第5章 公安の維持と災害対策

第5章 公安の維持と災害対策

第1節 国際テロ情勢と対策

1 国際テロ情勢

(1)イスラム過激派等

平成26年中には、図表5-1のとおり、世界各地でテロ事件が相次いで発生するなど、イスラム過激派によるテロの脅威は依然として高い状況にある。また、国際テロ情勢は、ISILの台頭に伴い、変容を見せつつある。

 
ISILの戦闘員(AFP=時事)
ISILの戦闘員(AFP=時事)

ISILは、AQ関連組織であったが、方針の違いからAQ中枢と決別し、26年6月にイラク北部の都市モスルを制圧するなど、次々とその支配地域を広げ、イラクの首都バグダッドにも迫る勢いを見せた。さらに、ISIL指導者のバグダディがイスラム教の預言者ムハンマドの代理人を意味するカリフを自称するとともに、イラクとシリアにまたがる地域に「イスラム国」の樹立を宣言した。

ISILは、イラク軍兵士や異教徒、米国人や英国人の人質等を虐殺し、その映像をインターネット上で公開するなど、その残虐性が国際社会を震撼させた。これに対し、米国を中心とした有志連合は、イラク政府の要請を受けてイラク国内のISILへの空爆に踏み切った。さらに米国は、サウジアラビア等の中東5か国と共に、シリア国内のISILへの空爆を行うなど、ISILの掃討作戦を続行している。

また、シリアにおける紛争には、2万人以上とも言われる外国人戦闘員が参加しており、その多くが、ISILに参加しているとされている。こうした外国人戦闘員が帰国後に自国においてテロを敢行する危険性が指摘されており、実際にベルギーでは、同年5月、シリアで戦闘を経験したフランス人帰還者が引き起こした襲撃テロ事件により4人が死亡した。このような脅威の高まりに国際社会が包括的に取り組むため、同年9月には、テロ行為の実行等を目的とした渡航や、これらの渡航への資金提供等を国内法で犯罪化することを各加盟国に求める国際連合安全保障理事会決議が採択された。

さらに、同月、ISILは、インターネットを通じて世界のイスラム教徒に向けて有志連合に参加する欧米諸国の市民を殺害するよう呼び掛け、これに呼応した可能性のあるテロ事件が相次いで発生した。同年10月、カナダの首都オタワの連邦議事堂等でカナダ人が銃を乱射する事件が発生し、同月、米国・ニューヨークでも、米国人が警察官4人をおので襲撃する事件が発生した。これらはいずれもローン・ウルフ型のテロに当たるとみられている。

一方、AQについては、指導者アイマン・アル・ザワヒリの下、紛争が続く中東・北アフリカ地域を中心に、複数の関連組織が活発に活動しており、AQ関連組織等によるテロが引き続き懸念されている。27年に入ってからも、1月にはフランスの首都パリにおいて、新聞社等における連続テロ事件が、2月にはデンマークの首都コペンハーゲンにおいて、連続テロ事件が発生した。

 
図表5-1 平成26年に発生した主な国際テロ事件等
図表5-1 平成26年に発生した主な国際テロ事件等
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(2)我が国に対するテロの脅威

平成25年1月に発生した在アルジェリア邦人に対するテロ事件、27年1月及び2月に発生したシリアにおける邦人殺害テロ事件、同年3月に発生したチュニジアにおけるテロ事件を始め、現実に我が国の権益や邦人がテロの標的となる事案等が発生していることから、今後も邦人がテロ事件や誘拐事件に巻き込まれる可能性が懸念されている。

 
外国人戦闘員問題への対処等を内容とする国連安保理決議を全会一致で採択(CNP/時事通信フォト)
外国人戦闘員問題への対処等を内容とする国連安保理決議を全会一致で採択(CNP/時事通信フォト)

また、日本国内においてもISILやAQの過激思想の影響を受けたローン・ウルフ型のテロが発生する可能性も否定できない。

さらに、24年5月に米国が公開したオサマ・ビンラディン殺害時の押収資料によれば、「韓国のような非イスラム国の米国権益に対する攻撃に力を注ぐべき」と同人が指摘しているほか、米国で拘束中のAQ幹部のハリド・シェイク・モハメドが、我が国に所在する米国大使館を破壊する計画等に関与したと供述していたことなども明らかになっており、こうした資料、供述等は、米軍基地等の米国権益が多数存在する我が国に対する脅威の一端を明らかにしたものといえる。

また、殺人、爆弾テロ未遂等の罪でICPOを通じ国際手配されていた者(注)が、過去に不法に我が国への入出国を繰り返していたことも判明しており、過激思想を介して緩やかにつながるイスラム過激組織のネットワークが我が国にも及んでいることを示している。これらの事情に鑑みると、我が国に対するテロの脅威は現実のものとなっているといえる。

注:同人は、国際連合安全保障理事会アル・カーイダ制裁委員会から、制裁対象として指定されている。

(3)日本赤軍と「よど号」グループ

① 日本赤軍

警察は、平成27年2月、ジャカルタ事件(注1)の被疑者である、日本赤軍メンバー城崎勉を逮捕した。その後、城崎は殺人未遂罪及び偽造有印公文書行使罪で起訴された。日本赤軍は、13年4月、最高幹部・重信房子(注2)が日本赤軍の「解散」を宣言し、後に組織も「解散」を表明した。しかし、未だに、過去に引き起こした数々のテロ事件を称賛していること、現在も7人の構成員が逃亡中であることなどから、「解散」はテロ組織としての本質の隠蔽を狙った形だけのものに過ぎず、テロ組織としての危険性がなくなったとみることはできない。

警察では、国内外の関係機関と連携を強化し、逃亡中の構成員の検挙及び組織の活動実態の解明に向けた取組を推進している。

注1:昭和61年にインドネシア・ジャカルタにおいて日米両国大使館に爆発物が撃ち込まれるなどした同時多発テロ事件
注2:12年11月に潜伏先の大阪府内で逮捕され、22年8月、懲役20年の刑が確定した。
 
国際手配中の日本赤軍と「よど号」グループ
国際手配中の日本赤軍と「よど号」グループ
② 「よど号」グループ

昭和45年3月31日、故田宮高麿ら9人が、東京発福岡行き日本航空351便、通称「よど号」をハイジャックし、北朝鮮に入境した。現在、ハイジャックに関与した被疑者5人及びその妻3人が北朝鮮にとどまっているとみられており(注)、このうち3人に対し、日本人を拉致した容疑で逮捕状が発せられている。

警察では、「よど号」犯人らを国際手配し、外務省を通じて北朝鮮に対して身柄の引渡し要求を行うとともに、「よど号」グループの活動実態の全容解明に努めている。

注:ハイジャックに関与した被疑者1人及びその妻1人は死亡したとされているが、真偽は確認できていない。

(4)北朝鮮

① 北朝鮮による拉致容疑事案
ア 拉致容疑事案等の捜査・調査状況

警察では、平成26年12月31日現在、日本人が被害者である拉致容疑事案12件(被害者17人)及び朝鮮籍の姉弟が日本国内から拉致された事案1件(被害者2人)の合計13件(被害者19人)を北朝鮮による拉致容疑事案と判断している。このうち、北朝鮮工作員等拉致に関与したとして8件に係る11人について、逮捕状の発付を得て国際手配を行っている。

また、これらの事案以外にも、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案(注)について、関係機関と緊密な連携を図りつつ、全国警察において徹底した捜査や調査を進めている。

注:警察が把握している北朝鮮による拉致の可能性を排除できない者は、27年4月1日現在、880人である。
イ 日朝協議

日朝間では、26年3月、1年4か月ぶりに日朝政府間協議が開催され、引き続き同年5月にスウェーデン・ストックホルムで行われた日朝政府間協議において、北朝鮮側は、拉致被害者及び行方不明者を含む全ての日本人に関する包括的かつ全面的な調査の実施を約束した。日本政府は、同年7月に行われた日朝政府間協議後、北朝鮮が特別調査委員会を立ち上げ、全ての日本人に関する調査を開始したことを受け、対北朝鮮措置の一部を解除した。その後、9月に中国・瀋陽で、10月に北朝鮮・平壌で協議が行われたが、27年4月1日現在、北朝鮮側から具体的な情報を含む調査結果は得られていない。

ウ 拉致の目的

北朝鮮の金正日(キムジョンイル)国防委員長は、14年9月に行われた日朝首脳会談において、日本人拉致の目的について、「一つ目は、特殊機関で日本語の学習ができるようにするため、二つ目は、他人の身分を利用して南(韓国)に入るためである」と説明した。また、「よど号」犯人の元妻は、故金日成(キムイルソン)主席から「革命のためには、日本で指導的役割を果たす党を創建せよ。党の創建には、革命の中核となる日本人を発掘、獲得、育成しなければならない」との教示を受けた故田宮高磨から、日本人獲得を指示された旨を証言している。

これらを含め、諸情報を分析すると、拉致の主要な目的は、北朝鮮工作員が日本人のごとく振る舞うことができるようにするための教育を行わせることや、北朝鮮工作員が日本に潜入して、拉致した者になりすまして活動できるようにすることなどであるとみられる。

エ 拉致容疑事案等に関する取組

警察では、拉致容疑事案等に対する的確な捜査等を推進しているところであるが、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案の真相解明に向け、25年3月に警察庁警備局外事情報部外事課に設置した「特別指導班」が、都道府県警察を巡回・招致して、捜査・調査の担当官への具体的な指導や同事案の現場の実地調査、都道府県警察間の協力体制の構築等を行っている。また、海難事案として処理されているものについては、海上保安庁との連携を密にして、捜査・調査を行っている。さらに、将来、北朝鮮から拉致被害者に関連する資料が出てきた場合に、本人確認に役立ち得るなどの観点から、家族の意向等を勘案しつつ、積極的にDNA型鑑定資料の採取を実施しているほか、広く国民から情報提供を求めるため、家族の同意を得られたものについては、事案の概要等を各都道府県警察のウェブサイトに掲載している。

警察では、今後とも、拉致容疑事案等の全容解明に向けて、関係機関と緊密に連携を図り、関連情報の収集、捜査・調査に取り組むこととしている。

 
図表5-2 日本人が被害者である拉致容疑事案(12件17人)
図表5-2 日本人が被害者である拉致容疑事案(12件17人)
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図表5-3 日本人以外が被害者である拉致容疑事案(1件2人)
図表5-3 日本人以外が被害者である拉致容疑事案(1件2人)
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図表5-4 国際手配被疑者(拉致容疑事案関係)
図表5-4 国際手配被疑者(拉致容疑事案関係)
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② 北朝鮮による主なテロ事件

北朝鮮は、朝鮮戦争以降、南北軍事境界線を挟んで韓国と軍事的に対峙(じ)しており、これまで、韓国に対するテロ活動の一環として、工作員等によるテロ事件を世界各地で引き起こしている。中でも、昭和62年に発生した大韓航空機爆破事件は、日本人を装った工作員により敢行された。



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