第6章 生活の安全の確保と環境の浄化

1 銃砲の取締りと対策の強化

(1) 猟銃に対する取締り対策
ア 三菱銀行事件と猟銃の取締り対策
 1月26日、大阪市内の三菱銀行北畠支店に猟銃を持った男が押し入り、銀行内で猟銃を乱射して警察官2人、行員2人を射殺し、行員や客多数を人質にして42時間にわたって立てこもった事件は、まれにみる極めて凶悪な犯罪であった。
 この事件は、犯人(30)が自ら所持許可を受けた猟銃を使用して敢行したものであっただけに、銃砲の所持許可をはじめとする銃砲行政全般に大きな一石を投じることになった。
 このため、警察においては、不適格者に銃砲の所持許可を与えないため、凶悪な犯罪の前科、前歴者等の所持許可申請に対し、調査を徹底して審査をより的確に行うこととした。また、許可した後においても、銃砲所持者の実態を十分には握し、犯罪を行ったり異常な行動があるなど銃砲を所持するについて不適格な事由を発見した場合には、許可の取消処分を積極的に行い、これらの者を排除していくこととした。さらに、許可を受けた銃砲が盗難等により犯罪に使用されることを防止するため、保管管理を厳重に行うよう指導を徹底するとともに、保管管理の実態は握の強化に努めた。
 警察では、以上の3点を基本に銃砲行政の適正化に努めたが、この種の事犯の再発を防止するためには、これらに加えて銃刀法(銃砲刀剣類所持等取締法)の改正によるより一層の適正管理を行う必要があることから、所持許可の基準の整備、銃砲の保管に関する規制の強化、猟銃及び空気銃(「猟銃等」という。)の所持許可の取消し事由の整備、射撃教習用途の猟銃の術付け制度の創設等を柱に同法の改正作業を進めた。
イ 猟銃管理の強化
 最近5年間の許可を受けている猟銃等の推移は、表6-1のとおりで、昭和54年末には猟銃が72万5,748丁、空気銃が9万8,093丁で、50年から53年までは年々増加したのに対し、54年は、ほぼ50年当時にまで減少した。

表6-1 許可を受けた猟銃等の推移(昭和50~54年)

 また、所持許可を受けた猟銃等で盗難、紛失等により行方が分からなくなったいわゆる所在不明銃の状況は、表6-2のとおりで、所持者に対する保管管理の指導強化と各都道府県警察の追及調査による発見、解明によって年々減少しつつある。しかし、なお多くの所在不明銃があり、これらが犯罪に使用されるおそれが高いことから、今後ともより一層の追及調査を行い発見、解明に努める必要がある。

表6-2 所在不明銃の状況(昭和54~54年)

 許可を受けた猟銃等については、銃刀法により厳正な管理を行っているところであるが、猟銃等販売事業者による不正販売やずさんな管理から盗難、紛失等に遭う事例がみられた。
 54年には銃砲店の経営者が猟銃を不正に販売し又は貸し付けるなどしていた事犯がみられたほか、猟銃の販売店舗や保管庫の管理不十分に伴う盗難あるいは販売に伴う運送途中における紛失事犯もみられるなどの状況にあり、これら業者に対する主管監督官庁の指導強化が望まれるところである。
〔事例〕 銃砲店経営者が、夜間無人になる店舗に防犯設備を完備せず、かつ、猟銃保管庫の鍵を掛け忘れていたことから猟銃を窃取され、銀行強盗に使用された(警視庁)。
ウ 猟銃事故の防止
 最近5年間の猟銃による事故の状況は、表6-3のとおりで、依然として多数の死傷者を出している。昭和54年の人身事故の状況をみると、過半数は猟場において発生しているが、自宅、自動車内等本来事故が発生するはずのない場所でも発生していることが注目される。その事故の大半は「矢先(銃口の方向)の安全不確認」や「たまの抜き忘れ」等の極めて初歩的なミスによって発生している。
 このような事故を防止するため、許可所持者に対する日ごろの猟銃及び実包の取扱いの指導をより徹底するほか、事故につながる違反行為に対しては厳しく取り締まるとともに許可の取消しを行うなど厳正な措置を行う必要がある。

表6-3 猟銃による事故の状況(昭和50~54年)

〔事例〕 自宅居間において猟銃の手入れを行った後、弾倉内の残弾の有無を確かめずに撃鉄の落ち具合を見るため、ふざけて3歳になる自分の子供をねらって引き金を引いたため弾丸が発射され、顔面に命中して即死させた(石川)。
エ 猟銃用火薬類の取締り
 猟銃用火薬類には実包、銃用雷管、原材料としての無煙火薬等があるが、これらの猟銃用火薬類に関する不法所持等の検挙件数は、表6-4のとおりで、昭和54年には2,006件を検挙している。これは、ダイナマイト等の産業用火薬類を含めたすべての火薬類取締法違反事件の70.8%を占めている。
 特に、54年は銃砲火薬店が、経営難から会社ぐるみで散弾実包の横流しを計画し、約100万発を不正販売するなどした事件をはじめ大量の横流し事犯が目立った。警察では、これらの販売業者の監督官庁に対して指導監督の強化を申し入れているところであるが、今後とも猟銃用火薬類の不正販売譲渡、不正譲受の取締りを強化していく必要がある。

表6-4 猟銃用火薬類等の取締り状況(昭和50~54年)

(2) 銃器使用犯罪の状況
 最近5年間の銃器使用犯罪の状況は、表6-5のとおりで、昭和50年以降減少傾向にあり、54年は前年に比べ62件(26.6%)の大幅な減少となった。しかし、54年は、三菱銀行事件をはじめ銃器使用の現金強奪事件が14件発生し、前年に比べ6件増加した。
〔事例〕 銃砲店の経営者(42)ら2人は借金の返済に窮し、共謀の上販売用の猟銃を持って給料支払日の会社に押し入り、発砲の上現金約460万円を強奪した(山梨)。
 また、暴力団による銃器使用犯罪も54年は減少したが、総数に占める割合は依然として70%を超え、特に、けん銃使用事犯はその94.4%までが暴力団によって占められている。

表6-5 銃器使用犯罪の状況(昭和5~54年)

(3) けん銃取締りの強化
ア けん銃の押収等の状況
 最近5年間のけん銃の押収等の状況は、表6-6のとおりで、昭和54年は1,132丁と前年より若干減少したが、押収けん銃全体に占める暴力団からの押収の割合は依然として高く、暴力団の武装化傾向の高いことがうかがわれ、あらゆる機会を通じて暴力団の隠匿けん銃の摘発を積極的に推進していく必要がある。
 一方、押収したけん銃を種類別にみると改造けん銃は漸減傾向にあるのに対し、真正けん銃は増加した。これは52年に銃刀法の一部改正により、けん銃に改造されやすい模擬銃器の規制を行った効果の現れであり、その結果、モデルガンの入手が困難となった暴力団による外国製けん銃の密輸入が活発化したことによるものとみられる。
イ けん銃密輸入事犯の取締り
 昭和54年にはけん銃密輸入事犯で、30件26人を検挙し、けん銃46丁を押収した。最近のけん銃密輸入事犯の特徴としては、暴力団が組織的、計画的に

表6-6 けん銃の押収等の状況(昭和50~54年)

 外国で多数のけん銃を入手し、これを貨物、郵便小包、原地の民芸品等に偽装を凝らして隠匿するなどの手段、方法を用いて密輸入するものと、海外への観光旅行客の増加に伴い、けん銃マニアが旅行カバンの中に隠匿して携帯密輸入するものとに大別される。
 前者は主としてフィリピン、タイを中心とした東南アジア、後者はハワイ等アメリカから密輸入されるケースが多い。
 このような情勢を踏まえて、警察では、外国に捜査官を派遣して情報の交換及び捜査協力の強化を図るとともに、税関、通関業者等との緊密な連携により、水際検挙の促進に努めている。
〔事例1〕 暴力団と親交のあるタクシー会社経営者(41)は、暴力団へのけん銃の密売を計画し、マニラ在住の現地人と共謀して黒たんテーブル内にけん銃9丁、実包約100発を隠匿して密輸入した(沖縄)。
〔事例2〕 会社員(22)は、観光旅行でハワイに行きけん銃の実射訓練を受けたことからけん銃が欲しくなり、現地で買い求めた上ゴルフバッグの中に隠匿して密輸入した(警視庁)。

2 悪化を続ける風俗環境への対応

(1) 風俗営業等の取締リ
ア 行き過ぎたピンク商法
 キャバレー、バー、料理店、マージャン屋、パチンコ屋等の風俗営業等取締法によって都道府県公安委員会から営業の許可を受けている風俗営業の最近5年間の営業所数の推移は、表6-7のとおりで、総数では昭和51年以降漸減の傾向にある。
 これを業種別にみると、料飲関係営業等では、ナイトクラブ等一部の業種を除いてはいずれも減少しており、一方漸増を続けていた遊技場営業も、十数年ぶりに減少し、特に、37年以来増加を続けていたマージャン屋が頭打ちとなったことが大きな特徴である。

表6-7 風俗営業の営業所の状況(昭和50~54年)

 このように、風俗営業は全体的に減少傾向にあるが、料飲関係営業の営業内容は、社会一般における享楽的風潮を反映して、より扇情的なもの、より快楽的なものへの指向が強まっている。なかでも、ピンクサロン、ピンクキャバレー等卑わいな接待を売りものとするものが全国的に広まり、この種の業者間における激しい過当競争ともあいまって、その営業内容も次第にエスカレートし、営業所内で売春まがいの行為をすることを常態とするものまで出現した。
 警察では、このような傾向に対して、11月には全国いっせいに風俗営業所における卑わいな接待行為の取締りを行うなど、この種の営業に対する強力な取締りを行い、54年には前年(604件)を20.5%上回る728件を検挙したが、今後とも、この種の事犯については積極的な取締りを行うこととしている。

図6-1 風俗営業の違反態様別検挙状況(昭和54年)

〔事例〕 和風バーの経営者(31)が、超ピンクサービスを店の目玉商品として暴利を得ようと企て、営業所内をアコーデオン・カーテンで区画し、ホステスには固定給無しの歩合制により売春も含めたあらゆるサービスをするように強要して、数箇月間に千数百万円に上る暴利を得ていた(北海道)。
 54年の風俗営業の検挙状況を違反態様別にみると、図6-1のとおりである。その構成比を業種別にみると、バー60.7%(4,437件)、マージャン屋16.8%(1,226件)、キャバレー11.1%(813件)の順となっているが、営業所数に対する違反の割合でみると、キャバレ‐が21.1%と最も高く、以下、ナイトクラブ15.1%、バー10.3%、マージャン屋3.4%、料理店0.8%の順となっている。
 都道府県公安委員会では、このような違反を犯した風俗営業者に対しては許可の取消し又は6箇月以内での営業停止処分等を行っているが、54年に行った処分件数は、取消し17件を含む3,687件となっている。
イ 増加を続ける深夜飲食店
 スナック、サパークラブ、コンパ等の名称で午後11時以降も営業を行っている深夜飲食店は、風俗犯罪や少年非行の温床となるおそれがあるところから、風俗営業等取締法によって、営業場所、営業時間、営業行為等の制限を受けているが、その数は、表6-8のとおり年々増加を続けており、昭和54年は、同法によって規制が強化された39年の約4.6倍に当たる27万5,174軒となっており、前年に比べ1万8,406軒(7.2%)増加した。

表6-8 深夜飲食店営業の状況(昭和50~54年)

 これを業態別にみると、スナック、サパークラブ等洋風の設備を設けて風俗営業に類似した営業を営むものが年々増加しており、風俗営業が減少する原因の一つにもなっているほか、この種の業者間に激しい過当競争をもたらしている。また、客を誘引するため、ホステスをおいて卑わいな接待をさせるもの、少女をホステスとして働かせるもの、照明を暗くしバンド演奏をして客にダンスをさせるものなど無許可の風俗営業やこれに類似する営業を行うものが多くなっている。
 このため、警察では、11月に深夜飲食店等の全国いっせい取締りを行い、無許可風俗営業違反558件を検挙したのをはじめ、悪質な営業を営むものに対しては強力な取締りを行った。
〔事例〕 多額の借金をしてスナックを開店した夫婦が、借金を早期に返済するため、若いホステスの接待を売りものに客を誘引して利益を上げようと企て、16歳の家出少女等5人を言葉巧みに誘って自宅に住み込ませ、無断外出を禁止し、見張人をおいて監視するなどその行動を束縛した上、連日深夜に至るまで客に極めて卑わいな接待を行わせていた(富山)。

図6-2 深夜飲食店営業の違反態様別検挙状況(昭和54年)

 54年の深夜飲食店営業の違反態様別検挙状況は、図6-2のとおりである。
 都道府県公安委員会では、このような違反を犯した者に対しては、6箇月以内の営業停止処分等を行っているが、54年における処分件数は2,245件となっている。
ウ つかの間の夢インベーダーゲーム
 昭和53年10月ごろから若者の間で流行し始めたインべーダーゲームは、瞬く間に日本中にブームを巻き起こしたが、少年がゲーム代欲しさに盗みを行うなどの少年非行を誘発するに及び社会問題化するに至った。
 このため警察は、7月、全国いっせいに実態調査を行うとともに関係業界に自主規制を要請し、また、学校、教育委員会、PTA等の関係機関、団体と連携を密にして少年非行防止に努めたが、夏を過ぎると猛威を振るったインべーダーブームも下降線をたどり、最盛期約30万台を数えたゲーム機も、年末にはほとんど街頭から姿を消し、ブームもうたかたのように消え去った。
(2) エスカレートする性の商品化傾向
 最近の一部における性の解放の動きや性表現の自由化風潮に商業主義が巧みに便乗した性の商品化傾向は、ますますエスカレートし、社会の善良な風俗をむしばみつつある。警察では、このような行き過ぎた性の商品化傾向に歯止めをかけるため、悪質なものに対しては強力な取締りを行っている。
ア わいせつ事犯の取締り
 最近5年間のわいせつ事犯の検挙状況は、表6-9のとおりである。
 公然猥褻(わいせつ)事犯では、ストリップ劇場におけるショーがますます露骨化しており、客を舞台に上げてこれと性交するいわゆる本番ショーが各地で行われ、また、観光ビザで来日した外人女性による事犯も増加している。
 このような実態に対し警察では、集中取締りを行うなど強力な取締りを実

表6-9 わいせつ事犯検挙状況(昭和50~54年)

施し、昭和54年には126営業所を摘発した。
 また、猥褻(わいせつ)物頒布等のなかでは、暴力団による組織的な密造密売事犯、ダイレクトメール、週刊誌の広告を利用した通信販売事犯、自動販売機を利用する事犯等が依然として多くみられた。また、電気器具販売業者がビデオデッキの販売促進手段として、わいせつビデオテープを抱き合わせで販売する事犯が増加したため、取締りを強化するとともに、関係業界に対し、自粛を強く呼び掛けたところ、この種の事犯は次第に影を潜めつつある。
〔事例〕 わいせつ写真の販売容疑で指名手配中の男(46)と多額の負債のある写真家(36)らが、わいせつ写真等の通信販売で一もうけすることを企て、アパート等数か所を密造所として、密輸入した外国製ポルノ誌等からわいせつ写真を多数複製し、更に暴力団員から大量のブルーフィルムを仕入れた上、これらの一部を掲載したダイレクトメールにより、全国から購入者を募り、検挙を免れるため架空名儀の局止め郵便で送金させ、約2年間にわたり425人の少年を含む約5,000人にわいせつ写真等を販売していた(警視庁)。
イ 売春事犯の多様化
 最近5年間の売春防止法違反の検挙状況は、表6-10のとおりで、昭和54年は、4,270件、2,223人を検挙したが、そのうち暴力団関係者は293人(13.2%)に上っている。
 売春の形態は、ソープランド売春が最も多く、その他サウナ風呂売春、ピンクキャバレー等の営業所内におけるホステス売春、いわゆるパンマ売春、秘密クラブ売春等がある。
 売春婦としては、常習者のほか、主婦、観光ビザで来日した外人女性、家出少年を中心とした非行少女グループ等多岐にわたっており、その動機も、単に金銭欲を満たす手段として割り切り、簡単に売春に走る例が多い。
〔事例〕 売春歴をもつ元OL(30)が、会員制による売春を企て「自由交際」、「男女会員募集」等の新聞広告により、関東地方を中心に、主婦、OL、学生等の女性会員32人、会社社長、商店主等の男性会員351人を獲得し、男性会員からは、半年2万円の会費を納入させ、男女会員相互の売春を周旋していた(神奈川)。

表6-10 売春防止法違反検挙状況(昭和50~54年)

 最近5年間に警察が保護した売春婦の年齢別状況は、表6-11のとおりで、18歳未満の者がここ数年急激に増加していることが注目される。

表6-11 売春婦の年齢層別状況(昭和50~54年)

ウ ソープランド売春の取締り
 ソープランドは、個室において客に接触するサービスを行うという特殊な業務形態であるところから売春の温床となりやすいが、その営業所数及びソープランド従業員の数は、表6-12のとおり年々漸増の傾向にある。
 昭和54年には、売春関係事犯でソープランド営業所64軒を摘発したが、最近におけるソープランド売春の特徴としては、営業者がソープランド従業員からの取り分を少なくして共存を図り、警報装置の設置、見張員の配置、取調べに対する供述内容の事前教示等の対取締り工作を講じるなど悪質化しているところから、捜査はますます困難になってきている。

表6-12 ソープランド営業所及びソープランド従業員の推移(昭和50~54年)

(3) 過熱するギャンブル
ア 暴力団の介入が著しいノミ行為
 昭和54年の公営競技(競馬、競輪、競艇及びオートレース)の売上高は、約5兆88億円と史上最高を記録し、入場者数も1億2,000万人を超えるなど依然としてブームが続いているが、大衆レジャーの陰に隠れ、公営競技に係るノミ行為等を格好の資金源とする暴力団の介入が目立っている。
 54年のノミ行為の検挙状況は、図6-3のとおりで、ノミ行為の検挙人員に占める暴力団関係者の比率は、全体では58.1%、胴元だけについてみると80.2%を占めている。
 54年に検挙したノミ行為の受付場所状況をみると、表6-13のとおりで、一般住宅、アパート、喫茶店等の競技場外で行われたノミ行為が件数で全体の87.5%、人員で全体の84.1%を占めて圧倒的に多くなっている。
 公営競技はギャンブルという性格上、レジャーの範囲を逸脱すると、資金欲しさから犯罪を引き起したり、家庭生活を崩壊させる原因になるとともに、行き過ぎた射幸心の助長等風俗環境の悪化をもたらすことにもなる。
 警察では、暴力団の資金源封圧、ノミ行為のまん延防止等に重点を置き積極的な取締りを実施している。
〔事例〕 暴力団組長(35)が旅館経営者等11人を中継者として設定し、約1年の間にバーテン、大工、工員等を相手に約1億円の利益を上げていた事案を解明し、暴力団関係者10人を含む被疑者139人を検挙し、同暴力団組織を壊滅した(愛知)。

図6-3 ノミ行為検挙状況(昭和50~54年)

表6-13 ノミ行為の受付場所状況(昭和54年)

イ ギャンブルマシン使用による賭博事犯の取締り
 スロットマシン、ルーレット等の遊技機いわゆるギャンブルマシンは、偶然性が極めて高く、風俗営業等取締法による遊技場営業の許可対象遊技機として認められないため、遊技の結果に対して景品を提供することができず、遊技そのものを楽しむことを建前として容認されているに過ぎない。しかし、最近におけるギャンブル熱の高まりとともに、これを専業とするいわゆるメダル遊技場は年々増加し、10月末の調査では全国に2,160軒で、前年に比べ411軒(23.5%)増加しており、また、スナック、喫茶店等が客へのサービスのため、副業的に設置しているものも多い。
 これらのなかには、リース業者等と結託して、メダルの代りに百円硬貨を使用できるように遊技機を改造したり、遊技の結果に対して現金を提供したりする者が多くみられる。
 警察では、これらの事犯に対する取締りを強化し、昭和54年には、ギャンブルマシンを使用した賭博事犯で378営業所を摘発し、1,814人を検挙するとともに、ギャンブルマシン730台、賭金約5,724万円を証拠品として押収した。

3 経済事犯の取締り

(1) 景況と経済犯罪
 昭和54年の我が国経済は、イランの政情不安に端を発した国際的石油情勢の変化が、原油輸入見通しに対する不安や輸入原油価格の上昇をもたらし、その結果、国際収支の悪化と円相場の急落、石油製品の相次ぐ値上げ、卸売物価の大幅な上昇と消費者物価への跳ね返り、原材料の高騰を製品価格に転嫁できない中小企業を中心とした企業倒産の増加等極めて緊迫した様相を呈しながら推移した。
 このような景況は、様々な面において経済取引をめぐる犯罪に反映することも懸念されるので、警察としては、金融事犯、不動産事犯、国際経済事犯及びその他の商取引をめぐる事犯について、今後とも悪質な事犯に重点を置いた取締りを推進することとしている。
(2) 後を絶たない金融車犯
ア 取締り状況
 最近5年間の金融事犯の検挙状況は、図6-4のとおりで、昭和51年をピークに減少傾向を示し、54年は、1,109件、1,044人と検挙件数、検挙人員とも3年連続して減少しているが、悪質事犯は依然として後を絶たない状況にある。

図6-4 金融事犯検挙状況(昭和50~54年)

 金融事犯の法令別検挙状況は、出資法(出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律)違反が1,078件、1,012人で検挙件数、検挙人員とも金融事犯全体の9割以上を占めている。
 違反の態様別では、高金利事犯が688件と金融事犯全体の62.0%を占めており、次いで無届貸金業事犯244件(22.0%)、休業等の届出違反65件(5.9%)等となっている。
イ 依然として多い悪質な高金利事犯
 警察の厳しい取締り、社会的批判の高まり、貸金業界への外国資本の進出、都市銀行による個人向け小口貸付けの拡大、大手業者を中心とした金利の引下げ競争等貸金業界にも情勢の変化がみられている。
(ア) 追い詰められた貸金業者による悪質事犯
 貸金業界をめぐる情勢の変化、特に金利の引下げ競争に対処し切れない一部の悪質業者は、客離れによる減収を高金利や過酷な取立てで補おうとするところから営業の手段、方法がますます悪質化する傾向がみられ、取締りや徴税を免れるため営業所の移転、届出人の名義変更、帳簿の廃棄、利用者の口封じなどの証拠いん減等の対取締り工作を行うほか、貸付手口においても、みなし利息を取る、商品抱き合わせの脱法行為により高利を取るなど利用者の無知、弱みに付け込んだ手段を選ばない悪質な営業が行われている。
〔事例〕 前科6犯の貸金業者(35)は、借受人の弱みに付け込んで、月2割の利息のほか、ライター、指輪等10万円前後の商品を市価の2~3割高く買い取ることを条件に貸し付け、これを断る利用者からは10日に3割の高利を取るなどの営業をし、6箇月の間に約3,000万円を貸し付け約800万円の超過利息を取り、検挙を免れるため帳簿を完全廃棄していた(神奈川)。
(イ) 違法な取立て行為
 サラ金等貸金業の在り方が社会問題化した背景の一つに、手段を選ばない過酷な取立て行為が挙げられるが、深夜の自宅訪問、職場訪問、女性客に対する情交の要求、登下校の児童に対するいやがらせ、暴力的取立て等悪質な取立て行為が依然として後を絶たない。
〔事例〕 貸金業者A(42)らは、返済に窮して自殺した客の債務の一部について保証人になっているBを営業所に連れ込み、自殺者の債務全額の借用書を書かせ、更に「これに保証人を付けろ、お前が死んだらどうにもならない。」と要求し、22時間にわたり不法に監禁した(京都)。
 悪質貸金業者については、警察の取締り以前の問題として、法規制の強化、利用者の自覚、関係行政機関による業者に対する指導監督の強化、利用者に対する啓もう指導等に期待すべき面が極めて大きい。
 警察としては、これらの施策が推進されるよう努めるとともに、悪質事犯に対する強力な取締り、苦情、困りごと相談の受理体制の整備、被害防止のための広報等を推進することとしている。
ウ 高金利被害者の状況
 10月に実施した「金融事犯取締り強化期間」中に検挙した高金利事犯の被害者1,531人について実態を調査した結果は、図6-5のとおりで、職業別にみると主婦、会社員、自営業者がそれそれ約4分の1を占め、借受け金額別にみると50万円未満が約5分の4を占めている。また年齢別では30歳代と40歳代で約3分の2を占め、借受け理由別では生活費と営業資金で約半数を占めている。

図6-5 高金利事犯の被害者の実態(昭和54年10月)

エ その他の金融事犯
 昭和54年には、銀行等の一般金融機関よりも有利な利息をうたい文句に多数の者から資金を集め、これを他に貸し付けていた貸金業者による預り金事犯等で16件、44人、相互銀行法に違反した頼母子講で19件、20人を検挙した。
(3) 変ぼうしつつある不動産事犯
ア 取締り状況
 最近5年間の不動産事犯の検挙状況は、表6-14のとおりで、昭和54年は、2,480件、2,400人を検挙した。法令別では、宅建業法(宅地建物取引業法)違反が全体の43.5%を占めている。また、国土利用計画法違反が694件と、前年に比べ2倍以上に増加した。

表6-14 不動産事犯の法令別検挙状況(昭和50~54年)

図6-6 宅建業法違反態様別検挙状況(昭和54年)

 宅建業法違反の態様別検挙状況は、図6-6のとおりで、法令の規制により住宅の建築が制限されている土地や電気、水道の供給設備がない土地を、その事実を告げずに売り付けた重要事項不告知事犯が最も多く、次いで無免許営業事犯、取引主任者の名義を借りるなど不正な手段で宅建業免許を取得した免許不正取得事犯の順となっている。
イ 根強い不動産人気に乗じた事犯の横行
(ア) 土地についての各種規制法令を無視する事犯
 土地の利用については、都市計画法、農地法、宅地造成等規制法等により、開発行為や住宅の建築について各種の規制が加えられている。しかし、現実には、これらの法令による規制を無視して宅地を造成し、あるいは住宅を建築してこれを分譲する事犯が後を絶たない。
 また、国土利用計画法は、一定規模以上の土地の売買等について知事への事前届出を義務付けることなどにより、価格面と利用目的面から土地取引を規制しているが、 届出による価格審査を免れるために無届で取引する事犯の検挙が増加している。これらのいわゆる無届事犯の内容をみると、土地を規制面積以下に分筆して小規模な取引を仮装したり、岩石や樹木の売買を仮装して届出を免れるなど手口が巧妙化してきている。これらの法令違反については、一次的には関係行政機関の措置により是正 されるべきものであるが、住宅の建築が規制されている土地を買わされるなど国民に被害が及ぶおそれのある悪質事犯については、違反行為を早期に認知し、検挙するとともに、適切な行政措置がとられるよう積極的に関係行政機関に働き掛けていくこととしている。
(イ) 依然として多い詐欺的事犯
 全国的に土地の値上がり傾向が続くなかで、国民の持家志向は依然として根強いものがあるが、この風潮に乗じて粗悪な不動産を詐欺的手段で売り付ける事犯が後を絶たない。これらの事犯をみると、市街化調整区域等住宅の建築等が規制されている土地を客の法の無知に乗じて売り付けるものが多い。なかにはおとり広告で客をつり、「広告した家は売れてしまった。」などと別の粗悪な住宅を売り付ける事犯等悪質な事犯もみられた。
 また、流動的な経済情勢に対する先行き不安、あるいはインフレ懸念等から財産形成、保全について国民の関心が高まり、全国的な地価の上昇傾向ともあいまって不動産の買い急ぎ傾向がみられることに乗じて、「インフレに強い土地、投資に最適」をうたい文句に遠隔地の市街化調整区域や開発不可能な山林、原野をだまし売りする事犯も目立った。これらの事犯のなかには資金不足から都心地域では活動できなくなった小規模な不動産業者が、グループを作って行うものもみられた。
 警察としては、国民に大きな被害を与えるこれらの悪質事犯については、強力な取締りを行うこととしている。
〔事例〕 他社に勤務する取引主任者の名義を借りて宅地建物取引業免許を不正に取得したA(41)らは、ダイレクトメールにより客を温泉に招待し、全く別の高級分譲住宅地のカラースライド写真を見せて「3年後には倍の値で売れる。これからは土地が投資に最適。」などと言葉巧みに持ちかけて、北海道の開発不可能な密林同様の山林を取得価格の約40倍で560人の客に売り付け、約3億4,000万円の暴利を得ていた。詐欺、宅建業法違反で6法人25人を検挙した(兵庫)。
(4) その他の経済事犯
ア 壊滅した無限連鎖講
 無限連鎖講(いわゆるねずみ講)は、昭和54年5月11日に無限連鎖講の防止に関する法律が施行され、無限連鎖講の開設、運営及び無限連鎖講に加入することを勧誘する行為等が全面的に禁止された。これにより、最盛期には会員百数十万人を擁するといわれていたねずみ講最大の組織「天下一家の会」等警察がは握していた10組織のねずみ講は、姿を消した。
 警察では、法の施行に伴い、無限連鎖講に対する実態は握と的確な取締りに努め、法施行後もひそかに無限連鎖講を運営していた2つの組織を検挙した。
〔事例〕 大阪に本部を置くA協会は、法施行直前、大阪府選挙管理委員会に政治資金規制法に基づく政治団体としての届出を行い、政治活動を装って無限連鎖講への加入を勧誘し、234人から3,276万円の支出を受け、無限連鎖講を運営していた(警視庁、愛知)。
イ 金の取引をめぐる詐欺的商法の横行
 我が国においては、公認の金市場は設けられていたいが、昭和48年の金輸入の自由化以後、金地金の先物取引まがいの取引を行う業者及びこれらの業者が加入する私設の金市場が数多く現れており、これらが国際的な金価格の急騰を背景に、庶民の利殖欲、投機心を利用し、金の先物取引まがいの取引に巻き込んで多大な損失を与えるという事案が多発した。
 警察では、このような取引をめぐって詐欺等の犯罪の疑いのあるものについては、積極的に実態は握に努め的確な取締りを行うこととしており、54年には2業者を詐欺で検挙した。
〔事例〕 金地金の先物取引を装って現金等をだまし取ることをたくらんだA(33)は、金地金の売買を名目に株式会社を設立して社長となり、約30人の外務員を使って「金は値上がりしており、今買えば確実にもうかる。当社は、ニューヨークの金市場で取引をするので公正である。」とか「安いときに買ったものがあるのでそれを譲ってやる。」などと勧誘し、186人から金の先物取引証拠金あるいは売買手数料に名を借りて合計約2億3,500万円をだまし取っていた(愛媛)。
(5) 悪質化、多様化する国際経済事犯
ア 不正決済の大型化
 外国との各種取引に伴って発生する関税法及び外為法(外国為替及び外国貿易管理法)違反等の検挙状況の推移は、表6-15のとおりである。

表6-15 関税法及び外為法違反の検挙状況(昭和50~54年)

 対外取引の原則自由化を指向した為替管理の緩和、貿易の自由化等を背景として、前年に比べ関税法違反、外為法違反ともやや減少の傾向を示しているが、その反面、昭和54年の検挙事犯に係る不正決済総額は約129億700万円と史上最高を記録し、事犯が大型化する傾向をみせている。不正支払及び不正受領の原因別状況は、図6-7のとおりである。
 また、その事犯内容も悪質化、多様化の様相を深めており、その相手国も韓国、台湾、香港等近隣諸国を中心に、中近東をはじめ世界各国に及んでいる。

図6-7 不正支払受領の原因別状況(昭和54年)

イ 円表示自己宛小切手による不正決済
 円表示自己宛小切手(預金小切手、保証小切手ともいう。)の外国への持出しは、外為法により原則として禁止されているが、現金と同一の信用性があり、隠匿や携帯にも便利であることから、覚せい剤の密輸入、不正貿易の差額決済、海外企業へのヤミ融資、外国での賭博等の支払手段として、主に韓国、台湾、香港等に持ち出され、これが各国のいわゆる地下銀行組織を経由して再び我が国に還流してくる事犯が多発している。昭和54年の検挙事犯に係る自己宛小切手による不正決済総額は72億3,700万円に上っており、検挙事犯に係る不正決済総額の56.1%を占めている。
〔事例〕 大手真珠輸出業者は、台湾及び香港に真珠を輸出するに当たり、為替相場の変動による差損を免れること、輸出用真珠の品質検査を免れることなどを目的として密輸出を行い、その代金約1億3,000万円を、韓国企業へのヤミ融資等のために国外に持ち出されていた自己宛小切手で受領していた(兵庫)。
ウ 我が国の国際信用を傷つける対外不正取引
 国際的な不況を背景とする厳しい輸出環境の下で、販路の維持拡大等のため相手国業者と結託して、我が国の輸出入規制を破ると同時に相手国の輸入関税を免れる事犯、詐欺的な手段を用いて相手国業者に損害を与える事犯、貿易関係条約や国際協定を無視して敢行される事犯等、貿易立国たる我が国の国際信用を著しく傷つける対外不正取引事犯が引き続き多発している。
〔事例1〕 鋼材等の輸出業者が中近東諸国に対する鋼材の輸出に際し、契約貨物と異なる低廉粗悪な貨物を数量もごまかして送付し、実際に輸出した貨物の約10倍に相当する代金の支払を受け、総額5,000万円に上る不正利益を得ていた(警視庁)。
〔事例2〕 国際保護鳥である極楽鳥は、野性動植物の保護を目的とした国際条約等によって産出国における捕獲及び輸出が規制されているが、農産物輸出入業者らが産出国のインドネシアの業者と結託し、極楽鳥を大量に捕獲させた上その原皮を隠匿して我が国に密輸入し、これをはく製業者等に密売して不正利益を得ていた(神奈川、群馬)。
エ 韓国向け金地金密輸出
 我が国の金地金相場は、昭和48年の輸入自由化以後、国際価格に連動しているのに対し、韓国では依然として厳しい輸入規制がとられているため、韓国における金地金相場は末端価格が我が国の約1.8倍にも及んでいる。このため韓国の密輸ブローカー等が、韓国船員等に我が国からの金地金の買い付けを委託する密輸事犯が続発している。54年には、これらの事犯で25人を検挙し金地金約112kgを押収したが、検挙事件に係る金地金の取引総量は、約300kgに上っている。
〔事例〕 暴力団員(24)らが、韓国への金地金密輸出による不正利益を組織の資金源とすることを企て、韓国の密輸ブローカーと結託し、韓国船員が持ち込んだ円貨7,800万円と引換えに金地金26kgを密輸出した(福岡)。
オ 企業の国際化に伴う特異事犯
 企業の国際化等に伴い、国際間にまたがる贈収賄事犯詐欺、横領、背任等を内在する国際的な会社犯、知能犯等新たな形態で敢行される特異な事犯が増加している。この種の事犯は、国内的にも重大な影響があるとともに国際経済秩序に違背することとなるため、警察としては関係機関との連携を取りつつ、社会的影響の大きい悪質事犯を重点に取締りを強化している。
〔事例〕 バルブ、コック製造業界のトップメーカーであるA社は、昭和48年4月から実施された金地金の輸入自由化に先立ち、経営不振の打開策として同年1月ころからロンドンで金地金の先物取引を始めたが、折からの世界的な金相場高騰により51年3月ころまでに約5億3,000万円の利益を上げた。その後A社は倒産したが、その業務を担当した取締役は、ひそかにこの全利益をイギリス、アメリカ、香港等の銀行に設けた隠し口座に移して横領し、不法に国内に持ち込むなどして費消した(警視庁)。

4 公害事犯の取締り

(1) 公害事犯等の実態
ア 公害事犯の検挙状況
 最近5年間の公害事犯の検挙状況は、図6-8のとおり年々増加を続けており、昭和54年の総検挙件数は5,855件で、前年に比べ472件(8.8%)増加しており、公害関係法令が体系的に整備された46年の約12倍となっている。これを法令別にみると、廃棄物処理法(廃棄物の処理及び清掃に関する法律)違反が5,103件(87.2%)と最も多く、次いで水質汚濁防止法違反、河川法違反の順となっており、この3法の違反で公害事犯全体の94.4%を占めている。

図6-8 公害事犯の法令別検挙状況(昭和50~54年)

イ 水質汚濁事犯
 水質汚濁事犯は、水質汚濁防止法のほか、下水道法、廃棄物処理法、河川法等を適用して検挙しているが、なかでも公共用水域等を直接汚染する排水基準違反(水質汚濁防止法違反、下水道法違反)の検挙は222件で、前年に比べ13件(5.5%)減少している。
 検挙した事業場の75.2%は資本金5,000万円未満の中小企業であるが、違反企業を業種別にみると、金属製品製造業が最も多く、次いで食料品製造業、砂利採取業の順となっており、この3業種で排水基準違反全体の約60%を占めている。
 また、排水基準違反を違反項目の面からみると、図6-9のとおり環境項目に係る違反が83.7%と健康項目を大きく上回っている。

図6-9 排水基準違反の項目別状況(昭和54年)

 違反項目について、排出源の業種別にみると、環境項目については食料品製造業、金属製品製造業及び繊維工業に多くみられ、この3業種で全体の58.3%を占めている。健康項目については、金属製品製造業が全体の75.4%とその大部分を占めている。
 排水基準違反の特徴としては、処理施設の整備不良、不使用、故障等の放置に起因する違反や処理施設の未設置、処理薬品の不使用による違反など事業者が汚水処理経費を節減するための違反が多くみられた。また、警察の取締りや行政監視を免れるために、隠し排水口の設置、夜間、早朝時の排出、排水口付近に監視人を配置するなどして汚水を排出するもの、法定の届出を怠り又は排水量を故意に過少に届け出ていたものなど、違反の手段、方法の悪質なものが依然として多くみられた。
〔事例〕 大規模養豚業者は、行政機関から汚水処理施設の維持管理について指導、警告を受けているにもかかわらず、夜間ひそかに最終沈殿そうの汚でいを含んだ未処理汚水(生物化学的酸素要求量基準の186倍、浮遊物質量基準の100倍)をバルブ操作により農業用水路にたれ流していた(茨城)。
ウ 廃棄物事犯
 昭和54年の廃棄物処理法違反の検挙件数は、5,103件で、前年に比べ507件(11.0%)増加した。
 そのほとんどが産業廃棄物の不法投棄等であって、不法投棄等の総量は、約45万4,000トンと前年に比べ約3万5,000トン(8.4%)増加している。
 これを種類別にみると、図6-10のとおりで、建設廃材及び汚でいが91.8%を占めている。前年に比べると汚でいが約9万7,500トン(443.2%)増加しているが、廃油、廃酸、廃アルカリについては、約4万1,000トン(91.1%)減少している。これら産業廃棄物を排出した事業場を業種別にみると、建設業と製造業とで95.8%を占めている。

図6-10 不法投棄等された産業廃棄物(昭和54年)

 産業廃棄物の不法投棄等の量を場所別にみると、図6-11のとおり前年同様、山林、原野や埋立地、宅造地が多い。警察では、これら不法投棄等が行われた場所については、不法投棄者又は排出源事業者を通じて回収措置を講じさせるなど原状回復に努めている。

図6-11 産業廃棄物の不法投棄等の場所(昭和54年)

 廃棄物事犯の特徴としては、産業廃棄物の最終処分場の不足と処理費用の高騰などを反映して、排出源事業者が処理経費を節減するために不法投棄する事犯や処理経費の安い無許可業者に処分を委託する事犯が多くみられたほか、廃棄物処理法の違反前歴を有する無許可業者らによる常習的な不法投棄等の事犯が各地でみられた。
〔事例〕 無許可で汚でいを収集、運搬していた廃棄物処理法違反前歴者らが、架空の会社を作り、他の廃棄物処理業者の許可証をコピーして正規の許可業者のごとく装い、組織的に汚でいの無許可収集、運搬を行い、下水道、農業用水路等に不法投棄を繰り返していたほか、汚でいの処分許可業者である事業協同組合理事長が、排出源事業者、廃棄物処理業者らから処分を受託した汚でいを未処理のまま長期間にわたり夜間、海洋に不法投棄していた(大阪)。
エ 公害苦情の取扱い
 昭和54年に警察が受理した公害苦情は、3万8,091件と前年に比べ1,943件(5.4%)増加した。受理した苦情を態様別にみると、図6-12のとおりである。苦情の内容をみると、騒音に関するものが3万3,538件(88.0%)と最も多く、前年に比べ3,558件(11.9%)増加しているが、それ以外の苦情はいずれも減少している。

図6-12 公害苦情の態様別受理状況(昭和54年)

図6-13 公害苦情の処理状況(昭和54年)

 2月と8月に受理した騒音苦情5,503件についてその実態を調査した結果、態様別では、カラオケをはじめ楽器、音響機器音が2,40件(43.7%)で最も多く、以下、自動車の空ふかし等による車両音、各種建設作業音等の順となっている。
 公害苦情の処理状況は、図6-13のとおりで、警告、話合いのあっ旋、他機関への通報等を行っている。
(2) 公害事犯の捜査
 公害事犯は、廃棄物事犯を中心に依然として増加しているが、警察は、これに対処するため、廃棄物の不法投棄事犯及び水質汚濁事犯のうち悪質なものを重点に計画的、集中的取締りを推進し、7月には全国いっせいの取締りを実施した。
ア 計画的取締りの推進
 公害事犯の計画的、集中的な取締りとして、昭和54年においても、「瀬戸内ブルーシー戦」、「清流作戦」、「広域産廃作戦」のいわゆる三大作戦を推進した。その結果、レンズ研摩工場が行政機関の改善勧告を無視して有害な鉛を含有する汚水を川にたれ流していた事犯、暴力団幹部が他人所有の山林に無許可の廃棄物処分場を設け、大量の建設廃材を埋立て処分していた事犯等悪質な公害事犯を多数検挙し相当の成果を上げた。
 55年以降においては、水質汚濁防止法の改正により閉鎖性水域の汚濁負荷量の総量規制が行われたことに伴い、東京湾、伊勢湾及び瀬戸内海の閉鎖性水域を汚染する水質汚濁事犯、常習者等による産業廃棄物不法投棄事犯等の計画的取締りを推進することとしている。
イ 企業責任の追及
 公害問題の解決は、基本的には事業者の公害防止に対する自覚と各種公害防止行政の施策によるべき分野が多いところであるが、検挙事例でみる限り、事業者の公害防止に対する自覚が必ずしも十分でないと認められるところから、検挙に当たっては、単に実行行為者のみならず、違反の動機や背景の解明に努めて企業としての責任を厳しく追及しているところである。
 特に、産業廃棄物の不法投棄、無許可処理業等の違反については、これらの者に産業廃棄物の処理を委託した排出源事業者の刑事責任を追及し、昭和54年は、前年に比べ167件(27.2%)増の782件に上る産業廃棄物処理委託基準違反を検挙した。また、水質汚濁防止法や下水道法違反の排水基準違反についても両罰規定を積極的に適用して企業の刑事責任を追及しており、54年には205法人を検挙した。

5 危険物対策の推進及び健康侵害事犯の取締り

(1) 火薬類対策の推進
 最近5年間の火薬類盗難事件の発生状況は、表6-16のとおりで、昭和54年には27件発生し、前年に比べ25件(48.1%)減少した。従来は、火薬類の消費現場に設置されている火工所や火薬類取扱場所をねらった盗難事件が多く発生していたが、54年は4件の発生にとどまり、前年に比べ10件減少し、しかもいずれも未遂に終っている。警察では、こうした火薬類の消費場所等から火薬類が不正に流出し犯罪に使用されることのないよう適正な保管管理の確保に努めているが、54年には約20万回の立入検査を実施し、保管管理の不適切な事犯等499件を検挙するとともに、悪質事犯については都道府県知事に対して火薬類の消費許可の取消処分等の措置を要請した。

表6-16 火薬類盗難事件の発生状況(昭和50~54年)

 また、火薬類の使用犯罪は、54年は14件発生し、前年に比べ2件減少した。このうち、威力の大きいダイナマイトが使用されたのは3件で、いずれも消費現場から不正に流出したものであった。
(2) 核燃料物質等の安全輸送対策の推進
 我が国の原子力発電は、総発電量の1割を上回り、アメリカに次いで世界第2位の発電量となっている。今後とも原子力の開発利用の増大に伴い、核燃料物質等の使用、運搬量もますます増大するものとみられ、その安全輸送の確立を図ることが極めて重要である。昭和54年には、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律に基づき、核燃料物質等の運搬について都道府県公安委員会に対し214件の届出がなされたが、警察では、事故を未然に防止し安全輸送の万全を期するため、所要の措置を講じた。
(3) 高圧ガス、消防危険物等による事故の防止
 昭和54年の高圧ガス、消防危険物等による事故の発生件数は1,618件、死者は633人で前年に比べ15件、28人それぞれ減少した。警察では、これらの危険物による事故の未然防止を図るため、関係行政機関等との連携の下に危険物運搬車両の取締りや危険物関係法令違反の取締りを強化するとともに、突発事故に対しては適切な初動措置を行った。特に、7月に発生した東名日本坂トンネル内事故等に危険物運搬車両が遭遇したことから、8月、11月の2回にわたり、タンクローリー等の危険物運搬車両の全国いっせいの指導取締りを行い、2万3,129台の車両を検査し、440件の違反を検挙した。
 54年の高圧ガス取締法、液化石油ガス法、消防法等の危険物関係法令違反の検挙件数は、1,558件で前年に比べ675件(76.4%)増加した。
(4) 毒物、劇物対策の強化
 昭和54年には、塩素酸塩類等を使用した爆弾事件や青酸ソーダが詐取される事件が発生した。このため、警察では、塩素酸塩類、青酸ソーダ等が犯罪に使用されることのないように、5月、これらの取扱者に対し全国いっせいの防犯指導を実施し、4万7,890箇所の製造業者、販売業者、大量消費者等に対し、盗難防止のための保管管理の徹底、譲渡手続等の法令の厳守、不審購入者の警察への即報等毒物、劇物を使用した犯罪の未然防止に努めた。
 今後も、毒物劇物取扱者等の実態をは握し、不正流出防止や犯罪の未然防止の徹底を図っていくほか、取締りを強化していく必要がある。
 なお、54年に検挙した毒物及び劇物取締法違反は2万1,150件であるが、このうち99.5%はシンナー乱用事犯である。
(5) 健康侵害事犯の取締り
 国民の生命や身体に直接影響を与える健康侵害事犯の昭和54年における検挙件数は1,297件で、これを法令別にみると薬事法違反、食品衛生法違反、あんま指圧師等法違反、医師法違反の順となっている。
 主な健康侵害事犯としては、健康で長生きしたいと願う人間共通の願望に付け込んで、いわゆる健康食品を医薬品として無許可製造、販売する事犯をはじめ、実害を伴う悪質無免許医業事犯、歯科技工士による無免許歯科医業事犯等が挙げられる。また、犯行の手段、方法もテレビ、新聞等を使って大々的に宣伝するなど悪質化の傾向を示している。
〔事例1〕 内科の医師が、形成外科の高収益性に目を付け、整形クリニックを開業し、女性週刊誌や新聞等にあたかも有名芸能人が整形に訪れるかのような大々的な広告宣伝を行った上、見習看護婦をニセ女医に仕立て上げ、これに整形手術をさせ、多数の患者に手術ミスによる後遺症を発生させていた(千葉)。
〔事例2〕 いわゆる健康食品の販売業者が、肥料の原料である羊、豚、馬 等の獣骨を粉末化したものを活性カルシウム「カルタス」と称して、胃腸病、鼻詰まり、下痢、肩こり等万病に効果があると、テレビ、スポーツ新聞、雑誌等で大々的に宣伝した上、マルチ商法類似の方法で販売し多大な利益を得ていた(北海道)。


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