第9章 災害、事故と警察活動

1 災害警備活動

(1) 大災害対策の推進
ア 大震災対策
 昭和55年、警察では、東海地震対策のほか、南関東をはじめ過去に大地震が発生した地域を中心に、大震災対策の強化を図った。警察庁においては、2月、「国家公安委員会・警察庁防災業務計画」を修正し、東海地震に対する地震防災応急対策等を盛り込んだほか、関係都県警察においても、避難誘導、交通対策、広報等の各種計画を含む大震災警備計画の策定等を行った。
イ 原子力発電所等周辺防災対策
 昭和55年、警察では、54年7月の中央防災会議決定に基づき、原子力防災に関する災害警備計画等の整備を行った。また、55年6月には、警察庁も参画する原子力発電所等周辺防災対策専門部会において、原発等周辺の防災対策に関する報告書がまとめられたことに伴い、関係県警察では、関係機関と共同して既存の原子力防災計画の見直しを行い、対策の強化を図った。
ウ 地下街等における特殊災害対策
 昭和55年8月、静岡県静岡駅前ゴールデン街においてガス漏れによる事故が発生し、死者15人、重軽傷者222人に上る被害が生じた。警察では、関係機関等と協議の上、地下街におけるガス保安体制、保安設備の現状、特に、ガス漏れ防止対策の実施状況のは握に努めるとともに、地下街災害が発生した場合の初動措置要領についても再点検を行い、実態に即した地下街災害対策の推進に努めた。
エ 大災害警備訓練の実施
 警察は、防災の日の9月1日、東海、南関東を中心とした大掛かりな「大震災対策総合警備訓練」を実施した。
 この訓練は、大規模地震対策特別措置法に基づき、中央防災会議の訓練の一つとして実施したもので、警察庁、関係管区警察局、地震防災対策強化地域とその周辺の10都県警察では、それぞれ訓練地震災害警戒警備本部が設置され、警察職員約9万人、地域住民延べ約324万人が参加して行われた。
 警察庁においては、地震予知情報の受理・伝達等の訓練を中心として、特に、ヘリコプターが空中撮影したテレビ画像等を、実験用静止通信衛星「さくら」を使って送信する訓練を行った。
 また、警視庁、静岡をはじめ訓練参加の各都県警察においては、情報の受理・伝達、交通対策、避難対策、緊急輸送、救出、救護等の各種訓練を実施した。特に、警視庁と静岡県警察においては、一般道路における車両の走行速度を毎時20キロメートル以下に落とす低速走行訓練を行った。この訓練は、先に修正された「国家公安委員会・警察庁防災業務計画」のなかで、「運転者の執るべき措置」として新たに警戒宣言発令時に車のスピードを落とすことなどが付け加えられたことに伴い、その内容を広く運転者等に周知徹底させるため実施したものである。

 このほか、全国の51都道府県(方面)警察では、関係機関と協力して地震、台風、石油コンビナート、地下街災害等を想定した大災害警備訓練を行った。
 昭和55年における大災害警備訓練に参加した警察職員は延べ約11万人、地域住民等は延べ約367万人に上った。
(2) 自然災害と警察活動
 昭和55年における主な自然災害は、伊豆半島東方沖群発地震による災害(6月)、九州地方を中心とした前線豪雨による災害(8月)、台風第13号による災害(9月)、千葉県中部の地震による災害(9月)であった。これらによる被害を含め、1年間に発生した被害は、

死者・行方不明者 114人
負傷者 413人
家屋全(半)壊・流失 466むね
床上浸水 1万524むね
床下浸水 6万3,085むね

で、このため、1万2,120世帯、4万963人が被災した。
 これらの災害に際して、全国で警察官延べ約5万人が出動した。
ア 伊豆半島東方沖群発地震による災害
 伊豆半島東方沖を震源地とし、6月24日から始まった群発地震は、7月2日までの間に延べ174回の有感地震を記録した。特に、6月29日午後4時20分ごろには、伊豆半島近海のごく浅い地点を震源とするマグニチュード6.7の地震が発生し、大島、網代で震度5(強震)を記録した。
 この地震により、静岡、神奈川両県で負傷者8人、住家の損壊18むね、屋根がわらの破損512むね等の被害が発生した。警察は、警察官延べ約2,500人を動員して各種災害警備活動を行い、被害の拡大防止に努めた。
イ 九州地方を中心とした前線豪雨による災害
 8月29日ごろ、九州北部に停滞していた前線の活動が活発となり、九州の中・北部を中心に、中国、東北、北海道地方に300ミリを超える集中豪雨をもたらした。
 この大雨により、19道府県で死者・行方不明者26人、負傷者43人、住家全(半)壊144むね、住家浸水2万9,524むね等の被害が発生した。警察では、警察官延べ約1万人を動員して死傷者等の捜索、救出、救護をはじめ、被害の拡大防止に努めた。特に、佐賀県警察では、1,600世帯が孤立したため、直ちに県機動隊等120人を現地に派遣し、警察舟艇等を活用して孤立者、病人等約260人を救出、避難させた。

ウ 台風第13号による災害
 9月11日、鹿児島県大隅半島に上陸した台風第13号は、日本列島の南岸に停滞していた秋雨前線を刺激して、四国、関東地方を中心とした地域に強い雨を降らせた。
 これによる被害は、29都県で死者10人、負傷者72人、住家全(半)壊13むね、住家浸水4,208むね等に上った。警察では、警察官延べ約3,500人を動員し、危険箇所の警戒、交通規制等を行って、被害の拡大防止に努めた。
エ 千葉県中部の地震による災害
 9月25日未明、首都圏を中心に東海地方から東北にかけて、3時間の間に5回の有感地震が発生した。震源地はいずれも千葉県中部で、特に、午前2時55分に発生した地震は、震源の深さ70キロメートル、マグニチュード6.1の規模で、東京、千葉、栃木、神奈川、埼玉の各都県において震度4(中震)を記録した。
 この地震により、4都県で死者2人、負傷者73人等の被害が発生したほか、首都圏の国鉄ダイヤ等も大幅に乱れ、国電等の運休が続出したため、通勤時の足が混乱した。警察では、直ちに被害状況のは握に努めるとともに、負傷者の救護、駅頭等における雑踏整理、広報等所要の災害警備活動を行い、混乱防止等に努めた。

2 雑踏警備活動

(1) 一般雑踏警備活動の現状
 昭和55年に警察官が出動して雑踏整理に当たった行楽地や催物への人出は、延べ約6億1,050万人に上り、ほぼ前年並みであった。なかでも、正月三が日における著名な神社、寺院への参拝者は約6,640万人、ゴールデンウィークにおける催物等への人出は約6,090万人に達した。55年の雑踏による事故は、サッカー競技会や歌謡ショー等に伴って3件発生し、負傷者は15人であった。
 警察では、催物、スポーツ、レジャーの実態をは握するとともに、主催者等関係者に対し、自主警備員の確保、危険箇所の整備、改善等必要な措置を執らせるほか、要所に警察官を配置し警戒を強化するなど事故の未然防止に努めている。また、混雑する場所でのスリや小暴力事犯等の取締りのほか、救護所を設置して、迷い子や急病人の保護に当たっている。55年には、延べ

表9-1 雑踏警備実施状況(昭和51~55年)

約67万人の警察官を出動させて警備に当たった。最近5年間の雑踏警備実施状況は、表9-1のとおりである。
(2) 公営競技場をめぐる紛争事案と警備活動
 競輪、競馬等の公営競技場は、全国で117箇所あり、昭和55年の入場者数は約1億2,870万人に上り、前年に比べわずかに減少した。公営競技場への入場者は、49年をピークに年々減少しているが、紛争事案は近年増加の兆しをみせており、55年には、関東地方の公営競技場に集中して8件発生した。その原因は、ほとんどが車券の誤発売等施行者側の不手際によるものや、判定を不満とするものであった。
 警察では、公営競技関係者との連絡を密にして、競技の適正な運営、自主警備体制の確立、施設の整備、改善等について指導するなど、紛争事案の未然防止に努めるとともに、紛争事案や雑踏事故防止のため、警察官を出動させている。55年には、延べ約20万人を出動させて警戒、警備に当たった。最近5年間の公営競技場警備実施状況は、表9-2のとおりである。

表9-2 公営競技場警備実施状況(昭和51~55年)

〔事例〕 2月、京王閣競輪場において、本命と目された選手が着外となったことから、観衆約500人が「八百長だ。」と騒ぎ出し、場内の窓ガラスを壊したり、机や新聞紙等に火を放ったりした。警察では、警察官500人を出動させてその鎮圧に当たるとともに、公務執行妨害、放火未遂で2人を検挙した(警視庁)。

3 各種事故と警察活動

(1) 水難
ア 水難事故発生の概況
 昭和55年の水難事故は、発生件数3,775件、死者・行方不明者2,426人で、前年に比べ発生件数で173件、死者・行方不明者で218人それぞれ減少し、いずれも過去10年間の最低となった。最近5年間の水難事故発生状況は、表9-3のとおりである。

表9-3 水難事故発生状況(昭和51~55年)

(ア) 減少した海の水死者
 水の犠牲者が多い場所は、図9-1のとおりで、特に、海での水死者は、前年に比べ141人の大幅な減少を示した。
(イ) 多い魚釣り中の事故
 水の犠牲者を行為別にみると、図9-2のとおりで、魚釣り中の事故が多発した。これは、最近の釣りブームの高まりに伴い、無謀な磯釣りをする者や、技術が未熟な愛好者が増えたためで、磯釣り中に高波にさらわれたり、釣り船から転落するケースが多い。
(ウ) 冷夏で水死者減少
 昭和55年の夏季(6~8月)の水の犠牲者は1,060人で、前年に比べ177人減少した。これは、全国的に不順な天候が続いて異常な冷夏となったことが影響したためとみられる。最近5年間の夏季における水の犠牲者の推移は、表9-4のとおりである。
(エ) 依然として多い子供の水死事故
 水の犠牲者を年齢層別にみると、表9-5のとおりで、全般に減少したが、幼児、小学生が全体の約38パーセントと高い比率を占めている。

図9-1 発生場所別水死者数(昭和55年)

図9-2 為別水死者数(昭和55年)

表9-4 夏季における水の犠牲者の推移(昭和51~55年)

表9-5 年齢層別水死者の状況(昭和54、55年)

イ 水難事故防止活動
 警察では、水難事故を防止するため、事故の発生しやすい危険な場所の実態を調査した上、その所有者、管理者や関係機関、団体に対し、危険区域の設定、標識の設置、安全施設の補修、整備等を促進するよう働き掛けている。また、巡回連絡、座談会等の機会を利用したり、関係機関、団体の協力を求めて幅広い広報活動を推進し、地域住民や小学校、幼稚園に対し、注意を呼び掛けている。
 海水浴の事故防止については、海水浴場等の管理者に対して、常時監視体制を確立するよう働き掛けるとともに、警察官の救助技術の向上と救助用装備資器材の整備に努めているほか、関係機関、団体と協力して母親等を対象に救助方法の講習会等を行っている。また、主要な海水浴場に臨時警察官派出所を設置し、海浜パトロールを行うほか、警備艇による海上パトロールやヘリコプターによる監視を行うなど、陸、海、空の連携による諸活動を推進している。
(2) 山岳遭難
ア 遭難事故の発生状況
 昭和55年の山岳遭難事故の発生件数は476件、遭難者数は709人で、前年に比べ発生件数で98件(17.1%)、遭難者数で17人(2.3%)それぞれ減少した。最近5年間の発生状況は、表9-6のとおりである。

表9-6 山岳遭難事故発生状況(昭和51~55年)

 55年の遭難事故の特徴は、富士山における大規模な落石事故や年末の例年にない豪雪による遭難の多発等、多数の死者・行方不明者、負傷者を伴う事故の発生が目立った。
 また、登山者としての基本的な心構えが欠如している者の遭難が依然として後を絶たない。55年に遭難した476パーティの山岳会加入の有無と登山計画書の提出状況をみると、加入し提出のあったパーティの遭難が81件(全遭難事故の17.0%)であるのに比べ、未加入で未提出のパーティによる遭難は275件(57.8%)にも上っている。
イ 遭難事故防止活動
 山岳遭難事故の発生は、気象の急変や雪崩、落石等自然現象によることが多いが、近年における登山の大衆化傾向が、必要な知識、技術、装備、計画等に乏しい無謀な登山者の増加を招いており、これが毎年悲惨な遭難事故を多発させる大きな要因となっている。
 このため警察では、毎年、山岳遭難事故防止対策検討会を開催し、具体的対策の検討を行っている。特に、登山者の多い年末年始、春の連休、夏休み等の前には、山岳情報、遭難事故防止心得、事故防止対策協力依頼書等の広

報資料を作成して、各都道府県、山岳関係団体、登山者等に送付するほか、テレビ、ラジオ、山岳雑誌等を通じて遭難事故の実態と安全登山の心構えについて訴えるなど、遭難事故の未然防止に努めている。
 また、主要山岳を管轄する警察では、山岳遭難救助隊等を組織するとともに、関係機関、団体と協力して、危険箇所の調査や道標、警告板の点検、整備を図っている。各登山シーズンには、登山口等に臨時警備派出所や登山指導センターを開設し、山岳情報の提供、登山計画書、装備等の点検、指導、山岳パトロールによる指導警告等の活動を推進している。
ウ 遭難者の救助活動
 昭和55年に山岳遭難救助のために出動した警察官は、延べ約5,500人に上り、民間救助隊員等との協力によるものを含め、遭難者491人を救助したほか、遺体133体を収容した。
〔事例〕 8月中旬、富士山の8合目から7合目にかけての砂走りを下山中の登山者らは、9合目久須志(くすし)岳から崩落し吉田大沢砂走りを転げ落ちてきた約50個の岩石の直撃を受け、12人が死亡、31人が重軽傷を負った。山梨県警では、警察官170人を動員し、関係機関、団体と協力して負傷者の救出、登山者の避難、誘導等に当たった(山梨)。
(3) 火災
 昭和55年の警察が出動した火災の発生件数は2万4,388件、死傷者数は3,081人で、前年に比べ発生件数は730件(2.9%)、死傷者数は147人(4.6%)それぞれ減少した。最近5年間の発生状況は、表9-7のとおりである。

表9-7 火災発生状況(昭和51~55年)

(4) 爆発事故
 昭和55年のガスや火薬類による爆発事故の発生件数は425件、死傷者数は976人で、前年に比べ発生件数は27件(6.0%)減少したが、死傷者数では65人(7.1%)増加した。これは、静岡駅前ゴールデン街におけるガス漏れ爆発事故によるものである。最近5年間の発生状況は、表9-8のとおりである。

表9-8 爆発事故発生状況(昭和51~55年)

(5) 船舶事故
 昭和55年の警察が取り扱った船舶事故の発生件数は113件、死傷者数は157人で、前年に比べ発生件数は57件(101.8%)、死傷者数は67人(74.7%)の大幅な増加を示している。特に、死者・行方不明者数は、ここ5年間では最高となった。これは、強風や波浪等による漁船の転覆遭難や釣りブームを反映した釣り船の転覆等が多発したことによるものである。最近5年間の発生状況は、表9-9のとおりである。

表9-9 船舶事故発生状況(昭和51~55年)

(6) その他の事故
 昭和55年は、毒へび、ライオン、大型犬等飼育動物が逃げたり人をかむなどの事故の発生が目立った。なかでも、宮崎県において発生したコブラ逸走事件は、公共施設や住宅に近接する場所で発生し、地域住民に大きな不安を与えた。このため警察では、7箇月間にわたり約3,000人の警察官を出動させ、関係機関、団体と協力しつつ、捜索、警戒等の活動を行い、被害防止に努めた。このほか、スカイダイビング、ハンググライダー等レジャーの多様化に伴い、新しい形態の事故が発生し、今後、増加することが懸念される。


目次