第6章 公安の維持と災害対策
第1節 国際テロ情勢と対策
1 国際テロ情勢
(1)イスラム過激派
① ISIL(注1)及びAQ(注2)の動向
平成26年(2014年)にカリフ制国家の樹立を宣言したISILは、一時はイラク及びシリアにおいて広大な地域を支配していたものの、諸外国の支援を受けたイラク軍、シリア軍等の攻撃により、その支配地域を失った。ISILは、指導者の相次ぐ死亡により、中枢組織の弱体化や求心力の低下が指摘されているものの、アフガニスタン及びアフリカ地域において、関連組織がテロの実行及びプロパガンダの発信を継続している。
ISILは、従前から、「対ISIL有志連合」に参加する欧米諸国等に対するテロの実行を呼び掛けるとともに、イランやロシアも敵視の対象としている。令和6年(2024年)1月には、イラン・ケルマーンにおいて連続自爆テロ事件が発生し、少なくとも84人が死亡し、284人が負傷したと報じられているほか、同年3月には、ロシア・モスクワにおいてコンサート会場に対する襲撃テロ事件が発生し、少なくとも144人が死亡し、551人が負傷したと報じられており、いずれもISILが犯行声明を発出している。
注1:Islamic State in Iraq and the Levantの頭文字。いわゆる「イスラム国」
注2:Al-Qaeda(アル・カーイダ)の略

ロシア・モスクワのコンサート会場における襲撃テロ事件(ロイター/アフロ)
また、イラク及びシリアでISILが支配地域を失ったことにより、両国における外国人戦闘員(注1)及びその家族の多くが同地を離れて母国又は第三国に渡航しテロを起こす危険性が指摘されている。さらに、シリアでは、同年12月にHTS(注2)を中心とする反政府勢力がアサド政権を打倒し、HTSの指導者を大統領とする暫定政府が樹立されたが、情勢は依然として不安定であり、これに乗じてISILをはじめとする国際テロ組織がテロの実行を企図する可能性が指摘されている。
AQ及びその関連組織については、令和4年(2022年)7月、米国の作戦により、AQの指導者アイマン・アル・ザワヒリが殺害されたものの、中東やアフリカにおいて活動するAQ関連組織は、現地の政府機関等を狙ったテロを継続しており、ザワヒリの殺害がこれら関連組織に及ぼす影響は限定的とみられる。このほか、令和5年(2023年)10月に発生したハマス等のパレスチナ武装勢力によるイスラエルへのテロ攻撃及びその後の武力衝突を受け、ISIL、AQ及びそれらの関連組織や支持者らは、イスラエル、欧米権益等に対するテロの実行を呼び掛けており、各国で同情勢に関係するとみられるテロ事件が発生している。
さらに、欧米では、計画段階で阻止されたものも含め、イスラム過激派によるインターネット上のプロパガンダに影響されて過激化したとみられる者によるテロ事件が確認されている。例えば、令和6年(2024年)8月、オーストリア・ウィーンのコンサート会場を標的とするテロを計画したことにより逮捕された男は、インターネットを通じて過激化しISILに忠誠を誓っていた人物であり、男の自宅から化学物質や起爆装置等が発見されたなどと報じられている。
これらの事情に鑑みれば、国際テロ情勢は依然として厳しい状況にあるといえる。
注1:テロ行為を準備・計画・実行することやそのための訓練を受けることなどを目的として、居住国又は国籍国以外の国や地域に渡航する者
注2:Hayat Tahrir al Sham(ハイアト・タハリール・アル・シャーム)の略
② 我が国を標的とする国際テロの脅威
平成25年(2013年)1月の在アルジェリア邦人に対するテロ事件、平成31年(2019年)4月のスリランカにおける連続爆破テロ事件等、邦人や我が国の権益がテロの標的となる事案等が現実に発生していることから、今後も邦人がテロや誘拐の被害に遭うことが懸念される。
ISIL は、独自メディアである「アル・フルカーン」やオンライン機関誌「アル・ナバア」を通じ、欧米権益等に対するテロの実行を呼び掛けるプロパガンダを継続している。
また、アフガニスタンを拠点とするISIL-K(注)の関連メディアにおいて、タリバーンに協力的な国家を批判する意図で、米国や英国等の国旗とともに我が国の国旗が掲載されるなど、我が国に言及する状況が確認されている。
注:Islamic State in Iraq and the Levant-Khorasan(イラクとレバント地方のイスラム国ホラサン)の略

ISIL-Kの関連メディアである「ホラサンの声(Voice of Khorasan)」
AQについても、米国とその同盟国をテロの標的とするよう呼び掛けているほか、米国で拘束中のAQ幹部は、我が国に所在する米国大使館を破壊する計画等に関与していたと供述している。
こうした動向や供述は、米軍基地等の欧米権益が多数存在する我が国に対するイスラム過激派組織によるテロの脅威の一端を明らかにしたものといえる。これらの事情に鑑みれば、我が国に対するテロの脅威は継続しているといえる。
(2)日本赤軍と「よど号」グループ
① 日本赤軍
日本赤軍は、平成13年4月、最高幹部・重信房子が日本赤軍の「解散」を宣言し、後に組織も「解散」を表明した。しかし、いまだに過去に引き起こしたテロ事件を称賛していること、現在も7人の構成員が逃亡中であることなどから、「解散」はテロ組織としての本質の隠蔽を狙った形だけのものに過ぎず、テロ組織としての危険性がなくなったとみることはできない。
警察では、国内外の関係機関と連携を強化し、逃亡中の構成員の検挙及び組織の活動実態の解明に向けた取組を推進している。

② 「よど号」グループ
昭和45年(1970年)3月、共産主義者同盟赤軍派の田宮高麿ら9人が、東京発福岡行き日本航空351便、通称「よど号」をハイジャックし、北朝鮮に入境した。現在、北朝鮮には、ハイジャックに関与した被疑者5人及びその妻3人がとどまっているとみられており(注)、このうち3人については、日本人を拉致した容疑で逮捕状の発付を得ている。
警察では、「よど号」犯人らを国際手配し、外務省を通じて北朝鮮に対して身柄の引渡し要求を行うとともに、「よど号」グループの活動実態の全容解明に努めている。
注:ハイジャックに関与した被疑者1人及びその妻1人は死亡したとされているが、真偽は確認できていない。

(3)北朝鮮
① 北朝鮮による拉致容疑事案等
ア 拉致容疑事案等に関する現在の取組
警察では、令和6年末現在、日本人が被害者である拉致容疑事案12件(被害者17人)及び朝鮮籍の姉弟が日本国内から拉致された事案1件(被害者2人)の合計13件(被害者19人)を北朝鮮による拉致容疑事案と判断するとともに、拉致に関与したとして北朝鮮工作員等10人について逮捕状の発付を得て国際手配を行っている。
また、拉致容疑事案以外にも、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案(注)について、関係機関との連携を図りつつ、全国警察において徹底した捜査・調査を進めており、同事案の真相を解明するために警察庁に設置されている特別指導班が、都道府県警察の巡回・招致を通じ、捜査・調査を担当する職員に対する具体的な指導、実地調査、都道府県警察間の協力体制の構築等を行っている。
さらに、将来、北朝鮮から拉致被害者に関連する資料が提供されるなどした場合において本人確認に活用するなどの観点から、御家族の意向等を勘案しつつ、DNA型鑑定資料の採取を積極的に実施しているほか、広く国民から情報提供を求めるため、御家族の同意を得られたものについては、事案の概要等を各都道府県警察及び警察庁のウェブサイトに掲載している。
注:警察が把握している北朝鮮による拉致の可能性を排除できない方は、令和6年末現在、871人である。



イ 拉致容疑事案等をめぐる動向
我が国では、拉致問題の解決は最重要課題であるとして、全ての拉致被害者の一日も早い帰国を実現するため、政府一体となった取組を進めている。また、拉致問題の解決には、その重要性について各国の支持と協力を得ることが不可欠であるため、各種国際会議をはじめ、あらゆる外交上の機会を捉え、拉致問題を提起している。
石破首相は、令和7年(2025年)2月、米国のトランプ大統領と対面で初めてとなる日米首脳会談を行い、拉致問題の即時解決について引き続きの理解と協力を求めるとともに、石破首相の強い切迫感と決意を伝え、トランプ大統領から全面的な支持を得た。
また、令和6年(2024年)12月、議長国であるイタリアの主催により行われたG7首脳テレビ会議においても、G7各国首脳に引き続きの理解と協力を求め、各国から支持を得ている。
ウ 今後の取組
北朝鮮による拉致容疑事案は、我が国の主権を侵害し、国民の生命・身体に危険を及ぼす治安上極めて重大な問題である。
警察では、被害者や御家族のお気持ちを十分に受け止め、全ての拉致容疑事案等の全容解明に向けて、関係機関と緊密に連携を図りつつ、関連情報の収集、捜査・調査に全力を挙げることとしている。
② 北朝鮮による主なテロ事件
北朝鮮は、朝鮮戦争以降、南北軍事境界線を挟んで韓国と軍事的に対峙(じ)しており、これまで、韓国に対するテロ活動の一環として、工作員等によるテロ事件を世界各地で引き起こしている。例えば、昭和62年(1987年)に発生した大韓航空機爆破事件は、日本人を装った工作員により実行されたものであった。