第5章 生活の安全の確保と環境の浄化

1 覚せい剤、麻薬事犯の取締り

(1) 増加を続ける覚せい剤事犯
 昭和56年の覚せい剤事犯の検挙件数は3万6,397件、検挙人員は2万2,024人で、前年に比べ検挙件数は3,043件(9.1%)、検挙人員は2,103人(10.6%)それぞれ増加した。過去10年間の覚せい剤事犯の検挙状況は、図5-1のとおりである。
ア 大規模化、巧妙化する密輸入事犯
 56年の覚せい剤粉末の押収量は、140.6キログラムであった。押収された覚せい剤のうち、供給地の判明した102.8キログラムの内訳をみると、韓国からのものが74.4%、台湾からのものが25.6%であり、依然として韓国からのものが多いが、台湾からのものも急増している。また、30キログラム、25

図5-1 覚せい剤事犯の検挙状況(昭和47~56年)



キログラムという大量押収事案が相次いで検挙され、密輸入事犯の大規模化がうかがわれるとともに、その手口も正規の輸入手続をとったコンテナ貨物に隠匿したり、洋上で受渡しを行うなどの新たなものがみられ、その巧妙化が強まっている。
〔事例〕 都内の覚せい剤卸元グループが韓国の密造元や国内のいわゆる地下銀行組織と結託して覚せい剤を密輸入していることを突き止め、下関で陸揚げした覚せい剤を都内へ持ち込もうとした密輸入グループ3人を12月4日逮捕し、覚せい剤約30キログラムを押収した(警視庁)。
イ 広域化、悪質化する密売事犯
 海外から密輸入された覚せい剤は、何段階もの密売人を経て乱用者の手に渡るが、乱用者の増加に伴って、密売ルートもますます広域化している。最近では、九州の覚せい剤卸元が北海道や東北等の暴力団と結託し、短期間のうちに大量の覚せい剤を遠隔地で密売するといった例も多くみられる。また、密売手口も、マンション等の密売所に集音マイクやテレビカメラを設置したり、警察無線を傍受できる無線機を載せた自動車を使うなど、悪質化の度を深めている。
ウ 暴力団の介入
 56年の暴力団員による覚せい剤事犯の検挙件数は1万8,576件、検挙人員は1万935人で、前年に比べ検挙件数は1,234件(7.1%)、検挙人員は928人(9.3%)それぞれ増加した。過去10年間の暴力団員による覚せい剤事犯の検挙状況は、図5-2のとおりである。
 暴力団は、少量の取引で巨額の利益が得られる覚せい剤への執着をますます強め、組織系列の異なる暴力団とも取引をするまでに至っている。また、暴力団の首領や幹部の中には直接、密輸、密売に手を汚さず、下部組員等を操りながら密輸、密売ルートを支配して暴利を得ている者も少なくない。
〔事例〕 山口組系暴力団組長(48)は、資金繰りに窮した会社社長らに韓国から覚せい剤を密輸入させ、組幹部らに密売させていた。この事件で、8月25日までに同組長をはじめ関連被疑者54人を検挙し、覚せい剤約250グラム、ダイナマイト6本、改造けん銃1丁等を押収した(京都)。

図5-2 暴力団員による覚せい剤事犯の検挙状況(昭和47~56年)

エ 乱用の拡大
(ア) 地域的拡大
 46年ころには、覚せい剤の乱用は、西日本の一部にとどまっていたが、最近では、東北、北海道の農村、漁村、離島にまで及んでいる。46年と56年の人口10万人当たりの都道府県別覚せい剤事犯の検挙状況は、図5-3のとおりである。

図5-3 人口10万人当たりの都道府県別覚せい剤事犯の検挙状況(昭和46、56年)

(イ) 乱用少年の増加
 56年に覚せい剤事犯で検挙された少年は、全検挙者の11.7%に当たる2,575人で、前年に比べ544人(26.8%)増加しており、その増加率は、図5-4のとおり成人をはるかに上回っている。また、女子の占める割合が33.0%と、成人の女性の14.1%に比べ著しく高く、性非行と結び付く例が目立っている。
(2) 目立った覚せい剤乱用者による凶悪犯罪
 覚せい剤を乱用すると幻覚や妄想などの精神の障害が現れ、そのため、殺人、放火等の凶悪な犯罪や交通事故を引き起こすことにもなる。覚せい剤の薬理作用による犯罪では、他人に理由もなく危害を加える例が多く、覚せい剤が社会に及ぼす危険性は極めて大きい。
 また、覚せい剤は、一たび乱用を始めるとやめられなくなることから、その購入資金を得るため、借金を重ね、家財道具までも売り払うようになり、 その結果、家庭の崩壊を来すことが多い。さらには、購入資金が尽きると、強盗、窃盗等の犯罪を引き起こすこともある。
 昭和56年に発生した覚せい剤に係る事件、事故の発生状況は、表5-1のとおりであり、覚せい剤の乱用は大きな社会問題となっている。

図5-4 成人、少年別検挙人員の推移(昭和47~56年)

〔事例1〕 覚せい剤事犯の前歴を有する暴力団幹部(40)は、覚せい剤の乱用を続けていたため、妻が浮気をしているとの妄想を抱くようになり、妻を刺殺し、自分の子供や隣家の主婦等7人を人質にして知人宅に立てこもった。10月31日逮捕(静岡)
〔事例2〕 覚せい剤事犯の前歴を有する無職の男(25)は、10月ころから再び覚せい剤を乱用するようになり、仕事にも行かず、覚せい剤の購入資金を母親に無心して、渡さないと殴り掛かるなどの乱暴をするようになった。母親は、「このままでは他人に迷惑を掛けるかもしれない。」と将来を悲観し、11月24日、出刃包丁で息子を刺殺した(三重)。
(3) 覚せい剤対策の強化
ア 「覚せい剤問題を中心として緊急に実施すべき対策」の決定
 覚せい剤問題に対処するため、政府の薬物乱用対策推進本部においては、昭和56年4月、8年ぶりに「覚せい剤乱用対策実施要綱」を改正し、総合的な覚せい剤対策を推進した。その後、覚せい剤乱用者による通り魔事件等が多発したことから、7月、国民各層に対する啓発活動の推進、取締りの強化、アフターケアの充実等を柱とする「覚せい剤問題を中心として緊急に実施すべき対策」を決定した。警察では、関係省庁とともにその推進に努めている。
イ 取締りの強化

表5-1 覚せい剤に係る事件、事故の発生状況(昭和56年)

 警察では、覚せい剤事犯に対して、供給の遮断と需要の根絶という観点から、密輸入事犯の水際検挙、密輸、密売組織の壊滅、末端乱用者の徹底検挙を重点に、強力な取締りを実施している。
 密輸入事犯の水際検挙を徹底するために、税関、入管等関係機関との連携を強化するとともに、関係国の捜査機関との情報交換を積極的に行っている。
 また、広域にわたる密輸、密売組織に対応するため、薬物事犯捜査共助官の設置、登録事件制度の新設等を内容とする「覚せい剤・麻薬事犯広域捜査要綱」を制定し、都道府県警察が一体となって効果的な捜査を推進することとしている。
 さらに、末端乱用者に対しては、全警察活動を通じてその発見と検挙に努めているが、このうち、自傷他害のおそれのある覚せい剤の慢性中毒者については、精神衛生法に基づき保健所等への通報措置を行っている。56年は、365人について通報した。
ウ 乱用を拒絶する社会環境作り
 警察では、覚せい剤相談電話等で覚せい剤に関する悩みごとを受理し、その解決に努めるとともに、覚せい剤の恐ろしさについて国民一人一人の認識を深めるため、新聞、テレビをはじめ、ポスター、リーフレット、ミニ広報紙等により啓発活動を推進するなど、乱用を拒絶する社会環境作りに努めている。
エ 今後の課題
 覚せい剤取締法違反で検挙された者のうち、再犯者の占める割合は、表5-2のとおり増加傾向にあり、覚せい剤中毒者の増加がうかがわれる。覚せい剤事犯を根絶するためには、今後、覚せい剤中毒者に対する取締りの強化、啓発活動の推進と併せ、適切な医療措置等を一層充実させていかなければならない。

表5-2 覚せい剤取締法違反者の再犯状況(昭和52~56年)

 また、覚せい剤等の薬物中毒などによる精神の障害のため、重大な犯罪を犯した者については、現行刑法上刑罰をもって対処することができない場合が多く、再び重大な犯罪を犯すおそれがあっても、現行制度ではその防止の ための適切な措置をとることが困難な場合がある。
(4) 麻薬事犯の取締り
ア 麻薬事犯の概況
 昭和56年の麻薬事犯の検挙人員は1,413人で、前年に比べ122人(7.9%)減少した。過去10年間の麻薬事犯の検挙人員の推移は、図5-5のとおりである。また、最近5年間の麻薬の種類別押収状況は、表5-3のとおりである。

図5-5 麻薬事犯の検挙人員の推移(昭和47~56年)

イ 青少年による大麻乱用
 我が国で最も乱用されている麻薬は大麻であるが、56年に大麻事犯で検挙された者を年齢別にみると、25歳未満の者が52.6%を占めており、また、職業別にみると、芸能関係者や大学生が多い。
 大麻はマリファナパーティーと呼ばれる集まりで乱用されたり、海外旅行中に大麻吸煙を経験した者が病み付きとなり帰国後も吸煙を続ける事案が多い。大麻は、主として東南アジアから密輸入されたものであるが、国内で自

表5-3 麻薬の種類別押収状況(昭和52~56年)

生している大麻を採取したり、自宅で栽培したものもある。
ウ ヘロインの国際的不正流通
 ヘロインは、タイ、ビルマ、ラオス3国の国境地帯にある「黄金の三角地帯」で密造され、アメリカ、カナダ等へ密輸出されている。警察では、我が国が国際的なヘロイン流通の中継地として使用されたり、ヘロインが国内に持ち込まれないようにするため、税関、入管等の関係機関や外国の捜査機関等と緊密な連携を保っている。
〔事例〕 12月12日、タイから新東京国際空港に到着したタイ人(30)の所持品検査から香港に密輸する予定のヘロイン約2キログラムを発見し、逮捕した。このタイ人は、タイから直接香港に入国すると税関検査が厳しいので、我が国のようなヘロインに汚染されていない国を中継地として利用することにより、税関検査の目を逃れようとしたものであった(千葉)。

2 銃砲の管理と取締り

(1) 許可銃砲の現状と管理
ア 猟銃、空気銃の許可状況
 昭和56年12月末現在で都道府県公安委員会が許可している猟銃、空気銃 (以下「猟銃等」という。)は、猟銃が65万2,099丁、空気銃が7万225丁で、前年に比べ猟銃は4万4,135丁(6.3%)、空気銃は1万4,827丁(17.4%)それぞれ減少している。最近5年間の許可を受けた猟銃等の状況は、表5-4のとおりで、54年以降減少傾向にある。
 これは、銃砲を使用した凶悪犯罪が多発したため、55年に銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)を改正し、許可基準を強化したこと、眠り銃(注)や老朽銃などの譲渡、廃棄指導や不適格者の排除などを積極的に行ってきたこと、許可申請数が減少したことなどによるものである。
(注)眠り銃とは、所持許可を受けた猟銃等で、引き続き3年以上許可に係る用途に供していないと認められるものをいう。

表5-4 許可を受けた猟銃等の状況(昭和52~56年)

イ 猟銃等の盗難被害状況
 56年の猟銃等の盗難被害は48丁で、前年に比べ4丁(9.1%)増加した。最近5年間の盗難被害は、減少していたが、56年は増加に転じた。
 56年に盗難被害に遭った猟銃等のうち20丁は、保管庫に収納しないで放置している間に被害に遭ったものである。また、残りの28丁は、ほとんどが旧基準のガンロッカ-に保管していたり、施錠を忘れたりして被害に遭ったものである。
ウ 大幅に減少した猟銃事故
 56年の猟銃事故は、発生件数が161件、死傷者が170人で、前年に比べ発生 件数は63件(28.1%)、死傷者は72人(29.8%)それぞれ大幅に減少した。最近5年間の猟銃による事故の状況は、表5-5のとおりで、55年にいったん増加に転じたものの、56年は大幅に減少し、最近5年間で最低となった。

表5-5 猟銃による事故の状況(昭和52~56年)

エ 経験者講習会の実施
 猟銃等の事故防止を図るため、53年に銃刀法を一部改正し、猟銃等の許可の更新を受けようとする者に対しても、猟銃等の取扱いに関する講習会の受講を義務付けた。56年7月ころから全国の都道府県警察で経験者講習会を開催し、約15万人が受講した。
(2) 銃器使用犯罪等の状況
ア 銃器使用犯罪の検挙状況
 昭和56年の銃器使用犯罪の検挙件数は198件で、ほぼ前年並みとなっている。このうち、所持許可を受けた者が許可された猟銃等を使用した犯罪が27件発生しているが、その動機、原因をみると、異性関係や金銭貸借のもつれ、けんか等が多くみられる。最近5年間の銃器使用犯罪の状況は、表5-6のとおりである。
イ けん銃の取締り
 56年のけん銃(注)の押収数は960丁で、前年に比べ18丁(1.9%)増加し

表5-6 銃器使用犯罪の状況(昭和52~56年)

た。最近5年間のけん銃の押収状況は、表5-7のとおりで、52年以降減少傾向にあったが、56年はわずかながら増加に転じた。
(注) けん銃とは、古式けん銃、手製けん銃を除いた真正けん銃、改造けん銃をいう。

表5-7 けん銃の押収状況(昭和52~56年)

 押収したけん銃を種類別にみると、改造けん銃が減少を続けているのに対し、真正けん銃は53年以降増加傾向にある。これは、国内では改造しやすいモデルガンの入手が困難となっているため、暴力団が真正けん銃を手に入れ ようとしたためと思われる。
 また、56年のけん銃の密輸入事犯の検挙件数は21件、押収丁数は52丁であり、前年に比べ検挙件数は8件(27.6%)、押収丁数は31丁(37.3%)それぞれ減少した。
 密輸入の方法は、年々悪質化、巧妙化しており、56年は、カメラや動物のはく製の中に隠匿したり、木製テーブルの中をくりぬいて隠匿するなどの例がみられた。警察では、情報源の開拓、税関等関係機関との連携の強化、関係国の警察との捜査協力等により、水際検挙に努めている。

(3) 火薬類の取締り
ア 猟銃用火薬類等の状況
 猟銃用火薬類等には、実包、銃用雷管、原材料としての無煙火薬等がある。昭和56年の猟銃用火薬類等の譲渡、譲受け等の許可件数は12万2,597件で、前年に比べ9,598件(8.5%)増加した。
 また、猟銃用火薬類等に係る違反検挙件数は1,632件で、前年に比べ207件(11.3%)減少した。これを違反態様別にみると、実包の不法所持が868件で全体の53.2%を占め最も多く、次いで、実包の取扱者の制限違反、無許可譲渡(譲受け)等となっている。
イ 火薬類対策
 56年の火薬類盗難事件の発生件数は33件で、前年に比べ2件減少した。また、人の生命、身体、財産に害を加える目的で火薬類を使用した犯罪は、8件発生し、前年に比べ3件増加した。
 このような情勢の下で、火薬類を保管する場所に対して、56年は約17万件の立入検査を行い、保管管理の基準義務違反、帳簿の備付け義務違反等で 788件を検挙し、悪質な事犯については、都道府県知事に対して、火薬類の消費許可の取消処分等の措置を要請した。

3 悪化を続ける風俗環境への対応

(1) 風俗営業等の取締り

ア キャバレー、料理店等
 昭和56年12月末現在の風俗営業等取締法によって都道府県公安委員会の許可を受けているキャバレー、バー、料理店等の料飲関係営業の営業所数は10万7,827軒で、前年に比べ3,204軒(3.0%)減少した。最近5年間の料飲関係営業の営業所の状況は、表5-8のとおり漸減傾向にある。

表5-8 風俗営業(料飲関係営業)の営業所の状況(昭和52~56年)

 56年の料飲関係営業の検挙件数は4,989件で、前年に比べ1,249件(20.0%)減少した。違反態様別検挙状況は、図5-6のとおりで、卑わいな接待行為を売り物としているものが目立った。
 都道府県公安委員会は、このような違反に対して、許可の取消し、営業停止等の処分を行っているが、56年の処分件数は、取消し25件を含む3,169件となっている。
イ 増加を続ける深夜飲食店
 スナック、サパークラブ等の名称で午後11時以降も営業を行っている深夜飲食店は、風俗営業等取締法によって、営業場所、営業時間等の制限を受け ているが、56年12月末現在の営業所数は32万9,160軒で、前年に比べ1万9,586軒(6.3%)増加した。最近5年間の深夜飲食店営業の状況は、表5-9のとおりで、増加傾向にある。これを業種別にみると、スナック、サパークラブ等の風俗営業に類似した営業を営むものの増加が目立っている。

図5-6 風俗営業(料飲関係営業)の運反態様別検挙状況(昭和56年)

表5-9 深夜飲食店営業の状況(昭和52~56年)

 56年の深夜飲食店営業の検挙件数は7,968件で、前年に比べ1,300件(14.0%)減少した。違反態様別検挙状況は、図5-7のとおりで、年少者や外国人女性をホステスとして雇い入れ、客の接待をさせたり、ダンスをさせるなど、無許可風俗営業が目立っている。
〔事例〕 飲食店営業者(40)は、売上げを伸ばすため、観光ビザで入国した 外国人女性5人をホステスとして雇い入れ、客の接待をさせて無許可で風俗営業を営み、毎月約500万円に上る暴利を得ていた(神奈川)。

図5-7 深夜飲食店営業の違反態様別検挙状況(昭和56年)

 都道府県公安委員会は、このような違反をした業者に対して営業停止等の処分を行っているが、56年の処分件数は5,863件となっている。
ウ 遊技場営業等
(ア) 56年のまあじゃん、ぱちんこ等の遊技場営業所数は4万7,161軒で、前年に比べ1,299軒(2.7%)減少した。最近5年間の遊技場営業の営業所の状況は、表5-10のとおり漸減傾向にある。

表5-10 風俗営業(遊技場営業)の営業所の状況(昭和52~56年)

 56年の遊技場営業の検挙件数は1,061件で、前年に比べ221件(17.2%)減少した。違反態様別では時間外営業が725件(68.3%)と大半を占めている。このような違反に対する営業停止処分等は、取消し5件を含む670件となっている。
(イ) スロットマシン、ルーレット等の遊技機を設置したいわゆるメダルゲ ーム場の専業店は、56年10月末現在、1,977軒で、前年に比べ203軒(9.3%)減少した。これらの遊技場は風俗営業等取締法の遊技場営業の対象外であるため、遊技の結果に対しては賞品等を提供することはできない。しかし、これらの遊技は著しく射幸心をそそり、業者のなかには現金を提供したりするものも多くみられ、56年には、賭博(とばく)で490営業所を摘発し、2,513人を検挙するとともに、遊技機1,263台、賭(と)金約1億4,000万円を押収した。
(2) わいせつ、売春事犯の取締り
ア わいせつ事犯
 昭和56年のわいせつ事犯の検挙件数は2,536件、検挙人員は2,482人で、前年に比べ検挙件数は320件(14.4%)、検挙人員は322人(14.9%)それぞれ増加した。最近5年間のわいせつ事犯検挙状況は、表5-11のとおりである。

表5-11 わいせつ事犯検挙状況(昭和52~56年)

(ア) 全国にまん延したビニール本
 ヌード写真誌等の公刊出版物のなかで性を露骨に表現するものが増加しており、そのなかでも、いわゆるビニール本にその傾向が著しい。56年12月末におけるビニール本の販売店は4,090店(うち専業店907店)で、前年に比べ1,309店(47.1%)増加し、全国的な広がりを示した。また、ビニール本は、内容がますます露骨化し、わいせつと認められるものが増加している。
 このため、警察では、取締りを強化し、56年には427件、2,554誌を検挙し、約37万3,000冊を押収した。これは、前年に比べ件数で約5倍、誌数で約32倍、冊数で約5倍となっている。

〔事例〕 大手ビニール本業者は、取締りに備えて、製作部門、取次部門、  販売部門等にダミー会社を設立して営業し、月間販売部数約30万部、月商は約1億5,000万円の取扱いをしていたが、販売部門を猥褻(わいせつ)図画販売等で検挙した上、これを突破口とし、捜査を徹底し、親会社の役員を含め関係者21人を検挙した。この結果、同社を含め関連会社20数社が廃業した(警視庁)。
(イ) いわゆるノーパン喫茶店の出現
 女性の裸体を売り物とするいわゆるノーパン喫茶店は、56年初めごろより全国的な広がりをみせ、最盛期には約900軒となった。このような状況のなかで、ウェイトレスにダンスや接待をさせたり、あるいは全裸に近い状態で客に応対させたりするなど、その行為をエスカレートさせてきた。
 警察では、これらの行為を公然猥褻(わいせつ)、無許可風俗営業等で、204件、296人を検挙した。このような警察の取締りもあって、56年12月末には173軒と最盛期の約5分の1になった。
(ウ) 外国人女性が出演するストリップ劇場の増加
 ストリップ劇場における公然猥褻(わいせつ)事犯は、いわゆる本番ショー等の悪質なものが執ように繰り返され、56年には、93営業所を公然猥褻(わいせつ)で摘発した。公然猥褻(わいせつ)で検挙された踊り子217人のうち44人(20.3%)が外国人女性で占められており、近年、悪質芸能プロダクション、旅行代理業者等が外国人女性を観光ビザ等で入国させ、ストリップ劇場等にあっせんする事犯が目立っている。
イ 売春事犯
 56年の売春防止法違反の検挙件数は4,339件、検挙人員は2,242人、うち暴力団関係者は257人となっている。最近5年間の売春防止法違反の検挙状況は、表5-12のとおりである。
 売春事犯は年々多様化し、その手口も悪質化、巧妙化の傾向を深めているが、少年を被害者とする売春、暴力団の関与する売春が増加の傾向にある。
 売春の温床といわれるソープランドは、56年12月末現在1,632軒で、前年に比べ57軒(3.6%)増加した。警察は、こうしたソープランドにおける悪質な管理売春、資金等の提供について取締りを推進し、56年には売春事犯等で

表5-12 売春防止法違反の検挙状況(昭和52~56年)

107軒のソープランドを摘発した。
(3) 公営競技をめぐる犯罪
 公営競技(競馬、競輪、競艇、オートレース)を通じて行われたノミ行為の昭和56年の検挙件数は1,964件、検挙人員は7,635人で、最近5年間の検挙状況は、表5-13のとおりである。検挙人員に占める暴力団員の比率は53.7%で、胴元だけについてみると78.4%となっており、暴力団の介入が著しく、暴力団がこれら公営競技に係るノミ行為を格好の資金源としていることがうかがわれる。

表5-13 ノミ行為の検挙状況(昭和52~56年)

 また、八百長競馬等競技の公正を害する不正行為も依然として後を絶たず、56年には37件、41人を検挙している。
〔事例〕 暴力団組長(42)らは、組の活動資金を得るため、喫茶店営業者等  と結託して受付場所52箇所を設け、組織的なノミ行為を行い、3年間で約26億円を受け付け、約8億円の不法利益を上げていた。この事件で暴力団員30人を含む573人を検挙した(愛知)。

4 経済事犯の取締り

(1) 依然として多い詐欺的不動産事犯
ア 取締り状況
 昭和56年の不動産事犯の検挙件数は2,590件、検挙人員は2,406人で、前年に比べ検挙件数は91件(3.4%)、検挙人員は293人(10.9%)それぞれ減少した。最近5年間の不動産事犯の法令別検挙状況は、表5-14のとおりである。

表5-14 不動産事犯の法令別検挙状況(昭和52~56年)

イ 不良物件の詐欺的販売事犯の多発
 56年は、不動産業界の不況を反映して、不動産業者の強引な商法が目立ち、その結果、宅地建物取引業法の違反件数が1,225件と前年に比べ141件(13.0%)増加した。その違反態様も図5-8のとおり取引上の重要事項を故意に相手方に告げなかったり、不実のことを告げたりする重要事項不告知等の業務上禁止事項が326件と前年に比べ67件(25.9%)増加した。

図5-8 宅建業法違反の態様別検挙状況(昭和56年)

 また、広域的に活動する不動産ブローカーの無免許営業事犯等が多発し、業者の要求により全国を渡り歩き、歩合制で不良物件を売り付けるいわゆる渡り鳥セールスマンが暗躍するなど組織的、広域的な事犯が目立った。
〔事例〕 知人の名義を借りて架空法人を設立した上、宅地建物取引業免許 を不正取得した業者が、抵当権が設定され、かつ、市街化調整区域で住宅が建てられない土地であるのに、これらの事実を隠し、客4人に土地約1,000平方メートル、建物1棟を売り付け、現金780万円、約束手形30通(328万円相当)をだまし取っていた事犯を詐欺等で検挙した(鹿児島)。
(2) 巧妙化、悪質化する高金利事犯
ア 取締り状況
 昭和56年の金融事犯の検挙件数は788件で、前年に比べ49件(5.9%)減少した。最近5年間の金融事犯の検挙状況は、図5-9のとおりである。

図5-9 金融事犯の検挙状況(昭和52~56年)

イ 高金利事犯の多様化と暴力的取立て
 一部の悪質業者は、多種多様な手口による高金利と手段を選ばない過酷な取立てにより不当な利益を得ている。すなわち「トイチ」(注1)、「節一」(注2)等の高金利を取るもののほか、種々の名目でみなし利息を取ったり、複雑な金利計算により客を欺くなど手口が多様化している。
 貸付けに際しては、取立てを確実にするために客の自宅のかぎを預ったり、顔写真を撮影するなど、心理的な圧力を加えるものがみられた。また、取立 てに際しても、暴力団組織を背景とするものが多くみられた。
 56年11月に実施した「金融事犯等取締り強化月間」中に検挙した高金利事犯の被害者1,482人について調査したところ、そのうち471人(31.8%)が早朝や深夜に訪問されるなど何らかの形で不当な取立てを受けており、その状況は、図5-10のとおりである。

図5-10 高金利事犯の取立てに伴う不当行為等の実態(昭和56年)

(注1)「トイチ」とは、10日で1割という高利の利息をいう。
(注2)「節一」とは、一節すなわち、4、5日で1割の利息をいい、主として競輪場等の客を対象として行われるものである。
(3) 悪質化が進む国際経済事犯
 昭和56年の国際経済事犯(注)の検挙件数は、55年12月に外国為替及び外国貿易管理法(以下「外為法」という。)が大改正され、対外取引の規制が緩和されたことから大幅に減少した。
 しかし、検挙事犯の内容をみると組織的、計画的事犯が増加し、その手口も信用状決済システムの悪用、原産地証明書の偽造等にみられるように巧妙化、悪質化の傾向を強めた。最近5年間の国際経済事犯の検挙状況は、表5-15のとおりである。
(注) 国際経済事犯とは、外為法、関税法違反をいう。
〔事例〕 韓国最大の総合商社の在日子会社は利権屋グループとともに、輪入量が規制されている中国産絹織物を不正に輸入して暴利を得ようと企て、原産地証明書を偽造するなどして200万平方メートルに及ぶ中国産絹織物(国内販売価格約16億円)をスペイン産等と偽って輸入した。この事件で3法人8人を外為法、関税法違反で検挙した(警視庁)。

表5-15 国際経済事犯の検挙状況(昭和52~56年)

(4) その他の経済事犯
 昭和56年には、人工宝石販売員募集を仮装したいわゆるネズミ講の摘発が社会的に注目された。
 ネズミ講は、無限連鎖講の防止に関する法律の施行に伴い、警察の取締り等により壊滅したが、55年半ばころから人工宝石の販売員の拡大を名目とした組織が九州に現れ、全国に広がった。警察では、同組織の販売員の増加と販売コミッション名目の金銭配当の仕組みが無限連鎖講に該当すると判断し、56年7月以降関係府県が捜査を進め、4組織を摘発して、組織の代表者等28人を無限連鎖講の防止に関する法律違反で逮捕し、組織を壊滅させた。
 検挙した4組織の加入者は約2万3,000人で、出資金の総額は約90億円に上った。

5 公害事犯の取締り

(1) 公害事犯の取締り
ア 公害事犯の検挙状況
 昭和56年の公害事犯の検挙件数は5,374件で、水質汚濁防止法違反が315件、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)違反が4,702件等となっている。過去10年間の公害事犯の法令別検挙状況は、図5-11のとおりである。
イ 水質汚濁事犯
 警察は、水質汚濁事犯について計画的な取締りを行い、公共用水域等を直

図5-11 公害事犯の法令別検挙状況(昭和47~56年)

接汚染する排水基準違反(注)で219件を検挙した。違反企業を業種別にみると、食料品製造業が59件(26.9%)、金属製品等製造業が54件(24.7%)と圧倒的に多く、この2業種で全体の過半数を占めており、以下セメント製品等製造業、繊維工業の順となっている。また、検挙された工場等の83.6%は、資本金5,000万円未満の企業である。
 排水基準違反の内容をみると、警察の取締りや行政機関の監視を免れるため、隠し排水口を設けて排出するものや、排出水の量を故意に少なく届け出るもの等悪質な事犯が依然として多く、また、夜間や早朝を見計らって汚水を排出する事犯、地方自治体の管理する施設等が汚水を垂れ流す事犯等が目立った。
(注)排水基準違反とは、水質汚濁防止法、下水道法、鉱山保安法、公害防止条例に定められた排水(排除)基準に違反して汚水を排出する行為をいう。
〔事例〕 小麦でん粉製造会社が、処理施設の機能低下等から排水基準を超える汚水を排出したことに対し、行政機関から再三にわたり処理施設の改善勧告を受けていたにもかかわらず、施設の改善費等を節減するため、貯水槽にタイムスイッチによる自動放流装置を設け、夜間、隠し排水管から排水基準の約78倍に上る未処理汚水を一級河川に排出していた(兵庫)。
ウ 廃棄物事犯
 56年の廃棄物処理法違反の検挙状況は、表5-16のとおりで、廃棄物の不法投棄事犯が全体の約4分の3を占めている。

表5-16 廃棄物処理法違反の検挙状況(昭和56年)

 不法投棄等(不法投棄のほか、無許可の埋立て等を含む。)された産業廃棄物の総量は約46万9,000トンで、その種別、場所別状況は図5-12のとおりである。
 また、不法投棄等された産業廃棄物の排出源を業種別にみると、建設業が最も多く全体の約3分の2を占め、次いで鉄鋼業、セメント製品等製造業となっている。
 警察ではこれら不法投棄者又は事業者を通じて原状回復の指導に努めているが、1箇所に10トン以上の産業廃棄物が不法投棄等された場所のうち、原状回復が必要な251箇所について検挙後の原状回復の状況をみると、その約85%について回復措置がとられており、そのうち約80%は警察の指導によるものである。

図5-12 不法投棄等された産業廃棄物の種別、場所別状況(昭和56年)

〔事例〕 下水道建設工事に伴って生じた汚泥の処理委託を受けた無許可の産業廃棄物処理業者が、従業員に対し、奨励金を支給して約 2,000トンの汚泥を公共用地や空き地等へ不法投棄させ、処理経費を節減していた。11月18日廃棄物処理法違反で逮捕(千葉)
(2) 公害苦情の処理
ア 増加を続ける公害苦情
 昭和56年に警察が受理した公害苦情は4万4,145件で、前年に比べ2,285件(5.5%)増加した。受理件数の約93%が騒音に関する苦情であった。受理した苦情に対しては、事案の内容に応じて、話合いのあっせん、警告、検挙、他機関への通報等を行って苦情の解決に努めている。
イ 騒音苦情の実態
 56年に受理した騒音苦情は、4万1,166件で前年に比べ2,826件(7.4%)増加した。このうち、2月と8月に受理した騒音苦情7,181件について実態を調査した結果は、表5-17のとおりで、飲食店等における楽器音、カラオケ音等の音響機器音が最も多い。

表5-17 騒音苦情の態様別、発生場所別状況(昭和56年)

6 保健衛生事犯の取締り

(1) 医事関係事犯
 昭和56年の医事関係事犯の検挙件数は231件で、前年に比べ92件(66.2%)増加した。これを法令別にみると、「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」違反が最も多く、以下医師法違反、「診療放射線技師及び診療エックス線技師法」違反の順となっている。
 これらの事犯の内容をみると、無資格者によるものが多く、主なものとしては、医師でない者が会社、学校、事業所等を訪問して集団検診を実施していた事犯、歯科技工士が歯科技工法の改正等を掲げ組織的に無免許歯科医業を行っていた事犯、病院等において事務員や運転手等をレントゲン照射業務に、賄い婦等を看護婦業務に従事させていた事犯等が挙げられる。
(2) 薬事、食品衛生関係事犯
 昭和56年の薬事、食品衛生関係事犯の検挙件数は714件で、前年に比べ182件(34.2%)増加した。これを法令別にみると、薬事法違反と食品衛生法違反がほとんどを占めている。
 これらの事犯の内容をみると、いわゆる健康食品を医薬品として販売していた事犯、薬局が睡眠薬等の要指示医薬品を不法に販売していた事犯、食肉加工業者が食用にすることを禁止されている病死牛肉を広域にわたって食用として市販していた事犯等がある。
 また、毒物又は劇物に係る犯罪や国民の健康に対する危害等を未然に防止する観点から、これら毒物、劇物関係事犯の取締りを行った結果、56年は、毒物及び劇物取締法違反で2万5,086件を検挙した。このうち99.3%はシンナー等に関する事犯であった。

7 危険物対策の推進

(1) 放射性物質等の安全輸送対策の推進
 昭和56年に、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」に基づき都道府県公安委員会へ届出をして行われた核燃料物質等の運搬件数は305件で、前年に比べ34件(11.1%)増加した。また、「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」の一部改正により、一定数量以上の放射性同位元素等を運搬する場合には、事業者等が都道府県公安委員会へ届け出ることが義務付けられ、56年7月から実施されたが、同年の運搬届出件数は13件であった。警察は、安全輸送対策を強力に推進し、放射性物質等の運搬中の事故防止には万全を期している。
(2) 高圧ガス、消防危険物等による事故の防止
 昭和56年の高圧ガス、消防危険物等による事故の発生件数は1,367件、死者は510人で、前年に比べ発生件数は260件(16.0%)、死者は140人(21.5%)それぞれ減少した。
 また、高圧ガス取締法、「液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律」、消防法等の危険物関係法令違反の検挙件数は1,651件で、前年に比べ177件(12.0%)増加した。11月の危険物運搬車両の全国一斉の指導取締り月間には、関係行政機関との連携の下に、約1万7,400台の車両を検査し、350件の違反を検挙した。


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