮捕(警視庁)

3 危険物対策の推進

(1) 火薬類対策の推進
 昭和57年の火薬類盗難事件の発生件数は31件で、前年に比べ2件減少した。また、実包以外の火薬類(ダイナマイト、無煙火薬等)を使用した犯罪は9件発生し、前年に比べ1件増加した。
 このような情勢の下で、火薬類の販売所、消費場所、火薬庫等火薬類取扱場所に対して、57年は延べ約16万1,000箇所の立入検査を実施し、保管管理の基準義務違反、帳簿の備付け義務違反等により1,359件の違反を検挙する とともに、悪質な事犯については、都道府県知事に対して火薬類の消費許可の取消処分等の措置を要請した。
(2) 放射性物質等の安全輸送対策の推進
 昭和57年に都道府県公安委員会が受理した核燃料物質等の運搬届出件数は367件で、前年に比べ62件(20.3%)増加した。また、56年7月から放射性同位元素等の運搬届出が義務付けられたが、57年の届出受理件数は237件であった。これらの運搬届出を受理した公安委員会は、運搬の日時、経路等について、安全対策上の確認を行い、必要な指示をするなど、放射性物質等の安全輸送対策を推進した。
(3) 高圧ガス、消防危険物等による事故の防止
 昭和57年の事業所や一般家庭における高圧ガス、消防危険物等による事故の発生件数は1,725件、死者数は816人で、前年に比べ発生件数は358件(26.2%)、死者数は306人(60.0%)それぞれ著しく増加し、最近5年間で最高となった。
 警察では、危険物による事故防止のため、関係行政機関等との連携の下に、高圧ガス取締法、消防法等危険物関係法令違反の取締りを行って1,457件を検挙した。特に、輸送中の危険物の安全を確保するため、11月に全国一斉に集中指導、取締りを行い、警察官等約1万6,000人が1,155箇所において約1万8,000台の車両を検査し、悪質な違反528件(前年同期の集中取締りに比べ178件(50.8%)増)を検挙した。

4 質屋、古物営業の現状

 質屋営業法又は古物営業法により、都道府県公安委員会から許可を受けた質屋、古物商等の推移は、表5-8のとおりで、質屋は漸減し、古物商等は漸増している。
 昭和57年には、質屋営業法違反で2件1人、古物営業法違反で181件145人を検挙した。都道府県公安委員会では、違反した古物商等48業者に対して、許可の取消し等の行政処分を行った。

表5-8 許可を受けた質屋、古物商等の推移(昭和53~57年)

 一方、質屋、古物商等が盗品等を発見したことなどにより被害者に返還できた件数は、57年は、質屋については1万973件、古物商等については1,631件であった。また、これらの業者の協力によって犯人を検挙した事例も数多くみられた。

5 経済事犯の取締り

(1) 詐欺的商法が目立つ不動産事犯

 昭和57年の不動産事犯の検挙件数は2,624件、検挙人員は2,477人で、前年に比べ検挙件数は34件(1.3%)、検挙人員は71人(3.0%)それぞれ増加した。最近5年間の不動産事犯の法令別検挙状況は、表5-9のとおりである。

表5-9 不動産事犯の法令別検挙状況(昭和53~57年)

 不動産事犯のなかで最も検挙の多い宅地建物取引業法違反の態様別検挙状況は、図5-5のとおりで、法令の規制により住宅の建築が制限されている土地や電気、水道の供給設備がない土地等を、その事実を告げずに売り付ける重要事項不告知等の業務上禁止事項違反が依然として多い。

図5-5 宅地建物取引業法違反の態様別検挙状況(昭和57年)

 なかには、土地買収の話を持ち掛け、税金対策に名を借りて金銭をだまし取ったり、資金繰りに困った中小企業経営者に、融資をえさに粗悪な物件を法外な価格で売り付けるなどの悪質な事犯もみられた。
〔事例〕 宅地建物取引業免許を不正に取得した業者が、遊休別荘地を抱える地主を対象に、破格の高値で土地を買い取ると持ち掛け、「節税対策のため、いったん当社の土地と交換する形を取る代わりに、名義変更の保証金を出してくれ」と保証金名目で、約300人から総額約8億円をだまし取っていた。この事件を詐欺等で検挙した(警視庁)。
(2) 巧妙化する金融事犯
 昭和57年の金融事犯の検挙件数は745件で、前年に比べ43件(5.5%)減少した。最近5年間の金融事犯の検挙状況は表5-10のとおりである。

表5-10 金融事犯の検挙状況(昭和53~57年)

 最近では、一見して高金利事犯と判明するものは少なくなっているが、返済期間の途中で新規貸付けをし、前契約の未払分を新規貸付けから一括して返済させ、期間短縮による利息の割戻しをしないで高利を取るいわゆる切替方式等の巧妙な手口が一般化している。
 また、貸金業の取立てについても、不当な行為が後を絶たない。57年11月に検挙した高金利事犯について調査したところ、被害者1,868人のうち559人(29.9%)が、早朝、深夜の電話、訪問等による不当な取立てを受けていた。その状況は図5-6のとおりである。

図5-6 高金利事犯の取立てに伴う不当行為等の実態(昭和57年)

 また、「銀行等より有利な利息と元本保証」をうたい文句に多額の現金を集める預り金事犯が多発した。なかでも、仙台市に本社を置く貸金業者は、東北、北海道等に12の子会社と130の支店、営業所を設け、組織ぐるみで総 額約222億円の預り金を行っていた。
(3) 知能化、巧妙化する国際経済事犯
 昭和57年の国際経済事犯(注)の検挙件数は878件で、55年12月の外国為替及び外国貿易管理法(以下「外為法」という。)の改正による対外取引の規制緩和措置に伴い激減した前年とほぼ同数であった。しかし、計画的な組織的事犯が増加したため、検挙人員は著しく増加した。
 また、事犯の内容も単なる外為法又は関税法違反の範ちゅうにとどまらない詐欺的要素の強い悪質なものが目立ち、その手口も専門的な貿易知識、豊富な実務経験を必要とする信用状決済システムの悪用、輸入規制物資の非規制物資への混合隠匿等知能化、巧妙化の様相を強めた。最近5年間の国際経済事犯の検挙状況は、表5-11のとおりである。
(注) 国際経済事犯とは、外為法、関税法違反をいう。

表5-11 国際経済事犯の検挙状況(昭和53~57年)

〔事例〕 大手商社の元社員(37)らは、架空の会社を設立し、サウジアラビア等10箇国44社との間に新品建設機械の輸出契約を結び、相手商社に信用状を開設させた上、スクラップ同然の建設機械にペンキ塗装等をするなど、一見新品と見せ掛けるための偽装をして輸出し、信用状決済により契約代金総額約18億6,000万円をだまし取った。この事件で1法人4人を詐欺及び関税法違反で検挙した(警視庁)。
(4) 多様化する訪問販売事犯
 昭和57年の訪問販売等に関する法律違反の検挙件数は229件、検挙人員は145人で、前年に比べ検挙件数は131件(133.7%)、検挙人員は54人(59.3 %)それぞれ増加した。
 また、検挙した事犯について、その行為態様をみると、消防署員を装って強引に消火器を売り付ける事犯や、粗悪な時計、呉服等を高級品と偽って売り付ける事犯、勝手にトイレファンを取り付け強引に代金を要求する事犯、海外旅行の格安あっせんをえさに高価な英語教材を売り付ける事犯等にみられるように、一段と多様化している。

6 公害事犯の取締りと公害苦情の処理

(1) 公害事犯の取締り
ア 増加に転じた公害事犯
 昭和57年の公害事犯の検挙件数は5,637件で、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)違反が4,922件、水質汚濁防止法違反が349件等となっている。過去10年間の公害事犯の法令別検挙状況は図5-7のとおりで、55年、56年と2年連続して減少していたが、57年には再び増加に転じた。

図5-7 公害事犯の法令別検挙状況(昭和48~57年)

イ 成果が上がる三海域浄化作戦
 警察は、閉鎖性水域のため水質上の問題を抱えている内海、内湾、湖沼及び特に汚染の著しい河川等の水質汚濁事犯を重点として計画的な取締りを行っており、57年には排水基準違反(注)で250件を検挙した。これを水域別にみると、表5-12のとおり特に取締り重点としている東京湾、伊勢湾、瀬戸内海に係る排水基準違反の検挙件数は138件で全体の55.2%を占め、前年に比べ20件(16.9%)増加した。
(注) 排水基準違反とは、水質汚濁防止法、下水道法、鉱山保安法、公害防止条例に定められた排水(排除)基準に違反して汚水を排出する行為をいう。

表5-12 水域別検挙状況(昭和57年)

 排水基準違反の内容をみると、未処理汚水を排出するため、隠し排水口を設ける事犯、監視人を置く事犯、夜間、早朝に排出する事犯等にみられるように犯行の手段、方法が悪質、巧妙化しており、違反原因別にみると、表5-13のとおり処理施設を設置又は使用せずに未処理汚水を排出していたものが34.4%を占めている。また、人の健康に直接影響を及ぼす六価クロム等の有害物質の排出が前年に比べ約60%増加し、全体の約2割を占めた。

表5-13 排水基準違反の違反原因別検挙状況(昭和57年)

〔事例〕 かき等の水産食料品加工会社では、増産のため汚水の排出量が当初の届出排出量の10倍に増えた。当然、処理施設を設置するなどして排水基準を遵守しなければならないのであるが、これを怠り処理施設を設置せず排水基準の約50倍に上る未処理汚水を瀬戸内海に排出していた。5月14日水質汚濁防止法違反で書類送致(広島)
ウ 多発する建設工事に係る廃棄物事犯
 57年の廃棄物処理法違反の検挙状況は表5-14のとおりで、不法投棄事犯が全体の78.2%を占めた。

表5-14 廃棄物処理法違反の検挙状況(昭和57年)

 不法投棄等(不法投棄のほか、無許可の埋立て等の廃棄物の処分を含む。)された産業廃棄物の総量は約51万1,000トンで、最近5年間では最高となった。その種別、場所別状況は図5-8のとおりで、前年に比べ種別では汚泥、廃油の増加が目立ち、場所別では水田、畑及び特に水質汚濁の原因となりやすい河川、湖沼、海岸等への不法投棄等の増加が目立った。

図5-8 不法投棄等された産業廃棄物の種別、場所別状況(昭和57年)

 不法投棄等された産業廃棄物の排出源を業種別にみると、建設業関係者による不法投棄等が最も多く約41万3,000トンで全体の約81%を占め、前年に比べ約9万9,000トン(31.5%)増加した。また、産業廃棄物の不法投棄の84.9%は排出源事業者によって行われており、さらに、その原因、動機では「処理経費を節減するため」、「最初から営利目的をもって」とするものが全 体の72.5%を占めた。
 警察では、国民の快適な生活環境を保全するため、廃棄物の不法投棄等の取締りを強化するとともに、不法投棄等された場所の原状回復の指導に努めているが、多量の産業廃棄物が不法投棄等された場所で原状回復を必要とする245箇所のうち約81%について回復措置がとられた。
〔事例〕 土木工事等を業とする会社が、同作業に伴って生じた汚泥34.5立方メートルの処理経費の節減を図るため、人目に付かない夜間又は早朝、タンクローリーで運搬し、河川敷へ不法投棄していた。2月27日、廃棄物処理法違反で逮捕するとともに、原状回復させた(神奈川)。
(2) 公害苦情の処理
 警察における昭和57年の公害苦情の受理件数は4万5,269件で、前年に比べ1,124件(2.5%)増加した。最近5年間の受理件数は表5-15のとおりで、57年は53年と比べ約25%増加している。

表5-15 最近5年間の公害苦情受理件数の推移(昭和53~57年)

表5-16 騒音苦情の態様別、発生場所別比率(昭和57年)

 公害苦情の種類別では、騒音に関する苦情が4万2,672件で、前年に比べ1,506件(3.7%)増加し、全体の94.3%を占めた。また、2月と8月に受理した騒音苦情7,076件について実態を調査した結果は表5-16のとおりで、飲食店等における楽器、カラオケ等の音響機器音に関する苦情が最も多かった。
 公害苦情については、話合いのあっせん、警告、検挙といった警察活動によって処理するほか、他機関への通報等も行って苦情の解決に努めている。

7 保健衛生事犯の取締り

 昭和57年の保健衛生事犯の取締り状況をみると、医事関係事犯の検挙件数は126件で、前年に比べ105件(45.5%)減少した。しかし、患者の身体や健康に直接影響を及ぼす医師法違反の検挙件数は65件で、過去10年間で最高となった。なかでも、美容院やアクセサリー店等において、女性に人気のあるピアスイアリングを装着するため、せん孔器を使用して耳に穴を開ける無免許医業が目立った。
 薬事、食品衛生関係事犯の検挙件数は762件で、前年に比べ49件(6.9%)増加し、最近5年間で最高となった。その内容をみると、いわゆる健康食品等を医薬品として販売していた偽薬事犯、磁気マットや磁気枕等の医療用具を無許可製造、販売していた事犯等が目立った。


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