第4章 犯罪情勢と捜査活動

1 犯罪の発生と検挙状況

(1) 全刑法犯の発生状況
ア 犯罪発生は5年連続増加
 昭和53年の全刑法犯の認知件数は、133万6,922件で、前年に比べ6万8,492件(5.4%)増加し、5年連続の増加となった。
 過去10年間の全刑法犯認知件数と犯罪率(注)の推移をみると、図4-1のとおりで、48年に120万件を割り戦後の最低を示した全刑法犯認知件数は、49年以降増加傾向を続け、53年には、13年ぶりに130万件台を記録した。また、犯罪率も49年以降上昇し、5年連続の上昇となった。

図4-1 刑法犯認知件数と犯罪率の推移(昭和44~53年)

 53年の刑法犯認知件数の包括罪種別構成比は、図4-2のとおり窃盗犯が85.0%を占めて圧倒的に多く、次いで知能犯(6.9%)、粗暴犯(4.4%)、凶悪犯(0.7%)、風俗犯(0.6%)の順となっている。
 過去10年間の包括罪種別構成比の推移をみると、窃盗犯以外の認知件数が全体として減少ないしは横ばい傾向にあるのに対し、窃盗犯の認知件数は増加傾向にあり、その構成比は増加している。
(注) 本章において犯罪率とは、人口10万人当たりの認知件数をいう。

図4-2 刑法犯包括罪種別構成比(昭和53年)

イ 主な罪種の発生状況
(ア) 凶悪犯
 昭和53年の凶悪犯の認知件数は、8,695件で、前年に比べ531件

図4-3 凶悪犯認知件数の推移(昭和44~53年)

(5.8%)減少した。罪種別にみると、殺人の8.3%をはじめ、強盗7.8%、放火7.0%、強姦1.6%といずれも減少した。
 過去10年間の罪種別認知件数の推移をみると、図4-3のとおりで、強姦は減少の一途をたどっているが、殺人は横ばい状態にあり、強盗も48年以降横ばい状態を示している。一方、放火は、45年に急増して以来横ばい状態であったが、51年から急激に増加し、52年には戦後の最高を記録した。53年には減少したとはいうものの、依然として戦後第2位の高い水準にある。
(イ) 粗暴犯
 昭和53年の粗暴犯認知件数は、5万9,055件で、前年に比べ6,661件(10.1%)減少した。罪種別にみると、脅迫の11.1%をはじめ、いずれも7%以上の減少であった。
 過去10年間における粗暴犯の罪種別認知件数の推移は、図4-4のとおり各罪種とも減少傾向にあり、いずれもこの10年間でほぼ半減している。

図4-4 粗暴犯認知件数の推移(昭和44~53年)

(ウ) 窃盗犯
 昭和53年の窃盗犯の認知件数は、113万6,648件で、前年に比べ6万3,255件(5.9%)増加し、5年連続の増加となった。
 手口別にみると、侵入盗は、「空き巣ねらい」、「工場荒らし」、「忍込み」等の減少により3,911件(1.2%)減少した。乗物盗は、「オートバイ盗」、「自転車盗」がそれぞれ大幅に増加したことにより3万4,628件(10.8%)増加し、非侵入盗も「車上ねらい」、「万引き」、「自動販売機荒らし」、「置引き」等が増加し、3万2,538件(7.5%)の増加となっている。
 過去10年間の窃盗犯認知件数の推移は、図4-5のとおりで、49年以降増加傾向にあり、53年の認知件数は26年以降の最高である。これは、主として乗物盗の増加によるものであって、乗物盗は、44年の1.8倍に達している。これに対して、侵入盗及び非侵入盗は、過去10年間、ほぼ横ばい状態で推移している。

図4-5 窃盗犯認知件数の推移(昭和44~53年)

(エ)知能犯
 昭和53年の知能犯認知件数は、9万1,579件で、前年に比べ1万2,625件(16.0%)増加した。罪種別にみると、背任を除きいずれも13%以上増加しており、特に偽造の増加が著しい。
 過去10年間の知能犯認知件数の推移は、図4-6のとおりで、背任及び涜(とく)職は横ばい状態にあるが、詐欺、横領及び偽造は、いずれも増加傾向をみせている。

図4-6 知能犯認知件数の推移(昭和44~53年)

(オ) 風俗犯
 昭和53年の風俗犯の認知件数は、前年に比べ819件(9.0%)減の8,265件であった。罪種別にみても、賭博、猥褻(わいせつ)は前年に比べ減少している。
 過去10年間の風俗犯認知件数の推移をみると、図4-7のとおり減少傾向にあり、罪種別にみても、猥褻(わいせつ)は減少の一途をたどっており、賭博も50年から減少を続けている。

図4-7 風俗犯認知件数の推移(昭和44~53年)

(2) 全刑法犯の検挙状況
ア 検挙件数、検挙人員ともに増加
 昭和53年の全刑法犯の検挙件数は77万9,697件、検挙人員は38万1,742人、

図4-8 刑法犯検挙件数、検挙人員及び検挙率の推移(昭和44~53年)

検挙率は58.3%で、前年に比べ検挙件数及び検挙人員は、それぞれ5万6,188件(7.8%)、1万8,598人(5.1%)増加し、検挙率も1.3%上昇した。
 過去10年間の全刑法犯の検挙状況の推移は、図4-8のとおりで、検挙人員及び検挙率は、おおむね横ばい状態にあるが、検挙件数は、若干の増減はあるものの増加傾向にあり、53年には、41年以降の最高となった。
イ 主な罪種の検挙状況
(ア) 凶悪犯
 昭和53年の凶悪犯の検挙件数は7,678件、検挙人員は7,411人で、前年に比べそれぞれ449件(5.5%)、370人(4.8%)減少したが、検挙率は88.3%で、0.2%上昇した。罪種別検挙率は、殺人96.9%、強姦90.0%、放火87.8%、強盗78.0%である。
 過去10年間の凶悪犯検挙状況の推移は、図4-9のとおりで、検挙件数は減少を続けているが、検挙率は90%前後の高率を維持している。

図4-9 凶悪犯検挙状況の推移(昭和44~53年)

(イ) 粗暴犯
 昭和53年の粗暴犯の検挙件数は、5万4,912件で、前年に比べ5,951件(9.8%)減少したが、検挙率は0.4%上昇して93.0%となった。
 過去10年間の粗暴犯検挙状況の推移をみると、図4-10のとおりで、検挙 件数は大幅に減少しているが、検挙率はわずかではあるが上昇傾向をみせている。

図4-10 粗暴犯検挙状況の推移(昭和44~53年)

(ウ) 窃盗犯
 昭和53年の窃盗犯の検挙件数は59万9,309件、検挙人員は23万1,403人、検挙率は52.7%で、前年に比べ検挙件数、検挙人員は、それぞれ5万807件(9.3%)、2万4,339人(11.8%)増加し、検挙率は1.6%上昇した。
 過去10年間の検挙件数の推移は、図4-11のとおりおおむね増加傾向にあり、手口別にみると、特に乗物盗の増加が著しく、53年は44年の2.2倍に達している。また、検挙人員の推移も、図4-12のとおり増加傾向にある。これを手口別にみると、侵入盗がおおむね横ばい状態にあるなかで、非侵入盗及び乗物盗は増加傾向にある。特に、乗物盗は著しく増加しており、53年は44年の2.6倍に達している。
 検挙率の推移は、図4-13のとおり緩やかではあるが上昇傾向を続けており、53年は52.7%となっている。これを手口別にみると、いずれも、おおむね上昇の傾向をたどっており、53年は、侵入盗62.9%、非侵入盗58.7%、乗物盗35.8%となっている。

図4-11 窃盗犯検挙件数の推移(昭和44~53年)

ウ 年齢層別の検挙人員
 昭和53年の全刑法犯検挙人員(注1)38万1,742人の年齢層別構成比をみると、14~19歳の者が35.9%で最も多く、20歳代の者が23.7%でこれに次いでいる。年齢層別構成比の推移をみると、図4-14のとおりで、14~19歳の構成比が増加しているほか、40歳以上の中、高年齢層も増加傾向にある。
 年齢層別にみた犯罪者率(注2)の推移は、図4-15のとおりで、20歳代が減少傾向をたどっているのに対し、14~19歳と40歳以上は増加傾向にあり、少年と中、高年齢者の犯罪者の増加という特徴をみせている。
(注1) 14歳未満の者による行為は刑罰の対象とならないため、14歳未満の少年で刑罰法令に触れる行為をして警察に補導されたものの数は、検挙人員に含まれない。
(注2) 犯罪者率とは、人口10万人当たりの全刑法犯検挙人員をいう。

図4-12 窃盗犯検挙人員の推移(昭和44~53年)

図4-13 窃盗犯検挙率の推移(昭和44~53年)

図4-14 検挙人員年齢層別構成比の推移(昭和44~53年)

図4-15 年齢層別犯罪者率の推移(昭和44~53年)

2 昭和53年の犯罪の特徴

(1) 激増した金融機関対象強盗事件
 最近、多額のレジャー資金、事業資金等の獲得を目的として、短絡的に、金の集まる金融機関を直接にねらう事件が目立っている。過去10年間の金融機関対象強盗事件の発生件数をみると、図4-16のとおりで、昭和53年は68件発生し、前年に比べ35件(106.1%)増と大幅に増加し、過去10年間の最高となった。

図4-16 金融機関対象強盗事件発生件数の推移(昭和44~53年)

 また、事件の内容をみても、銃器使用事件が6件、顧客等を人質にした事件が8件と凶悪化の傾向を強めている。
 金融機関対象強盗事件を金融機関別にみると、表4-1のとおりで、53年は、52年以前に比べ、郵便局を対象とする強盗事件が多発した。

表4-1 金融機関別強盗事件発生状況(昭和49~53年)

〔事例〕 元土工(32)は、生活資金に窮したため、改造けん銃2丁を隠し持ち客を装って本庄市内の銀行に侵入し、現金5万円をひったくり逃走したが、行員等に追跡されけん銃3発を発射して抵抗した後逮捕された(埼玉)。
(2) 多発した放火事件
 過去10年間の放火犯認知件数の推移をみると、図4-17のとおりで、昭和45年以降増加傾向にあり、53年も2,004件と、戦後最高を記録した前年に比べると若干減少しているものの、依然として放火事件は多発している。
 また、最近5年間の連続放火事件の推移をみると、表4-2のとおりで、53年は92事件、555件と依然として多発している。
 このような状況から、警察庁と科学警察研究所が52年5月から53年4月ま

図4-17 放火犯認知件数の推移(昭和44~53年)

表4-2 連続放火事件の推移(昭和49~53年)

での1年間に検挙した放火被疑者1,050人及びその犯行(未遂を含む。)1,691件を対象に共同して調査、分析した結果は次のとおりである。
ア 放火犯の実態
 放火は、従来女性型犯罪といわれていたが、放火被疑者の性別をみると、圧倒的に男性が多く、女性被疑者の比率は11.0%と53年の全刑法犯の女性被疑者の比率19.1%を大きく下回っている。
 また、放火被疑者を年齢層別にみると、図4-18のとおりで、53年の全刑

図4-18 放火犯の年齢層別比較

図4-19 放火犯の動機

法犯と比べ、放火被疑者には14~19歳の少年は少なく、20~39歳が過半数を占めているのが特徴である。
 さらに、放火被疑者の職業についてみると、無職34.9%、土木建築関係10.5%、工員9.5%、小学生9.1%の順で、これらの者だけで全体の64.0%を占めている。
イ 単一放火犯と連続放火犯の比較
 放火被疑者を、単一放火事件の被疑者(「単一放火犯」という。)と連続放火事件の被疑者(「連続放火犯」という。)に分け、年齢層別にみると、図4-18のとおりで、連続放火犯は、単一放火犯に比べ20~29歳が多くなっている。
 次に、放火の動機をみると、図4-19のとおりで、単一放火犯では、「他人との人間関係での争い」、「夫婦、愛人間の争い」、「親子間の争い」のように、人間関係のもつれが放火と結びつくのに対し、連続放火犯では、「火事騒ぎを起こすため」、「世間に対する不満」、「火の喜び」というような通常人では考えられない動機で放火を行っているのが目立っている。
〔事例〕 大学院生(27)は、無口、内向的な性格で、同じ研究室の者とも折り合いが悪い上、研究も進まなかったので、うっぷんをはらすため、昭和51年10月から53年5月までの間に、連続57件の放火等(焼死者2人を含む。)を敢行した(警視庁)。
(3) 激増する自転車盗、オートバイ盗の実態
 最近、交通事情の悪化、バイコロジーの流行、新型原動機付自転車の普及等により、国民の自転車、オートバイ(自動二輪車、原動機付自転車をいう。)の保有台数の増加は著しく、昭和52年末には、自転車保有台数は約4,748万台で国民2.4人に1台、オートバイ保有台数は約1,005万台で国民11.4人に1台の割合で保有するまでになっている。
 しかしながら、保有台数の増加とともに、自転車盗、オートバイ盗が激増し、図4-20のとおり53年の認知件数は、自転車盗は25万824件、オートバイ盗は7万1,762件と、前年に比べそれぞれ1万5,326件(6.5%)、1万9,077件(36.2%)増加している。
 最近の刑法犯認知件数の増加は、窃盗犯、特に、自転車盗、オートバイ盗の

図4-20 自転車、オートバイの保有台数及び自転車盗、オートバイ盗の推移(昭和44~53年)

認知件数の増加によるものであり、53年の刑法犯認知件数の増加6万8,492件に対し、窃盗犯認知件数の増加は6万3,255件であり、そのうち自転車盗とオートバイ盗の認知件数の増加は合わせて3万4,401件となっている。
ア 大都市ほど高い発生率、増加率
 昭和53年の自転車盗、オートバイ盗の人口10万人当たりの犯罪率を都市規模別にみると、自転車盗については、人口100万人以上の都市が440.2件、人口30万人以上100万人未満の都市が285.7件で、人口5万人未満の都市の55.8件と比べると、発生は大都市に集中している。また、オートバイ盗についても同様の状況にあり、人口100万人以上の都市では83.2件、人口30万人以上100万人未満の都市では88.7件であり、人口5万人未満の都市は32.0件となっている。
 次に、認知件数の増加状況を都市規模別にみると、48年から53年までの間 の増加率は、自転車盗については人口100万人以上の都市と人口30万人以上100万人未満の都市ではそれぞれ87.1%、44.5%であるのに対し、人口5万人未満の都市では29.9%と、大都市ほど自転車盗の増加率は大きくなっている。オートバイ盗についても増加率は同様の状況を示しており、人口100万人以上の都市では108.0%、人口30万人以上100万人未満の都市では94.0%であるのに対し、人口5万人未満の都市では48.7%となっている。
イ 被疑者の第一は学生・生徒
 昭和53年の自転車盗、オートバイ盗の検挙人員の状況を被疑者の職業別にみると、自転車盗については、学生・生徒か33.4%と最も多く、次いで会社員、公務員等23.9%、労務者12.5%となっている。また、オートバイ盗については、学生・生徒が81.2%と大部分を占めている。
 次に、被疑者を年齢層別にみると、自転車盗については、19歳以下が31.8%、20~25歳が23.1%であり、オートバイ盗については、19歳以下の少年が95.7%と大部分を占めている。
 自転車盗、オートバイ盗の激増は、青少年の間に法秩序無視の風潮がまん延しつつあることの徴表ともいえ、その他の凶悪犯罪に対する社会規範力が低下する引き金となることも憂慮されることから、無視できない問題であるといえよう。
(4) 凶悪化した身の代金目的誘かい事件
 最近5年間の誘かい事件の発生、検挙状況をみると、表4-3のとおりで、昭和53年は60件発生し、前年に比べ23件(62.2%)増と大幅に増加した。
 また、誘かい事件のうち、身の代金目的誘かい事件も53年は7件と前年に比べ2件増加し、なかでも49年以降発生していなかった身の代金目的誘かい殺人事件が2件発生しており、凶悪化が目立っている。
〔事例〕 工具販売業者(39)は、約1,500万円の負債支払いに窮し、10月、日立市内の路上において、下校途中の親せき同様の女子中学生(14)を誘かいし、殺害の上近くの山中に遺棄し、被害者宅に身の代金3,000万円を要求した(茨城)。

表4-3 誘かい事件の発生、検挙状況(昭和49~53年)

(5) 目立つ地方公共団体の贈収賄事件
 昭和53年の贈収賄事件の事件数、検挙件数、検挙人員は、図4-21のとおりで、128事件、898件、820人であり、前年に比べいずれも増加した。その特徴としては、地方公共団体の首長らによる事件、公共事業をめぐる事件や賄賂額の多額化が目立ち、また、その態様も要求型等の悪質化の傾向が依然としてみられる。

図4-21 贈収賄事件の事件数、検挙件数、検挙人員の推移(昭和49~53年)

ア 多発した首長による収賄事件
 地方公共団体の首長が各種公共工事の施行に伴う業者の選定、入札、請負契約等に絡んで収賄した事件は、14都県、16事件に及び、検挙事件の12.5%を占め、市長4人、町長13人の計17人を検挙し、前年の8事件の2倍となった。また、これらの首長が受け取った賄賂額は、1人平均約880万円に達し、地方公共団体一般職員の1人平均の賄賂額の8.5倍に達している。
〔事例1〕 北条市長(60)らは、市営団地建設工事の業者選定、請負契約等に関し、請託を受けて大手業者らから現金3,800万円を受け取っていた(愛媛)。
〔事例2〕 平良市長(49)らは、道路工事等の指名競争入札参加者の指定、契約等に関し、業者から現金3,610万円を受け取っていた(沖縄)。
イ 急増した公共事業をめぐる贈収賄事件
 民間の設備投資が相変わらず振るわないところから、土木建設業者は各種公共工事の受注に強い意欲を示し、これをめぐっての贈収賄事件の摘発が目立ち、前年に比べ約30%増加した。
ウ 目立った要求型等の悪質贈収賄事件
 公務員が賄賂を要求するいわゆる要求型の事犯、あるいは、賄賂を受け取ることによって不正を行うなどの悪質事犯は、全体の43.6%と前年同様高い比率を占め、悪質化の様相を強くしている。
〔事例1〕 三戸地区塵芥処理組合管理者(58)らは、焼却炉建設工事に関し、入札予定価格を漏らすとともに他業者の見積額を開封して特定業者に事前に教え、公正な入札を妨害するなどの不正を行い、業者から1,140万円相当の賄賂を受け取っていた(青森)。
〔事例2〕 長崎県西有家町長(52)らは、水道工事の業者選定、契約等に関し、工事を請け負わせる代償として賄賂を要求し、業者から現金約1,290万円を受け取っていた(福岡)。
エ 賄賂額の多額化
 昭和53年に検挙された贈収賄事件の賄賂総額は、4億1,445万円、収賄者 1人平均約153万円であり、前年に比べそれぞれ倍増しており、賄賂額の多額化が注目される。また、最近5年間の賄賂額1,000万円以上の大型事件数については、表4-4のとおりである。

表4-4 多額贈収賄事件の検挙状況(昭和49~53年)

〔事例〕 泉北環境整備施設組合総務部長(39)らは、下水管工事等の業者選定、契約等に関し、業者から3,362万円相当の賄賂を受け取っていた(大阪)。
(6) 広域化する知能犯罪
 昭和53年は、景気が好転の兆しをみせたものの、予想をはるかに上回る急激な円高現象や高水準の企業倒産等厳しい環境のまま推移し、雇用不安等の様相を増大させた。
 こうしたなかで知能犯罪(贈収賄を除く。)の検挙件数は、前年に比べ約18%増加しており、その内容をみると、一般大衆をねらった広域的詐欺事件、資金繰りに窮する中小企業経営者をねらった手形パクリ事件等の検挙が目立った。また、不動産取引をめぐる知能犯罪が増勢に転じたことが注目される。
ア 目立った大衆相手の広域的詐欺事件
 昭和53年は、夢のような話をえさに全国の勤労青年から出資金名下に現金をだまし取った事件、優良銘柄株式の買付け名下に現金をだまし取った事件等大衆のそこはかとない欲望をくすぐる形で投資意欲を巧みに利用した広域にわたる新しい型の詐欺事件が目立った。
〔事例〕 元倉庫番(38)は、実態のない連鎖講類似の会を作り、新設する会社の管理職としてのポスト、住宅、自動車、高額の月収を保証するとの口実で、25都道府県の勤労青年350人から出資金名下に4億6,310万 円をだまし取った(兵庫)。
イ 目立った手形パクリグループの暗躍
 昭和53年の有価証券をめぐる知能犯罪の検挙状況は、表4-5のとおりで、前年に比べ検挙事件数は減少したものの、検挙人員、被害額とも増加している。なかでも手形ブローカーによるものが、被害額で3.5倍、検挙人員で5倍に増加し、長期不況による業績の悪化から手形割引先に苦慮する中小

表4-5 有価証券をめぐる知能犯罪の検挙状況(昭和52、53年)

企業経営者をねらう手形パクリグループが全国的に暗躍したことを示した。
〔事例〕 常習手形パクリグループが、実態のない架空会社を設立し、それぞれ融資役、仲介役、勧誘役等の役割を分担仮装して、10都府県にわたり、資金繰りに窮した中小企業18社から割引名下に約束手形(額面合計18億2,197万円)をだまし取った(兵庫)。
ウ 不動産取引をめぐる知能犯罪の増加

図4-22 不動産取引をめぐる知能犯罪の検挙状況(昭和49~53年)

 最近5年間における不動産取引をめぐる知能犯罪の検挙状況は、図4-22のとおりで、検挙事件数は昭和49年から減少傾向を示していたが、地価が上昇に転じた53年には、再び増加傾向を示したことが注目される。
〔事例1〕 地面師(45)らがグループを組み、売手と買手を仮装し、不動産屋等を対象に口実を設けて取引代金の一時立替金名下に10都府県にわたり、25人から3億6,942万円をだまし取った(岐阜)。
〔事例2〕 不動産ブローカー(59)らが共謀して、他人の土地や訴訟物件を自己の所有物や売買の委託を受けた物件、あるいは問題のない物件として、売買名下に7都県にわたり、38人から土地代金として3億800万円をだまし取った(宮城)。

3 暴力団の取締り

(1) 山口組等特別集中取締りの実施
ア 山口組組長そ撃事件の発生
 7月11日、京都市内のキャバレーにおいて、全国最大の規模を有する広域暴力団山口組組長田岡一雄が組員数人と遊興中、けん銃でそ撃された。その後の捜査で、犯人は、2年前に山口組の手によって会長を射殺された大阪の暴力団松田組系大日本正義団の組員と判明した。同組員が山口組組長をそ撃したのはその報復のためであるとみられ、山口組及び松田組の動きもにわかに緊迫化するなど、ここ数年来繰り返されてきた山口組対松田組の対立抗争(注)は再び激化する様相を呈した。
(注) 山口組と松田組の対立抗争は、昭和50年7月、大阪府豊中市内において、山口組さん下組員3人が、賭場のいざこざから松田組さん下組員に射殺されたことに端を発し、51年10月には、松田組系大日本正義団会長が山口組系組員に射殺されるなど、53年7月11日までの約3年間に10回にわたって対立抗争事件を繰り返してきたものである。
イ 山口組の報復
 法と秩序を無視した暴力団の私闘は絶対に許されない。警察は、対立抗争の 未然防止と市民生活の平穏確保のため、大量の制服警察官を出動させて警戒に当たった。しかし、暴力団社会では、「やられたら、やり返す」というのが不文律である。組長をそ撃された山口組では、組のメンツをかけ、警察の警戒の目をくぐって松田組系さん下組織に対し、執ような報復行為を行うに至った。
○ 8月17日夜、大阪市内の公衆浴場の入口で村田組幹部を射殺した。
○ 9月2日夜、和歌山市内の西口組組長宅前で同組員2人を射殺した。
○ 9月24日白昼、和歌山市内の路上で杉田組組長を射殺した。
○ 10月8日白昼、尼崎市内の路上で石井組組員を射殺した。
○ 10月24日早朝、大阪市内のアパートで賭博中の大日本正義団舎弟を呼び出し射殺した。
 上記のように山口組の報復は、正に暴力団としての本質をむき出しにしたものであり、わずか3箇月余りの間に松田組への報復は9回にも及び、死者6人、負傷者4人を出すという凶悪なものであった。
ウ 特別集中取締りの実施
 山口組の凶暴な報復は、国民に改めて暴力団の凶悪な本質を認識させ、大きな不安を与えるとともに、暴力団問題が問い直される事態になった。
 このため警察では、山口組をはじめとする関係暴力団の不穏動向を封圧するとともに、これを契機としてこれらの組織に対し、効果的打撃を与えるため、10月11日から12月31日までの間を「山口組等特別集中取締り」期間として全国的規模による強力な取締りを実施することとした。すなわち、山口組、その分派である菅谷組及び山口組の対抗団体である関西二十日会加盟暴力団(注)を取締りの対象とし、これらの団体の勢力の強い26府県警察においては、通常のほぼ2倍に上る特別専従体制をもってこれに臨んだ。
(注) 関西二十日会とは、昭和45年8月に山口組の進出に危機感をもった関西以西の反山口組系暴力団により結成された親ぼく組織で、53年末現在では、松田組等9団体が加盟していた。
エ 取締りの成果と今後の対策
 約80日間にわたる特別集中取締りにおいては、延べ1万9,163人の警察官を動員し、対象団体の暴力団組員を2,421人検挙するとともに、2,501箇所の

表4-6 特別集中取締りにおける検挙状況

捜索を行い、けん銃101丁、覚せい剤932グラムを押収した。検挙した暴力団組員のなかには幹部647人が含まれており、その内訳は、表4-6のとおり中枢幹部19人、活動幹部114人、その他の幹部514人となっている。なお、検挙した中枢幹部のなかには、山口組直系の若衆12人が含まれており、その約半数は、山口組の最高幹部級(若頭補佐)である。
 このように山口組に対する徹底した取締りは、組織の中枢部に大きな打撃を与える結果となり、山口組では毎月開かれる最高幹部会や定例会への出席者も激減し、組織運営に支障を来すとともに、大阪や長野等では解散するさん下団体が出始めるなど、内部的動揺もみられるに至った。
 山口組等特別集中取締りは、山口組の報復行動を封圧し、松田組との長期にわたる対立抗争を終結に追い込むなど相当な成果を収めることができたが、まだ壊滅への決定的打撃を与えたとはいえない。過去の暴力団に対する集中取締りにもみられるように、警察が追撃の手を緩めると再び活動を始めることは明白である。今後も、特別集中取締りの成果を踏まえ、更に厳しく、より徹底した追撃捜査を継続して、広域暴力団山口組を追い詰めていくことが必要である。
(2) 暴力団の現況
ア 勢力状況
 警察では握している暴力団の団体数と構成員数は、昭和53年末現在におい て2,525団体、10万8,700人で、前年に比べ団体数において23団体(0.9%)、構成員数において434人(0.4%)増加している。また、2以上の都道府県にわたって組織を有するいわゆる広域暴力団は、53年末現在で83系統、2,003団体、6万4,165人であり、前年に比べ64団体(3.3%)増、1,223人(1.9%)増と、これもわずかながら増加している。
 過去18年間の全暴力団及び広域暴力団の団体数、構成員数の推移は、図4-23、図4-24のとおりである。

図4-23 暴力団団体数の推移(昭和36~53年)

図4-24 暴力団構成員の推移(昭和36~53年)

 全暴力団の団体数、構成員数は、38年をピークに以後年々減少を続けてきたが、53年末現在の団体数は前年より若干増加している。
 これに対し、広域暴力団の団体数及び構成員数は、45年にピークに達した後、ほぼ横ばい傾向を続け、53年末現在、全暴力団のなかに占める広域暴力団の比率は、団体数で79.3%、構成員数で59.0%となっている。また、指定7団体の勢力状況は、表4-7のとおりで、53年末現在955団体、3万2,614人であり、この7団体だけで全暴力団中、団体数で37.8%、構成員数で30.0%(広域暴力団のなかでは、団体数で47.7%、構成

表4-7 指定7団体勢力状況(昭和53年)

員数で50.8%)を占めている。
イ 暴力団社会へ流入する「金」
 暴力団社会を支え動かしているものは、暴力組織の威嚇力を背景に様々な形で暴力団員とその組織が獲得する「金」である。この「金」が暴力団員の安逸な生活を可能とし、暴力団社会の人的結合、組織的結合を支え、さらには、犯罪動機、対立抗争原因等を形成する。警察では、部外有識者の協力を得て、既存資料等を基に暴力団社会へ流入する資金量の全体像について、2種類の方法により推計を行ったが、その結果は次のとおりである。
(ア) 暴力団員の平均収入合算法による推計額
 これは、現在警察では握している暴力団員を、科学警察研究所の研究に基づく5つの生活実態の類 型(組定着型、組依存型、女依存型、親依存型、下層労働者型)に分類し、それぞれの類型ごとに暴力団社会の外から獲得する1人当たりの平均年額を推定して、各類型の総額を積算し、さらに、これを合算して暴力団員全体が暴力団社会の外から獲得する資金総額を算出したもので、この推計によれば、1兆819億8,600万円となる。
(イ) 獲得手段別収入合算法による推計額
 これは、暴力団の資金源の主な態様、手段ごと、すなわち、覚せい剤の密売、ノミ行為、賭博等の非合法活動、あるいは企業経営等の合法活動のそれぞれにつき、その資金獲得活動を通じて暴力団社会の外から獲得する資金総額を算出したもので、この推計によれば、1兆376億1,700万円となる。
 なお、非合法活動による獲得資金の内訳は、図4-25のとおりで、覚せい剤密売の4,579億6,100万円、ノミ行為の1,753億6,600万円、賭博の691億9,400万円が上位を占めている。

図4-25 暴力団の非合法活動による資金獲得状況

ウ 犯罪傾向
(ア) 暴力団犯罪の検挙状況
 昭和53年における暴力団員による犯罪の検挙状況は、6万9,753件、5万8,750人で、前年に比べ件数で3,527件(5.3%)、人員で1,399人(2.4%)と、いずれも増加し、検挙人員数では過去15年間の最高を記録した。また、罪種別検挙状況は、図4-26のとおりで、傷害、覚せい剤取締法違反、暴行、賭博、恐喝の順で、依然として粗暴犯が多い。また、前年に比べ傷害及び暴行の検挙人員は相当減少し、覚せい剤取締法違反、ノミ行為(競馬法違反、自転車競技法違反等)、賭博、恐喝等が増加している。特に、ノミ行為や覚せい剤事犯の増加が著しいのは、暴力団員の資金獲得活動がこの分野で活発化してきていることを実証するものとして注目される。
(イ) 暴力団のけん銃武装の一般化
 昭和53年に警察が暴力団犯罪の捜査を通じて押収したけん銃数は、1,021丁(うち真正けん銃は396丁で、全押収数の38.8%)であり、前年に比べ総数で285丁減少している。これは、警察の厳しい取締りによって隠匿する手段

図4-26 検挙された暴力団員の罪種別構成比(昭和53年)

が巧妙化し、けん銃の発見、押収が一段と難しくなったためとみられる。
 しかし、暴力団の対立抗争のほとんどにけん銃が使われ、また、暴力団員の家庭で幼児かげん銃をおもちゃにしているうちに暴発事故を起こすなど、けん銃所持の日常化、暴力団のけん銃武装の一般化の傾向が一層進んでいることを物語る事件が続発している。
 一方、51年の銃砲刀剣類所持等取締法の改正によって、改造不能なモデルガン以外の製造販売はできぬよう規制が強化されたため、50年までは25%以下であった押収けん銃中に占める真正けん銃の比率が、52年39.2%、53年38.8%と上昇している。
(ウ) 対立抗争事件の広域化、凶暴化
 対立抗争事件の発生件数の推移は、図4-27のとおりで、昭和53年は警察 の先制的取締りの強化等によって、18件、45回の対立抗争事件の発生にとどまり、前年に比べて件数で10件、抗争回数で36回それぞれ大幅に減少した。
 しかし、内容的にみると、銃器を使用した対立抗争の割合は依然として高く、抗争における死者の数においては前年の2倍に当たる14人に増加し、その凶暴化の傾向を表わしている。
 また、山口組対松田組の対立抗争に示されるとおり、抗争期間の長期化、抗争地域の広域化が最近の対立抗争の大きな特徴で、その手段、方法も綿密な計画に基づく襲撃により、一般市民の集まるキャバレー、飲食店、銭湯等場所を構わず発砲するなど悪質化している。

図4-27 対立抗争事件の発生件数及び銃器使用の比率の推移(昭和44~53年)

エ 暴力団犯罪の国際化
 我が国の海外旅行ブームは年々高まってきており、毎日平均約1万人の旅行者が海外に向けて出発している。暴力団もまた、国内で警察の厳しい取締りや国民の暴力排除活動の高まりなどによって次第に活動の場を奪われ始めたことにより、増加した海外旅行客を相手とした非合法な資金活動等を行うため、盛んに海外進出を図っており、それに伴って暴力団犯罪の国際化が最近の著しい傾向となっている。
 彼らは、韓国、東南アジア、ハワイ、アメリカ西海岸等を中心に世界各地へ足を伸ばしており、国内で賭客を募って賭博ツアーを組んだり、あるいはゴルフコンペを海外で開催するほか、覚せい剤やけん銃を密輸入したりする など合非両面にわたって活動している。
〔事例〕 稲川会理事長等稲川会最高幹部が、韓国公営カジノで行われるバカラ賭博をするように装い、不動産会社社長らを誘って賭博ツアーを組み、韓国釜山市内のホテルで私設バカラ賭博場を開設し、イカサマの方法で、同社長らを約3億2,000万円負け込ませ、帰国後これを取り立てていた事件を検挙した(警視庁)。
(3) 暴力団対策
ア 直接制圧活動
 暴力団に対する「直接制圧作戦」は、個々の暴力団の存立基盤である人(構成員)、金(資金源)、物(武器)のすべてに対して警察力によって徹底的に攻撃を加え、彼らのあらゆる活動を粉砕していくことである。
 暴力団の人的基盤を崩壊させるためには、組織のかなめである首領、幹部級を多数、集中的に検挙して服役させることが極めて有効である。これらの

表4-8 暴力団の中枢、活動幹部隔離率一覧表(昭和53年)

者の「服役及び服役見込み(公判係属中又は判決後で服役が予定されている者)の比率」(隔離率という。)を昭和53年5月20日及び12月31日現在でみると表4-8のとおりで、10月以降集中取締りを加えた山口組及び稲川会の中枢幹部隔離率は、5月より12月の方が高くなっている。
 さらに、6月30日現在における活動幹部の隔離率は、全国で7,816人の活動幹部のうち13.2%(1,030人)が服役中、8.4%(655人)が服役見込みで、計21.6%(1,685人)となっている。
 また、ますます多様化の様相を呈している暴力団の資金獲得活動に対しては、知能暴力、覚せい剤・麻薬、ノミ行為等の集中取締りを次々と実施して、その封圧を図っている。
 一方、暴力団の武装化傾向に対しても、山口組組長そ撃事件を契機として7月から9月を全国暴力団けん銃集中捜査期間とし、5,082回にわたる関係箇所の捜索の結果、176丁のけん銃をはじめ猟銃、日本刀等多数の武器を押収した。
イ 総会屋対策の推進
(ア) 総会屋の特徴的動向
 最近における総会屋の特徴的動向としては、第1に、暴力団が総会屋分野に進出し、総会屋をその支配下に置く傾向を一段と強めていることである。昭和47年ごろから警察の厳しい取締りに追い詰められた暴力団の間に総会屋へ進出する傾向が見えはじめ、その数は年々増加し、53年には約1,000人に上り、総会屋中に占める暴力団の比率は増加してきている。このような暴力団の進出により、それまでは暴力団と関係がなかった総会屋の間にも、特定暴力団と手を結んでその力を利用するという集団化、グループ化の傾向が一般化し、現在の総会屋世界は、暴力団にその主導権を握られた「暴力支配の世界」に変質しようとしている。
 第2は、活動の多様化傾向である。最近は、従来からの株主総会における議事進行あるいはその妨害等の活動に加え、ほとんどの者が雑誌、新聞等の刊行物を発行し、広告料、購読料等の名目で定期的な収入を確保している。 また、それらの雑誌、新聞に企業の内幕や役員のスキャンダル等を掲載し、あるいは掲載をにおわせて信用失墜を恐れる企業から金銭を脅し取り、更にはゴルフコンペ、セミナー、海外視察旅行、観劇会、各種パーティ等を開催して、祝儀等の名目で収入の増大を図るなどの活動を活発化させている。
 第3は、活動地域の広域化傾向である。従来は、上場企業の集中している東京、大阪、名古屋か主たる活動地域であったが、最近では、地方中小都市にも上場企業が増加したことなどから、ほとんどの総会屋が国内全域に活動範囲を広めている。
〔事例1〕 暴力団住吉連合幹部Aは、総会屋Bとともに、9月、都内C劇場の入場料4,200円席800席を借り切り、企業の総務担当者、女子職員、家族らを招いて観劇会を開催し、多額の会費を集めた。
〔事例2〕 山口組系暴力団組長Aは、東京都や静岡県の企業の株式を取得して、それを配下組員に分割し、それぞれの企業の株主総会に組員を10人くらいずつ出席させ、会場前列に席を占め示威運動をしていた。
(イ) 総会屋対策
 警察では、総会屋の違法行為に対する検挙の徹底を期すとともに、企業における防衛対策の強化を促進してきているところであり、昭和53年においても約400人の総会屋を検挙している。
〔事例〕 自称日本都市労働党党首Aらは、7月、B銀行C支店に対し、同銀行の千株券を一株券に分割要求したが拒否されると、一口100円の普通預金や定期預金をさみだれ的に行うなどのいやがらせをした上、重ねて分割要求し、これも拒否されると、8月、約3時間の間に153回にわたって無用の電話を掛けるなど同支店の業務を妨害した(警視庁)。
 総会屋排除の実を上げるためには、単に企業の株主総会担当者のみならず、企業の幹部自体の姿勢が問題であるところから、警察庁では、3月に全国銀行協会連合会の理事会において、4月には証券12社の役員に対し、総会屋との絶縁要請を行った。また、同時に都道府県警察においても同様の働き掛けを実施した。その結果、銀行、証券会社をはじめ一部の企業が4月から賛 助金の2割カットを実施するに至り、次第に他企業にも波及効果を及ぼしてきており、北海道をはじめ埼玉.千葉等の11道県に「企業防衛対策協議会」が相次いで発足するに至った。また、ゴルフコンペ、観劇会、講演会等についても9月以降11件を中止させた結果、これらの行事への不参加を決議する企業が多くなっている。
〔事例〕 二部上場企業のA電機は、円高の影響を受けて利益が減少したことなどを理由に、7月、出入りの総会屋182人全員に賛助打切りの通告をした。
(ウ) 今後の展望
 現在、法務省において会社法の全面改正作業が進められており、このなかには総会屋対策を意識した条項が盛り込まれている。このため法改正を見越した総会屋の活動は、ますます活発化するものとみられるので、企業防衛対策協議会等との連携を更に緊密にするとともに、企業パトロール等を強化して総会屋の犯罪取締りを強化していく必要がある。
ウ 暴力団に対する総合対策の推進
(ア) 体制の整備
 暴力団問題は、暴力団の活動基盤の根深さ、広さなどからみても、幅広い社会政策的見地から解決していかなければならない面が多い。また、警察は、徹底的に暴力団に対して直接制圧を行うと同時に、国民の暴力排除気運を醸成していく「孤立化作戦」を強力に推進していかなければならない。
 そこで、より広範な視野から関係行政機関、団体等と連携し、国民と一体となった総合的な暴力団対策が必要であることから、昭和53年4月、警察庁に「暴力団対策官」を新設した。
 また、都道府県警察においても、埼玉県に暴力団対策を所掌する捜査第四課が新設され、あるいは岐阜、岡山、山口、愛媛、大分、沖縄の各県に暴力対策官等が設置された。
 さらに、都道府県警察間の情報交換と連絡をより緊密にする目的から、6月に指定7団体及び総会屋に関する「広域暴力団等情報センター」を関係都 府県に発足させて、指定7団体を中心とする広域暴力団情報の集中的な管理体制の強化を図っている。
 このような体制の整備、強化と併せ、総合的暴力団対策の具体化を図るため、関係行政機関や民間諸団体に働き掛けており、12月には国税庁と警察庁のトップ会談を行い、暴力団員に対する課税措置を図るなど、その具体的推進に努力している。
(イ) 国際協力
 暴力団の海外進出、暴力団犯罪の国際化に伴い、その活動が海外の新聞、テレビ等でも報じられるなど、我が国の暴力団に対する国際的な関心が高まってきている。こうした国際的関心を背景に、5月30日から3日間パリで開催された国際刑事警察機構(ICPO)の犯罪予防に関するシンポジウムには、警察庁からも担当官が出席し、我が国の暴力団の実態とその対策について説明するとともに、暴力団犯罪の国際化に対処する上で幅広い捜査協力を要請した。
 また、6月20日から3日間東京においてアメリカ連邦司法省麻薬取締局と我が国の警察との間で、日米暴力団対策会議が開かれ、東南アジア、ハワイ、アメリカ西海岸等を中心とする暴力団の活動に関して、実務レベルの情報交換を行った。
(ウ) 暴力排除活動
 山□組組長そ撃事件を契機として、関西地方を中心に全国の新聞、雑誌等が暴力団問題を大きく取り上げ報道したことから、暴力団の凶悪さ、反社会性が改めて浮き彫りにされ、国民の暴力団問題に対する関心はかってないほど高まった。
 警察は、国民の要望にこたえ、また、暴力排除気運を醸成するため、各地で暴力団の「義理かけ」を厳しく規制し、公共施設から暴力団を締め出し、あるいは市民の暴力団事務所立ち退き要求や暴力排除集会等を全面的に支援するなど、「孤立化作戦」の中心をなす暴力排除活動を強力に推進した。
 一方、市民サイドにおいても、各地での暴力排除集会の開催、新たな暴力 排除組織の結成、あるいは地方議会や地域、職域団体で暴力排除決議か行われるなど、暴力排除活動は一層の高まりをみせた。
 今後も、こうした市民の暴力排除の声を更に高め、すべての分野から暴力団を駆逐し、壊滅するために、一層強力な体制で総合的な暴力団対策に取り組んでいかなければならない。

4 犯罪による被害とその影響

(1) 被害の概要
 昭和53年の犯罪による被害についてみると、死傷者数は4万1,479人で、44年の7万5,793人に比べ大幅に減少しているものの、その内容をみると死者の割合が増加し、犯罪の凶悪化の傾向かうかかえる。
ア 犯罪による死者は減少
 犯罪による死者数の推移は、表4-9のとおりで、昭和44年以降減少傾向にあり、53年は2,669人と過去10年間の最低となっている。罪種別にみると、放火、失火を除く各罪種では、死者数、認知件数ともに前年に比べ減少している。

表4-9 犯罪による死者数の推移(昭和44~53年)

イ 犯罪は住宅地域中心に発生
 昭和53年の犯罪の発生地域別構成比をみると、住宅地域での発生が多く、全刑法犯の52.1%、凶悪犯の56.9%、窃盗犯の53.4%、風俗犯の54.5%に及んでいる。また、47年には繁華街での発生が最も多かった粗暴犯、知能犯についても、53年は住宅地域での発生が第一となっている。
 次に、発生場所別にみると、凶悪犯では住宅内が47年には38.1%であったが、53年には48.5%となっており、なかでも殺人では56.5%を占めている。
ウ 少年、老人に増加した殺人被害
 昭和53年の殺人、強盗について年齢層別被害者率(注)をみると、殺人では、30~39歳が2.6人と最も多く、次いで40~49歳、20~29歳の順となっており、47年と比べると、最も多かった20~29歳が3.1人から1.8人へと大幅に減少したことと、19歳以下の少年と60歳以上の老人か増加していることが注目される。強盗では、20~29歳が2.9人と最も多いか、47年の4.5人と比べると大幅に減少している。
(注)年齢層別被害者率とは、同年齢層の人口10万人当たりの被害者数をいう。
エ 無職者に多い殺人被害
 昭和53年の殺人、強盗の被害者について職業別構成比をみると、殺人では、無職者か36.8%と最も多く、次いで風俗営業・飲食業関係者11.2%となっている。また、強盗については、会社員12.4%、主婦10.5%の順となっている。
(2) 独居者被害の殺人、強盗事件
 最近、核家族化の傾向等を反映して、表4-10のとおり1人世帯の世帯数の増加が目立っている。これに伴い、独居者(日常、居宅で寝食を一人でな

表4-10 1人世帯の世帯数の推移

す者をいう。)の数も増加しているものと推定され、独居者が被害者となる凶悪犯罪も多発している。
 そこで、昭和53年に発覚した独居者が自宅において被害を受けた殺人、強盗事件167件について調査、分析した結果、次のような特徴がみられる。
 まず、独居者の被害を発生地の都市規模別にみると、167件中89件(53.3%)は、人口100万人以上の大都市で発生している。
 また、被害を受けた独居者(独居被害者という。)の職業をみると、風俗営業・飲食業関係者の占める割合が24.0%と最も高く、次いで会社員の16.2%、学生6.6%、公務員6.0%の順になっている。
 次に、独居被害者の性別をみると、女性が73.6%を占め、53年の殺人、強盗事件の被害者のうち女性の占める比率40.3%より大幅に高くなっている。
 さらに、独居被害者を年齢層別にみると、図4-28のとおりで、20~24歳が21.5%と最も高く、次いで60歳以上の20.9%となっている。また、女性だ

図4-28 独居被害者の年齢層別被害状況

けについてみても、20~24歳22.7%、60歳以上19.5%の順となっている。
 最後に、独居被害者の家屋の状況をみると、木造アパート40.7%、次いで一般住宅25.7%、鉄筋アパート・マンション16.8%の順となっており、寄宿舎・独身寮の比率は低くなっている。
(3) 殺人事件等の被害の実態
 警察庁が昭和53年4月から6月にかけて実施した調査に基づき、52年における殺人等の故意の犯罪により死亡した被害者(被害者という。)について分析した結果は次のとおりである。
ア 過半数は親族間の犯罪
 まず、罪名別の被害者数は、表4-11のとおりとなっている。

表4-11 罪名別にみた被害者数

 次に、これを加害者との関係別にみると、表4-12のとおりで、被害者が、配偶者、父母等の親族により殺害されたものが全体の57.2%で半分以上となっている。このなかでも、子供が父母に殺される事案が特に多く、親族間の犯罪のなかで、61.0%に達している。その一方では、全く面識のない者により殺された者が161人おり、非親族間の犯罪の被害者の26.0%を占めている。

表4-12 加害者との関係別にみた被害者数

イ ほとんど受けることのない損害賠償
 殺された被害者の遺族等が、その加害者等に対し民事上の損害賠償請求をどれほど行っているかを調べたのが、表4-13である。
 損害賠償の請求については、この調査が被害時から約1年半ないし約半年経過した時点でなされたにもかかわらず、既に請求している者は7.5%にすぎず、これに今後請求するつもりの者を含めても11.0%にとどまる。今後も請求するつもりのない者のなかには、「相手が親族である」、「被害者にも落ち度がある」などの理由で請求しない者も相当多数認められ、必ずしもすべての者が損害賠償の請求を行う意思があるとはいえないが、加害者が刑に服したとか資力がないなどの理由で請求を断念している者も少なくない。
 また、損害賠償を請求した者等が実際にどの程度の額を受領しているかについてみると、表4-14のとおりで、見舞金等何らかの名目で加害者側から

表4-13 損害賠償の請求状況

遺族等に対して支払われた金銭を損害賠償とみなすと、それらの金銭を受領した者は全体の7.8%でしかなく、しかも、そのうちの32.4%は100万円未満にとどまっており、満足に損害賠償を受けている被害者の遺族等は極めて少ないといえる。
ウ 遺族の生活への影響
 殺された被害者の遺族2,529人についてみると、遺族が受けた経済生活上の影響は、表4-15のとおりで、経済生活上影響なしと答えている者が58.0%あるが、これは子供が親に殺された場合等には顕著な影響の出ないことなど

表4-14 損害賠償の受領状況

表4-15 遺族が受けた経済生活上の影響

によるものと考えられる。しかし、影響を受けている者のなかには、かなりの困窮状態に陥ったのではないかと予想されるものもある。
 また、これらの遺族が受けた一身上の影響については、表4-16のとおりであり、影響を受けている者については、「その他」という項目に該当しているものが多いが、これは、犯罪の被害者の遺族が複雑多様な一身上の影響を受けていることを示すものと思われる。

表4-16 遺族が受けた一身上の影響

5 国際犯罪の捜査

(1) 増加した外国人犯罪
 我が国で検挙した外国人被疑者数は、近年ほぼ減少傾向を示しているが、いわゆる一般外国人(中国人、韓国・朝鮮人及び在日米軍関係者以外の外国人)の刑法犯による検挙人員は、図4-29のとおり増加傾向を示し、昭和53年は、前年比13.0%増の390人と過去10年間で最高となっている。
 ところで、国際化時代を迎え、我が国に入国してくる外国人数は年々増加の一途をたどっており、53年の入国外国人数101万7,149人(前年比3万4,080

図4-29 一般外国人の犯罪(昭和44~53年)

人増)に達している。このような傾向に伴い、一般旅行者に紛れて国際常習犯罪者が我が国に入国し犯罪を行う例が今後とも増加するものと思われる。
 これらの犯罪の特色をみると、国際的な常習犯罪者による犯行が多くみられることや、偽造旅券を使って我が国に入国し、短期間に集中的に犯行を重ねて、その後直ちに出国してしまう事案が多く発生していること、また、犯罪の内容として、連続的なすり、買物盗、外国人による国外犯としての偽造公文書行使等悪質なものが増えていることなどが挙げられる。この種の犯罪動向に的確に対処し、国内における犯罪の未然防止と早期検挙を図るため、ICPO-インターポール-(国際刑事警察機構)ルートその他を通じての外国警察との緊密な連携により、関連情報の迅速、的確な入手がますます必要となっている。
〔事例1〕 4月、東京都内で連続発生していた買物盗事件の被疑者として、フィリピン人を現行犯逮捕したが、この者は、52年11月にすり犯で警視庁に逮捕され、53年2月に有罪判決が確定して国外退去になったにもかかわらず、別名の旅券で再び我が国に入国し、逮捕されるまでに被害金総額265万円余りにわたる犯行を重ねていた(警視庁)。
〔事例2〕 10月、アンカレッジ空港で偽造の日本旅券を行使してアメリカに入国しようとして入国を拒否され、帰国途中の香港系中国人2人を成 田空港において、外国人による偽造公文書行使の国外犯として逮捕した。その後の捜査で、旅券を香港の偽造グループに流していた日本人1人、香港系中国人1人を逮捕するとともに、旅券を提供していた日本人10人を検挙した(千葉)。
(2) 目立った国外逃亡事案
 近年、交通機関の発達や海外旅行の大衆化に伴い、国内で犯罪を犯した被疑者が海外に逃亡する事案が続発しており、全国に指名手配されている被疑者で国外に逃亡したとみられる者は、約90人の多数に上っている。
 被疑者が国外に逃亡した場合には、まずICPOルートによって加盟各国の警察機関に所在調査等を依頼し、場合によっては、ICPO事務総局に国際手配書の発行を求めている。そして、被疑者の所在が明らかとなった場合には、外交ルート又は所在地国の国外退去処分によって身柄引渡しを受けることとなる。いずれにしても、逃げ得は絶対に許さないという基本方針の下に、逃亡被疑者の身柄の確保に努めている。
 この結果、昭和53年は、タイ及びフィリピンからのけん銃密輸入事件の重要被疑者やICPO事務総局に国際手配書の発行を依頼していた覚せい剤密輸入事件被疑者等5件7人の重要事件被疑者の身柄を外国から引き取ったが、これは前年の2件2人に比べ急増している。
〔事例1〕 11月、暴力団絡みのタイルートけん銃密輸入事件の重要被疑者で、3年間にわたってタイに逃亡し、更にシンガポールに逃げていたものが国外退去となったため、神奈川県警察は、公海上の日航機の中で逮捕した。
〔事例2〕 8月、覚せい剤密輸事件の被疑者で、我が国の依頼によりICPO事務総局から国際手配書が発行されていたものが、台湾で逮捕され国外退去となったため、京都府警察は、警察官を被疑者の帰国便(外国航空機)に同乗させて、成田空港に到着した時点で逮捕した。
(3) 海外における日本人の犯罪
 日本人の海外への出国者数は、引き続いて増加しており、昭和53年は352万5,110人と前年に比べ37万3,679人増加している。このようななかで、海外において犯罪者として検挙された日本人で、ICPOルート又は外交ルートにより通報を受けたものの数は、図4-30のとおり最近やや減少傾向にあったが、53年は146人と前年に比べて13人の増加となっている。

図4-30 日本人の海外における犯罪(昭和44~53年)

 これらの犯罪の内容をみると、最近顕著にみられる暴力団の海外進出に伴い、暴力団員又はその周辺にいる人物が、けん銃、麻薬あるいは覚せい剤の所持等で検挙される例が目立っている。
〔事例〕 8月、タイにおいて発生した日本人殺害事件の捜査を進めていたタイ警察は、9月29日から10月4日にかけて、日本人2人、タイ人3人を殺人事件の被疑者として逮捕した。
(4) 外国警察との捜査共助
 国際犯罪の捜査を進める上で、外国警察との捜査共助は極めて重要である。こうした国際捜査共助を行う上でかなめとなっている機関がICPOである。ICPOの活動は多岐にわたっているが、そのうち重要なものは、国際犯罪に関する情報交換と犯人の逮捕、引渡しについての円滑な協力の確保である。ICPO事務総局が取り扱った国際犯罪の件数は年々増加の一途をたどっており、なかでも麻薬犯罪や通貨等の偽造、変造事件に係るものが多い。
 我が国は、昭和27年にICPOに加盟し、警察庁は、事務総局及び加盟国相互間の連絡の窓口となる国家中央事務局(NCB、National Central Bureau)の役割を果たし現在に及んでいる。
 我が国の国際的地位の向上に伴って、日本NCBの役割は年々高まってきており、42年にはアジア地域で最初の総会が日本で行われた。また、54年には、2月に第2回アジア地域通信会議、7月に第3回国際捜査セミナーが行われることとなっている。
 次に、過去5年間の日本NCBの情報交換数をみると、図4-31のとおり年々増加する傾向にあり、53年は5,308件と44年の約1.8倍に達している。

図4-31 国際犯罪に関する情報交換数(昭和49~53年)

 また、国際捜査共助を行う上で重要なものとして、外交ルートによる協力が挙げられる。逃亡犯罪人の引渡請求や捜査員の海外派遣、あるいはICPO未加盟国の警察との捜査共助は、外交ルートを通じて行われている。
 ところで、犯罪の国際化に対応し、国外犯を認知した場合、外国警察に証拠収集を依頼するほか、事件によっては、我が国の警察官を直接現地に派遣し、相手国警察の協力を得て証拠を収集することが必要な例が多くなってい る。また逆に、外国警察からICPOルート等を通じて我が国に各種の協力を求めてくる場合も増加している。従来、外国警察からの協力依頼に対しては具体的事案に即して弾力的に対応してきているが、我が国が外国警察に捜査協力を依頼し、また外国警察からの協力依頼にこたえなければならないという相互主義の立場に立つ以上、法制面のあい路等の課題を克服することは急務といえる。
〔事例〕 3月、グアム島に観光旅行中の日本女性3人が現地人に襲われ、うち2人が死亡し、1人が重傷を負う事件が発生し、被疑者は検挙された。この事件に関し外交ルートを通じてアメリカから捜査共助の要請を受けた長野県警察は、日本に派遣されたグアム島警察の捜査官に協力して、重傷被害者からの事情聴取等に当たった。この結果、8月、グアム島裁判所において終身刑の判決が言い渡された。

6 科学捜査の推進

(1) 現場鑑識体制の機動化
 犯罪現場は、事件発生後、日時が経過すればするほど資料の採取が困難になる。したがって、できる限り早期に犯罪現場に臨場して鑑識活動を実施することが必要である。
 最近、北海道、埼玉等一部の道府県警察において機動鑑識隊の名の下に、都市部を中心に拠点を設け、そこに無線機と新鋭鑑識資器材を登載した鑑識車と高度の技術を身に付けた鑑識係員が常時待機し、一定区域内に事件が発生したときは、機動力を駆使して現場に急行し、科学技術を活用して証拠資料の収集を行い、犯人の早期検挙に活躍している。
 今後は、新鋭鑑識資器材を装備し機動力を有する機動鑑識隊を犯罪多発地域を中心に整備するなど、現場鑑識体制の強化を図っていく必要がある。
(2) 広域犯を追う足こん跡
 犯罪現場等から採取された足跡、工具こん跡等の足こん跡は、犯人の捜 査、同一人による犯行の確認、事件の裏付け資料に利用されている。特に、これを組織的に資料化して相互対照することによって、転々と犯行を重ねる常習的広域犯罪者の犯行状況や立ち回り状況を知ることができる。
 このため警察庁では、全国で発生する強盗、窃盗事件のうち、広域的犯行と認められる事件の現場足跡等を集中管理して組織的な活用を図り、広域的犯罪の検挙に多くの成果を挙げている。
〔事例〕 4月、福岡県警察から照会のあった現場足跡を警察庁で対照したところ「アディダス運動ぐつ」であることが判明した。直ちに全国に足跡手配をして捜査した結果、5月、福岡市内において手配の運動ぐつを履いた被疑者を発見、職務質問により検挙し、九州北部一帯における連続事務所荒らし事件等25。件、被害総額700万円相当の事件を解決した。
(3) 機器を駆使する鑑定、検査
ア 覚せい剤、麻薬
 潜在化、悪質巧妙化する覚せい剤、麻薬事犯の捜査に資するため、押収した微量の粉末、注射液、注射器具や薬包紙あるいは被疑者の尿等について鑑定、検査がなされ、覚せい剤、麻薬の証明や使用事実について科学的な裏付けが行われる。
 これらの鑑定、検査には、ガスクロマトグラフ、X線回析装置、質量分析装置や赤外分光光度計等の科学分析機器が活用されている。
 最近5年間の覚せい剤、麻薬の鑑定、検査状況は、図4-32のとおりで、年々増加傾向にある。

図4-32 覚せい剤、麻薬の鑑定検査状況(昭和49~53年)

イ 音声
 爆破予告、身の代金目的の誘かい事件等電話を使用した犯罪の捜査は、姿なき犯人との困難な闘いである。
 電話から録音された犯人の声や音は、これを科学的に分析し、鑑定することによって声紋から犯人を識別でき、その他の音から犯行に使用した電話の種類や設置場所、その他犯人の居る環境などを知ることができる。
 このような音声の鑑定には、サウンドスペクトログラフやメモリスコープ等の科学分析機器が活躍している。

(4) 指紋業務へのコンピューターの導入
 指紋は、万人不同、終生不変という特性があり、個人識別上絶対的価値を有している。
 犯罪現場等に遺留された指紋や逮捕した被疑者の指紋は、警察庁や全国の都道府県警察で保管している指紋資料と対照して犯人の割り出し、余罪の発見あるいは被疑者の身元や犯罪経歴の確認に威力を発揮している。
 昭和53年の現場指紋採取事件数は約26万件で、指紋による被疑者の確認数は約3万件に上っており、これらはいずれも増加している。
 このような指紋の利用効果をより向上させるために、警察では遺留指紋の対照にコンピューターを導入し効率化を図っている。さらに、警察庁においては、大量の指紋資料を迅速、広範かつ正確に処理できる「指紋自動読み取りシステム」を研究、開発中である。このシステムは、コンピューターが指紋の特徴を自動的に読み取り、記憶し、また、照合できるもので、指紋対照業務の機械化のうえで画期的なシステムであり、実用化のための試作機の開発等の作業を進めている。
(5) 死者の身元確認
 死体を犯行地から遠隔地に運び、隠ぺい遺棄する事件では、被害者の身元確認が捜査進展のための重要なかぎとなっている。
 身元不明死体の身元確認は、手術こん、入墨等の身体特徴や着衣、所持品の対照によるほか、指紋の照合、歯、骨、血液型の鑑定やスーパーインポーズ法、復顔法等によって行われている。
 昭和53年に警察で取り扱った身元不明の死体は1,052体であった。このうち、顔写真、指紋照合等の身元確認業務によって570体の身元を確認した。
〔事例〕 9月、六甲山中において死体が発見された殺人死体遺棄事件では、腐乱して不鮮明な背中の入墨を赤外線写真撮影により鮮明に再現し、入墨の図柄から被害者の身元を確認した。さらに、同人は別件の殺人未遂事件の被疑者として指名手配中であることも確認され、暴力団の対立抗争事件の捜査に大きな貢献をした(兵庫)。

7 捜査活動の長期化、困難化と刑事警察当面の課題

(1) 長期化、困難化する捜査活動
 犯人の早期検挙は、地域住民の不安の解消や捜査効率の観点から極めて重要であるばかりでなく、確実な証拠に基づく捜査の推進という刑事警察の要請にもかなうものであるが、犯罪情勢や捜査環境の変化に伴い、事件の発生から解決までの期間は次第に長期化している。
ア 長期化する捜査活動
 全刑法犯及び包括罪種の即日検挙率(注1)の推移をみると、全刑法犯では、昭和44年の12.9%が53年には11.7%に低下しており、また、凶悪犯、粗暴犯でも44年と比べ大幅に低下している。特に、国民に大きな不安を与える殺人は、67.6%から40.4%へと著しく低下している。
 次に、全刑法犯及び凶悪犯、粗暴犯の検挙比率(注2)の推移をみると、即日検挙比率では、全刑法犯が44年の25.0%から53年の20.9%、凶悪犯が44.5%から32.7%、粗暴犯が50.9%から34.6%へと大幅に低下している。また、発生から30日以内の検挙比率でも、全刑法犯が44年の53.3%から53年の44.9%、凶悪犯が78.1%から69.7%、粗暴犯が78.0%から68.8%へと低下している。
(注1) 即日検挙率とは、犯罪の認知件数に対する即日検挙件数の比率をいう。
(注2) 検挙比率とは、犯罪の発生から被疑者検挙までの期間別検挙件数の総検挙件数に対する比率をいう。
イ 長期化する捜査本部事件の解決
 殺人等の重要特異事件で社会的に重大な影響を及ぼすものについては、特に捜査本部を設け、警察の組織機能を統一的かつ強力に発揮して事件の解決に当たっている。しかしながら、過去10年間における殺人、強盗殺人事件の捜査本部設置状況をみると、表4-17のとおり各年末現在の捜査本部数は、昭和48年以降年々増加し、特に52,53年は、設置件数が減少しているにもかかわらず、各年末現在の捜査本部数は増加しており、事件の発生から解決までの期間は年々長期化する傾向にある。

表4-17 殺人、強盗殺人事件捜査本部の設置状況(昭和44~53年)

 また、53年中に解散した殺人、強盗殺人事件の捜査本部について、その設置から被疑者の検挙までの期間を44年と比べると、検挙までの期間が30日を超える事件は、44年は23.8%であったのに対し、53年は33.3%となっており、捜査は長期化している。
ウ 広域化する捜査活動
 最近の交通網の整備充実、モータリゼーションの進展等により、犯罪者の行動範囲が広域化し、それに伴い捜査活動の範囲も広がっている。
 昭和53年に捜査された殺人、強盗殺人に係る捜査本部事件のうち、犯行が他県に及んでいないものについてみた場合でも、捜査活動の範囲は、図4-33のとおりで、150事件中115事件(76.7%)が2県以上にわたって捜査活動を行っており、その内容も被疑者の身辺捜査、追跡捜査、遺留品やぞう品捜査、参考人からの情報収集等となっている。

図4-33 殺人、強盗殺人捜査本部事件の捜査地域(昭和53年)

エ 困難化する聞込み捜査、ぞう品捜査
 都市化の進展等により、「行きずり犯罪」等被疑者と被害者の間に面識がない事件が増加し、全刑法犯では、昭和47年の70.2%(不明を除く。)に対し、53年は77.8%が面識がない事件となっている。
 また、重要事件の捜査活動の基本となる聞込み捜査もますます困難となっており、最近5年間の聞込みを主たる端緒とする検挙の構成比をみると、表4-18のとおりで、53年は、49年と比べ全刑法犯、殺人、強盗、窃盗、詐欺のいずれも低下している。
 さらに、窃盗、詐欺等の財産犯の有力な捜査方法であるぞう品捜査も、流通機構の変化や大量生産、

表4-18 聞込み、ぞう品を主たる端緒とする検挙の構成比の推移(昭和49~53年)

大量消費時代を背景とした被害品特定の困難化、ぞう品の処分方法の巧妙化等により次第に困難化している。
(2) 犯罪情勢の変化に対応する捜査活動の推進
ア 早期検挙活動の推進
 捜査活動の長期化、困難化に対処し、国民の期待にこたえるためには、早期に犯人を検挙し、事件を解決する必要がある。重要事件発生時の初動捜査や的確な犯行予測に基づいてよう撃捜査に当たる機動捜査隊は、事件の早期解決の中心となっているが、今後も隊員の増強、装備資器材の充実、分駐所の新設等その充実強化が要望されている。
 また、最近の犯罪の広域化に対処するため、被疑者の追跡捜査や事件関連情報の収集等について関係都道府県警察の捜査共助が不可欠になっており、警察庁でも広域犯罪に対し広域捜査体制の強化を図っている。都道府県警察においても、数警察署にまたがる犯行に対して複数の警察署を併せた地域(ブロック)で捜査を進めるブロック捜査等を推進している。
イ 緊急配備制度の充実強化
 犯人の行動が広域化、スピード化し、捜査活動が困難化している現在、犯行直後の逃走中の犯人を包囲網に迫い込んで捕らえる緊急配備は、ますます 重要となってきている。
 従来から、常設検問所の設置や緊急配備検問車の整備等、緊急配備制度について充実強化に努めてきたが、犯罪の広域化に対応して制定された広域緊急配備制度のより効果的な運用を図るため、大規模な広域緊急配備訓練実施の必要性が高まっている。
ウ 特殊事件即応体制の充実
 爆破事件、ハイジャック事件、列車事故等大規模な業務上過失事件、人質事件、誘かい事件あるいはコンピューター利用の犯罪等の特殊な事件の捜査には、高度な科学的、専門的知識や技術が必要とされるが、この種の犯罪に対処するため、捜査方法の研究開発、人材の育成等あらゆる事態に対応できる特殊事件即応体制の充実整備を図っていく必要がある。

エ 国民協力の確保
 最近の厳しい犯罪情勢のなかにあって、限りある警察力で事件の早期解決を図り、国民の期待にこたえるためには、捜査活動に対する国民の理解と協力は不可欠である。昭和53年も、農協建物前で現金1億1,000万円を強奪されかかった被害者の叫び声を聞いた農協職員が、約500メートル追跡して被疑者を逮捕したのをはじめ、国民の積極的協力により、犯人を検挙した例は多数に上っている。
 捜査に国民の協力を求める方法の一つとして公開捜査を行っており、新 聞、テレビ等報道機関に協力を依頼するほか、ポスター等を人の集まる場所に掲示している。警察では、11月に「指名手配被疑者捜査強化月間」を実施し、警察庁指定被疑者8人、都道府県警察指定被疑者18人を公開捜査に付し、警察庁指定被疑者1人、都道府県警察指定被疑者5人をはじめ、同月間中に指名手配被疑者2,998人を検挙した。


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