第4章 犯罪情勢と捜査活動

1 犯罪の発生と検挙の状況

(1) 犯罪の発生は昭和40年以降の最高
ア 全刑法犯の発生状況
 昭和55年の全刑法犯の認知件数は、135万7,461件で、前年に比べ6万8,056件(5.3%)増加した。
 全刑法犯認知件数と犯罪率(注)の推移は、図4-1のとおりである。55年の認知件数は、40年以降の最高を記録した。また、犯罪率をみると、55年は再び上昇した。
 55年の全刑法犯認知件数の包括罪種別構成比は、図4-2のとおりで、窃盗犯が85.9%と圧倒的に多い。
(注) 本章において犯罪率とは、人口10万人当たりの認知件数をいう。

図4-1 全刑法犯認知件数と犯罪率の推移(昭和40、45~55年)

図4-2 刑法犯包括罪種別構成比(昭和55年)

イ 主な罪種の発生状況
(ア) 凶悪犯
 昭和55年の凶悪犯の認知件数は、8,516件で、前年に比べ317件(3.6%)減少した。殺人は1,684件で、169件(9.1%)減少したが、反面、強盗は2,208件で、165件(8.1%)増加した。
 過去10年間の凶悪犯認知件数の推移は、図4-3のとおりである。

図4-3 凶悪犯認知件数の推移(昭和46~55年)

(イ)粗暴犯
 昭和55年の粗暴犯の認知件数は、5万2,307件で、ほぼ前年並みであった。
 過去10年間の粗暴犯認知件数の推移は、図4-4のとおりで、この10年間でほぼ半減している。

図4-4 粗暴犯認知件数の推移(昭和46~55年)

(ウ) 窃盗犯
 昭和55年の窃盗犯の認知件数は、116万5,609件で、前年に比べ5万8,132件(5.2%)増加した。これは、23年の124万6,445件に次ぐものである。
 住宅や事務所等建物内に侵入して現金や品物をねらう侵入盗は、ほぼ前年並みであったが、自動車、オートバイ、自転車等を盗む乗物盗は、前年に比べ2万6,761件(7.5%)増加し、万引きやかっぱらい等の非侵入盗は、前年に比べ3万2,194件(7.0%)増加した。
 過去10年間の窃盗犯認知件数の推移は、図4-5のとおりで、55年の乗物盗は、46年に比べ約1.9倍となっている。
(エ) 知能犯
 昭和55年の知能犯の認知件数は、9万1,168件で、前年に比べ1万855件(13.5%)増加した。罪種別にみると、全罪種とも増加し、特に、横領の増加が目立っているが、これは占有離脱物横領の大幅な増加(34.2%)によるものである。
 過去10年間の知能犯認知件数の推移は、図4-6のとおりである。

図4-5 窃盗犯認知件数の推移(昭和46~55年)

図4-6 知能犯認知件数の推移(昭和46~55年)

(オ)風俗犯
 昭和55年の風俗犯の認知件数は、7,097件で、前年に比べ330件(4.4%)減少した。罪種別にみると、賭博が増加し、猥褻(わいせつ)は減少している。
 過去10年間の風俗犯認知件数の推移は、図4-7のとおりである。

図4-7 風俗犯認知件数の推移(昭和46~55年)

(2) 検挙率は上昇傾向
ア 全刑法犯の検挙状況
 昭和55年の全刑法犯の検挙件数は81万1,189件、検挙人員は39万2,113人、検挙率は59.8%で、前年に比べ検挙件数は4万5,244件(5.9%)、検挙人員は2万3,987人(6.5%)それぞれ増加し、検挙率は0.4ポイント上昇した。
 過去10年間の全刑法犯の検挙状況は、図4-8のとおりで、検挙件数、検挙人員、検挙率ともおおむね増加の傾向を示している。
イ 主な罪種の検挙状況
(ア) 凶悪犯
 昭和55年の凶悪犯の検挙件数は7,397件、検挙人員は7,239人、検挙率は86.9%で、前年に比べ検挙件数は342件(4.4%)、検挙人員は111人(1.5%)それぞれ減少し、検挙率も0.7ポイント低下した。
過去10年間の凶悪犯検挙状況は、図4-9のとおりである。

図4-8 全刑法犯検挙状況(昭和46~55年)

図4-9 凶悪犯検挙状況(昭和46~55年)

(イ) 粗暴犯
 昭和55年の粗暴犯の検挙件数は、4万8,216件で、ほぼ前年並みであり、検挙率は0.2ポイント上昇した。
 過去10年間の粗暴犯検挙状況は、図4-10のとおりである。

図4-10 粗暴犯検挙状況(昭和46~55年)

(ウ) 窃盗犯
 昭和55年の窃盗犯の検挙件数は64万1,382件、検挙人員は24万8,389人、検挙率は55.0%で、前年に比べ検挙件数は3万5,469件(5.9%)、検挙人員は1万4,517人(6.2%)それぞれ増加し、検挙率も0.3ポイント上昇した。
 過去10年間の窃盗犯検挙状況は、図4-11のとおりで、検挙率は上昇傾向にある。
(エ) 知能犯
 昭和55年の知能犯の検挙件数は8万7,989件で、前年に比べ1万794件(14.0%)増加し、検挙率も0.4ポイント上昇した。
 過去10年間の知能犯検挙状況は、図4-12のとおりである。

図4-11 窃盗犯検挙状況(昭和46~55年)

図4-12 知能犯検挙状況(昭和46~55年)

(オ) 風俗犯
 昭和55年の風俗犯の検挙件数は、6,496件で、前年に比べ364件(5.3%)減少し、検挙率も0.9ポイント低下した。
 過去10年間の風俗犯検挙状況は、図4-13のとおりである。

図4-13 風俗犯検挙状況(昭和46~55年)

ウ 年齢層別の検挙人員
 昭和55年の全刑法犯検挙人員(注1)39万2,113人の年齢層別構成比をみると、14~19歳の者が42.5%を占めて最も多く、20歳代の者が19.2%でこれに次いでいる。年齢層別構成比の推移をみると、図4-14のとおりで、14~19歳の構成比が増大しているのが目立っている。
 過去10年間の年齢層別の犯罪者率(注2)の推移は、図4-15のとおりで、14~19歳の著しい上昇傾向と20歳代の下降傾向が注目される。
(注1) 14歳未満の者による行為は刑罰の対象とならないため、14歳未満の少年で刑罰法令に触れる行為をして警察に補導された者の数は、検挙人員に含まない。
(注2) 犯罪者率とは、人口10万人当たりの全刑法犯検挙人員をいう。

図4-14 検挙人員年齢層別構成比の推移(昭和46~55年)

図4-15 年齢層別犯罪者率の推移(昭和46~55年)

(3) 国際比較
 我が国は、先進諸国のなかで最も治安状態の良い国と言われているが、凶悪犯罪である殺人、強盗の犯罪率を欧米主要4箇国と比べてみると、図4-16のとおりである。殺人はアメリカが9.7件で最も多く、日本の1.6件に比べ約6倍となっており、強盗はアメリカが212.1件で他の諸国を大幅に上回り、日本の1.8件に比べ約118倍となっている。
 また、検挙率を比べると、殺人は、日本が97.5%と最も高く、次いで西ドイツ95.1%、イギリス85.5%、フランス80.2%、アメリカ73.4%の順となっており、強盗は、日本が76.3%と最も高く、次いで西ドイツ52.7%、イギリス31.1%、フランス27.3%、アメリカ24.9%の順となっている。

図4-16 殺人、強盗の犯罪率の国際比較(1979年)

2 昭和55年の犯罪の特徴

(1) 社会の注目を集めた凶悪犯罪の多発
ア 激増した金融機関対象強盗事件
(ア) 史上最高の発生
 近年のキャッシュレス時代の進展や一獲千金をねらって短絡的、模倣的な

図4-17 金融機関対象強盗事件発生件数、検挙率の推移(昭和46~55年)

行動に走る風潮等を背景として、金融機関を対象とした強盗事件(注)は、異常な多発傾向にある。過去10年間の金融機関対象強盗事件の発生件数の推移は、図4-17のとおりで、昭和51年から54年までほぼ倍々に増加してきており、55年も150件と前年に比べ大幅に増加し、史上最高の発生となった。
 最近5年間の金融機関対象強盗事件を金融機関別にみると、表4-1のとおりで、55年は信用金庫等を対象とするものが激増し、郵便局、農協等、信
(注) 現金輸送車襲撃事件は除く。

表4-1 金融機関別強盗事件発生状況(昭和51~55年)

用金庫等での発生が全体の74.0%を占めており、防犯体制の弱い金融機関が特にねらわれるようになってきている。  また、地域別の発生状況は、図4-18のとおりで、大都市周辺部や地方都市で多発している。

図4-18 金融機関対象強盗事件地域別発生状況(昭和55年)

(イ) 被害総額は2億6,600万円
 昭和55年の金融機関対象強盗事件による被害総額は、約2億6,600万円で、1件当たり約261万円に上る。1件の最高被害額は、1,850万円である。
(ウ) 凶悪、巧妙化した犯行
 犯行の態様をみると、図4-17のとおりで、昭和55年は、銃器使用、人質的犯行とも史上最高を記録し、凶悪化の傾向を強めている。また、66.7%の犯人が覆面等の変装をし、32.7%の犯人が盗難車を利用しているほか、犯行後の逃走経路をあらかじめ定めた上で、警察署から金融機関までのパトカーの到着所要時間を計り短時間で犯行を済ますなど、犯行が巧妙化している。
〔事例〕 5月2日、平塚市内の信用金庫支店に、猟銃とナイフを所持し、覆面をした二人組の男(37、32)が押し入り、猟銃を天井に向けて一発発射した上、女子職員にナイフを突き付けて、現金約360万円を奪い盗難車で逃亡した。防犯カメラに写っていたフィルムの猟銃分析等を手掛かりに、5月9日、犯人を逮捕した(神奈川)。

(エ) 被疑者の特性
 昭和55年に金融機関対象強盗事件の被疑者として検挙された99人について職業別にみると、無職者が56.6%を占めている。また、年齢層別にみると、一般の強盗では20歳代の者が最も多いのに対して、30歳代の者が40.4%と最も多い。犯行の動機は、借金返済のためが47.5%と半数近くを占めており、なかでも、サラ金返済のためが24.2%に上り注目される。
(オ) 圧倒的に多い現行犯逮捕
 昭和55年に発生した金融機関対象強盗事件のうち同年中に検挙した96件について、その検挙の端緒をみると、図4-19のとおりで、現行犯逮捕が圧倒的に多く、発生直後の素早い対応の重要性がうかがわれる。

図4-19 金融機関対象強盗事件検挙の端緒(昭和55年)

イ 多発した凶悪な身の代金目的誘かい事件
 昭和55年の身の代金目的誘かい事件の発生は13件に上り、史上最高となった。最近5年間の発生、検挙件数の推移は、表4-2のとおりである。
 犯行の態様をみると、55年は、
○ 自動車、国鉄等の交通機関を利用して行動し、現金持参場所を他府県

表4-2 身の代金目的誘かい事件発生、検挙件数の推移(昭和51~55年)

内に指定するなど、犯行が極めて広域化している。
○ 以前は、あらかじめ対象を周到に選定した上で犯行に及んだが、最近は行きずりの者を誘かいするなど、誘かいの対象者が不特定化している。
○ 誘かいされた者11人のうち4人(注)が殺害されているが、犯人はいずれも誘かい後間もなく殺害し、その後に身の代金を要求するなど、犯行が凶悪化している。ことなどが目立っている。
(注) 55年12月に発生し、同月中に殺害された愛知県の女子大生誘かい殺人事件の被害者を含む。
〔事例1〕 元贈答品販売業の女(34)とその共同経営者で愛人の男(28)は、金欲しさから、2月23日、富山市内でたまたま買い物をしていた女子高校生(17)を誘かいして車に乗せ、岐阜県において絞殺した。更に3月5日、長野市内で信用金庫女子職員(20)を誘かいして車内で絞殺した後、電話で現金持参場所として高崎市内の喫茶店等を指定して、身の代金として3,000万円を要求した。3月30日逮捕(岐阜、富山、長野)。
〔事例2〕 電気工事業の男(36)は、借金返済のため、8月2日、一宮町のスポーツ広場で遊んでいた保育園児(5)を誘かいし、電話で現金持参場所として甲府駅、上野駅等を指定して、身の代金として1,000万円を要求した。8月15日、東京都内に潜伏中の犯人を逮捕したが、被害者は誘かいの3日後に殺害され、山中に埋められていた(山梨、警視庁)。
ウ 凶悪な殺人事件の多発
(ア) バラバラ殺人事件の認知は過去最高と同数
 昭和55年に認知されたバラバラ殺人事件は6件に上り、過去最高の51年と同数となった。なかには、死体をバーナーで焼くなど極めて残忍な事件も含まれている。
〔事例〕 54年4月、元会社役員(43)ら3人は、貿易会社社長(63)を成田市内の山林に連れ込んで殺害して埋めたが、その後、被害者の身元が明らかになるのを恐れて死体を掘り起こし、首を切断して頭部だけを焼却した上、頭がい骨を砕いて海中に投棄した。被害者の家族から捜索願が出されて捜査した結果、犯行が判明し、55年9月に共犯2人を逮捕したが、主犯は既に海外に逃亡していたため、国際手配をした(警視庁)。
(イ) 残忍な通り魔的殺人事件の多発いわゆる通り魔的殺人事件は昭和55年も多発し、なかでも、新宿京王デパート前バス放火殺人事件等の残忍なものが目立った。
〔事例1〕 旋盤工(21)は、手製のスプリング銃を車に積んで、性的欲求不満から若い女性に対して使用するチャンスをうかがっていたが、3月18日、たまたま一人で通り掛かった帰宅途中の高校女子職員(22)を目掛けて発射し、殺害した。3月22日逮捕(大阪)。
〔事例2〕 浮浪者(38)は、8月19日、新宿京王デパート前バス停で停車中のバスの最後尾の降車口から火を付けた新聞紙を投げ入れた上、ガソリンを床に流し込みバスを全焼させ、乗客6人を死亡させたほか、17人に重軽傷を負わせたが、その場で逮捕された(警視庁)。
(2) 多様化、大型化した知能犯罪
ア 増加した贈収賄事件
 昭和55年の贈収賄事件の検挙件数は807件、検挙人員は701人で、前年に比べ300件(59.2%)、224人(47.0%)の大幅な増加を示した。最近5年間の推移は、表4-3のとおりである。

表4-3 贈収賄事件の検挙件数、検挙人員の推移(昭和51~55年)

(ア) 地方議会議員、みなす公務員の汚職の増加
 収賄被疑者の主体別検挙人員は、表4-4のとおりで、前年に比べ国家公務員がわずかに減少したものの、そのほかはすべて増加している。特に、地方議会議員の増加が顕著で、議長選任、請負案件の議決、質問権の行使等に関して賄賂を収受した者は73人に上り、前年に比べ60人増加した。また、みなす公務員、特別法に賄賂罪が規定されている者の増加も目立った。
〔事例〕 川崎市議会議員(55)は、同市住宅供給公社が行った企業跡地の買収について問題があるとして、同市議会で追及しようとしていたところ、その売買についてあっ旋、尽力した県会議員らから、議会での質問を差し控えるよう依頼を受け、現金200万円を収賄した(神奈川)。

表4-4 収賄被疑者の主体別検挙人員(昭和54、55年)

(イ) 目立った選挙資金ねん出のための汚職
 選挙に絡んで、地方公共団体の首長らがその選挙資金をねん出するため、公共工事の請負業者らに金員を要求し、政治資金の名目で賄賂を収受するという事案が目立った。
〔事例〕 岡崎市長(55)は、第36回衆議院議員総選挙に立候補した長男の選挙資金をねん出するため、同市発注土木建築工事の請負業者らから、総額約3,170万円に上る賄賂を収受していた(愛知)。
(ウ) 依然として多い公共事業をめぐる贈収賄
 公共投資の抑制と民間設備投資の冷え込みにより、建設業界の競争が一段と厳しくなったこともあって、昭和55年も、国又は地方公共団体の治山、治水、道路・港湾整備、学校・庁舎建設工事等の各種公共事業をめぐる贈収賄事件が、全贈収賄検挙事件数102事件中52事件(51.0%)と過半数を占めた。
〔事例〕 大阪防衛施設局建設企画課長(50)らは、同局発注防衛施設工事の指名業者の選考、施工監督、検査等に関し、業者から現金等総額126万円に上る賄賂を収受していた(滋賀)。
イ 目立った特異な企業犯罪
 昭和55年は、社会的に大きな反響を呼んだ特異な企業犯罪の検挙が目立った。
〔事例1〕 国際電信電話株式会社(KDD)の社長(69)は、同社から現金約1,800万円、花びん等26点(時価総額720万円相当)を、また、社長室長(54)は、現金約1,400万円を横領していた。さらに、社長室長らは共謀の上、監督官庁である郵政省の幹部2人のヨーロッパ旅行に際し、KDDの認可申請に関して便宜を図ってもらったことに対する謝礼等の意味で、旅行費用約114万円を肩代わりしていた(警視庁)。
〔事例2〕 株式会社北商の社長(41)は、カズノコの思惑買いによる大量在庫を抱えたため経営難に陥り、倒産が目前に迫ったため、同社から約15億5,000万円を横領して逃走した。6月23日逮捕(警視庁)。
ウ 多様化した知能犯事件
 昭和55年の贈収賄を除いた知能犯罪の検挙件数は8万7,182件、検挙人員は3万6,170人で、前年に比べそれぞれ1万494件(13.7%)、5,310人(17.2%)増加した。その特徴をみると、信用金庫、信用組合等中小金融機関の役職員らによる不正貸付事件の大型化や、金ブームを背景とした金取引をめぐる詐欺事件、交通事故等を偽装した保険金目的詐欺事件の多発等知能犯事件の多様化が目立った。
〔事例〕 和歌山市の信用組合営業部長代理(35)は、資金繰りに苦しむ建設会社の経営者から融資を依頼され、同人のために無担保で貸付限度額を超えた不正貸付を行い、総額約15億円の損害を与えた(和歌山)。
(3) 目立った大規模事故事件
 昭和55年の主要な事故事件の発生件数は226件で、ほぼ前年並みであった。しかし、死傷者237人を出した静岡駅前のビル地下街におけるガス爆発事故や、死傷者69人を出した川治温泉プリンスホテル火災事件等大規模な事故事件が発生し、社会の注目を集めた。最近5年間の発生件数の推移は、表4-5のとおりである。

表4-5 主要事故事件の発生件数の推移(昭和51~55年)



3 暴力団の取締り

(1) 暴力団の現況と動向
ア 減少傾向にある団体数、構成員数
 暴力団の団体数と構成員数は、昭和38年から減少傾向にあり、55年末現在には2,487団体、10万3,955人で、前年に比べ30団体(1.2%)、2,799人(2.6%)減少している。また、大規模な広域暴力団として警察庁が指定した7団体の55年の勢力状況は、表4-6のとおり1,005団体、3万2,343人で、前年に比べ30団体(2.9%)、1,388人(4.1%)減少し、全暴力団に占める割合も、さん下団体数で前年の41.1%から40.4%へ、構成員数で31.6%から31.1%へと低下している。しかし、最大の広域暴力団である山口組についてみると、さん下団体数、構成員数は増加し、全暴力団に占める比率は上昇している。

表4-6 指定7団体勢力状況(昭和55年)

イ 全国的な組織変動の兆し
 広域暴力団のなかでも、特に活動的で悪性の強い山口組と稲川会では、首領の老齢化等により跡目相続等をめぐる主導権争いが激化し、既成の派閥系列に変動が出始めている。この動きは他の暴力団の勢力分布にも影響を及ぼし、暴力団は現在、全国的に組織変動の兆しをみせ始めている。
(2) 暴力団犯罪の現況
ア 検挙件数、人員は増加
 昭和55年の暴力団員による犯罪の検挙状況をみると、検挙件数は6万3,017件、検挙人員は5万2,247人で、前年に比べそれぞれ712件(1.1%)、785人(1.5%)増加した。このうち、山口組、稲川会等指定7団体の検挙件数は2万6,504件、検挙人員は2万1,573人で、前年に比べそれぞれ2,219件(9.1%)、1,221人(6.0%)増加した。罪種別では、図4-20のとおり覚せい剤、傷害、賭博の順であり、覚せい剤、賭博等の資金獲得犯罪が増加する傾向にある。
イ 多様化、知能化する資金獲得犯罪
 暴力団の資金獲得活動は、覚せい剤、賭博、ノミ行為等の伝統的なものが

図4-20 検挙された暴力団員の罪種別構成比(昭和55年)

依然として多いが、最近はこれらに加えて、金融機関を舞台とした手形詐欺・恐喝、保険・信用保証制度を悪用した詐欺等の組織的な知能犯罪が多発するなど多様化の傾向を強めている。
〔事例1〕 山口組系一心会京都支部長(30)は、組織ぐるみで計画的に交通事故を起こして多額の保険金をだまし取ることを企て、病院事務長らを抱き込んだ上、故意に交通事故を起こして、昭和51年2月から54年7月までの間、23の保険会社から総額約1億5,600万円をだまし取っていた(京都)。
〔事例2〕 砂子川組系板垣組若頭(43)ら23人は、中小企業経営を仮装して、51年10月から55年2月までの間、35回にわたり大阪府下の信用保証協会から融資の信用保証を取り付けた上、10銀行の30支店から総額約6,000万円をだまし取っていた(大阪)。
ウ けん銃密輸事件の増加
 昭和55年に暴力団犯罪の捜査を通じて押収したけん銃は932丁で、前年に比べ25丁(2.8%)増加した。けん銃の密輸入は、暴力団の武装あるいは資金獲得の手段として従来から行われており、最近では、けん銃の入手の比較的容易な東南アジア(主としてタイ、フィリピン)方面からの密輸入が目立ち、その方法も巧妙化している。
〔事例〕 稲川会系中島会幹部(43)らは、54年12月から55年6月までの間、けん銃の密輸入を目的として、タイから数回にわたり毒蛇を輸入し、その袋内に合計71丁のけん銃を隠して持ち込んだ(岐阜)。
エ 多発した対立抗争事件
 対立抗争事件は、昭和50年の89事件以降年々減少する傾向を示していたが、55年は34事件、63回発生し、前年に比べ15事件、34回の大幅な増加を示した。これに伴い、死者は12人、負傷者は34人に上り、前年に比べそれぞれ5人、10人増加している。また、これらの対立抗争事件のうち25事件、39回においてけん銃が使用されている。
 これらの対立抗争事件を起こした団体に対しては、徹底した集中取締りを加え、殺人、暴力行為、傷害、凶器準備集合等で合計623人を検挙するとともに、厳重な警戒、警ら活動を実施してその封圧に努めた。
(3) 暴力団対策の推進
ア 広域連携集中取締りの展開
 大規模広域暴力団の寡占化傾向の進展、山口組や稲川会における跡目相続をめぐる不安定で流動的な暴力団情勢に対応して、大規模広域暴力団組織を分断、解体するため、全国都道府県警察が連携を密にして集中的な取締りを展開していく必要がある。昭和55年には、4、5月の2箇月間にわたり、山口組系の特定団体を対象とした広域連携集中取締りを実施し、1,403人を検挙したのをはじめ、9、10、11月には、山口組と稲川会系の特定団体を対象とした2回目の広域連携集中取締りを実施し、3,692人を検挙した。
イ 全国的な情報ネットワークの整備
 大規模広域暴力団に関する情報については、昭和53年、警察庁、主要都府県警察本部に広域暴力団情報センターを設置して、その一元的な運用を図っているところであるが、更に的確、迅速に情報を収集する必要性から、既設のセンターの機能を充実、強化し、全国的な情報ネットワークの整備を急いでいる。
ウ 民事介入暴力対策の推進
 いわゆる民事介入暴力(注)に対しては、昭和54年、警察庁に「民事介入暴力対策センター」を設けて指導システムを確立するとともに、各都道府県警察に専門担当官を置き、弁護士会等と連携した相談受理体制を充実、強化して、市民保護の徹底を図っている。
 55年に警察が取り扱った民事介入暴力事案の総受理件数は8,873件で、その内容は、金銭貸借や債権取立て等にからむものが2,521件(28.4%)と最も多く、次いで家屋の賃貸借等不動産問題にからむもの1,021件(11.5%)、交通事故の示談等にからむもの992件(11.2%)の順となっている。受理したもののうち1,393件(15.7%)は、恐喝、傷害等の刑事事件として処理したが、犯罪を構成しない事案についても、市民保護の観点から積極的な助言、指導を行っている。
(注) 民事介入暴力とは、暴力団組織の威嚇力を背景として、一般市民の日常生活や経済取引に、民事上の当事者や関係者等の形をとって介入し、不法に金員を獲得するものをいう。
エ 総会屋対策の推進
(ア) 総会屋の現状
 最近における総会屋の活動は、警察の取締りや企業の締め出し強化等の情勢から、株主総会への出席を見合わせたり、株主総会での攻撃的発言を差し控えるなど自粛の傾向にあるが、これは総会屋の本質が変わったものではなく、取締りのほこ先をかわすための延命策とみられる。しかし、その活動の内容をみると、株主総会での活動のみならず、新聞、雑誌を刊行して広告料、購読料の名目で賛助金を得たり、各種セミナー、パーティー等を開催してその会費、祝儀等の名目で収入を得たり、更には右翼を標ぼうして政治献金として収入を得るなど、多様化の傾向を強めている。また、その活動地域についても、東京、大阪等の大都市から次第に地方都市に進出する傾向を強めている。
 このようななかで、総会屋の中に占める組織暴力団員の数は、昭和55年末現在では1,198人で、ほぼ前年並みであったが、50年に比べると2.6倍に上っており、組織暴力団の総会屋分野への進出傾向は依然として続いているとみられる。
(イ) 総会屋対策
 昭和55年に警察は、恐喝、傷害等で総会屋368人を検挙した。
 また、総会屋締め出しのために、55年に6都県に7つの自主防衛団体(143社加盟)が結成された結果、55年末現在では、35都道府県において278団体(2,731社加盟)が組織され、賛助金打切り等に相当の成果を上げている。
オ 国際協力の推進
 暴力団の海外活動が活発化し、覚せい剤やけん銃の密輸入が増加している状況に対処するため、昭和55年1月、ハワイでアメリカの捜査当局と「第2回日米暴力団対策会議」を開催し、協力体制を確立した。このほか、東南アジア諸国とも捜査協力を推進している。
力 暴力排除活動の推進
 各地の商工会議所、業者団体、防犯協会あるいは住民団体は、警察や自治体と密接に連携しつつ暴力排除運動を展開している。この結果、昭和55年には、暴力団が活動資金ねん出のため、市民会館を使用して歌謡ショーを開催しようとしたが、警察、自治体が連携してこれを締め出し中止させたり、暴力団の大掛かりな組葬儀を締め出して家族葬とさせるなどの大きな成果がみられた。
〔事例〕 2月、飯塚市内の暴力団定岡組の事務所で殺人未遂事件が発生したのをきっかけに、市民が力を結集して暴力団事務所締め出しの署名運動を展開し、3月、事務所閉鎖に追い込んだ(福岡)。

4 衆・参同日選挙の違反取締り

 第36回衆議院議員総選挙と第12回参議院議員通常選挙は、昭和55年6月22日、我が国憲政史上初めて同日に施行された。警察では、選挙の公正を確保するために違反取締り体制を強化し、不偏不党、厳正公平な取締りを実施した。
(1) 第36回衆議院議員総選挙の違反取締り
 昭和55年5月19日、第91回通常国会で衆議院が解散されたことにより、第36回衆議院議員総選挙は6月2日に公示され、6月22日に施行された。この総選挙では、突然の解散に伴うものであったことを反映して、前職議員を中心とした少数激戦の選挙運動が展開された。
ア 検挙状況
 検挙の状況(投票日後90日現在)は、表4-7のとおり検挙件数は5,009件、検挙人員は8,735人で、前回(昭和54年)に比べ件数で3,519件(41.3%)、人員で6,039人(41.9%)それぞれ減少した。これは、突然の選挙であったため、事前の諸活動が違反を含めてほとんど行われる余裕がなかったこ

表4-7 衆議院議員総選挙における違反検挙状況(第35回:昭和55年1月5日現在 第36回:昭和55年9月20日現在)

表4-8 衆議院議員総選挙における警告状況(第35回:昭和54年11月7日現在 第36回:昭和55年7月22日現在)

とによるものとみられる。罪種別にみると、買収が4,359件、7,029人と、件数で全体の87.0%、人員で83.9%を占めている。
イ 警告状況
 警告の状況(投票日後30日現在)は、表4-8のとおり総数は9,776件で、前回に比べ1万2,928件(56.9%)減少した。
(2) 第12回参議院議員通常選挙の違反取締り
 第12回参議院議員通常選挙は、昭和55年5月30日公示され、6月22日に施行された。第36回衆議院議員総選挙と同日選挙になったことから、各党とも候補者を絞り、総選挙と同様少数激戦の選挙運動が展開された。
ア 検挙状況
 検挙の状況(投票日後90日現在)は、表4-9のとおり検挙件数は1,946件、検挙人員は3,355人で、前回(昭和52年)に比べ件数で798件(29.1%)、人員で1,682人(33.4%)減少した。これは、衆議院議員総選挙と同日選挙になり運動期間が重複し、選挙運動が分散したことなどによるものとみられる。罪種別にみると、買収が1,100件、2,007人と、件数で全体の56.5%、人員で59.8%を占めている。
イ 警告状況
 警告の状況(投票日後30日現在)は、表4-10のとおり総数は2万9,185件で、前回に比べ1万880件(27.2%)減少した。

表4-9 参議院議員通常選挙における違反検挙状況(第11回:昭和52年10月8日現在 第12回:昭和55年9月20日現在)

表4-10 参議院議員通常選挙における警告状況(第11回:昭和52年8月9日現在 第12回:昭和55年7月22日現在)

5 国際犯罪の捜査

(1) 国際捜査共助
ア 国際捜査共助法の制定
 国際交流の活発化に伴い、国内における外国人の犯罪、国外における日本人の犯罪、国内で犯罪を犯した被疑者の国外逃亡事案等いわゆる国際犯罪はますます多発する傾向にある。このような状況に対処するため、国際的な捜査協力を一層推進する必要がある。
 従来、我が国における刑事に関する国際協力のための法律としては、民・刑事の訴訟事件に関する裁判所間の共助の手続を定めた「外国裁判所ノ嘱託二因ル共助法」と犯罪人の引渡しに関する手続を定めた「逃亡犯罪人引渡法」があった。しかし、ICPO(国際刑事警察機構)ルート又は外交ルートを通じて捜査協力の要請があった場合、これを受けて警察が調査等を行うときの国内手続規定や警察官の権限規定が必ずしも整備されてはいなかった。
 昭和55年5月、第91回国会において国際捜査共助法が成立し、同年10月1日から施行された。同法は、外国の刑事事件の捜査について、外国又はICPOからの要請により、証拠、捜査資料等を収集し提出する手続を定めたものである。これによって、国際的な捜査協力体制を推進するための国内法の整備は前進したが、今後の課題として、ICPOの国際逮捕手配の活用に関し、相互主義の立場からの法的整備につき検討する必要がある。
イ 国際捜査共助の推進
 我が国に外国捜査官が来日した場合には、外国捜査機関からの協力要請に基づき、我が国の捜査官は積極的に協力している。昭和55年には6件の事件に関して、5箇国、10人の外国捜査官が来日した。
〔事例〕 アメリカで2人を殺害したアメリカ人が日本に逃亡したため、10月、アメリカ政府から日本政府に対し、日米犯罪人引渡条約に基づく被疑者の仮拘禁の請求があった。警察では、身柄の拘束に協力したほか、56年1月には、被疑者の出国に際して、東京拘置所から新東京国際空港までの護送に協力した。また、引渡しに伴い、国際捜査共助の要請が行われ、事件の証拠をアメリカに提供した(警視庁、千葉)。
(2) 外国人犯罪常習者による犯罪の多発
 日本国内における来日外国人の刑法犯検挙人員は、図4-21のとおり増加傾向を示し、昭和55年は782人となっている。これらの犯罪の特徴をみると、短期間に全国各地で偽造紙幣や偽造小切手を行使したり、買物盗を繰り返すなど、常習者による犯罪が目立っている。
〔事例〕 11月11日来日した香港在住中国人6人は、日本各地で偽造の旅行用小切手を現金化し、総額約4,000万円をだまし取っていた。3人は13日に逮捕されたが、残りの3人は14日に香港に逃亡したため、香港警察に国際手配をした(警視庁、福岡)。
(3) 悪質化する国外における日本人の犯罪
 国外において検挙された日本人で、ICPOルート又は外交ルートを通じ

図4-21 日本国内における来日外国人刑法犯検挙人員の推移(昭和46~55年)

て警察庁に通報されたものの数は、昭和55年には111人となり、図4-22のとおり48年以降最低となった。しかし、海外において殺し屋を使って計画的に殺人を犯すなど悪質な犯行が目立っている。また、暴力団の海外進出等を反映して、けん銃、麻薬、覚せい剤等の不法所持が最も多く、全体の約30%を占めている。犯行地は、世界の各地域に及んでおり、韓国18件、イギリス14件、アメリカ11件等34箇国、102件となっている。
〔事例1〕 54年9月、フィリピンのマニラにおいて、けん銃密輸にからむ仲間割れから日本人を殺害した暴力団員ら2人(41、38)は、帰国後国内を転々としていたが、捜査官のマニラ派遣等8箇月に及ぶ長期追跡捜査の結果、55年4月30日、逮捕された(警視庁)。
〔事例2〕 53年8月、不動産会社員(34)ら3人は、タイのバンコクにおいて、借金のもつれからタイ人の殺し屋を雇って日本人を殺害した。2人はタイで逮捕され、裁判で無罪の判決を受けたが、外交ルートを通じて証拠を収集したり、捜査官をバンコクに派遣するなどして捜査を遂げ、56年2月3人を逮捕した(警視庁)。

図4-22 日本人の国外における犯罪(昭和46~55年)

(4) 目立った重要被疑者の国外逃亡事案
 海外旅行の大衆化に伴って、国内で犯罪を犯した被疑者が海外に逃亡する事案が目立っている。指名手配されている被疑者で国外に逃亡したとみられる者は、昭和56年1月1日現在120人に上り、55年1月1日の99人、54年1月1日の88人と比べ増加傾向にある。
〔事例〕 株式会社北商の社長(41)は、会社の金を横領して国外逃亡したことが5月に判明したため、警察庁は、ICPOルートと外交ルートを通じて、逃亡先とみられる国に対して国際手配を実施した。その後、被疑者がスペインに居ることが分かったため、在スペイン日本大使館に被疑者に対して旅券の返納を命じるよう依頼し、6月23日、被疑者が帰国したところを逮捕した(警視庁)。
(5) 国際捜査協力の強化
ア ICPOの活用
 ICPOは、国際犯罪に関する情報交換、犯人の逮捕と引渡しに関する円滑な協力の確保等、国際間の捜査協力を迅速、的確に行う上での実務上の必要から生まれた機関であり、昭和55年末現在、加盟国は130箇国に上っている。
 我が国は、27年に加盟して以来、警察庁を国家中央事務局として国際捜査協力の活動を強化し今日に至っている。55年は、6月、9月、11月の執行委員会、11月の第49回総会、第6回アジア地域会議に代表を派遣するなど、各種会議に積極的に参加した。これらの諸活動を通じて、我が国は、加盟国の間で指導的役割を果たしており、ICPOの方針策定に当たっても大きな影響力を及ぼしている。
 過去10年間の日本国家中央事務局(警察庁)の情報交換数は、図4-23のとおり増加傾向にあり、10年間で2.4倍になっている。
イ 各国警察に対する技術協力
 警察庁は、外国警察に対して鑑識等の技術協力を行って国際協力の推進に努めている。昭和55年は、フィリピン政府の要請に基づき、日本政府の国際

図4-23 国際犯罪に関する情報の発信、受信状況(昭和46~55年)

技術協力計画の一つとして、犯罪鑑識の専門家をフィリピン警察に派遣した。また、韓国、フィジー等から来日した専門家に対して、犯罪鑑識技術の教養を行った。

6 科学捜査の推進

(1) 鑑定業務の充実、強化
 鑑定業務は、強盗、窃盗事件における指紋、足跡、遺留品等はもとより、覚せい剤、麻薬事犯で押収した微量の粉末、注射液、薬包紙あるいは被疑者の尿、交通事故現場で採取された自動車の塗膜片等を対象として、幅広い分野にわたって行われている。このように、犯罪事実を科学的、合理的に証明する犯罪鑑識は、複雑、多様化する犯罪情勢に対応し、刑事警察のみならずすべての捜査部門における捜査活動の基盤として一層の充実、強化が要請されている。
 最近5年間の都道府県警察における法医、理化学分野の資料鑑定の状況は、図4-24のとおりで、鑑定件数は年々増加している。また、質的にも複雑、多様化し、鑑定には従来にもまして高度な知識、技術が要求されてきている。昭和55年の鑑定件数は約40万件に上り、これを約700人の専門技術職員が処理している。技術職員は、科学警察研究所や警察大学校での研修、一般大学への委託研修等の機会を通じて、鑑定技術の高度化に努めている。

図4-24 法医、理化学資料鑑定状況(昭和51~55年)

 一方、微量な資料の鑑定を行うために、走査電子顕微鏡、ガスクロマトグラフ質量分析装置、X線マイクロアナライザー等の高性能分析機器の整備を図っている。
(2) 現場鑑識体制の強化
 犯罪現場からの資料採取は、事件発生後の時間の経過とともに困難となる。したがって、事件解決の手掛かりを得るためには、できるだけ早く犯罪現場に臨場して現場鑑識活動を実施することが必要である。
 このため、新鋭鑑識資器材をとう載した鑑識車を備え、鑑識係員が都市部の犯罪多発地域の拠点に常時待機し、事件が発生したときは、機動力を駆使して迅速に現場に臨場し、資料の収集を行い、犯罪の早期解決に当たっている。今後は、より優れた新鋭鑑識資器材を装備した機動鑑識隊を犯罪多発地域を中心に整備して、現場鑑識体制の充実、強化を図る必要がある。
(3) 指紋自動識別システムの研究、開発
 昭和55年の現場指紋採取事件数は約26万件で、指紋による被疑者の確認数は約3万件に上っている。そこで、更に大量の指紋を迅速、広範かつ正確に照合するため、コンピューターのパターン認識技術を応用した「指紋自動識別システム」の研究、開発を進めている。これは、コンピューターによって指紋を自動的に読み取り、記憶し、照合させようというもので、指紋対照業務の迅速化、照合範囲や確認件数の飛躍的拡大等が図られ、被疑者の確認件数も増加するものと期待されている。
(4) 警察犬の活用
 犬のきゅう覚は人間の3,000倍~1万倍といわれている。このような犬の特性を利用した警察犬は、「鼻の捜査官」として重要な役割を果たしている。全国の警察犬は、都道府県警察で直接飼育している直轄警察犬と民間の優秀な犬を警察犬として委託する嘱託警察犬とを合わせて約1,100頭に上り、物品選別、犯人の追跡、遺留品の捜索あるいは麻薬類、埋没死体等の捜索等の犯罪捜査活動のほか、警戒活動、行方不明者の捜索活動等に目覚まし

い活躍をしている。昭和55年の出動件数は3,789件に上り、うち1,157件で犯人や遺留品を発見するなどの成果を上げている。
〔事例〕 10月30日、強盗致傷事件が発生し、犯人はトラックで逃走した。
 数時間後に、現場から110キロ離れた山中で放置されているトラックを発見したため、警察犬を出動させてくまざさの中に隠れていた犯人を発見し、逮捕した(北海道)。

7 捜査活動の困難化と刑事警察当面の課題

(1) 困難化する捜査活動
 犯人の早期検挙は刑事警察の使命であるが、社会構造の変ぼうを背景とした犯罪の質的変化、捜査を取り巻く環境の悪化等に伴い、捜査活動は年々困難になりつつある。
ア 長期化する捜査活動
 全刑法犯の発生から検挙までの期間別検挙件数の推移は、表4-11のとお

表4-11 全刑法犯の発生から検挙までの期間別検挙件数の推移(昭和46、51~55年)

りで、検挙までに1年以上の期間を要する事件は、昭和46年には全体の11.0%であったのに対し、55年には17.4%を占めており、捜査活動は長期化している。
イ 長期化する捜査本部事件の解決
 殺人等の重要事件で社会的に重大な影響を及ぼすものについては、特に捜査本部を設け、警察の総力を挙げて事件の解決に当たっている。しかし、過去10年間における殺人、強盗殺人、誘かい事件の捜査本部設置状況は、表4-12のとおりで、設置数はほぼ横ばいであるが、各年末現在の捜査本部数は増加傾向にあり、事件の発生から解決までの期間は長期化している。

表4-12 殺人、強盗殺人、誘かい事件捜査本部の設置状況(昭和46~55年)

ウ 広域化する捜査活動
 近年の交通網の発達等により犯罪者の行動範囲が広域化し、それに伴い、捜査活動の範囲も拡大している。昭和55年に設置されていた殺人、強盗殺人、誘かいの捜査本部事件の捜査活動の範囲は、図4-25のとおりで、267事件中195事件(73.0%)が2県以上にわたっている。

図4-25 殺人、強盗殺人、誘かい捜査本部事件の捜査地域(昭和55年)

(2) 刑事警察強化のための総合対策の推進
 社会構造の変ぼうを背景とした犯罪の質的変化、新型犯罪の登場、捜査を取り巻く環境の悪化等に対処するため、昭和55年10月、刑事警察運営の長期的展望に立った「刑事警察強化総合対策要綱」を策定し、現在、その推進に努めている。
ア 重要知能犯罪捜査力の強化
 汚職や企業犯罪等の取締りを徹底して社会的公正を確保して欲しいという国民の期待が一段と強まり、警察の重要知能犯罪捜査の重要性がますます高まっている。そこで、重要知能犯罪捜査体制の強化、組織的情報収集機能の強化、特殊知能暴力事犯捜査の推進等を図るなど、重要知能犯罪捜査力の強化に努めている。
イ 広域犯罪捜査力の強化
 犯罪の広域化、国際化に対処するため、広域重要事件捜査体制の強化、効果的な緊急配備制度の確立、科学技術を高度に活用した車両検問体制の整備、充実等を図り、都道府県警察の広域にわたる一体的捜査の推進に努めている。
ウ 科学捜査力の強化
 捜査の科学性、信頼性を一層高めるため、鑑定の高度化、現場鑑識体制の強化等を図るとともに、コンピューターによる指紋自動識別システムの実用化を目指すなど、科学捜査力の強化に努めている。
エ 優れた捜査官の育成と指揮能力の向上
 近年の犯罪の質的変化、捜査活動の困難化のなかで、捜査官は広範かつ専門的な知識と優れた見識が要求されており、加えてベテラン捜査官の大量退職の時期を迎え、捜査力のぜい弱化が懸念されている。このため、刑事選考制度の整備、充実による適任者の任用、上級捜査幹部教養の強化等を図るほか、優れた捜査幹部の長期的養成方策について検討を加えるなど、捜査官の育成と指揮能力の向上に努めている。


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