第10章 犯罪被害給付制度の成立

 昭和49年の三菱重工ビル爆破事件以来その創設が懸案となっていた犯罪被害給付制度は、犯罪被害者等給付金支給法の施行により、56年1月1日から実施されることとなった。
 この制度は、通り魔殺人等の故意の犯罪行為により殺された者の遺族や、身体に重大な障害を負わされた被害者に対して、社会の連帯共助の精神に基づき、国が犯罪被害者等給付金(以下「給付金」という。)を支給し、その精神的・経済的安定を図ろうとするものである。
 警察は、関係法令の制定作業を進めるとともに、国民への広報、部内職員に対する指導、教養等を行い、この制度が円滑に実施されるように準備してきた。今後も引き続き制度に習熟した職員の育成を図り、個々の事案について慎重な検討を進めるなど、この制度の適正かつ公正な運用に努めることとしている。

1 制度の概要

(1) 支給の対象となる犯罪と被害
 この制度は、犯罪行為により一定の被害が生じた場合に給付金を支給するものである。
ア 支給の対象となる犯罪-「犯罪行為」
 「犯罪行為」とは、殺人、強盗致死傷、現住建造物放火等の人の生命又は身体を害する罪に当たる行為である。精神障害者や14歳未満の少年等の刑事責任能力のない者による行為もこれに含まれるが、過失による行為は含まれない。
イ 支給の対象となる被害-「犯罪被害」
 「犯罪被害」とは、犯罪行為による死亡又は「重障害」である。「重障害」 とは、犯罪行為により受けた負傷又は疾病が治ったとき(その症状が固定したときを含む。)における身体上の障害で、例えば、両眼の失明、両腕の切断、両足の機能喪失等その被害の程度が労働基準法等の災害補償関係法令において死亡と同程度又はそれ以上と考えられている第1級から第3級までの身体障害と同様のものである。
(2) 給付金の支給
ア 給付金の種類
 給付金には、遺族給付金と障害給付金の2種類があり、遺族給付金は死亡した被害者の遺族に、障害給付金は重障害を受けた被害者にそれぞれ一時金として支給される。
イ 遺族給付金の支給を受けることができる遺族
 遺族給付金は、次に掲げる遺族のうち、下記の順序([2]、[3]については、それぞれに掲げる順序)に従い、第1順位となる遺族に対してのみ支給される。
[1] 被害者の配偶者(内縁関係にある者を含む。)
[2] 被害者の収入によって生計を維持していた被害者の子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹
[3] [2]に該当しない被害者の子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹
ウ 給付金の額
 給付金の額は、被害者の賃金、給与等その勤労による収入を基礎として算定した給付基礎額に、遺族給付金の場合には被害者によって生計を維持されていた遺族の有無に応じて、また、障害給付金の場合には障害の程度に応じて、それぞれ定められた一定の倍数を乗じて算定される。
 なお、給付基礎額には、年齢階層別に最高額と最低額が定められており、支給される給付金の額には一定の限度があるが、幼児や家庭の主婦等勤労による収入が全くない者にも最低額が支給されることとなっている。
 具体的な給付金の額は、遺族給付金の場合最高約800万円、最低220万円であり、障害給付金の場合最高約950万円、最低約260万円である。
(3) 給付金の全部又は一部が支給されない場合
 犯罪被害を受けた事情を考慮して、一定の場合には、給付金の全部又は一部が支給されないことがある。
ア 給付金の全部が支給されない場合
 次のような場合には、原則として、給付金の全部が支給されない。
○ 犯罪行為が、夫婦、直系血族、3親等内の親族又は同居の親族の間で行われたとき。
○ 被害者が凶器を所持して先制攻撃を加えたときなど、被害者に過度の暴行又は脅迫、重大な侮辱等の犯罪行為を誘発する行為があったとき。
○ 覚せい剤取引のトラブルや盗品の山分けをめぐる仲間割れによる犯罪被害等被害者に犯罪行為に関連する著しく不正な行為があったとき。
○ 暴力団の対立抗争や極左暴力集団の内ゲバによる殺人等被害者が暴力団又は極左暴力集団等の構成員であったために犯罪被害を受けたとき。
イ 給付金の一部が支給されない場合
次のような場合には、原則として、給付金の一部が支給されない。
○ 犯罪行為が、親族(夫婦、直系血族、3親等内の親族、同居の親族を除く。)の間で行われたとき。
○ 被害者に、暴行、脅迫、侮辱等の犯罪行為を誘発する行為があったとき。
○ 被害者に犯罪被害を受ける原因となった不注意又は不適切な行為があったとき。
○ 被害者と加害者との間に、同居、同一職場における勤務等による密接な関係があったとき。
(4) 他の法令による給付、損害賠償との調整
 犯罪被害について、労働者災害補償保険法による遺族補償年金等他の法令による給付を受けられる場合には、原則として給付金は支給されない。また、被害者又は遺族が損害賠償を受けたときは、受けた損害賠償額が給付金の額より少ない場合に限り、その差額が支給される。なお、被害者が任意に加入した生命保険との調整は行われない。
(5) 給付金の支給を受ける手続
 給付金の支給を受ける手続は、図10-1のとおりである。申請者は、住所地を管轄する都道府県公安委員会に申請書を提出し、その裁定を受けた後、支給されることとなった給付金の支払を国に請求することとなる。
 なお、裁定に不服のあるときは、国家公安委員会に対して審査請求をすることができる。
(6) 仮給付金の支給
 裁定の申請があった場合、例えば、犯人が不明であったり、被害者の障害の程度が明らかでないなどのため、速やかに裁定できないときは、申請者に対し一定の額を限度として仮給付金が支給されることがある。

図10-1 犯罪被害給付制度の仕組み

2 諸外国の制度との比較

 現在、イギリス、アメリカ、西ドイツ、フランス等9箇国、34州においてこの種の制度が実施されているが、これら諸外国の制度と比べた場合、我が国の制度の特色として、次の点を挙げることができる。
 第1に、諸外国においても、給付の対象となる被害を死亡又は傷害に限定している国又は州がほとんどであるが、これらの制度は、主として傷害を受けた場合の救済を主眼としており、死亡又は傷害による経済的(金銭的)損失を回復することに給付の目的がある。
 これに対して我が国の制度は、死亡被害の救済を主眼とするものであり、経済的損失ではなく、むしろ精神的な打撃を回復することに給付の主たる目的がある。
 第2に、被害者が死亡した場合、諸外国のほとんどでは、給付を受けることができる遺族は被害者に扶養されていた者に限られているが、我が国の制度においては、遺族の順位や給付金の額を決めるに当たり生計維持の状況を考慮はするが、必ずしも被害者に扶養されていた者に限られるわけではない。

3 財団法人の設立準備

 警察は、犯罪被害者に対する総合的な救済施策を推進するという観点から、また、犯罪被害者等給付金支給法の制定に際して、衆、参両議院の地方行政委員会において、犯罪被害を受けた者とその遺児に対して、別途、奨学金制度等の救済措置の実現に努めるべきである旨の附帯決議が行われたことなども考慮し、犯罪被害遺児等の育英事業等を行う財団法人の設立準備に協力し、その実現に努めている。


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