特集:犯罪のグローバル化と警察の取組み 

5 国内関係機関との連携の強化

(1)関係機関と連携した水際対策
 平成17年1月、警察庁、法務省及び財務省は共同で、航空機で来日する旅客及び乗員に関する情報と同省庁が保有する要注意人物等に係る情報を入国前に照合することのできる事前旅客情報システム(APIS)(注)を導入した。当初は航空会社の任意の協力により情報の提供を受けていたが、18年5月に成立した出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律により、19年2月から情報の事前提出が航空機及び船舶の長に義務付けられた。また、同年11月からは、テロリスト等による偽変造旅券の使用や他人へのなりすましによる不法入国を防ぐため、外国人が入国する際に指紋等の個人識別情報を提出することが義務付けられた。
 さらに、16年12月に国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部において決定された「テロの未然防止に関する行動計画」で、法務省が警察庁の協力を得ながら、ICPO紛失・盗難旅券データベースに蓄積された各国の紛失・盗難旅券に関する情報を入国審査に活用することとされたことを受け、警察庁では、法務省における同データベースの活用のためのシステム開発に協力し、21年から、法務省において同データベースの活用が開始された。
 こうした取組みにより、法務省入国管理局による厳正な上陸審査、税関による検査、警察による国際組織犯罪やテロ等の取締り等の効率化が図られている。

注:Advance Passenger Information System

 
図-20 APISの概要
図-20 APISの概要

コラム9 関係機関との連携による密輸入事件の検挙

稲川会傘下組織幹部(37)ら日本人3人は、香港を活動拠点とする国際犯罪組織の構成員である中国人らと共謀し、21年2月、中国船籍の漁船を使って覚せい剤約120キログラムを密輸入することを計画し、高知県室戸市の漁港に小型ボートを用いて覚せい剤入りの旅行カバンを不法に陸揚げした。
 一方、不審船情報に基づいて付近を警戒していた警察及び海上保安庁は、同カバン内の覚せい剤を発見・押収し、荷受け役として現場付近で待機していた中国人3人及び同漁船で覚せい剤を運搬し密輸入しようとした中国人船員6人を、覚せい剤取締法違反(営利目的譲受け未遂)等で逮捕した。
 その後、海上保安庁、税関を含めた合同捜査本部を設置し、所要の捜査により、同幹部ら日本人3人と中国人3人が密輸入の荷受けに関与したことが判明したため、同年9月、日本人3人及び中国人1人を覚せい剤取締法違反(営利目的密輸入)で逮捕するとともに、関係先の捜索により覚せい剤約2.4キログラムを押収した。また、香港側の国際犯罪組織の構成員である残り2人を国際手配しており、22年5月現在、捜査中である(高知、警視庁、大阪)。
 
中国船籍の漁船
中国船籍の漁船

(2)外国人集住コミュニティにおける各種警察活動の推進
 外国人が多く集住する地域においては、言語や生活習慣の相違等により、その地域に住む外国人と日本人とのコミュニケーションが希薄になり、日常生活上のトラブルが発生しやすくなるとともに、外国人が地域の安全に関する情報を入手し難いという状況がみられる。
 このような状況の下では、外国人が日本社会になじむことができず、犯罪や事故に巻き込まれるおそれがあるとともに、国際犯罪組織等が外国人集住コミュニティに浸透し、外国人が犯罪に手を染めるおそれもある。
 警察では、外国人に日本で円滑な日常生活を営むために必要な知識を身に付けてもらうことなどを目的として、外国人集住地域の住民や外国人集住コミュニティがその地域内に所在する関係機関・団体等と連携を図りながら、外国人集住コミュニティにおける防犯教室や交通安全指導教室等の各種警察活動を積極的に推進している。
 外国人が防犯対策や交通ルール等我が国で円滑な日常生活を営むために必要な知識を身に付けることは、日本社会になじむきっかけとなり、さらに、外国人が地域の防犯パトロール等に参加することは、その地域の一員であるという意識を持つことにもつながると考えられる。これにより、外国人が犯罪や事故に巻き込まれることを防止するとともに、外国人集住コミュニティへの国際犯罪組織等の浸透の防止が図られるものと期待されている。

〔1〕 群馬県警察における取組み

ア 「留学安全安心ボランティアサークル」の設立への協力
 平成21年10月、県内の大学に通う留学生や日本人学生らで作る「留学安全安心ボランティアサークル・結(YUI)」が発足した。これは、警察の呼び掛けによって20年11月に発足した「県警留学生共生ネットワーク」が母体となり、県内の大学に通う留学生等が参加しているものである。
 このサークルは、子ども柔道スクール、外国人の子供を対象とした居場所づくり事業等の共生活動に参加するほか、防犯パトロール等を積極的に実施し、サークル員一人一人の防犯意識を高め、安全安心な地域づくりに貢献することを目的としている。
 
サークルメンバーらによる防犯意識啓蒙活動
サークルメンバーらによる防犯意識啓蒙活動

イ 群馬県警察国際少年柔道教室の開催
 19年5月から、少年の健全育成及び柔道を通じた国際交流により安全・安心なまちづくりに寄与することを目的として、太田警察署及び大泉警察署において、管内に住む外国人少年や保護者を招いて、群馬県警察国際少年柔道教室「GPIキッズ柔道スクール」を開催している。21年5月には、参加児童の稽古の成果の確認を目的として、太田警察署において、大泉警察署の教室と合同練習会を行うとともに、併せて防犯・交通講話を実施し、参加者の規範意識の高揚を図った。
 
GPIキッズ柔道スクール
GPIキッズ柔道スクール

〔2〕 愛知県警察における取組み

ア 「知立団地安全安心プロジェクト」の実施
 愛知県警察では、外国人が多数居住している安城警察署管内の知立団地において、防犯対策や住環境の向上を目指す「知立団地安全安心プロジェクト」を推進している。
 このプロジェクトでは、地方公共団体や自治会と連携し、駐車違反等の生活トラブルの解消を図るとともに、同地区が周辺地域から孤立して防犯情報の入手が困難にならないよう、また、国際犯罪組織等の温床とならないよう、防犯パトロール、防犯・交通安全教育等を積極的に実施している。

イ 外国人学校における薬物乱用防止教室の開催
 「知立団地安全安心プロジェクト」の一環として、安城警察署管内の外国人学校において、愛知県警察本部及び安城警察署により、教員及び生徒に対して、薬物の危険性を知ってもらうための薬物乱用防止教室を開催した。
 
プロジェクトに基づく防犯パトロール
プロジェクトに基づく防犯パトロール
 
プロジェクトに基づく薬物乱用防止教室
プロジェクトに基づく薬物乱用防止教室

〔3〕 その他の県警における取組み

ア 外国人自警団「太陽」による防犯パトロール(茨城)
 日系外国人が多く住んでいる常総市内における犯罪の抑止、年少者の犯罪被害防止を目的に、防犯パトロール、防犯啓発等の活動を行う日系外国人による自警団「太陽」が結成された。常総警察署では、自警団と連携を図り、パトロール等の防犯活動を実施している。
 
自警団と警察の連携による防犯パトロール
自警団と警察の連携による防犯パトロール

イ 外国人学校生徒に対する交通安全教育の実施(静岡)
 静岡県警察では、日系ブラジル人の女性を県警の非常勤職員である外国人交通安全教育指導員として採用し、県内の外国人学校の生徒を対象に交通安全教育を実施している。
 外国人学校には、日本語が理解できない生徒も多いことから、生徒の母国語で日本の交通ルールを分かりやすく教え、交通事故に巻き込まれないよう指導している。
 
交通安全教育の実施
交通安全教育の実施

コラム10 人身取引事犯に対する取組み

(1)「人身取引対策行動計画2009」の策定
 政府では、国際組織犯罪である人身取引が重大な人権侵害であり、人道的観点からも迅速・的確な対応が求められているとの認識の下、16年12月、「人身取引対策行動計画」を策定し、人身取引の防止・撲滅及び被害者保護の観点から、総合的かつ包括的な人身取引対策を推進してきた。その結果、人身取引事犯の認知件数が減少するなど、各種対策は大きな成果を上げたところであるが、人身取引の手口が巧妙化・潜在化しているとの指摘に加え、我が国の人身取引対策に対する国際社会の関心が高いことなど、我が国の人身取引をめぐる近年の情勢を踏まえると、人身取引に係る懸案に適切に対処し、政府一体となった対策を引き続き推進していく必要があることから、21年12月、「人身取引対策行動計画2009」が策定された。
 警察では、同行動計画に沿って引き続き、人身取引事犯の取締りを推進するとともに、関係機関・団体と協力して被害者の発見と適正な保護に努めることとしている。
 
典型的な人身取引事犯の流れ

(2)人身取引事犯の検挙状況等
 警察では、入国管理局等の関係機関と連携し、水際での取締りや悪質な雇用主、仲介業者等の取締りを強化し、被害者の早期保護及び国内外の人身取引の実態解明を図っている。また、関係国の大使館、被害者を支援する民間団体等と緊密な情報交換を行っている。
 21年中の人身取引事犯の検挙件数は28件と、前年より8件(22.2%)減少した。また、検挙人員は24人と、前年より9人(27.3%)減少し、その内訳は、経営者等が18人、仲介業者が6人であった。
 警察で保護した人身取引事犯の被害者は17人で、被害者の国籍は、タイ(8人)、フィリピン(4人)が多く、これらが全体の70.6%を占めた。また、被害者の保護時の在留資格等は、「短期滞在」(6人)、「不法入国」(5人)が多く、これらが全体の73.3%を占めた。

(3)匿名通報ダイヤルの運用
 19年10月1日から、被害者本人からの申告が期待しにくく潜在化しやすい犯罪を早期に認知して検挙に結び付けるため、警察庁から委託を受けた民間団体が人身取引事犯や少年の福祉に関係する一定の犯罪(注)に関する通報を国民から匿名で受け付け、事件検挙への貢献度に応じて情報料を支払う「匿名通報ダイヤル」を運用している。
 21年7月1日からは、これまでの電話による受付に加え、インターネットによる受付を開始した。21年末現在、人身取引事犯に関する通報件数は73件、少年の福祉に関係する一定の犯罪に関する通報件数は485件であり、このうち12件が事件解決等に結び付いた。

注:福祉犯のうち、未成年者喫煙防止法、未成年者飲酒禁止法に規定する罪等一部の罪を除き、刑法の強制わいせつ罪(少年が被害者になるものに限る。)、未成年者略取、誘拐罪等を含めたもの
 
広報啓発ポスター(作成:NPO 法人日本ガーディアン・エンジェルス)
広報啓発ポスター(作成:NPO 法人日本ガーディアン・エンジェルス)

 第2節 犯罪のグローバル化に対応するための戦略

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