第1章 犯罪の質的変化と警察の対応

-新しい形態の犯罪との戦い-

 近年、犯罪は量的に増加しているだけでなく、従来の犯罪と質的に異なる新しい形態の犯罪が出現し、しかも、急増傾向にある。この種の犯罪が増加する原因は、次のような現代社会の4つの特徴に深く根ざしていることから、今後とも増加していくものと思われる。
 現代社会の第1の特徴は、科学技術の著しい進歩である。コンピュータをはじめとする先端技術の開発は、産業構造を変革し、国民生活に大きな利便をもたらした。しかし、これに伴って全く新しい形態の犯罪も現れるようになった。特に、コンピュータ犯罪は、発覚しにくいこと、一たび発生した場合の影響が大きいことなどから、重大な社会問題となりつつある。既に、コンピュータ先進国といわれるアメリカでは、人の生命の安全にかかわる事件まで発生するに至っている。また、カラー電子複写機を利用した通貨偽造事件等にみられるように、従来は高度な技術と熟練を必要としていた犯罪が、いともたやすく実行され得るようになってきている。
 第2の特徴は、経済社会の仕組みが多様化、複雑化し、すべての国民がその仕組みの中に組み込まれて生活しているということである。例えば、各種の保険は、国民に広く普及し、危険の分散、安定した生活の保障に欠かせないものとなっている。しかも、最近は、保険金額の高額化や保険の種類の多様化が顕著になってきている。しかし、これに伴い、保険が一度に多額の金を入手できる手段であることに目を付けた殺人、放火事件や多種多様の保険を利用した詐欺事件が多発している。また、キャッシュレス時代を反映してクレジット・カードを利用した詐欺事件も増加の一途をたどっている。
 第3の特徴は、都市化の著しい進展である。都市では、高層ビル、地下街等の建設が進み、人の目の及びにくい新たな死角が増加している。また、都市では、旧来の人間関係による束縛も少なく、自由な生活を営むことが可能となったが、反面、人間関係の希薄化により、そこに住む人々の疎外感を募らせるとともに、規範意識の低下をもたらした。これに伴い、都市の死角を利用した犯罪やいわれなき殺人事件が多発するようになった。また、金融機関のみならず、サラ金、スーパー・マーケットを対象とした強盗事件も目立ってきている。さらに、国民の生活様式の変化や享楽的な風潮を反映して、既存の風俗営業に加え、これに類似した新しい形態の営業が次々と出現し、このような営業に関連して、売春、猥褻(わいせつ)、賭博(とばく)等の犯罪が公然と行われるケースが目立っている。
 第4の特徴は、国際化の一層の進展である。我が国は世界でも有数の経済大国となり、各分野における国際交流も極めて盛んになってきている。これに伴い、日本人による国外犯や外国人による国内犯が多発しているが、最近は、特に、我が国が経済的に豊かであることに目を付けた国際的常習犯罪者による犯罪が目立っている。

 このような犯罪の質的変化は今後も一層顕著になっていくものと予想され、我が国の治安情勢は、楽観を許さない状況にある。したがって、現代社会の変化に根ざす犯罪の実態を的確に把握し、早期に、有効な諸施策を講じることが緊要の課題となっている。


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