第2節 外事情勢と諸対策
1 対日有害活動の動向と対策
(1)中国の動向
① 中国国内の情勢等
令和4年(2022年)10月、北京で開催された中国共産党第20回全国代表大会(第20回党大会)において、習近平(しゅうきんぺい)総書記は、今後の政治や経済の基本方針を示す報告を行い、「2035年までに社会主義現代化を基本的に実現し、2035年から今世紀半ばまでに中国を富強・民主・文明・調和のとれた美しい社会主義現代化強国に築き上げる」という長期目標を掲げ、その具体的な施策として、「科学教育による国家振興戦略の実施、人材による現代化建設支援の強化」、「国家安全保障と社会安定の断固擁護」の項目を新たに盛り込んだ。また、経済については、「製造強国、品質強国、宇宙開発強国、交通強国、インターネット強国、デジタル中国の建設を加速させる」との考えを示した。さらに、台湾について「平和的統一」を念頭に置きつつ、「決して武力行使の放棄を約束せず、あらゆる必要な措置をとる選択肢を残す」と明言した。
また、同大会閉会後に開催された中国共産党第20期中央委員会第1回全体会議(一中全会)では、習近平総書記をはじめとする7人の中央政治局常務委員が選出され、3期目の習近平指導部が発足した。
中国は、令和4年(2022年)8月、米国のペローシ下院議長(当時)が台湾を訪問し蔡英文(さいえいぶん)総統と会談を行った際、台湾周辺で大規模軍事演習を実施したほか、台湾に対し、一部農水産物や台湾の食品メーカーの製品等の輸出入停止措置をとるなどの経済的圧力を強めており、今後も中国による台湾への圧力強化は続くものとみられる。

記者会見に臨む新指導部(AFP=時事)
② 我が国との関係をめぐる動向
令和4年9月、日中国交正常化50周年を迎え、岸田首相と習近平国家主席はメッセージを交換し、日本政府は、建設的かつ安定的な日中関係を、双方の努力で構築していく必要があるという我が国の立場を改めて表明した。
一方、平成24年9月に日本政府が尖閣諸島の一部の島について所有権を取得して以降、尖閣諸島周辺海域での中国海警局に所属する船舶等の出現が常態化するとともに、これらの船舶が我が国の領海に侵入する事案が度々発生している。警察では、関係機関と連携しつつ、情勢に応じ、体制を構築して警備に当たるなどして、不測の事態に備えている。
③ 我が国における諸工作等
中国は、諸外国において活発に情報収集活動を行っている。我が国においても、目的を偽って機微情報を収集したり、先端技術保有企業、防衛関連企業、研究機関等に対する研究者、技術者、留学生等の派遣、技術移転の働き掛け等を行ったりするなど、巧妙かつ多様な手段で様々な情報収集活動を行っているほか、政財官学等の関係者に対して積極的に働き掛けを行っているものとみられる。
また、海外に逃亡した汚職被疑者の拘束を目的に掲げて中国政府が世界各地で展開している「キツネ狩り作戦」について、令和4年(2022年)1月、米国連邦捜査局(FBI)長官は、中国政府が政治的・経済的に脅威とみなす国外在住の中国人を標的として、これらの者を拘束した上で本国に送還することを実態とするものであると指摘しており、我が国においても、これらの者に対して同様の手法を用いた抑圧行動が行われているものとみられる。
なお、中国の地方警察の海外拠点が我が国を含む多くの国に設置されていると指摘されており、我が国においても、令和4年11月、林外相が記者会見で、中国に対し外交ルートを通じて仮に我が国の主権を侵害するような活動が行われているのであれば、断じて認められないという旨の申入れを行ったと述べた。
警察では、我が国の国益が損なわれることがないよう、平素から中国による我が国における諸工作の動向を注視し、情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。
(2)ロシアの動向
① ウクライナ侵略をめぐる情勢等
我が国は、令和4年(2022年)2月のロシアによるウクライナ侵略開始以降、G7をはじめとする国際社会と連携し、ロシアに対する制裁措置を強化した。同年3月、ロシアは我が国を含む48の国・地域を「非友好国」として指定したほか、我が国との平和条約締結交渉を継続する意思はないと発表するなど、強硬な姿勢を示した。
同年4月には、ウクライナ情勢を踏まえ、総合的に判断した結果、8人の駐日ロシア大使館の外交官及びロシア通商代表部職員について国外退去を求め、これに対し、ロシア外務省は、8人の我が国の在ロシア大使館員の国外退去を求めた。また、同年9月、ロシア外務省は、在ウラジオストク日本国総領事館員が違法な情報収集活動を行ったことを理由に、同総領事館員がペルソナ・ノン・グラータであることを通告し、同総領事館員の退去を要求した。同総領事館員は、身動きがとれない状態で連行された上、威圧的な取調べを受けた。我が国は、同総領事館員が違法な活動を行った事実は全くないことなどから厳重に抗議し、同年10月、ロシア側の退去要求に対する相応の措置として、在札幌ロシア総領事館の領事1人が、ペルソナ・ノン・グラータであるとして、国外退去を求めた。
② 我が国における諸工作等
近年においても、世界各地でロシア情報機関の関与が疑われるスパイ事件が摘発されている中、令和4年(2022年)6月、プーチン大統領は、ロシア対外情報庁(SVR)本部においてスピーチを行い、ウクライナ侵略に伴う欧米の制裁強化を踏まえ、「産業・技術分野の発展と防衛力の強化を支援することが優先すべき任務だ」と述べ、外国での情報収集活動を活発化するよう指示した。
我が国においても、ロシアの情報機関員が、大使館員等の身分で入国し、情報収集活動を活発に行っている。警察では、ソ連崩壊以降、令和4年12月までに11件の事件を検挙しており、今後もロシアの違法な情報収集活動により我が国の国益が損なわれることのないよう、情報収集・分析に努めるとともに、厳正な取締りを行うこととしている。

ロシア対外情報庁本部でスピーチを行うプーチン大統領(EPA=時事)
(3)北朝鮮の動向
① 核・ミサイル開発をめぐる動向
金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記兼国務委員長(以下「金正恩総書記」という。)は、令和4年(2022年)9月に開催された最高人民会議第14期第7回会議において、「絶対に核を放棄することはできない」と明言したほか、同会議で核兵器の使用条件等の11項目で構成される最高人民会議法令が採択され、国務委員長(金正恩総書記)が核兵器に関する全ての決定権を有し、敵対勢力からの攻撃が「差し迫っていると判断された場合」等に核兵器を使用することができることなどが法制化された。
また、北朝鮮は、同年3月、ICBM(注)級の弾道ミサイルの発射実験を行ったことを認め、平成30年(2018年)4月に決定した核実験及びICBM級の弾道ミサイルの試験発射の中止決定に反する行動をとるなど、令和4年(2022年)中、かつてない高い頻度で、新たな態様での弾道ミサイルの発射等を繰り返し行った。
注:Intercontinental Ballistic Missile(大陸間弾道ミサイル)の略

北朝鮮が「火星17」型と称するミサイルの発射(朝鮮通信)
② 対外情勢
令和4年(2022年)5月、尹錫悦(ユンソンニョル)氏が韓国の大統領に就任し、5年ぶりとなる保守政権が誕生した。金正恩総書記は、同年7月、戦勝69周年記念行事の演説で、「(韓国が)我が方の安全を脅かして軍事的緊張を高める今のような振る舞いを続けるなら、相応の代価を払うこととなる」、「尹錫悦政権とその軍隊は全滅するだろう」などと、尹錫悦政権を名指しで批判した。
また、尹錫悦大統領が、同年8月に開催された光復節記念式典において、北朝鮮が実質的な非核化に転じた場合には、段階的な措置に応じて経済支援を行うとする「大胆な構想」を発表したが、金与正(キムヨジョン)党中央委員会副部長は、談話において「我が方は絶対に相手にしてやらない」と批判し、対決姿勢を明確にした。
米国のバイデン政権は、前提条件なしに会う用意があると発信しているものの、金正恩総書記は、同年10月に、「我が方は敵と対話する内容もなく、またその必要性も感じない」と述べており、米朝間の立場の隔たりは依然として大きい。
③ 対北朝鮮措置に関係する違法行為の取締り
我が国は、北朝鮮による拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決するため、国連安全保障理事会決議に基づく対北朝鮮措置(武器等の輸出入の禁止、人的往来の禁止等)のほか、我が国としての措置(北朝鮮籍船舶の入港禁止措置、北朝鮮との間の全ての品目の輸出入禁止等)を実施している。警察では、こうした対北朝鮮措置の実効性を確保するため、関係する違法行為に対し、徹底した取締りを行っており、令和4年12月までに41件の事件を検挙している。
④ 我が国における諸工作
北朝鮮は、我が国においても、潜伏する工作員等を通じて活発に様々な情報収集活動を行っているとみられる。
朝鮮総聯(れん)(注)は、令和4年5月、第25回全体大会を開催し許宗萬(ホジョンマン)議長、朴久好(パククホ)第一副議長等の留任を決定した。朴久好第一副議長は、同大会の報告で、「祖国の国際的威信を高め、愛族愛国運動の有利な環境を作るための対外活動を能動的に行う」と言及しており、今後も朝鮮総聯は、様々な宣伝活動や要請活動を通じ、親朝世論の形成を目指した活動を展開するものとみられる。
警察では、北朝鮮による我が国における諸工作に関する情報の収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしており、令和4年12月までに54件の北朝鮮関係の諜(ちょう)報事件を検挙している。
注:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。