第4章 犯罪情勢と捜査活動

1 統計にみる犯罪の発生と検挙

(1) 犯罪の発生は戦後最低
ア 全刑法犯の発生状況(注1)
 全刑法犯認知件数(注2)は、図4-1にみられるとおり、過去10年間総じて減少傾向にあったが、昭和48年は119万549件で、前年(注3)に比べ3万

図4-1 刑法犯認知件数と犯罪率の推移(昭和39~48年)

2,997件(2.7%)減少し、戦後最低の認知件数となった。これは、主として窃盗、とりわけ侵入窃盗が大幅に減少したためである。また、認知件数の減少に伴い犯罪率(人口10万人当たりの犯罪認知件数)も年々減少してきており、昭和48年は1,097件で認知件数と同じく戦後最低を記録した。
 なお、我が国の犯罪率を欧米諸国のそれと比較してみると、図4-2のと

図4-2 犯罪率の国際比較(昭和47年)

おりであり、我が国の犯罪発生率が極めて低くなっている。
 刑法犯認知件数の包括罪種別(注4)構成比の推移は、図4-3のとおりであり、逐年増加してきた窃盗の割合が昭和47年から若干減少傾向をみせ始め、昭和48年は81.8%となっている。

図4-3 刑法犯の包括罪種別認知件数(構成比)の推移(昭和39~48年)

(注1) 犯罪には、刑法犯のほか、各種法規に違反する特別法犯があるが、本章においては、このうち主として刑法犯を考察の対象とする。また、特にことわりのない限り、交通事故に係る業務上(重)過失致死傷罪は、刑法犯から除外し、「盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律」、「暴力行為等処罰ニ関スル法律」、「決闘罪ニ関スル法律」、「爆発物取締罰則」、「航空機の強取等の処罰に関する法律」及び「火炎びんの使用等の処罰に関する法律」に違反した行為は刑法犯として扱うこととする。
(注2) 「認知件数」とは、警察が認知した犯罪発生件数であり、実際の犯罪発生件数はこれより多いものと推測される。
(注3) 本章においては、特にことわりのない限り、昭和47年5月15日以降の沖縄県の数を含む。
(注4) 「包括罪種」とは、刑法犯を凶悪犯、粗暴犯、窃盗、知能犯、風俗犯、その他刑法犯の6種に分類したものをいう。
凶悪犯…殺人、強盗、放火、強かん
粗暴犯…暴行、傷害、恐喝、脅迫、凶器準備集合
窃盗…窃盗
知能犯…詐欺、横領、偽造、贈収賄、背任
風俗犯…と博、わいせつ
その他刑法犯…公務執行妨害、住居侵入、逮捕監禁、業務上過失致死傷など
イ 主な罪種の発生状況
(ア) 凶悪犯(殺人、強盗、放火、強かん)
 凶悪犯は、図4-4にみられるとおり、過去10年間は一貫して減少傾向にあり、昭和48年は9,803件で、昭和39年と比べ4,943件(33.5%)もの減少となっている。なかでも、強盗、強かんの減少が著しく、この10年間に、強盗は49.7%減、強かんは39.1%減と大幅に減少している。殺人は、昭和46年まで減少していたが、昭和47年から増加の兆しをみせ始めており、今後の推移が注目される。また、放火は、昭和45年,46年に急激な増加を示したが、昭和

図4-4 凶悪犯認知件数の推移(昭和39~48年)

47年以降は減少する傾向をみせている。
(イ) 粗暴犯(暴行、傷害、恐喝、脅迫、凶器準備集合)
 粗暴犯は、図4-5にみられるとおり、逐年減少の傾向にあり、昭和48年は8万8,119件で、昭和39年に比べ6万8,150件(43.6%)もの大幅な減少を示している。特に、恐喝は、昭和48年が1万4,652件で、この10年間に約3分の1に減少している。

図4-5 粗暴犯認知件数の推移(昭和39~48年)

(ウ) 窃盗
 全刑法犯の約80%を占める窃盗は、図4-6にみられるとおり、昭和43年から45年の間に一時増加の傾向をみせたものの、その後、再び減少傾向に転じ、昭和48年は97万3,876件となった。これは、昭和39年以降増加傾向にあり、常習性の強い悪質な犯罪として重点的捜査対象となっていた侵入窃盗が、前年に比べ3万5,938件(10.0%)もの減少を示したためである。
(エ) 知能犯(詐欺、横領、偽造、贈収賄、背任)
 知能犯は、図4-7にみられるとおり、昭和39年以降46年まで漸減傾向にあったが、昭和47年以降増加の傾向をみせ始め、昭和48年は7万4,826件

図4-6 窃盗認知件数の推移(昭和39~48年)

図4-7 知能犯認知件数の推移(昭和39~48年)

で前年に比べ755件(1.0%)増加した。これは、偽造、横領、贈収賄が増加したことによるもので、全知能犯の約4分の3を占める詐欺は、昭和48年は5万5,473件で、前年に比べ2,185件(3.8%)減少している。
(オ) 風俗犯(と博、わいせつ)
 風俗犯は、図4-8のとおり、昭和40年に急増した後おおむね横ばい傾向を示していたが、昭和48年には1万1,669件と前年に比べ737件(5.9%)の減少となった。
 罪種別では、と博が前年に引き続き増加傾向を示している一方、わいせつ(強制わいせつ、公然わいせつ、わいせつ物陳列・頒布)が昭和44年以降次第に減少してきている。

図4-8 風俗犯認知件数の推移(昭和39~48年)

(2) 検挙率は上昇傾向
ア 全刑法犯の検挙状況
 全刑法犯の検挙状況は、図4-9のとおりである。検挙件数は、昭和42年以降ほぼ横ばいの状態にあったが、昭和48年は68万8,328件で、前年に比べ1万2,050件(1.7%)減少した。一方、昭和44年まで低下の傾向にあった検挙

図4-9 刑法犯検挙件数、検挙人員及び検挙率の推移(昭和39~48年)

率は、昭和45年に上昇に転じ、昭和48年は57.8%となったが、昭和39年の63.9%に比べるとなお低い状態にある。また、検挙人員は、昭和39年以降ほぼ逐年減少していたが、昭和48年は35万7,738人となり前年に比べ8,950人(2.6%)増加した。
 なお、検挙率を欧米諸国と比較すると図4-10のとおりとなっている。
イ 主な罪種の検挙状況
(ア) 凶悪犯
 凶悪犯の検挙状況は、図4-11のとおりであり、検挙率は常に90%前後を維持している。昭和48年は88.9%であったが、これを罪種別にみると、殺人

図4-10 欧米諸国との検挙率比較(昭和47年)

図4-11 凶悪犯検挙件数及び検挙率の推移(昭和39~48年)

96.0%、強盗80.6%、放火83.8%、強かん91.2%となっている。
(イ) 粗暴犯
 粗暴犯の検挙状況をみると、図4-12のとおり、認知件数の減少に伴い検挙件数は減少傾向にあるが、検挙率は一貫して90%以上の高率を保っている。昭和48年中の全粗暴犯の検挙率は91.2%であり、罪種別にみると傷害92.0%、暴行92.6%、脅迫94.6%、恐喝85.4%となっている。

図4-12 粗暴犯検挙件数及び検挙率の推移(昭和39~48年)

(ウ) 窃盗
 窃盗の検挙率は、図4-13にみられるとおり、昭和44年まで低下の傾向にあったが、昭和45年以降上昇に転じ、昭和48年は50.5%で、過去10年間では昭和39年の54.4%に次ぐ検挙率となった。なかでも、悪質性の強い侵入窃盗の検挙率は55.0%に達し、前年に比べ3.8%増の大幅な上昇をみせている。また、既届事件(被害属の出された事件)の検挙率も、昭和38年以降着実な上昇傾向をみせており、昭和48年は41.7%に達した。

図4-13 窃盗検挙件数及び検挙率の推移(昭和39~48年)

(エ) 知能犯、風俗犯
 知能犯、風俗犯は、その性質上警察の認知がそのまま検挙につながることが多く、認知件数と検挙件数との間に大きな差は認められない。昭和48年の検挙率は、知能犯が93.6%、風俗犯が95.0%となっている。
ウ 検挙の態様
 検挙は、その態様により、逮捕によるものと身柄を拘束しないものとに2分されるが、図4-14にみられるとおり、逮捕の割合は次第に減少しつつある。なかでも、現行犯逮捕は常にその約40%を占める粗暴犯が5年間で2万1,903件(19.9%)もの大幅な減少をみせているため、減少傾向が特に著しい。一方、身柄不拘束検挙は増加傾向にあり、昭和48年は全体の66.9%に達した。
 包括罪種別に検挙の態様をみると、図4-15のとおりであり、罪質上逃亡及び証拠隠滅のおそれが強い凶悪犯に対する逮捕の比率が著しく高くなっている。

図4-14 検挙の態様別比率の推移(昭和44~48年)

図4-15 包括罪種別の検挙態様(昭和48年)

(3) 都道府県別犯罪発生・検挙状況
 犯罪の認知・検挙状況を都道府県別にみると、図4-16のとおり、認知件数では東京が20万8,188件で最高、最低は5,583件の鳥取である。図4-17は認知件数の上位10都道府県(東京、大阪、北海道、神奈川、福岡、愛知、兵庫、埼玉、千葉、静岡)が全認知件数及び全検挙件数中に占める割合をみたものであるが、ともに過半数を超えており、これらの都道府県に犯罪が集中していることが示されている。

図4-16 刑法犯の都道府県別認知・検挙件数(昭和48年)

図4-17 認知件数上位10都道府県の全認知・検挙件数が占める割合(昭和48年)

2 社会の変化と犯罪の傾向

(1) 犯罪被害の実態
ア 犯罪死は全死亡の0.5%
 昭和48年中の犯罪による死者は、前年比295人(9.2%)増の3,495人(うち女性1,020人)で、これは、同年中の全死亡者の0.5%に当たる。
 犯罪死の罪種別内訳をみると、図4-18のとおり、業務上(重)過失致死が1,374人(39.3%)で最も多く、以下、殺人1,175人(33.6%)、過失致死448人(12.8%)、傷害致死227人(6.8%)となっている。
 次に、犯罪を故意犯に限定し、これによる人口100万人当たりの死者数を、日本、アメリカ、西ドイツ、フランス、イギリス(イングランド、ウェールズ)の5箇国間で比較すると、図4-19のとおりであり、アメリカが75.5人で、我が国の5倍以上もの数値を示していることが注目される。
イ 財産犯の被害は961億円
 財産犯(強盗、窃盗、恐喝、詐欺、横領)の被害額は、図4-20にみられるとおり、年々増加しており、昭和48年は961億円で昭和39年当時の約2倍に達した。

図4-18 犯罪死の罪種別内訳(昭和48年)

図4-19 故意犯による死者数(人口100万人当たり)の国際比較(昭和45年)

図4-20 財産犯被害額、国民所得及び消費者物価指数の推移(昭和39~48年)

 しかし、この10年間、物価が財産犯被害額の増加とほぼ同じベースで上昇してきていること、昭和39年を100とした指数でみると、昭和48年の財産犯被害額が192であるのに対し、同年の国民所得は389であることなどを考えると、実質的経済価値からみて財産犯被害が国民の生活に及ぼす影響はそれほど大きくなっていないように思われる。ちなみに、昭和48年における財産犯被害額の国民所得に対する割合は0.1%であった。
 次に、財産犯被害額中に占める各罪種別被害額の比率をみると、図4-21のとおりで、窃盗が約2分の1を占めて最も多く、次いで詐欺、横領の順となっている。
 一方、財産犯の被害回復率は、図4-22のとおり、おおむね低下の傾向にある。これは、被害回復の困難な現金盗が増加しているためであると考えられる(注)。
(注) 昭和48年では、財産犯全体の被害回復率は21.7%であるが、現金盗のそれは12.9%である。

図4-21 罪種別財産犯被害額の比率(昭和48年)

図4-22 財産犯の被害回復率推移(昭和39~48年)

 住民1人当たりの財産犯被害額を都道府県別にみると、図4-23のとおり

図4-23 都道府県別にみた住民1人当たりの財産犯被害額(昭和48年)

で、最高は東京の1,754円、最低は岩手の309円、全国平均は888円である。
 これを地域別にみると、大都府県とその周辺県での被害額が多く、東北、九州(福岡を除く。)での被害額が少ない。また、全国平均を超える被害額となっているのは、東京、大阪、三重、京都、群馬、兵庫、神奈川、福岡の8都府県のみであり、住民1人当たりの財産犯被害額の地域的格差の顕著なことが注目される。
ウ 少ない女性被害者
 図4-24は、殺人、傷害、恐喝、詐欺の4罪種について、それぞれの被害者の性別をみたものである。どの罪種においても男性の占める比率が圧倒的に高いが、殺人と詐欺において、女性の被害者が比較的多くなっている。
 なお、同図によって、アメリカ、イギリス(イングランド、ウェールズ)、

図4-24 主要罪種別にみた被害者の性別構成比(昭和48年)

西ドイツにおける殺人被害者の性別をみると、アメリカ、西ドイツでは日本と同じく男性被害者の比率が高く、特にアメリカでは80%近くが男性であるのに比べ、イギリスでは逆に女性被害者が54.4%で男女の比率が逆転していることが注目される。
エ 多い近親者間殺人
 殺人、恐喝、強かん、詐欺の4罪種について、被害者と加害者の関係をみたものが図4-25である。

図4-25 被害者と加害者の関係(昭和48年)

 最も顕著な特徴を有するのは殺人で、親族関係が全体の38.3%と、他の罪種に比べて著しく高い比率を示している。また、これに知(友)人・顔見知り関係を加えると、実に殺人の81.8%までがなんらかの関係で面識ある者からの被害となっており、殺人が複雑な人間関係から生じる犯罪であることがうかがわれる。ちなみに、アメリカとイギリス(イングランド、ウェールズ)における殺人の被害者と加害者の関係は、図4-25のとおりである。
 次に、愛知県の場合を例に、近親者間の殺人の態様をみると、図4-26のとおり、母子心中、えい児殺がそれぞれ全体の約4分の1と最も多く、次いで配偶者殺人、親子間殺人などの順になっている。

図4-26 近親者間殺人の態様

オ 壮老年層が受けやすい詐欺の被害
 図4-27は、殺人、傷害・暴行、恐喝、詐欺における各年齢層別の被害者率(人口10万人当たりの被害者数)を、全年齢を通じた平均被害者率を100とした指数で示したものである。

図4-27 年齢層別罪種別被害者率(指数)(昭和48年)

 これによると、殺人及び暴行・傷害の被害を最も受けやすいのは20歳代であり、30歳代がこれに次いでいる。13歳以下の年齢層において、殺人による被害者率が他の罪種の被告者率よりも高いのは、この年齢層の殺人被害にえい児殺が含まれているためである。
 また、恐喝では、14歳から19歳までの年齢層の被害者率が平均被害者率の4倍以上と、著しく高くなっていることが注目される。
 一方、詐欺においては、40歳代、50歳代が平均の2倍以上の極めて高い被 害者率を示しており、20歳代以下の年齢層は平均以下の低い被害者率となっている。
カ 工員・労働者に多い殺人の被害
 殺人、強盗、強かん、傷害、窃盗、詐欺の6罪種について、被害者の職業別構成比をみると、図4-28のとおりであり、殺人、傷害では工員・労働者、強かんでは学生・生徒、店員、詐欺では自営業者の比率がそれぞれ高くなっている。
 また、窃盗において全被害者の約3分の1を占めている会社員・公務員が、その他の罪種ではこれより低い構成比にとどまっていることが注目される。

図4-28 主要罪種別にみた被害者の職業別構成比(昭和48年)

キ 強盗・強かんはうしみつ時に多発
 殺人、強盗、強かん、窃盗の4罪種について、認知件数の時間帯別推移をみると、図4-29のとおりである。
 殺人、強盗、強かんは、夜間(18時~6時)にそれぞれ全体の77.5%、72.0%、72.5%が発生しており、典型的な夜間犯罪であるといえる。ちなみに、

図4-29 主要罪種別にみた発生時間帯別認知件数(昭和48年)

最も発生が多い時間帯は、殺人が22時から24時までの間、強盗、強かんが2時から4時までの間となっている。
 一方、窃盗についてみると、昼間(6時~18時)の発生が49.4%と、ほぼ夜間発生数と等しく、しかも昼夜を通じ最も発生が多い時間帯は、昼間の14時から16時となっている。これは、昼間に、「空き巣ねらい」、「万引」が多発するためであり、ちなみに、14時から16時までの窃盗のうち、29.9%が「空き巣ねらい」、19.0%が「万引」である。
 なお、各罪種とも最も発生の少ない時間帯は、6時から8時までの間である。
ク 殺人被害の半数は住宅内
 図4-30は、殺人、強盗、強かん、傷害、窃盗、詐欺の6罪種について、それぞれの被害場所別構成比をみたものである。
 殺人では住宅内、傷害では駅・公園・路上がそれぞれ被害場所の約50%を占めているほか、強かんの被害場所としてホテル内、乗物内の占める比率が他罪種の場合と比べて高いことが目立っている。

図4-30 主要罪種別にみた被害場所構成比(昭和48年)

(2) 主な犯罪の傾向
ア 窃盗
(ア) 減少した侵入窃盗
 侵入窃盗は、昭和46年をピークとして減少傾向にあり、昭和48年は32万3,085件で、前年に比べ、3万5,938件(10.0%)減少した。
 これを手口別にみると、図4-31のとおり、前年には増加した「事務所荒らし」、「金庫破り」をはじめ、すべての手口にわたって減少しており、なかでも主として住宅を対象とする「空き巣ねらい」(前年比10.7%減)、「居あき(注1)」(同11.3%減)、「忍込み(注2)」(同12.2%減)などの減少が目立っている。
(注1) 「居あき」とは家人等が昼寝、食事等をしているすきに、住宅等に侵入し、金品を窃取する手口をいう。
(注2) 「忍込み」とは、夜間、家人等の就寝時に住宅等の屋内に侵入し、金品を窃取する手口をいう

図4-31 主要侵入窃盗発生の推移(昭和44~48年)

図4-32 乗物盗発生の推移(昭和44~48年)

(イ) 「自動車盗」は減少、「オートバイ盗」、「自転車盗」は増加
 自動車、オートバイ、自転車を対象とする「乗物盗」の認知件数は、図4-32のとおり、昭和48年は22万9,018件で、前年に比べ2万1,306件(10.3%)増加した。
 なかでも、「オートバイ盗」、「自転車盗」は昭和44年以降ほぼ逐年増加しており、「オートバイ盗」は3万9,191件で、昭和44年に比べ9,627件(32.6%)増加し、また、「自転車盗」も16万409件で、昭和44年に比べ4万5,579件(39.7%)の増加となっている。一方、「自動車盗」は、昭和44年をピークに、以後、逐年減少の傾向を示しており、2万9,418件で、昭和44年に比べ1万8,145件(38.1%)の大幅な減少となっている。
(ウ) 物資不足を反映した「資材置場荒らし」の増加
 非侵入窃盗は、昭和45年をピークに年々減少を続けていたが、昭和48年は42万1,773件で、前年に比べ1万8,167件(4.1%)減少した。
 これを手口別にみると、図4-33のとおりであり、「車上ねらい(注1)」、「すり」が減少傾向、「万引」が増加傾向を続けている。また、昭和47年まで減少傾向にあった「資材置場荒らし(注2)」、「工事場荒らし(注3)」が昭和48年になっていずれも増加に転じていることが目立っている。
 図4-34は、「資材置場荒らし」と「工事場荒らし」について、昭和48年中の月別認知件数の前年同月比をみたものであるが、両手口とも、石油危機が起こり、物資不足が取りざたされた昭和48年下半期における増加が著しく、石油危機、物資不足などの社会・経済情勢が犯罪情勢にも大きな影響を与えていることが分かる。
(注1) 「車上ねらい」とは、自動車等の中にある金品、積荷を窃取する手口をいう。
(注2) 「資材置場荒らし」とは、資材置場等に置いてある資材を大量に窃取する手口をいう。
(注3) 「工事場荒らし」とは、工事場に置いてある工事材料、道具類を窃取する手口をいう。
〔事例1〕 建材目的の資材置場荒らし事件
 木材販売業者(26)ら2人が、石油危機に伴う建材高騰に目をつけ、昭和48年10月から同年12月までの間、広島県内において、資材置場から総額1,800万円相当の建材を67回にわたって盗み出し、貸し倉庫に隠匿していた(広島)。
〔事例2〕 ガソリン抜取り事件
 石油危機に伴うガソリン不足に乗じ、全国各地で次のようなガソリン抜取り事件が発生した。
○ 昭和48年12月、埼玉県越生町の消防団車庫内において、消防自動車からガソリン50リットルが抜き取られた。
○ 昭和48年12月、横浜市西区のガソリンスタンドにおいて、タンクからガソリン4,669リットルが抜き取られた。

図4-33 主要非侵入窃盗発生の推移(昭和44~48年)

図4-34 「工事場荒らし」、「資材置場荒らし」の前年同期と比較した月別増減(昭和48年)

イ 知能犯
(ア) 増加する「地面師詐欺(注1)」
 詐欺、横領、偽造、背任(贈収賄を除くいわゆる一般知能犯)の昭和48年の認知件数総数は、7万3,576件で、前年に比べ653件(0.9%)増加した。
 罪種別では、横領が1万172件で823件(8.8%)増、偽造が7,672件で2,018件(35.7%)増となっているが、詐欺は5万5,473件で逆に2,185件(3.8%)減少している。
 これらの知能犯の態様をみると、前年に引き続き、中日スタジアム(株)事件のような地域開発に伴う土地ブームにからんだ手形乱発事件、建築ブームを背景とした事件や、自己の地位を悪用した金融機関の職員による事件、更には、有価証券や商取引をめぐる事件などの発生が目立っているほか、一般に事件規模の大型化がうかがえる。
 なお、知能犯全体の4分の3以上を占める詐欺について、その手口別認知件数の推移をみると図4-35のとおりであり、「月賦詐欺」、「代金詐欺(注

図4-35 詐欺手口別認知件数の推移(昭和44~48年)

2)」が次第に減少する傾向をみせている反面、「地面師詐欺」が急激な増加ぶりを示していることが注目される。
(注1) 「地面師詐欺」とは、土地の売付け、貸付け、担保提供等を口実に金品をだまし取る手口である。
(注2) 「代金詐欺」とは、商品の売却を装い、前金名義等で金品をだまし取る手口である。
〔事例〕東京電力(株)の株券偽造同行使詐欺未遂事件
 常習偽造グループら6人が共謀し、東京電力(株)の株券5,000枚(額面合計25億円)を偽造し、金融名下に金員を詐取しようとしたが、見破られて未遂に終わった(警視庁)。
(イ) 膨張する賄賂額
 贈収賄事件は、図4-36にみられるとおり、昭和46年までは減少傾向にあったが、昭和47年以降わずかながら増加傾向を示しており、昭和48年は検挙件数1,250件、検挙人員1,277人となった。

図4-36 贈収賄検挙件数及び検挙人員の推移(昭和44~48年)

 検挙した贈収賄事件を態様別にみると、図4-37のとおりで、各種土木・建築工事の施行をめぐるものが最も多く30.1%、次いで各種監督・検査等をめぐるもの21.3%、各種許認可・承認等をめぐるもの16.9%の順となっている。この態様別分類の内容をみると、農地転用・開発行為、宅造工事の許可等の地域開発をめぐるもの、ゴミ、し尿、下水道工事等の生活環境浄化施設建設をめぐるもの、ゴルフ場等レジャー施設建設をめぐるもの、中央官庁幹部らの財団法人の設立認可、調整規程の認可をめぐるものなどが多い。

図4-37 贈収賄事件の態様(昭和48年)

〔事例1〕 地域開発をめぐる贈収賄事件
 埼玉県岩槻市長、騎西町長らが農地転用・開発行為の許可、公有地の払下げに関し、不動産会社社長ら38人から、1,494万円の賄賂を収受した(埼玉)。
〔事例2〕 生活環境改善をめぐる贈収賄事件
 東大阪都市清掃施設組合主幹、茨木市議会議員、福井県松岡町長らがゴミ焼却施設の建設に関し、焼却炉メーカー役員ら13人から2,847万円の賄賂を収受した(大阪)。
〔事例3〕 レジャー施設建設をめぐる贈収賄事件
 中津川市議会議員らがレジャーランド建設に伴う公有地の売却に関しレジャーランド会社社長ら3人から1,007万円の賄賂を収受した(岐阜)。
〔事例4〕 科学技術庁贈収賄事件
 科学技術庁原子力局の職員らが財団法人の設立認可に関し、財団法人専務理事ら3人から4,736万円の賄賂を収受した(警視庁)。
〔事例5〕 資源エネルギー庁贈収賄事件
 資源エネルギー庁石油部の課長補佐らが石油調整規程の認可に関し、石油連盟役員ら9人から180万円の賄賂を収受した(警視庁)。
 収賄者を身分別にみると、図4-38のとおりで、地方公務員が全体の75.5%を占め、国家公務員は16.8%となっている。
 これを前年と比較すると、地方公務員の占める比率が2.6%減少し、逆に国家公務員が6.7%増加していること、また、地方公務員についてみると、地

図4-38 収賄者の身分別構成比(昭和48年)

方公共団体の土木・建設関係職員の検挙が大幅に減少しているのに比べ、地方公共団体の首長、地方議会議員の検挙が増加していることなどが目立った変化として挙げられる。
 賄賂額については、図4-39のとおり、昭和46年以降、賄賂総額及び収賄者1人当たりの賄賂額とも多額化の傾向にある。
 また、賄賂の内容では、図4-40のとおり、現金が48.6%で最も多く、次いで金融の利益20.6%、供応接待14.6%の順となっている。
 収賄者を年齢別にみると、図4-41のとおりで、40歳代と50歳代で全体の93.6%を占めている。

図4-39 贈収賄事件における賄賂額(昭和44~48年)

図4-40 賄賂の内容別構成比(昭和48年)

図4-41 収賄者の年齢別等(昭和48年)

ウ 大規模事故事件
 大規模事故事件は、近年多発傾向にあるが、昭和48年は、表4-1のとおり、デパート、病院、ホテル等での大火災や、ひとつ間違えばコンビナート全体の爆発を誘引する化学工場の爆発火災などが発生し、多数の死傷者を出した。

表4-1 主な大規模事故事件(昭和48年)

 これらの大規模事故事件は、施設管理者、運転者、各種操作員等の過失によって発生したり、あるいは、発生後避難誘導措置の不徹底により被害が拡大するなど、人災的色彩が極めて強く、警察では、この種事件が発生した場合には、速やかに被害者救出に当たるとともに、事故原因の徹底的究明を図り、関係者の刑事責任を厳しく追及している。

3 犯罪の質的変化と捜査活動の困難化

 既にみたように、犯罪認知件数はここ10年間逐年減少を続け、昭和48年は戦後最低の約119万件となった。
 しかし、犯罪は、このような量的減少の一方で、情報化、都市化、価値観の多様化、交通機関の発達、経済の発展などによる社会構造の急激な変化に敏感に反応し、その性格を次第に変容させる傾向にある。
 また、社会環境の急激な変化や犯罪の質的変化は、警察の伝統的捜査技法にも大きな影響を与えており、犯罪捜査活動は次第に困難化しつつある。
(1) 悪質化する犯罪
ア 悪質化する犯跡隠ぺい
 犯行後、自己の犯跡を隠そうとするのは、すべての犯罪者に共通の心理であるが、最近、死体を土中、水中等に隠ぺいして犯行の発覚を防ごうとする

悪質な殺人事件が、図4-42のとおり、急激な増加傾向をみせている。また、その大半は、自動車を利用して死体を遠方の隠ぺい場所まで運搬したものであった。
〔事例1〕 暴力金融業者による連続殺人・死体遺棄事件
 暴力金融業者(31)が、暴力団員とグループをつくり、昭和45年2月から昭和48年4月までの間に、女性関係又は取引関係のもつれから、元保育園長(34)、娯楽機械販売業者(32)、砂利採取業者(39)とその妻(35)ら合計4人を殺害し、死体をすべて土中に隠ぺいしていた(警視庁)。
〔事例2〕 笠置町の山林業者殺人・死体遺棄事件
 昭和48年2月、京都府下笠置町に住む被疑者(42)が知り合いの山林業者(39)を手おので殺害し、死体を自動車で運搬し、奈良県下の山小屋内に隠ぺいした(京都)。
 このため、警察においても、行方不明者のうち、犯罪の被害者となっているおそれの強い者に対する捜査活動を強化しているが、その状況は、表4-2のとおりであり、昭和48年10月31日現在、なお78人が特別捜査の対象となっている。

図4-42 死体隠ぺい殺人事件発生の推移(昭和44~48年)

表4-2 犯罪の被害者となっている疑いのある所在不明者の捜査状況

〔事例〕 材木会社社長殺人事件
 昭和48年9月、材木会社社長が、突然行方不明になったので、警察に捜索願いが出されたが、同人が所持していたとみられる小切手が銀行で現金化されているなど、その状況に不審点が多いため、身辺関係等について強力な捜査を推進したところ、有力容疑者が浮かび上がり、その自供によって、同人が既に殺害され、埋立地の草むらに隠ぺいされていることが判明した(警視庁)。
 また、証拠の完全な隠滅を図るため、犯行場所に放火するという極めて悪質な事件が近時目立ってきているほか、死体や凶器等をコインロッカーに遺業あるいは隠匿する事件が増加してきている。なかでも、えい児の死体をコインロッカーに捨て去る事件は、昭和47年が9件であったのに対し、昭和48年は45件と著しい増加を示している。
〔事例1〕 文京区内の連続窃盗放火事件
 大工見習の少年(18)が、昭和48年1月、東京都文京区内の会社員宅に侵入し、衣類を窃取した後、建物に放火したのを手始めに、同年3月までの間に、同区内において、窃盗後の放火11件を敢行していた(警視庁)。
〔事例2〕 前川ビル内バラバラ殺人・死体遺棄事件
 昭和48年2月、企業調査員(29)が、事務所で仕事上のもめ事から同僚を絞殺した後、死体をノコギリ等で切断し、首は大阪駅西口のコイン ロッカーに、両足は近鉄阿倍野駅のコインロッカーにそれぞれ遺棄した(大阪)。
イ 増加する爆破(予告)事件
 爆破事件(注1)は、全く無関係の第三者にまで被害を及ぼす悪質な犯罪であるが、図4-43にみられるとおり、近年急激に増加しつつある。
 昭和48年は、特定人に対し爆弾を小包で郵送する小包爆弾事件が発生し、国民の間に大きな不安を与えた。
〔事例〕 館林市の小包爆弾郵送事件
 昭和48年8月、16歳の高校生が、暴行を受けた恨みを晴らすため、飲食店主の自宅に小包爆弾を郵送し、これを開封した家人2人に重軽傷を負わせた(群馬)。
 一方、爆破予告事件(注2)も、図4-44にみられるとおり、ここ数年間急増する傾向にあり、昭和48年は190件もの発生をみた。

図4-43 爆破事件発生の推移(昭和44~48年)

図4-44 爆破予告事件発生の推移(昭和44~48年)

 爆破予告事件は、電話等を用いてごく手軽に実行され、しかもその対象は、図4-45に示すとおり、交通機関、学校、デパート等多数人の集まる公共的な場所が多い。このため、爆破予告がなされた場合には、万一のことを考えて走行中の列車を止めて車内を検索したり、飛行中の航空機を緊急着陸させて機内の検索を行ったりすることが多く、この種事犯によって引き起こされる混乱や損失は極めて大きなものとなっている。

図4-45 爆破予告事件対象別発生の構成比(昭和48年)

 検挙した被疑者31人について、犯行の動機を調べてみると、図4-46のとおりであり、金品入手目的が36%で最も多いことのほか、いたずらが23%を占めていることが注目される。
〔事例〕 名鉄百貨店に対する爆破予告・恐喝未遂事件
 昭和48年12月、名古屋市内の名鉄百貨店に、氏名不詳の男から「6階売場に爆弾を仕掛けた。」との電話があったので、直ちに同階を捜索したところ、現金1億円を要求する脅迫状とダイナマイト1本が発見された(愛知)。

図4-46 爆破予告事件の犯行動機(昭和48年)

ウ 凶悪化する強盗
 強盗は、ここ10年間減少傾向にあるが、強盗全体に占める凶悪強盗(強盗

図4-47 全強盗事件中に占める凶悪強盗の比率(昭和39~43年)

致死傷、強盗強かん)の比率の推移をみると、図4-47のとおりであり、悪質な凶悪強盗の比率が次第に増加する傾向が明らかである。
エ 目立つ大金をねらう犯罪
 罪種別に1件当たりの財産犯被害額の推移をみると、図4-48のとおりであり、詐欺、恐喝、横領の伸びが著しく、大金をねらう犯罪の発生が目立っている。

図4-48 財産犯罪種別1件当たり被害額の推移(昭和39~48年)

〔事例1〕 滋賀銀行山科支店の女子行員らによる行金詐取事件
 滋賀銀行の女子行員(43)が愛人の歓心を買うため、愛人と共謀のうえ、自己の地位を利用して伝票操作等を行って総額9億391万円余にのぼる行金を詐取あるいは横領した(滋賀)。
〔事例2〕 大阪三和銀行ニセ夜間金庫事件
 昭和48年2月、大阪市の三和銀行梅田北支店通用口前に、何者かが下の写真のような構造のニセ夜間金庫を設置し、これにだまされた預金者が投入した現金2,576万円をとろうとしたが、投げ込まれた現金袋の重みで前面のベニヤ板がわん曲し、ニセ金庫であることが発覚して未遂に終わった(大阪)。

〔事例3〕 土地成金に対する多額恐喝事件
 暴力団稲川会系山田一家準構成員(37)ら5人は、共謀のうえ、県開発 公社に土地を売却して多額の金を得た土地成金に対し、「公社の買収に不正があった。もみ消してやる。」と申し向け、更に同人方玄関脇に首を切断した猫の死体を投げ込むなどして脅迫し、総額9,585万円にのぼる現金を脅し取った(神奈川)。
(2) 増加する変死体
 警察では、変死体(不自然な死亡による死体)が発見された場合には、犯罪がやみからやみへ葬られることのないよう、その死因の究明に当たっている(注)。
 昭和48年中の変死体は5万1,186体(前年比700体増)であり、過去5年間では、図4-49に示すとおり、次第に増加する傾向にある。

図4-49 変死体数の推移(昭和44~48年)

 ところで、変死体の死因判定は極めて困難であり、変死体の見分には、死体及びその状況を綿密に観察し、それが犯罪によるものであるかどうかを的確に判定するだけの豊富な知識、経験と深い洞察力とが要求される。このため、警察では実際に変死体を処理する第一線の刑事警察官に対し、適正な死体取扱要領の教養を徹底するとともに、各都道府県警察ごとに最低1人の死体見分の専門担当官(検死官)を置き、変死体の死因判定に誤りのないよう万全を期している。
 昭和48年中には、検死官1人が平均868体の変死体を取り扱ったが、その結果判明した死因は図4-50のとおりとなっている。

図4-50 変死体の死因別構成比(昭和48年)

図4-51 「事件手配」受理件数の推移(昭和44~48年)

(3) はびこる常習犯罪者
 常習犯罪者は、犯罪を反覆して行う点で極めて悪質性が高く、犯行手口も巧妙である。したがって、これに対しては、犯罪を重ねない段階で早期に検挙し、被害の拡大を防止することが必要である。
 各都道府県警察では、管内に発生した事件について現場観察又は犯罪手口資料等を検討し、被疑者が2以上の都道府県の区域にわたって犯罪を行い、又は行うおそれがあると認められる場合には、他の都道府県警察に対して「事件手配」を行う。一般に犯罪の発生の段階で、それが常習犯罪者による犯罪であるか否かを判断することは難しいが、2県以上の地域にわたって犯罪を行う者は常習犯罪者である場合が多いので、「事件手配」の件数の推移をみると、常習犯罪者による犯罪のおおよその増減傾向が分かる。警察庁が最近5年間に各都道府県警察から受理した「事件手配」の件数の推移をみると図4-51のとおりであり、常習犯罪者による事件の増加傾向がうかがえる。
〔事例〕 警察庁登録第5号事件(注)
 昭和43年2月から昭和48年7月までの間、関東以西の10県において新興住宅地を対象に、1,146件(被害総額4,269万円)の忍込みを敢行していた常習窃盗犯Y(50)は、運転手付きの黒塗り高級車に乗り、自動車検問に遭うと貿易会社社長と称してこれを逃れ、また、犯行に際しては、自動車内で着流し、座敷足袋に姿を変え、近所の者であるかのように装って怪しまれないようにするなど、極めて巧妙な方法で犯行を重ねていた(岡山)。
(注) 「警察庁登録事件」とは、警察庁の指導の下に各都道府県警察が組織的な捜査を行う悪質重要な広域窃盗事件のことで、昭和46年11月にこの制度が発足して以来、昭和48年末までに6件が登録され、そのうち4件が検挙されている。
 次に、奈良県警察で、昭和47年中に検挙した侵入盗犯367人をみると、図4-52のとおり、160人(43.6%)が前科を有しており、このうち149人(前科を有する者の93.1%)が窃盗の前科を有する常習犯罪者であった。

図4-52 侵入盗被疑者の前科状況(昭和47年)

また、検挙した1,235件の侵入盗の侵入方法をみると、図4-53のとおり、前科を有する者は、ガラスを破って侵入するケースの比率が前科のない者よりも高く、侵入口をみても、図4-54のとおり、前科を有する者は窓や裏口から侵入する場合が多いなど、常習犯罪者ほど悪質性の高いことがうかがわれる。
 一方、これらの常習犯罪者は、犯罪現場に証拠を残すことが少なく、また、短期間に広範囲に活動するため、必然的に警察の捜査活動は困難になり

図4-53 前科の有無による侵入手段の差異(昭和47年)

図4-54 前科の有無による侵入口の差異(昭和47年)

つつある。すなわち、窃盗について、検挙者中に占める再犯者の率の推移をみると、図4-55のとおり、わずかずつではあるが、逐年減少しており、次第に常習犯罪者の検挙が困難になっていることを示している。
 このような傾向に対して、警察では、常習犯罪者に関する情報を積極的に収集するとともに、各都道府県警察間のより密接な協力捜査を実施し、また、犯行予測に基づく先制的な捜査活動を展開して常習犯罪者の検挙に努めているが、なお十分でなく、犯罪捜査活動上の課題の一つとなっている。

図4-55 窃盗検挙者中に占める再犯者の率の推移(昭和44~48年)

(4) 広域化、スピード化する犯罪
 交通機関の著しい普及発達と道路交通網の全国的整備に伴い、近年、犯罪者の行動はますます広域化、スピード化の傾向を強めている。
 図4-56は、各罪種別に、全検挙件数中に占める発生県と検挙県が異なる事件の比率をみたものであるが、詐欺と侵入窃盗における比率が高くなっており、この2罪種が広域性の特に強い犯罪であることを示している。
 このうち、侵入窃盗について、検挙人員中に占める複数府県犯行者の比率の推移をみると、図4-57のとおりであり、広域化が次第に進展していることが分かる。

図4-56 発生県と検挙県が異なる事件の比率(主要罪種別)(昭和48年)

図4-57 侵入窃盗における複数府県犯行者の比率の推移(昭和44~48年)

〔事例〕 1府20県にわたる広域金庫破り事件
 常習金庫破りM(41)は、図4-58にみられるとおり、昭和45年11月から昭和48年6月までの間に、1府20県をわたり歩き、役場、郵便局を対象に202件(被害総額4億2,285万円)にのぼる金庫破りをはたらいていた(石川)。
 また、このような犯罪者の行動圏域の拡大のみならず、その逃走のスピード化にも大きな影響を与えている自動車の利用状況を罪種別にみると、図4-59のとおりであり、強盗、強かん、侵入窃盗などの悪質犯罪における利用率が高くなっている。

図4-58 広域犯Mの犯行地図

図4-59 主要罪種別自動車利用事件の比率(昭和48年)

図4-60 強盗・侵入窃盗における自動車利用事件の推移(昭和44~48年)

 また、強盗及び侵入窃盗における自動車利用事件の比率は、図4-60のとおり、昭和45年以降、強盗では減少傾向、侵入窃盗では横ばい状態を示している。
(5) 「聞込み」は困難化
 捜査活動は、一般国民の深い理解と信頼を基盤として成り立っていると言っても過言ではない。従来、我が国の警察が、欧米諸国と比べて、高い検挙率を維持してきたのも、一つには捜査活動に対して多くの国民の協力が得られたことによるものといえよう。
 ところが、最近では犯罪捜査の過程で、一般国民から有力な情報がもたらされて解決に至るケースが次第に少なくなっており、捜査活動の困難化に一層拍車をかけている。例えば、図4-61にみられるように聞込みによって、犯人に結びつく重要な情報が得られ、犯人を検挙できた事件数は年を追って少なくなっている。

図4-61 国民協力によって検挙した事件数の検挙総件数に占める構成比の推移(昭和44~48年)

 次に、昭和47年6月総理府で行った世論調査では、犯人や事件について何か知っているときの態度として次のような結果を得ている。

自分から進んで連絡する 49%(昭和44年 61%)
警察から聞かれたら答える 27%(〃 26%)
なるべく言いたくない 6%(〃  2%)
分からない 18%(〃 11%)

 これによると、警察に協力するという態度を示している者の比率は、前回の昭和44年のそれと比べて若干減少しているものの、依然として70%以上を占めている。
 このような国民側の姿勢と、先の図4-61にみられる結果とのギャップはなぜ生じるのであろうか。一つには住民意識や住居構造の変化に伴って、社会の匿名性が増大された結果、住民相互の情報が少なくなり、警察に協力しようにも、必要な情報を持っていないことが考えられる。図4-62にみられるとおり、都市化の激しい地域ほど有力な聞込みが得られないのも、これを裏付けているといえよう。また、行動範囲の拡大等によって、従来では考えられなかったような分野に人間関係が形成されるようになり、聞込みの対象が大きく変わってきているため、捜査員がこれらの対象とうまく接触できな

図4-62 「聞込み」による検挙件数の検挙総件数に占める比率の地域別比較(昭和48年)

いことも考えられる。
 以上のような実態に対して、警察は、国民の捜査活動に対する積極的な理解と協力を得るために、各種の方法を講じていかなければならないが、とりわけ個々の事件については、テレビ等の積極的な利用によって、より広範囲の国民が事件情報を得られるように努力するとともに、警察の捜査活動に対する協力の気運を育てることが必要である。
(6) 長期化する捜査活動
以上(1)から(5)に述べた諸傾向は、犯罪捜査活動を次第に長期化させている。
 図4-63は、事件発生から検挙までの期間を、1日未満、1日以上1箇月未満、1箇月以上3箇月未満、3箇月以上の4期間に区分し、それぞれの期間中に検挙された事件件数が全検挙件数中に占める比率の推移をみたものである。発生から検挙まで3箇月以上要した事件の割合が昭和44年から昭和48年までの5年間に、26.4%から32.5%に増加している一方、1日未満で検挙した事件の比率は逆に24.3%から19.0%に減少しており、このことからも、捜査活動が次第に長期化の様相を強めていることが分かる。

図4-63 事件発生から検挙までの期間別検挙比率の推移(昭和44~48年)

4 近代的捜査活動をめざして

(1) 初動捜査体制の強化
 犯罪捜査は、事件発生後、日時が経過すればする程困難となる。したがって、犯罪発生後できる限り早い時期に警察がこれを認知して、迅速かつ強力な初動捜査を実施することが必要である。
ア 機動捜査隊の増強
 機動捜査隊は、昭和48年4月現在、全国で約1,900人の隊員が配置されている。
 警察署の捜査力が手薄になる夜間を中心に、犯罪の多発する大都市とその周辺部を自動車でパトロールし、犯罪発生に対して日夜絶え間ない警戒体制をとるのがその任務であり、隊員は24時間の交替制勤務となっている。
 車両には、隊員2名ないし4名が乗車するほか、小型録音機、携帯無線機、ポラロイドカメラ、投光器、鑑識用資器材等の科学捜査資器材を積み込み、機動力と科学力とを十分に活用して、犯人の早期検挙や現場での証拠収集に目覚ましい活躍をみせている。ちなみに、神奈川県警察本部機動捜査隊の場合を例にとって、その活動実態をみると、図4-64、図4-65のとおりである。

図4-64 機動捜査隊(神奈川)の罪種別出動事件(昭和48年)

図4-65 機動捜査隊(神奈川)の主要罪種別出動件数と検挙人員(昭和48年)

イ 緊急配備体制の確立と常設検問所の設置
 緊急配備は、殺人、強盗、ひき逃げ等の重要事件が発生し、犯人がまだ逃走途上にあると認められる場合に、可能な限り多くの警察官を動員して、逃走経路とみられる箇所の検問、張込み等を行い、犯人をできるだけ早く捕捉しようとする捜査活動である。
 近年、犯罪はますます広域化、スピード化の傾向を強めており、これに対応して、犯罪捜査活動も都道府県警察のわくを越えた広域的な展開が一層強く要求されるところとなっている。
 しかし、従来緊急配備は、各都道府県単位で実施され、特に必要のある場合にのみ各部道府県相互間で締結されている緊急配備に関する共助協定に基づいて、他府県に協力を依頼することになっていたため、都道府県間の連絡・調整が必ずしも円滑に運ばず、広域緊急配備は効果的に機能し得ない実情にあった。
 このため、警察庁では、昭和49年1月16日、「広域緊急配備要綱」を制定し、重要又は特異な事件の発生に際しては、各都道府県警察間の連絡共助をより緊密にし、広域的かつ効果的な緊急配備を行うこととした。
 この要綱では、広域緊急配備は、広域全体配備、広域方面配備など6種に区分されており、配備の必要を認めた都道府県警察が配備の種別を指定して他の都道府県警察に配備の依頼を行うとともに、依頼を受けた都道府県警察にあっては、直ちに依頼された配備を行うこととされており、緊急配備の運 用を全国的規模の下に実施することによる組織的、効率的捜査活動の展開が今後期待される。
 緊急配備の実施状況を警視庁の例でみると、表4-3,図4-66のとおりであり、対象事件では、強盗が36.1%、傷害が23.4%と、この2罪種で全実施件数の過半数を占めている。また、実施時間帯は、凶悪事件の多発する深

表4-3 罪種別緊急配備実施状況(警視庁)(昭和48年)

図4-66 時間帯別緊急配備実施状況(警視庁)(昭和48年)

夜の0時から4時の間にその大部分が集中している。
 緊急配備の方法は、近年、自動車利用の犯罪が多いため、必然的に自動車検問が中心となっているが、無線タクシー業者、ガソリンスタンド業者等に情報提供等の協力を依頼することも多く、犯人検挙の大きな助けとなっている。
 また、従来は、緊急配備実施の都度、配備員が警察署や派出所からあらかじめ定められた警戒地点まで急行して検問を行っていたため、緊急配備発令時から警戒体制完了時までの間に、かなりの時間的ロスが生じていた。
 このため最近では、主要道路の重要ポイントに常設の検問所を設置したり、重要地点を管轄する警察署に検問用資器材を積載した緊急配備検問車を配置したりして、迅速な配備をめざしている。
(2) 新しい捜査本部体制の確立
 捜査本部は、重要な事件の発生に際し、警察署の恒常的捜査体制とは別個に臨時組織を編成して、捜査を統一的かつ強力に遂行するために設置される。
 多くは事件発生地を管轄する警察署に設置されるが、警察署では刑事課員はもとより、外勤係、防犯係等の係員をも編成に入れるとともに、警察本部の捜査員の応援を受けて、昼夜を分かたぬ強力な捜査活動が展開される。
 捜査本部の設置状況の推移をみると、図4-67のとおり、設置件数は年間600件前後で横ばい状態にあるが、このうち前年から継続して設置されているものが次第に増えつつあることが注目される。
 一方、対象事件別の捜査本部設置・解散状況は、図4-68のとおりで、殺人、強盗等の凶悪事件、暴力団が関係する事件あるいは窃盗事件に対しての設置数が多くなっている。
〔事例〕 昭和48年2月17日、千葉県船橋市で発生した少女殺人事件に対して、即日船橋警察署内に特別捜査本部を設置し、同年12月1日に犯人を検挙したが、その活動概要は次のとおりである。
○ 特別捜査本部員 78人(本部長は警察本部刑事部長)
○ 捜査本部設置期間 昭和48年2月17日から昭和49年2月1日まで350日間

図4-67 捜査本部設置・解散件数の推移(昭和40~48年)

図4-68 事件別捜査本部設置・解散件数(昭和48年)

○ 捜査専従員数 延べ1万8,426人
○ 捜査地域 千葉県下一円、東京都内、北九州市、大阪府門真市
○ 参考人 取調べ 865人、うち供述調書を作成した者167人
 重要事件に対してプロジェクト・チームを組んで捜査活動に当たる捜査本部制度は、これまで数多くの実績をあげてきているが、一方で社会環境の変化や犯罪の質的変化に対応した、新しい捜査本部の運営方法の検討を迫られている。既に一部府県においては、一般市民の記憶の新しいうちに、できるだけ多くの情報を入手するための捜査員の集中動員や、現地における指揮を徹底させるため、多重無線機を備えた車に捜査幹部が乗り込み、捜査本部自体に機動性を持たせたりするなど、新しい情勢に対応して捜査本部の運営方法を改善しようとするための努力がなされている。
 次に、最近、殺害後、死体を他府県に遺棄する事件が目立っているが、このような事件では、いくつかの府県警察が協力して強力な捜査活動を行わなければならない。このため警察庁においては、このような事件が発生したときは関係警察にそれぞれ捜査本部を設置させるとともに、合同捜査会議を開

いて捜査方針等を協議したり、事件処理に関する指導調整を行う制度を検討中である。
 また、飛行機墜落事故のように、警察力の手薄な地域で発生し、大量の警察官を投入しなければならない大規模事故事件の捜査本部の運営方法が新たな検討課題となっている。
(3) 公開捜査の展開
 犯罪捜査は、その性格上、非公開を原則としているが、例外的に、捜査資料の一部を公表し、積極的に国民の協力を求める捜査方法がとられることがある。これを一般に公開捜査と呼んでおり、その主な態様としては、
[1] 犯人の逮捕を目的とするもの
[2] 被害者の身元確認を目的とするもの
[3] 遺留品等につき関係情報の入手を目的とするもの
がある。通常行われる指名手配被疑者の公開捜査は、[1]の場合であり、指名手配被疑者の写真や氏名をテレビ、ポスター、チラシ等で公表し、積極的に国民の協力を求めるものである。このような方法は、被疑者自身の人権問題も考慮して、社会防衛上やむを得ない場合にのみ実施することとしている。
 警察庁では、例年行われる「指名手配被疑者捜査強化月間」を、昭和48年も2月に指定し、指名手配被疑者の強力な追跡捜査を行った。同月間では、警察庁指定被疑者10名、都道府県指定被疑者242名を、重点被疑者に指定して公開捜査に付し、44名を検挙した。昭和48年は、前年に大きな効果をあげたテレビスポット放送の実施範囲、回数を更に拡大したほか、民間テレビ局のワイドショー番組の協力を得た。また、大量のチラシ、ポスターを掲示、配布した。
 一方、各都道府県警察においても、報道機関の協力を得て、公開捜査を展開したが、なかでも、
○ 簡易宿泊街に対する新聞折り込みによるチラシの配布(警視庁)
○ 重点被疑者のスライドを作製して、交通・防犯関係の会合に活用(福井、山口)
などの事例が注目された。
 以上のような種々の施策により、同月間中、警察庁及び各都道府県警察に寄せられた情報は642件に及び、これらの情報が手がかりとなって、同月間中、重点被疑者12名が検挙され、一般指名手配被疑者も175名が検挙された(図4-69参照)。

図4-69 重点被疑者(公開捜査)の検挙の端緒(昭和47、48年)

 なお、このほか昭和48年4月10日、大阪市及び名古屋市で3人の女性を殺害したW(25)を、「警察庁指定特別手配」(注)の被疑者に指定し、同時に公開捜査に付したところ、北海道において民間から情報があり、5月7日旭川市内の旅館の捜査によって、これを逮捕した。
(注) 「警察庁指定特別手配」とは、各都道府県警察で指名手配した被疑者のうち、特に悪質重要な犯罪を犯した者で、かつ、再犯のおそれが強く、その早期検挙のため全国の警察による広域的捜査が必要とされている者を警察庁が指定して、各部道府県警察に重点的な捜査を指示するもの。
 公開捜査は、その方法によっては極めて大きな効果をあげ得るものであり、とりわけ全国津々浦々に張りめぐらされたテレビネットワーク利用の有 効なことは、いくつかの事例によって実証されているところである。今後も、一方で被疑者の人権を尊重しながら、ラジオによる盗難車両手配、新聞広告、電車内の中づり広告による公開手配など、現代感覚にマッチしたざん新なアイデアをとり入れ、効果的な公開捜査を実施する必要がある。
(4) 犯罪鑑識の推進
 捜査活動の困難化、長期化の傾向を打ち破るためには、犯罪鑑識活動における科学技術の積極的導入も重要な課題である。昭和48年中においても、活発な鑑識活動により、多くの犯罪を解決に導いたが、最新の鑑識器材や科学技術の導入によるミクロの世界への挑戦は、今後も多くの成果をあげ得るものと期待される。

図4-70 血こん、体液、毛髪等の血液型の鑑定件数(昭和44~48年)

ア 犯人は現場に必ずこん跡を残す
 犯行現場には、犯人が残した有形、無形の資料が必ず存在する。
 現場には、犯人の血こん、だ液、毛髪、指紋、足跡、におい等が残っている。これらの資料を鑑定、識別して犯人を割り出すことができる。また、銃砲使用事件の弾丸を鑑定して使用した銃を特定することができ、交通事故事件の現場に落ちている塗膜片、ガラス片等を鑑定して、事故を起こした車両を割り出すことができる。
(ア) 血こん、体液、毛髪等
 血こん、体液、毛髪等の血液型鑑定は、図4-70のとおりであり、毛髪の鑑定が逐年増加している。
〔事例〕 148頁の事例に掲げた千葉県船橋市の少女殺人事件では、死体から採取した犯人のものと思われる13本の毛を検査したところ、その毛は黄菌毛(注)であり、また、血液型はA型であることが判明した。その後、捜査線上に浮かんだ容疑者の毛髪と比較対照した結果、同一であることを確認し、事件を解決した(千葉)。
(注) 一種の毛の病気であり、主に、わき毛に発生し、黄かっ色又は赤かっ色のにかわ様の物がさや状に付着したもの。
(イ) 銃器、弾丸類
 昭和48年中の銃器、弾丸類の鑑定件数は5,090件であり、前年の5,040件に比較し、横ばいの状況である。
〔事例〕 昭和48年10月、愛媛県下において、けん銃使用による殺人未遂事件が発生した。
 被疑者宅に隠匿されていたけん銃を押収して、被害者の体内から摘出した弾丸との関係を鑑定し、同けん銃から発射したものであることを確認して犯行を裏付けた(愛媛)。
(ウ) 塗膜片等
 最近における塗膜片等の鑑定事件数及びひき逃げ事件発生件数の推移は、図4-71のとおりである。

図4-71 塗膜片等鑑定件数(昭和44~48年)

〔事例1〕 昭和48年9月、静岡県下において、自転車で帰宅した主婦が頭痛を訴えた後、意識不明になり死亡した。
 解剖の結果、死因は脳損傷と判明し、交通事故によるものと認められたので、被害者の自転車を調べたところ、左側ハンドルグリップの先端についていた極めて微量の塗膜片が発見された。この塗膜片から車種、車名、型式等が判明し、犯人を検挙した(静岡)。
〔事例2〕 昭和48年6月、千葉県下において、貨物自動車が歩行中の老婆をはね、重傷を負わせて逃走した。
 現場からサイドフラッシュレンズの破片1個を採取し、容疑車両のレンズと対照したところ、破断咬(こう)合面が合致し(写真参照)、動かぬ証拠となった(千葉)。



(エ) 指紋
 指紋は、「万人不同」、「終生不変」という特性があり、個人識別を行ううえで最も貴重な資料である。
 指紋を犯罪捜査に利用する仕組みとしては、十指指紋制度と一指指紋制度とがある。

 十指指紋制度は、被疑者等の身元及び犯罪経歴を明らかにすることを目的とし、一指指紋制度は、犯罪現場等の遺留指紋から犯人を割り出すことを目的としている。
 現場指紋採取事件数は、昭和44年が17万4,302件で、その後、年々増加しており、昭和48年は20万1,343件となっている。被疑者確認数は、昭和44年が1万8,534件で、以後増加を続けており、昭和48年は2万755件となっている。
 なお、指紋照合業務の効率化を図るため、大阪府警察等においては、コンピューターを導入している。
〔事例〕 昭和48年7月、横浜駅近くのホテルで女子事務員が殺害された。現場の浴そう内に投棄してあった湯飲み茶わんの遺留指紋から被疑者を割り出した(神奈川)。
(オ) 足こん跡(足跡、タイヤこん、工具こん)
 足跡から、犯人の人数、侵入・逃走経路あるいは履き物の種類、名称、メーカー等を特定できるほか、犯人の身長や身体特徴も推定できる。また、タイヤこんからは、自動車の車種、車名、型式、メーカー等を、工具こんからは、工具等の種類、名称、大きさ等を推定できる。
 昭和48年中に犯罪現場から採取した足こん跡は19万2,258個であり、このうち7万5,723個を捜査に活用した。
(カ) 犯人の顔
 犯罪捜査における個人識別のため被疑者写真を利用している。
 昭和48年中に目撃者の協力を得て被疑者を割り出した件数は5万3,932件であり、犯人のモンタージュ写真は760人分作成し、241人の被疑者を確認した。
〔事例〕 昭和48年1月、兵庫県下において、空き巣ねらい事件が発生し、ミンクのコート等が盗まれた。被害品を質受けした質屋の協力を得て、犯人のモンタージュ写真を作成して手配したところ、市民から通報があり、被疑者を検挙した(兵庫)。

(キ) におい
 におい鑑識の担い手は警察犬である。
 警察犬には、都道府県警察で直接飼育、運用する直轄警察犬と、民間の優秀な犬を警察犬として委嘱する嘱託警察犬とがある。
 昭和48年には直轄警察犬制度が整備され、同年末現在における全国の直轄警察犬の数は49頭となった。
 また、嘱託警察犬も増強され、昭和48年末現在678頭となっている。
 警察犬制度の整備充実に伴い、犯罪捜査、人命救助等において警察犬は目覚ましい活躍をした。

 昭和48年中における警察犬の出動件数は、3,836件(前年比2,020件増)であり、その活動状況は図4-72のとおりである。

図4-72 警察犬の活動状況(昭和44~48年)

〔事例〕 昭和48年10月、東京都内の路上において、会社員が刺殺された。警察犬が出動し、犯人が遺留した登山ナイフのにおいをもとに追跡した結果、約500メートル離れた人家の植え込みに潜伏していた被疑者を発見した(警視庁)。
イ 活躍する鑑識器材
 最近における科学技術の進歩に伴い、犯罪鑑識の分野において次のような新鋭器材が導入され、目覚ましい成果をあげている。
(ア) 走査型電子顕微鏡
 走査型電子顕微鏡は、犯罪現場に残された微少の金属片、繊維、毛髪等の観察に用いられ、倍率は14万倍に達し、従業の光学顕微鏡の約70倍の高性能をもっている。
〔事例〕 昭和48年2月、福岡県下において、窃盗事件が発生した。現場に遺留されていた微細な繊維片らしいものを発見し、走査型電子顕微鏡で観察した結果、羊毛であることが判明した。容疑者が着用していたカーディガンの繊維と比較対照して、同種のものであることを確認し、事件解決に寄与した(福岡)。
(イ) X線マイクロアナライザー
 X線マイクロアナライザーは、弾丸の破片、偽造硬貨、貴金属等の鉱物組織の分析、骨、歯、毛髪中の金属元素の分析による異同識別に用いられる。

〔事例〕 昭和48年1月、島根県下において、少女ひき逃げ事件が発生した。
 被害者が着用していた毛糸製スキー帽及び防寒着に微量の塗料が擦過状に付着していた。X線マイクロアナライザーを用いた元素分析を行ったところ、容疑車両の塗料と合致し、被疑者の犯行を裏付けた(島根)。
(ウ) 自記X線回折装置
 自記X線回折装置は、麻薬、覚せい剤、爆発物等有機又は無機物質について、資料の形態を損なわずに、その結晶構造の解明や異同識別を行うことができる。
(エ) ミクロビジョン装置
 ミクロミビジョン装置は、まっ消文字、改ざん文字の検出、鑑定に用いられ、赤外線の照度を自由に変え、テレビカメラによって拡大して映し出すことができる。

ウ 明日の鑑識科学
 犯罪の質的な変化に対応していくため、日進月歩の科学技術を積極的に導入するとともに、犯罪科学における未解明分野の研究開発を推進している。
(ア) 潜在指紋の検出法
 殺人事件の死体に印象された指紋、印象後長時間経過した指紋など、肉眼では見えない潜在指紋の検出及び採取方法について研究開発中である。これらの技術が開発されれば、犯人の検挙に大きく貢献することが期待できる。
(イ) 復顔法
 白骨化した死体の頭がい骨に粘土で肉付けを行って生前の顔の形を復元する技術が復顔法であるが、現在の復顔技術はまだ完全とは言い難く、また、この特殊な技術を修得している者は若干名にすぎない。
 今後、更に、法医学及び顔の形に関する各種資料を収集し、復顔技術の研究を推進するとともに、優秀な技術者の養成を図ることとしている。
(ウ) 指紋自動読み取りシステム
 指紋業務の機械化については、現在、一部手作業(指紋の分類)による半自動方式を採用しているが、大量の指紋資料を迅速、有効に処理するためには、これを完全自動化する必要がある。
 このため、コンピューターによる指紋の自動読み取りシステムの研究開発を進めている。これが完成すると、指紋対照業務が迅速化するとともに、指紋による被疑者の割り出し、同一犯行や余罪の確認等が大幅に向上することが期待される。
(エ) 放射化分析
 資料に放射能を帯びさせ、その放射能を測定して、資料中に含まれる微量元素の分析を行う方法を放射化分析という。分析結果は、ガンマ線スペクトルの形でグラフ化され、また、個々の元素の含有濃度は数字で表現されるので、資料相互間の異同識別、資料の含有元素の解明、特定元素の含有量の測定等に応用できる。
 しかし、この方法は分析に時間を要するので、迅速な分析方法を研究開発中である。
 また、あらゆる資料について多角的に分析するための試験分析も実施中である。

(5) コンピューターの効果的活用
ア 犯罪手口照会
 常習犯罪者は、習性として同一手口の犯行を反覆することが多く、この特性を犯罪捜査に利用して犯人や余罪を割り出そうとするのが犯罪手口制度である。
 これまで、強盗、窃盗、詐欺の3罪種について、常習犯人を検挙した場合又は常習犯人によると思われる事件が発生した場合に、コンピューターを用いてその手口を記録・照合してきたが(注)、現在、更に、強かん、わいせつなどの性犯についても同様の作業を検討中である。
 近年は、常習犯罪者が増加している一方、犯行現場に指紋、足跡等の物的証拠を残さない事件が多くなっており、犯罪手口制度の捜査活動に占める役割はますます重要なものとなっている。
 このため、警察庁では、犯罪手口分析を一層高度化する努力を続けるとともに、昭和48年9月には初めて「犯罪手口資料活用強調月間」を設け、手口制度活用の推進を図った。
 なお、昭和48年中に犯罪手口資料を用いて検挙した被疑者は3,060人(事件数7,325件)、割り出した余罪は4万1,306件となっている。
(注) 現在、犯罪手口は、大種別として、
強盗…侵入強盗・非侵入強盗
窃盗…侵入窃盗・詐欺盗・特殊物盗・すり・かっぱらい・その他
詐欺…売り付け・借用・不動産利用・偽造有価証券利用・買受け・無銭・弱点利用・あっせん・募集・その他
に分類され、更にこれが中種別(強盗は9中種別、窃盗は71中種別、詐欺は58中種別)に細分化されている。
イ ぞう品照会
 車両、カメラ・時計、機械・器具、衣類などが盗まれると、被害品の特徴、被害の日時・場所等が記録され、不審な品物が発見された場合には、これと照合することとなっているが、このうち、自動車、オートバイ、カメラについてはコンピューター処理が行われている。

5 国際犯罪の捜査

(1) 増加する国際犯罪
 我が国における一般外国人(韓国・朝鮮人、中国人及び在日米軍等関係者を除く。)の犯罪及び日本人の海外における犯罪の推移は、図4-73及び図4-74のとおりであり、これからも明らかなように、この種国際犯罪は、ここ10年来全体として増加傾向にある。

図4-73 一般外国人の犯罪(昭和39~48年)

 更に、最近では、重要事件の犯人が海外に逃亡するなど捜査が一層困難化する国際犯罪事案も目立っている。

図4-74 日本人の外国における犯罪(昭和40~48年)

〔事例1〕 昭和48年3月、横浜市内において、幼稚園児(6)を身の代金取得目的で誘かいし、絞殺したうえ死体を遺棄した犯人である台湾出身者2名のうち1名(22)は、犯行直後既に空路台湾に逃走していることが判明した(神奈川)。
〔事例2〕 昭和48年4月、中日スタジアム(株)社長から営業資金の融資あっ旋方を依頼されたことに乗じ、同社の約束手形約160通(額面総額16億6,000万円)を詐取した会社部長(53)は、犯行後の同年5月、空路香港に逃走して以来約7箇月間、アジア、ヨーロッパの10数箇国を数次にわたり行き来するなど転々と居所を変え、国際逃亡者の生活を送っていた(愛知)。
 このような国際犯罪情勢にかんがみると、今後この種事件に対する捜査力の一層の強化が急務である。
(2) ますます重要となった国際捜査共助
ア ICPOの組織と役割
 犯罪が国際的な広がりをもつようになっても、それに対処する司法・警察機構は、伝統的な国家主権のわくに縛られている。そこで、この国家主権と国際犯罪の谷間を埋めるための組織として生まれたのが国際刑事警察機構(ICPO-INTERPOL)である。昭和49年1月現在で、同機構の加盟国は、117箇国に達している。ICPOは、現在、国際連合と特別協定を結ぶ政府間機関の地位を有し、名実ともに刑事警察における国際機構になっている。
イ ICPOの活動
 ICPOの活動のうち重要なものは、国際犯罪に関する情報交換と、犯人の逮捕・引渡しについての円滑かつ迅速な協力の確保である。
 この種の国際協力は、かつては外交ルートのみを通じてなされていたが、現在では、独自の通信連絡網をもったICPOの成長によって、国際犯罪により効果的に対応できるようになっている。
(ア) 犯罪情報の交換
 ICPO加盟国相互間の交信量は、逐年増加の一途をたどっており、我が国についてみても、図4-75のとおり同様の状況にある。これらの通信の大部分は、犯罪情報の交換(犯歴照会や人及び物に対する調査依頼)が占めている。
 ICPOの無線網は、図4-76のとおりであり、この中で、警察庁に設置された東京無線局は、昭和45年以来、東南アジア地域中央無線局として活躍している。
(イ) 国際手配
 ICPO事務総局は、国際犯罪の中から、特に重要な事件を選んで国際手配書を作り、加盟各国に流している。図4-77は、その発行状況の推移をみたものである。

図4-75 ICPO発・受信数(昭和39~48年)

図4-76 ICPO無線網

図4-77 国際手配書の発行状況(昭和43~47年)

 この種の手配書の中でもとりわけ重要なものは、逮捕手配書である。犯人が国外に逃亡した場合には、まず、この手配書により犯人の所在の確認及び身柄の確保を依頼し、その後に外交ルートを通じて、逃亡先の政府に対してその者の身柄の引渡しを要求することとしている。したがって、逃亡犯罪人を速やかに逮捕するためには、ICPOを通じての外国警察の協力が不可欠である。
 ちなみに、地理的・政治的に近い西ヨーロッパ諸国間においては、1957年(昭和32年)に「逃亡犯罪人引渡しに関するヨーロッパ条約」を結びICPO無電による逮捕手配により、逃亡先の警察が逃亡犯罪人を逮捕することを可能にした。この取決めは、国際犯罪の迅速な解決に大いに貢献している。

6 暴力団の根絶のために

(1) 暴力団の実態と動向
ア 減少した暴力団
 昭和48年12月末現在、全国の警察では握している暴力団の団体数及び構成員数は、図4-78のとおり2,723団体、11万4,506人で、前年と比較すると、234団体(7.9%)、8,538人(6.9%)減少している。また、警察庁が特に取締重点対象に指定している大規模広域暴力団7団体(山口組系団体、大日本平和会系団体、松葉会系団体、日本国粋会系団体、稲川会系団体、住吉連合系団体、元極東愛桜連合会系団体。以下「指定7団体」という。)の勢力状況は、さん下885団体(全暴力団の32.5%)、3万2,057人(全構成員の28.0%)であり、前年末と比較し、団体数において10団体の増加、構成員において955人の減少となっている。昭和48年においてこのように暴力団の勢力が減少したのは、全国の警察が総力を挙げて強力な取締りを実施したことが大きく影響しているものと考えられる。
 なお、2以上の都道府県にわたって組織を有する暴力団(以下「広域暴力団」という。)は、昭和48年末現在で、88系統(1つの系統には数団体から数百団体が属しており、昭和48年末における1系統当たりの平均は23団体、733人である。)2,032団体(全暴力団の74.6%)、6万4,506人(未組織暴力常習者を除いた構成員の80.0%)となっている。
 暴力団の最近における特徴的動向は次のとおりである。
(ア) 強まる組織防衛
 警察の厳しい取締りから組織を防衛するため、暴力団の首領が幹部や配下に対して「警察官を事務所へ近づけるな」等と指示し、あるいは警察の取締りや対立団体の殴り込みに備えるため、組長宅等に周辺の状況を察知するテレビや盗聴器等を設置するなど、組織防衛の動きが一段と強まっている。
(イ) 手をつなぐ地域暴力団
 最近は、暴力団の行う襲名披露、放免祝等のいわゆる「義理かけ」の自主

図4-78 暴力団団体数及び構成員数の推移(昭和39~48年)

規制等を名分として各地に結成された親睦会等を通じて地域暴力団同士が相互に連携を深めながら、警察の取締りを免れ、世論の批判を和らげようとする動きが強まっている。
(ウ) 変身する暴力団~総会屋等に進出~
 暴力団が新たな資金源の場を企業に求め、総会屋、会社ゴロ、新聞・雑誌ゴロの分野に進出する傾向が顕著である。すなわち、関東、関西に本拠を置く広域暴力団の一部幹部が総会屋等に転身したり、あるいは総会屋等と結託しようとする動きがみられる。
(エ) 拡大する山口組勢力
 暴力団勢力の漸減傾向のなかにあって、山口組系団体の勢力拡大の動きは依然として活発である。特に、昭和48年においては、山口組の勢力の弱い関東、東北地方への進出が目立った。すなわち、関東地方にあっては、千葉県下で発生した対立抗争事件をきっかけにして福井県下の山口組系の団体が応援を名目に組員を派遣して拠点を作り、また、東北地方にあっては、福島県下の暴力団組長に山口組組長が子分の杯を与えてさん下に収めるなどの例が典型であるが、このほか関東地方の各地で覚せい剤の密売を通じ、あるいは金融業、興行社等の経営や港湾荷役に対する労働者供給を隠れみのにして逐次拠点作りを図り、勢力の伸長に努めていることがうかがわれる。
イ 増加を続ける暴力団犯罪
 昭和48年中における暴力団による犯罪の検挙状況は、5万8,462件、5万2,077人で、前年に比較し、件数で6.4%、人員において8.1%と、いずれも増加している。暴力団犯罪は、図4-79のとおり、昭和45年から増加に転じ、以後この傾向が続いてきたが、昭和48年においては検挙人員が5万人の大台に達した。
 各罪種別の検挙状況は、表4-4のとおりであり、検挙の多い罪種をみると、傷害、暴行、恐喝などいわゆる暴力事犯と、と博、覚せい剤事犯、競馬法違反など暴力団の資金源事犯が多くなっている。

図4-79 暴力団犯罪検挙件数及び検挙人員の推移(昭和39~48年)

(ア) 巧妙化する犯罪手口
 暴力団取締りの強化に対応して暴力団犯罪の手段、方法もますます巧妙化している。例えば、と博事犯では、警察の目の届きにくい遠方の温泉旅館や警察官の踏み込みにくい高層マンション等でと博を開張したり、あるいは開張場所にテレビを設置して周辺の動向を看視するなどの防衛手段を講じている。また、ノミ行為事犯(注1)では、事務所等を改築して屋根裏などに密室を設けてノミ行為の拠点にしたり、あるいは転々とノミ行為の拠点を変えるなどして警察の取締りの目を巧みにくぐり抜けようとしている。
 知能暴力事犯(注2)においては、被害者等がスキャンダルの暴露をおそれて警察に被害の届出をしないような事案を巧みにキャッチし、多額の金を脅し取る事犯、あるいは金銭を脅し取った後被害者に対し料亭で接待等をして被害の届出をしにくくするなどの事例がみられる。
(注1) 「ノミ行為」とは、競馬、競輪などにおいて、法律に定められた以外の者が馬券などを発売することで、法律で禁止されている。
(注2) 「知能暴力事犯」とは、暴力団構成員が、資金獲得を目的として団体又は多衆の威力を背景に行う知能的手口の犯罪をいう。

表4-4 暴力団犯罪の罪種別検挙状況(昭和47、48年)

(イ) 対立抗争事件は減少
 図4-80に示すとおり、対立抗争事件は、昭和45年をピークとして年々減少する傾向にあったが、昭和48年においても52件の発生にとどまり、前年に比べ12件の減少となっている。しかもこれらの対立抗争事件は、総じて小規模事件が多く、従来みられた友誼団体(注)を動員する大規模な抗争事件は少なくなった。しかし、これらの対立抗争事件の中には、けん銃、猟銃等を発射した事件が20件(38.5%)もあり、その手段、方法は依然として凶悪である。
 また、対立抗争の原因についてみると、各種の資金源をめぐる争いによるものが30件(57.7%)を占め、しかもその直接の発火点は、いずれもさ細なことを原因とする下級組員同士の暴力事件から発展したものが多い。

図4-80 暴力団対立抗争事件発生件数の推移(昭和39~48年)

(注) 「友誼団体」とは、対立抗争事件などの際、応援員を派遣し合うなど親密な関係にある団体をいう。
ウ 暴力団の資金源
 暴力団が組織を維持運営していくためには、組織の活動資金、組事務所の維持費、構成員の生活費等多額の経費を必要とするが、その経費の収入源がすなわち資金源である。
 暴力団員の資金活動を大きく分けると合法的形態によるものと、非合法的形態(犯罪行為)によるものに大別される。
 暴力団の非合法的形態による資金活動は多岐にわたっているが、典型的なものは次のとおりである。
(ア) と博
 暴力団が、組織的に行うと博事犯は、そのほとんどがと場を開いてと客を集め寺銭を徴収するといったいわゆる鉄火と博であるが、最近は、従来の花札、さいころを使用すると博のほかに、気軽にできるマージャンと博や、あるいは高校野球、プロ野球等に関し金銭をかけるいわゆる野球と博を開張して利益をむさぼる例もかなりみられる。
 これらのと博事犯は、全国的に敢行されているが、最近は、暴力団の開張すると博のと金額は次第に巨額化する傾向にある。
なお、昭和48年中における暴力団のと博による収入は、検挙された事犯から判明した分のみで約18億円にのぼるものとみられる。
〔事例〕 山口組、稲川会系首領らによる総長と博事件(注)
 山口組若頭補佐T組組長(39)は、昭和47年11月上旬ごろ、T組事務所の大広間において、兵庫県下に本拠をもつ山口組若頭Y組組長ら主要組長及び稲川会理事長ら首領32人を含む客53人を集めていわゆる総長と博を開張し、と金総額10数億円にのぼる「手本引(てほんびき)」と称すると博をさせ、寺銭名目に約1億円の収益を得ていた(昭和48年9月検挙)(兵庫)。
(注) 「総長と博」とは、と客のほとんどが暴力団の首領によって占められていると博のことをいう。
(イ) 覚せい剤の密売
 暴力団構成員による覚せい剤の密売等の事犯は、ここ数年来著しい増加を示しており、今や覚せい剤の密売は、暴力団の資金源として団体、地域のいかんを問わず行われている。このため、昭和48年中における暴力団の覚せい剤による収入は、検挙された事犯から判明した分のみで約75億円にものぼっており、暴力団の最大の資金源となっている。
〔事例〕 大門会幹部らによる覚せい剤密売事件
 大門会幹部H(32)ら16人は、昭和46年12月ごろから昭和48年5月ごろまでの間、東京、大阪の暴力団から覚せい剤約1キログラムを仕入れ、東京、大阪、熊本県下で小分けして九州各県及び北海道の暴力団員に販売し、総額約1,500万円の利益を得ていた(熊本)。
(ウ) ギャンブルブームに乗じたノミ行為
 公営競技をめぐるノミ行為も今や暴力団の有力な資金源である。
 最近では、全県的に組織を張りめぐらし、年間数億円の利益をあげていた事犯や、あるいは他府県にまで客を開拓していた事犯などにみられるように、ノミ行為はますます大型化する傾向にある。昭和48年中の暴力団のノミ行為.による収入は、検挙により判明した分だけでも約25億円にのぼっている。
〔事例〕 山口組系豪友会の組織的県外競輪ノミ行為事件
 高知県全域に勢力をもつ山口組系豪友会幹部N(36)は、豪友会の資金獲得のため、高知市内に県外競輪情報センターを設置し、県内8箇所に中継する者を配して、松山競輪ほか12箇所の県外競輪場の競技レースに関し組織的なノミ行為を行い、昭和46年2月から摘発されるまでの2年6箇月間に4億5,000万円の収益を得ていた(高知)。
(エ) 企業への浸透~会社恐喝~
 最近、暴力団が新たな資金源の場を企業に求め、企業幹部のスキャンダル、経営上のミス、企業内の派閥争いなど企業の弱みに付け込んで多額の金銭を脅し取る事犯が多くみられる。次の事例に紹介する神戸の山口組幹部らによる大手企業を舞台とする一連の恐喝事件は、暴力団の企業への浸透を示す好 例である。また、いわゆる総会屋、会社ゴロ、新聞・雑誌ゴロ、不良興信所等による企業を舞台とする知能暴力事犯も増加の傾向をみせている。現在、警察では握している総会屋、会社ゴロ、新聞・雑誌ゴロの数は、約1,500人であるが、今後ますます増加することが予想される。
〔事例〕 山口組系S組長らの企業を舞台とする恐喝事件
 山口組系S組長(41)は、雑誌ゴロら2人と共謀し、A銀行発行の株式を自己名義で買った後、「不正融資事件で頭取が責任をとらないのは納得できん。株主総会で問題にする。」などと脅迫し、共犯者の発行するS新報に対する広告、賛助料の名目で昭和46年1月から昭和47年12月までの間に490万円を脅し取ったのをはじめ、ほか大手企業2社から合計3,100万円余を脅し取った。昭和48年2月検挙)(兵庫)。
 一方、昭和48年は、最近の土地ブームを反映して暴力団構成員が不動産業に手を出し、あるいは悪質不動産業者と手を組んで、土地の取引をめぐり詐欺、恐喝を敢行する事犯が目立った。ちなみに、昭和48年中に警察庁に報告のあった暴力団による土地をめぐる恐喝事件、詐欺事件は、主要なものだけでも13件、被害総額6億5,200万円に達している。
〔事例〕 導友会系石塚組組員らによるM歯科大学建設用地買収をめぐる多額詐欺事件
 導友会系石塚組組員K(40)は、多額の負債をかかえその返済に苦慮していたが、M歯科大学設立準備委員会から大学建設用地の買収方を依頼されたのに乗じ、土地所有者との間になんら交渉をしていないのに既に交渉がまとまり手付金を支払えば買収契約が成立するとうそをつき、昭和47年8月ごろ同委員会の代表から2億3,200万円をだましとった(昭和48年6月検挙)(愛知)。
エ 武装化の進む暴力団
 暴力団は、日ごろから縄張りや勢力範囲の維持、拡大を図るため、あるいは勢力誇示のため、けん銃、猟銃、日本刀などの武器を集め、武装化を進めている。
(ア) 凶器押収数は急増
 昭和48年中に暴力団の取締りを通じて押収したけん銃、猟銃、日本刀、あいくち等の凶器の総数は、図4-81のとおり、7,564点であり、前年と比較し588点(8.4%)の増加である。凶器の押収数は、昭和39年がピークであり、以後減少傾向をたどっていたが、昭和43年から再び増加に転じ、昭和48年もこの傾向が続いている。

図4-81 凶器押収数の推移(昭和39~48年)

 押収凶器のうち、けん銃は前年比158丁(20.3%)増の936丁であり、これは史上最高の押収数である。また、これら押収けん銃の約80%は、いわゆるモデルガン改造けん銃である。

(イ) 増加するけん銃の密造・密売
 最近、いわゆる改造けん銃の押収が著しく増加しているが、これは取締りの強化により本物のけん銃の入手が困難となったことや、市販されているモデルガンの改造が比較的容易であり、かつ十分な殺傷能力を有していることなどによるものと思われる。
 昭和48年6月の時点において、警察庁で調査したところ、昭和47年以降検挙した暴力団構成員及び暴力団関係者による改造けん銃の密造事犯は、51件、88人であり、これらの中には性能のよい資器材を使って、1丁数時間でモデルガンをけん銃に改造し、これを数万円で売却していた事犯もみられた。
〔事例1〕 共政会幹部らによる組織的なけん銃密造・密売事件
 共政会幹部K(32)は、配下組員10数名にけん銃密造・密売の任務を分担させ、昭和47年5月ごろから昭和48年2月までの間、広島県安芸郡江田島町内の組員宅洋間を武器工場に改修し、大阪市内で購入したモデルガンを改造して、けん銃50数丁、カービン銃3丁を製造し、10数団体の暴力団構成員らに1丁3万円から5万円で密売していた(広島)。
〔事例2〕 大日本平和会系奥分組副組長らの組織的けん銃密造、所持事件
 大日本平和会系奥分組副組長N(32)は、自派勢力圏内に山口組系勢力が進出したことから勢力の誇示と武装化を企て、旋盤工の職歴を有する配下組員数名を補助させ、昭和47年10月ごろから昭和48年2月までの間、京都市内の自宅居間において、改造けん銃17丁を製造し、自己及び配下組員で分散所持していた(京都)。
(ウ) 市民を巻き添えにした銃撃戦
 昭和48年中に暴力団構成員がけん銃ないし猟銃を発射した事件は、50件であり、このうち一般市民を巻き添えにしたものが7件発生している。
 発生事犯を原因別にみると、暴力団同士のけんか、抗争に起因するものが29件(58.0%)で最も多く、これにより35人が殺傷被害を受けている。
 また、使用された銃器の内訳をみると、けん銃44丁(うち改造けん銃23丁)、猟銃10丁であり、けん銃の比重が高くなっている。
〔事例1〕 伊藤会組員による柳川会首領射殺事件
 伊藤会組員F(26)は、昭和48年1月28日昼、松山市内の市立保育園付近路上において、覚せい剤密売で対立関係にあった柳川会首領(38)に対し、けん銃を発射し、これを死亡させた(愛媛)。
〔事例2〕 山口組系二代目妹尾組連合会の跡目相続をめぐる殺人事件
 山口組系二代目妹尾組連合会F派首領(35)は、同連合会の跡目相続をめぐり対立関係にあったI派首領(37)の殺害計画をたて、配下組員7名をして、昭和48年11月16日深夜、徳島市内の繁華街において、I首領らとけん銃を乱射するなどして乱闘し、双方3名が死傷した(徳島)。
オ 暴力団に殺害された市民は105人
 昭和48年中に暴力団構成員によって殺害(傷害致死を含む。)された者の数は153人であり、このうち暴力団構成員は48人(31.4%)であるのに対し、暴 力団構成員以外の一般人は105人(68.6%)であって2倍以上になっている。
 殺害された被害者を男女別にみると、男性が139人(90.8%)、女性が14人(9.2%)で、男性が圧倒的に多い。また、これを地域別にみると、関東地方、中部地方、近畿地方など大都市をかかえる地域が多い。
 殺害されるに至った原因についてみると、被害者が暴力団構成員の場合は対立抗争事件によるものが大半を占めているが、暴力団構成員以外の一般人の場合は図4-82のとおり、飲酒中あるいはさ細なことから口論となり殺害されたものが極めて多く、暴力団構成員の粗暴性、凶悪性を如実に物語っている。

図4-82 暴力団構成員による一般人の殺害原因(昭和48年)

(2) 取締活動
 暴力団に対する取締活動については、既に第2章において述べたところであるが、このほかに、次の施策を重点的に推進した。
ア 広域暴力団に大きな打撃
 警察庁では昭和46年2月以降、前述した指定7団体に重点をおき、全国の警察が連携を密にして集中取締りを実施してきたが、昭和48年においてもこの方針を継続し、特に、組織の中核となっている反社会性の強い団体に取締 りの重点をおき、間断のない取締りを推進した。その結果、昭和48年中における指定7団体関係の検挙は、2万2,196件、1万9,430人で、その検挙率(指定7団体構成員に対する年間検挙延べ人員の割合)は58.9%となり、各団体に大きな打撃を与えた。
イ お礼参りの防止
 市民の身近に発生し、平穏な日常生活に多大な不安感を与えている暴力団犯罪の被害者等に対する保護活動は、従来から暴力団の視察内偵活動や検挙活動と並行して推進されてきたが、更に一層市民の安全を図るため、昭和48年においては、多くの府県で「暴力110番」、「暴力ホットライン」(市民が気軽に暴力犯罪について相談や情報提供ができるよう、被害者や参考人と警察を直結する電話)等を設置して被害者等からの通報連絡のルートを設けるとともに、被害者等の保護活動に専従する専門の保護係を設置して、被害者等の立場に立った実質的な保護活動を推進した。今後は、保護活動の分野に緊急通報装置(被害者等の居宅の人目につきにくい所に設置し、警察への通報連絡をボタン一押しで迅速に行える装置)を導入し、科学的な資器材を駆使した迅速な保護活動を行うことを計画している。

7 選挙違反の取締り

(1) 衆参両議院議員補欠選挙の違反取締り
 昭和48年中においては、衆議院議員総選挙、参議院議員通常選挙の施行はなかったが、青森と大阪で参議院議員補欠選挙、福岡で衆議院議員補欠選挙が行われた。
 これら各選挙における違反取締りをみるとづ警告の総件数は、1,563件となっており、その中でも文書に関するものが1,379件で全体の88.2%を占め、最近の選挙におけるいわゆる文書合戦の激しさを物語っている。
 一方、検挙は、10件17名であるが、その内容は政治活動の規制違反(無証紙ポスター等の掲示)3件9名、文書違反3件3名、自由妨害3件4名、その他1件1名となっている。
(2) 地方選挙の違反取締り
 昭和48年中における地方公共団体の長及び議会の議員の選挙は、知事(宮城、山形、富山、広島、徳島)5件、都道府県議19件(うち補欠選挙18件)、市町村長582件、市町村議564件(うち補欠・増員選挙173件)、合計1,170件施行されたが、これらの選挙における違反検挙状況は、表4-5のとおりである。

表4-5 昭和48年中に施行された各種地方選挙における違反検挙状況(昭和49年4月1日現在)


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